今回の目玉は関島岳郎氏だ。予め知ってはいたものの、実際にチューバを抱える姿を見たときには感激した。ショックといってもいい。そして、期待は遙かに超えられたのだった。
奈加さんの歌唱もまずまた一段と良くなっている。もともと備わっているものが一層磨かれてきた観があるのは、微妙なタメのためかたで、〈Molly Malone〉や〈Scarborough Fair〉でのコーラスには陶然とさせられた。とりわけ後者の、"Parsley, sage, rosemary and thyme" の "thyme" のところの丸み。
毎週一度、アイルランド語のレッスンを受けているそうで、2曲目のアイルランド語のうた、カトリックの母からプロテスタントの息子へ呼びかけるうたや、〈人魚のうた〉には、その精進の跡が歴然としている。スコティッシュ・ガーリックでジャコバイト・ソングをうたったのもすばらしかった。
ここで登場したのが、great bass recorder。関島さんの身長より高いものに、S字型の吹き口をつける。意外に音域は高く、ギターの方が低い音が出るそうだし、この下にコントラバスもあるそうだが、むしろこのぐらいの低域がちょうど良いのだろう。チューバに似て、ベースもできるし、メロディも吹ける。
この低域のドローンが、うたのバックにあると、うたが一段と映えるように聞えたのは、奈加さんの声との組合せのせいかもしれない。〈Greensleeves〉でのバス・リコーダーのドローン、アンコールの〈ダニー・ボーイ〉でのチューバのドローンがことさらに良かった。後者でチューバがメロディを吹いたのも、なんとも新鮮。余分な感傷が流れおちて、メロディの美しさが際立つ。〈Scarborough Fair〉でのチューバ・ソロの味わいも深い。
永田さんはピアノはもちろんだが、昨日はトイ・ピアノやカシオトーンも駆使して、面白い効果を挙げていた。最初、小型の鉄琴かと思っていたら、トイ・ピアノをピアノを右側に置いて、ピアノの高域とつなげて使う。カシオトーンは〈人魚のうた〉のバックでテルミンそっくりの音を出す。操作のやり方を見ていても、テルミンかと思ったら、カシオトーンと明かされた。こういう、不定形で、フリージャズにも通じるバックのつけかたは、今のところアイリッシュ系では永田さんの独壇場。
冒頭に「今日はアイリッシュ・ミュージックには日頃親しんでいない方が多いので」と言っていた割には、なかなか凝った選曲。それも順番もよく考えられていて、休憩無しだが、うたの世界を堪能させていただいた。来年また伊勢神宮で奉納演奏が決まったそうだが、神さまばかりでなく、われわれ下々の者にももっとうたっていただきたい。
4人掛けのテーブルには、後から渋いながら迫力のある初老の男性と北中さんご夫妻が一緒になった。この店は席は指定だから、それなりの意図があったのかもしれない。あたしもそうだが、北中さんご夫妻も、この男性、あとで元上々台風の紅龍氏と判明したが、皆さん、眼をつむって聴き入っていたのは面白い。
それにしても関島さんは若々しくて、北中さんがあえてお年を訊いたら56歳というのに驚く。10歳は若く見える。明後日4日には吉祥寺のマンダラ2で「関島岳郎オーケストラ」という、それこそオール・スター・キャストのビッグ・バンドのライヴがある。どういうことになるのか、わかりませんとおっしゃっていたが、あのメンツなら面白くないわけがない。行けないのが残念。
ぜひこのトリオでのライヴをまた見たい。次の録音には、関島さんをぜひ入れていただきたいものだ。アイリッシュは高域に偏る傾向がある。アイルランド人というのは世界で2番目に高音の好きな連中という話もあるくらいで、われわれ低音好きの日本語ネイティヴにはときに物足らなくなる。チューバやバス・リコーダーは、低音のドローンができるのが強味だ。ベースでもアルコがあるけれど、チューバやバス・リコーダーの音の柔かさは癖になる。(ゆ)
