須貝さんのフルートの音は太い、とあらためて思う。こういうのには人格が出る。須貝さんは人間が太いのだ、きっと。その太さはMCにも出ていて、全体としてはのほほんとして押しつけがましくない。それでいて、押えるところはちゃんと押えている。駘蕩としていて、聴いているとこちらも朗らかになってくる。体の中が熱くなるよりも、底のほうからぽかぽかしてくる。
母親になったこと、お腹に赤ちゃんを抱えていることもまったく影響が無いとは言わないが、おそらく、もっと土台の、人間としての存在の部分が太いのだろう。もっとも、お腹の赤ちゃんが音楽にどれくらい影響があるのか無いのかは、興味深いところではある。人によっても違うだろうが、須貝さんの場合には、あるとしても良い影響のはずだし、たぶん逆も真だろう。
フルートは楽器の中でも人間の肉体と最も密接に結びついている。マラソンしているようなものです、と須貝さんも言う。同様のことはパイプの野口さんも言っていたし、それもまたむべなるかなではあるが、フルートやサックスのような、息を吹きこむ楽器は、生命と直結している。マット・モロイが肺の病気に気がついたのもフルートを吹いていたからだった。女性のサックス奏者から、基礎訓練で毎日腹筋千回やってましたと聞いたこともある。フルートは息がそのまま音になる。人となりが一番ストレートにはっきりと出るとも思える。
CDではハイトーンに移るときは、かなり明瞭に、ちょうど裏声になるようにぱっと切り替わって聞えるが、生で聴くとそれほどでもない。むしろ連続している。すうっと上がってゆくのは、ちょっと面白い。もっとも上がった先のハイトーンはやはり綺麗で、陶然とさせられる。前半ラストのスロー・エアからリールにつなげるメドレー、そしてアンコールでのハイトーンがすばらしい。
録音してから演奏を重ねているのだろう、CDからさらに良くなっている。〈Mother's Lullaby〉もアンコール前のスロー・エアも、CDよりもさらにテンポを落とす。ゆったりとしたタメがいい。そしてこういう曲のラストの余韻がきれいに消える。
余韻が消えるのがよくわかるのには、左右のサポート、左のアニーと右の梅田さんの配慮もあるらしい。CDでもそうだが、ライヴでも音は控え目にして、フルートの細かい息遣いや余韻を際立たせる配慮をしたそうだ。アンコールは na ba na から〈雨あがり〉をやるが、ここでは梅田さんのパープの音が急に大きくなった。
須貝さんは Toyota Ceili Band にも参加していて、それで鍛えられているのだろう、アップテンポのダンス・チューンでも安定している。どちらかというと、ジグの方が合っているように、あたしには聞える。後半冒頭の〈Bird's Tiara〉のメドレーがハイライト。
フルートをやっていると、たまには休みたくなるそうで、1曲、コンサティーナを演る。ここでは他の二人も楽器を換え、アニーはアコーディオン、梅田さんはホィッスルという編成の〈Planxty Irwin〉で、これがまた良い。そこからジグ、スリップ・ジグのメドレーでは、サポートはギターとハープにもどり、須貝さんはコンサティーナを弾きつづけて、やはりハイライトになる。須貝さんの演るジグがいいのだ。
前半に梅田コーナーがあり、スロー・エアの〈Lark in the Clear Air〉を独奏する。梅田さんのハープはユニゾンしたり、裏に回ったり、かなり多彩な演奏を聞かせる。後半、低いC管の時に、高域をキープするのがたまりまへん。
後半ではアニーが1曲うたう。いつものように〈夢のつづき〉で、須貝さんはこれを家でアカペラでノリノリのテンポでうたっていたそうだが、一度聴いてみたいものではある。この歌は生でも何回か聴いているが、やはりフルートの間奏がベスト。情感たっぷりのウェットな響きと、さっぱりとしたドライな手触りがよい具合にブレンドされている。
ラスト2曲はトシさんがバゥロンで加わる。さすがに帽子を飛ばしたりはしない。良かったのはラストで、ここではアニーがアコーディオンにまわり、フルートとユニゾンをする。どういうわけか、アコーディオンの響きがすばらしく滑らかで、気持ちいい。別に特別のことはしていないそうだが、この会場との相性だろうか。
会場の手紙舎は京王線・西調布の駅から歩いて5分ほどの、ふだんは1階がカフェ、2階はアパレルの店らしい。比較的天井が高く、アコースティックな楽器の響きが良い。この日は夕食付きで、ランチ・ボックスにグラタンの一種、パン三種、葡萄が数粒入っているものをいただく。滅法旨い。サイズは小さめに見えるが、あたしなどは結構おなか一杯になる。会場の後ろで、花屋さんが店を出している。これは特別の手配の由。結構珍しい花を扱っていたようだ。中藤さんが買った花束の花の名前を訊いているのを脇で聞くともなく聞いていたが、さっぱり知らないものばかりだった。調布ビールなるものを売っていたので、飲んでみる。これまたすこぶる旨い。アーモンドやピスタチオを大きく砕き、エジプト産の塩、クミン、コリアンダーとあえたものの壜詰があるので、買ってみる。またまた結構な味だ。香料が絶妙に効いている。
終って外に出ると、来るとき降っていた雨はあがって、空には仲秋の明月。わずかに雲がかかっているのか、ほのかにぼんやりしている。こういう月は、ライヴの後味を一層良くしてくれる。(ゆ)