クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

タグ:マイノリティ

 1400から1630過ぎまで ICF 春の講座のための Zoom でしゃべる。30分休憩は入ったが、2時間びっちりしゃべるとくたびれる。無事終ってほっとする。

 Delany, Letters From Amherst の2通め。1990年5月。劇画の Bread & Wine, 1999 に描かれた Dennis Rickett との出逢いと同棲の話。

Bread & Wine: An Erotic Tale of New York
Delany, Samuel R.
Fantagraphics Books
2013-07-19



 デニスはその後現在にいたるまでのパートナーとなるのだから、ディレーニィにとっての人生の転回点の一つでもある。あの劇画はこの手紙が「原作」だったのだ。ディレーニィがホームレスたちと日常的に交際していることもわかる。つまり、かれはホームレスを対等の存在、同じ世界に住む人間として、たとえば同僚の大学教授やオペラの演出家といった人びととまったく同等とみなしている。そういうことが可能なのは、やはり差別されてきたからだろうか。ひとつにはニューヨークの社会のホームレスへの態度が排他的ではないこともあるのかもしれない。駐車違反見回りを見張るためにデニスを雇っている人間もいる。デフォルトで排除しない。この点はわが国とは対照的だ。アマーストのマサチューセッツ大学の学生や教授たちの知的レベルの低さにうんざりし、滅入るのも、同じことの別の面だろう。手紙の最後に描かれた、ニューヨークの  The Whitney Museum のガイドの一人、若い白人女性の美術学生の見事なガイドぶりに感動するのもまた、同じことのさらに別の面だ。彼女はほとんどが黒人やヒスパニックの子どもたちに、展示されている絵の最も目立つ特徴を示し、そこからより目につきにくい要素へと導いて、絵の勘所とその見方を伝授している。しかも、この絵というのは20世紀アメリカの抽象画家 Willem de Koonig の "Women" のシリーズだ。子どもたちは夢中になって話を聴き、絵を見ている。その様子に、ここでこそ学びが働いているとディレーニィは感動し、涙を流す。自分には教師としては、ここまでは到底できないとも認める。
 
 これに関連するとも言えるが、デニスとアマーストからニューヨークにもどったある雨の日、ディレーニィはある交差点で歩道ぎりぎりに突込んできたヴァンに接触して、軽く飛ばされる。左下の肋骨に罅が入っただけだったが、危ない危ない。

 それにしても、ここでもやはりユーモアが底流にあって、この事故の話とか、デニスの足の臭さの描写とか、『ベオウルフ』を古英語で暗誦するしか能のない老教授の話とか、思わず笑ってしまう。ひょっとするとこのユーモア、ものごとを肯定的に表現する明るさはディレーニィの本質的なところなのかもしれない。


Letters from Amherst: Five Narrative Letters (English Edition)
Delany, Samuel R.
Wesleyan University Press
2019-06-04


 『本の雑誌』新年号恒例の今年のジャンル別ベスト10で、鏡明氏が『茶匠と探偵』をなんとSFの1位に推してくださった。なんともありがたいことである。鏡氏には面識がないので、この場を借りて御礼申し上げる。


本の雑誌451号2021年1月号
本の雑誌社
2020-12-11


 鏡氏がそこにつけた「今年にかぎっていえば」という条件もうなずける。なに、ヒューゴーやネビュラの受賞作にしても、後から振り返れば、最終候補の他の作品の方がふさわしいと思えるケースはままある。それでも受賞した、という事実は残るわけだ。「1位」というのはやはり特別なものだ。

 それに10年までスパンを広げればベスト20ぐらいにはなるというのだから、それだって立派なものだ。ヒューゴーやネビュラの最終候補に残るのは、それだけで大したものなのだ。マーティンが「ヒューゴー落選パーティー」をやっているのは伊達ではない。原則毎年5本だから、10年でベスト作品は50本。その中でも半分より上になるわけだ。

 一方で、『茶匠と探偵』に実現している「今年」の要素も適確に読みとっていただいていて、さすがというか、これまたありがたいことである。もちろんこの「今年」の要素、「多様性」をキーワードとする流れは今年で終るわけではなく、少なくとも次の10年、おそらくは今世紀前半を特徴づけるものになるだろう。SFWA の今年のグランド・マスターにナロ・ホプキンソンが選ばれたり、F&SFの新編集長にシェニー・レネ・トーマスが就任したり、鏡氏自身、今年のベストに女性作家が多いことにあらためて驚かれたりしているのは、その一端に過ぎない。

 『茶匠と探偵』は翻訳だけでなく、作品選択から関ったので、入れ込みも一入だから、この評価は単純に嬉しい。編集担当Mさんから教えられて、早速本屋に駆けつけてふだん買わない雑誌をいそいそと買い込んできた。

 『本の雑誌』に限らず、日本語の雑誌を買わなくなって久しい。もともとあたしは雑誌読みではなく、本読みなので、雑誌も表紙から裏表紙まで舐めるような読み方をする。日本語の雑誌ではこの読み方は正直しんどい。昔はSFMや幻想と怪奇や奇想天外など、そういう読み方でも読める雑誌もいくつかあった。SFMもいつの頃からか、細切れの記事が増えて、アンソロジーのようには読めなくなった。結局今定期購読しているのは F&SF と Asimov's、Interzone のような、アンソロジー形式の雑誌だけだ。

 もっとも『茶匠と探偵』の作品選定はあとがきにも書いたように、受賞作や年刊ベストに収録されたものを優先したから、そう苦労したわけでもない。表題作は入れることを決めた時点ではまだネビュラ受賞は決まっていなかったが、質量ともに抜きんでてもいたし、その時点で最新作でもあったから、これまたほとんど自動的だった。あとがきにも書いたけれど、唯一、あたしの趣味で入れたのは「形見」の1篇である。このシュヤのシリーズで後世、最も評価が高くなるのは、実はこれではないか、とさえ思う。それにしてはアメリカでの評価が今一つなのは、これがヴェトナムとアメリカの関係を下敷にして、しかもヴェトナム側から描いていることが明瞭で、そこがヴェトナム戦争に反対賛成とは関係なく、アメリカの読者には居心地がよくないからではないかと勘繰っている。

 鏡氏が中国SFよりも中国的に感じられた、というのも興味深い。一つには、固有名詞などをなるべく漢字にしたせいもあるかもしれない。一方で、著者のルーツであるヴェトナムの文化にはかなり中国的な要素も入っていることもあるだろう。ヴェトナムと中国との関係は日本と中国との関係に似ている。朝鮮半島はもう半歩、中国に近い。影響の強弱、距離感など、ヴェトナムと日本がほぼ同じと思う。だから、その中の中国的要素は我々の中の中国的要素と共鳴するところが多いのではないか。そして我々が中国的と思うものは、今の中国SFに現れる中国的なものとはまた別のものなのではないか。

 そう言えば著者のアリエット・ド・ボダールは『紅楼夢』を繰返し読んで溺れこんでいるそうだ。シュヤ・シリーズ中最も長い、ほとんど長篇の長さのノヴェラ On A Red Station, Drifting は『紅楼夢』の圧倒的影響下に書いたと自分で言っている。著者にとっての中国は18世紀清朝のイメージがメインなのかもしれない。この話も、アクションはほとんど無い、むしろ心理小説なのに、息をつめて一気に読まされてしまう傑作。そう、このシュヤのシリーズはどれも、いざ読みだすと、息をつめて一気に読まされてしまう。他の作品、シリーズ以外の独立の諸篇や、著者のもう一つのシリーズ Dominion of the Fallen のシリーズの作品とは、その点、味わいが異なる。無駄な描写や叙述が無く、骨太な物語を細やかに描いてゆく、凛としてすがすがしい文章はどれにも共通するけれど、シュヤの諸篇はそこにもう一つ、読む者をからめとって引きこみ、物語に集中させる、英語でいう "intensive" な側面があるように思う。

 とまれ、これをきっかけに本が売れてくれればさらに嬉しい。あたしのおまんまに影響するのはもちろんだが、残りの作品も早く訳せという鏡氏の要請にもより早く応えられる。実際、『茶匠と探偵』の内容を決めた時点で「第2集」の内容もほぼ決めていた。『茶匠と探偵』に収めたのは2018年までの作品だが、昨年、今年と1本ずつシュヤものは発表していて、どちらも入れたい。とりわけ今年のノヴェラ Seven Of Infinities は傑作で、ノヴェラ「茶匠と探偵」のゆるい続篇、つまり有魂船と人間のペアが殺人事件の謎に挑む形。あちらはホームズものがベースだったわけだが、今回はアルセーヌ・ルパンものがベース。有魂船がルパンだ。タイトルはルパンものの短篇「ハートの7」を下敷にしたもので、麻雀の牌、おそらく萬子の七をさす。内容は『奇巖城』の換骨奪胎。たぶん。というのも『奇巖城』を読んだのはウン十年前で、ラスト以外もう忘れている。こういう話を読むと、ルパンものをまたまとめて読みたくなりますね。あたしは新潮文庫の堀口大學訳で、『バーネット探偵社』が好きだった。ルパンが私立探偵になるやつ。ビートルズかストーンズか、にならってホームズかルパンかと言われれば、あたしは躊躇なくルパンです。今度は偕成社版で読んでみるかな。

Seven of Infinities
Bodard, Aliette De
Subterranean Pr
2020-10-31



 こういう時、あー、フランス語やっときゃなあ、と思う。そうすれば、バルザックもデュマもルブランも、うまくすればプルーストも、原書で読めたのにい。

 ということで、皆様、2020年日本語によるSFでベスト1に輝く『茶匠と探偵』をどうぞ、買うてくだされ。もう買うてくださった方は宣伝してくだされ。ひらに、ひらに。(ゆ)


茶匠と探偵
ド・ボダール,アリエット
竹書房
2019-11-28

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