クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

タグ:タンゴ

 アコーディオン奏者の coba が主催し、2002年から2022年までかけて蛇腹楽器誕生200周年を祝うという企画の17回目。coba の音楽を聴くのはもちろん、ライヴも初体験。これだけの企画を17年間続けていることにまず感服。

 出演者は全員が3曲または15分の割当。これは coba 自身も例外ではない。最初の出番の者だけ3曲で、最後に coba が30分なり1時間なり演るのだろうと思っていたら、どの出番もみな3曲なのには正直驚いた。この企画はフェスティヴァルであるとともにショウケースでもある。蛇腹楽器の多様性を具体的に示そうとしている。

 あたしがこれを見に行ったのはひとえに tipsipuca+生梅と内藤希花さんが出るからだった。

 tipsipuca+生梅という組合せは、その編成を聞いただけで見たくなった。中原直生さんの演奏を見るのも久しぶりだ。なんとトップバッターで出てくる。アニーが不在の5人編成。これがなかなか聴かせる。蛇腹楽器の祭典ということで、高梨さんはコンサティーナ。前後をリールのメドレーではさんで、真ん中の〈Fanny Power; しゃぼん玉〉がミソ。どの曲も例によって秀逸なアレンジで、音楽に幅が出る。楽器がぶつからない。生梅が加わるのが、単純にプラスになる。それに生梅はやはり強力だ。中原さんは二人目のお子さんがまだ小さいので、出番がすむとすぐ帰った由。かれらが先頭になったのにはそれもあったのかもしれない。

 次はメグリという若い女性2人のアコーディオン・デュオ。衣裳にも凝ったヴィジュアル系というところだが、演奏はなかなかどうして堂に入ったもので、タンゴをベースとしたオリジナルを演る。音域が低めの鍵盤と高めのボタンの2種類の大型アコーディオン。アイリッシュのアコーディオンを見慣れた目には、この日出たアコーディオンはどれも大きく、重そうに見える。coba 自身、年をとって楽器を重く感じるようになったと白状する。しかし座る者は誰もいない。この若い女性2人も立ったまま、それもハイヒールでやっている。ラストで舞台前面に大型のアコーディオンが6台、ずらりと並ぶのは壮観だ。

 3番目が内藤さん。独りで出るのかと思ったら、城田じゅんじさんと鍵盤奏者を従えてのトリオ。2曲をまずコンサティーナで演る。ジョセフィン・マーシュの曲。ぴろりぴろりというフレーズが印象的なあれだ。2曲が〈Hector the Hero〉からフィル・カニンガムの曲へのメドレーで、カニンガムの曲は難曲をあざやかに弾きこなして、会場から喝采が湧く。しかし、個人的には最後、coba さんから許しが出たのでと言って弾いた3曲めのフィドルに驚倒してしまう。〈Leaving Brittany〉からスコティッシュへのメドレー。内藤さんの生を見るのも久しぶりで、こんなになっていようとは。音楽家としての格が違うのだ。MCはいつもの内藤さんだが、音楽は堂々たるもので、フランキィ・ギャヴィンの後を見事に継いでいる。この格に匹敵していたのは、この日他には coba だけだった。

 こういう大きな、といってもそれほど大きいわけではないが、いつも彼女のライヴを見るのは、精々30人ほどの小さなところで、至近距離だから、それに比べれば遙かに大きい空間で、本格的なPAが入って聴くのはほとんど初めてということもある。こういうところで聴いて初めてわかる実力というものがあるのだ。これならば、もっとずっと大きなハコ、たとえばダブリンのナショナル・コンサート・ホールで見てみたい。トリフォニーの大ホールで、マレード・ニ・ウィニーと並んでも遜色ないだろう。

 これの後に出る人はかわいそうだと思ったら、主催者もわかっていたのだろう、次は毎年出ているというコミック・バンド、ボカスカジャン。トリオの1人が不在とのことで coba が代役で入ってコバスカジャン。脚が震えたと後で言っていたが、どうしてどうして、立派なもの。大いに笑わせて休憩。

 後半のトップは Tellers Caravan。左からホィッスルとクラリネットの持ち替え、ヴァイオリン、ダブル・ベース、アコーディオン、ギター。左の2人が女性、他は男性。これに朗読およびアナウンスの女性が声だけで出る。この声が場を設定し、それにふさわしいオリジナルの音楽をバンドが演奏する。後でサイトを見ると昨年結成。アルバムが1枚ある。皆まだ若い。たぶん30前後。いずれも達者で、少なくとも女性2人とアコーディオンはクラシックの訓練を受けているだろう。楽曲も面白い。3曲めは小人たちのダンス・チューンだったが、クラシックの作曲家が作る感じの曲。ケルトのダンス・チューンに慣れた耳には、ドイツのどこかの曲に聞える。悪くはないが、ビートの感覚が半歩遅れる。

 次は漫才のおしどり。昨年の「みわぞう祭り」で初めて見て感服した。今回も短かいながら、切れ味のいいギャグを連発。マコさんは達者なアコーディオンも披露する。

 大トリ前のトリは、どうやら coba の御弟子さんらしい杉山卓という若いアコーディオニスト。Bellow Lovers Night 第1回では高校生として客席最前列にいたと言う。ギターとベースのトリオでオリジナルをやる。巧いし、曲も悪くないし、どこといって欠点も見当らないが、うーん、あたしには今一つピンとこない。もう一つ突き抜けたところが欲しい。むしろ、まだ20歳というベーシストに光るものがある。

 coba は1人で登場し、なんとカラオケをバックにアコーディオンを弾きまくる。カラオケであるからには、録音からそんなに離れるわけにはいかないが、それをあたかも即興のように聴かせてしまう。自分の名前で客が集まっている以上、出ないわけにはいかないが、しかし本音は、自分は舞台の袖でにやにやしながらみんなを見ていたい、というところか。とはいえ、これならやはり一度はきちんとバンドをしたがえたライヴを見る価値はある。

 最後はほぼ全員が揃っての大合奏。1曲めの〈To The Moon〉ではハープとヴァイオリンを活かしたアレンジ。もう1曲はいつもやっている曲だそうで、リズム・セクションも含めて全員に1小節ずつソロを回す。ちゃんと気配りしている。熊谷さんが大活躍。腰はすっかり良いそうで、むしろ前より調子が良いらしい。年明けのtipsipuca+レコ発のリベンジが楽しみだ。そういえば、来年の Vol. 18 にはセツメロゥズで出るのだろうか。ここで田中千尋さんのアコーディオンが聴けるとすれば面白いだろう。

 客席は珍しくも幅の広い老若男女。若い男もたくさんいるのは coba の人徳だろうか。メグリのファンか。これなら午後から一組30分ぐらいずつ、たっぷり聴きたいとも思うし、それなら1万くらい出してもいいが、それは最後の2022年のときだろうか。それまでは生き延びて、ともに祝いたいものではある。空には半月とオリオンとシリウス。(ゆ)

 パブロ・シーグレルはずいぶん昔、お台場でライヴを聴いたことがある。その時は一晩二回まわしで、一回のライヴは1時間ちょっとだったから、これからというところでおしまいという欲求不満の残るものだった。

 円満具足。3人のメンバーはシーグレルのあたたかい掌の上で踊っている。シーグレルは悠然とかれらを包み、持ち上げ、運んでゆく。タンゴというよりは、タンゴを素材にしたジャズなのだが、細部まで整然と組まれた舞台が坦々と進んでゆくのを見る想い。一種の様式美すら感じられて、これはこれで完成されたライヴの体験ではある。

 そこへ後半途中、梅津和時さんが加わる。いきなり音楽が動きだした。

 悠然としていたシーグレルの顔がぱっと明るくなった。手や指の動きががらりと変わる。

 そう、やはり、こうこなくちゃ。これでこそ、音楽、生の音楽だよ。これこそあなたのやりたい音楽でしょう、シーグレルさん。

 音楽は、どんな音楽であれ、音楽である以上、「狂気」を含む。量の大小、濃淡の違いはあれど、音楽は人間の「狂」の部分に直結し、それを表に出す。

 鬼怒無月、西嶋徹、北村聡の3人の演奏には、どこか遠慮があった。はじけようとする「狂」をおさえこんでいた。そりゃ、相手のキャリアは次元が違うかもしれない。年上でもある。無意識のうちにシーグレルの手兵として忠実にふるまうようになったとしても無理はない。

 とはいえミュージシャンであるからには、音楽の上では対等のはずだ。実力では決して負けてはいない。さもなければ、シーグレルが選ぶわけがない。一緒にやれる相手と認められたのだから、どんどん「攻め」てしかるべきだ。それをシーグレルも望んでいるだろう。私をタジタジとさせてくれ。

 カルテットの時のシーグレルが本気でなかったとは言わないが、全力をふりしぼっている感じはなかった。ピアソラとのライヴを見たことはないが、ピアソラが相手ならばおそらくこうではなかっただろうとは思われた。

 梅津さんがピアソラと同じ、というわけでももちろんない。しかし、シーグレルが恰好の相手として大喜びしていたのはまちがいない。とりわけアンコール前のラストの曲の最後で、他の3人をそっちのけで、二人だけで「叩き合い」した時は、いつまでもやめたくない感じがあふれていた。

 梅津さんが入ってからは若手の3人も煽られる形で、とりわけ鬼怒さんのギターは一変していた。こういう演奏を、初めからしましょうよ。3人のなかでは西嶋氏のベースが一番尖っていた。アルコを駆使するのは、タンゴの特徴だろうか、あるいはかれ個人のスタイルか、いずれにしても、あんなに弾むアルコはすばらしい。

 期せずして、音楽の二つの相、ほとんど対極にある相を一晩で体験できたのは、貴重だった。

 このユニットにはぜひ、年に一度でいいから、これからも続けていただきたい。続けるうちに遠慮もとれるだろう。梅津さんのおかげで垣間見えた世界が、大きく展開されんことを。(ゆ)

11/09(金)@ 浜離宮朝日ホール

Pablo Ziegler: piano
鬼怒無月: guitar
西嶋徹: contrabas
北村聡: bandoneon

梅津和時: sax, clarinet

11/12(月)ビルボードライブ大阪
11/21(水)有楽町朝日ホール ゲスト赤木りえ: flute
 

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