このイベントはアニーこと中村大史さんと奥貫史子さん、石崎元弥氏が3人でライヴをしたいということではじまった由。その2回目で、今回はシンガーの Ema 氏をゲストに招いた。前半トリオで、後半4人で主に歌をやる。
この4人が初めて集まったのは2年前,『ダブリンの鐘つきカビ人間』という劇のミュージカル化の際だそうだ。中村さんはこの時音楽監督として、使われる音楽、歌の作曲をしている。確か、先日の「アンサンブル・コンサート」のときも一部か演奏されたはずだ。この日はそのうちインストルメンタル2曲と歌1曲をメドレーでやる。どれもなかなかの佳曲。「アンサンブル・コンサート」のときも思ったが、中村さんは実によい曲を作る。
Ema 氏がいい。ふだんはジャズを歌っているそうだが、自然にたっぷりとあふれ出る声を自在にコントロールする。その差し手引き手のタイミングと加減が何ともよろしい。どこから見ても一級の歌い手。こういう人がケルト系の歌をうたってくれるのは嬉しい。まずいきなり〈ダニー・ボーイ〉と来た。こういう歌をオープナーにもってくるのは何かあるはずだと思っていたら、何かあるどころではなかった。実に元気闊達でリズミカルな演奏。間にジグをはさむ、というのはどこかで聴いたぞと思ったら、後で中村さんがトリコロール版がベースと明かす。そうなのだ、こういう〈ダニー・ボーイ〉があったっていいじゃないかを通りこして、〈ダニー・ボーイ〉はこんな風に明るく元気にうたわれるべきだと思えてくる。あのみっともないおセンチなところなどかけらも無い。こりゃあ凄いぞ。
ところがである、その衝撃も影がかすむほど、その後に名演名唱が続いたのだ。ダブル・アンコールまで後半はずっとハイライト。あたしはもう舞い上がりっぱなしだった。このイベントを知ったのは前々日。リハーサルが良かったので聴いてくれとアニーから連絡をもらった。昼は青葉台でドリーマーズ・サーカスだが夜なら行ける。雨は気になるが、いい音楽を聴くためならもう命を惜しむ年じゃない。行って良かった。昼間のドリーマーズ・サーカスがすっかり霞んでしまった。冥土の土産がまた一つ増えた。
2曲目はアカペラから入る〈Welcome back Paddy home〉。名前は忘れたオールドタイムの有名な曲ときて、その次がハイライト中のハイライト。今回選曲は中村さんたち3人の提案がほとんどだが、1曲ジャズのスタンダードをこの編成でうたってみたいと Ema 氏から言いだした。それが大定番の〈My favorite things〉。意表を突いてバゥロンから始まるこれには鳥肌が立った。こんな〈My favorite things〉は聴いたことがない。これに比べれば他の演奏はコルトレーンですら表層をなぞっているだけに聞こえないか。いや、こういう尋常でない手法、Ema 氏の言葉を借りれば〈異文化交流〉の組立てだからこそ歌の本質、核にあるものが明瞭に現れるのだ。同時にそれをやっている音楽家たちの器もあらわになる。
その後の『ダブリンの鐘つきカビ人間』からの曲、アニーの初期の傑作〈オリオン〉と〈気分〉もすばらしい。後者ではアニーはピアノ、〈オリオン〉ではリードを交互にとる。
これは強力な人が出てきてくれたものだ。ジャズを歌う一級のシンガーがこういう歌をうたってくれる例はほとんどない。あたしの知る限りではアイルランドの Christine Tobin が初期にやっていたくらいだ。あるいはSusan McKeown。彼女自身は伝統の人だが、パートナーがジャズのベーシストだったから、その頃の録音はジャズのセンスでやっているものもある。それくらいだ。この組合せはぜひぜひ続けて、いずれは録音も出して欲しい。
前半は奥貫さんの趣味全開で、ほとんどはケープ・ブレトンやオンタリオ、ケベックなどカナダの曲。得意のフット・パーカッションはもちろん、前半クローザーの長いメドレーではステップ・ダンスも飛び出した。
奥貫さんのフィドルをこんなにたっぷり聴けたのも初めての気がする。いつも誰かと一緒だったり、セッションの中だったりだった。あらためて音色の太さと歯切れの良さに感嘆する。歯切れの良さはスコッチ系の曲が多いこともあるかもしれないが、それだけではないだろう。基本的なキャラクターであると聞こえた。一方で後半の歌伴では間奏でしっかりメロディを崩してみせて、いやいいですね。アンコールの〈Wild mountain thyme〉ではコーラスも披露する。
石崎氏は今日はバンジョーではなく、マンドリンとバゥロンを曲により場面により持ちかえる。マンドリンもかなりの腕で、これも本朝ではプレーヤー、つまりブルーグラスではない人が少ないから、どんどんやっていただきたい。
アニーはピアノが弾きたいという。実際ケルト系のダンス・チューンのピアノとしては相当に異色と思う。ギター伴奏の応用だろうか。時に左手で低いところでメロディの一部をユニゾンしたりするのが面白い。こういうピアノはケープ・ブレトンではまちがっても聴けないし、スコットランド、アイルランドでもほとんどいない。スコットランドの Dave Milligan が近いかもしれないが、彼はジャズもやる人である。
それにしても作曲家・中村大史は逸材だと思う。「アンサンブル・コンサート」を京都と北海道の故郷でやるという。これは行きたい。行かねばならん。冥土の土産にするためにも。(ゆ)
中村大史: guitar, accordion, piano, vocals
奥貫史子: fiddle, vocals
石崎元弥: bodhran, mandolin, vocals
Ema: vocals









