クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

タグ:アーカイヴ

 毎年恒例、11月一杯かけて公式サイトがグレイトフル・デッドの未発表のライヴ音源を毎日1トラックずつ無料でリリースする《30 Days Of Dead》が今年も無事終りました。今年で12年。来年はあるか、と毎年思いますが、続いてますね。なお、この30本は来年1月末くらいまではダウンロードできます。




 2022 年は

1966-02-06, Northridge Unitarian Church, Los Angeles, CA

から

1994-10-19, Madison Square Garden, New York, NY

までのショウから選ばれています。
 

 合計7時間3646秒は昨年の7時間4408秒に次いで歴代2位。7時間を超えたのは2回目。
 

 昨年以来、1本のショウから複数曲を選ぶ形が増えました。かつては途切れなしに続くものにほぼ限られていたんですが、間が切れているものも選ぶようになりました。今年は03182224252628日がそれです。


 17日、1966-02-06, Northridge Unitarian Church, Los Angeles, CA はこれまでの《30 Days Of Dead》の中で最も早い時期のショウ。Northridge Acid Test として知られるこのショウは日付と場所がわかっているデッドの録音として最も古いものです。


 登場したショウの年別本数。

66 1

67 0

68 0

69 1

70 2

71 1

72 1

73 1

74 1

76 1

77 1

78 2

79 3

80 1

81 1

82 0

83 1

84 1

85 0

86 0

87 1

88 0

89 2

90 0

91 2

92 1

93 2

94 2

95 0



 最短のトラック

17 Mindbender (Confusion's Prince), 1966-02-06, Northridge Unitarian Church, Los Angeles, CA, 2:37


 最長のトラック

07 The Other One> He's Gone> The Other One, 1972-10-24, Performing Arts Center, Milwaukee, WI, 36:50


 従来のものとダブったのは5曲。

初日 Passenger; 1979-05-07, Allan Kirby Field House, Lafayette College, Easton, PA 2013年、

06日目 Feel Like A Stranger> Bertha; 1994-10-19, Madison Square Garden, New York, NY 〈Feel Like A Stranger〉が昨年、

09日目 Playing In The Band> Crazy Fingers; 1989-12-27, Oakland-Alameda County Coliseum Arena, Oakland, CA 2018年、

14日目 China Cat Sunflower> I Know You Rider; 1991-03-24, Knickerbocker Arena, Albany, NY 2017

の各々《30 Days Of Dead》ですでに出ています。

15日目 Help On The Way> Slipknot!> Franklin's Tower; 1994-10-01, Boston Garden, Boston, MA は《30 Trips Around The Sun》でリリース済み。


 今回初めて録音が《30 Days Of Dead》でリリースされたショウは以下の13本。

1966-02-06, Northridge Unitarian Church, Los Angeles, CA

1969-10-25, Winterland Arena, San Francisco, CA

1970-02-27, Family Dog at the Great Highway, San Francisco, CA

1972-10-24, Performing Arts Center, Milwaukee, WI

1979-12-01, Stanley Theatre, Pittsburgh, PA

1979-12-07, Indiana Convention Center, Indianapolis, IN

1980-05-31, Metropolitan Sports Center, Bloomington, MN

1984-04-16, Community War Memorial Auditorium, Rochester, NY

1987-09-15, Madison Square Garden, New York, NY

1989-02-06, Henry J. Kaiser Convention Center, Oakland, CA

1992-06-12, Knickerbocker Arena, Albany, NY

1993-03-10, Rosemont Horizon Arena, Rosemont, IL

1993-03-11, Rosemont Horizon Arena, Rosemont, IL


 今回ちょと面白いのは161718日のショウの日付を12-0602-0602-06と並べたこと。選んでみたら揃ったので並べてみたんでしょうか。


 さらに16日目のヴェニューは Rosemont Horizon Arena, Rosemont, IL で、同じヴェニューの199303月の30日、31日からも選んでいます。ある程度意図的ではないかと勘繰ります。この会場ではこの1981年に初めて演奏し、198819891993、そして19940318日まで計13回演奏しています。88年以後はいずれも三連荘。1980年にシカゴ・オヘア空港近くにオープンした多目的アリーナで、定員はコンサートで18,500。現在は Allstate Arena の名称。


 もう一つ、14日と21日は同じ1991-03-24, Knickerbocker Arena, Albany, NY からのセレクションで、同じショウから二度選んだのは初めて。


 とどめに〈Black Peter〉が26日と最終30日にありますが、どちらも同じFamily Dog at the Great Highway, San Francisco, CA がヴェニューで、しかも前者1970-02-28、後者がその翌日03-01のショウ。同じ曲が2日連続のショウからリリースされたのも《30 Days of Dead》史上初。この違いを聴くのもデッドを聴く愉しみのひとつです。


 登場した楽曲は延54曲。うち2回登場は以下の10曲。

Althea

Bertha

Black Peter

China Cat Sunflower

I Know You Rider

Feel Like a Stranger

He's Gone

Playing In The Band

Tennessee Jed

The Other One


 重複を除いたレパートリィは44曲。

Althea

Bertha

Bird Song

Black Peter

Black-Throated Wind

Brown-Eyed Women

Candyman

Cassidy

China Cat Sunflower

Crazy Fingers

Dark Star

Dire Wolf

Dupree's Diamond Blues

Eyes Of The World

Feel Like A Stranger

Franklin's Tower

He's Gone

Hell In A Bucket

Help On The Way

I Know You Rider

I Need A Miracle

Jack Straw

Lazy Lightning

Little Sadie

Looks Like Rain

Might As Well

Mindbender (Confusion's Prince)

My Brother Esau

New Speedway Boogie

Passenger

Playing In The Band

Samson and Delilah

Scarlet Begonias

Slipknot!

Stagger Lee

Sugar Magnolia

Sugaree

Supplication

Tennessee Jed

That's It For The Other One

The Music Never Stopped

The Other One

To Lay Me Down

Truckin’


 今回新たに《30 Days Of Dead》でリリースされた曲は無し。12年もやっていれば、一度でも登場した曲は122曲になり、これといった曲は出てしまっています。


 さて、では、一つずつ、じっくりと、いただきまーす。(ゆ)


0110日・月祝

 Titta の良いのは反応が速く、ドラムスやギターの立上りの音がシャープで際立つのが快感なのだ、と気がつく。このキレの良さと人間の声の艷、艷気が両立している。こういう音をもっと聴きたい。ヘッドフォンでこういう音のものはあるか。



##本日のグレイトフル・デッド

 0110日には19707879年の3本のショウをしている。公式リリースは1本。


1. 1970 Golden Hall, San Diego Community Concourse, San Diego, CA

 これだけ、独立したショウ。1時間半の一本勝負。指定席3.504.004.50ドル。開演8時半。サヴォイ・ブラウンと AUM が共演。

 9曲目〈Black Peter〉が《The Golden Road》で、8曲目〈Mason's Children〉が2010年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。

 後者は所有せず。前者はガルシアの歌が聴かせる。およそロックらしくない、ブルーズではないスローなこういう曲を、歌だけで聴かせる芸当をデッドはできる。〈Black Peter〉は19691204日、フィルモア・ウェストで初演。トータル347回の演奏は、回数順で27位。スタジオ盤は《Workingman' Dead》。一見陰々滅々の歌だが、ガルシアが歌うと希望の歌になる。ガルシアはこの歌、あるいは〈Wharf Rat〉のような歌を希望の歌として歌う。〈Loser〉はまた別で、あそこに救いは無い。それが良いのだ。救いの無いところから生まれるペーソスが胸に沁みる。ピーターも、オーガスト・ウェストも、〈負け犬〉の語り手も、いずれもあたしらの分身だ。ピーターやオーガスト・ウェストには再起してほしい。だが、負け犬は、こいつはとことん負け続けるとわかる。"I've got no chance to lose this time." とつぶやく男を見て、ああ、次も負けるなと思うと嬉しくなる。なぜだろう。

 〈Wharf Rat〉は397回で19位。スタジオ盤収録無し。〈Loser〉は351回で25位。スタジオ盤はガルシアの1971年ソロ・ファースト。

 サヴォイ・ブラウンはロンドンのブルーズ・ロック・トリオでアメリカで成功する。が、1967年のファースト《Shake Down》はアメリカではリリースされず、1969年に相次いで出した2枚《Blue Matter》と《A Step Further》で認められた。わが国ではフリートウッド・マック、チッキン・シャックとともに英国三大ブルーズ・バンドと呼ばれた。チッキン・シャックは短命、フリートウッド・マックは路線転換したが、サヴォイ・ブラウンは現在までブルーズ・バンドとして活動している。

 Aum 1968年にサンフランシスコで「発見」されたブルーズ・ロック・トリオで、写真家の Jim Marshall がそのライヴを見て、ビル・グレアムに紹介し、フィルモア・ウェストの Sounds of the City オーディションで聴衆をノックアウトした。2枚のアルバムがある。セカンドの《Bluesvibes》は録音をアンペックスの Ron Wickersham が担当し、カヴァーをアルトン・ケリィが手掛けている。

 とすると、主催者はデッドもピグペンをフロントとしたブルース・ロック・バンドと見ていたのかもしれない。


2. 1978 Shrine Auditorium, Los Angeles, CA

 このヴェニュー2日連続の初日。6.507.50ドル。開演7時半。2日目は追加公演。

 ガルシアの喉頭炎は多少良くなって、少しは声が出るようになった。演奏はまだ弱い声をカヴァーするようにすばらしいもののの由。


3. 1979 Nassau Veterans Memorial Coliseum, Uniondale, NY

 9.50ドル。開演8時。開演時外気温零下12度。チャック・ベリーの誕生日でアンコールは〈Johnny B. Goode〉。

 ここでは1973年春と秋に5回演奏した後、これが5年ぶりの復帰。前回は、警察があまりに多数のファンを逮捕したので、嫌気をさして、もう2度とここではやらないと宣言した。これ以後、ここでは1980年代後半を除いてコンスタントに演奏し、計42本のショウをし、うち10本が公式リリースされている。

 施設は空軍基地の跡地に197202月オープンした多目的屋内アリーナで、定員はコンサートで15,000。何度か改修、拡張を経て、現役。ホッケーの New York Islanders の本拠。バスケットの New York Nets も一時ここを本拠としていた。場所はニューヨーク市クィーンズ東端から11キロというから、東京駅から舞浜駅までよりちょっと近い。(ゆ)


 ウッドストックの言い出しっぺの一人 Michael Lang が8日に77歳で亡くなったというニュース。4人の創設者の中では、最もアクティヴに関っていたようにみえる。194412月生まれだから、ガルシアより2歳下、ハートの1歳下、クロイツマンの1歳半上。1969年のウッドストック当時25歳。

 デッドもウッドストックに出てはいる。が、演奏に満足できず、映像、録音のリリースは断った。昨年出たフェスティヴァル全体の録音の完全版ボックス・セットに初めて演奏の全貌が収められた。もっとも、全部を買わせようという商魂が嫌で、あたしは買わなかった。デッドのせいではないにしてもだ。

 デッドは多数のアクトが限られた時間で演奏するフェスティヴァル形式は苦手で、ウッドストックの前年のモンタレー・ポップ・フェスティヴァルにも出てはいるが、演奏はすばらしかったという評価もある一方で、ザ・フーとジミヘン、オーティス・レディングとジャニス・ジョプリンの間で、影は薄い。

 オルタモントは会場入りしたものの、雰囲気のあまりの殺伐さに嫌気がさして、ステージに上がらずに引き揚げた。

 フェスティヴァルの演奏で良かったのは、1982年ジャマイカでの Jamaica Wold Music Festival ぐらいのようだ。この時は出演者が誰も彼も時間にルーズで、スケジュールは押しに押し、初日トリのデッドがステージに上がったのは午前3時、というからデッドには合っていた。

 集めた聴衆の数では19730728日、オールマン・ブラザーズ・バンドとザ・バンドと合同で Watkins Glen 60万人を集め、史上最大のロック・コンサートと言われる。単独では19770903日、ニュー・ジャージー州の Raceway Park に単独で10万人を集めた。これはこの年、ハートの自動車事故のために夏のツアーができなかったお詫び(?)のショウ。こちらは《Dick's Picks, Vol. 15》として公式リリースされた。ちなみにこれは Dick LatVala が手掛けた最後の《Dick's Picks》。リリース直前にラトヴァラが急逝したため、現在のアーカイヴ管理者のデヴィッド・レミューがこの後を引き継いだ。


##本日のグレイトフル・デッド

 0109日には30年間で一度もショウをしていない。まったくショウをしていない日が365日のうちに4日ある、その1つ。前に2日と書いたが、ふたつ見逃していた。(ゆ)


 グレイトフル・デッドの今年のボックス・セットが発表になりました。セント・ルイスでの1971年12月から1973年10月までの7本のショウの完全版。《Listen To The River》のタイトルは〈Broken-down Palace〉の歌詞から。川はデッドの歌に繰返し出てくるモチーフです。13,000セット限定。
 
1971-12-09, Fox Theatre, St. Louis, MO
1971-12-10, Fox Theatre, St. Louis, MO
1972-10-17, Fox Theatre, St. Louis, MO
1972-10-18, Fox Theatre, St. Louis, MO
1972-10-19, Fox Theatre, St. Louis, MO
1973-10-29, Kiel Auditorium, St. Louis, MO
1973-10-30, Kiel Auditorium, St. Louis, MO

 録音は1971年が  Rex Jackson, 1972年が Owsley "Bear" Stanley, 1973年が Kidd Candelario。いずれも録音の名手で、これまでの実績からしても、音質は良いはず。

 1971年は先日50周年記念盤が発売になった Skull & Roses のバンドにキース・ガチョーが入った形。1972年ではピグペンが抜けています。

 David Lemiuex の seaside chat によれば、ライナーの一つを72年、73年のショウのプロモーターを勤めた人物が書いているそうで、こういう立場の人がライナーを書くのは珍しい。写真などもたくさん入っているそうで、楽しみです。これがあるから物理CDを買うのをやめられない。もう一つ、デッドのマネージャーだった Sam Cutler も書いているそうで、これも面白いでしょう。メインのライナーなおなじみニコラス・メリウェザー。

 日本への送料は15.99で合計215.97USD です。Dead.net のこの送料を見ても、他の出版社などの送料がなんであんなに高いのか、わからん。扱うヴォリュームの問題なのか。そりゃ、こちらは天下のワーナー・ブラザーズですけど。

 今回はCDのセットを注文すると1971-12-10のショウからデジタル・ダウンロードが3曲付いてきます。Sugaree、Mr. Charlie、Playing in the Band。このショウのみ、独立でCDが出ます。このショウは FM放送されて、有名なブートがあるのでその対策かな。また1972-10-18のショウの一部が Dead.net 限定でアナログ2枚組で出ます。

 同じ場所での3年にわたるショウをまとめるのは一昨年の Giants Stadium Box を踏襲してます。この形だと、バンドの音楽の変化がよくわかります。今回はとりわけバンドが急速に変化していた時期で、いろいろと楽しみ。Giants Stadium は売り切れるまで時間がかかってましたけど、今回はあっという間でしょう。

 St. Louis でのショウは20本。ミズーリ州では32回ショウをしているので、3分の2はセント・ルイスでやっています。

1968-05-24, National Guard Armory
1968-05-25, National Guard Armory
1969-02-06, Kiel Auditorium
1969-04-17, Washington University
1970-02-02, Fox Theatre
1970-10-24, Kiel Opera House
1971-03-17, Fox Theatre
1971-03-18, Fox Theatre
1971-12-09, Fox Theatre
1971-12-10, Fox Theatre
1972-10-17, Fox Theatre
1972-10-18, Fox Theatre
1972-10-19, Fox Theatre
1973-10-29, Kiel Auditorium
1973-10-30, Kiel Auditorium
1977-05-15, St. Louis Arena
1979-02-11, Kiel Auditorium
1979-12-09, Kiel Auditorium
1981-07-08, Kiel Auditorium
1982-08-04, Kiel Auditorium

 ショウ完全版の公式リリースはこれまでに4本。
1969-04-17, Washington University, St. Louis, MO > Download Series 12
1970-02-02, Fox Theatre, St. Louis, MO > Dave's Picks, Vol. 06
1971-03-18, Fox Theatre, St. Louis, MO > 30 Trips Around The Sun
1977-05-15, St. Louis Arena, St. Louis, MO > May 1977

 Washington University は1853年設立の私立総合大学で、2018年時点で学生数15,000(学部、大学院半々)、教員数3,800余。ここに関係したノーベル賞受賞者は25人の由。スタンフォードとかコーネルなどと同じレベルでしょう。

 セント・ルイスの Fox Theatre は1929年に映画館としてオープンし、1978年に一度閉鎖。改装されて1982年に再開。収容人員は4,500。デッドはこれくらいのサイズの会場が一番好きだったようです。なお、デッドが演奏した Fox Theatre はもう一つアトランタのものがあります。サイズはほぼ同じ。あちらでは1977年から85年にかけて計9回演奏。

 Kiel Auditorium は1934年にオープンし、1991年に閉鎖された屋内アリーナで、収容人員は9,500。DeadBase 50 よると10,500。デッド以外にも様々なコンサートの会場となりましたが、最も有名なのはプロレス会場としてらしい。

 Kiel Opera House はオーディトリアムのステージと背中合わせにステージが作られている施設で、こちらの収容人員は 3,100、リノベーションされて現役。オーディトリアムとの仕切りを取り払って、広くも使えたそうな。

 St. Louis Arena は1929年オープン、1994年に閉鎖された多目的屋内アリーナで、収容人員はこの当時はアイス・ホッケーで18,000。コンサートではもう少し少なかったでしょう。

 National Guard Armory というのは今は使われていない建物らしく、ここに写真があります。

 この名前の建物はもちろん全米各地にあるわけですが、デッドが演奏したのはこのセント・ルイスのものだけ、それも1968年5月の2回だけです。このショウを見てデッドに入れこみ、デッドのショウを見るためにセント・ルイスからサンフランシスコ郊外に引越した人物のコメントが 30 Trips Around The Sun 付録の本に収録されています。2回とも明確なセット・リストは残っていませんが、このコメントによると、バンド・メンバーの一人、おそらくピグペンではないかと思われますが、最後の〈Morning Dew〉でマイクをステージにあった直径6フィートの巨大なゴングに叩きつけ、あるいはマイクでさすって異様な音を出し、バンドもこれに合わせて、圧倒的なクライマックスになったそうです。演奏を終ったバンド・メンバーが、今のはいったい何が起きたんだ、という顔をしているのをみて、こいつら、とことん見てやると決意した由。

 それにしても半世紀前の録音がつい昨日録音されたもののように聴けるのはテクノロジーの恩恵ですなあ。これらのショウが行われていた当時、半世紀前の録音といえばSP盤しかなかったわけで、レコードを手に入れるのも、それを再生するのも、えらく苦労しなければなりませんでした。(ゆ)

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