12月15日・水
Sarah McQuaid, The St Buryan Sessions
マッケイドの6作目になるソロ・アルバム。現在コーンウォールに住むマッケイドは COVID-19 による制限でライヴができなくなったことを逆手にとり、地元の教会で無観客で演奏するものを録音してこのアルバムを作った。通常のコンサートと同じ機材、セッティングで、コンサートをするように録音する。同時にビデオも録り、公開されている。
舞台となった教会は6世紀にアイルランドから渡ってきた王女で聖女セント・バリアナが創設したという言い伝えがあるセント・バリアンの村にある。10世紀にサクソンの王が再建するが、歳月に崩壊し、現在の建物は15世紀から16世紀にかけて再建されたもの。ここでは1966年に Brenda Wootton が村の公民館で The Pipers Folk Club を始める。The Pipers は村のすぐ南に立つ2本一組の石の名前にちなむ。この石は安息日に演奏した廉で石に変えられた楽士なのだと伝えられる。このフォーク・クラブではマッケイドの前作《If We Dig Any Deeper It Could Get Dangerous》をプロデュースしたマイケル・チャップマンはじめ、ラルフ・マクテル、マーティン・カーシィなども出演した。
フォーク・クラブは今は無いが、教会には Pipers Choir という合唱隊があり、マッケイドもここに引越して以来、一員として毎週日曜日に歌っている。この録音に使われたピアノはその合唱隊の男性部所有のものの由。
COVID-19 が原点に戻らせた。自身の歌とギター、またはピアノ。それのみ。わずかに重ね録りをしているが、基本はあくまでも独りでの一発録り。
もともと低い声、たとえばドロレス・ケーンよりも低い声がさらに低くなって聞える。女性ヴォーカルのイメージとは対極にある。低く太く、倍音というか、付随する響きがたっぷりしている。録音はそれをしっかり捕えている。
曲はしかしその声に頼らない。むしろ、声に頼ることを拒否し、歌そのものとして自立しようとする。結果として現れるのは、シビアでストイックな、それでいて優しい音楽だ。
目の前に聴かせる人がいないことで、うたい手と歌とは、おたがい剥出しになって対峙する。おたがいを剥出しにする。その姿勢は聞き手にも作用し、聞いている自分が裸にされてゆく。この歌を聴いているこの自分は何者か。音楽は鏡だ。真の音楽は聴く者の真の姿を聴く者に見せる。真の姿はむろん見たくない部分も含む。それをも見せて、なおかつ、それを見つめるよう励ましてくれる。支えてくれる。
マッケイドがそこまで意図しているかはわからない。が、期せずしてそういうものになっているなら、なおさらこれは本物の音楽だ。
##本日のグレイトフル・デッド
12月15日には1970年から1994年まで、6本のショウをしている。公式リリースは無し。
1. 1970 The Matrix, San Francisco, CA
これは本来デッドのショウではなく、デヴィッド・クロスビー、ガルシア、レシュ、ハートのメンバーで David and the Docks として知られる。一方、広告には Jerry Garcia & Frieds の名義で3日間の告知がある。セット・リストはテープによる。が、中のクロスビーのコメントから、内容は2日目のものではないかとも思われる。テープには午後のリハーサルと夜の本番が入っており、本番は1時間強。クロスビーのコメントはリハーサル中のもの。
2. 1971 Hill Auditorium, Ann Arbor, MI
このヴェニュー2日連続の2日目。
この街にデッドが来るのは4年ぶりで、しかもピグペン復帰でデッドヘッドの期待は高かった。しかし、前半はPAのバランスが悪く、ヴォーカルがほとんど聞えず、ピアノが大きすぎた。第一部の半ば過ぎてようやく調子が整った。ハイライトは第二部後半〈Turn On Your Lovelight〉からのピグペンのステージ、と Jace Crouch はDeadBase XI のレポートで書く。アンコールの〈Uncle John's Band〉の最中に、男が1人、ステージに飛びあがり、レシュのヴォーカル用マイクを摑んだ。クルーが男を連れ出したが、アンプの陰で殴り合いになったのが、Crouch には見えた。やがてクルーが戻ってマイクをレシュの前のスタンドに戻し、そこからレシュはまた歌った。
3. 1972 Long Beach Arena, Long Beach, CA
セット・リスト以外の情報無し。
4. 1978 Boutwell Auditorium, Birmingham, AL
セット・リスト以外の情報無し。
5. 1986 Oakland-Alameda County Coliseum Arena, Oakland, CA
このヴェニュー3日連続の初日。ガルシアが糖尿病の昏睡から復帰して、初めてのショウ。7月7日以来、半年ぶり。オープナーは当然〈Touch of Grey〉。第一部3曲目〈When Push Comes To Shove〉と第二部3曲目〈Black Muddy River〉がデビューした。10年後、後者はガルシアが人前で歌った最後の曲となる。
Ross Warner によるDeadBase XI のレポートは生まれかわったバンドのまた演れる歓び、それをまた聴ける歓びを伝えて余りある。
ガルシアのライヴ・ステージへの復帰は10月04日、サンフランシスコの The Stone でのジェリィ・ガルシア・バンドのショウ。ここから12-15のこのショウまでに、ジェリィ・ガルシア・バンドで8回、その他で3回、ショウを行っている。加えて11月22日にはウォーフィールド・シアターで行われた、Jane Donacker 追悼のチャリティ・コンサートにガルシア、ウィア、ハートのトリオで出演し、おそらくアコースティックで3曲演奏している。
ドナッカーは女優、コメディアン、ミュージシャン、キャスターで、コンサートの1ヶ月前にヘリコプター事故で死んだ。ドナッカーは朝、ヘリに乗って上空からマンハタンとその周辺の道路交通情報をラジオで中継する仕事をしていたが、この年、2度、乗っていたヘリコプターが墜落し、1度目は助かったが、2度目は助からなかった。The Tubes に曲を提供しており、この追悼コンサートにもチューブスが参加している。
6. 1994 Los Angeles Sports Arena, Los Angeles, CA
このヴェニュー4本連続の初日。この年最後のラン。開演7時半。
第一部4・5曲目〈Me And My Uncle〉〈Mexicali Blues〉と第二部の Space でウィアはアコースティック・ギターを使った。(ゆ)


