サマー・コンサートは6年ぶりだそうだが、この前アウラを教会で聴いたのは、一昨年の盛夏の頃。当初この教会で予定していたのが、当日ダブル・ブッキングが発覚し、歩いて数分、新大久保駅の向こうの淀橋教会に急遽会場が移っての時以来だ。アウラはその後、ルーテル教会でのリベンジ・コンサートもしているが、その時は行けなかったので、今回ここで初めて聴く。
淀橋教会はメソジスト系になるのか。こちらはルター派。各々の大きな教会が歩いて数分のところに並んでいるというのも面白い。今はコリアン・タウンになっているが、この辺りはかつては新宿駅周辺よりも盛えていたのだろう。もっともノーザン・アイルランドのアーマーにはカトリックとアングリカンの各々のトップの聖堂が、やはり歩いていける距離にある。おまけにそちらはどちらの名前もセント・パトリック聖堂でややこしい。
会場は二階の礼拝堂で、淀橋教会のホールよりはずっと狭い。正面祭壇の右側に天井まで届くオルガン。正面の壁は小さめの煉瓦が敷きつめられていて、おまけに一つひとつの煉瓦の表面はラフに刻まれて揃えられておらず、全体としてでこぼこしている。 天井近くに細長いステンドグラスが4枚。どうも抽象画らしい。正面の壁の左側と残りの三方の壁はコンクリートの打放し。左右の壁の前方の半分は平らではなく、波打つ形。 背面の壁はいくつか方形に区切られて、各々で表装を変えている。 波打つ壁が終るあたりに縦に細長い PAスピーカーが左右1基ずつ。ゆったり掛けて4人掛けの長椅子が8脚ずつ4列。つまり128人入ると満席。詰めれば200人ぐらい。左から2列目最後部の椅子は録画録音の機材が置かれている。席は結局ほぼ満席になった。あたしが開場直後に入った時には気配も無かったが、その後、土砂降りの雨が降ったらしい。
この礼拝堂は響きの良さで定評がある由。ために様々なコンサートに使われているらしい。ずっと狭いので、同じライブな響きでも、淀橋教会よりもさらに響く。淀橋教会は天井が限りなく高いので、声の響きは開放されてゆく。ここは音が重なるように感じる。あたしにはちょっと響きすぎで、歌詞の細かいところが聞えづらかった。PA はさらに聴きづらく、半分は何を言っているのかわからなかった。耳の老化が進んでいるのか。
今回は「ケルトの歌」をうたうのが一つのテーマ。〈Loch Lomond〉から始めて定番が続くのはアウラらしいところ。最近のアウラは一人がリードをとる裏で他のメンバーがスキャットを重ねる手法を多用している。オープナーの〈Loch Lomond〉からこれがうまくハマる。とりわけ奥泉さんのリードの時のバックがいい。そして最後の一節をユニゾンでやったのには歓ぶ。こういう声のユニゾンはたまりまへん。
次の〈The water is wide〉にはオリジナルの日本語詞をのせるのが新鮮。ラスト、思いきり声を伸ばすところ、皆さん、気持ちよさそうだ。
リードはだいたいがソプラノ3人が交互にとる。とはいえ、奥泉さんが一番をとるケースが結構多いのは偶然なのだろうか。
4曲目〈My love is a red red rose〉で雰囲気が変わる。よく見ると、前3曲とアレンジャーが変わり、ここから畠山さんの編曲になる。畠山さんのアレンジの方がすなおにあたしの耳に入ってくる。無理がない。歌の流れを活かすようにアレンジしている。ハーモニーの組立ても決まっている。ここでは星野さんのリードまで出る。
前3曲のアレンジは坂部剛のクレジット。この人は後のバッハもやっていて、こちらはずっと素直に聴けた。フォークソングが相手の時はちょっと力みが入っている感じ。もっともラスト前〈Auld lang syne〉のアレンジはかなり面白いから、あるいは曲との相性だろうか。
畠山さんのアレンジは冴えていて、〈竹田の子守唄〉〈木曾節〉〈会津磐梯山〉〈スオ・ガン〉〈スカボロー・フェア〉と、彼女がてがけた曲は全部いい。まあ、20年一緒にやってきて、メンバーの得意不得意なども完全に自家薬籠中にしていることもあるのだろう。各々のメンバーとしても、ユニットとしても、最もよく、面白く聞える、響かせるやり方が身についていると言えるかもしれない。
とまれ、〈Red rose〉と〈竹田〉がまずハイライト。後者の、声で効果音を出すのも面白い。全員がリードをとるのもいい。この日は星野さんがリードをとる場面がいつになく多いように聞えて、歓ぶ。バスクラとかチューバとかチェロとか、低音楽器もそうだが、声も低い方がリードをとるのはぞくぞくする。
もう一つのハイライトは前半クローザーの〈トルコ行進曲〉と後半クローザー前の〈Auld lang syne〉。前者につけた詞はバッカスをモチーフにしているそうで、グループ当初からのレパートリィでもあり、オハコと言ってもいいのだろう、実に楽しそうに歌われる。アウラは繊細さよりもむしろエネルギッシュな唄が本性ではないかと思うのはこういう時だ。後者も、これはスコットランドでは別れの曲ではなく、再会を言祝ぐ唄なのですと MC でわざわざことわって始めた。そして実際にほんの少し速いテンポで明朗闊達、元気よく歌う。しんみりなんぞしていない。これはすばらしい。
どこへ行っても、日本の民謡が一番評判がいいそうだが、それはやはり新鮮だからではないか。つまり、民謡をアカペラ・コーラスで、こんな複雑精妙なアレンジで聴くことは普段はまず無いだろう。〈会津磐梯山〉など、曲芸的なめまぐるしいアレンジで、この唄の多様な側面をうまく演出する。近頃は民謡をいろいろな形でアレンジして演奏する人たちが増えているが、アウラのやり方は一つの最先端、最もラディカルともいえる。まあ、民謡については、全体にもっともっといろんな手法、スタイル、様式を試してもらいたい。
〈スカボロー・フェア〉は東京では初演とのことだが、そう言われても、やはりどこかで聴いたことがあるように思えてしまう一方で、このアレンジは新鮮。それにしても MC にはいささか驚いた。これは本来、無理難題をふっかける妖精(あたしは「妖魔」と呼びたい)との会話で、うまく答えられないと魂を抜かれてしまうという唄だと説明されたからだ。ハーブの名前を列挙するのも、邪を祓う呪文であることも触れられる。この唄もようやくサイモン&ガーファンクルの呪縛から脱して、もともとの伝統バラッドとしての素姓が浸透しようとしているのだろうか。
アンコールは『天空の城ラピュタ』のテーマ〈君をのせて〉。畠山さんと菊地さんが「ルルルル」でやる掛合いがいい。
後半には響きに耳がだんだん慣れてくるのか、オープニングの時よりも、それほど反響が気にならなくなっていた。
きちんと訓練された人間の声だけを浴びるのは、他には換えがたい快感である、ということをあらためて確認したことであった。次は12月13日、ハクジュ・ホールでのクリスマス・コンサートになるか。(ゆ)
