クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

タグ:ファンタジー

 ついでながら、1986年以降デビューした作家たちについてもデビュー年順に並べてみた。こちらはまだ評価が完全に固まっているとは言えないから、まったくあたしの好みによるセレクションだ。というのもつまらないので、多少とも第三者視点を加えるために1986年以降の John W. Campbell Award for Best New Writer の受賞者も加えてみた。

 今年のヒューゴー賞授賞式でこの賞を受賞した Jeannette Ng が受賞スピーチでキャンベルをファシストで白人男性至上主義者で、差別、搾取、抑圧にサイエンス・フィクションの土台を築いた者として非難した。賞の主催者である Analog 編集部はこれを受けて賞の名前を来年から Astounding Award for Best New Writer に変更すると発表した。

 Ng のここでの趣旨はしかし、キャンベルを非難することよりも、そのキャンベルの遺産から、現在のサイエンス・フィクションは見事に脱却して、多様性の花を華麗に爛漫と咲かせていると指摘することにある。「キャンベル主義者」たちの Ng の受賞の言葉への反発は過剰反応でもあろう。もっとも、サイエンス・フィクションを白人男性のものにしておきたい向きにとっては、サイエンス・フィクションの、少なくとも英語で発表されているサイエンス・フィクションの現状はガマンならないものではあろうことは、このリストにも反映されている。

 もっともこうして並べてみると、キャンベル新人賞の受賞者は女性が圧倒的だし、1985年以前を含めても半々、というのはヒューゴー、ネビュラを含めた他の賞に比べて、女性の受賞者が遙かに多い。2010年代では時代の趨勢となった多様化の傾向に積極的に反応してもいる。「アナログ」誌編集部はキャンベル主義者の願いとは裏腹に、キャンベルの負の遺産を真先に振り捨てていたと言える。

 ちなみに Ng の受賞の対象となったデビュー長篇 Under The Pendulum Sun はまことに面白い小説で、受賞もむべなるかな、とうなずかせるものではある。

Under the Pendulum Sun
Jeannette Ng
Angry Robot
2017-10-03



 ケイジ・ベイカーやジェイ・レイクなど、既に亡くなっている人もいるし、ジャンルから離れた人、作家活動をやめているらしい人もいるが、本はいくらでも手に入る。あらためて調べてみると、未知の人で面白そうな人もいる。

 ああ、しかし、どうすれば、これを全部読めるのだ。などと、頭を抱えてもしょうがない。それよりも黙ってごりごりと読めばよいのだ。

 問題はあたしが実に移り気で、1冊読んでいると、すぐに別のを読みたくなることだ。こないだも、たまたま名前が目について、ついた途端無性に読みたくなり、しかもまるで呼びこんだように本が、山のてっぺんにちょこんとあったので、思わず他を全部ほおりだしてリチャード・カウパーの The Road To Corlay を読みだしてしまった。今度は三部作の最後まで一気に読むぞ。それにしてもこの Pocket Books の David Maitz による表紙は最高の絵の1枚ではある。

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2023-05-17追記
 こちらにも生没年とデビュー時の満年齢を加えてみた。単純計算なので、デビュー時の正確な年齡ではない。不悪。なにも書いていない人は生年、年齡未公開。

 こうしてみると、またいろいろと見えてきて、面白い。
 

1986, China Mieville 1972/; 14歳
1986, Jack McDevitt 1935/; 51歳
1986, Judith Moffett 1942/; 42歳[Campbell New Writer]
1986, Julia Ecklar 1964/; 24歳 [Campbell New Writer]
1986, Robert Reed 1956/; 30歳
1987, C. S. Friedman 1957/; 30歳(長篇)
1987, Eric Brown 1960/2023; 27歳
1987, Kathe Koja 1960/; 27歳 [Locus Best 1st Novel]
1987, Kristine Kathryn Rusch 1960/; 27歳[Campbell New Writer]
1987, Linda Nagata 1960/; 27歳 [Locus Best 1st Novel]
1987, Patricia Anthony 1947/2013; 40歳 [Locus Best 1st Novel]
1987, Paul Park 1954/; 33歳
1987, Stephen Baxter 1957/; 30歳
1987, Storm Constantine 1956/2021; 31歳
1988, Allen Steele 1958/; 30歳 [Locus Best 1st Novel]
1988, R. A. Salvatore 1959/; 29歳
1988, Sarah Zettel 1966/; 22歳 [Locus Best 1st Novel]
1988, Elizabeth Hand 1957/; 31歳
1988, Jeff VanderMeer 1968/; 20歳
1988, Kate Elliott 1958/; 30歳(長篇)
1988, Maureen F. McHugh 1959/; 29歳 [Locus Best 1st Novel]
1988, Michaela Roessner 1950/; 38歳(長篇)[Campbell New Writer]
1989, Ian R. MacLeod 1956/; 33歳[Locus Best 1st Novel]
1989, Jeffrey Ford 1955/; 34歳
1989, Jonathan Lethem 1964/; 25歳 [Locus Best 1st Novel]
1989, Michael Kandel 1941/; 48歳(長篇)
1989, Nisi Shawl 1955/; 34歳
1990, Alastair Reynolds 1966/; 24歳
1990, Cory Doctorow 1971/; 19歳 [Locus Best 1st Novel]
1990, Mary Rosenblum 1952/2018; 38歳
1990, Peter F. Hamilton 1960/; 30歳
1990, Peter Watts 1958/; 32歳
1990, Ted Chiang 1967/; 23歳 [Campbell New Writer]
1991, John Scalzi 1969/; 22歳 [Campbell New Writer]
1991, Kathleen Ann Goonan 1952/2021; 39歳
1991, Paul Levinson 1947/; 44歳 [Locus Best 1st Novel]
1993, Amy Thomson 1958/; 35歳(長篇)[Campbell New Writer]
1993, Jeff Noon 1957/; 36歳(長篇)[Campbell New Writer]
1994, David Feintuch 1944/2006; 50歳(長篇)[Campbell New Writer]
1994, Marion Deeds
1994, Steven Erikson 1959/; 35歳
1995, Caitlin R. Kiernan 1964/; 29歳
1995, Jacqueline Carey 1964/; 31歳 [Locus Best 1st Novel]
1995, Kelly Link 1969/; 26歳
1995, Ken MacLeod 1954/; 41歳(長篇)
1995, Michael A. Burstein 1970/; 25歳 [Campbell New Writer]
1996, Adrian Tchaikovsky 1972/; 24歳
1996, Mary Doria Russell 1950/; 46歳(長篇)[Campbell New Writer]
1996, Nalo Hopkinson 1960/; 36歳[Campbell New Writer] [Locus Best 1st Novel]
1996, Paul Melko 1968/; 32歳 [Locus Best 1st Novel]
1997, K. V. Johansen 1968/; 29歳(長篇)
1997, Joe Hill 1972/; 25歳 [Locus Best 1st Novel]
1997, Kage Baker 1952/2010; 25歳
1997, Lev Grossman 1969/; 28歳 [Campbell New Writer]
1997, Liz Williams 1965/; 32歳
1998, Ellen Klages 1954/; 44歳 [Campbell New Writer]
1998, Jo Walton 1964/; 34歳[Campbell New Writer]
1999, Kristine Smith [Campbell New Writer]
1999, M. Rickert 1959/; 40歳 [Locus Best 1st Novel]
1999, Paolo Bacigalupi 1972/; 27歳 [Locus Best 1st Novel]
1999, Trudi Canavan 1969/; 30歳
1999, Yoon Ha Lee 1979/; 20歳
2000, Alex Irvine 1969/; 31歳 [Locus Best 1st Novel]
2000, Elizabeth Bear 1971/; 29歳 [Campbell New Writer] [Locus Best 1st Novel]
2000, Nnedi Okorafor 1974/; 26歳
2000, Tobias S. Buckell 1979/; 21歳
2001, Charles Coleman Finlay 1964/; 37歳
2001, Jay Lake 1964/2014; 37歳 [Campbell New Writer]
2001, Wen Spencer 1963/; 38歳 [Campbell New Writer]
2002, Ken Liu = 刘宇昆 1976/; 26歳 [Locus Best 1st Novel]
2002, Nina Allan 1966/; 36歳
2002, Patrick Rothfuss 1973/; 29歳
2002, Theodora Goss 1968/; 34歳  [Locus Best 1st Novel]
2003, Lavie Tidhar 1976/; 27歳
2003, Usman T. Malik
2004, Mary Robinette Kowal 1969/; 35歳 [Campbell New Writer]
2004, N. K. Jemisin 1972/; 32歳 [Locus Best 1st Novel]
2004, Susanna Clarke 1959/; 45歳(長篇) [Locus Best 1st Novel]
2005, Brandon Sanderson 1975/; 30歳(長篇)
2005, Mur Lafferty 1973/; 32歳 [Campbell New Writer]
2006, Aliette de Bodard 1982/; 24歳
2006, Ann Leckie 1966/; 40歳 [Locus Best 1st Novel]
2006, Ilona Andrews
2006, Joe Abercrombie 1974/; 32歳(長篇)
2006, Naomi Novik 1973/; 33歳(長篇)[Campbell New Writer] [Locus Best 1st Novel]
2006, Scott Lynch 1978/; 28歳(長篇)
2007, C. S. E. Cooney 1981/; 26歳
2007, David Anthony Durham 1969/; 38歳( 長篇)[Campbell New Writer]
2007, Mark Lawrence 1966/; 41歳
2007, Nghi Vo 1981/; 26歳
2008, Brent Weeks 1977/; 31歳(長篇)
2008, Michael J. Sullivan 1961/; 47歳(長篇)[self]
2008, Robert V. S. Redick 1967/; 41歳(長篇)
2009, Andy Weir 1972/; 37歳 [Campbell New Writer]
2009, Max Gladstone 1984/; 25歳
2009, Saladin Ahmed 1975/; 34歳 [Locus Best 1st Novel]
2009, Seanan McGuire 1978/; 31歳 [Campbell New Writer]
2009, Robert Jackson Bennett 1984/; 25歳(長篇)
2010, E. Lily Yu [Campbell New Writer]
2011, Anthony Ryan 1970/; 41歳 [self]
2011, Erin Morgenstern 1978/; 33歳(長篇) [Locus Best 1st Novel]
2011, P. Djeli Clark 1971/; 40歳 [Locus Best 1st Novel]
2011, Rich Larson 1992/; 19歳
2011, Tamsyn Muir 1985/; 26歳 [Locus Best 1st Novel]
2012, Sofia Samatar 1971/; 41歳 [Campbell New Writer]
2013, Josiah Bancroft(長篇)[self]
2013, Wesley Chu = 朱恆 1976/; 37歳(長篇)[Campbell New Writer]
2014, Alexander Dan Vilhjalmsson(長篇)
2014, Alyssa Wong
2014, Darcie Little Badger 1987/; 33歳 [Locus Best 1st Novel]
2014, Victoria Goddard [self] 
2015, Fonda Lee 1979/; 36歳
2015, Kelly Robson 1967/; 48歳
2015, Richard Swan(長篇)[self]
2016, Ada Palmer 1981/; 35歳(長篇)[Campbell New Writer]
2016, Chuck Rogers(長篇)[self] ※小説家としてのデビューは1996年。
2016, Jeannette Ng [Campbell New Writer]
2017, Ed McDonald(長篇)
2017, Rebecca Roanhorse 1971/; 46歳 [Campbell New Writer] [Locus Best 1st Novel]
2018, R. F. Kuang 1996/; 22歳(長篇)[Astounding New Writer]
2019, Emily Tesh [Astounding New Writer]
2019, Evan Winter(長篇)
2021, Shelley Parker-Chan(長篇) [Astounding New Writer]

 こうしてみると、デビュー年齡が上がっているのがよくわかる。1950年代、60年代には20代でデビューするのは普通だったが、今世紀に入ると例外的になる。セルフ出版でデビューする人には若い人も多いのかもしれないが、こちらのアンテナにひっかっかってくるのは、セルフでも人生半ばで作家デビューした人たちになる。

 小説家のデビュー年齡が上がった理由のひとつは、小説以外のメディア、とりわけゲームに若い人たちが入ることが増えたからだ。コンピュータのプログラミングやハード、ソフトの開発も小説にとってはライヴァルになる。受け手の側の時間の奪いあいだけでなく、送り手の人材の面でも争奪が激しくなっている。そして小説は比較的にスタートが若くなくてもいい。プログラミングなどは若さが必須の面があるらしい。スポーツでは肉体的に若くないと現役ではいられないが、それと同様、プログラミングやソフトウェアの設計では頭の回転とセンスにおいて若さが求められる。その点、小説は、技能を磨き、材料を蓄積するのに時間がかかる。そして、小説が扱う題材や問題も、より複雑で広く多様になっているから、これをこなせるようになるのにもより時間がかかる。したがって、経験や研鑽を積んでから小説家としてデビューすることが増える。若い頃は他のことをしてから小説に取り組める。

 SFF以外の小説を書いていて、年齡を重ねてからSFFにデビューする例も増えている。古くは George Turner がいるし、新しい例の代表 Chuck Rogers はドン・ペンドルトンに始まる『死刑執行人』シリーズのフランチャイズ小説の書き手で出発し、そちらが閉じられた後、セルフ出版でファンタジィ長篇を出す。

 年をとってからデビューする人たちが皆、人生で初めて書いた小説でデビューしているわけではない。小説家として成功している人たちは、まずたいていがごく若い頃から物語を語り、また綴っている。他人がカネを払っても読みたくなるレベルの作品を書けたのがその年齡だったわけだ。作品は書けたがデビューまでにはさらに時間がかかる場合もある。とはいえ、今はどこかの出版社の編集者の目にとまるのを待つまでもなく、セルフ出版で直接読者に是非を問うことが可能になっている。

 今やセルフ出版で出るものがあまりに多く、その中で注目されるのもかつてよりずっと難しくなっている事情もある。ただ、セルフ出版にあっては、作品をとにもかくにも読む人間の数が、版元に投稿するよりも格段に多いこともまた確かだ。それにセルフ出版する人間をバックアップするインフラ、すなわち編集、校閲、デザイン、広報などの体制も整ってきていて、作品や出版物のクオリティも、既存版元から出るものと比べて遜色はなくなった。

 セルフ出版のしやすさは会社組織としての出版のしやすさにも通じる。さらに雑誌の数からいえば、オンライン雑誌の数は紙の雑誌とは桁が違って多いから、この面でもデビューしやすくなっている。Marion Deeds のように、定年退職してあらためてデビューする人も出てきた。かつてラファティが45歳で「老人」デビューだと評判になった。これからはディーズのような本物の老人が増えると面白い。

 全体に新人の数は増えている。若い頃は、出てくる面白そうな人は残らず読む気でいた。それは結局できず、限られた時間をいかに分配するかを考え、どれかを優先するしかない、と残された時間がなくなってようやく気づく。

 AIによる創作、AI の助けを借りた創作が金を払っても読みたくなるレベルになるには、AI 自身、もう一段のブレイクスルーが必要だろう。こちらが生きている間に出てくるか。(ゆ)

 これは英語圏のサイエンス・フィクション、ファンタジーの主な書き手をデビュー作発表年の順番にならべてみたリストである。

 もともとはキャサリン・マクリーンが1949年にデビューしていて、シルヴァーバーグよりも早いことに気がつき、その前後にデビューしていたのはどんな人たちだったかと調べはじめて拡大していったものだ。ネビュラのグランド・マスターをベースに、メジャーと目される人たちと自分の好み、関心のある書き手を拾いあげた。データは ISFDB で最も早い小説作品の発表年である。(長篇)としたのはデビュー作が長篇だった人。

 むろん、あの人がいない、この人もいないと指摘したくなるだろうが、それはご自分で調べてみればいい。新しい方は今年のグランド・マスター、ビジョルド(女性で7人目)を区切りとしている。


2023-05-07追記
 生没年とデビュー時の満年齢を加えてみた。単純計算なので、デビュー時の正確な年齡ではない。不悪。こうしてみると、またいろいろと見えてくる。

1926, エドモンド・ハミルトン 1904/1977; 22歳
1928, コードウェイナー・スミス 1913/1966; 15歳
1928, ジャック・ウィリアムスン 1908/2006; 20歳
1928, ミリアム・アレン・ディフォード 1888/1975; 40歳
1930, C. L. ムーア 1911/1987; 19歳
1930, オラフ・ステイプルドン 1886/1950; 44歳
1930, チャールズ・ウィリアムズ(長篇)1886/1945; 44歳
1931, クリフォード・D・シマック 1904/1988; 27歳
1931, ジョン・ウィンダム 1903/1969; 28歳
1931, ヘンリイ・カットナー 1915/1958; 16歳
1933, C・S・リュイス 1898/1963; 35歳
1934, スタンリィ・G・ワインボウム 1902/1935; 32歳
1934, フリッツ・ライバー 1910/1992; 24歳
1935, ジェイムズ・ブリッシュ 1921/1975; 14歳
1936, フレドリック・ブラウン 1906/1972; 30歳
1937, アーサー・C・クラーク 1917/2008; 20歳
1937, エリック・フランク・ラッセル 1905/1978; 32歳
1937, L・スプレイグ・ディ・キャンプ 1907/2000; 30歳
1937, J・R・R・トールキン(長篇) 1892/1973; 45歳
1938, シオドア・スタージョン 1918/1985; 20歳
1938, リチャード・ウィルスン 1920/1987; 18歳
1938, レイ・ブラッドベリ 1920/2012; 18歳
1938, レスター・デル・リイ  1915/1993; 23歳
1939, アイザック・アシモフ 1920/1992; 19歳
1939, アルフレッド・ベスター 1913/1987; 26歳
1939, アンドレ・ノートン 1912/2005; 27歳
1939, ウィリアム・テン 1920/2010; 19歳
1939, A・E・ヴァン・ヴォクト 1912/2000; 17歳
1939, C・M・コーンブルース 1923/1958; 16歳
1939, マーヴィン・ピーク 1911/1968; 28歳
1939, ロバート・A・ハインライン 1907/1988; 32歳
1940, デーモン・ナイト 1922/2002; 18歳
1940, フレドリック・ポール 1919/2013; 21歳
1940, リィ・ブラケット 1915/1978; 25歳
1942, ゴードン・R・ディクスン 1923/2001; 19歳
1942, ハル・クレメント 1922/2003; 20歳
1942, フィリップ・K・ディック 1928/1982; 14歳
1944, A・バートラム・チャンドラー 1912/1984; 22歳
1945, ジャック・ヴァンス 1916/2013; 29歳
1946, フィリップ・ホセ・ファーマー 1918/2009; 28歳
1946, マーガレット・セント・クレア 1911/1995; 35歳
1947, ポール・アンダースン 1926/2001; 21歳
1947, マリオン・ジマー・ブラドリー 1930/1999; 17歳
1948, ジュディス・メリル 1923/1997; 26歳
1948, チャールズ・L・ハーネス 1915/2005; 33歳
1949, キャサリン・マクリーン 1925/2019; 24歳
1949, ジェイムズ・E・ガン 1923/2020; 26歳
1949, ハーラン・エリスン 1934/2018; 15歳
1950, E・C・タブ 1919/2010; 31歳
1950, チャド・オリヴァー 1928/1993; 22歳
1950, リチャード・マシスン 1926/2013; 24歳
1951, J・G・バラード 1930/2009; 21歳
1951, ジーン・ウルフ 1931/2019; 20歳
1951, ゼナ・ヘンダースン 1917/1983; 34歳
1951, チャールズ・ボーモント 1929/1967; 22歳
1951, ボブ・ショウ 1931/1996; 20歳
1952, アルジス・バドリス 1931/2008; 21歳
1952, ジョン・ブラナー 1934/1995; 18歳
1952, Donald Kingsbury 1929/; 23歳 [Locus Best 1st Novel]
1952, フランク・ハーバート 1920/1986; 32歳
1952, ミルドレッド・クリンガーマン 1918/1997; 34歳
1952, ロバート・シェクリイ 1928/2005; 24歳
1952, ロバート・シルヴァーバーグ 1935/; 17歳
1953, アン・マキャフリィ 1926/2011; 27歳
1953, ロジャー・ゼラズニイ 1937/1995; 16歳
1954, エイヴラム・デヴィッドスン 1923/1993; 21歳
1954, キャロル・エムシュウィラー 1921/2019; 23歳
1954, バリントン・J・ベイリー 1937/2008; 17歳
1954, ブライアン・W・オールディス 1925/2017; 29歳
1955, ジョアンナ・ラス 1937/2011; 18歳
1956, ケイト・ウィルヘルム 1928/2018; 28歳
1956, マイケル・ムアコック 1939/; 17歳
1957, ピーター・S・ビーグル 1939/; 18歳
1958, キット・リード 1932/2017; 26歳
1959, R・A・ラファティ 1914/2002; 45歳
1960, スティーヴン・キング 1947/; 13歳
1960, ベン・ボヴァ 1932/2020; 28歳
1961, アーシュラ・K・ル・グィン 1929/2018; 32歳
1961, Sterling E. Lanier 1927/2007; 34歳
1961, フレッド・セイバーヘーゲン 1930/2007; 31歳
1962, サミュエル・R・ディレーニィ 1942/; 20歳(長篇)
1962, トーマス・M・ディッシュ 1940/2008; 22歳
1963, クリストファー・プリースト 1943/; 20歳
1963, ジョン・スラデック 1937/2000; 26歳
1963, Damian Broderick 1944/; 19歳
1963, テリィ・プラチェット 1948/2015; 15歳
1963, ノーマン・スピンラッド 1940/; 23歳
1964, キース・ロバーツ 1935/2000; 29歳
1964, ラリィ・ニーヴン 1938/; 26歳
1965, グレゴリー・ベンフォード 1941/; 24歳
1965, ジョセフィン・サクストン 1935/; 30歳
1965, ブライアン・ステイブルフォード 1948/; 17歳
1965, マイク・レズニック 1942/2020; 23歳
1966, M・ジョン・ハリスン 1945/; 21歳
1967, グレッグ・ベア 1951/2022; 16歳
1967, リチャード・カウパー 1926/2002; 39歳(長篇)
1967, ジョージ・R・R・マーティン 1948/; 19歳
1968, ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア 1915/1987; 53歳
1968, ジェイン・ヨーレン 1939/; 29歳
1968, タニス・リー 1947/2015; 21歳
1969, イアン・ワトスン 1943/; 26歳
1969, ジョー・ホールドマン 1943/; 26歳
1969, スゼット・ヘイデン・エルジン 1936/2015; 30歳
1969, マイケル・G・コーニィ 1932/2005; 37歳
1970, ヴォンダ・N・マッキンタイア 1948/2019; 22歳
1970, エドワード・ブライアント 1945/2017; 25歳
1970, コニー・ウィリス 1945/; 25歳
1970, パメラ・サージェント 1948/; 22歳
1970, マイケル・ビショップ 1936/; 34歳
1971, オクテイヴィア・E・バトラー 1947/2006; 24歳
1971, Glen Cook 1944/; 27歳
1971, Rachel Pollack 1945/2023; 26歳
1972, ハワード・ウォルドロップ 1946/; 26歳
1973, Eleanor Arnason 1942/; 31歳
1973, パトリシア・A・マッキリップ 1948/2022; 25歳
1974, ジョン・ヴァーリィ 1947/; 27歳
1975, ジェイムズ・パトリック・ケリー 1951/; 24歳
1975, パット・マーフィー 1955/; 20歳
1976, カーター・ショルツ 1953/; 23歳
1976, キム・スタンリー・ロビンスン 1952/; 24歳 [Locus Best 1st Novel]
1976, C・J・チェリィ 1942/; 34歳(長篇)
1976, ジェフ・ライマン 1951/; 25歳
1976, ティム・パワーズ 1952/; 24歳(長篇)
1976, ナンシー・クレス 1948/; 28歳
1976, ブルース・スターリング 1954/; 22歳
1977, ウィリアム・ギブソン 1948/; 29歳
1977, オースン・スコット・カード 1951/; 26歳
1977, サムトウ・スチャリトクル 1952/; 25歳 [Locus Best 1st Novel]
1977, ジェイムズ・P・ブレイロック 1950/; 27歳
1977, ジェイムズ・P・ホーガン 1941/2010; 36歳(長篇)
1977, スティーヴン・R・ドナルドソン 1947/; 30歳(長篇)
1977, チャールズ・ド・リント 1951/; 26歳
1977, テリー・ブルックス 1944/; 33歳(長篇)
1977, パット・キャディガン 1953/; 24歳
1977, ポール・ディ・フィリポ 1954/; 23歳
1977, ルイス・シャイナー 1950/; 27歳
1978, ジョージ・ターナー 1916/1997; 62歳 ※小説家としてのデビューは1959年43歳。
1978, ジョン・ケッセル 1950/; 28歳
1978, フィリップ・プルマン 1946/; 32歳
1979, Suzy McKee Charnas 1939/2023; 40歳
1979, ダグラス・アダムズ 1952/2001; 27歳(長篇)
1979, ロバート・L・フォワード 1932/2002; 45歳 [Locus Best 1st Novel]
1979, ロビン・ホブ/ミーガン・リンドルム 1952/; 27歳
1980, デイヴィッド・ブリン 1950/; 30歳(長篇)
1980, マイケル・スワンウィック 1950/; 30歳
1981, ジャック・マクデヴィッド 1935/; 46歳 [Locus Best 1st Novel]
1982, イアン・マクドナルド 1946/2022; 36歳 [Locus Best 1st Novel]
1982, ダン・シモンズ 1948/; 34歳
1982, Terry Dowling 1947/; 35歳
1982, トレイシー・ヒックマン 1955/; 27歳
1982, ロバート・ジョーダン 1948/2007; 34歳(長篇)
1983, グレッグ・イーガン 1961/; 22歳
1983, スティーヴン・ブルースト 1955/; 28歳(長篇)
1983, ルーシャス・シェパード 1943/2014; 40歳
1984, ウォルター・ジョン・ウィリアムス 1953/; 31歳(長篇)
1984, Emma Bull 1954/; 30歳 [Locus Best 1st Novel]
1984, ジョフリー・A・ランディス 1955/; 29歳 [Locus Best 1st Novel]
1984, デヴィッド・ゲメル 1948/2006; 36歳(長篇)
1984, マイケル・F・フリン 1958/; 26歳 [Locus Best 1st Novel]
1984, ニール・ゲイマン 1960/; 24歳
1984, ポール・J・マコーリィ 1955/; 29歳
1984, マーガレット・ワイス 1948/; 36歳
1985, カレン・ジョイ・ファウラー 1950/; 35歳
1985, タッド・ウィリアムス 1957/; 27歳(長篇)
1985, チャールズ・ストロス 1964/; 21歳
1985, デリア・シャーマン 1951/; 34歳
1985, ロイス・マクマスター・ビジョルド 1949/; 36歳

 生年ではなく、デビューの年でみるといろいろと面白い。1937〜40年組(キャンベル革命)とか、51/52年組とか、76/77年組とか、あるいは68年、70年の女性トリオとか、やはり塊で出てくるものだ。こういうつながり、塊をたどって読んでみるのも面白いだろう。

 一方、ブリッシュは「御三家」よりも早いとか、ル・グィンとセイバーヘーゲンが同期とか、「御三家」と同世代と思っていたアンダースンがひと回り下だとか、60年代の人と思っていたゼラズニィが50年代も初めの頃から書いていたとか、サイバーパンクでギブスンやスターリングとひとくくりにされたベアはひと回り上だとか、70年代になって名前が出てきたジーン・ウルフが1951年にデビューしているとか、他にも読み方を変える発見もあるかもしれない。マリオン・ジマー・ブラドリーが1947年、17歳でデビューしていたのは、あたしにはその1つ。もっともこれは自分でやっていたファンジンで、明確なプロ・デビューは1954年4月のF&SF。

 「御三家」はほぼ同期だが、ディック、ラファティ、ティプトリーの「新御三家」はバラバラ。

 マクリーンに関して言えば、エリスンと同期、メリルは1年先輩になる。その前から書いている女性作家というと、リィ・ブラケット、C・L・ムーア、アンドレ・ノートン、マーガレット・セント・クレア、そしてミリアム・アレン・ディフォードがいたわけだ。

 この中であたしがリアルタイムで体験した初めはジョン・ヴァーリィである。ちょうど Asimov's 誌創刊の頃でもあって、70年代半ばはこうして見ても実にエキサイティングな時期だった。ヴァーリィの登場はいわばその幕を切って落とすファンファーレでもあり、また最も華やかな才能が眼の前で花開いてゆくのをまざまざと見せつけられるものだった。F&SF誌に載った「火星の王の宮殿にて」に描かれた、眠っていた火星の生物たちが時を得て次々と姿を現してくるめくるめく情景は、サイエンス・フィクションを読んでいて最も興奮した瞬間の1つでもあった。この時期には『スター・ウォーズ』革命も重なるわけだが、その前から、質の面でも、サイエンス・フィクションは60年代の試行錯誤による成果を踏み台に、大きな飛躍が始まっていたのだ。

 SFFの質の向上の現れは、たとえばヴァーリィを紹介したF&SF誌の充実ぶりに見てとれる。1970年代のF&SFは黄金時代と言っていい。1966年から1991年まで編集長を務めた Edward L. Ferman は1981年のヒューゴーでは Best Professional Editor とともに、「ジャンルにおける作品の質の拡大と改善への貢献」に対して特別賞を授与されている。

 ヴァーリィはどれもこれも面白く、成功しているとは言えない長篇も楽しんでいたところへ、脳天一発かち割られたのが「残像」The Persistence of Vision だった(これまたF&SF誌発表)。これはおそらく英語で書かれた長短合わせて全てのサイエンス・フィクションの中でも最高の1作、いや、およそ英語で書かれたすべての小説の中で最高の作品の1つだが、1個の究極でもあって、その衝撃は大きかった。これ以後のヴァーリィはいまだに読んでいない。

 まあ、あたしはいつもそうで、ル・グィンもバラードもシェパードも、一時期夢中になって読むが、あるところまで行きつくと、ぱたっと読まなくなる。しばらく経ってから、また読みだすが、ヴァーリィはまだ読む気になれない。それだけ「残像」のショックが大きかったということか。

 われわれの五感とコミュニケーションのそれぞれと両者の絡み合いについて、これほど深く掘り下げて、その本質を、本来言葉にできない本質を、同時に言葉でしか表現できない本質を、ありありと感得させてくれた体験を、あたしはまだ他に知らない。ハンディキャップや disabled とされてきた状態も個性であり、多様性の一環として捉えようという時代にあって、一方で、デジタル技術によるリアルタイム・コミュニケーションに溺れる人間が多数派になっている時代にあって、「残像」はあらためて熟読玩味されるべき作品ではある。

 ヴァーリィと言えば、長篇 Wizard に登場する異星人がとりうる複数の性の対応関係を示したチャートについて、作家の Annalee Newitz が先日 Tor.com に書いた記事のコメント欄にヴァーリィ本人が登場したのは面白かった。しかも、この記事のことはグレゴリー・ベンフォードから教えられた、というのもまた面白い。やあっぱり、皆さん、あそこはチェックしてるんですなあ。これを見て、Titan だけ読んだ「ガイア三部作」も含めて、あらためて「残像」以降のヴァーリィを読もうという気になったことではある。(ゆ)


2019-12-24追加
1934, スタンリィ・G・ワインボーム
1976, カーター・ショルツ

2019-12-30追加
1963, テリィ・プラチェット
1977, テリー・ブルックス(長篇)
1979, ダグラス・アダムズ(長篇)
1984, デヴィッド・ゲメル(長篇)

 Kevin Hearne がプロファイルだけ残してツイッターの書き込みのほぼ全てを削除し、アプリも削除したとニュースレターでアナウンスしていた。とりあえずコンタクトはニュースレターとインスタグラム。そして Bluesky のベータ・テスターに登録したという。

 Bluesky は Twitter 創業者が立ちあげた新しい SNS で、分散型のシステムをとる。Twitter や Facebook では「ユーザーの投稿や情報が各プラットフォームによって管理されています。ADXはSNSの非中央集権化を目的に開発されており、ユーザーデータを各ユーザーの個人データリポジトリに保存して、ユーザーのコンテンツをあらゆるプラットフォームで利用可能にすることを目指して」いるそうだ。

 ハーンのこのふるまいはもちろんイーロン・マスクによる Twitter 買収を受けてのものだ。とりあえず Bluesky のローンチを知らせるウェイトリストに登録する。

 ケヴィン・ハーンは The Iron Druid Chronicles がベストセラーになっているファンタジー作家。アリゾナ出身で今はカナダに住んで市民権も取得している。話はいわゆるアーバン・ファンタジィのジャンル。いずれ読もうと思っていたが、こうなるとあらためて興味が出てきた。(ゆ)

 先日読み終わった Chuck Rogers, Heroes Road はおよそファンタジーに求めるものがすべてたっぷりと魅力的な形でぶちこまれていて、大いに愉しませてもらった。分量も十分、エンディングは見事、そして続篇への予告篇もきっちり。続篇 Heroes Road 2 はさらに面白いそうだが、Michael R. Fletcher, Beyond Redemption と2冊、部厚い本を読んだので、次はちょっと軽めの本が読みたい。本棚にぽつんとあった岩村忍『暗殺者教国』が目についた。リブロポートからの再刊で、40年前に出た時に買ったまま、ほったらかしていた。



Beyond Redemption (English Edition)
Fletcher, Michael R.
Harper Voyager
2015-06-16




 読みだしてみれば、読みやすく、面白く、簡潔で、結局読んでしまう。

 10世紀から13世紀まで、約2世紀半、現在のイラン北西部、アラムートの城に蟠踞したイスラームの異端イスマイリ派、別名ニザリ派の誕生からモンゴルによる滅亡、そして復活までを略述する。セルジューク朝と渡り合い、マムルーク朝や十字軍にも脅威を与えた教団政権。イスマイリ派はシーア派の分派で、スンニからもシーアからも異端とされながら、一時は西アジア一帯にとびとびながらかなりの範囲に勢力を持った。今でも絶滅したわけではなく、あちこちにしぶとく生きているそうな。なによりも政略手段として暗殺を積極的に採用したことで歴史上有名だ。『アサシン・クリード』という人気ゲームの源になったことでも知られる。遙か昔、『ゴルゴ13』のエピソードの一つにも出てきた。

 ロジャースの『英雄たちの道』では、暗殺者教団のボスである「山の長老」配下の暗殺者たちが主人公たちの命を狙って、あちこちで大立ち回りをする。なかなか楽しい連中だ。もちろん、作品世界にふさわしくデフォルメされているが、結構巧くデフォルメしていることが、岩村本を読むとわかる。ロジャースはちゃんと調べて書いている。

 もっとも岩村本で一番メウロコだったのは13章の教義の解説だ。どんどん過激になっていって、ついにはイスラームとは似ても似つかない、別の宗教といえるもの(預言者ムハンマドの権威まで否定する)になりながら、最後にまたくるりと回転してスンニ派に合流してしまう。「奇怪」といえばこの過激化したものと、最後の転回が一番「奇怪」。こういう教義、絶対独裁者である教団トップの思考の変遷が、どういう環境の変化に押されたものなのか、知りたくなるが、そこまではようわからないらしい。

 岩村が本来専門外のイスマイリ派に深入りしたのは、かれらを滅ぼしたチンギス・ハンの孫フラグの麾下の武将の一人キドブハを追いかけたため、というのも面白い。ナイマン出身で、どうやらネストリウス派のクリスチャンだったらしいキドブハはフラグのもとで西アジアからシリア征服に功を立てる。しかし、最後にマムルーク朝がモンゴルの進攻を止めた1260年09月03日の戦いで死ぬ。この戦いとかれの戦死はモンゴル帝国にとっては分水嶺となる。

 つまり、岩村本はイスマイリ派をユーラシア大陸西半分の大きな歴史の動きのなかに置いて描く。大きく広い動きと、イスマイリ派をめぐる小く狭い動きの対比がダイナミズムを生む。

 最終章、イスマイリ派が頑強にモンゴル軍に抵抗したラミアッサール城の遺蹟に赴く紀行は、700年の時間の遠さを実感させる。同時に半世紀前のイラン西部の様相もまた別世界だ。

 巻末の「新版によせて」で、岩村がロンドンの本屋で見つけて面白く読んだという Freya Stark の The Valley Of The Assassins, 1934 を調べてみると1982年に現代教養文庫で『暗殺教団の谷 女ひとりイスラム辺境を行く』として出ている。図書館にないか検索するとスタークの伝記『情熱のノマド:女性探検家フレイア・スターク』が出てきた。1993年に100歳で亡くなったこの人、とんでもない人らしい。邦訳はもう1冊 Riding To The Tigris, 1959 が篠田一士の訳で『チグリス騎馬行』として出ている。こちらは『現代ノンフィクション全集』第16巻で、図書館にある。主な著作は Internet Archives で読める。

情熱のノマド 上―女性探検家フレイア・スターク
英子, 白須
株式会社共同通信社
2002-06T



 こうして読む本がどんどんと芋蔓式に増えてゆく。(ゆ)

09月05日・月
 岩波文庫今月の新刊の1冊『サラゴサ手稿』上巻を注文。三分冊で完訳になる予定。今世紀に入って初めて全貌が明らかになったのだそうだ。Wikipedia によれば、フランス、ポーランド、スペイン、ロシアの図書館に散在していた、まったくの新発見も含むオリジナルのフランス語原稿を集め、突き合わせた批判校訂版が2006年に出ている。この記事によると、1804年版と1810年版の、それぞれ違う原稿があるそうな。この作品の全体像が世に出たのはこれが初めて。以前、東京創元社から完訳が出るという話があったが、いつの間にか立ち消えになっていた。とにかくこれの完訳が出るのはめでたい。

サラゴサ手稿 ((上)) (岩波文庫, 赤N519-1)
ヤン・ポトツキ
岩波書店
2022-09-17



%本日のグレイトフル・デッド
 09月05日には1966年から1991年まで6本のショウをしている。公式リリースは無し。

1. 1966 Rancho Olompali, Novato, CA
 月曜日。05月22日の再現? この「楽園」でのサマー・キャンプの打ち上げパーティー?

2. 1979 Madison Square Garden, New York , NY
  水曜日。このヴェニュー3日連続のランの中日。11ドル。開演7時半。
 見事なショウだそうだ。

3. 1982 Glen Helen Regional Park, Devore, CA
 日曜日。US Festival というイベント。17.50ドル。3日間通し券は37.50ドル。開演10時終演6時。
 「アス・フェスティヴァル」はこの年レイバー・デー週末と翌年春のメモリアル・デーすなわち5月末の2度開かれたイベント。一躍億万長者になった Apple 創業者の一人スティーヴ・ウォズニアクがビル・グレアムの協力を得て開催。設営費用はすべてウォズニアクが負担。この年は40万人、翌年は67万人を集めた。
 デッドは3日目のトップ・バッターで "Breakfast in Bed with the Grateful Dead!" と題された。第一部6曲、第二部8曲、アンコール2曲の、デッドとしては短かめのステージ。ちなみにその後はジェリー・ジェフ・ウォーカー、ジミー・バフェット、ジャクソン・ブラウン、トリはフリートウッド・マック。
 会場はロサンゼルスの東、サン・バーディーノ郡デヴォアの公園で、気温摂氏43度に達した。Bill Graham Presents のスタッフは不定期にバケツ一杯の氷を聴衆の上にぶちまけた。
 フェスティヴァルも3日目で、Robin Nixon が会場に着いた時には、酔っぱらってやかましく、他人の迷惑など考えない群衆で一杯だった。ほとんどはデッドのファンでもない。朝一番で出てきたデッドのメンバーもほとんどゾンビーで、つまらなくなくもない演奏。長いジャムなどは無し。何のために来たんだか、とニクソンは DeadBase XI で書いている。

4. 1985 Red Rocks Amphitheatre, Morrison, CO
 木曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。開演2時。チケットは「開演7時」と印刷されているのが黒く塗りつぶされ、「開演2時」と赤くスタンプが押されている。開演時刻が急遽変更になったか、チケット印刷の際のミスか。
 アンコールの〈Brokedown Palace〉が途中でぐだぐだになり、一度やめて打合せをしてから、あらためてやりなおすよと宣言して、今度はすばらしい演奏をした。

5. 1988 Capital Centre, Landover, MD
 月曜日。このヴェニュー4本連続のランの3本目。開演7時半。
 水準は高いが、どこか吹っ切れない出来というところか。

6. 1991 Richfield Coliseum, Richfield, OH
 水曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。開演7時半。08月18日以来の、夏休み明けのショウ。
 〈China Doll〉の美しさがわかるショウだそうだ。(ゆ)

08月31日・水
 Margaret Weis & Tracy Hickman, Dragons Of Deceit: The Dragonlance Destinies, Vol. 1 着。The War Of Souls 以来20年ぶりのオリジナル・デュオによる『ドラゴンランス』新作。一度は Wizards of the Coast と訴訟騒ぎにまでなったが、無事刊行されてまずは良かった。


 

 タッスルが持つ時間旅行機を使って、父親が戦死する過去を改変しようとする娘の話。タイムトラベルはサイエンス・フィクションの常套手段の一つだが、ファンタジーではロマンス用以外に真向から歴史改変を扱うのは珍しいんじゃないか。

 さてさて、これを機会に、最初から読みなおすか。


%本日のグレイトフル・デッド
 08月31日には1968年から1985年まで7本のショウをしている。公式リリースは2本。

1. 1968 Fillmore West, San Francisco, CA
 土曜日。このヴェニュー3日連続のランの中日。3ドル。セット・リスト不明。リザーヴェイション・ホールジャズ・バンド、サンズ・オヴ・シャンプリン共演。

2. 1978 Red Rocks Amphitheatre, Morrison, CO
 木曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。8.25ドル。開演7時半。
 第一部クローザー前で〈From The Heart Of Me〉、第二部オープナーで〈Shakedown Street〉がデビュー。
 〈From The Heart Of Me〉はドナの作詞作曲。翌年02月17日まで27回演奏。それまでの〈Sunrise〉に代わってドナの持ち歌として歌われた。スタジオ版は《Shakedown Street》所収。曲としてはこちらの方が出来はいいと思う。
 〈Shakedown Street〉はハンター&ガルシアの曲。1995年07月09日まで、計163回演奏。スタジオ版はもちろん《Shakedown Street》所収。踊るのに適しているのでデッドヘッドの人気は高い。

 デッドのショウの会場周辺、典型的には駐車場でデッドヘッドたちが開く青空マーケットが "Shakedown Street" と呼ばれた。売られていたのは食べ物、飲物、衣類とりわけタイダイTシャツやスカーフ、バンバーステッカー、バッジなどのアクセサリー、同人誌、ショウを録音したテープなどなど。各種ドラッグもあった。このマーケットによって地元にも経済効果があったが、そこに集まるデッドヘッドの風体とドラッグの横行に、これを嫌う自治体も多く、1980年代末以降、新たなファンの流入で規模が大きくなると、地元との摩擦が問題となった。デッドとしてはショウができなくなるのが最大の問題なので、後にはマーケットは開かないよう間接的にデッドヘッドに訴えた。もっともデッドヘッドはそれでおとなしくハイハイとやめるような人間たちではない。ビル・グレアムが設計したカリフォルニア州マウンテンヴューのショアライン・アンフィシアターでは、「シェイクダウン・ストリート」を開けるスペースがあらかじめ組込まれているが、これは例外。

3. 1979 Glens Falls Civic Center, Glens Falls, NY
 金曜日。9.50ドル。開演7時。
 第一部クローザー前で〈Saint Of Circumstance〉がデビュー。〈Lost Sailor〉とのペアの最初でもある。バーロゥ&ウィアの曲。1995年07月08日まで222回演奏。演奏回数順では63位。〈Ship of Fools〉より4回少なく、〈Franklin's Tower〉より1回多い。〈Lost Sailor〉が演奏された間はほぼ例外なくペアとして演奏されたが、〈Lost Sailor〉がレパートリィから落ちた後も演奏され続けた。ペアとしての演奏は1986年03月24日フィラデルフィアが最後。単独では76回演奏。スタジオ盤は《Go To Heaven》収録。

4. 1980 Capital Centre, Landover , MD
 日曜日。8.80ドル。
 第一部クローザー前の〈Lazy Lightning> Supplication〉が2019年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 これも宝石の1本といわれる。アンコール〈Brokedown Palace〉の途中でガルシアのギターの音が消えるハプニング。
 〈Lazy Lightning> Supplication〉はすばらしい。後半のジャムはベスト・ヴァージョンの一つ。

5. 1981 Aladdin Hotel Theatre, Las Vegas, NV
 月曜日。12ドル。開演8時。
 第二部前半、オープナー〈Lost Sailor〉から〈Playing In The Band〉までをハイライトとして、見事なショウだそうだ。
 終演後、観客は専用のルートで外に誘導された。デッドヘッドがカジノに溢れるのをホテル側が恐れたらしい。

6. 1983 Silva Hall, Hult Center for the Performing Arts, Eugene, OR
 水曜日。このヴェニュー3日連続のランの楽日。開演8時。
 第一部クローザー〈Cassidy> Don't Ease Me In〉が2010年の、第二部2曲目からの〈Playing In The Band> China Doll> Jam〉が2021年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 後者は面白い。〈Playing In The Band〉は10分ほどで、最後までビートがキープされて、型が崩れず、その上でジャムが進行する。テンポが変わらないまま、ガルシアが〈China Doll〉のリフを始め、他のメンバーが段々乗ってきて遷移。ガルシアは歌詞をほうり出すように歌う。むしろドライな演奏。センチメンタルなところがない。歌が一通り終るといきなりテンポが上がってジャム。定まったメロディのない、デッド独得のジャムで、ミドランドが愉しい。このミドル、スロー、アップというテンポの転換もいい。

7. 1985 Manor Downs, Austin, TX
 土曜日。13ドル。開演8時。
 良いショウだそうだ。(ゆ)

08月29日・月
 Victoria Goddard から新作のお知らせ。"Those Who Hold The Fire"。1万1千語のノヴェレット。



 "Lays of the Hearth-Fire" のシリーズに属する。"The Hands Of The Emperor" から始まるシリーズ、ということは今のところ、彼女のメインのシリーズになる。11月に "The Hands Of The Emperor" の直接の続篇 "At The Feet Of The Sun" が予定されている。

 いやあ、どんどん書くなあ。ついていくのが大変。


%本日のグレイトフル・デッド
 08月29日には1969年から1982年まで5本のショウをしている。公式リリースは2本。

1. 1969 Family Dog at the Great Highway, San Francisco, CA
 金曜日。このヴェニュー3日連続のランの中日。このヴェニューは Playland と呼ばれた古い遊園地にあった、と Paul Scotton が DeadBase XI で書いている。単身2.50ドル、ペア4ドル。開演8時半。フェニックス、コマンダー・コディ、ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ共演。この日と翌日はグレイトフル・デッドのフル・メンバーで登場。
 2曲目〈Easy Wind〉が2017年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 良い演奏。ガルシアのギターはブルーズ・ギターではない。ずっとジャズに近い。ピグペンは歌わないときはオルガンでガルシアのギターにからめ、かなりよい演奏をしている。

2. 1970 Thee Club, Los Angeles, CA
 土曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。セット・リスト不明。

3. 1980 The Spectrum, Philadelphia, PA
 金曜日。このヴェニュー2日連続の初日。10.50ドル。開演7時。
 これも良いショウのようだ。この年は調子が良い。

4. 1982 Seattle Center Coliseum, Seattle, WA
 日曜日。10.50ドル。開演7時半。
 第一部クローザー〈Let It Grow〉が2019年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 抜群のヴァージョン。ややアップテンポで緊迫感みなぎり、ガルシアが翔んでゆくのにバンドも悠々とついてゆく。間奏と最後の歌の後のジャムがいい。

5. 1983 Silva Hall, Hult Center for the Performing Arts. Eugene, OR
 月曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。15ドル。開演8時。
 良いショウのようだ。(ゆ)

07月05日・火
 楽天の月初めのポイント5倍デーとて、山村修の謡曲にまつわるエッセイ、J. M. Miro の Ordinary Monsters 電子本、それに珈琲豆など必需品をあれこれ注文。

 (ここに楽天のアフィリエイトのリンクを貼ろうとしたが、手続きが難しすぎてよくわからん)


%本日のグレイトフル・デッド
 07月05日には1969年から1995年まで、4本のショウをしている。公式リリースは2本、うち完全版1本。

1. 1969 Kinetic Playground, Chicago, IL
 土曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。共演バディ・マイルズ・エクスプレス。
 前日は一本勝負だが、この日は2セットに分けたらしい。

2. 1978 Omaha Civic Auditorium, Omaha, NE
 水曜日。
 《JULY 1978: The Complete Recordings》で全体がリリースされた。

3. 1981 Zoo Amphitheatre, Oklahoma City, OK
 日曜日。第二部11曲目〈Stella Blue〉が《Long Strange Trip》サウンドトラックでリリースされた。
 ガルシアの声が少し掠れている。これくらいの方がこの歌にはふさわしいとも思える。いつもより少しドライに、言葉を投げだすように歌う。ギターは積極的に、三連符での上昇下降を繰返す。哀しみと諦観が同居しているようでもあるが、その両者の間に関係が無い。諦観というよりは、ついに届かないことを承知しながらも、試みずにはいられない、そのこと自体を我が身に引受ける姿勢、だろうか。それが哀しいのではなく、その背後にある人間存在そのものへの悲哀に聞える。この歌に名演は多いが、これは3本の指に入る。

Long Strange Trip (Motion Picture Soundtrack)
Grateful Dead グレートフルデッド
Rhino
2017-06-08



4. 1995 Riverport Amphitheater, Maryland Heights, MO
 水曜日。このヴェニュー2日連続の初日。28.50ドル。開演7時。
 第一部6曲目、クローザー前〈El Paso〉でウィアはアコースティック・ギター。
 残りこれを含めて4本。このショウが最後となった曲が多数ある。
 ディア・クリークでの件を受けて、駐車場に入るところでチケットの有無をチェックされた。チケットを持っている人びとは不便さを受け入れた。
 ショウの後、大雨が降りだし、バルコニーないし納屋がキャンプ場の上に崩れおちた。(ゆ)

06月12日・日
 Ed McDonald の Raven's Mark 三部作の第二部 Ravencry を読みながら、スコットランドのファンタジー作家ってかれと Anthony Ryan の前に誰がいたっけと考える。
 アラスデア・グレイをファンタジー作家と呼ぶのはためらうが、ファンタジーは書いている。ジョージ・マクドナルドがいる。J・T・マッキントッシュはスコットランド人だが、どちらかといえばサイエンス・フィクションの人だと思う。イアン・バンクスはスコットランド人だった。ジョン・バカンの作品にもファンタジーはある。コナン・ドイルはエディンバラ生まれだが、スコットランド人と言えるか。ケネス・グレアムもスコットランド人だった。ロバート・ルイス・スティーヴンスンはエディンバラ生まれ。デヴィッド・リンゼイの両親はスコットランド人だそうだけど、本人ロンドン生まれで生涯イングランドで過ごしてるからなあ。大傑作『月に吹く風』のエリック・リンクレイターは正真正銘スコットランド人。ナオミ・ミチソン、エマ・テナント。比較的最近で、グレアム・マスターソン、ケン・マクラウド、ハル・ダンカン。そうそう『キャッチワールド』のクリス・ボイスもスコットランドだが、あれはまじりっけ無しのワン・アンド・オンリー・サイエンス・フィクション。

 バンクスはあんまりスコットランドの匂いがしない。リンクレイターはリンゼイに通じるところがある。

 それにしてもあの『月に吹く風』を『人間動物園』と改題したのはどう見てもおかしい。『月に吹く風』でいいじゃないか。原題 The Wind On The Moon そのままなんだし。

 リンゼイを読みなおすか。第2作 The Haunted Woman も良かった記憶がある。

 まあ、その前に Ed McDonald と Anthony Ryan を読みましょう。この2人の話には、どこかスコットランドの風が吹いているのよねえ。


%本日のグレイトフル・デッド
 06月12日には1967年から1992年まで8本のショウをしている。公式リリースは1本。

1. 1967 The Cheetah, New York, NY
 月曜日。このショウが実際に行われたかは議論のあるところ。DeadBase はあったとしている。セット・リスト不明。

2. 1970 Red Vest, Oahu, HI
 金曜日。このヴェニュー2日連続の初日。開演7時。クィックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィス共演、ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ前座。ポスターでは "Civic Auditorium" になっているが、実際にはこのヴェニューの由。セット・リスト不明。
 ハワイでのショウはこの年の1月とこの6月の各々二連荘の、計4本だけ。後にはハワイは休暇の際に行くところとなる。とりわけガルシアとクロイツマンはハワイでスキューバ・ダイビングに興じた。後にデッドのアーカイヴ管理人となるディック・ラトヴァラは一時ハワイに住み、ここでデッドのテープ文化に目覚めて熱烈なデッドヘッドとなる。

3. 1976 Boston Music Hall, Boston, MA
 土曜日。このヴェニュー4日連続の楽日。7.50ドル。開演7時。WBCN-FM主催。
 第一部6曲目〈Mission in the Rain〉、第二部オープナー〈The Wheel〉、8曲目〈Comes a Time〉、アンコールの3曲〈Sugar Magnolia> U. S. Blues> Sunshine Daydream〉の6曲が《Road Trips, Vol. 4, No. 5》で、第一部9・10曲目〈Lazy Lightning> Supplication〉が2011年の、3曲目〈The Music Never Stopped〉が2013年の、7曲目〈Looks Like Rain〉が2014年の、2曲目〈Row Jimmy〉が2019年の、各々《30 Days Of Dead》でリリースされた。曲数で全体の4割がリリースされたことになる。
 この一連のランの他のショウ同様、すばらしいショウの由。
 Jeff Briggs が DeadBase で書いている、当時のマサチューセッツ大学アマースト校の学生寮の様子が面白い。ここはデッドのメディア担当で公式伝記も書いたデニス・マクナリーの母校で、その頃はデッドヘッドの拠点の一つになっていた。ブリッグスが住んでいた寮 Pierpont Residence Hall は全米の学生寮の中でも最もサイケデリックなものの一つだった。ある棟のワン・フロア全体の照明が消され、赤外線ライトだけが点いていた。《Aoxomoxoa》のジャケットを拡大したものが壁に飾られていた。部屋のいくつかは間の壁が壊されて、四六時中、トリップしている人間が何人もいた。デッドが来ると寮の半分が空になり、いない時もデッドヘッドたちが常に出入りしていた。

4. 1980 Memorial Coliseum, Portland, OR
 木曜日。8.50ドル。開演7時。
 この日、会場近くのセント・ヘレンズ山がこの年05月18日の大噴火以来3度目の噴火を起こした。バンドが〈Fire on the Mountain〉を演奏している間だった。「スカベゴ・フィイア」が終るとウィアがマイクに「お山がまた噴いたらしいよ」と言った。終演後、外に出ると火山灰が降っていて、事情を知っている地元の人たちは車を諦めて歩いて帰った。火山灰は自動車のバルブやキャリブレーターに詰まる。
 この噴火が偶然とは思えないほどこのペアから始まった第二部はホットだった、と Gary Ross が DeadBase で書いている。

5. 1984 Red Rocks Theatre, Morrison, CO
 火曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。まずまずのショウの由。

6. 1987 Ventura County Fairgrounds, Ventura, CA
 金曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。A Weekend at the Beach と題されたイベント。ブルース・ホーンスビィ共演、ライ・クーダー前座。開演2時。
 このショウに引っぱって行かれてメタルとデッドの両方を愛するようになったファンもいる。

7. 1991 Charlotte Coliseum, Charlotte, NC
 水曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。22.50ドル。開演7時半。長いジャムは無いが良いショウの由。

8. 1992 Knickerbocker Arena, Albany, NY
 金曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。開演7時。DeadBase の John W. Scott の詳しいレポートによれば、この年指折りのショウ。(ゆ)

06月01日・水
 Locus 6月号。パトリシア・マッキリップの訃報。05月06日。享年74歳。マッキリップは一度、全部読もうとして、デビュー作 The House On Parchment Street を読んだだけで、例によって何かが飛びこんできて他へ行ってしまった。このデビュー作はヤング・アダルト向けで、幽霊屋敷ものなのだが、すばらしい出来。その時の日記からの引用。

—引用開始—
 夜、Patricia A. McKillip, The House On Parchment Street 読了。昨日着いていたもので、一気読み。すばらしい。この次がもう The Forgotten Beasts Of Eld になるので、おそらくこの2つの差は大きいはずだが、これはこれで立派なものだ。これが25歳の出版だから、やはり天才の部類。
 話そのものはむしろありふれているが、語り口のうまさ、性格描写の深み、そして文章の見事なことで際立っている。そして何より、この事件をくぐり抜けたことで、主人公たちが変わる、その変化の仕方がいい。14歳ということだが、大人びている、というとちょっと違う。大人として収まるのではなく、自立している、あるいは自立しようとあがき、もがいている。その苦闘している人間たちが、幽霊との遭遇とそれが意味するものの解明を通じて一段成長する。
 周りの大人たちもいい。父親のハロルドは助演賞ものだが、それこそ幽霊か悪霊のように、どこか強い匂いのように漂っていたのがラストに突如実際に出てきて舞台をさらってしまうブルースター夫人が秀逸。それにしてもアメリカ人でここまでイングランド人をリアリティをもって、しかもユーモラスに描いた例が他にあるか。一発で惚れた。
--引用終了--

 実際には The Forgotten Beasts Of Eld の前にもう1冊、同じ年に The Throme Of The Erril Of Sherrill が出ている。"Throme" は故意に 'n' を 'm' に替えている。
 スティーヴン・ドナルドソン、ライザ・ゴールドスタイン、テリ・ウィンドリングらが追悼する文章を読みながら、あらためて読もうと誓う。やはり、読むと決めたら、最後まで読まねばならない。マッキリップは児童書の書き手とされているらしく、邦訳がかなりある。もちろん、優れた児童書は大人が読んでも面白い。


%本日のグレイトフル・デッド
 06月01日には1967年から1991年まで4本のショウをしている。公式リリースは無し。

1. 1967 Tompkins Square Park, New York, NY
 木曜日。2時から5時まで、とチラシにある。ニューヨークで最初のショウ。セット・リストとされるものは一応あるが、記憶によるもので、不完全で曲順も正確ではない由。

2. 1967 Cafe Au Go Go, New York, NY
 木曜日。昼に上記のショウをおこない、夜こちらに出た。この日から10日間連続のラン。この日にはカリフォルニアにいたという説もあるが、ビル・クロイツマンとロック・スカリーが口を揃えて、このランは実際にやった、と言っている。セット・リスト不明。ポスターがある。
 デッドにとっては初のニューヨークでのラン。少なくとも 12日の The Cheetah までニューヨークに滞在している。次はこの年年末にニューヨークで三連荘と二連荘を行い、さらにボストンに初めて行く。

3. 1968 Carousel Ballroom, San Francisco, CA
 土曜日。このヴェニュー3日連続のランの楽日。セット・リスト不明。同じヴェニューで6日後、また三連荘をする。

4. 1991 L.A. Memorial Coliseum, Los Angeles, CA
 土曜日。25ドル。開演1時。Johnny Clegg & Savuka が前座。ブルース・ホーンスビィ参加。
 Johnny Clegg (1953-2019) は南アフリカ出身のシンガー・ソング・ライター、ダンサー、文化人類学者、反アパルトヘイト活動家。英語とズールー語を混ぜた歌詞を使い、音楽もアフリカの伝統音楽の要素を取り込んでいるそうな。1986年に Savuka を結成してツアーした。ソロでも活動している。
 ショウ自体はそこそこ、つまり人によって評価が別れる。当時はいわゆる「ドラッグに対する戦争」が最も強引に進められていた時期で、ロサンゼルス警察はそれを口実にこのショウで多数のファンを検挙し、会場内に設けられていた金網フェンスを第一部の途中で多数のファンが殺到して押し倒し、ここでも警備にあたっていた警官たちが過剰な暴力をふるった。ロドニー・キング殺害のビデオが明るみに出たことで暴動が起きたのがこのショウの2ヶ月前という事情もあっただろう。(ゆ)

05月26日・木
 まず《Dave's Picks, Vol. 1》のアナログ・セットが発送通知から1ヶ月かかってようやくやって来た。このシリーズはジャケット・デザインが共通だけど、30センチ角のサイズはやはり迫力がある。一応収録時間を CD版と比べる。最大10数秒の幅でLPの方が長かったり、短かかったりする。アナログに収めるにあたって、カットしたところは無いようだ。5枚目のB面、Side 10 はブランク。

 John Crowley の新作 Flint And Mirror 着。なんと17世紀後半のテューダー朝によるアイルランド侵略が題材で、ヒュー・オニールとエリザベス一世がメイン・キャラの一角。こいつは早速読みたいが、さて、順番としては次の次だな。Tor からのハードカヴァーだが、造本が1970年代の Doubleday Science Fiction を思わせる。フォント、版組、紙の手触り、薄さ。意図的なものだろうか。後で Rivers Solomon, Sorrowland のハードカヴァー古書が着いたので、これと比べるとなおさらその感を強くする。Sorrowland の方は、これぞ今の造本。Doubleday Science Fiction がSFの発展に果した役割って小さくない、というより、あれは全米の図書館に入っていったのだから、相当に大きいんじゃないか。誰かまとめているのかね。雑誌の歴史はあるが、単行本出版の歴史はあたしは覚えがない。

Flint and Mirror
Crowley, John
Tor Books
2022-04-19


Sorrowland
Solomon, Rivers
Merky Books
2021-03-11



 クロウリーの謝辞を読んで、ネタ本の1冊 Sean O Faolain の The Great O'Neill も古書を注文。そういえばオフェイローンもいたのだ。この人も面白そうだ。Wikipedia によれば紋切り型にアイルランド文化を決めつける態度や検閲によってこれを守ろうとする姿勢に強硬に反対したコスモポリタンと、狂信的愛国主義者が同居しているらしい。しかし、この二つは同居が可能だ。むしろ誠実にアイルランドを愛そうとすれば、コスモポリタンにならざるをえない。いや、どこの国にせよ、誠実に国を愛そうとすれば、コスモポリタンにならざるをえない。自国の利益だけを考えていては国の存続を危くする。このことは20世紀の歴史を通じて明白になっている。新たな実例が目の前で進行中だ。オフェイローンは The Irish: A Character Study を昔読みかけたことがあった。あらためて読んでみよう。


##本日のグレイトフル・デッド
 05月26日には1972年から1995年まで5本のショウをしている。公式リリースは4本、うち完全版2本、準完全版1本。。

1. 1972 Strand Lyceum, London, England
 金曜日。このヴェニュー4日連続の楽日。ヨーロッパ・ツアーの千秋楽。ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ前座。
 第二部オープナー〈Truckin'〉5曲目〈Morning Dew〉9曲目〈Ramble On Rose〉それにアンコール〈One More Saturday Night〉が《Europe '72》でリリースされた。全体が《Europe ’72: The Complete Recordings》でリリースされた。また第二部7曲目〈Sing Me Back Home〉が《Europe '72, Vol. 2》に収録された。
 31曲。CD で3時間43分。
 このショウは文句なくツアー最後を飾る最高のショウで、1972年というピークの年のベストの1本でもある。デッドは各々の時期によって音楽が変わるから、全体を通じてのベストというのは選び難いが、全キャリアを代表するショウであることも間違いない。また、ピグペンがメンバーとしてフルに参加した最後のショウでもある。一つの時代の終りを最高の形で示してもいる。これを境にデッドは別のバンドになってゆく。そちらの完成が1977年だ。
 この日は第一部にピグペンの持ち歌が集中している。第二部では一度も歌っていない。それだけ、体調が悪かったと思われる。とはいえ、歌っている4曲の歌唱は見事。体調が悪いなどとは微塵も感じさせない。これだけ聴けば、これがかれが歌う最後のショウであるなどとはまったくわからない。あるいは音楽をやり、こうしてバンドで歌うことで支えていたのかもしれない。晩年のボブ・マーリィのように。
 ピグペンのもの以外の歌はどれもこのツアーの総決算を聴かせる。〈Playing In The Band〉は展開の方向が定まり、ここから大休止前にかけて、モンスターに成長してゆく、その予兆が感じられる。もう一つの看板である〈China Cat Sunflower> I Know You Rider〉も、やはり展開の方向がほぼ決まって、これから面白くなるぞとわかる演奏だ。この日は第一部のクローザーとして〈Not Fade Away> Goin' Down The Road Feeling Bad> Not Fade Away〉をやってしまう。やや軽いとも思えるが、それでもほとんど決定的な演奏。
 第二部では〈The Other One〉が〈Morning Dew〉を包みこみ、ほぼ完全に花の開ききった〈Sing Me Back Home〉とともに、ピークを作る。というよりも、オープナー〈Truckin'〉からクローザーの〈Casey Jones〉まで、テンションは上がりっぱなしだ。しかし勢いにまかせてというところはほとんど無く、常にクールなコントロールが効いていて、低く小さく抑えるところと、がんがん行くところの対比とタイミングはこれ以上のものは不可能だろう。こういうところがデッドのショウの面白いところで、勝手気儘にやっているようにみえて、その実、緻密な組立てをしている。たとえば〈Casey Jones〉は、最後に加速してゆく繰返しで、ラストがこれまでで最も速くなるまでになる。前日まではほとんどアンコールは無いが、さすがに最終日はアンコールをやる。ここでのガルシアのソロがすばらしい。
 このツアーからは《Europe '72》という、当時非常識なLP3枚組のライヴ盤が生まれ、デッドのアルバムで最高の売行をみせる。《Live/Dead》と並んで、グレイトフル・デッドというバンドを定義する作品となる。それが実は氷山の一角のカケラであった、とわかるのが《Europe ’72: The Complete Recordings》だ。一連のツアーの全体像が公式リリースされているのは、今のところ、これと1990年春のツアーの二つだけだ。この二つは、デッド30年のキャリアの前期と後期に立つピークをなす。
 あたしはこの22本のショウを聴くことでデッドにハマっていった。聴きだした時には、デッドって何者だ、と思いながら聴いていた。聴きおわった時には、もっと聴かずにはいられなくなっていた。グレイトフル・デッドの音楽とそれが生みだし、それを取り巻く広大な世界が垣間見えたからだ。それからひたすらショウの公式リリースを集め、聴きだした。「テープ」、今はネット上のファイルだが、「テープ」という概念はあたしにはまだ無かった。テープ文化はブートレグ文化とはまったく違う。グレイトフル・デッド特有の現象だ。
 これまで1個のバンドにここまでハマったことは無い。フランク・ザッパも公式に出ているものはすべて手に入れたが、こういうハマり方はしていない。
 1972年春は、原始デッドとアメリカーナ・デッドが合流し、完成し、そして次の位相へと転換するプロセスだ。22本のヨーロッパ・ツアーはそれを具体的な音楽として示している。これを聴くことは、グレイトフル・デッドというバンドがその思春期から青年期へと脱皮するプロセスを体験することでもある。
 そう見れば、この最後のロンドン4日間、とりわけ最終日のショウには、その後のバンドの音楽の姿が最高の形で現れている。

2. 1973 Kezar Stadium, San Francisco, CA
 土曜日。5.50ドル。開場10時。開演11時。デッドの登場午後2時。"Dancing On The Outdoor Green (DOG)" と題されたイベントで、デッドがヘッドライナー、ウェイロン・ジェニングズとニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジが共演。スターターは NRPS でキース・ガチョーとマシュー・ケリーが参加。2番目がウェイロン・ジェニングズ。デッドは三部構成で4時間超のステージ。内容はすばらしく、この年のベストのショウの1本の由。
 第二部6曲目〈Box Of Rain〉が2021年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 オープニングのウェイロン・ジェニングズのバンドのペダルスティール奏者 Ralph Mooney の演奏をガルシアが食い入るように見ていた由。
 元来は05月22日、23日の2日間として予定されていたもの。

3. 1977 Baltimore Civic Center, Baltimore, MD
 木曜日。第一部6曲目〈Passenger〉が2012年の、第二部2曲目〈High Time〉が2013年の、オープナー〈The Music Never Stopped〉が2014年の、第二部オープナー〈Samson and Delilah〉が2016年の、アンコール〈Uncle John's Band〉が2017年の、各々《30 Days Of Dead》でリリースされた後、《Dave's Picks, Vol. 41》で全体がリリースされた。
 この CDケースに写真が掲載されたノートによると、
Crew Call: 10 AM
Sound Check: 4 PM
Door Open: 6 PM
Show Time: 7 PM
End Of Show: 11PM - STRICT CURFEW!!
とある。最後の音は午後11時までに鳴り終えなければならない。この注意書きが大文字でタイプされているのは、それだけ掟破りが多かったと思われる。この頃のデッドは1972、73年頃のように、やたらに長く演奏することはなくなっていたが、とにかくケツを決められるのが嫌いだったのだろう。この日、この制限が守られたかは定かではない。CD での時間は2時間54分。
 前日のリッチモンドからボルティモアまでは250キロ、車で2、3時間。移動日無し。翌日は移動日でコネティカット州ハートフォードまで、ボルティモアからは480キロ。このハートフォードが春のツアーの千秋楽。
 この日はどちらかというと第二部が良いショウの1本に聞える。第一部もすばらしいが、とんでもないと思えるところがまず無い。ほとんど坦々と演奏していると聞える。というのは贅沢なのだが、1977年春については、そういう贅沢も許される。では、悪いかといえば、むろんそんなことはなく、どの曲もすばらしい演奏が続く。ただ、どこか、きっちりと収まっているところはある。
 中ではオープニングの2曲、4曲目という早い位置の〈Sunrise〉、〈Brown-Eyed Women〉〈Looks Like Rain〉、そして〈New Minglewood Blues〉が突込んだ演奏を聴かせる。第二部では〈High Time〉の言葉をそっと置くようなコーラス、〈Big River〉のガルシアのソロ、〈Estimated Prophet〉後半の集団即興が聞き物。そして、〈Not Fade Away> Goin' Down The Road Feeling Bad> Around and Around〉の畳みかけ。〈Not Fade Away〉のガルシアのギター・ソロは凄みすら感じさせる。ほとんどこの世のものとも思えない。〈Goin' Down The Road Feeling Bad〉でもその調子が崩れない。ここでは基本として3人とも小さく歌い、"bad, bad, bad" とくり返すところだけ声を大きくする。だんだん力を入れてゆき、ついにはわめき、いきむ。その対照の妙。〈Around and Around〉でもガルシアのギターがすばらしい。アンコールの〈Uncle John's Band〉は、3人の歌の入り方がよく計算されている。1人で歌い、2人で歌い、3人目が加わり、また元にもどり、という具合。この曲のコーラスはドナがいた時期の後半が最も美しい。
 ああ、永遠の1977年春。

4. 1993 Cal Expo Amphitheatre, Sacramento, CA
 水曜日。このヴェニュー3日連続のランの中日。開演7時。レックス財団ベネフィット。
 《Road Trips, Vol. 2, No. 4》とそのボーナス・ディスクで第二部 Space を除く全体がリリースされた。
 第二部の中核〈Playing In The Band〉は1990年代で1、2を争うと言われる。

5. 1995 Memorial Stadium, Seattle, WA
 金曜日。このヴェニュー3日連続のランの楽日。33.25ドル。開演5時。第一部クローザー前の〈Eternity〉でウィアがアコースティック・ギター。
 かなり良いショウの由。とりわけ第二部オープナー〈Scarlet Begonias> Fire On The Mountain〉が良いらしい。(ゆ)

05月19日・木
 Victoria Goddard から新刊 The Redoubtable Pali Avramapul。

The Redoubtable Pali Avramapul
Goddard, Victoria
Underhill Books
2022-05-18

 
 わーい、パリ・アヴラマプルの話だ。Nine Worlds の世界の中でも最もシャープでカッコいいキャラではないか。アヴラマプル姉妹の真ん中、フルネームは Paliamme-ivanar。「風に乗る隼の鋭どい爪をもち」芸術家の魂をそなえた戦士。Greenwing & Dart のシリーズの3作目 Whiskeyjack にちょいと出てくる。すでに初老の域だが、実にカッコよい。今度の長篇はアスタンダラス帝国の没落とそれに伴う魔法の失墜前後の話らしい。

 今年はこれで4冊め。前3冊はノヴェラだけれど、これはフルレングスの長篇。この後 The Hands Of The Emperor の続篇 At the Feet of the Sun が控え、Greenwing & Dart もこれまで年1冊だから、長篇が2冊出るわけだ。それで全部だとしてもこれまでの新記録。ブランドン・サンダースンはパンデミックでツアーがなくなり、時間ができたから小説4本書いちゃった、と言ってクラウドファンディングをしたわけだが、ゴダードも他にやることがなくて、やたら書いていたのか。嬉しい悲鳴ではある。


##本日のグレイトフル・デッド
 05月19日には1966年から1995年まで5本のショウをしている。公式リリースは完全版が2本。

1. 1966 Avalon Ballroom, San Francisco, CA
 木曜日。2ドル。開演8時半。Straight Theatre 主催の朗読とダンス・コンサートのイベント。共演 the Wildflower, Michael McClure。
 この時期でセット・リストがはっきりしている数少ないショウの一つで以下の曲のデビューとされている。いずれも第一部。いずれもカヴァー。
 オープナー〈Beat It On Down The Line〉は Jesse Fuller の曲。1961年のアルバム《Sings And Plays Jazz, Folk Songs, Spirituals & Blues》に収録。デッドは1994-10-03のボストンまで、計328回演奏。演奏回数順で34位。ウィアの持ち歌。イントロのダッダッダッダッを何発やるか、気まぐれで変わる。20発近いこともある。
 4曲目〈It Hurts Me Too〉は Tampa Red が1940年5月に録音したものが最初とされるが、タンパ自身がそれ以前に録音していたものが原曲らしい。1957年にエルモア・ジェイムズが歌詞を変え、テンポを落として録音し、以後、これがスタンダードとなる。デッドのヴァージョンもこれにならっている。ピグペンの持ち歌で、1972-05-24のロンドンまで57回演奏。
 5曲目〈Viola Lee Blues〉は Norah Lewis の曲とされるが、似た曲は他にもあり、おそらくは共通の祖先か。デッドは1970-10-31のニューヨーク州立大まで計30回演奏。長いジャムになることが多い。
 7曲目〈I Know It's A Sin〉は Jimmy Reed の1957年の曲。1970-06-04のフィルモア・ウェストまで11回演奏。これに基くジャムが1974-06-18、ケンタッキー州ルイヴィルで演奏された。
 Michael McClure (1932-2020) はアメリカの詩人。カンザス州出身。1950年代前半にサンフランシスコに移る。ビート・ジェネレーションの中心人物の1人。ジャック・ケルアックの Big Sur の登場人物 Pat McLear として描かれている。
 The Wildflowerは1965年にオークランドで結成された五人組。サンフランシスコ・シーンの一角を成すユニークな存在ではあったがブレイクしなかったため、ほとんど知られていない。Wikipedia にも記事は無い。記事があるのは同名異バンドのみ。今世紀初めまではメンバーを替えながら存続していた。

2. 1974 Memorial Coliseum, Portland, OR
 日曜日。前売5.50ドル。開演7時。
 《Pacific Northwest '73–'74: The Complete Recordings》で全体がリリースされた。
 第二部後半、〈Truckin'> Jam> Not Fade Away> Goin' Down The Road Feeling Bad〉のメドレーはデッド史上最高の集団即興の一つ。とりわけ、〈Truckin'〉後半から〈Not Fade Away〉にかけて。デッドを聴く醍醐味、ここにあり。

3. 1977 Fox Theatre, Atlanta, GA
 木曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。
 全体が《Dick's Picks, Vol. 29》でリリースされた。
 第二部後半の〈Playing In The Band> Uncle John's Band> The Wheel> China Doll> Playing In The Band〉というシークエンスについて Tom Van Sant が DeadBase XI で面白い説を展開している。まったく同じ順番で演奏されることはなかったが、この4曲はこれ以後様々な形でつなげられて演奏されている。ここには夜明けにバンドで演奏を始め、成長を祝い、成熟し、衰弱して死ぬという生命のサイクルが歌われてもいる、と言う。
 そういうサイクルは必ずしも聞き取れないが、〈Playing In The Band〉のジャムからガルシアが〈Uncle John's Band〉を仕舞うコードを叩きはじめ、いきなり最後のコーラスから始めるのはかっこいい。そこから冒頭に戻ってあらためて歌いだす。
 そしてここでの〈The Wheel〉は確かに音楽の神様が降りている。ほとんどトロピカルなまでにゆるい演奏と見事に決まっているコーラスが織りなすタペストリー。
 神様が降りているといえば、第一部半ば〈Looks Like Rain〉と〈Row Jimmy〉の組合せにも確かに降りている。前者ではウィアとドナのデュエットがこれ以上ないほど見事に決まり、それを受けるガルシアのギター、歌に応えるハートのドラミング、コーダの2人の歌いかわしとガルシアのギターのからみ合い。ベスト・ヴァージョン、と言いきりたい。後者のガルシアのスライド・ギターがすばらしすぎる。
 77年春の各ショウでは、こういうディテールと全体の流れの双方がなんともすばらしい。もう、すばらしいとしか言いようがない。最初の一音から最後の最後まで、無駄な音もダレた音も無く、個々の曲の演奏も冴えに冴え、組合せも時に意表をつき、1曲ずつ区切って聞いても、全体を流しても、この音楽を聴ける歓びがふつふつと湧いてくる。
 クローザーの〈Playing In The Band〉に戻ってのガルシアの、抑えに抑えたいぶし銀のギター・ソロに、ドラマーたちが感応して、あえて叩かないところ、ハートがドラムのヘリだけを叩く。やがて静かにドラムスが入り、ガルシアはシンプルながら不安を煽るような音を連ねる。一度盛りあがり、また静かになって戻りのフレーズが小さく始まる。そして爆発してもどっての最後のリフレイン。夜明けのバンド。バンドの夜明け。もうアンコールは要らない。
 次は1日置いてフロリダ州レイクランド。フロリダもまたデッド・カントリーだ。

4. 1992 Cal Expo Amphitheatre, Sacramento, CA
 火曜日。開演6時。このヴェニュー3日連続のランの初日。
 アンコールで〈Baba O’Riley〉と〈Tomorrow Never Knows〉がデビュー。
 前者はピート・タウンゼントの曲。1971年の《Who's Next》が初出。ヴィンス・ウェルニクが持ち込む。1994-11-29デンヴァーまで12回演奏。スタジオ盤収録無し。
 後者はレノン&マッカートニーの曲。1966年の《Revolver》収録。これも前者と同じ、1994-11-29デンヴァーまで12回演奏。スタジオ盤収録無し。初演と終演が同じで回数も同じというのは偶然の一致にしてはできすぎでもあるような気がする。
 このアンコールも含め、全体として良いショウの由。

5. 1995 Sam Boyd Silver Bowl, Las Vegas, NV
 金曜日。30ドル。開演2時。夏のツアーのスタート。このヴェニュー3日連続のランの初日。デイヴ・マシューズ・バンド前座。
 この3日間は最後のすばらしいランと言われる。(ゆ)

0301日・火

 Locus 3月号。ニュース欄に一通り目を通す。Media の欄に、Weis & Hickman による新ドラゴンランス三部作の一作目 Drangonlance: Dragons of Deceit Del Rey に売れた、とある。この件にからんで、ワイス&ヒックマンがこの企画を潰そうとした Wizards of the Coast を訴えたというニュースが一昨年暮れにやはり Locus に載っていた。続報は無かったが、こうしてアメリカの版元に売れたのなら、何らかの決着がついて、企画がゴーになったのだろう。さて、いつ本になるか。それを読めるまで世界があるか。



##本日のグレイトフル・デッド

 0301日には1968年から1992年まで5本のショウをしている。公式リリースは2本。うち完全版1本。


1. 1968 The Looking Glass, Walnut Creek, CA

 金曜日。ギグがあった、というだけでセット・リスト不明。Walnut Creek はバークレーの真東15キロほどにある町。


2. 1969 The Fillmore West, San Francisco, CA

 土曜日。このヴェニュー4日連続の3日目。《Fillmore West 1969: The Complete Recordings》で全体がリリースされた。第二部オープナーの〈Dupree's Diamond Blues; Mountains Of The Moon〉が抜粋盤《Fillmore West 1969 (3CD)》に収録された。

 この第二部冒頭の2曲はアコースティック・セット。

 この時のバンドはトム・コンスタンティンが入って7人。歴代最多。そこでビル・グレアムの紹介はバンドを「七人の侍」に喩えている。

 第一部は〈That's It for the Other One〉から〈Cosmic Charlie〉まで4曲45分ノンストップ。第二部は80分近く。前日後半よりも形のある曲をそろえている。〈That's It for the Other One〉のジャムは原始デッドの最良のものの一つ。

 前日よりも整った演奏。〈Dark Star〉も終始フォームを保つ。今にも崩れそうになるぎりぎりを渡るようなスリルは少ないが、原始デッドの完成された姿が最も明瞭に現れている。

 クローザーの〈Turn On Your Lovelight〉までピグペンは影も見えないが、これと、何よりもアンコールの〈Hey Jude〉でリベンジしている。これはピグペンによる2度目の歌唱で、ピグペンはより自分に引きつけてうたっているし、後半リフレインでのガルシアのギターもすばらしく、これがレパートリィに入らなかったのは惜しいと思える。

 この4日間、やっている曲はほとんど同じ。やっていることもほぼ変わらない。曲順もそれほど大きくは変わらない。のに、どれも違う印象なのだ。4日間に4本聴いても飽きることがない。どこがどう違うか、明瞭に指摘できない。

 別の見方をしてみれば、《Live/Dead》はいわば架空の1本のショウを聴くように構成されている。同じく、この4日間の演奏を組合せて、《Live/Dead》の異ヴァージョンを組むことができよう。それもいくつも組める。そして、その各々が違った印象を与えるだろう。

 一方で、《Live/Dead》に現れたショウはあくまでも架空であって、この4本の完全版と比べてみると、どこか作為が感じられる。この4本にはそれぞれに有機的なつながりがあり、それぞれが自然発生的な「作品」になっている。《Live/Dead》はそれぞれの曲のベスト・ヴァージョンを並べたものでもない。

 もっともそこでもう1度見方を変えれば、当時、実際に生を見聞したければデッドのショウに行けばいいわけである。まだ後世ほどではないにしても、聴衆による録音とそのテープの交換も始まっている。《Live/Dead》をアルバム、商品として出す以上、ショウとそっくり同じものを出すのは意味がない。デッドのショウの象徴になるような架空の、ヴァーチャルなショウ、この時点でのデッドのショウのエッセンスを一通りくまなく体験できるものこそを出すべきではある。


3. 1970 Family Dog at the Great Highway, San Francisco, CA

 日曜日。このヴェニュー3日連続の最終日。2時間半の一本勝負。アンコールの1曲目〈Uncle John's Band〉が2014年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。

 この UJB は異様に遅い。こんな遅いテンポのヴァージョンは他には聴いたことがない。歌詞をひと言ずつ試すように歌う。サウンドもアコースティックに近づけ、ドラムスではなく、シェイカーだろうか。ギターはエレクトリックだが歌の間は終始アコースティックな音。その後のリフでいきなりエレクトリックなサウンドになり、ベースも大きく、ドラムスも入る。ガルシアがリフの変奏を展開してソロにする。前半の歌の部分では、崩れないぎりぎりの遅さに聞えるが、後半のエレクトリックの部分ではこれくらいゆっくりするのもなかなか良い。おそらくは、この頃はまだいろいろなテンポを実際に演奏して試し、適切なものを探っていたのだろう。


4. 1987 Henry J. Kaiser Convention Center, Oakland, CA

 日曜日。17.5ドル。開演8時。マルディグラ祝賀3日連続のランの初日。

 第二部後半の〈Black Peter〉が良かったそうだ。そう、この歌は時々、妙に良くなる。これもまたユーモアの一種だろうか。


5. 1992 The Omni, Atlanta, GA

 日曜日。開演7時半。このヴェニュー3日連続のランの初日。(ゆ)


0211日・金

 『SFが読みたい! 2022年版』所載の海外篇ベストSF2021で、あたしが訳した『時の他に敵なし』が第6位に入った、というので、初めて買ってみる。

SFが読みたい!2022年版
早川書房
2022-02-10

時の他に敵なし (竹書房文庫 び 3-1)
マイクル・ビショップ
竹書房
2021-05-31


 どなたが、どのようにして選んでおられるのかも承知しないが、自分の仕事がこうして認められるのは嬉しい。何はともあれ、ありがとうございます。そして、これを機に少しでも売れますように。

 このリストでは内田さんの訳された『時の子供たち』が2位に入ってもいて、これまためでたい。

時の子供たち 上 (竹書房文庫)
エイドリアン・チャイコフスキー
竹書房
2021-08-02






時の子供たち (下) (竹書房文庫 ち 1-2)
エイドリアン・チャイコフスキー
竹書房
2021-07-16

 ベスト10のうち、この本の版元の早川のものが半数なのはまあそんなものだろうが、『時の他に敵なし』の版元、竹書房が2点、早川の他では唯一複数入っているのも、めでたい。Mさんの苦労も報われたというものだ。

 エイドリアン・チャイコフスキーも面白いものを書く人と思うので、評価されるのはめでたい。この人、ひと頃のシルヴァーバーグやディックなみに量産しているのも今どき珍しいし、虫好きで、これもそうだが、虫がたくさん出てくるのも面白い。動物との合体はSFFに多いが、虫との合体は、スターリングにちょっとあったくらいじゃないか。ディッシュの短篇に「ゴキブリ」という大傑作があるが、あれはむしろホラーだ。チャイコフスキーはもっと普通の話。出世作の十部作のファンタジーはキャラクターの祖先が虫で、祖先の虫が何かで部族が別れていたりする。だいたい、この人の名前がいい。チャイコフスキーは元々ポーランドの名前で、作曲家も祖先はポーランドの出身だそうだ。『ウィッチャー』で注目されるポーランドには、なんてったってレムがいるけど、『ウィッチャー』以外の今の書き手も読んでみたいものだ。

 レムと言えば、ジョナサン・レセムが先日 LRB に書いていたエッセイ、「レムを読んだ1年」はなかなか面白い。今年は無理だが、来年はレムを読むぞ、と思ったことではある。

 ぱらぱらやっていると、中国に続いて、韓国のSFも盛り上がっているのだそうだ。英語圏でも Yoon Ha Lee がいるし、E. Lily Yu も確かコリアン系ではなかったかと思う。中国系はやはりケン・リウの存在が大きい。今の中華系SFの盛り上がりはほとんど彼が独力で立ち上げたようなもんではある。

 アジア系ではサムトウ・スチャリトクルのタイが先行したけれど、やはり今世紀に入ってどっと出てきた感じがある。去年やらせてもらったアリエット・ド・ボダールのヴェトナムでは、Nghi Vo The Empress Of Salt And Fortune が今回ヒューゴーのノヴェラを獲った。あれは受賞して当然だし、やはり去年出した初の長篇 The Chosen And The Beautiful も面白かった。フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』を視点を換え、世界を少しずらしてゴシック・ファンタジーに仕立てなおした1篇で、実に見事な本歌取りになっている。元歌がフィッツジェラルドなので、一般読書界からも注目された。Washington Post Ron Charles は、こちらの方が話のつじつまが合うと言っていた。

 ヴェトナムは今のところ、もう一人 Violet Kupersmith も含めて、ファンタジー色が強いのも面白い。アリエットの「シュヤ」のシリーズにはサイエンス・フィクションもあるから、これから出てくることを期待する。



##本日のグレイトフル・デッド

 0211日には1966年から1989年まで6本のショウをしている。公式リリースは2本。


1. 1966 Youth Opportunities Center, Compton, CA%

 Watts Acid Test と呼ばれるイベントとされるが、アウズレィ・スタンリィの言葉だけで、明確な証拠はない。アシッド・テストに関するベアのコメントは信用性が低いことで知られる。このイベントのものとされているテープが存在するが、その憶測を支持する根拠は無い。


2. 1969 Fillmore East, New York, NY

 このヴェニュー2日連続の初日。《Fillmore East 2-11-69》で全体がリリースされた。

 ショウは Early Late の2本立てで、ともに1時間強。ジャニス・ジョプリンが自分のバンド、後に Kozmic Blues Band と呼ばれるバンドを率いての初のライヴで、デッドはその前座。デッドの演奏を見たジョプリンは、あたしたちが前座をするべきだね、と言ったと伝えられる。

 いろいろな意味で興味深いショウ。とりわけ、遅番ショウの冒頭の2曲〈Dupree's Diamond Blues〉〈Mountains Of The Moon〉をアコースティック仕立てでやっている。ガルシアはアコースティック・ギターで、後者の途中でエレクトリックに持ち替える。この年は原始デッド完成の時期だが、すでに次のアメリカーナ・デッドへの模索が始まっていたのだ。ともに演奏としては上の部類で、こういう仕立ても立派に成り立つと思わせる。ともに《Aoxomoxoa》収録。

 〈Dupree's Diamond Blues〉は19690124日にサンフランシスコで初演。0711日を最後に一度レパートリィから落ち、19771002日、ニューヨークで復活。1980年代を通じてぽつりぽつりと演奏され、最後は跳んで19941013日のマディソン・スクエア・ガーデン。計78回演奏。公けの初演の前日のリハーサルの録音が《Download Series, Vol. 12》に収録されている。

 〈Mountains Of The Moon〉は19681220日、ロサンゼルスで初演。19690712日、ニューヨークが最後。《Aoxomoxoa》の1971年リミックス版が出た時のインタヴューでガルシアは、この曲はお気に入りだと言っているが、結局トータル13回しか演奏されなかった。

 このショウの話題の一つは早番ショウの最後にピグペンが〈ヘイ・ジュード〉を歌っていることで、デッドとしての初演。オリジナルは前年8月にリリースされているから、カヴァーとしては早い方だろう。一聴すると、ひどくヘタに聞えるが、ピグペンは自分流に唄おうとしている、というより、かれ流にしか唄えないのだが、そのスタイルが楽曲とはどうにも合わない。おそらく自分でもそれはわかっているが、それでも唄いたかった、というのもわかる。ただ、やはりダメだと思い知ったのか、以後、長く封印され、1980年代半ばを過ぎてようやくブレント・ミドランドが持ち歌として、今度はショウの第二部の聴き所の一つとなる。

 デッドがジャニス・ジョプリンの新たな出発に立ち会うのはまことにふさわしいと思える一方、デッドはまたこういう歴史的場面に立ち会うような星周りの下にあったようでもある。DeadBase XI Bruce C. Cotton のレポートにあるように、当時、デッドはまだローカルな存在だったが、後からふり返るとそこにデッドがいたことで輝く瞬間に立ち合っている。North Face がサンフランシスコに開いた最初の路面店のオープニングで演奏しているように。

 もっともこのコットンのレポートはかなり脚色が入っている、あるいはその後の体験の読込みが入っているように思える。

 ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーはクィックシルヴァーやエアプレイン同様、サンフランシスコ・シーンの一員だが、この二つのメンバーがデッドのショウに参加することはあっても、ビッグ・ブラザーのメンバーは無かったようなのは、興味深い。

 まったくの余談だが、ジョプリンがビッグ・ブラザーを離れたことには、ビッグ・ブラザー以外の誰もが喜んだように見える。自分たちの音楽によほど自信があったのか、音楽的な冒険をすることに臆病だったのか、理由はわからないが、すでにできあがったスタイルに固執していて、それがジョプリンの可能性の展開を抑えていたという印象がぬぐえない。一方でその頑固さがジョプリンの保護膜にもなっていたとも見える。


3. 1970 Fillmore East, New York, NY

 このヴェニュー3本連続のランの初日。日曜日までフィルモア・ウェストで3日連続をやり、月火と2日置いてニューヨークで3日間、20日から4日間テキサスを回り、3日置いてサンフランシスコのファミリー・ドッグ・アト・ザ・グレイト・ハイウェイで3日連続と、まさに東奔西走。

 これも8時の早番と 11時半の遅番の2本立てで、3.504.505.50ドルの3種。オールマン・ブラザーズとラヴが共演。

 早番のオープナー〈Black Peter〉が2012年の、遅番の2曲目〈Cumberland Blues〉が2021年の、アンコール〈Uncle John's Band〉が2010年と2013年の、各々《30 Days Of Dead》でリリースされた。

 遅番の〈Dark Star〉にラヴの Arther Lee がパーカッションで参加。ピーター・グリーンとデュアン・オールマンも参加したらしい。〈Turn On Your Livelight〉にグレッグ・オールマンがオルガンとヴォーカルで、ベリー・オークリィがベースで参加。ダニー・カーワンも入っていたらしい。

 アンコールはアコースティック・ギター1本とヴォーカルだけで、なかなか良い演奏。

 オールマン・ブラザーズ・バンドがツイン・ドラムスの形を採用したのはデッドの影響、というのはどこかで誰かが証明していないか。フィルモアのライヴでも顕著な長いジャムやスペーシーな即興もデッドの影響だと言ってもおかしくはない。



4. 1979 Kiel Auditorium, St. Louis, MO

 このヴェニューでは、昨年のビッグ・ボックス・セット《Listen To The River》でリリースされた19731030日以来久々のお目見え。セント・ルイスでは19770515日に演っている。年初以来のツアーの最後。あともう1本、17日にオークランドでショウをして、ガチョー夫妻はバンドを離れる。


5. 1986 Henry J. Kaiser Convention Center, Oakland, CA

 16ドル。開演8時。このヴェニュー5本連続の中日。ネヴィル・ブラザーズ前座。さらに、第二部のオープナー〈Iko Iko〉〈Eyes Of The World〉とそれに続く Drums、さらに3曲のアンコールにも参加。

 ミッキー・ハートの招きでジョセフ・キャンペルがこのショウを見にきて、「デュオニソスの儀式、バッカスの宴そのままだ」と述べたと伝えられる。


6. 1989 Great Western Forum, Inglewood, CA

 開演8時。このヴェニュー3日連続の中日。第二部 Drums にアイアート・モレイラが、Space の後の〈Eyes Of The World〉にアイアート&ダイアナ・モレイラとフローラ・プリムが参加。年頭から5本目にして、ようやくエンジンがかかってきたようだ。(ゆ)


1230日・木

 The Complete Chronicles Of Conan, Centenary Edition 着。ハワードの書いたコナンものを、未発表の原稿、草稿、断片にいたるまで原形のまま集成。ハワード生誕百周年記念版。早速編者 Stephen Jones の後記を一読。友人のホフマン・プライスが語るハワードのエピソードが面白く、無気味でもある。ホフマン・プライスとその新妻を乗せて車を運転していた時、不意にスピードを落とした。道端にちょっとした茂みが見えていた。助手席のホフマン・プライス越しにドア・ポケットから拳銃をとりだし、構えてちらりとあたりを見回し、ピストルを戻してまたスピードを上げた。

「まさかそんなことはないと思うが念のためだ。自分のように敵が多い人間はいつも用心していないといけない。味方でない者は敵だ」

 こういう感覚は母親が醸成したものだったのだろうか。

 この解説のネタになっている Weird Tales の表紙を描いた Margaret Brundage、ハワードの高校の教師 Novalyne Price Ellis の存在も興味深い。Brundage の絵は出来不出来が激しいが、良いものは時代を超えている。


 


 ということで、今年もおつきあいいただき、まことにありがとうございました。

 ##本日のグレイトフル・デッドは1年一周するまで続きます。来年はいよいよ腰を据えてデッドを聴く予定。他のことをする余裕はおそらく無いでしょう。手許にある公式リリースされたショウのアーカイブ音源は現在トータル760時間強。毎日3時間聴いて250日超。公式以外にも聴きたい、聴かねばならぬものはたくさんあります。幸い、デッドのショウはいくら聴いても飽きるということがありません。というよりも、聴けば聴くほどもっと聴きたくなります。本当に良い音楽とはそういうものではあります。

 植草甚一がジャズについて書いた最初の文章は「ジャズを聴いた600時間」でした。あたしもまずは「グレイトフル・デッドを聴いて1000時間」を目指すことになりましょう。植草がジャズを聴きだした年齡からは20年ほど遅れていますが、人間の器からすればそんなものです。あれほどアメリカ文化に精通した植草もわからなかったデッドに、還暦過ぎてハマるのも、ひとつの縁ではあります。もっとも、ライヴのアーカイブ録音がこれだけ出なければ、あたしにしても、やはりわからないままではあったでしょう。植草にしても、アメリカ文化の全部をわかっていたわけではなかった。1人の人間にそれは無理です。一方で今グレイトフル・デッドを相手にすることは、アメリカの文化全体を相手にすることでもあります。

 とまれ、デッドにならって、ノンシャランと真剣にまいるといたしましょう。


 という舌の根も乾かぬうちに、正月はマーティン・ヘイズの回想録を読まねばなりません。いや、面白い。


 では、皆さま、よいお年をお迎えください。



##本日のグレイトフル・デッド

 1230日には1966年から1991年まで16本のショウをしている。この数字は28日に続く3番目。公式リリースは3本。


01. 1966 Fillmore Auditorium, San Francisco, CA

 2日連続の年越しショウ1日目。ジファーソン・エアプレイン、クィックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスとデッドという顔ぶれ。2.50ドル。午後9時〜午前2時とチケットにある。セット・リスト不明。


02. 1967 Psychedelic Supermarket, Boston, MA

 前日に続く2日目。この年最後のショウ。この2日間のショウはもともとは12-08/09 に予定されていた。

 かくて、ファースト・アルバムを出し、ロバート・ハンター、ミッキー・ハートが加わった、バンドとしての本格的な始動の年が暮れる。


03. 1969 Boston Tea Party, Boston, MA

 大晦日に向けての3日連続のランの中日。


04. 1977 Winterland, San Francisco, CA

 大晦日に向けての4本連続のランの3本目。第二部3曲目〈Estimated Prophet〉からクローザー〈Sugar Magnolia〉までが《Dick’s Picks, Vol. 10》でリリースされた。

 見事な演奏だが、とりわけ〈Estimated Prophet〉のガルシアのソロが尋常でない。時折りガルシアの演奏を他の全員がサポートする、通常のジャズのような形になることがある、その一つだけれど、このソロはキャリア全体を通じてもベストの一つ。〈St. Stephen〉はこの曲の最後から2番目の演奏。最後の演奏は翌年の大晦日。


05. 1978 Pauley Pavilion, University of California, Los Angeles, CA

 前売8.50ドル、当日10ドル。開演7時半。とりわけ第二部が良い由。


06. 1979 Oakland Auditorium, Oakland, CA

 大晦日に向けての5本連続のランの4本目。

 このショウでは廊下で踊る連中のために外にもスピーカーが備えられた。第二部 Space のすぐ後の〈Truckin'〉の最中、ダンスがあまりに激しく、床が抜けた。ビル・グレアム・プレゼンツのスタッフはたちまち修理し、翌日行ってみると真新しいコンクリートの表面に「〈Truckin'〉の追憶のために」という趣旨のことばが彫ってあった。


07. 1980 Oakland Auditorium, Oakland, CA

 大晦日に向けての5本連続のランの4本目。


08. 1981 Oakland Auditorium, Oakland, CA

 大晦日に向けての5本連続のランの4本目。


09. 1982 Oakland Auditorium, Oakland, CA

 大晦日に向けての5本連続のランの4本目。13.30ドル。開演8時。エタ・ジェイムズとタワー・オヴ・パワーがアンコールで参加。


10. 1983 San Francisco Civic Center, San Francisco, CA

 大晦日に向けての4本連続のランの3本目。開演8時。オープナーの2曲〈Bertha > Greatest Story Ever Told〉が2018年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。

 〈Bertha〉の4:00直前から10秒ほど音が途切れる。なんらかの事故で音が入っていないらしい。もっとも良い AUD があれば今ならばつなぐのは可能なはず。"anymore" の繰返しは10回。GSET ではヴォーカルの裏でガルシアがすばらしいスライドを聴かせる。

 どちらも元気いっぱいの演奏で、オープナーでこれなら全体も良いにちがいない。いずれ全体のリリースを期待。


11. 1985 Oakland-Alameda County Coliseum Arena, Oakland, CA

 大晦日に向けて2日連続の初日。15ドル。開演8時。15ドル。開演8時。第二部オープナーの〈The Mighty Quinn (Quinn The Eskimo)〉が《Postcards Of The Hanging》でリリースされた。

 ガルシアの持ち歌で、デッドとしてはこれが初演。この後はアンコールで演奏されることが多い。ちなみにこの日のアンコールは〈It's All Over Now, Baby Blue〉。

 原曲は《The Basement Tapes》セッションの1曲で、その録音は《The Bootleg Series, Vol. 11: The Basement Tapes Complete》で初めて公式リリースされた。ディランの公式リリースとしては《Self Portrait》でのワイト島フェスティヴァルでのライヴ録音が初出。


12. 1986 Henry J. Kaiser Convention Center, Oakland, CA,

 大晦日に向けての4本連続のランの3本目。開演8時。ネヴィル・ブラザーズが前座。第二部にも参加した由。 Drums にハムザ・エル・ディンが参加。

 この年、コリシアムはヒューイ・ルイスが押えたために、ビル・グレアムはこの年越しランをずっと狭いこのヴェニューにせざるをえなかった。


13. 1987 Oakland-Alameda County Coliseum Arena, Oakland, CA

 大晦日に向けての4本連続のランの3本目。17.50ドル。開演7時。


14. 1989 Oakland-Alameda County Coliseum Arena, Oakland, CA

 大晦日に向けての4本連続のランの3本目。20ドル。開演7時。


15. 1990 Oakland-Alameda County Coliseum Arena, Oakland, CA

 大晦日に向けての4本連続のランの3本目。22.50ドル。開演7時。ブルース・ホーンスビィ参加。第一部クローザーは彼の〈Valley Road〉。


16. 1991 Oakland-Alameda County Coliseum Arena, Oakland, CA

 大晦日に向けての4本連続のランの3本目。23.50ドル。開演7時。第二部半ば Drums に先立つジャムから Drums にアイアート・モレイラが参加。(ゆ)


12月23日・木

 昨日は調子が悪く、とっとと寝る。掛布団を1枚増やしたら、朝にはなんとか回復。やはり、掛布団が足らずに体が冷えたらしい。足らないと寒くて寝つけないのだが、寝つけることは寝つけたが、朝になると調子が悪く、だんだんひどくなった。明け方に冷えたのか。ちょっとしたことで不調になるのは年のせいであらふ。

 ラティーナ編集部にベスト・アルバム2021の原稿を送付。もうそんなに新譜を追いかけていないので、今年は書けないかと思ったら、案外買っていて、やはり選ぶのに苦労する。

 ムアコック、Duke Elric 着。タイトル作は聞いた覚えがないと思ったら、1997年のグラフィック・ノヴェルの台本だった。これに加えて Moonbeams and Roses The Metatemporal Detective と合わせて、Michael Moorcock's Multiverse というグラフィック・ノヴェルとして、1997-98年に12冊のコミックスになった。DC/Vertigo で1冊にまとめられている。ISFDB によれば、3本の別々の話が平行して進み、最後にきちんとまとまるという。となると、読んでみたい。Duke Elric の台本だけ、たまたま残っていたのか。もちろん、絵師や編集者向けのもので、一般読者を想定して書かれてはいないが、絵と並べて読むとまた面白いだろう。

 ゼンハイザーがコンシューマー向けオーディオファイル製品の製造をアイルランドに集約するという話。昔持っていた HD-25は確か箱に Made in Ireland と入っていて、そこはかとなく嬉しくなったものだが、うーむ、だからといってゼンハイザーを買うかと言われると、へへへと笑うしかない。いや、別にゼンハイザーが悪いわけじゃない。立派なものだ。ただ、立派すぎて、今更面白みがないだけなのだ。すれっからしになってしまったということなんだろうけど、他とはここが違う、ここがウリだ、という突破口がないと、ちょいと聞いてみようかい、という衝動がわいてこない。業界標準でもあるし、一つくらい持っていてもと思ったりしないわけじゃないが、HD414があればいいや、という結論にいつもなる。414の現代版が出たらまた話は別だが、今のゼンハイザーはそんなことは考えもしないだろう。414の無線版? それは、出たら買うだろうなあ。



##本日のグレイトフル・デッド

 1223日には1966年から1970年まで3本のショウをしている。公式リリース無し。


1. 1966 Avalon Ballroom, San Francisco, CA

 2日連続出演の1日目。開演9時。共演スティーヴ・ミラー・ブルーズ・バンド、モビー・グレープ。セット・リスト不明。

 スティーヴ・ミラー・ブルーズ・バンドはスティーヴ・ミラーが音楽活動を始めた時の名前で、この年、デビューしている。翌年のチャック・ベリーの《Live At The Fillmore Auditorium》でバックを勤め、さらに翌1968年スティーヴ・ミラー・バンド名義でファースト《Children Of The Future》を出す。

 ベリーのライヴでは手堅いサポートをしている。ミラーのハーモニカがなかなかいい。白状するとチャック・ベリーの録音をまともに聴くのは初めてなのだが、なるほど、すごい。このアルバム、All Music では星2つ半だけど、どこが悪いのだろう。見事なブルーズをやってる、とあたしには聞える。もっとロックンロールをやれということか。〈C. C. Rider〉とか〈It Hurts Me Too〉とか〈Good Morning Little School Girl〉とか、デッドもやっている曲が入っているのも楽しい。この辺はブルーズのスタンダードなのね。

 スティーヴ・ミラー・バンドとしてのファーストの方はまるでサイケ。時代がもうちょっとずれていれば、プログレといってもいい。デッドのセカンド、サードの流れ。しかも、片面全部ひとつながりで、一種の組曲。これがあれだけポップになるんだから、時代の流れに敏感ということか。

 モビー・グレープもこの年デビュー。モビー・グレープが「悪魔との契約」をしたとき 、ニール・ヤングが同じ部屋にいて、終始無言、うつむいてギターを弾いていた、というのは運命の岐路の一つと見える。モビー・グレープはついておらず、ヤングはついていた。それともヤングには人を見る目があった、というべきか。


2. 1967 Palm Gardens, New York, NY

 このヴェニュー3日連続の中日。


3. 1970 Winterland Arena, San Francisco, CA

 Montessori School のためのチャリティでアコースティック・デッド、ホット・ツナ、ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ出演とアナウンスされていた。セット・リストには内容の異なるものが複数ある。最後にレシュがサンキュー、メリー・クリスマスといい、続いてガルシアがベア(アウズレィ・スタンリィ)の保釈に協力してくれた礼を言う。

 モンテッソーリ学校というのは、マリア・モンテッソーリというイタリアの精神科医の考案した外薀轡好謄爐世修Δ澄「子どもたちは生まれながらにして知ることを強く求めているもので、思慮深く用意された支援的な学習環境の中であれば、自発的に学び始める力を持っていると捉える。モンテッソーリ教育法は子どもたちを身体面、社会面、情緒面、認知面で発達させることを目指す」とウィキペディアにはある。アメリカでは全土で公立学校でもプログラムが導入されている由。(ゆ)


 安田さんからマーガレット・ワイス『レイストリン戦記』1・2をいただく。



 

 『ドラゴンランス』で最も人気のあるレイストリンの幼少期から青年期の入口の話。『戦記』の始まる直前の、例の「上位魔法の塔」での大審問の内容も明らかになる。『ドラゴンランス』のファンなら、まあ読まずにはいられまい。

 原書はワイスが単独で書いた Raistlin Chronicles の第1巻 The Soulforge, 1998 で、第2巻の Brothers In Arms, 1999 も続いて出るそうだ。

 『ドラゴンランス』の本篇、『戦記』『伝説』『魂の戦争』はマーガレット・ワイスとトレイシー・ヒックマンの共作だが、どちらかというとワイスの方が小説家の役割のようだ。ヒックマンはゲーム・デザインなどの仕事もしているが、ワイスはほぼ作家専業で、最近まで小説を出している。

 昨年年末にワイスとヒックマンが『ドラゴンランス』の版権所有者の Wizards of the Coast を訴えた、というニュースが Locus に出ていた。『ドラゴンランス』の新しい三部作をペンギンから出す企画が持ちあがり、WOTC の承認も得て、第一部の原稿を出版社に送ったところで、WOTC が突然承認を取り消し、企画を潰しにかかってきたので、堪忍袋の緒を切らしたものだ。ワイス&ヒックマン側の主張では、問題はこの新三部作そのものにあるのではなく、WOTC が他の方面で人種差別的言動をしたり、問題のある首切りをしたりして批難されたことに対する過剰反応のとばっちりを喰った、ということのようだ。その後、どうなったのか、続報は無いのだが、この2人が書く『ドラゴンランス』なら、誰しも読みたいところだろう。

 ワイス&ヒックマンは『ドラゴンランス』以外にもいろいろ書いていて、気になるものもいくつかあるが、『ドラゴンランス』そのものも、まだきちんと最後まで読んでいないので、なかなか取りかかれない。

 一方で、今年の春頃、急にムアコックのエルリックものが気になって、ゴランツ版を買いあつめた。先日の荷物整理でようやく、頭の方の巻が出てきて、あらためてニール・ゲイマンの緒言を読んでみると、The Jade Man's Eyes という中篇に触れている。これは The Sailor On The Seas Of Fate の原型になるそうで、ゴランツ版には入っていない。しかし、ゲイマンがここまで言うなら、原型といえども読んでみたくなる。実際、邦訳も別に出ている。

 ISFDB によると2008年に Del Rey/Ballantine から出た Chronicles Of The Last Emperor Of Melnibone というシリーズに入っている。さらにこのシリーズの第4巻 Duke Elric 第6巻 Swords And Roses の巻に入っているものの一部はゴランツ版に収録が無い。どうにも気になって、結局3冊とも注文してしまう。

 さて、しかし、心をおちつけて、エルリックものを読めるのはいつの日か。

 そう、レイストリンもエルリックの数多い子孫の1人、あるいはエルリックの転生した姿の一つではある。


##本日のグレイトフル・デッド

 1205日には1969年から1992年まで5本のショウをしている。公式リリースは1本。


1. 1969 Fillmore West, San Francisco, CA

 4日連続2日目。約1時間半強の一本勝負。

 翌日のオルタモントのショウについて、ウィアやガルシアがコメントしていたそうな。


2. 1971 Felt Forum, Madison Square Garden, New York, NY

 4日連続2日目。アンコールを除いてFM放送された。

 〈Dark Star〉が「異様」、こんなのは他に無い、と Mike Dolgushkin DeadBase XI で書いている。これにはブートがあるので聴いてみると、12-01と同じく〈Me and My Uncle〉がはさみ込まれている。これも面白いが、その後のフリー・リズムのジャムがいい。とはいえ、この曲はいかようにもなるのだ、この曲でならどんなことが起きようとOKなのだ。ということを、あらためて思い知らされる。デッドはこの曲を演奏しながらデッドになっていった、というのがあたしの見立てだが、どんな実験も呑みこんで、面白いものにしてしまう懐の深さがこの曲にはある。しかもこの即興はジャズの即興とはまた違う。いわゆるフリー・ミュージックでもない。ロックの即興ではさらに無い。混沌とした中に、しなやかに、しぶとく、筋が通っている。長いジャムになる曲は他にもいくつもあるし、各々に面白いのだが、この曲の持つ「原初」の感覚、いつもことがそもそもの初めから新たに始まる感覚はユニークだ。


3. 1979 Uptown Theatre, Chicago, IL

 3日連続の最終日。第二部オープナー〈Shakedown Street〉が2019年の、4・5曲目〈He's Gone> The Other One〉が今年の《30 Days Of Dead》で各々リリースされた。どちらもすばらしい演奏。第二部がことさらに良かったらしい。


4. 1981 Market Square Arena, Indianapolis, IN

 開演8時。セット・リスト以外の他の情報無し。


5. 1992 Compton Terrace Amphitheatre, Chandler, AZ

 24.50ドル。開演午後2時。チャンドラーはフェニックス南東の郊外の街。DeadBase XI Sharon & Bill Weisman のレポートによれば、この日と翌日の2日とも良いショウだった。この日はウェルニクの両親が本人の後ろで見ていた由。前日金曜日はアメリカの西半分は嵐で、このカップルは土砂降りの雨の中、バーバンクを飛びたち、やはり土砂降りの雨の中、アリゾナに降りたっている。この頃になると、ある便の乗客の大部分がデッドヘッドということもありえた。フェニックスの空港は Phoenix Sky Harbor というシャレた名前がついている。デンバーから来た人びとは欠航と道路閉鎖で結局この日には間に合わなかった。(ゆ)


1201日・水

 上京したので、新宿・京王地下の Paul でバタールを買って帰る。パン・ド・ミがあるので、それも買う。パン・ド・ミはさすがにまっとうだが、コペに比べてそれほど違うとも思えない。しかし、バタールは他の国産のパン屋のものとは全然別物。ここは小麦粉からしてフランスから持ってきているそうだが、それだけではないんだろう。


 Library of America のブラッドベリの巻が刊行になり、記念して、編者へのインタヴュー LOA のサイトに出ている。

 この記事で初めて知ったことに、『火星年代記』のダブルディの初版からは除かれた話が2篇あった。除いたのは著者自身だが、本が出た直後、この削除を後悔して、戻そうとした。つまり全体では短篇17篇とブリッジ11篇になるはずなのだが、そう簡単にはこの本来の形では出ず、錯綜した事情の末、これまでにこの形で出ているのはごく少数。最も普及しているバンタムのマスマーケット・ペーパーバック版はダブルディの初版のまま。除かれたうちの一篇 "The Fire Balloons" は『刺青の男』に収録。もう一篇 "The Wilderness" は『太陽の黄金の林檎』に収録。邦訳『火星年代記』は初版のまま。LOA版では The Martian Chronicles に上記2篇が復活された形で収録。

 『火星年代記』も『刺青の男』も『太陽の黄金の林檎』も読んでいるが、この2篇はまったく覚えていない。『火星年代記』の一環として読めば、また読み方も変わってこよう。全体の姿も変わるかもしれない。この際、原語で読むべし。いや、しかし、ブラッドベリをこの前、最後に読んだのはいつだろう。ひょっとすると半世紀前か。いやいや、そんなことはないはずだ。。

 加えて今回の巻末にはひどく面白そうなエッセイ、それもファンジンやパンフレットに載ったものが数本集められてもいて、これを読むためだけにでも買う価値はありそうだ。

 それにしてもここに引用されている、第二次世界大戦直後のアメリカの「恐怖の文化」についての描写は、COVID-19 とりわけ、今回のオミクロン株に対する「恐怖」にもまさに恐しいほどぴたりとあてはまっている。



 Charlie Jane Anders の中短篇集 Even Greater Mistakes が珍しくもメジャーから出る。中短篇集がメジャーから出るのが珍しいので、昨今では中短篇集は Small Beer Press Subterranean Press のような専門の小版元からしか出なくなってきているから、これは応援する価値がある、注文しようとアマゾンで検索すると、そのすぐ下に Tui T. Sutherland という人の本が出てきて、3,000近い評価で星5つになっている。Scholastic から出ているジュヴナイル・ファンタジーのシリーズ Wings of Fire の最新刊で、若いドラゴンたちが主人公。著者はベネズエラ生まれ、パラグアイ、フロリダ、ドミニカなどに住んだ後、ニュー・ジャージーで高校に入る。母親はニュージーランド出身。という経歴がまず面白い。Tui というのはニュージーランド特産の鳥の名前。エリマキミツスイと総称される鳥の一種、だそうだ。ということで、第1巻 The Dragonet Prophecy の古書を注文。このシリーズ、2012年からの9年で14冊というハイペース。Netflix がワーナーとアニメ化するという。邦訳は無いようだ。

Even Greater Mistakes
Jane Anders, Charlie
Titan Books Ltd
2021-11-09

The Dragonet Prophecy (Wings of Fire)
Sutherland, Tui T.
Scholastic
2014-07-03


 mora qualitas のサービス終了。利用していないので知らないが、mora 本家で売れてるアニソンなどは聞けなかったのかしらん。それとも、アニソンのファンは高音質ストリーミングに興味が無いのか。それとも、結局ソニーお抱えのミュージシャンだけでは、Tidal Qobuz に対抗できないと判断したのか。そういえば、ストリーマなどストリーミング対応機器でも、TidalQobuz,Roon は当然として、Deezer はまだしも、mora qualitas が入ってますというのは見た覚えがなかったねえ。結局ガラバゴス化して、絶滅への道を歩んだのかな。というのは下司の勘繰りだけど、今の時代、何であれ、ガラパゴス化すると、結局絶滅するしかないんだろうね。アナログ時代からちゃんと続いてるものは別なんだろうけど、デジタルものではとりわけね。



##本日のグレイトフル・デッド

 1201日には1966年から1994年まで6本のショウをしている。公式リリースは無し。


1. 1966 The Matrix, San Francisco, CA

 このヴェニュー4日連続の3日目。


2. 1968 Grande Ballroom, Detroit, MI

 ポスターによると前日はブラッド・スエット&ティアーズが出ている。この日は Popcorn Blizzard が前座。

 Popcorn Blizzard はシンガーの Meat Loaf 本名 Marvin Lee Aday が最初に在籍して名を挙げたバンドとして知られる。1967年、ロサンゼルスでドラマーの Pete Woodman が結成。ベース、ギター、キーボードとシンガーの5人編成。


3. 1971 Boston Music Hall, Boston, MA

 ピグペンとキース・ガチョーが共に出た初めてのショウ。

 第二部で〈That's It for the Other One〉に〈Me and My Uncle〉が編みこまれたヴァージョンは、他にちょっと例が無く、どちらの曲にとっても特筆大書すべき出来、と DeadBase XI John W. Scott が書いている。


4. 1973 Boston Music Hall, Boston, MA

 このヴェニュー3日連続の中日。《Dick's Picks, Vol. 14》はこの前日と翌日のショウからのピックアップだが、なぜか採録されなかったこの中日も両日に劣るものではないそうだ。

 第二部の初めで、消防の規則にしたがえ、通路に立つなと、バンド・メンバーが聴衆に何度も呼びかけた由。


5. 1979 Stanley Theatre, Pittsburgh, PA

 セット・リスト以外の情報無し。


6. 1994 McNichols Arena, Denver, CO

 第一部クローザー前の〈When I Paint My Masterpiece〉でウィアはアコースティック・ギター。

 セット・リスト以外の他の情報無し。(ゆ)


1127日・土

 赤帽を頼んで、書庫に積みあがった本と雑誌を倉庫に運びこむ。軽トラ一杯350キロ。ようやく身を置く空間ができる。運びきれなかった本がまだ少し積みあがっているが、文庫や邦書は処分しよう。

 リビングに置きっぱなしだった可動式のテーブルと椅子、暖房器具を運び、オーディオ一式を移す。もともとは実家を畳んだ時、処分する気になれなかった本を運びこんだのが発端だった。紆余曲折を経て、いよいよわが家に老夫婦2人で暮すとなると、やはり一部屋足りなくなる。調べると家の近くの倉庫は2階だが、これまで借りていた駅近に比べて広さは倍で賃料は半額。これは移転するしかない。ということで、これでやっと息がつける。しかし、本もCDも、そして最近再びレコードも増えつづける。死ぬまで増えつづけるだろう。死んだらみなゴミになるとわかっていても、やめられない。

 Victoria Goddard, In The Company Of Gentlemen を読む。The Red Company ものの独立の中篇。The Bride Of The Blue Wind の主役の1人、アヴラマプル姉妹の次女で戦士のパリが登場する。感服する。これまたまったく違うスタイルとテーマ。なぜか、ひどく励まされる。これは刊行順では少し先になるので、間に出ている Bee Sting Cake; Whiskeyjack; Stone Speaks To Stone を公式サイトで購入。Greenwing & Dart シリーズの#2#3#1.5。ここまで読むと刊行順では次は The Hands Of The Emperor なのだが、それに行くか、Greenwing & Dart のシリーズを先まで読んでから、もどるか。しかし、いよいよ中毒になってきたけしき。

 公式サイトで購入すると電子版の種類を選べる。CAD でアマゾンより安い。著者の取り分も多いはず。
 


##本日のグレイトフル・デッド

 1127日には1968年と1970年の2本のショウをしている。公式リリースは無し。


1. 1968 Kinetic Playground, Chicago, IL

 2日連続のショウの1日目。プロコル・ハルムとテリー・リードが共演。プロコル・ハルムが先に演る。前座という形では無かったようだ。二部形式だったが、セット・リストははっきりしない。聴衆は2日とも200ほど。

 会場は1968年4月に The Electric Theater としてオープンしたナイト・クラブ。建物は1928年に建てられ、ダンス・ホールやスケート・リンクなどになったこともある。同年8月に Kinetic Playground に改名。ニューヨークの The Electric Circus に訴えられたため。

 ここでは当時メジャーなロック・バンドやミュージシャンたちが軒並み出ている。このショウが掲載された11月のポスターにはモビー・グレープ、エア・アパレント、スペンサー・デイヴィス、キャンド・ヒート、ムーディ・ブルース、チャールズ・ロイド、クリアデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル、ブルー・チアー、ティム・バックリーの名がある。12月の予告として、アイアン・バタフライ、ディープ・パープル、マディ・ウォーターズ、バディ・マイルズ・エクスプレスが挙げられている。196911月初め、ボヤを出して閉鎖された。後、場所を変えて短期間復活した。

 デッドはここではこの時が最初の出演。以後1969年7月5日まで8回ショウをしている。うち1969年4月25日のショウの2曲目〈Doin' That Rag〉が2016年と2018年の《30 Days Of Dead》で、翌26日のショウの半分ほどが《Dick's Picks, Vol. 26》で、アンコールの1曲〈Viola Lee Blues〉が《Fallout From The Phil Zone》で、各々リリースされた。


2. 1970 The Syndrome, Chicago, IL

 開演8時。ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ前座。セット・リストは一部。

 会場は Chicago Collesium が自由席のロック・コンサート会場として使用される際の呼称。197010月から1971年3月まで、この名称が時折り使用された。施設そのものは民主党、共和党の全国大会が開かれるレベルのサイズと設備を備えていた。1971年3月、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで行われたモハメド・アリ対ジョー・フレイザーの一戦の有料パブリック・ヴューイングが機材の故障で試合が始まる前に中止となったため、怒った観衆が暴動を起こす。その損害で施設は閉鎖された。 

 デッドがここで演奏したのはこの時のみで、翌年3月19日に予定されていたショウは上記の理由からキャンセルとなった。

 ちなみにこのヴェニューでの最後のコンサートは暴動後唯一行われた3月12日のジェイムズ・テイラー&キャロル・キング。記憶に残るものだったそうな。(ゆ)


1126日・金

 TEAC UD-701N。どうしてこれにプレーヤー機能をつけないのだろう。ハード・ディスクやメモリを積む必要はない。SDカード・スロットを付ければいいだけのことだ。それが、そんなに音質に関わるのだろうか。iFi iDSD Pro にはあるではないか。Shanling EM5 も。


 Victoria Goddard, The Bride of the Blue Wind を読了。こりゃあ、すばらしい。Stargazy Pie とはまったく違うスタイル。叙事詩的。文章も詩のように作る。古くから伝わる伝承物語の雰囲気。3篇読んで全部スタイルが異なり、それぞれに面白さがあり、読ませる。読まされる。ちょっととんでもない書き手ではないか。他の作家の小説も間に入れて読むつもりだったが、次々に読んでしまいそうだ。


Stargazy Pie: Greenwing & Dart Book One (English Edition)
Goddard, Victoria
Underhill Books
2016-01-24



##本日のグレイトフル・デッド

 1126日には1972年から1982年まで3本のショウをしている。公式リリースは無し。


1. 1972 San Antonio Civic Auditorium, San Antonio, TX

 セット・リスト以外の情報無し。


2. 1980 Sportatorium, Pembroke Pines, FL

 9ドル。開演8時。

 これ以外の情報無し。


3. 1982 Bob Marley Performing Arts Center, Montego Bay, Jamaica

 Jamaica World Music Festival。3日連続のうち、中日のトリ。開場5時。開演7時。ポスターによる出演者。

11/25

Beach Boys

Aretha Franklin

Squeeze

Stacy Lattisaw

Skeeter Davis

Toots & The Maytals

Black Uhuru


11/26

Grateful Dead

B-52s

Joe Jackson

Gladys Knight & The Pips

Ronnie Milsap

Jimmy Cliff

Peter Tosh


11/27

Rick James

The Clash

Jimmy Buffett

English Beat

Bobby & The Midnites

Yellowman

Rita Marley & The Melody Makers


 デッドがステージに上がったのは午前3時。第二部を始めて間もなく夜明けが近くなり、日の出とともに〈Fire on the Mountain〉を始めた。全体としてレゲエやスカのビートに乗せた演奏が多いそうだ。フェスティヴァル全体が撮影されているが、ビデオはリリースされていない。(ゆ)


11月02日・火
 久しぶりに C. S. E. Cooney のサイトを見たら、来年予定の新刊が2冊出ていて、アマゾンで予約する。1冊めは Mythic Delirium からの中篇集 Dark Breakers。初めの2篇 The Breaker Queen The Two Paupers は当然だが、第三部の Desdemona And The Deep Tor.com からだから当然ここには入らない。代わりに書下しが3篇。楽しみだ。来年2月。

Dark Breakers
Cooney, C S E
Mythic Delirium Books
2022-02-15


 もう1冊は Solaris からの長篇 Saint Death's Daughter で、Saint Death シリーズの第1巻。624頁は彼女のこれまでの最大の話だ。来年4月。いや、これも楽しみだ。

Saint Death's Daughter (1) (Saint Death Series)
Cooney, C. S. E.
Solaris
2022-04-12

 

 そう、 C. S. E. Cooney はあたしの身の丈に一番近いかもしれない。なぜか惹かれて、すいすいと読みつづけられる。どれもこれも面白い。壮大なエピック・ファンタジィでもないし、主人公も世界の命運を背負って頑張るわけでもない。いわば箱庭的な話。ドメスティック・ファンタジー。しかし、かれらのふるまいの行方はどこかずっと深いところにつながっている、気がする。この人の場合、遙か彼方ではなく、深く潜ってゆく。

 この人の語りには楽天的、イージーゴーイングな性格があるからか。時にコミカルになっても、シリアスにはならない。いや、シリアスなシーンでも深刻ではない。シリアスな口調のものもある。捕えようによってはかなり深刻な話だが、やはりとことん陰々滅々にはならない。基本的にはどれもハッピーエンド。あからさまなハッピーエンドにならないものでも、読後感はさわやか。

 それは慎重に計算された、あるいは研ぎすまされた感性で刻みこまれた楽天性で、華麗きわまる語りと精細にからみあっている。だから、話はシンプルなのだが、内容は登場人物たちの感情の起伏、からみあい、綾が濃厚な劇を形作る。それも常に一定の濃度なのではなく、そのシーン、話の中の位置にふさわしい濃度を測っている。ある時は濃厚に、ある時はあっさりと、ちょうどいい匙加減で語られる。その結果、読者は物語との距離を適切にとることができる。むしろ、否応なく適切な距離をとらされる。どっぷりと漬かりこむのでもなく、クールにつきはなすのでもない。この人の話を次から次へと読みたくなるという欲求が不自然ではなく、ほどよく湧いてくる。憑かれたように、読まずにはいられないと強迫観念にかられるのではなく、気がつくとなんとなく手にとって読んでいる。そして読めばとことん楽しい。そう、これもどこかわが国の少女マンガに通底するところがある。誰といわれるとちょっと困るが、このコミカルなところは萩尾望都の初期作品を連想する。

 Dark Breaker のシリーズは作品の世界や語られていることの深みがぐんと増して、シリアスの度合いが増す一方で、コミカルな姿勢がいい具合に軽みを帯びてきた。Desdemona は傑作だが、この新たな書下しがどうなるか。

 Saint Death's Daughter は新しい世界か、あるいは彼女がずっと書いている無名の世界での別の話か。


Bird Song; Jack Straw; 1989-10-12, Meadowlands Arena, East Rutherford , NJ; 20:39

 30 Days Day 1。このショウ前半の最後。これは凄い。やはりこの時期はノっている。全員が活き活きと演奏している。やっていて楽しくてしかたがないのがよくわかる。Bird Song でガルシアが MIDI で音を変えまくる。録音もいい。Jack Straw もいい。キレのいいところとリリカルにぼかすところのメリハリが効いている。即興部分のミドランドのピアノとドラムスが飛んでいる。


##本日のグレイトフル・デッド

 1102日には1969年から1985年まで、5本のショウをしている。公式リリースは1本。


1. 1969 Family Dog at the Great Highway, San Francisco, CA

 2.50ドル。開演8時半。約1時間半の一本勝負。〈Dark Star〉の凄い時期のひとつ、といわれる。


2. 1977 Seneca College Field House, Toronto, ON

 前半最後の3曲と後半の後半からアンコールまでが《Dick’s Picks, Vol. 34》で、前半7曲と後半5・6曲目の〈Scarlet Begonias> Fire on the Mountain〉が《Dave’s Picks, Vol. 12》で、それに後半4曲目が2015年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。後半初めの3曲以外、全体の4分の3がリリースされたことになる。

 確かに良いショウだ。こんな分割リリースにしなければいいのに。


3. 1979 Nassau Veterans Memorial Coliseum, Uniondale, NY

 10.50ドル。開演8時。非常に良いショウの由。

 会場はニューヨーク周辺でデッドが最も多く演奏した会場の一つ。多目的屋内アリーナで NHL のニューヨーク・アイランダーズの本拠。かつては NBA のニューヨーク・ネッツも本拠としていた。コンサートでの収容人数は15,000

 デッドはここで1973-03-15から1994-03-28まで42本のショウをしている。名演を多く生んだヴェニューで、うち10本が公式リリースされ、6本は完全版。これもいずれ公式リリースされるか。


4. 1984 Berkeley Community Theatre, Berkeley, CA

 このヴェニュー6本連続の5本目。開演7時半。このレジデンス公演の中でベストのショウの由。


5. 1985 Richmond Coliseum, Richmond, VA

 2日連続の2日目。開演7時半。前日に勝るとも劣らないショウの由。〈Drums〉の途中で、建物の共鳴周波数の音をたまたま出したので、建物全体が音をたてたそうな。(ゆ)


1029日・金

 あたしは知らなかった。Tor.com で Victoria Goddard を強力に推薦する Alexandra Rowland の記事で知った。自分にぴったりとハマった書き手に遭遇し、これにどっぷりとハマるのは確かに無上の歓びに違いない。その歓びを率直にヴィヴィッドに伝え、読む気にさせる見事な文章だ。しかもネタバレをほぼ一切していない。

 わかった、あんたのその見事な推薦文に応えて、読んでみようじゃないか。

 ちょと調べるとヴィクトリア・ゴダードはまたしてもカナダ人。そしてまたしても自己出版のみ。生年は明かしていない。トロントの生まれ育ちらしい。好きで影響を受けた作家として挙げているのはパトリシア・マッキリップ、コニー・ウィリス、ロイス・マクマスター・ビジョルド。この3人とニール・ゲイマンの Stardust の中間を目指す、という。

 刊行は電子版が基本で、紙版はアマゾンのオンデマンド印刷製本で、相対的に高い。

 2014年4月以来、これまでに長短20本の作品を出している。長篇7本、ノヴェラ6本、短篇6本。短篇の一部を集めた短篇集が1冊。今年年末に長篇が1冊出る予定で、来年出る長篇も1冊決まっている。大部分は Nine Worlds と作者が呼ぶ世界の話。これに属さない短篇が3本。

 最初は短篇を3本出し、2014年7月に初めての長篇を出す。2016年1月の Stargazy Pie から Nine Worlds の中心となる Greenwing & Dart のシリーズが始まる。2018年9月、900頁のこれまでのところ最大の長篇 The Hands Of The Emperor で決定的な人気を得る。アレックス・ロゥランドもこの本に出会って、ゴダードにハマりこんだ。来年出るのはこれの続篇だそうだ。ロゥランドの Tor.com の記事でも、著者のサイトの読む順番のページでも、この本をまず読め、と言う。

 あたしはへそ曲がりだし、基本的に刊行順に読むのが好みでもあるので、201411月に出たノヴェラ The Tower at the Edge of the World から読むことにした。もっともロゥランドはこれもエントリー・ポイントの一つとして挙げているし、著者サイトには話の時間軸ではこれが最初になるとあるから、それほど突拍子のない選択でもない。まだ頭だけだが、文字通り世界の果てに立つ塔で、何ひとつ不満もなく、儀式と祈りと勉強の日々を過ごしていた少年の世界に、ある日、ふとしたことから波風が立ちはじめる。ゆったりと、あわてず急がない語りには手応えがある。

 ここから Starpazy Pie、そして The Sisters of Anramapul の第一作 The Bride Of The Blue Wind と進めば、Nine Worlds 宇宙の中心をなすシリーズ3つのオープニングを読むことになる。


 それにしても、この人も ISFDB には、この Starpazy Pie だけがリストアップされている。それも8人の自己出版作家の長篇を集めたオムニバスの一部としてだ。自己出版は数が多すぎて、とてもカヴァーしきれないのだろうが、いささか困った事態だ。


 自己出版のもう一つの欠点としては、図書館に入らないことがある。ロゥランドの記事のコメントでも、地元の図書館には何も無いというのがあった。


 ところで自分にぴったりとハマる書き手に遭遇したことがあったろうか、と振り返ると、部分的一時的にはそう感じることはあっても、ある作家の作品全体というのはなかった気がする。全著作を読んだ、というのは宮崎市定だけだから、そういう書き手はやはりいなかっただろう。宮崎はとにかく喰らいついていったので、とても自分にハマるなどとは感じられなかった。相手の器の方が大きすぎる。

 そう考えるとあたしの小さな器にぴったりハマるような書き手はつまらんということになる。ぴったりハマってなおかつ読むに値すると感じるためには、己の器も相応に大きくなくてはならない。それには、ロゥランドのように自分もしっかり書いている必要がありそうだ。ただ読むのが身の丈に合っている、というのでは器の大小というよりは形が異なるんじゃないか。自分は結局読むしか能がない、と言いきったのは篠田一士だが、あれくらい読めれば読むだけでも何でもハマる器になれるかもしれない。あたしも読むしか能はないのだが、しかし、その読むのもなかなかできない。かくてツンドクがまた増える。



##本日のグレイトフル・デッド

 1029日には1968年から1985年まで6本のショウをしている。公式リリースは4本。うち完全版2本。


1. 1968 The Matrix, San Francisco, CA

 ピグペンとウィアが「未熟なふるまい」のためにこの時期外されていたため、このショウは Mickey and the Hartbeats の名で行われた。San Francisco Chronicle のラルフ・グリーソンによる "on the town" コラムでは Jerry Garcia & Friends とされている。

 演奏はジャム主体でラフなものだったらしい。1曲エルヴィン・ビショップが参加。


2. 1971 Allen Theatre, Cleveland, OH

 会場は1920年代に映画館として建てられた施設で、キャパは2,500。この時期、映画が小さな小屋で上映されるようになり、このサイズの映画館がコンサート向けに使われるようになっていたらしい。内装は建築された時代を反映して、金ぴかだが、楽屋などは当然ながら貧弱だった。ただ、座席はずらしてあり、視野が邪魔されなかった。

 ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジが前座。ガルシアはペダルスティールで参加。長いショウで終演は真夜中をかなり過ぎていた。 WNCR FM放送された。

 この日、デュアン・オールマンが死去。


3. 1973 Kiel Auditorium, St. Louis, MO

 このヴェニュー2日連続の1日目。全体が《Listen To The River》でリリースされた。3ヶ所 AUD が挿入されている。テープの損傷か。特に〈El Paso〉は全曲 AUD。使われた AUD の音質は良く、全体がしっかり聞える。〈Eye of the World〉はベスト・ヴァージョンの一つ。


4. 1977 Evans Field House, Northern Illinois University, DeKalb, IL

 8ドル。開演8時。全体が《Dave's Picks, Vol. 33》でリリースされた。


5. 1980 Radio City Music Hall, New York, NY

 8本連続の6本目。第二部5・6曲目〈Candyman> Little Red Rooster〉が《Dead Set》でリリースされた。

 どちらもすばらしい。〈Candyman〉ではガルシアのギターが尋常ではない。この人が乗った時のギターは尋常ではないが、その中でも尋常ではない。〈Little Red Rooster〉ではウィアのヴォーカルがいい。どちらもかなり遅いテンポであるのもいい。


6. 1985 Fox Theatre, Atlanta, GA

 このヴェニュー2日目。前半短かいが、後半はすばらしかったそうだ。(ゆ)


10月13日・水

 図書館から借りてきたヤコブ・ヴェゲリウス『サリー・ジョーンズの伝説』を読む。すばらしい。『曲芸師ハリドン』は文章主体で絵はあくまでも挿絵だったが、こちらは絵と文章が半々。グラフィック・ノヴェルに分類されるものだろう。長さからいえば、グラフィック・ノヴェラだ。

サリー・ジョーンズの伝説 (世界傑作童話シリーズ)
ヤコブ・ヴェゲリウス
福音館書店
2013-06-15


 主人公が並外れたゴリラ、という以外はリアリズムに徹する手法がいい。絵もいい。デフォルメのバランスがとれていて、ユーモラスでもあり、シビアでもある。感情を描かず、起きるできごとを坦々と語ってゆく語り口もいい。リアリズムである一方で、荒唐無稽寸前でもあって、文字通り波瀾万丈、それをもの静かな語り口が支える。この誇張のバランスもまたよくとれている。舞台がイスタンブールやシンガポールやボルネオなど、いわば文明の中心地からは外れたところであるのも新鮮。アメリカには行くけれども、サンフランシスコとニューヨークの港だけ。

 サリー・ジョーンズは娘なのだが、ゴリラであるだけでジェンダーが消える。名前からして女性であるとわかるはずだが、誰もそのことを指摘したり、それによって差別したりはしない。オランウータンのババの性別は記されない。

 まだ、飛行機の無い時代。第一次世界大戦前。船が万能だった時代。それにしてもディテールがまた深い。シンガポールとマカッサルを往復、周回する航路は、おそらく実際に栄えていただろう。

 ラスト、サリー・ジョーンズは故郷にもどり、かつての仲間たちと再会する。けれども、そこにずっと留まることもできない。オランウータンのババとは異なり、サリー・ジョーンズは人間世界で生きてゆく技術に卓越してしまった。それはまたサリー・ジョーンズの性格をも変えている。ゴリラの世界で生きていくだけでは、生きている喜びを感じられない。生きのびるために変わったのだが、一度変化した者はもとにはもどれない。

 チーフもサリー・ジョーンズも、金を稼ぐのは使うためだ。使う目的があり、そのためにカネを作る。金とは本来、このように使うものだ。稼いでから、何に使おうか考えるのではない。稼ぐことそのものを楽しむのはまた別だ。

 ここには道徳は無い。生きるために道徳は要らない。心に深い傷を負ったものにも、道徳は要らない。泥棒から盗むのは罪か、考えることは無意味だ。

 サリー・ジョーンズは学ぶのが好きだ。何かを学んで、できなかったことができるようになることが面白い。盗みの技術も蒸気船の機関を扱う技術も、学べる技術であることでは同じだ。

 サーカスのシーンでハリドンがカメオ出演している。

 こうなると、サリー・ジョーンズを探偵役に据えた次の長篇は実に楽しみになってきた。


##本日のグレイトフル・デッド

 1013日は1968年から1994年まで、6本のショウをしている。公式リリースは3本。


1. 1968 Avalon Ballroom, San Francisco, CA

 前半冒頭から3曲〈Dark Star> Saint Stephen> The Eleven〉が2019年の《30 Days Of Dead》で、後半のオープナー〈That's It for the Other One〉の組曲が2016年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。判明しているのは前半4曲、後半5曲なので、半分以上がリリースされたことになる。全体で65分であったらしい。

 ピグペンは不在だが、ウィアはいる。

 ジミヘンがやってきて、演奏に加われるんじゃないかと思っていたらしい。しかし、ジミヘンは前の晩、ソーサリートのヘリポートでデッドとクィックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスに待ちぼうけをくらわしていたので、ステージには呼ばれなかった。

 〈The Eleven〉の後ろが切れているのが惜しい。演奏はいい。〈That's It for the Other One〉を聴いても、全体像を何らかの形でリリースしてほしい。〈Dark Star〉はパーカッションがほとんどギロだけで通し、ドラムスが無いのが一種超越的な感覚を生む。この頃は、バンド全員の即興であることがよくわかる。1990年代になると、他のメンバーがガルシアを盛りたてる形になる。全員が対等の即興ではなくなる。この時期のルーズで、かつ緊密にからみあった、スリル満点の演奏の方を評価したくなる気持ちはよくわかる。


2. 1980 Warfield Theater, San Francisco, CA

 第一部3曲目〈El Paso〉、7曲目〈The Race Is On〉が《Reckoning》で、第二部〈Sugaree〉が2010年の《30 Days Of Dead》で、4曲目〈C C Rider〉、6・7曲目〈Lazy Lightnin'> Supplication〉が《Dead Set》でリリースされた。どちらも2004年の拡大版に初出。

 2010年の《30 Days Of Dead》は持っていない。

 〈El Paso〉ではウィアがずっと歌いつづける後ろでガルシアがいろいろなことをやる。〈C C Rider〉はゆったりしたブルーズ・ナンバー。ガルシアがやはりウィアのヴォーカルの後ろで茶々を入れるのが粋。ミドランドのハモンド・ソロもシャープで、ガルシアがこれに応じる。〈Lazy Lightnin'> Supplication〉、前者では "My lightnin', too" のコール&レスポンスが長い。


3. 1981 Walter Koebel Halle, Russelsheim, West Germany

 この年二度目のヨーロッパ・ツアー8本目。アンコールはストーンズの〈(I Can't Get No) Satisfaction〉だが、あまりに面白かったので、ウィアが今のはレーガンに捧げる、と言った由。


4. 1989 NBC Studios, New York, NY

 正式のショウには数えられない。ガルシアとウィアが Late Night with David Letterman に出演、番組のハウス・バンド The World's Most Dangerous Band をバックにスモーキー・ロビンソンの〈I Second That Emotion〉を演奏した。1番をガルシア、2番をウィアが歌った。レターマンがロシア当時はソ連遠征の可能性について、どれくらいあちらにいるつもりかと訊ねるとガルシアは「出してもらえるまでさ」。以上、DeadBase XI John J. Wood のレポートによる。


5. 1990 Ice Stadium, Stockholm, Sweden

 最後のヨーロッパ・ツアー初日。ここから統一後初のドイツ、フランス、イングランドと回る。夜7時半開演。良いショウではあるが、ややラフだったというレポートもある。ガルシアが食べたマリファナ入りブラウニーが強烈だった、という説もあり、時差ボケだという説もある。


6. 1994 Madison Square Garden, NY

 6本連続の初日。前半6曲目〈Dupree's Diamond Blues〉が2015年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。ガルシアはご機嫌で、これは良いショウだったろう。少なくとも前半は。ここではウェルニクのピアノがよく働いている。

 ジミー・ペイジとロバート・プラントが前半途中まで見ていた、という報告があるが、真偽のほどは不明。(ゆ)


1012日・火

 久しぶりに中野に徃き、時間があったのでタコシェに入る。panpanya の単行本が揃っているのに嬉しくなる。そうだ、この人がいたのだ。『楽園』編集長の飯田からデビュー作『蟹に誘われて』を教えられて、面白かった。その頃、東急・田園都市線沿線に住んでいたから、妙にねじれたリアリティもあった。久しぶりの再会で、最新刊『おむすびの転がる町』を買う。それと気になる絵のついたハードカヴァーを平積みしてある。イラスト原画の展示もしている。ついつい買ってしまう。宮田珠巳『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』。絵は網代幸介。版元、大福書林は聞き慣れない。後でサイトを見ると、なるほど変わった本を出している。ここもマイクロ版元で、買切りでやっているのか、カヴァーはない。





##本日のグレイトフル・デッド

 1012日は1968年から1989年まで6本のショウをしている。公式リリースは2本、うち完全版1本。


1. 1968 Avalon Ballroom, San Francisco, CA

 3本連続の中日。前半3曲目の〈St. Stephen〉が2015年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。

 この時期、ウィアとピグペンをメンバーから外す話がレシュから出ていて、このアヴァロン・ボールルームの3日間にピグペンは不在。しかしこのショウは初期デッドのベストの1本と言われる。


2. 1977 Manor Downs, Austin, TX

 予約5ドル、当日6ドル。午後5時開場、午後7時開演。雨天決行。このチケットは珍しく開場時間が書いてある。

 ジョニー・ウィンターが前座で、デッドのステージにも殘り、ガルシアとソロをやりあった由。


3. 1981 Olympia Halle, Munich, West Germany

 1年に2度めのヨーロッパ・ツアー。25マルク。良いショウだった由。


4. 1983 Madison Square Garden, New York , NY

 前日に続く2日目。さらに良かったそうだ。


5. 1984 Augusta Civic Center, Augusta, ME

 このヴェニュー2日連続の2日目。どちらも良いショウだったそうだが、こちらの方が《30 Trips Around The Sun》の1本としてリリースされた。12.50ドル。午後8時開演。


 この年、デッドは64本のコンサートを行い、125曲を演奏した。主なツアーは3つ。春の中西部、東部、南部(14日間)。夏の西部、中西部、カナダ、西部(22日間)。秋の北東部(17日間)。新曲はいずれもミドランドの〈Don't Need Love〉と〈Tons Of Steel〉。またミドランドがトラフィックの〈Dear Mr Fantasy〉をとりあげ、以後、ショウのハイライトのひとつになる。

 ビジネス面では2つ、動きがあった。1つは Rex Foundation の設立。もう1つは Taper's Section の設置。

 前者はダニィ・リフキンの発案による自前のチャリティ財団で、バンド・メンバー、東西のプロモーターのビル・グレアムとジョン・シェール、著名なデッドヘッドでプロ・バスケットボールのスター、ビル・ウォルトンなどが評議員となり、コンサートの収益から5,000から10,000ドルを様々な団体、個人に寄付する。間に入るものを省くことで、相手に確実にカネが渡るようにした。

 後者は1027日、Berkeley Community Theatre でのショウから導入された。音響コントロール、サウンドボード席の直後にテーパー用の席を設けた。サウンドボードの前にテーパーたちのマイクが林立してエンジニアの視界を遮ることを防ぐことと、他の客たちとの軋轢を防ぐため。

 どちらもデッドが創始したイノベーションではある。こうした決定は全社会議と呼ばれる、バンド・メンバー、クルー、スタッフが集まる会議で決定される。議長はふつうレシュが勤めた。

 人事面でもひとつ動きがあった。ロック・スカリーが過度の飲酒でクビになった。かれはメディア担当も兼ねていたので、その不在は人気が高まっていたデッドのメディアとの関係に悪影響をおよぼすことがスタッフから指摘され、ガルシアの推薦で Dennis McNally が専任として加わった。マクナリーはここから始まるパブリシストとしての体験をも大いに組み込んで後に初の信頼できるバンドの伝記を書くことになる。


 この年、レーガンが大統領に再選されたことは、デッドとその世界にとっては悪いニュースだった。レーガンはあらゆる点でデッドの対極にいたからだ。しかしそのことがデッドの人気を高めるひとつの要因にもなった。ショウの中は外部世界からの避難所としての役割を増した。デッドとは無関係にレーガンの標榜するアメリカに反発する人は多く、その一部がデッドを「発見」してゆく。デッド世界への圧力はそれまでより高まった。バンドへのプレッシャーは内外から大きくなる。その大部分はガルシアにかかることになる。それに耐えるため、ドラッグの使用量が増える。しかし、音楽面では同じプレッシャーは演奏をドライブし、エネルギーを与え、この年秋のツアーは70年代後半以来のベストとも言われた。


 この会場では1979年秋とこの84年秋の合計3回演奏している。公式リリースは今回が初めて。ここは多目的ホールを中心とした複合施設で、メイン・ホールの収容人数は6,777。地元の大学、高校のスポーツをはじめとする競技会が主な使用目的。コンサートにもよく使われているようで、1977年春、プレスリーも公演している。同じ年の夏、ここでの再演が予定されていた前日に死去が発表された。1996年秋、シカゴ・ブルズのスター、デニス・ロドマンがパール・ジャムのコンサートに来てクライマックスでステージにあがり、リード・シンガーのエディー・ヴェダーをおんぶしてステージを歩きまわった。ヴェダーはロドマンの背中でうたい続けた。

 メイン州オーガスタは州の南部、大西洋に近い人口2万弱の街。17世紀前半からヨーロッパ人が入植した。北緯42度線より緯度にして2度北。ボストンの北北東250キロ、インターステイト95号線沿いにある。こういうあまり人がいなさそうなところでコンサートがよく行われるのも面白い。

 実際、すばらしい出来で、まず選曲が異常。こういう通常のパターンからは外れた選曲の時は、ショウの出来も良いことが多い、とニコラス・メリウェザーは言う。演奏をやめたくない、という気持ちがひしひしと伝わってくる。デッドはとにかく演奏したかったのだ。とりわけこうしてノった時、「オンになった時」はそうだ。前半ラストの〈The Music Never Stopped〉も凄いが、後半2・3曲目〈Lost Sailor> Saint Of Circumstance〉の各々後半のジャムの高揚感には持っていかれる。

 〈Space〉はまずガルシアが入り、2つ3つの音を叩くようにしてドラムス、打楽器とからむ。だんだん他のメンバーが入ってきてのジャムがいい。やや軽みのある、蕪村のようなジャム。そして〈Playing In The Band はやはりなかなか本番へ移らない。そしてアカペラ・コーラスの後、また延々とジャムが続き、いつの間にか〈Uncle John's Band に移っている。切れ目なく、〈Morning Dew〉へと突入する。ガルシアのヴォーカルがいつになく良い。声がよく伸びる。この日はこれまでになくいきむが、それも様になっている。ギターも絶好調。この時期、サウンド・エンジニアの Dan Healy はヴォーカルにリヴァーヴをよくかける。この日はウィアが声を嗄らしていて、それをカヴァーする意味もあるのか、少なくとも3分の1は何らかの形でかけている。それが最も効果的なのもこの〈Dew〉。


6. 1989 Meadowlands Arena, East Rutherford , NJ

 午後7時半開演。これも良いショウだったそうだ。この頃になるとチケットの贋物問題が大きくなり、印刷にも様々な工夫がされるようになる。


10月07日・木

 デッドの《Listen To The River》ボックス・セット出荷通知。1週間ぐらいか。


 Pushkin Press からのニュースレターで、ヤコブ・ヴェゲリウス Jakob Wegelius というスウェーデンの作家を知る。調べると邦訳が2冊出ている。市の図書館にあったので予約する。

サリー・ジョーンズの伝説 (世界傑作童話シリーズ)
ヤコブ・ヴェゲリウス
福音館書店
2013-06-15

 で、このサリー・ジョーンズというゴリラが探偵役となって冒険する話が2014年に出て、英訳 The Murderer’s Ape が2018年に Pushkin から出た。どうやらこれは国際的なベストセラーとなったらしく、地元ではもちろん、ドイツ、フランスでも賞をとった。英語版も売れたのだろう。続篇 The False Rose が7月にハードカヴァーで出た。この最新作は著者のサイトにも出ていない。そりゃ、英語版の方が市場ははるかに大きいだろうから、先行発売するのは筋が通る。ヤコブ・ヴェゲリウスはプロのイラストレーターでもあって、自著も自分でイラストをつけている。サイトで見られる。

The Murderer's Ape
Wegelius, Jakob
Pushkin Children's Books
2018-09-06



The False Rose
Wegelius, Jakob
Pushkin Children's Books
2021-10-07



 DNB の今日のフリー配信の記事 Ann Bonny (1698-1782) , pirate はまことに面白い前半生を送っている。きょうびヘタなテレビ・ドラマでもここまではやらないというくらいあざといストーリー。
 コークに弁護士とその召使いの私生児として生まれ、当初男の子として育てられる。父親はこれがスキャンダルとなってコークにいられなくなり、愛人と娘を連れてサウス・カロライナへ逃げる。そこで商人として成功し、プランテーションを買う。が、娘のアンは20歳で文無しの水夫と結婚。父親は怒って勘当。アンは夫とバハマに行く。ここでアンは海賊の John Rackam に出逢い、夫と離別させられて、ラッカムの子どもを生む。産褥から起きると新しい夫の仲間に入る。ここにもう一人 Mary Read という3歳年上の女性が海賊に加わる。アンとメアリは親友となり、2人はラッカム一党でも最も獰猛なメンバーとなる。1720年9月5日、バハマの知事がラッカムの一党を「指名手配」。数週間後、ジャマイカで重武装の私掠船に一党は捕まる。裁判の末、男のメンバーは全員有罪となり処刑される。2人の女性も有罪となるが、ともに妊娠していると申し立てて刑の執行をまぬがれる。メアリの方は獄中で病死。アンはどうやら父親が救出し、サウス・カロライナへ連れもどす。1721年年末、アンは地元の男と結婚、8人の子どもをもうけ、84歳で立派な女性として死ぬ。
 サウス・カロライナへ戻ってからはほとんど記述が無いが、あるいは父親からプランテーションを受け継いで、族長として采配をふるったか。1719年から1720年までのほんの短期間だが、海賊としてローカルでは悪名が高かったらしい。そういう時代、地域だった、のか。北米、カリブ海はまだ植民地。統治する方もされる方も相当に荒かっただろう。こういう女性は記録には殘りにくいが、メアリの存在をみても、それほど珍しい存在ではなかったかとも思われる。この2人の場合は裁判の記録が残っている。



##1007日のグレイトフル・デッド

 1966年から1994年まで4本のショウ。公式リリースは2本。


1. 1966 Fillmore Auditorium, San Francisco, CA

 残っているチラシでは "Winterland" で2日間になっているが、こちらに移されて3日間になったらしい。共演はポール・バターフィールド・ブルーズ・バンド、ジェファーソン・エアプレイン。正確なセット・リストは無し。演奏された曲の一部のみ。

 DeadBase 50 によると、当時すでに Winterland はヴェニューとして存在していたが、このショウについては7日の San Francisco Chronicle 紙の Ralph Gleason のコラムがフィルモアで行われるとしている。同じページの "Datebook"欄にフィルモアで「今日から」の記載があり、ウィンターランドから変更になったと明記されている。この前の週にもビル・グレアムは、バターフィールド、エアプレイン、マディ・ウォーターズの公演をウィンターランドからフィルモアに移している。フィルモア周辺の人種暴動にひるまない姿勢を見せるための由。DeadBase Updates 026-027pp.

 このフィルモア・オーディトリアムはフィルモア・ウェストとは別にその前からグレアムがやっていた施設。収容人員1,100。ウィンターランドは5,400


2. 1977 University Arena, University Of New Mexico, Albuquerque, NM

 後半4曲目〈Passenger〉が2019年の《30 Days Of Dead》で、後半の後半 Drums の後の〈Iko Iko> The Wheel> Wharf Rat> Sugar Magnolia〉のメドレーが《Road Trips, Vol. 1, No. 2, Bonus Disc》でリリースされた。

 その前のアーカイヴ・シリーズ《Dick's Picks》が1本のショウを丸ごとリリースすることを基本としていたのに対し、《Road Trips》のシリーズは一連のラン、ツアーのうちのひと塊の精髄が味わえるように抜粋して組むことを基本とした。Vol. 1, No. 2 197710月のツアーのうち、11日オハイオ州ノーマン、14日ヒューストン、16日バトン・ルージュの各々のショウからの抜粋をCD2枚に収める。早く買うとボーナス・ディスクがついて、それにもこの3日間に加え、07日から選んだトラックが収められた。どうもこの《Road Trips》のシリーズはあまり売れなかったらしい。2008年に出た《Vol.. 1, No. 2》をあたしが買ったのは2015年だが、その時でもボーナス・ディスクが付いてきた。

 ともあれ、このメドレーが公式リリースされたのは喜ばしい。1977年はビークの年だが、その中でもこの演奏はピークの一つと言っていい。とりわけ、〈The Wheel〉のジャムがおちついて、ガルシアがポロンポロンとギターを弾きながら、次の曲が降りてくるのを待っているあたりからだ。この弾き方はそうとしか思えない。そしてやって来た〈Wharf Rat〉は、この歌のベスト・ヴァージョンと言い切りたい。

 この歌は3つのパートからなる組曲構造で、第一部の、どん底のホームレスの独白から、このままじゃ終らないよ、と言いだす第二部に移るあたりから、いつもとは様相が変わってくる。ドナが肩の力を抜いて歌うのがまずすばらしい。ライヴ休止期から復帰後の演奏の質が高くなるのは、この抑制の効いたドナの貢献も大きい。何かを貯めこんでいる気配が動いていて、そして第三部へと飛翔する。その後が凄い。この第三部はドンドンドンというマーチ風のビートが叩きこまれる、それが徐々に徐々に速くなる。加速はごくゆっくりだが止まらない。ゆっくりと歩いていたのが、走りだす寸前になったところで、ガルシアが下から上へ駆けあがるリフをくり返し、頂点に達する。まさに飛んでいる。やがてきっちりと降りてくると一息置いて、〈Sugar Magnolia〉。ここでも一見いつものように始まるが、歌が一度終ってからのガルシアのギターがどんどんと熱気を孕み、どこまでも昇ってゆくのに他のメンバーも引っぱられて盛り上がる。ブレイク後の Sunshine Daydream も、比較的静かに始まるが、コーラスの繰返しになってフルパワー。これはやはりこの年にしか聴けない。


3. 1980 Warfield Theater, San Francisco, CA

 オープナーの2曲〈Iko Iko〉と〈Dark Hollow〉が《Reckoning》で、第三部オープナーの〈Shakedown Street〉が《Dead Set》で、その次の〈Estimated Prophet〉が2010年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。最後のは持っていない。

 アコースティック版の〈Iko Iko〉が新鮮。ガルシアはアコースティック・ギターも巧いことは、《Before The Dead》を聴いても、ジェリィ・ガルシア・アコースティック・バンドや後のデヴィッド・グリスマンとの録音を聴いてもよくわかるが、この一連のレジデンス公演でのガルシアはどこか特別の感覚がある。〈Shakedown Street〉も決して悪くないが、アコースティック・セットの前に色褪せる。


4. 1994 The Spectrum, Philadelphia, PA

 3日連続最終日。前半はすばらしかったが、後半は息切れだったそうな。ボストン後半からのガルシアの好調がこの日の休憩中に切れたらしい。(ゆ)


1001日・金

 JOM Toner Quinn によるオ・リアダ没後50周年記念コンサートのレヴューはいろいろと興味深い。冒頭でクィンが批判しているオ・リアダの息子のパダーの愚痴は何を言いたいのかわからず、相手にする価値もないんじゃないかと思われるほどだが、50周年記念コンサートのレポートを読むと、クィンが嘆いている、オ・リアダから半世紀、何の進歩も無いじゃないかという愚痴と方向は同じようにも思える。確かに、没後50周年記念で、なんでキョールトリ・クーラン再編を聞かされにゃならんのだ、というのはわかる。やるのはかまわないにしても、それと並んで、それを発展継承した音楽こそが演奏されるべきだろう。それがこの場合、Crash Ensemble だけだった。というわけだ。
 

 もうひとつ、あたしとして興味深いのは、キョールトリ・クーランの再編にパディ・モローニが加わっていないことだ。ショーン・キーンとマイケル・タブリディ、パダー・マーシアは健在ぶりを示し、キーンはソロも披露してそれは堂々たるものだったそうだ。あるいはパダー・オ・リアダとパディが仲が悪い、というだけのことかもしれない。

 パディにしてみれば、オ・リアダの正当な後継者は自分だ、オ・リアダがめざしたことを実現したのは自分だ、と自負しているのではないか。パダーから見れば、オ・リアダの遺産を乗取って食いつぶしたことになるのだろう。あるいはパダーが嘆く「アイリッシュ・ミュージックの現状」はチーフテンズのやったことが主な対象にあるとも見える。

 どんなものにもプラスマイナスの両面があるのだから、両者の言い分はそれぞれに当っている。とはいえ、同じようなイベントが10周年、20周年、30周年、40周年にも行われた、というクィンの指摘も的を射ている。同じことをくり返すよりは、半歩でも先へ進む方が建設的だ。もっとも、パディも、半歩以上先に進もうとはついにしなかった。戦術としては正しかったかもしれないが、戦略としては自分で自分の首を締めていった。

 伝統音楽にしても、繁栄の裏には常に危機が進行している。わが世の春を謳歌するだけなら、早晩、ひっくり返される。繁栄しているときにこそ、地道な蓄積と、大胆な踏みはずしを忘れるべきでない。ということをオ・リアダは言っていたではないか、というのがクィンの言いたいことと察する。


 Tor.com の記事を読んで Roger Zelazny, A Night in the Lonesome October を注文。調べると、なんと竹書房から翻訳が2017年に出ていた。さすが。

虚ろなる十月の夜に (竹書房文庫)
ロジャー・ゼラズニィ
竹書房
2017-12-01


##1001日のグレイトフル・デッド

 1966年から1994年まで、8本のショウをしている。公式リリースは1本。

1. 1966 Commons, San Francisco State College, San Francisco, CA

 前日からトリップ・フェスティヴァルが続く。

2. 1967 Greek Theatre, University of California, Berkeley, CA

 Charles Lloyd, Bola Sete との「ポプリ」と題されたイベント。ポスターの写真がボヤけていてわかりづらいが、午後1時開演のようだ。

 ロイドは今や大長老だが、当時は若手ジャズ・サックス奏者として注目を浴びていた。珍しくロックとジャズの双方のリスナーに訴える力をもち、デッドとは何度もヴェニューを共にしている。ビーチ・ボーイズのバックに入ったり、アシッド・テストにも参加したりしている。

 セテ(1923-87)はブラジル出身のジャズ・ギタリスト。1962年、サンフランシスコのシェラトン・ホテルで演奏しているところをディジー・ガレスピーに見出されてブレイクする。

 こういう人たちと一緒にやらせると面白い、と当時のデッドはみなされていたわけだ。

 Greek Theatre という名のヴェニューはロサンゼルスのも有名だが、こちらは UCBA の付属施設。収容人員8,500のアンフィシアターで、1903年にオープン。卒業式などの大学関連のイベント、演劇、コンサートなどに使われている。国指定の史跡。

 デッドがここで演奏したのはこの日が初めてで、セット・リストは無し。ポスターの写真では、レシュとピグペンが前面に立ち、その後ろに少し離れて左からクロイツマン、その斜め後ろにガルシア、さらに後ろにウィアと並ぶ。翌年10月に2度めに出て、その次は飛んで1981年秋。以後1988年を除いて1989年まで毎年ここで演っている。計26回演奏。

3. 1969 Cafe Au Go Go, New York, NY

 3日連続最終日。この日も Early Late の2回、ショウをした、と DeabBase XI は言う。

4. 1976 Market Square Arena, Indianapolis, IN

 会場はバスケットで17,000人収容の屋内多目的アリーナで、1974年にオープン、1999年に閉鎖、2001年に取り壊された。デッドはここでこの日初めて演奏し、1979年、1981年の2回、演奏している。

 屋内アリーナとしては例外的に音響が良いそうな。この時はまだできて2年しか経っておらず、ロック・バンド(とされていた)のコンサートとしては時期が早く、警備もゆるかった由。

5. 1977 Paramount Theatre, Portland, OR

 2本連続の1本目。8.50ドル、夜7時半開演。アンコール無し。

 会場は1930年オープンの定員2,800弱のホールで、ポートランドの各オーケストラの本拠。当初は映画館。

 デッドはここで197207月、197606月とこの10月に各々2日連続のショウを行った。 

6. 1988 Shoreline Amphitheatre, Mountain View, CA

 3日連続の中日。

7. 1989 Shoreline Amphitheatre, Mountain View, CA

 3日連続最終日。

8. 1994 Boston Garden, Boston, MA

 6本連続の4本目。前半9曲目、最後から2番目の〈So Many Roads〉が2013年の《30 Days Of Dead》でリリースされた後、《30 Trips Around The Sun》の1本としてリリースされた。

 これがすばらしいショウで、ガルシアの調子さえ良ければ、こんなとんでもない音楽を生みだしていたのだ、と思い知らされる。思わずタラレバしてしまうが、こういう音楽を遺したことだけでも、デッドは讃えられるべし、とも思う。

 DeadBase XI Peter Lavezzoli は、1994年秋以降のデッドの全てのショウを見た者として、これがガルシアとデッド最後の1年にあってダントツでベストのショウと断言する。

 《30 Trips Around The Sun》を聴くかぎり、1990年春、1977年や1972年のピーク時のベストのショウに比べても遜色ない。見方によっては、それらをすら凌ごう。

 この時、翌年の同じ会場の6本連続がガルシアの死によってキャンセルになるなどとは、誰一人知る由もない。デッド健在を心底確信したデッドヘッドも多かったはずだ。これが最初のショウという人ももちろんいた。(ゆ)


9月13日・月

 図書館から借りた『楚辞』岩波文庫版は出たばかりの新訳新注だった。

楚辞 (岩波文庫)
岩波書店
2021-06-16






 パラパラやり、解説を読んでみれば、これはかなり面白い。「詩経」よりも面白そうだ。ちゃんと読んでみよう。漢文を習ったのは高校が最後だが、その頃は屈原は「離騒」の作者と教えられた。今はすっかり伝説の人になってしまった。「史記」列伝に記事があっても、他の文献にまったく出てこないし、決定的なのは「淮南子」にひと言も無いことだそうだ。聖徳太子も似たようなもんなんだが、あちらはまだ実在を信じている人が多い。

 楚は長江中流域の洞庭湖周辺のあたりをさす。黄河文明に対して長江文明の方が古いという話もあるくらいで、「詩経」に対して「楚辞」は南方文化の代表になるらしい。だいたい「離騒」が天上界遊行の話だとは今回初めて知った。高校の時習ったことで覚えてるのは、屈原がどこかの淵に身を投げて死んだということだけで、「離騒」はその遺書だと思っていた。とんでもない、古代中華ファンタジーではないか。

 グラント回想録へのサメトの注釈のウラを取ろうとしたら、瓢箪から駒が出た部類。しかもちょうど新訳新注が出るというのは、やはりシンクロニシティ、呼ばれているのだ。


##本日のグレイトフル・デッド

 9月13日には1981年から1993年まで5本のショウをしている。うち公式リリースは1本、1曲。


1. 1981 Greek Theatre, University of California, Berkeley, CA

 この会場3日連続最終日。アンコールの〈Brokendown Palace〉が良かったそうだ。このタイトルはスタインベックの Cannery Row(缶詰横丁) に出てくる、ホームレスたちが居座った大きな倉庫か納屋の呼び名が原典、というのを最近知る。福武文庫版の邦訳では「ドヤ御殿」。うーむむむむ。ハンガリー系の作家 Steven Brust Brokendown Palace という長篇がある。かれのファンタジー Dragaera Empire ドラーガラ帝国シリーズの1冊で、これだけ独立した別系統の話。ハンガリーの民話をベースにしながら、デッドの歌の歌詞が鏤められているそうな。地図に出ている地名はデッドの歌のタイトルのハンガリー語訳の由。ハンターとバーロゥも含め、デッドのメンバー全員一人ひとりに捧げられている。著者はドラマーでもあるので、クロイツマンとハートは別記。

キャナリー・ロウ―缶詰横町 (福武文庫)
ジョン・スタインベック
福武書店
1989-05T


Brokedown Palace (Vlad Taltos)
Brust, Steven
Orb Books
2006-09-05

 


2. 1983 Manor Downs, Austin, TX

 機器のトラブルがひどくて、まともな演奏に聞えなかったらしい。


3.1987 Capital Centre, Landover , MD

 同じヴェニュー3日連続の最終日。


4. 1991 Madison Square Garden, New York, NY

 9本連続の5本め。


5. 1993 The Spectrum, Philadelphia, PA

 後半8曲目、Space の後の〈Easy Answers〉が《Ready Or Not》に収録。この曲は Bob Bralove, Bob Weir, Vince Welnick & Rob Wasserman というクレジット。作曲に関ったためか、ウェルニクのソロもある。変わった曲で、しかも曲として仕上がっていないように聞える。この年の6月にデビュー、最後まで演奏されて44回。ライヴでもう少し変わったか。90年代デッドを象徴するようなところもある。

 ショウ全体はこの時期でベストの出来のひとつだったそうだが、この曲はショウの中で最低の出来のようで、どうしてこれを選んだのか、意図を疑う。《Ready Or Not》は90年代の良い演奏のサンプラーのはずだが。

 曲自体は Rob Wasserman のアルバム《Trio》用にウィアが書いた曲の一つで、この曲の3人目はニール・ヤング。ウィアが2曲書いたうちのこちらをワッサーマンは選んだそうだ。ニール・ヤングのギターとウィアのヴォーカルならそれなりに聴ける。(ゆ)

Ready Or Not
Grateful Dead
Rhino
2019-11-29


Trios by Rob Wasserman
Rob Wasserman
Grp Records


 翻訳作品集成サイトの雨宮さんが、『時の他に敵なし』をまったく読めない、とされているのに、ぎゃふんとなる。困ったことである。ビショップはマニアの好き心をくすぐる時もあるけれど、一方でSFFのマーケットの存在など忘れたように、その「約束ごと」に徹底的に背を向けることがある。これなどはその極北の例かもしれない。書き手のツボにははまるのだ、たぶん。こういう作品を書いてみたい、と思わせる。あるいは、こういうのは自分には書けないと思わせる。

 しかし、読み手にとっては要求するレベルが高い。サイエンス・フィクションの「約束ごと」の一つは、核になるアイデアは何らかの形で明瞭に示すことだ。最後に誰の目にもわかる形で提示することでカタルシスを与える、というのが典型的だ。次に多いのは冒頭ないし初めの方で提示しておいて、そこから生まれるドラマを描く。

 ところがここではそういうことをまったくやらない。時間旅行というアイデアは提示されるけれど、これは核になっているアイデアの片方の側面だけだ。もう一つの、裏の側面と合わせて初めて全体像が現れる。そして裏の側面の方は、意図的に隠されているわけではないけれど、巧妙に散らばされていて、あたしには再読してようやく見えはじめた。翻訳をやりながら、だんだんに見えてきて、ここがそうなら、そうか、あそこはこういうことか、いや、それならあっちにもあったぞ、と徐々につながってきた。再校ゲラで初めて、ああ、そういうことだったのか、とだいぶはっきりしたところまできた。まだ全部わかったという自信はない。1年くらいあけて読みかえしてみてどうなるか。とはいえ、わからなくても面白くないわけではなく、見えなかったことがだんだんに見えてくるそのプロセスはむしろスリリングだった。見えてみると、その記述の仕方はストーリーに溶けこんでいて、その巧さにまた唸った。

 あるいは読めないのは構成の複雑さからだろうか。この話は大きく2つ、主人公が過去に「実際に」旅立つまでと、旅立った先の過去での部分に分けられて、各々の章が交互に並ぶ。旅立つまでの部分の各章は時間軸に沿ってではなく、入り乱れて並んでいる。入り乱れていることにもちゃんと理由が述べられる。各章のタイトルに年号が記されているけれど、それだけではあたしは混乱してしまいそうだったから、作業用に目次を作った。原書には目次はなく、したがって訳書にも入れなかった。目次を作るという手間をかけるかどうかは読者の判断だろうし、手間をかけるのも楽しめる。それにひょっとすると、こういう構成をとったのには、読者を混乱させる意図もあるかもしれない。担当編集者のハートウェルと一緒に、綿密に確認したというのは、書き手自身も混乱してしまいそうになったことも示唆する。

 あたしはとにかく面白くてしかたがないのだが、どう伝えればこの面白さが伝わるか、困ってもいる。裏のアイデアは見つけるのが楽しい、自分で読み解いて初めて快感がわくので、明かしてしまってはそれこそネタバレで、興醒めもいいところだ。ヒントを出すのさえためらわれる。

 雨宮さんのコメントが困ったことなのはもう一つある。読めないのは話の問題ではなく、あたしの訳の問題であるかもしれないからだ。そうであるなら、訳としては失格だ。原文は読めないどころではない、すらすらと読める。むしろ最もすらすら読める文章の一つだ。それが読めないとすれば、日本語としてはOKでも、小説の邦訳としては落第なのかもしれない。どこをどう直せば読める翻訳になるのか、見当がつかないから、途方に暮れる。(ゆ)

時の他に敵なし (竹書房文庫 び 3-1)
マイクル・ビショップ
竹書房
2021-05-31


7月1日・金
 
 Centipide Press や Subterranean Press はモノはいいんだが、送料がバカ高くて困る。かれらのせいではないかもしれないが、本体とほぼ同じとか、本体より高い。PS Publishing も直販オンリーだが、イングランドは大英帝国の遺産で、送料は上がってきてはいるものの、相対的に安い。

fgm5


 ファファード&グレイ・マウザーの5冊めにして、唯一の長篇。本文は複数持っているが、今回これを買ったのは付録のため。オリジナルは1968年1月、Ace Books からペーパーバック・オリジナルとして出た。この時、Ace の編集者ウォルハイムの要請で、ライバーは「エロが過ぎる」とされた個所を削除した。その顛末を詳細に綴り、削除した部分も載せたのが "Sex and the Fantasist" で、1982年に Fantasy Newsletter に2回に分けて発表。今回はそれ以来初めて活字になった。初出誌は今さら手に入るはずもなし(こういうもの、国内で揃えてるヤツなんかいるのか)、これはまことにありがたい。それにしてもこのエッセイのシリーズ、全部ちゃんと読みたいぞ。Locus にライバーが長いこと連載していたエッセイのシリーズもまとまっていない。Locus がまだタイプ原稿を版下にしていた頃からだから、電子化もままならないか。

 ここにはさらに "The Mouser & Hisvet" なるセクションがあり、ISFDB にも記載が無い。Centipede の仕事は徹底していて、ヒューストン大学図書館所蔵のライバー関係書類の中にある Swords のオリジナル原稿にもあたったらしい。すると、上記エッセイで触れられているもの以外にも削除された部分があることが判明した。こちらはまとまった削除ではなく、分散しているので、それを含む8章と13章の各々の個所を削除されたテキストをゴチックで復刻して提示したもの。マウザーとヒスヴェットのラヴ・シーン。

 もう一つ、最後の "The Tale of the Grain Ships" は書き始めて途中で放棄した長篇の冒頭部分。大長編になるはずだったらしい。後1960年に名編集者シール・ゴールドスミスのために "Scylla's Daughter" として書きなおし、ウォルハイムの要請でこれをさらに加筆改訂して本書の長篇になる。この断片は New York Review of Science Fiction, 1977年5月号に発表されて以来の活字化。

 Centipede のこのシリーズは年1冊のペースだから、あと2年。付録に何が入るか楽しみではあるが、完結まで生きていられるか。(ゆ)
 

6月21日・月

“Copy the whole thing out again in long-hand.”
- Paul Theroux, author of Under the Wave at Waimea

があるのに嬉しくなる。たいていは逆だ。もっとも英語の場合、タイプないしキーボードと画面に向かって打つのがデフォルトだ。初稿を手書きで書く人は多くはない。しかし、別に小説や翻訳ではなくても、レコード評や書評やエッセイでも、試してみる価値はあるかもしれない。今や、あたしらだって、画面に向かってキーボードを打っている。

 これは一度書きあげてからブラッシュアップするための手法ではある。とにかく最後まで書きあげろ、とか、毎日書け、とかももちろんあるが、セルーのこれは初めて見た。

 言わずもがなではあるが、手書きは自分の肉体を使って一字一字書くことで文章に命を吹きこむためにやる、さらにこの場合には文章が生きているか確認するためにやるので、人に見せるためのものではない。作家の肉筆原稿を読んで喜ぶのは研究者ぐらいだ。


 むろん小説を書こうと思ったら、書く前にまず読まねばならない。このペンギンのサイトでも、とにかく「読め」とある。"You can only vomit what you eat." 創作とは、どんな形であれ、食べたものを口から吐くか、尻から出すか、どちらかで、どちらにしても、食べたものしか出てこない。出すには食べねばならない。

 吸収するのは活字からとは限らず、静止画でも動画でも音楽でも、あるいは味覚、嗅覚、触覚からでもいい。それらは蓄積されて材料になる。とはいうものの、最終的な産物が小説であるならば、活字を一番多く吸収することは必要なのだ。それこそ浴びるように、どっぷりと首まで、溺れそうになるくらいに小説に漬かることは必要なのだ。絵を描こうとすれば絵を見る、動画を造るのなら動画を見る、音楽を作ろうとすれば音楽を聴く、旨い料理を作ろうと思えば旨い料理を食べることが必要なのだ。証明はできないが、経験的にわかる。


 もう一つ。ドリトル先生が鸚鵡のポリネシアに語る言葉を敷衍した James Wood の How Fiction Works (2008) からの引用。

Literature differs from life in that life is amorphously full of detail, and rarely directs us toward it, whereas literature teaches us to notice. Literature makes us better noticers of life.

How Fiction Works
Wood, James
Vintage
2009-02-05



 ここで life は人生、暮し、日常をさすだろう。ファンタスティカは life から取り出したものを life の中ではありえない姿に変形して示す。変形することで人間以外の存在、人間がその一部でしかない環境まで視野を広げ、life の本質をより効果的に、より明確に示す。リアリズムよりもさらに良く life を気づかせる。それも、当人にはそうとは気づかせないままに。娯楽に逃避しているつもりで、実は現実が意識の奥に刻みこまれている。そこがまたファンタスティカの面白いところだ。(ゆ)
 

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