カルマンの3人のライヴはそれぞれ見ているが、カルマンというトリオとしては初めて。北海道、東京、高知とベースが離れているため、ツアーの最中にしか練習しないそうだし、楽器の性格も由来も異なるし、世代も違うのだが、バンドとしての有機化はかなりのものだ。こういうバンドはやはり珍しい。楽器の組合せでは世界唯一だろう。フール・フーントゥのメンバーはかなりいろいろなところでやっているから、ピアノとモーリンホーとドラムスのような組合せが絶対無いとは言えないが、フェスティヴァルなどの其の場限りのものではなく、継続的なバンドではちょっとありそうにない。もちろん、組合せが珍しいことだけに価値があるのではなく、その珍しい組合せから生み出される音楽がすばらしいのではある。

 その音楽の幅がまた広い。アイリッシュやアメリカン、モンゴル起源のものはもちろんだが、フィンランドやら、さらにはもっとかけ離れたように見えるジャンルの楽曲やオリジナルもある。この日のハイライトのまず第一は、まったく意外なところで、13世紀スペインで編まれた Cantigas de Santa Maria からの選曲。この中の楽曲には美しいものが多く、古楽の世界では常連のレパートリィだが、まさかここで聴けるとは思わなんだ。しかも、これをダンス・チューンとして、アップテンポで演奏してくれたのだ。2曲のメドレーの後半は奇数拍子で、ほとんど東欧のダンス・チューンに聞える。『カンティーガス』の曲にはアラブ・イスラーム圏の音楽が入っているから、根っ子には共通するものがあるのだろう。

 この曲はダルシマーの小松崎さんが持ち込んだそうだが、こういう闊達な曲でのモーリンホーが絶妙の効果を発揮する。音域からいえばチェロになるが、その中域から高域へかけての倍音が音楽を膨らませるのだ。

 3人の中ではモーリンホーの岡林さんが一番がんばっていて、ケルト系のダンス・チューンでもメロディをダルシマーとユニゾンしたり、ハーモニーに回ったり、大活躍している。ルーツ系の楽器はそれぞれそのルーツ固有の癖があり、できることにはかなり制限がある。その制限の中では並ぶもののない音を出すわけだが、こういうバンドではその制限からはみ出ることを求められる。どこへどうはみ出るかに音楽家の器量が問われるわけだ。また、ルーツをよほどしっかり摑んでいないと、中途半端になって、つまらなくなる。岡林さんのモーリンホーのはみ出し方には、どこか艷のようなものがあって、アンサンブルの中で最も明るく輝いている。

 ダルシマーはどこにあってもお山の大将になるのが普通だが、小松崎さんの演奏にはどこか渋くくすんだところがある。音色がそうだというのではなくて、全体の佇まいの話だ。この楽器は叩く撥の素材によってかなり音の性格が変わるので、木製に鹿皮を貼っているものを使っているせいもあるかもしれないが、たぶんそれだけではなく、音楽家としての成熟の顕れでもあるだろう。きらびやかな派手なところは無く、いっそのことわびさびと言ってみたくなる。よい具合に焼けたヌメ革のような、滑らかな手触りでもある。

 トシさんのバゥロンはソロではいつものように帽子やメガネを飛ばしていたが、3人でやるときはかれとしてはごく控え目な音を出している。一方で、楽曲に色を付けている点ではかれが一番だ。ダルシマーもモーリンホーも、その点ではカラフルな響きの楽器ではない。ベースの色合いはそれぞれ違うが、どちらも水墨画に近い。多彩な色が爆発するのではなく、ごく少ない数の色の濃淡を描きわける。音色の多彩さではバゥロンは伝統楽器では1、2を争う。だから、ビートを刻むというよりも、表面的には単調に聞えるメロディを様々に塗りかえ、多様な表情を引き出す。

 カルマンの音楽をさらに豊潤にしているのは唄だ。この点ではトシさんがリードをとるが、他の二人のコーラス・ハーモニーも達者なものだ。唄はやはり回数を重ねて唄いこむほどに味が出るので、一番古くからやっている〈海へ〉がハイライト。聞くたびに良くなっているが、今回は一つの完成形ではなかろうか。トシさんオリジナルのわらべ歌はバゥロンだけをバックにして、ハーモニーと輪唱をする。もう一つのヴォーカルはトシさんのリルティングで、アイルランドの口三味線でダンス・チューンを演奏するものだが、どちらも面白い。とはいえ、このあたりはまだ発展途上で、これからが楽しみだ。

 会場は中央区の豊海にあるツインのタワーマンションの集会所にあたるらしい。同じ建物にはプールやジムもある。すぐ隣はプールで、向こうからも見えていたはずだ。ミュージシャンたちはその一番奥、バックには遠くにレインボー・ブリッジが望めるところに座る。周囲はカーブを描いた床から天井までのガラス窓、床は板張りのフローリング。むろんノーPAの完全生音。モーリンホーやホーミィの倍音には最高だ。岡林さんのホーミィは本格のもので、初めて実物を生で聞く人も多かったらしい。休日の昼間とて、小学生も来ていて、とりわけダルシマーを面白がっていた。このライヴは小松崎さんの友人という方の自主企画で、終演後の懇親会も含め、すべて手作り。あたしはこういうのが大好きだ。

 懇親会の途中で猛烈な雨が降り出す。まさに滝のような雨で、稲妻もぴかぴか。一方で1時間ほどで小振りとなったので帰ろうと会場を出たのだが、こういう豪雨では水溜りができることを思い知らされた。さあて、会場で買ってきた岡林さんと小松崎さんのCDをこれから聴くとしますか。(ゆ)