final TONALITE を使いだして1か月経った。この年末年始を含む1か月は TONALITE に始まり、TONALITE に終る日々だった。
他の追随を許さない画期的で突出した製品やサーヴィスはゲーム・チェンジャーと呼ばれるが、TONALITE はあたしにとってワールド・チェンジャーとなった。オーディオの世界が百八十度変わってしまった。というよりはこれまで世界だと思っていたものが平面で、TONALITE によってそこから垂直に上へ飛びだしたけしきだ。
こういう世界の変わり方を味わったのは遠い昔、CDウォークマンを買って音楽を外に持ちだした時以来だ。あの時は音楽がスピーカーから解放された。音楽を聴くにはスピーカーの前に座らなければならなかったのが、どこでも聴けるとわかったのだ。それまではスピーカーの前に座る必要があることすら意識していなかった。そこから解放されて初めて、実は縛りつけられていたことが明らかになった。
いざ解放されてみると、目に映る景色によって音楽の聴こえ方が変わるし、目にする景観も聴こえる音楽によって変わる。それ自体がまったく新しい体験だったが、それ以上に、音楽はどこでどんな形で聴いてもいいのだ、むしろそうしてこそ発見できるものがある、音楽の別の位相が聞えてくる、ということを教えられた。わかってみればあたりまえのことなのだが、ウォークマンとヘッドフォンが出現するまでは、そしてそれを自分で体験するまではまったく思いもよらないことだった。
イヤフォン、ヘッドフォンの無線化のため、本体にアンプとチップが入った。チップはDACとDSPを担う。スピーカーで言えばDACやDSPとアンプの入ったアクティヴ・スピーカーに相当する。プロのモニタ用アクティヴ・スピーカーでは、部屋の特性を測って出音をこれに合わせる機能はデフォルトになっている。無線のイヤフォン、ヘッドフォンでは音が出るのは部屋ではなく、個人の耳だから個々の耳に合わせるパーソナライズが可能になった。すでにいくつかの製品が出ていて、いずれも耳を計測し、それに出音を合わせる手法だ。
TONALITE はTWSによって史上初めて可能になった出音のパーソナライズをもう一段深化させた。イヤフォンの聞こえ方のパーソナライズではなく、個人の聞こえ方全体をシミュレーションしてイヤフォンの出音をそれに合わせる。耳の中だけからイヤフォンを開放した。
すると聞えてくる音は現在のテクノロジーに可能なかぎり、イヤフォンをつけていない状態で理想の空間つまり部屋で聴いているものに近くなる。この理想の空間というのがミソだ。TONALITE があれば、いつでもどこでも理想の空間で聴ける。
これは従来のオーディオ製品の作り方とは対極にある手法だ。従来のオーディオ製品はイヤフォンに限らず、スピーカー、アンプ、プレーヤーすべて、それを作った人たちが「良い音」と考える音を出すように作られている。作り手はこれがあなたにとっても良い音でしょうと提案している。ユーザーはその中からなるほど「良い音」だと共感できるもの、自分の音の嗜好に最も近いと感じられるものを選ぶ。選んでいるつもりなのだが、自分の嗜好を自分で的確に把握するのは至難の技だ。まずたいていの場合、他人の言うことに左右される。評論家やショップ、メーカー自身、あるいはネット上のインフルエンサーの言うことに簡単に左右される。値札の数字にも左右される。さもなければ、単純に音が変わるだけで良くなったように感じてしまうこともある。
いずれにしても、従来のオーディオ製品は少々大袈裟に言えば、帯に短かし、襷に長し、というやつだった。自分が好きな、と自分では思いこんでいる音に、ぴったり同じにならないことは覚悟の上だった。オーディオ製品には限界があるものだ。ここまで望む音に近ければ、これだけの金額を出してもいい。言ってしまえば妥協の産物である。TONALITE にはその限界が無い。
TONALITE はそれ自体として他よりも音が良いですとは言わない。作る基準、製品のめざすところがまったく違うからだ。従来の基準に照らしても高い水準の製品ではあるが、それが目標ではない。メーカーは製品それだけで「音の良い」ものを作ろうとしていない。むしろ、従来言われている意味で「他よりも良い音」というのは存在しないと言っている。あるのはユーザー/リスナー各々に合っている音か、はずれている音だけだ。リスナー個人に合えば、それがリスナーにとって良い音どころかベスト、最適の音になる。合っているかどうかの判断は、簡単にゆらいでしまう主観によらない。その人の体の形という客観的データによる。リスナー側から言えば、オーディオ製品としてより良い音よりも、聴いてより気持ちの良い音になる。
CDウォークマンによってあたしにとって音楽がスピーカーから解放された。TONALITE によって音楽がオーディオ製品の限界から解放された。実現した「理想の空間」で音楽を聴く世界に棲んで1か月。どう変わったかのポイントをあげてみる。
まず、音楽を聴く時間が増えた。気がつくと TONALITE に手が伸びて聴いている。これまではまったく音楽を聴かない日も結構あったのだが、ほぼ毎日、最低でも1時間は聴いている。たいていは1日の限度として設定している3時間に近い。TONALITE は音楽を聴きたくなるようにそそのかすらしい。しかもより音楽に集中させる。初めて名前を聞くこの人はどんな音楽をやっているのかと、ちょっと聴いてみるつもりが、そのまま引きこまれて聴きつづけることが増えた。聴くのをやめたくなくなるからだ。
TONALITE の音が基準になった。自分に最適の音であることは、メーカーから言われなくてもわかる。聞えてくる音がいかにも自然なのだ。ひどく曖昧な表現だが、今は他により適切な言葉を思いつかない。聞こえている音のどこにも無理がない。聴くことが快感になる。いつまでも聴ける。ミュージシャンがこう聞こえてほしいと意図した音が聞えるというのはオーディオ製品の宣伝文句の一つだが、まさにそういう音だと思える。実際にそうかどうか、確かめる術はないが、たとえば故意に歪ませた音は、ああこれは故意に歪ませているのだな、とわかる。どうしてわかるのか、自分でもわからないが、そう思える。
あいかわらず、次々に出る新製品への関心は一向に湧かないが、手持ちのイヤフォンとあらためて聴き比べを始めた。何といっても買った当初は気に入って買ったのだし、まったく捨てて顧ないというのもしのびない。それに、基準としての TONALITE と比べると、各々の性格が明瞭にもなる。
当初は、一度にいくつもの機種を次々に聴いたが、今回は1日1機種として、より時間をかけている。TONALITE と比べてみるとどれもどこかが歪んでいる。歪むというのは強すぎるとすれば、ずれている。高域がやたら派手だったり、低音が大きかったり、ヴォーカルが近すぎたり、配置がおかしかったり、どこかが TONALITE で聞える音からはずれている。そのイヤフォンだけを聴いていたときはそんなことは感じない。聴き比べではまず対象のイヤフォンで聴く。もともとこの音は好きだと思って買ったものなのだから、ああ、いい音だなあ、バランスもとれている、と聞える。TONALITE に替える。すると、まずはぐっとおちつく。いい音だなあ、と感じる前に、気分がおちついて意識せずに音楽に向きあっている。そして聞えてくる音に比べると、さっきの音はやけにギターが響きすぎだったな、とか、音のテクスチュアがざらついていたな、とか思いだされてくる。TONALITE で聞えるこの音が本来入っている音だと思えてくる。根拠がないといえば根拠はない。しかし、これが本来の音だという感覚はリアルでゆらぐことがない。比較対象のイヤフォンを買った理由、基準は結局バラバラだったとわかる。いや、基準などはなくて、あれも好き、これも好きと買っていただけだった。まあ、ごく大雑把にこういう傾向の音が好きなんだなというのはわかる。
これまでは無線はまだまだだと思っていた。ZE8000 も両方買ったし、AirPods Pro 3 を TONALITE の前に買っていたから、無線の音が相当なところまで来ていることは認識していたが、まだまだ有線だよ、と思っていた。ケーブル替えて遊べないじゃないかとも思っていた。TONALITE のせいで Bluetooth に関心が湧いた。そうしてみるとソースの機器によって音が違うことにも気がついた。iPhone SE3、iPad mini 6、そして M4チップの入った MacBook Pro で、明らかに音が違う。この順番で良くなる。メインの DAP の HiBy RS2 は無線を潔く捨てているので TONALITE は使えない。その前にメインだった FiiO M11Pro で聴いてみる。いいですねえ。MacBook Pro と比べてみる。あれえ、やっぱり明らかに音が違う。M11Pro の方が貧相に聞える。こりゃ、面白い。どこが違うんだ。MacBook Pro は Bluetooth の Ver. 5.3。M11Pro は 4.2。ウィキペディアではヴァージョンが上がったからといって音が良くなることはない、とあるが、どうなんだろう。もっとハードウェア的な要因なのか。
TONALITE のこれからを想像してみる。というよりも DTAS のこれからだろうか。
まずはヘッドフォン。今年中にはと期待。やはり4万くらいだと嬉しいが、TONALITE と同額はないだろうなあ。
イヤフォンのドライバーによってやはり音は変わるのだろうか。final はハイブリッドはやらないが、MEMS や BA を使ったのを聴いてみたい。
WiFi のサポート。先日 HiFiMAN がやったように、Bluetooth に加えて WiFi が使えるようにならないだろうか。
DTAS はイヤフォンやヘッドフォンの中に入れなければならないということもないんではないか。つまり DAC/amp として、ドングルとかポータブル・アンプのサイズにならないか。それを通すと、他社のイヤフォン、たとえば AirPods Pro 3 にDTASをかけるとかできる、というのはどうだろう。そんなもの要らないかなあ。
パーソナライズはTWSのトレンドの一つで、各社独自の方式を出している。TONALITE は今のところぶっちぎりで深く、精度も高く、従来のものとは異次元だ。DTAS に使われているソフトウェアは永年の研究の成果だろうから、そう簡単に他社が追随できるとも思えないが、デジタル技術の展開は文字通り日進月歩だ。DTAS も使っているのだろうが、AI を利用した、さらに画期的な方式が出てくることはありえる。
この点はイヤフォンに限らず、オーディオ製品に限らず、資本主義システムによる大量生産品はすべて関わってくる。つまり、世の中で売られているモノは、すべてメーカー側からの提案なのだ。完成品であって、ユーザーが各々の使用環境、方法、習慣、癖、体のカタチとサイズに合わせてどこかを変えることはできない。パーソナライズはできない。せいぜいが完成品を組合わせて、できるかぎり使いやすいようにするだけだ。
TONALITE は完成品ではない。ユーザーが DTAS によってパーソナライズして初めて完成する。パーソナライズが前提として組込まれている。個人の体験がすべてというイヤフォンでこういう製品が生まれたのは必然であるようにも思える。とまれ、他社もより高度なパーソナライズを追求するはずだ。
ひょっとすると TONALITE は、パーソナライズ可能な大量生産品の先駆けになるのかもしれない。
ということまで妄想してしまうのが TONALITE だ。ドライバーはダイナミック。ということはエージングが進めばもっと気持ち良い音になるだろう。3ヶ月後、半年後、1年後にどういうことになっているか。世界はぐらぐらしているが、この行方は確かめたい。(ゆ)















