アラキさんが初めて来日してから20年になるそうな。20年間、ほとんど毎年来日してツアーをしている、そういうことができるのも大したものである。新作《The East West Road》のジャケットには、国内で世話になった人びとの名がずらりと並んでいる。ほとんど全国におよぶ。人なつこいかれの人柄と、そしてもちろん音楽のすばらしいことがその裏にはある。
バゥロンとヴォーカルの Colleen Raney、ギターの福江元太とのトリオでの、今回東京では唯一のライヴ。ラ・カーニャは世界中で一番好きなヴェニューとアラキさんは言う。あたしもここは好きだ。ミュージシャンとの距離が近いし、ステージが一段高いので、よく見える。マスターの操るサウンドもバランスがとれて気持ち良い。横浜のサムズアップとあたしには双璧だ。
昼間のジャン=ミシェル・ヴェイヨンからのハシゴで、始まる前は前の余韻が残っていたというか、まだ茫然としたままで地に足が着いていなかった。2曲めあたりで、だんだん地上に降りてこれた。聴き慣れたアイリッシュ主体の楽曲と3人の演奏の親しみやすさのおかげか。
ジャン=ミシェル・ヴェイヨンの音楽はそこを異界にしてしまうのだが、このトリオの音楽が響いているのは通常の空間だ。どこか tricolor の音楽に通じる。アイリッシュ・ミュージックとしてはあたりまえのことをきっちりと演る。それによって、日常空間を日常のまま位相をずらす。電子レンジでチンした材料で用意したようなふだんの食事が、食べてみるととんでもないご馳走に化けている。
ブルターニュとの違いを如実に感じて、大袈裟に言えばふるさとに帰った想いがしたのは4曲目のホーンパイプ。やはりホーンパイプこそはアイリッシュの真髄、これをちゃんとできなくては一級のアイリッシュ・ミュージシャンとは言えない。3曲メドレーの2曲めが良かったが、名前がわからん。
アラキさんはフルートと各種ホィッスルを結構頻繁に持ち替える。レイニィさんのバゥロンはハデなことは一切やらず、シュアにビートを刻むのに徹している。遊んでいるのはむしろ福江さんのギターで、やや大きめの音量とも相俟って、それを追うのも楽しい。
そして何といってもこのトリオの、あたしにとっての最大のポイントは歌だ。アラキさんも、レイニィさんも一級のシンガーで、二人の歌をたっぷりと聴けたのは、この日、一番嬉しかった。とりわけ新作にも入っている〈Peggy-O〉からはアンコールまで歌が続いて、大いに喜ぶ。
前半ではレイニィさんの〈Shades of Glory〉がハイライト。後半オープナーの軽快で明るい〈Reynardine〉がすばらしい。アラキさんはこういう「シリアス」なバラッドを、さらっと軽快に明るく唄って、しかも軽薄にならないところが面白い。レイニィさんの唄はむしろ抑えたタメのなかに艶かしさを秘めたところが魅力だ。一つのバンドでこういう二つの異なる色調が楽しめるのは珍しい。そして、どちらも相手がメインのときにつけるハーモニーが快感だ。
福江さんの MC のおとぼけぶりにも堂が入ってきて、アイリッシュ色が強くなっている。
一日のうちで、音楽の対極の相を二つながら味わえたのは貴重な体験だが、やはりひどくくたびれる。音楽を聴いている間はよいのだが、ライヴが終ってみると疲労困憊していることに気がついた。(ゆ)