クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

タグ:サクソフォーン

 この「J.S.バッハ祭り2022夏」のチラシを見てまず行こうと思ったのは千秋楽の『ヨハネ受難曲』、次がこの加藤さんのサックスによるバッハだ。

 加藤さんは shezoo さんのプロジェクトで生を見ているけれど、かれのソロというのは初めて。かれのサックスは聴いていて愉しい。音色が多彩だし、音のコントロールがツボをついている。楽譜通りに吹いているのだろうが、そうは思わせない。目の前に広げた楽譜を見ながら吹いているというよりは、一度カラダの中にいわば楽譜をまるごと呑みこみ、そこから音を生成している。それもカラダの奥深くまで呑みこんでいて、音になって出てくるまでの助走が長い。だから出てくる音の速度が大きい。それが快感を生む。というのが、今回、目の前でその演奏をたっぷりと味わって感じたことだ。

 冒頭は〈無伴奏チェロ組曲〉第1番から3曲を、テナー・サックスの無伴奏でやる。チェロに比べるとサックスの音のスピードは段違いだ。音を出す原理の違いだ。そこから生まれるダイナミズムの振幅もサックスは段違いに大きい。音の高低で音色が変化するのはデメリットにも見えるが、この場合、むしろメリットに作用する。加えて加藤さんの音は太筆だ。大は小を兼ねる。チェロではどんなに太くしても中までで、サックスのように太くはならないし、加藤さんの音はその中でもさらに太い。

 これだけでもう今日は来た甲斐があったと思ったが、その次が凄かった。無伴奏はこれだけで、あとはピアノと一緒にやります、と言って紹介したのが柳川氏。まだ若い、どちらかというと小柄な女性だが、演奏は加藤さんに劣らずダイナミックと繊細さが同居している。普段、シャンソンの店でシャンソンの伴奏を定期的にしているそうだが、ジャズも相当に聴き、実践されているのは、後の演奏でもわかった。クラシックに限らない幅の広さは今の演奏家には当然求められることとはいえ、頼もしい。

 で、その2人でまずやった〈ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ〉の思いきりはじけた演奏がこの日のハイライト。聴いていて、どうしてもにやにや笑いが浮かんでくるのを押えられない。これですよ、これ。クラシックだからといって収まりかえってなんかいない。ビートを効かせ、ピアノは音域を目一杯使い、しかもバッハだから、サックスとピアノはまったく対等に存在を主張する。あるいは片方が片方を追いかけ、あるいは逆にけしかける。これを聴いてしまうと、本来のヴィオラ・ダ・ガンバによる演奏が聴けなくなるんじゃないかと心配になる。バッハが聴けばきっと大喜びしたはずだ。おそらく、原曲通りではなく、アレンジもしているんじゃないかと思うが、これも柳川氏だろうか。

 加藤さんはテナーとアルトを用意して、曲によって吹きわける。この2曲はテナーで、次にアルトで2曲。マタイからの〈憐れみたまえ、わが神よ〉と、超有名曲の〈トッカータとフーガ、ニ短調〉。どちらも前2曲に負けじ劣らじの快演。
 マタイの曲ではピアノの響きが美しい。手入れがいいのか、弾き手がいいのか、ここではちょっと聴いた覚えのない美しい響きがこぼれ出る。
 そして、〈トッカータとフーガ、ニ短調〉は、凄え、という言葉しか出てこない。アルトの音域を一杯に使っての力演。ラスト、締め括りの音の太さ! こういう曲でも、バッハの曲にはビートがあることがよくわかる。オルガンの曲をサックスとピアノでやるのだから、当然アレンジしているはずだが、加藤さんがやったのか。

 加藤さんの眉が上下に動くのが面白い。かれの眉毛はかなり濃く太く一直線で、それが演奏の力の入れ方によって平行に上下に動くのである。今回初めて気がついたのは収獲。

 後半はまずテナーで〈Fly Me to the Moon〉。メロディの一部をバッハからもらっているという。これに限らず、ポピュラー曲でバッハから一部をいただいている曲は多いそうだが、うなずける。ディープ・パープルの〈Burn〉にもモロ・パクリがある由で、ジョン・ロードはクラシックの出身だから、さもあろう。

 次はアルトで加藤さんのオリジナル、shezoo さんとのプロジェクトでデビューした〈君の夏のワルツ〉。シェイクスピアのソネット18番につけた曲。アレンジは柳川氏で、バッハの精神を体現して、ピアノはサックスの伴奏ではなく、対等の相手である。

 この日はかなりはじけた演奏が多いが、次のバッハ〈主よ、人の望みのよろこびよ〉はかなり抑えた静かな演奏で、音量も小さめ。これはテナー。

 そしてクローザーは加藤さんが柳川氏に委嘱した〈テナー・サックスとピアノのためのソナタ〉で、世界初演。4楽章からなり、それぞれにジャズのテナー・サックス奏者に捧げたもの。詳しい人が聴けば、それぞれにああ、これは誰が相手だとわかるのだろう。あたしはさっぱりだが、曲はまことに面白い。こういう曲を作るあたり、柳川氏のジャズの素養は半端ではないし、演奏にもジャズの筋が通っている。ちゃんとスイングしている。

 アンコールはこれも柳川アレンジの〈G線上のアリア〉。こういう耳タコの曲をこういう具合に新鮮に聴かせてくれるのは、アレンジと演奏のレベルが高いのだ。

 加藤さんは見る度に腕が上がると思っていたけれど、もうそういうレベルは卒業している。ライヴの構成も見事で、この日の曲目と並びをそのまま録音しても、立派に1枚のアルバムになると思われる。
 柳川氏のピアノももっと聴きたい。ソロも聴いてみたい。それこそバッハの、そう〈フランス組曲〉とか、いかがですか。

 いやもう、堪能させていただいた。バッハの音楽の新たな面白さを聴かせていただいたし、あらためてバッハは凄いとも思った。こういう風に、当初の意図からは相当にかけ離れた扱いをしても、曲が壊れるどころか、むしろより美しく、面白くなるのは伝統音楽に共通する。バッハの曲は作曲というよりも、元になった伝統曲があって、アレンジという方に近いのではないか、とあたしは勝手に秘かに思っているのも、そういうところがあるからだ。

 加藤&柳川デュオには、ぜひまた再演していただきたい。バッハだけでなく、〈テナー・サックスとピアノのためのソナタ〉のような曲ももっと聴きたい。

 COVID-19 の波の大きさに、当局はなす術もなく立ちすくんでいるようだが、こういう音楽を聴けば皆さん免疫力も上がって、ウィルスも退散すると思われた。

07月29日・木
 つくつく法師が鳴きだした。今日鳴いているやつは、どうもちょっと焦っている感じ。出遅れた、とでもいうのかな。

 午後から出て関内のエアジンで加藤里志さんのサックスによるバッハのライヴに行く。それはそれはすばらしかった(別記事に書く予定)。バッハは本当に面白い。


%本日のグレイトフル・デッド
 07月29日には1966年から1994年まで5本のショウをしている。公式リリースは3本、うち完全版1本。

1. 1966, P.N.E. Garden Auditorium, Vancouver, BC, Canada
 金曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。この3日間はヴァンクーヴァーの "Trips Festival"。前売各日2ドル、通し券5ドル。当日2.50ドル。通し券6ドル。開演8時半。ポスター等にはバンド名は入っていない。
 「トリップス・フェスティヴァル」はメリー・プランクスターズとビル・グレアムがこの年の01月にサンフランシスコで開いたイベント。「アシッド・テスト」の発展形と言えなくもない。会場の中は複数の区画に仕切られ、前衛演劇、ライト・ショウ、ダンス・カンパニー、それにロック・バンドなどが各々にパフォーマンスをする。参加者はアシッドなどの幻覚剤を服用しながら、それらを自由に往来し、あるいは1ヶ所に止まって体験する。このイベントは同様の形式の一種のパッケージとして各地に会場を移して開かれた。
 デッドはアシッド・テストからの流れで「トリップス・フェスティヴァル」でもハウス・バンドを勤めたから、ここでも呼ばれたのだろう。
 サンフランシスコの「トリップス・フェスティヴァル」はデッドがビル・グレアムと初めて出逢う点でも重要。何と言っても、ビル・グレアムはデッドにとって最も重要なプロモーターだ。
 全体がファースト・アルバム《THE GRATEFUL DEAD》の50周年記念デラックス版でリリースされた。
 オープナーで〈Dancing In The Street〉、3曲目で〈One Kind Favor〉がデビュー。
 〈Dancing In The Street〉は1987年04月06日まで計119回演奏された。1971年大晦日で一度レパートリィから落ちる。アレンジを変えて1976年06月03日に復活。前半で49回、後半で70回演奏。なおデッド世界では "Dancin'" とアポストロフィを使うことが多い。これが収められた《Terrapin Station》でも〈Dancin' In The Street〉になっている。これを初め、後半のヴァージョンはドナとウィアのデュエットを前提にアレンジされている。
 原曲のクレジットは William Stevenson, Marvin Gaye & Ivy Joe Hunter で、Martha and The Vandellas の1964年のシングルが最初の録音。モータウン・サウンドの一つ。
 〈One Kind Favor〉はこの年12月01日まで3回演奏。なお、《Birth Of The Dead》収録のトラックはこの年の07月17日、フィルモア・オーディトリアムでの演奏だろうとされるが、確定できない。これを入れると4回。
 原曲は〈See That My Grave Is Kept Clean〉と呼ばれることが最も多く、その他に〈Two White Horses In A Line〉〈Dig My Grave With A Silver Spade〉というタイトルもある。ブラインド・レモン・ジェファーソンが1928年に録音したものが最初。ジェファーソンは〈Two White Horses In A Line〉として習った。作曲者としてジェファーソンが挙げられることが多いが、実際にはおそらく伝統歌。
 この日の録音はこの頃の常で、右チャンネルにすべての楽器が集められ、左にヴォーカルが振られる。一方、録音そのものは良い。ベアの録音だろうか。
 演奏はここでは普通のショウのように、曲をどんどんと演ってゆく。若さがはちきれんばかり。〈I Know You Rider〉の初期の形は面白い。リード・ヴォーカルはレシュらしい。コーラスが誰かわからない。当時流行のポップスのフォーマットをなぞるような演奏も多いが、どこか一点、ずれている。ガルシアのギターであったり、シンガーたちの歌唱の態度であったりする。ダルそうに投げだすように演奏しているようでもあり、しかし、熱気というかエネルギーの集中は相当なものがある。意外にピグペンのヴォーカルが少ない。ここではむしろオルガニスト。

2. 1974 Capital Centre, Landover, MD
 月曜日。6.50ドル。開演7時。
 第一部2曲目〈Sugaree〉とクローザー〈Weather Report Suite〉、第三部オープナー〈He's Gone〉から6曲目〈Wharf Rat〉までの8曲が《Dave's Picks Bonus Disc 2012》で、そのうち第三部の〈The Other One> Spanish Jam> Wharf Rat〉が2019年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 後の3曲を聴くだけで、良いショウだとわかる。〈The Other One〉のジャムの後半はガルシアとクロイツマンの掛合いがすばらしい。クロイツマンはその前から凄い。2人の対話にキースとウィアが絡んで、クロイツマンがちょと捻ったビートを打出し、ベースも加わって、ガルシアがスライド・ギターで〈Spanish Jam〉に入ってゆく。カッコいい。〈Wharf Rat〉ではレシュとキースがすばらしい。

3. 1982 Red Rocks Amphitheatre, Morrison, CO
 木曜日。このヴェニュー3日連続のランの楽日。
 第二部 space の後の〈The Other One〉で雨がざあざあ降ってきて、その後、霧が客席を包んだ。その中で演奏は続いた。すばらしい出来の由。

4. 1988 Laguna Seca Raceway, Monterey , CA
 金曜日。21ドル。開演1時。このヴェニュー3日連続のランの初日。17日以来2週間ぶりのショウ。
 デヴィッド・リンドレー&エル・レヨ・エックス、ロス・ロボス前座。
 第二部4曲目〈Playing in the Band〉が《So Many Roads》で、第一部6曲目〈Blow Away〉が2021年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 ここはすぐ隣が軍の演習場で、金曜日は砲声がアクセントを加えていた、と Bill Weisman が DeadHead XI で書いている。土日は演習も休みで静かだった。
 〈Blow Away〉は後半、ミドランドのリフレインと、これにぶつけるガルシアのギターの掛合いが聞き物。
 〈Playing in the Band〉のジャムもこの曲でのベストの一つで、まずベース・ソロが入り、その向こうでガルシアが始めるギターがすばらしく、やがて全員のジャムになってゆく。

5. 1994 Buckeye Lake Music Center, Hebron, OH
 金曜日。31.50ドル。開演6時。トラフィック前座。
 この夏のツアー中ベストの1本と言われる。
 トラフィックの後半、激しい雷雨となり、ためにトラフィックは〈Rainmaker〉の見事な演奏をし、デッドのオープナーは〈Rain〉。第一部半ばに雨は上がったらしい。しかし気温は下がって、寒いくらいだった。(ゆ)

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