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DAP 新製品
そういえば、Lotoo Mjolnir があった。が、イベントでしか試聴できないのはねえ。ソニーのようなショールームは望むべくもないし。(ゆ)
HiBy RS2 ファームウェア 1.1
DAP の寿命・その2



Hiby RS2 その後(ファームウェア・アップデートなど)
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iBasso DX320
Astell&Kern SE180 SEM4
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楽天の公式ストアで予約したら、発売日の前に届く。早速交換して聴いてみる。聴くのはもちろんグレイトフル・デッドのライヴ音源。
iPod
老人はつらいよ。
安売りとアフターサービス
11月03日・水
原稿の仕上げ。指定に合わせるため、唸りながら、カットカットカット。
FiiO のサイトの "A Letter to FiiO Fans" は興味深い。アフターサービスを考えたら、公式ストアか公式のディーラーから買ってくれ。それ以外のところから買うのを禁じるわけではないし、非公式チャンネルから買ったもののでもモノを本社まで送ればアフターサービスはするが、それにはカネと時間がかかる。だから、公式チャンネルから買ってくれ、と言うのまでは当然だが、その後に非公式チャンネルを列挙している。それが全部中国国内のオンラインストアだ。HiFiGO も含まれている。こちらは英語で見てるわけだが、この「書簡」は国内向けなのだろう。わざわざこういう書簡を発表するということは、非公式チャンネルで買われたもののアフターサービス要求がそれだけ多いと思われる。中国の企業も自国内の業者の安売りには手を焼いているらしい。それだけ中国の国内市場が大きくなっていることでもあるのだろう。
##本日のグレイトフル・デッド
11月3日には1966年から1991年まで3本のショウをしている。公式リリースは無し。
0. 1965 Golden Gate Recorders, San Francisco, CA
《Birth Of The Dead》冒頭に収録された6曲はこの日にスタジオで録音された。
1. 1966 Avalon Ballroom, San Francisco, CA)
ポスターでは4日5日になっているが、チラシでは3日4日。共演は Oxford Circus。セット・リスト不明。
Oxford Circus で検索するとサンフランシスコを本拠とするダンス・バンドのサイトが出てくるが、同じものとは思えない。
2. 1984 Berkeley Community Theatre, Berkeley, CA
6本連続の最終日。前日が凄すぎて目立たなくなっているが、これもすばらしい出来の由。
3. 1991 Polo Field, Golden Gate Park, San Francisco, CA
"Laughter, Love & Music" と題されたビル・グレアム追悼コンサート。開演11時。ポスターに掲載されたのはダーティ・ダズン・ブラス・バンド、ボビィ・マクファーリン、ジャクソン・ブラウン、アーロン・ネヴィル、イーヴリン・シスネロス、マイケル・スマイン、ジョー・サトリーニ&フレンズ、グレン・ライオンズ、サンタナ、ロス・ロボス、ロビン・ウィリアムス、ジャーニー、トレイシー・チャップマン、CSN&Y、グレイトフル・デッド、ジョン・ポパー、ジョン・フォガティ、ジョーン・バエズ、クリス・クリストファースン。
デッドはアンコール2曲含めて14曲演奏。半ばでジョン・フォガティが参加して〈 Born On The Bayou; Green River ; Bad Moon Rising ; Proud Mary〉をやった。アンコール1曲目〈Forever Young〉にニール・ヤングが参加。アンコール前ラストの〈Sunshine Daydream〉はグレアム死後最初のショウだった10月27日オークランドでのショウのオープナー〈Sugar Magnolia〉の後半をここで閉じた。この歌はグレアムが最も好んだ曲で、毎年末の恒例年越しライヴでは最後に歌ってくれといつもリクエストしていた。
デッドがサンフランシスコ市内で演奏したのはこれが最後。ベイエリアでやる時にはもっぱらオークランドになる。(ゆ)
DAP 新作、部厚い二段組の本
ゼンハイザー民生部門売却雑感
ジェイ・グリフィス、シェリ・レネ・トマス、シャンリン

新DAP、ゲルインク・ボールペン、Jay Griffith
日録:葉月18日
神無月抄録
PonoPlayer 第一印象


Winds Cafe 215 1週間前
会場は三軒茶屋の「レンタルスペースSF」です。
くわしくはこちらをどうぞ。
準備は順調に遅れております。目星をつけた音源をひたすら聴いているんですが、なかなかこれと思うものにぶちあたりません。プログラムを組むためにリサーチを始める前は、もっと簡単に組めると楽観していたんですが、なかなかどうして、敵もさるもの、やはりたやすい相手ではありません。
一聴してこれは「陰々滅々」だ、これを聴かせれば、一発でノックアウト、という曲は実はごく少ないのです。表面では明るく、朗らかに、あっけらかんとうたっているようで、よくよく聴くと根が昏いものが多い。イングランド人はやはり一筋縄ではいきません。その点ではスコットランド人やオーストラリア人の方が単純であります。アイルランド人は今回はたぶん多くはありません。一人か二人でしょう。クリスティ・ムーアなどは昏い時と明るい時がはっきりしていて、その昏い時の代表を入れようかと思うとります。
当日は15曲、というのは前回のチーフテンズの時と同じ曲数です。はたして時間通りにいくかどうか。
なお、上のウエブ・サイトでの案内では、終演後にパーティーとなっていますが、聴く間も飲んだり食べたりしていただいてかまいません。アルコールが入ると「陰々滅々」がもっと嵩じて、ほんとうに這い上がれなくなる場合もありますので、飲みながら聴かれるのも一興かと。アルコールがダメな方はお好きなものでどうぞ。
ただ、あたしはタバコの匂いだけでも苦手なので、室内は禁煙でお願いいたします。パイプと葉巻はよいかも。あれは強烈というので、パイプ禁止の喫茶店なんかもありますが、あたしはむしろ紙巻よりはまだよいです。
準備をしながら片方で Blair Jackson のジェリィ・ガルシアの伝記をこつこつと読んでおります。これはガルシアの死の直後に書かれているので、「陰」の部分はもちろん出ていませんが、一方で同時代、同じ空気を吸った人間にしか出せない味、ちょうどデッドやジェリィ・ガルシア・バンドのライヴが醸し出す独特の「ゆるさ」とリズムがあって、そこにはまるとずるずると読み続けてしまいます。
その中で1971年のライヴ・アルバム GRATEFUL DEAD 通称 "Skull & Roses" のくだり、このアルバムのタイトルを SKULLFUCK とするとバンドが主張して、レコード会社のワーナー・ブラザースの社長がひっくり返るところは椅子からころげおちそうに笑ってしまいましたが、この補遺として著者がウエブ・サイトに載せている文章がまた輪をかけて面白い。デッドが LA のハリウッド・パラディアムでショウをした際に、バンドとワーナー幹部がこの件でもった会合の話をジェファーソン・エアプレインとニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジのドラマーだったスペンサー・ドライデンが回想しています。一番下の方の "Page 217, bottom; more on the "Skullfuck" episode:"。
その最後の一節。今だったら別だろうが、1971年にそんなタイトルをつけられるわけがない。しかしそこにデッド側の「関係者」として同席していたドライデンも含めた数十人は、その主張が通ると信じていた。
「それがグレイトフル・デッドなんだ。連中は世間からはいつも少しズレていた。もちろんだからこそかれらは凄いわけだけどね」
一言補足すれば、グレイトフル・デッドは世間からズレるために、そうしようと意識してズレていたわけではない、ということでもあります。かれらにとってまったく当然と思えることが、結果としてズレていることになる。さらに加えて、たとえそうすればズレることになるとわかっていても、ズレないように自分たちのふるまいを軌道修正することはしないし、またできない。もちろん、ズレていることでイタイ目に会うことは避けられません。例えばこの話のすぐ後、デッドはワーナーから離れて自分たちのレコード会社を立ち上げて大失敗します。しかし長い眼で見れば、グレイトフル・デッドはまさに他に類例のない独自の現象として顕現しつづけています。その音楽に親しみ、入れ込む人間の数は増えつづけています。
イングランドやスコットランドの「陰々滅々」音楽というのもまた世間からはズレているものでしょう。それを看板にした「ブラックホーク」の戦略もまた、世間とのズレを逆手にとったものでした。松平さんにとっては、グレイトフル・デッドよりは意識的な行動ではあったかもしれませんが、やはりどうしようもなくズレてしまう自分の資質に忠実であろうとした結果だったのでしょう。
とはいえ、こちらとしては世間からズレているかどうか、どれくらいズレているかどうか、ということはどうでもいいことなので、ひたすら「陰々滅々」で「心地良い」音楽を選んでおります。一聴忘れがたいということもほとんど無い、むしろ喉の小骨のように引っかかってくれるかもしれない曲であり、うたい手であります。
何で聴いているのかって?
ふふふ、AK120に音源を入れて、GloveAudio A1 にはめ込み、ヘッドフォンはゼンハイザー HD414 に HD650用のバランスケーブル CH650S を付け、ALO Audio の4ピンXLRから角型4ピン・ミニバランス・ジャックへのアダプタをかませてます。HD 414 の真の実力がようやく発揮されてます。この組合せで聴くと、昔リッピングした AAC ファイルでも、ほとんどハイレゾ、ですね。



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というわけで、GloveAudio A1 の宣伝でした。
では、Winds Cafe 215 でお眼にかかりましょう。(ゆ)
配信は明日
しかしまあ、iPhone は騒がれすぎじゃないかなあ。あたしみたいな新しもの好きやマック・フリークが騒ぐのはわかるけど、一般紙までがあんなでかでかと取りあげるようなことでもないとおもふ。ただでさえ、活字のサイズを大きくして、情報量が減っているんだから、何を載せるか、もっと厳しく判断すべし。
いや、新聞にはしっかり生き残ってもらいたいのです。(ゆ)
iPhone@ソフトバンク
ドコモはどうもアップルとは合わないんじゃないかと思っていたから、まあ、おちつくべきところにおちついたと言うべきではあろう。
とはいうものの、待たされすぎて、当初の意欲が半減していることは確か。iPod touch で、あのインターフェイスも味わえてしまったし、ケータイを持たねばならない必要もあまり感じない。むしろ、やはりできるだけ手元にたくさん曲を持っていたいから、大容量のクラシックに惹かれたりもする。
しかし、別の見方をすれば、むしろ、かつてのニュートンや一時期の Palm のような使い方、つまり PDA として本格的に使えるとおもしろいかもしれない。Mandal-Artが対応してくれると、楽しくなってくる。iPod 機能で音楽を聴きながら、Mandal-Art で原稿を書く、というのは想像するとわくわくしてくる。
まあ、Mandal-Art とまでいかなくとも、iPhone 向けのテキスト・エディタあるいは高機能なメモ帳、Mori とか DEVONThink とか Yojimbo、あるいは Tree でもいいが、ああいうタイプのアプリが使えるようになると期待する。
ウォークマンと iPod で音楽は「書斎」から解放された。変わってゆく風景の中で聞くことで音楽も変化するのは新しい体験だったから、今度は原稿を書くことが「書斎」から解放されるかもしれないと思うと期待もふくらむ。当然、生まれてくる文章も変わるはずだ。
iPod touch でもやろうと思えば不可能ではないが、あのメモ帳だけでは文章を書こうという意欲が湧いてこない。iPhone だからプログラマは様々なアプリを開発しようという意欲が湧くのだろうし、こちらもそうして開発されたアプリを使う意欲が湧いてくる。実際には同じことなのかもしれないが、touch はどうも「iPhone もどき」という感じは否めない。
と妄想をふくらませておいて、さて、いくらだろうか。





