クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

タグ:がん

 昨日で大腸がんの開腹手術を受けてから丸5年経過しました。この間、再発、転移の徴候はなく、まず大腸がんは治ったといえることになります。

 抗がん剤治療の後遺症は、意識してみると足先の痺れはまだ残っているなというのと、体の表面があちこちいきなり痒くなるのがあります。後者は抗がん剤なのか、老化現象かわからないですが。
 
 ほっとしたというよりは、不思議に生きながらえた、という想いです。手術前に言われた最悪のケースならば、とっくにこの世におさらばしていたわけで、そうならずにここまでこれたのはやはりありがたい。どんなクソったれな世の中でももう少し、生きられるところまでは生きていたい。手術後1年くらいは、とにかく生きていること、まともにものが食べられて、それがきちんと排泄されることだけで嬉しかったものですが、だんだん慾が出てきました。お迎えがいつ来てもいいというよりは、今日はまだ来てほしくないという方が強いです。
 
 心がけているのは無理はしない。動作はゆっくり着実に。適度の負荷をカラダとココロに毎日かける。エレベーター、エスカレーターは使わず、階段はチャンスと思う。歩幅を大きめに意識して歩く。野菜を多く、肉は少なく、緑茶を粉にして飲む、夜9時過ぎたらものを食べない。竹踏みは毎日欠かさない。水分をとる。
 
 これで効果があるぞ、と大声で言えるようなことはありませんが、こういうことをしている方が気持ちがよい、調子が良いと思えるようにはなりました。

 課題としてはもう少し歩くのを増やしたい。毎日歩いてはいますが、4,000歩前後で、長時間歩くのを増やしたい。入院する前は1万歩以上、ほとんど休まずに歩くことも多く、すれすれでセーフだったのもそのおかげかとも思っています。歩くといろいろ発見もあって楽しいんですが、本を読みながらは歩けないのでねえ。

 肉食が増えて、わが国でも大腸がんは増えているそうです。自覚症状が無いことが多いので、健康診断はきちんと受けましょう。ぼくも腸閉塞になるまで、自覚症状はまったくありませんでした。少なくともおなかがおかしいという自覚はありませんでした。それと野菜を食べましょう。野菜が高いとかいったって、がんになるよりはマシじゃないですか。スイーツはなるべくフルーツを。シュークリームよりリンゴの方が安い。"An apple a day keeps the doctor away." という諺もあります。

 手術前に言われた最悪のケースというのは、がんが腸から外へ出て、がん細胞が腹腔内に飛び散った状態です。がん細胞が腹腔内に散っているかどうかは開腹してみないとわからないそうです。ぼくの今回の場合はがんは腸を破って外へ出ていましたが、まだまとまっていて、飛散してはいませんでした。腹腔内に溜まっていた水の中にもがん細胞はありませんでした。またがんが1ヶ所だったことも幸いだったでしょう。

 現在わが国では二人に一人はがんにかかると言われて、がんは特別な病気ではなくなりました。またぼくのように治ることも珍しいことではない。とはいえ、やはりならないですめばその方がいいものではあります。抗がん剤治療というのはほんとうに「治療」といえるのかという疑問も残りました。

 近所には別々の部位のがんの摘出手術を3回受けた人もいます。元気に飛びまわっておられます。それに比べればぼくなどはかけだしですが、こればかりはかけだしで終りたいものであります。(ゆ)

抗がん剤投与開始から1年経った結果は、異常無し、でありました。CTでは消化器官以外の臓器も映りますが、腎臓、膀胱、前立腺などもきれいでした。そうでないと困るよと思ってはいたものの、やはりホッとして、体の力が抜けたことであります。
    
    1年めのハードルをクリアしてみると、その前はいかに暗い予想をしていたかがわかります。背中の重荷がふわっととれたと同時に、ぱあっと目の前が開けた感じがありました。あれもしよう、これもしよう、という意欲が、意識しなくても、意欲の方からじわじわと湧いてきます。それまでは、そういうことを考えてもしかたがない>考えない方がいい>考えると落ちこむ>……というような、ダウン・スパイラルに陥っていたようでもあります。自分では比較的達観していたつもりですが、やはり蓋をされていたのでありました。
    
    とはいうものの、です。抗がん剤治療が終わるわけではありません。最低でも3年、できれば5年は続けるべし、というのが医師の言葉です。そして、副作用が耐えられないほどでないならば、一番効果の大きな方法、つまり点滴を続けるのがベスト、とも言われました。
    
    現在受けている Folfox という抗がん剤治療は3種類の薬が使われます。このうち最も効果の強いエルプラートという薬は点滴でしか使えません。服用では残りの2種類を飲むことになります。エルプラートは強いだけあって、副作用もこれが一番強い。
    
    Folfox の最も一般的な副作用は手足の痺れです。Folfox の基本では点滴は2週間おきですので、3ヶ月もすると手足が痺れて耐えられなくなるそうです。ぼくの場合は、痺れをとる漢方薬のおかげもあり、また点滴の間隔が長いこともあるのでしょう、比較的軽くてすんでいます。手の指先はしびれがあるとわかる程度。足の方が重く、指先は常にじんじんしびれている状態で、朝の起きぬけとか、寒さにさらされたりすると、親指の先が痛くなります。それでも歩くのには支障はなく、よく暖めたり、運動つまり歩いたりしていると、それほど意識しなくてもすんでいます。
    
    ということで、今後も入院しての点滴を続けるということになりました。間隔はまた長くなって、5週間に1度。副作用が強くなって、耐えられなくなるようなら、その時点で服用に転換します。
    
    今回は点滴そのものによるダメージは、まあいつもと変わらない程度ですみました。帰宅した日も、眠かったのですが、ここで眠るとかえって後にひきずるので、いろいろやりながら何とか夜まで保たせました。一番効くのは誰かとおしゃべりすることです。
    
    それよりも季節の変わり目の気温の上下によるダメージの方が大きいものでした。まず、点滴入院の前の週に風邪をひきました。家人が職場でもらってきたのをまたもらった形で、久しぶり、というか、手術後の退院以来、初めて熱も出ました。さらに咳がしつこくとれない。
    
    点滴入院までにはほぼ9割方、抜けるところまでいっていましたが、それにしてもきつかった。
    
    さらに、入院2日めには雨も降って、病室が微妙に寒かったのです。これで下半身が冷えたらしく、いつもは2日めは便通がないのですが、トイレに通うことになりました。おまけにやたらしゃっくりが出るのにも参りました。冷えたのとともに、吐き気止めとして飲む薬の副作用の一つでもあったのでしょう。
    
    帰宅後もなかなか気温が上がらず、できるだけ暖かくしたつもりですが、腹のゆるいのがずっと続きました。退院後1週間たってもゆるいままで、こうなると、遠出をする気にはとうていなれません。これまでなら1週間たてばほぼ「通常レベル」まで回復できていたのですが、今回はずるずると長引き、退院後2週間たってももどった実感が持てませんでした。
    
    結局先日の日曜日、豊田さんたちのライヴのおかげと、その前後、少し散歩をしたせいでしょう、ようやく腹が締まってきました。
    
    これからも気温の上下の変化は大きそうですし、暑くなればなったで今度は冷房の心配をしなければなりません。汗をかいてそれが冷えるのにも対策が必要です。
    
    副作用の出方は大きくないものの、薬の蓄積は続きますから、小さくなることはありません。また、腹がゆるんだり、どことなくダルさを引きずったりするのも、薬が溜まってきて出てきた副作用のようでもあります。ひとつハードルを越えたことは何とも言えず嬉しいけれども、すぐにまた叩きつけられます。これもまた、病気をしのいでゆく過程と思うことにしました。何でもそうですが、上がったり下がったり、良い時もあれば悪い時もある、人間万事塞翁が馬、禍福はあざなえる縄のごとし。上がった時にはすなおに喜び、下がった時にはぶつぶつ言いながら、時にはわめきながら、のらりくらり耐える。その繰り返しではありますね。
    
    前回のブログでリンクを張った、畏友川村龍俊氏のブログで紹介されているリラックス体操は、たしかに効き目があります。今回の点滴入院のための血液検査で、体操を始めて2週間ぐらいでしたが、肝臓の値が改善されていました。これまでずっと低空飛行で、危険なほどではないけれども、決して良くもならない値が続いていました。それが明らかに良くなっていました。これもまた嬉しいニュースで、川村さんとあの体操を考案した方々に感謝します。
    
    次の点滴入院は来月下旬。05/20(日)には根津の古書ほうろうで『ギネスの哲学』発刊記念のイベントがあります。それが終わってからの入院。それまで、上記リラックス体操を毎朝毎晩続けて、少しでもベターな状態で入りたい。(ゆ)

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11回目にして初めて、何ごともなく、というか、坦々と終わりました。落ち込みも前回に比べれば小さいかな、と思っていたら、今度は長びきました。月曜日になってもダルさがとれません。むしろ、土日月とだんだん辛くなり、結局月曜は終日眠っては食べ眠っては食べ。夜になってようやく少し楽になりました。とにかく食事だけはしっかり食べて、また寝て、火曜日朝目がさめると体が軽い。はあ、っと溜息が出たことであります。
    
    今回も点滴開始直前に痒み止めのレスタミンという薬を5錠服用。前回ほど眠くはなりませんでしたが、ぼわ〜んとして、本を読む気にもなれず、時々音楽を聞くぐらい。その代わり、と言っていいのか、やたら妄想が頭のなかをぐるぐる回ってました。
    
    入院前、軽く風邪を引いたらしく、喉が少しいがらっぱかったのですが、前日にはほぼ全快していたのでそのまま点滴に入りました。それと、主治医からインフルエンザの予防接種はした方が良いと言われ、火曜日の問診後、半ば有無を言わさずに注射をされました。
    
    そのせいもあったのか、2日め、木曜日にまた喉がいがらっぱくなり、体温も37.2度まで上昇。回診の医師からは、場合によっては薬を出します、と言われました。が、夜には36.8度に下がり、それ以上ひどくもならずに退院。ただ、これで体力を消耗したかもしれません。
    
    何と言っても「毒」を注入されてるわけですから、それに対抗するだけでも体力を使うわけです。食事は食べられているか、と必ず訊かれますし、病院食がだめなら、好きなものを持ってきていいとも言われてます。とにかくちゃんと食べてくれ、ということらしい。病院の食事への嫌悪感は相変わらずで、病院食を食べる回数を減らすため、今回は入院する水曜日の昼食用にコンビニでサンドイッチを買っていきました。とはいえ、今回はメニューにも助けられて、最後まで完食しました。
    
    退院後も空腹になると吐き気が出てきますから、とにかく腹が減ったら何か食べていました。みかんは免疫力を増すそうで、折しもたくさんいただいたのでぱくぱく食べていたら、今度は腹が下ります。袋も食べろ、というので袋もよく噛んではいたのですが、腸が短かくなっているせいか、一度に2個食べると腹が下るというありさま。これも体力を使いますね。
    
    手足の指先の痺れは漢方薬のおかげで軽くなっているとはいえ、着実に強くなっています。ダメージが長びくのも、薬の蓄積のせいもあるのでしょう。なにごとにつけてもゆっくりと、急がず、あせらず、ひとつひとつ着実にするようにしています。まあ、ゆっくりとしか動けないのであります。どちらかというとせっかちな方なので、これはこれで自分を変える契機になるかな、と調子の比較的良い時でもゆっくりやることを心掛けてます。
    
    そうそう、この痺れを軽くする牛車腎気丸は空腹時に、つまり食前に飲むのが定法ですが、忘れたら食後でも効くので飲むようにと言われてます。とはいえ、空腹時に飲むのと、食後に飲むので、効きがだいぶ違うようであります。
    
    さて、次は年明け連休後の週。年末年始は体を休めて、と思いつつ、結構やることが多いな。(ゆ)

10回もやってれば少しは慣れるかと思いきや、毎回、なにかあったり起きたりして、意表をつかれます。これもまたおもしろい体験、とは思ったりもしますが、とはいえ、何年かして、また同じことを繰り返したくはないですね。
    
    4月はじめに抗がん剤治療を始めて半年過ぎたということで、前回から飲み薬が半減しました。消化剤などがなくなり、残ったのは痺れを軽くする漢方薬と、便を柔かくする酸化マグネシウム(胃の働きをよくする効果もあり)、それに夜寝る前に飲む胃の粘膜保護のタケプロン錠剤。
    
    また、今回は投与開始前恒例の血液検査と主治医の面談のその前に、超音波エコーとCTによる検査を受けました。午前中に検査を受け、午後の面談の時、結果を見ての主治医の判断は、明確な転移は無し。
    
    もっとも、今の段階で、転移があったらそれはたいへんなわけで、やはり判断を聞くときには緊張します。
    
    細かく言えば、問題がまったく無いわけではありませんが、それは定期的に検査をして経過を見ていかなくては判断できないとのことです。
    
    もうひとつ、今回は点滴開始直後に、痒みどめの薬が出ました。体のあちこち、たとえば首筋から肩にかけてとか、足首とかが、ときどきむしょうにかゆくなっていたのですが、これも副作用のひとつだったらしい。洗い方がまずいのかと、入浴の際、念入りに洗ってもみましたが、あまり効果がなかったのでした。
    
    こういう薬はたいてい眠くもなるもので、とりわけ1日めは異様なまでに眠くて、食事に起きるのもやっと。ほとんど眠っていました。2日めはそれほど眠くもなく、音楽を聴いたりしていました。
    
    ただ、帰宅してからドーンときました。こうなると、抗がん剤の副作用なのか、副作用をおさえる薬の副作用なのか、わからなくなります。まあ、どちらにしても辛いことに変わりはありません。
    
    退院した金曜日もだるさが強かったのですが、土曜日の午後になると、とても起きていられなくなりました。結局日曜日も、食事の他は終日ひたすら寝ていました。うつらうつらと眠っては、トイレに起き、また眠っては食べ、という状態。月曜日の朝になって、ようやく霧が少し晴れてきて、ゴミ出しにちょっと外へ出たら、そのわずかの運動で体が動きだしました。午後にはまずまず普通に起きていられるようになりました。
    
    もっとも、その後は、比較的すっきりしています。前回まではなんとなく頭の中に靄がかかったような状態が続いたのですが、今回は頭ははっきりしています。体の方はやはり鈍くて、動きはゆっくりしてます。ちょっと動くと動悸がなかなかおさまりません。
    
    吐き気はやはり順調に強くなってきていて、腹はけっこう減るのですが、食慾はまったく無いという不思議な感覚です。退院する朝の朝食はとうとうおかずを半分残しました。それまではすべて完食していたので、我ながらちょとショック。味噌汁に入っていたネギがひどくおいしかったのが救い。帰宅してからも、空腹になると不快になるのが、日曜まで続きました。
    
    こういう時は特定のものがうまく感じられて、酸味のあるもの、塩味の強いものなら食べられます。手足の先の痺れと同じく、末梢神経が抗がん剤でやられて、味覚が鈍くなっているのかもしれません。
    
    手術を待っていた頃、絶食で栄養は点滴だけ、という状態の時、食事のたびに病院のメシは食いたくなあいとわめいて、看護師やヘルパーさんたちの手を焼かせていた爺さんがいて、なんというわがままなやつだと思ってました。今はその爺さんの気持ちがよくわかります。
    
    手足の痺れは、ゴシャジンキガンのおかげで、指先の軽いものにとどまっています。投与の間隔が長いこともあるのでしょう。冷たい水などは辛くなるよと言われてますが、今のところはまだ米も研げます。
    
    口内炎もまだありません。あるいは歯磨き励行のおかげか。ぼくはイオン歯ブラシで、何もつけずに、歯の根元の歯茎をマッサージするように、みがいてます。
    
    とにかくあと4回。で、なんとか終わってほしい。
    
    体は冷えると免疫力が低下します。とにかく、暖かくするのが第一。食事も鍋とかシチューとか、暖まるものを多くしたい。(ゆ)

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