あたしなんかもアイリッシュだけ聴くということができない。ふるさとにもどるのはいいもんだが、しばらくするとふるさとは飽きてくる。あたしは東京生まれの東京育ちで、ふるさとと言えるものを持っていないからなのかもしれない。とまれ、また旅に出て、聴いたことのない土地や人びとの聴いたことのない音楽を探索したくなる。

 大渕愛子さんがギターの大橋大哉さんと組んでいる 橙 Duo は大渕さんのアイリッシュ以外の音楽をやりたい欲求から生まれているらしい。上のような理由からこれには共感する。そしてそこから生まれている音楽にも共感する。

 ふるさとから離れても、ふるさとに似たもの、共通する要素のあるもの、共振するようなものを求めるものだ。つまりルーツ音楽、伝統音楽であって、こんにちどこにでもあるポップス、ヒップホップ、ロックを求めるわけではない。

 橙 Duo の音楽も、根っこにアイリッシュがあることが良い方に作用している。無理をしていない。無理矢理アイリッシュと対極になるようなことをしようとはしていない。音楽が歪まないのだ。

 大橋氏のギターはジャズやボサノヴァあたりがベースと覚しいが、神経が細やかだ。でしゃばらないが存在感はしっかりある。そういう点では長尾さんはじめアイリッシュのすぐれたギタリストに通じる。この存在感が主役を引き立たせるのだ。演劇や映画だって、主役だけがめだって、脇役はみな大根ではいいものになるはずがない。音楽ではそれ以上に脇役は大事だし、聴きようによっては主客は逆転する。デュオではとりわけ主客は流動する。それがデュオの面白さでもある。

 この日は実は中村大史さんがアコーディオンとブズーキで客演していたのだが、抑えに抑えた演奏で、あくまでも2人を立てていた。しかもかれが加わることで確実に音楽が豊饒になる。フィドルとユニゾンしたり、ドローンで支えるアコーディオンや小さく裏メロをかなでるブズーキが心憎い。こういうところが中村さんの頼もしさだ。

 橙はメンバーのオリジナルを演奏するプロジェクトで、この日は3枚めになる Vol.0 のリリース・ライヴという触れこみ。どれも愛らしい小品という趣。一方でかなり複雑で工夫の深い曲でもあって、何度か聴かないと味わいが沁みてこないようでもある。半分は大渕さんがうたう。

 大渕さんのうたは中性的でもあり、感情をこめない。これまたアイリッシュ的であって、感情は演奏そのものには現れず、聴く人間の内部に入ってから醗酵する。ノーマイクということもあって、ますますその傾向が強まる。じっくり録音を聴きたくなる。

 曲が短かいせいか、ギターの持ち替えやチューニングのためか、MCが多めで、楽しい。ミュージシャンの日常の音楽生活の機微にも触れる、かなり突っこんだ話も聞けた。

 とはいえハイライトはアンコールのアイリッシュのセットでした。

 ここは千駄木の、谷中銀座にも近いカフェ兼写真館で、会場は1階のカフェのテーブルと椅子を並べかえ、ミュージシャンは通りに面した一面ガラスの壁を背にする。外の路地を通る人は聴衆を見ることになる。20人も入ればいっぱいで、ミュージシャンとの距離はひどく近い。このライヴの数日前が3周年だそうで、アンコール前にハッピバースデーが始まったのはそれかと思ったら、大渕さんの誕生日祝いだった。大台にのってひどく気が楽になったそうだ。

 ここでは今年9月にハモクリ・アコースティック・トリオ版のライヴが予定されている。これは楽しみだ。(ゆ)