5年ぶりの来日とのことで、前回2017年の来日は見逃していた。あたしが見たのはその前年の初来日で、神谷町の寺の本堂でのライヴだった。この時は個々の楽曲はすばらしいのだが、全体としてはどうも単調で、あまり楽しめなかった記憶がある。
今回はその時の印象とは見違えるばかりで、楽曲、編曲、演奏、構成、四拍子そろったすばらしいコンサート。人の声とそのハーモニーの多彩な響きを堪能させていただいた。こうなるとヴァルティナと肩を並べる、しかも対照的な音楽を聴かせてくれる。見ようによってはこちらの方が一層洗練されている。ヴァルティナはむしろ野生が華麗なテクノロジーの衣をまとっている。
中央、椅子の前に大型38弦のカンテレが置かれ、その他に肩から吊るして体の前でギターのように弾く15弦のカンテレを各々が持つ。少ないときはどれか一つ、多い時は大型と小型3台。大型の楽器の前には4人のメンバーが交替で座る。ここに座った者が一応リード・ヴォーカルもとるようだ。
小型の方はもっぱらリズム・ギターの役割。大型はメロディに加えてベースの役割が大きい。この低音は倍音たっぷりで、しかも芯が通って、軽いのに浸透力がある。ホールいっぱいに拡がってゆくのがなんとも快い。
前半は劇的な構成で、とりわけ、4曲目『千と千尋の神隠し』のテーマ・ソングを日本語とフィンランド語で歌ったのがまずハイライト。先日の「ノルディック・ウーマン」と同じく、ただ日本産の歌をサービスしてますではない。まず完全に自分たちの音楽として消化したうえで演奏している。正直、歌詞など、こちらの方がすなおに入ってくるし、楽曲の良さもあらためて染みてくる。
続くマイヤがリードをとる曲では、ヴァルティナを想わせる呪術的な響きが現れてぞくぞくする。あたしなどはこの響きに最もフィンランド的なものを感じてしまう。その次はベース・ワークがすばらしく、コーラスも重心が低くしてなお美しい。そしてその次7曲目。ユッタが大型の前に座り、まずハーモニクスのイントロからモダンな展開をした後のコーラスが、これまで聴いたこともないほど荘厳で可憐でしかも尖っている。歌詞のないコーラスでの即興に身がよじられる。底にビートが流れていて、時に表に現れる。声の重なりが倍音を生み、それがまた全体を増幅する。
続くのはフィンランドとは親戚のハンガリーの伝統歌をフィンランド語に置きかえた歌。ロメオとジュリエットのストーリーをもつ歌だそうで、メロディは確かにハンガリーに聞えるけれど、これまた自家薬籠中のものにしている。
プログラムには無いアカペラの曲で前半を締めくくる。
ここまでで、もう十分来た甲斐はあったし、パンデミックの前からしても、指折りのライヴと思う。
後半は前半ほどドラマチックではないのだが、どれもこれも前半で上がったままの高い水準の曲と演奏が続く。熊の歌のようなユーモラスなところも顔を出す。小型のカンテレの方がチューニングに手間がかかるらしく、その間をやはりメンバーが交替に MC をする。クリスマスは何が楽しみか。ユッタが音楽ソフト用の新しいプラグインをおねだりしたというのが印象に残る。この人がリードをとる曲はよりモダンで尖った感覚がある。ラストは無印良品のCDにも入れた伝統曲。生で聴くとまた格別。そしてアンコールは〈聖夜〉「きよしこの夜」のフィンランド語版。カンテレの響きが一段と映え、最後の余韻が消えてゆくのに背筋に戦慄が走る。こういう終り方をされると、もうこの後は何があっても余計になる。
ここは西国分寺駅前にある、定員400人程のホール。客席の傾斜が急で天井が高い。カンテレや声のハーモニーを美しく聴かせてくれる。外に出ると着込んでいても寒気に身がひきしまるけれど、こういう音楽にはやはりこの寒さがふさわしい。(ゆ)