タグ:ギター
木村穂波&福島開 @ cafe & pub Shino、大岡山
須貝知世、沼下麻莉香&下田理 @ Desture, 谷峨、山北町
ビッグ・ボックス・セットの日
RIP Dennis Cahill
アイリッシュ・ミュージックに魅せられた人間は、たいてい、そのコアに入ることを目指します。それが不可能だとわかっていても目指します。そうさせるものがアイリッシュ・ミュージックにはあります。カヒルもおそらくその誘惑にかられたはずです。しかし、どうやってかその誘惑を斥けて、つなぐことに徹していました。あるいはギターという楽器の性格が後押しをしていたかもしれない。それにしてもです。
RIP Kelly Joe Phelps
Mads Tolling
Rick Turner とグレイトフル・デッド
それにしても、マレンコが Grateful Dead の名を口にしたのはそれこそ out of blue だった。
バート・ヤンシュのボックス・セット
01月24日・月
Bandcamp で注文したバート・ヤンシュのスタジオ盤をまとめたボックス・セット4タイトルと《Santa Barbar Honeymoon》の Earth Records からの再発着。2009年版。ミュージシャンやスタッフのクレジットが無い。ボックス・セットは後半をまとめた2タイトルにデモ、未発表を集めたディスクが1枚ずつ入る。ライナーはバートへのインタヴュー。オリジナルはもちろん全部持っているが、この未発表トラックの2枚に惹かれたのと、ライナーが読みたかったのと、こうしてまとまっているのもあれば便利、というので結局買ってしまう。まとめて買うと安くなるし。バートのものは、目につけば、ついつい買ってしまう。
##本日のグレイトフル・デッド
01月24日には1969年から1993年まで、4本のショウをしている。公式リリースは2本。
1. 1969 Avalon Ballroom, San Francisco, CA
このヴェニュー3日連続の初日。サンズ・オヴ・シャンプリンが前座。1時間半のおそらくは一本勝負。2曲目〈New Potato Caboose〉が《Aoxomoxoa》50周年記念版でリリースされた。
〈New Potato Caboose〉は Robert Petersen 作詞、フィル・レシュ作曲。1967年05月05日、フィルモア・オーディトリアムで初演。1968年06月08日、フィルモア・ウェストが最後。計25回演奏。スタジオ盤は《Anthem Of The Sun》。ウィアの歌の後、まずベースが長いソロを披露し、後半はガルシアがこれに応えて長いソロを聴かせる。この曲の演奏としては一番面白いヴァージョン。レシュのソロは公式リリースの中ではこれがベスト。この歌はしかし実にやりにくそうに聞える。レシュの曲が尋常でないほど複雑で、ほとんど前衛音楽の領域。ガルシアもギター・ソロをどう展開すべきか、あぐねている。デッドの即興はジャズのそれとは違って、テーマと無関係なものではなく、歌の延長であって、そこからの必然的な流れに沿う。この曲ではその流れを摑みかねている。レシュのベース・ソロも、なかなかうまくいかないので、レシュの曲だから、たまにはソロをやってみろということではないか。
この歌詞もハンターやバーロゥのものと同じく、歌詞である前に詩であって、読んですぐ意味のとれるものではない。何度も繰返して読み、聴きながら、自分なりのイマージュをふくらませるものだ。
Robert M. Petersen(1936-87)はオレゴン出身。デッドには3曲の歌詞を提供している。これと〈Unbroken Chain〉〈Pride of Cucamonga〉。いずれもレシュの作曲。〈Unbroken Chain〉はデッドヘッドのアンセムと言われる。"Fern Rock" はじめ、デッドについての詩も書いている。詩集 Alleys Of The Heart, 1988 がある。
2. 1970 Honolulu Civic Auditorium, Honolulu, HI
このヴェニュー2日目。5曲目〈Mason's Children〉が《The Golden Road》所収の《Workingman's Dead》ボーナス・トラックでリリースされた後、ほぼ全体が《Dave’s Picks, Vol. 19》でリリースされた。判明しているセット・リストの曲はすべて収録されているが、1時間弱で、これで全部とは思われない。〈Good Lovin'〉はフェイドアウト。
演奏は前日と同じくすばらしい。デッドの調子の良い時の常で緊張と弛緩が同居している。ただ、この2日間は緊張の底流がより強く感じられる。〈Black Peter〉やアンコールの9分を超える〈Dancing In The Street〉のような、弛緩の方が強そうな曲がむしろ張りつめている。その大きな要素の一つはガルシアのギターで、それまでのバンドの後ろからまとめてゆくような姿勢から、先に立って引張る意識が現れているようにみえる。
この年、デッドは忙しい。ショウの数は前年に次ぐ142本。大きな休みは無い。新曲は27曲。レパートリィは119曲。ここでレパートリィというのは、この年のセット・リストを集計して重複を除いたもの。この119曲はいつでも演奏可能ということになる。春と秋に2枚のスタジオ盤を録音して出し、5月には初めてヨーロッパに渡り、イングランドでショウをする。1月末、トム・コンスタンティンがニューオーリンズでバンドを離れ、3月、マネージャーだったレニー・ハートが大金を盗んで逃亡。一方、オルタモントの後、ストーンズのロード・マネージャーをクビになっていたサム・カトラーを、新たにロード・マネージャーとして雇う。カトラーはバンドのショウからの収入を大いに増やす。Alan Trist を社長として、楽曲管理会社 Ice Nine Publishing を設立。弁護士ハル・カントと契約する。カントはエンタテインメント業界のクライアントをデッドだけに絞り、業界の慣行を無視したデッドのビジネス手法をバックアップする。
3. 1971 Seattle Center Arena, Seattle, WA
北西太平洋岸3日間の最終日。開演8時。ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジとイアン&シルヴィアが共演。あまり長くないのは会場の制限か。それでも、「ちょうどあと1曲できる時間がある」とピグペンが言って、〈Turn On Your Lovelight> Not Fade Away> Goin' Down The Road Feeling Bad> Turn On Your Lovelight> Drums> Good Lovin'〉というメドレーをやった。
この後は02月18日からのニューヨーク州ポートチェスターでの6本連続。
3. 1993 Oakland-Alameda County Coliseum Arena, Oakland, CA
23.50ドル。開演7時。中国の春節記念の3日連続のショウの初日。酉年でラミネートの絵柄は鶏。春節に合わせたショウは1987、88、89、この年と94年の5回。この年が一番早い。この年はさらに2月下旬にマルディグラを祝うショウを同じヴェニューで3日連続でやった後、3月上旬春のツアーに出る。
これは良いショウで、ウィアがとりわけ調子が良かったそうな。(ゆ)
Clara Buteler《Dawn》
Custy's のオンラインストアで別のものを探していて遭遇する。
アルゼンチン出身でエニスに住むシンガー/ギタリストのデビュー作。ギターはテクニシャンではないが、味のある伴奏をつける腕に不足はない。声に特徴があり、いわゆる「かわいい」声に聞えるが、その声に頼ることを拒否して、正面から歌う。結果、この声をさらに聴いていたくなる。
詞はすべて英語で Eoin O’Neill が書き、バトラーが曲をつける。当然、アイルランドの伝統的メロディーではないが、そこから完全に離れてもいない。歌によって生まれでるある空間の産物。発音はスペイン語の訛か、ひどく聴きとりやすい。初聴きでのベスト・トラックは [08] The Stranger's Song。自らの立場を歌うとも、異邦の地に立って生きようとするすべての人を歌うとも聞える。
数曲でオゥエン・オニールがブズーキでいいサポートをしている。
##本日のグレイトフル・デッド
11月25日には1973年と1979年の2本のショウをしている。公式リリースは1本。
1. 1973 Feyline Field, Tempe, AZ
第一部クローザーの〈Playing In The Band〉が2013年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
オープナーが〈The Promised Land〉で第二部オープナーが〈Around And Around〉はありそうで、珍しい。〈Sugar Magnolia〉がクローザーではないのも滅多にない。〈Goin' Down The Road Feeling Bad〉に続く。
この週末はずっと雨で、会場は小さな野球場で、正午開演予定だったため、払い戻しになると思いながら朝10時に着くと Wall of Sound はすでに設置が終り、全体にプラスティックのカヴァーがかけられていた。スピーカーは背後の客席よりも高く聳えていた。そのサウンドは狭い球場からあふれんばかり。雨が止むのを待って、午後2時半、演奏が始まる。聴衆は3、4,000人と「ごく少なかった」。ステージには妊娠6、7ヶ月だったドナのために、やたらクッションのきいた大きな椅子が置かれて、ドナは実際これに座っていた。アンコールの時、雲間から太陽が現れ、ウィアが「日没を味わおうぜ」と言い、〈And We Bid You Goodnight〉が歌われる中、太陽が沈んでいった。帰りはまた土砂降りの雨。以上 DeadBase XI の Jeffery Bryant のレポートによる。
小さなものであれ、スタジアムが会場に選ばれたのは Wall of Sound を設置するためだろう。この前のショウは前々日、テキサス州エル・パソで、おそらく別のセットが先行して送られ、前日に組み立てられていたと思われる。
2. 1979 Pauley Pavilion, University of California, Los Angeles, CA
セット・リスト以外の情報が無い。(ゆ)
介護保険料、ハーモニカ・ジャズ、The Secret Trio、行川さをり
玉響@横浜・エアジン
中村大史@ホメリ、四谷三丁目
RIP Arty McGlynn
マイキー・オシェイ&高橋創 @ 菜花、西調布
須貝知世&梅田千晶 vs 小松大&山本哲也 @ Bar? CCO、下北沢
Catherine Rhatigan & Ray Coen @ 葉月ホールハウス、西荻窪
福江元太&高橋創 @ Bar Jicon、自由が丘
謹賀新年
Dai Komatsu & Tetsuya Yamamoto @ Bar? CCO、下北沢
The Hanz Araki Trio @ ラ・カーニャ、下北沢
Jean-Michel Veillon & Yvon Riou @ 音倉、下北沢
高橋創 & Mikie O'Shay @ ラ・カーニャ、下北沢
《あかまつさん》チェルシーズ
リリースから5年経つ。この5年はグレイトフル・デッドにあれよあれよとのめりこんでいった時期なのだが、一方で、その5年間に聴いた回数からいえば、このアルバムが最も多いだろう。いつも念頭にあるわけではない。しかし、折りに触れて、このタイトルがふいと顔を出すと聴かずにはいられない。聴きだすと、40分もない長さのせいもあり、最後まで聴いてしまう。聴きだすと、他に何があろうと、終るまで聴きとおす。