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Tidal, Bandcamp Friday
つくつく法師はまだ踏んばる。
9月29日・水
午後、つくつく法師を2度ほど聞く。昨日は涼しすぎたか。
朝、目が覚めて、モーローとメールをチェックすると、クレジット・カードの請求額確定通知。金額を見て眠気が吹っとぶ。こんなに使ったはずはない。あわててとび起きて明細をサイトで確認すると、確かに使っているのであった。ひとつ、覚えのないところがあって、すわ、と思ったが、よく調べると Kickstarter で参加したもの。こりゃあ、来月はきっちり自粛せにゃ。うー、やっぱり買物でストレス発散してたのだろうなあ。
GarciaLive, Vol. 17 発表。1976年11月のカリフォルニア州バークリー、デイヴィス、それにハンボルト州立大学での Jerry Garcia Band のライヴからの抜粋。CD3枚組、11/12リリース。ライナーはスティーヴ・パリッシュ。まだ生きていたんだ。デッドのクルー最後の生残りかな。
Qobuz が e-onkyo を買収。Tidal の国内サーヴィスが間もなく始まるかという噂があったけど、Qobuz の方が先かな。この二つが来ないのは某著作権管理団体が悪さをしていると下司の勘繰りをしているのだが、どうなるか。
##9月29日のグレイトフル・デッド
1967年から1994年まで7本のショウをしている。公式リリースは2本。
1. 1967 Straight Theater, San Francisco, CA
2日連続の初日。入場料2.50ドル。共演 Sons of Champlin。このイベントはダンス・パーティーを許可制としたサンフランシスコ市の条例を逃げるため「ダンス教室」と銘うたれていた。ポスターでは「市内で半年ぶりのダンス」と書かれている。またチラシ4種類が残っている。
ミッキー・ハートが初めて参加したショウ。後半から入って、〈Alligator > Caution (Do Not Stop On Tracks)〉で2時間やった、そうだ。
2. 1969 Cafe Au Go-Go, New York, NY
3日連続の初日。Early と Late の2度、やった由。
会場は1967-06-01にデッドがニューヨークで初めて有料で演奏したところ。ニューヨークで初のショウは同じ06-01に ヴィレッジに近い、Tompkins Square Park のステージで無料で行なったもの。前年、カナダに遠征した際、あちらでは無名のデッドがパブリシティのために公園でフリー・コンサートをして成功したのにならった。後、8日にはセントラル・パークでフリー・コンサートをする。
Cafe Au Go Go(Go-Go というスペルもある)は10ないし11日連続のショウ。次が1969年のこの3日連続で最後。6月の10ないし11日連続のショウはポスターが残っており、Lost Live Dead での当時マネージャーだったロック・スカリーの証言から、行われたのは確実。10ないし11というのは、当初は10日間の予定だったが、11日日曜日がその場で加えられた、ということらしい。
ここはグリニッジ・ヴィレッジに1964年2月にオープンし、1970年12月に閉じたナイトクラブで、音楽とコメディのヴェニュー。キャパは400。レニー・ブルースが「悪名」を挙げたところでもある。60年代末に名を上げたロック、フォークのミュージシャンは軒並ここでやっている。無名時代のジミヘン、ストーン・ポニーズ時代のリンダ・ロンシュタットも出ていた。
デッドはニューヨークが性に合っていたのか、戦略として重視したのか、1967年8月、12月、1968年5月、6月と頻繁に通い、強固な支持層を築く。デッドヘッドの絶対数ではサンフランシスコを凌ぐと言われた。1968年6月以降はフィルモア・イーストがニューヨークでの根城になる。
それにしても、駆け出しのバンドが頻繁に通えるほど、飛行機代は当時安かったのだろうか。
1971年9月、ピグペンが肝炎と穿孔性潰瘍で入院し、代わりに「天運によって」デッドとめぐり遭ったキース・ガチョーが採用された。そのキースを入れたリハーサルが同月29日、30日に行われ、そのテープが出回っていた。リハーサルはこの両日だけではなかったはずではある。この時期、8月末からツアーは夏休み。キースの初ステージは秋のツアーの初日10月19日、ミネアポリス。
3. 1977 Paramount Theatre, Seattle, WA
2日連続の2日め。アンコールの〈Uncle John's Band〉が2015年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
音質はあまりよくないが、演奏はすばらしい。面白いのはガルシア、ウィア、ドナの各々の声がはっきり聞えるが、ハーモニーに溶けあっていない。そのズレは不快ではなく、むしろ、ノーザン・アイルランドの伝統シンガー、レン・グレアムとジョー・ホームズの2人が一緒に歌うときのズレと共鳴する。
4. 1980 Warfield Theatre, San Francisco, CA
15本連続の4本目。
5. 1989 Shoreline Amphitheatre, Mountain View, CA
3日連続この会場での初日。開演夜8時。後半の最後から2曲目〈Death Don't Have No Mercy〉が《So Many Roads》でリリースされた。メドレーの一角で前は〈I Need A Miracle〉次は〈Sugar Magnolia〉。この曲は1970年3月以来、19年ぶりに復活。聴衆ははじめ何が始まったのかわからず、ぽかんとしていたらしい。
1番をガルシア、2番をウィア、3番をミドランドがそれぞれ歌う。このミドランドの歌唱が見事。これにつられて、次にもう一度リード・ヴォーカルをとるガルシアの歌唱の感情のレヴェルが一段上がっている。ガルシアのギターも、そんじょそこらのギタリストを蹴散らす。デッドはその気になれば、超一級のブルーズ・ロック・バンドにもなれた。この演奏を聴くかぎり、この後、わずか3回しか演奏されなかったのはまことに残念。
6. 1993 Boston Garden, Boston, MA
6本連続の5本目。
7. 1994 Boston Garden, Boston, MA
6本連続の3本目。アンコール以外は古くからの定番ばかり。だいぶお疲れか。でも、アンコールの前にガルシアがちょっとジグを踊ったそうな。(ゆ)