レーザーターンテーブルのキモの一つは、レコードの溝の中で、針が接触していない、上の部分をトレースすることでしょう。

 レコード盤の音溝は幅が51〜58ミクロンで、45度の角度で表面から直線に下がり、底は90度で交わってます。針はこの斜面の中央からやや下の部分に接触する。針の先端の脇が両側の斜面に10ミクロンの幅で触れる。より正確には、この幅で盤を削るわけです。したがって溝の一番底と上の方3分の1ほどは「すり切れる」ほど聴いたレコード盤でも無傷に近い。レーザーターンテーブルはその上の方、縁から10ミクロン下がった左右の斜面にレーザーを照射する。レーザーの幅は書いてませんが、1ミクロンぐらいらしい。

音溝断面図

 レーザーターンテーブルの資料を読んでいたら、最初に売れたのがカナダの国立図書館だったそうです。まだ開発途中で再生できるレコードの割合が一割にも満たなかった頃だったが、先方からは未完成でもいいからとにかく持ってこいと言われて、社長の千葉三樹氏とエンジニアが現物を持って行った。そこでこれを再生してくれと渡されたのが1919年録音のレコード。カナダ独立の時の国会議長のスピーチ、まあ独立宣言ですな、それが録音されたもの。もちろんSP盤で、さんざん再生されたんでしょう、通常のプレーヤーではもう聴けない。SP盤は今でこそ専用針がありますが、昔は竹や鉄の針でがりがりやってたわけです。今生きている人はその録音を誰も聞いたことがない。で、これが再生できた。その瞬間のカナダの人たちの歓びようはそれはそれは大変なもので、レーザーターンテーブルを製品化した千葉氏もその歓喜の様にその後ずっと背中を押され続けたと言うほど。

 こういうレコード盤でも再生できるのは、レコード盤の溝のうちの削られていない部分をトレースするからというのは素人でもわかります。

 レーザーターンテーブルはLPだけでなく、SP盤も再生できます。試聴の時、あたしも美空ひばりのSP盤(そういうものがあるのです)を聴かせていただきましたが、すんばらしい音、そしてすんばらしい唄でした。

 SP盤はLPに比べるとダイナミック・レンジはひどく狭いですが、人間の声の録音・再生にはLPでもかなわないところがあります。SPからLPに切り替わったのは、まず収録時間が圧倒的に長いためです。LPとは Long Player の略です。SPは片面せいぜい3分半。LPはムリすれば30分まで詰めこめます。それとSPは盤面に直接録音するので一発録り。失敗したら全部やり直しになる。LPはテープに電気的に録音したものから作れるのも大きい。

 ちなみにLPからCDに切り替わったのもまず収録時間の長いこと。CDの収録時間はカラヤン指揮ベルリン・フィルのベートーヴェンの第九が収まる長さに決められたというのは有名ですが、レコード盤を引っくり返す必要がなくなった。だから、真先にCD化が進行したのはクラシックでした。もう一つの理由、実はこちらの方が重要という話もありますが、輸送と貯蔵つまり流通が圧倒的に楽なこと。同じ重さなら、CDの方が遙かにたくさんの枚数が運べて貯蔵できますし、割れにくい。温度変化にも強い。ということはコストが低い。

 というのは余談ですが、あたしが試聴させてもらったアイリッシュのLPも、カナダ独立宣言のレコードほどではないにしても、溝の状態は良いとは言えません。何回再生したかはもうわかりませんし、かつてはカネもないから、再生システムも安物です。あたしのまともなオーディオの最初のものはヤマハのアナログ・プレーヤーで、針はたぶんナガオカの当時数千円のものだったはず。がりがり削るとまではいかなくても、似たような状態で聴いていたわけです。それでも感動してどんどん深みにはまっていったのは、音楽自体の魅力ではあります。

 そういう盤でもプレス直後の音で聴けるのがレーザーターンテーブルというわけです。だからアナログの音というだけでなく、アナログの音の一番新鮮なところを聴ける。しかも、レーザーはレコード盤そのものには影響を与えない。そりゃ、数万、数十万回照射すれば影響はあるでしょうがね。針に比べれば、無視していいほどの影響です。なので、何回再生しても、針のように音がだんだん悪くなってゆく心配はない。

 このことはもう一つ、あたしにとってありがたいことでもあります。つまり、アナログの音に感動して、家でいくら聴いても、レーザーターンテーブルによる再生には影響を与えないわけです。なにせ、読み取る場所が違うんだから。

 え、家でもレーザーターンテーブルで聴きゃいいじゃないか、って。そりゃ、カネがあればね。アイリッシュ・ミュージックはココロはそれは豊かにしてくれるし、人生全体もとんでもなく楽しいものにしてくれますが、アイリッシュ・ミュージックで金持ちになったという話は聞いたことがありません。まあ、一人だけ、いないこともないけど、あれは例外。(ゆ)