クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

タグ:クレズマー

 やあっぱりフランク・ロンドンは面白い。

 この人はトランペットの名手ではあるけれど、それ以上に一緒に演る人たちをノせて、音楽を面白くする名人なのだ。普段のジンタらムータを見ていないから比較はできないが、しかし大熊さんはじめ、各メンバーのノリがいいのは、最初の一音からよくわかる。

 アナウンスもなく、客電も落ちずに、まるで準備のためのようにメンバーがばらばらとステージに現れて、いきなり始める。この音楽はそういうスタイルがよく似合う。しかも初っ端から全開で、フルスピードで突っ走る。そしてそれが最後まで途切れない。というよりも、どんどん良くなってゆく。

 後半もまったくテンションは落ちず、梅津、関島、中尾、巻上が加わって、パワーははてしもなく上がってゆき、いやもう、こんなに楽しいライヴはやあっぱり何年に一度だ。

 もちろんアップテンポばかりでなく、初めに2曲速い曲を続けた後、一転してやったスローな曲もよかったし、後半冒頭で、みわぞうが箏を弾いた曲もすばらしい。

 ハイライトはいくつもあった、というより、もうずっとハイライトなのだが、印象に残るのはやはり〈魔法使いサリーの主題歌〉とロンドンがこの来日公演のために書き下ろしたという曲、それに巻上公一が指示を出して、メンバーが次々に受け渡してゆく曲。〈サリー〉はなるほどこうしてうたわれるとクレズマーだ。今は知らないが、昔のテレビアニメの主題歌はいろいろな実験をやっていた。実験という意識もたぶん無く、やっていた。当時日本に入っていたポピュラー音楽のジャンルやスタイルは残らず取り入れていたはずだ。クラシックももちろんあった。とすれば、クレズマーがあっても不思議ではない。

 ドイツでイディッシュ歌謡の偉大な伝承者から激賞された(『みすず』5月号)というみわぞうのヴォーカルがまた光っていた。シンガーとしての彼女を生で聴くのは初めてで、正直のところ、仰天した。クレズマーはインスト主体の音楽だが、みわぞうのうたはどんなものでもいいから、もっと聴きたい。とりあえず、06-10のみわぞう祭り@スター・パインズ・カフェには予約を入れた。うーん、アイリッシュもうたってくれないか。いや、スコティッシュでもいい。

 大熊さんの生を聴くのも久しぶりで、凄くなったものだ。デイヴ・タラスやナフトゥール・ブランディワインに並べても遜色ないんじゃないか。ちんどんで鍛えられた分、上かもしれない。ふーちん・ぎどのリズム隊もすばらしい。とりわけふーちんのドラムスは、二人だけでやる時同様、キレにキレて、こういう音楽には絶好だ。こうなるともっといろいろな組合せで聴いてみたくなる。佐藤芳明氏はエフェクタを使って面白い音を出している。これまで生で見たときには、もっと小編成だったからやらなかったのか。アコースティック楽器といっても、今やテクノロジーの進化でこんなこともできるようになっているわけだ。

 それにしても梅津さんはやはり凄い。音の太さ、フレーズの活きの良さ、この人のソロになると、その世界に行ってしまう。

 この前、フランク・ロンドンを生で見たのは、あれはもう20年程も前か。新宿のピット・インで、セネガルのモラ・シラと二人で来た時だった。その時のホストは他ならぬ梅津さんで、関島、中尾の両氏はじめ、桜井芳樹、吉田達也という布陣だった。全員が顔を合わせ、音を一緒に出したのはその日の朝だったそうだが、そんなことは全然わからないし、どうでもよくなるくらい、面白く、生涯最高のライヴの一つだ。ロンドンは絶好調で、音楽で遊ぶ達人ぶりを遺憾なく発揮していた。

 エッグマンでのロンドンは年をとったこともあるのだろうが、ピットインの時ほど動きまわらず(もっともステージが狭すぎて、動きまわるスペースも無かった)、指示を出すことも少なかったようだが、むしろスケールは一段と大きくなって、目に見えない雰囲気というか、空間というか、場の作用というか、そういうところで影響がにじみ出ていたようにも思う。

 ロンドンはワールド系の方ではやはり大物の一人らしく、エッグマンは満杯。観客には関口義人さんや萩原和也さん、それに古書ほうろうの宮地夫妻、松村洋氏などなど、知合いがたくさんいた。お客さんもやはりロンドンのやっていることをよく知っている人ばかりの感じだった。これまた久しぶりに3時間立ちっぱなしで、さすがに脚はくたびれたけど、こういうライヴなら疲れもまた楽しからずや。このライヴを実現してくれた方々に深く感謝する。(ゆ)

 『みすず』4月号。大熊ワタルさんの連載「チンドン・クレズマーの世界冒険」が始まる。第1回は「NYにエコーしたイディッシュの記憶」。「遠い島国で、記録と想像だけで育ててきたチンドン・クレズマー」に対する Forward紙の評価には、自分の生まれ育ったものではない伝統音楽に身も心も奪われつづけてきた人間にとって身震いするほど嬉しいものがある。

 「ユニークだったのは、この演奏が感傷や懐古なしにこの音楽を活気づけ歓喜させたこと。そのことでイディッシュ音楽が、それに属する人々を絶滅させる試みで中断されなければ、どのように自然に進化しただろうかと想像できたことだ」

 そうなのだ。「伝統」とはこのように、一見まったく縁もゆかりも無いと思える飛躍や断絶によって新たにつながり、再生し、生き延びてゆくのだ。

 フランク・ロンドンが来月来日して「ジンタらムータ」とツアーするそうな。見に行くぞ。

 余談だが、昨年最も興奮したアクトの一つだったふーちんぎどのふーちんとギデオン・ジュークスは何のことはない、ジンタらムータのメンバーだった。これはますます楽しみ。しかも東京公演は梅津和時、巻上公一、関島岳郎といった面々がゲスト。いやはや。(ゆ)

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