クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

タグ:モバイル

 HiBy の DAP、RS2 のファームウェアに 1.1が出ています。

 変更点は
1. ショートカット・メニューのカスタマイズ。ドロップダウン・メニューとクイック・アクセスをカスタマイズできるようになった。
2. DSD 再生の最適化。
3. 「フォーマット」のカテゴリーを「アルバム・アーティスト」に変更。
4. 様々なバグ・フィックス。

 アップデートの方法。
イ. ダウンロードした zip ファイルを解凍。
ロ. できたフォルダの中の RS2.upt ファイルをマイクロSDカードのルート=最上層にコピー。
ハ. このマイクロSDカードを #1 のスロット、つまり正面から見て左側のスロットに挿入。
ニ. システム設定> ファームウェア・アップデート(一番下)をタップ。「確定」をタップ。

 これでアップデートが始まります。無事終ると自動で再起動します。(ゆ)

 FiiO M11 Pro の画面上部に黒い筋が入ってきた。気がついたのは6月下旬。買ったのは2020年8月なので、2年10カ月。最初はこんな具合。

M11Pro画面20230628
 
 それがだんだん伸びてきた。右はあまり伸びないが、左が伸びてくる。太さは変わらない。

M11pro画面20230707

 現在はこういう状態。

M11Pro画面20230727


 バッテリーはフル充電してからの再生可能時間がバランスで6時間半というところ。新品ではバランスで8.5時間としてあるから、約4分の3になった。

 今はヘッドフォン、イヤフォンのエージング用に使っていて、使用時間はリスニングに使った600時間プラス50時間ほど。

 普通にリスニング用として使っても、再生時間として連続で6時間半あれば十分だし、画面の黒い帯もこれ以上太くならなければ、使用にさしつかえはない。最低でもあと1年は使えそうだ。この際なので、エージング用に使えるところまで使ってみるつもりだが、リスニング用としてどこまで使えるかも時々試そう。

 この M11Pro 買ったときの価格は85,000円弱。今のところ月2,400円弱。さて、これが高いか安いか。ウン十万のハイエンドはもっと長く使えるのだろうか。(ゆ)

 ファームウェア・アップデートの記事に追加しましたが、読みにくいかもしれないので、あらためて。

 後を受けた国内ディストリビュータのミクスウエーブのサイトでも、ファームウェア・アップデートの情報が無いですね。本家サイトを見るしか、今のところないようです。

 上のページで下にスクロールするか、検索窓に RS2 と入れます。

 最新のアップデートは V.1.06で、1.05より前のものは消えてます。ということは1.06をかければ、それ以前のアップデートも含まれるのでしょう。各々の変更点は以下の通り。

V1.05 Update
1. USB オーディオのショートカットを追加。USBモードを「オーディオ」に設定しておくと、電源スイッチを左にスライドさせるだけで USBモードとなる。
2. システム設定に「画面消灯時の音量操作」のスイッチを追加。
3. Darwin フィルタ類の最適化。
4. 一部機能の読込時間の短縮。
5. アルバム・カヴァー表示の最適化。 

V1.06 Update 
1. MQA ファイルを再生したときのディスプレイの不具合の改善。
2. USB-DAC の接続が切れた時、ハングアップする不具合の改善。
3. その他、マイナーなバグ修正。


 Cayin N7 が良さそうで、清水の舞台から飛びおりるかと思ったものの、カード・スロット二発、無線無しというトンガリぶりに惹かれて、RS2 をやはりもう少し使ってやろうと思いなおしました。それにこのサイズがだんだんちょうど良いと思えてきました。

 HiBy Music のデータベースは日本語処理がうまくないので、結局、ファイルからアーティスト別のフォルダに移動する形で使ってます。これは実は Astell&Kern の最初の DAP、あの懐しくも、革新的な AK100 や AK120 と同じ使い方なのでした。

 音は文句ありません。Darwin は初代ですが、十分すばらしい。良いアンプをかますと、さらに良い声で唄ってくれます。

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 Lotoo の据置型は気になりますね。あそこは DAC が ESS 以外であることが期待できますし。いくらぐらいかなあ。50万とかいわれるとお手上げだけど。(ゆ)

06月24日・金
 iBasso DX320、ローム社 BD34301EKV 採用は魅力。同じくこれを採用した Cayin N8ii の半額。

 バッテリーの分離、アンプの交換も面白い。A&K SE180 は DAC の交換。どちらが面白いか、となると、アンプの方が面白そうだ。アンプによる音の変化は量、DAC による音の変化を質、と見れば、質が替わるのは土台がふらふらする感じがある。DAC の好みはより根本的だから、好みのものが出れば、古いものにもどることは滅多にない。アンプは取っ替え引っ替え遊べる。

 DX320 の謳い文句の中では、無線の強化も魅力。SE180 はそこが弱い。WiFi 接続が安定しない。

 R2R 採用の HiBy RS6 も気にはなっている。Himalaya DAC を使って HiFiMAN が新しい DAP を出さないか、待ってもいる。まあ、すぐに飛びつくのはやめよう。


%本日のグレイトフル・デッド
 06月24日には1970年から1995年まで10本のショウをしている。公式リリースは完全版が2本。

01. 1970 Capitol Theater, Port Chester, NY
 水曜日。5.50ドル。早番8時、遅番零時開演。
 セット・リストはテープによるので、完全かどうかは不明。早番ショウは70分強、遅番ショウは2時間半弱の録音がある。早番はアコースティック・セットとエレクトリック・セット。遅番ショウではアコースティック・デッド、ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ、エレクトリック・デッドの構成。早番でもこの構成かどうかは不明。早番の NRPS とされるテープは無い。
 この頃の NRPS はガルシアがペダルスティールで入り、レシュやドラマーの片方がほぼレギュラー、ウィアもゲストとは言えないほど頻繁に参加しているので、まだ完全に別れてはいない。とはいえ、レパートリィといい、演奏といい、グレイトフル・デッドの演奏とは言えない。
 遅番ショウのオープナーで〈Big Railroad Blues〉がデビュー。Cannon's Jug Stompers のメンバー Noah Lewis の曲。1928年のシングルがある。デッドは1966年に初演していると言われるが、記録が無い。はっきりしているのがこの日の演奏で、1974年10月まで頻繁に演奏され、1979年02月に復活。1990年代はぐっと頻度が落ち、最後は1995年06月28日で、計175回演奏。スタジオ盤収録は無し。アナログ時代では《Skull & Roses》に収録。オリジナル以外では、これが最初の録音とされる。
 ノア・ルイスの曲では〈New Minglewood Blues〉が429回演奏され、〈Viola Lee Blues〉が1960年代のレパートリィの柱の1本。
 大休止以後、演奏頻度が落ちるせいか、演奏されると話題になる。
 エレクトリック・セットの7曲目で〈Sugar Magnolia〉がニューヨーク・デビュー。
 DeadBase XI の Rene Gandolfi によれば、アコースティック・セットと NRPS の間、指定された席におとなしく座っていた聴衆は、オープナー〈Not Fade Away〉の最初の一音が鳴った途端に立ち上がり、前方にぎっしりと詰めかけ、ショウの終りまでそのままだった。ガンダルフィからはバンドの後ろのスピーカーとアンプの壁の向こうにステージの端から端まで四重になった人垣が見えた。みんな踊っていた。時折り、中の1人の女性がステージに踊り出ると、誰か男性が1人出てきて、踊りながら連れもどした。男性が出る時には女性が連れもどした。場内禁煙で、誰かジョイントに火を点けると、懐中電灯の光が照らされた。火を消すと、灯りも消えた。消さないと、何本も光が集中して、その姿が浮きあがった。
 ガンドルフィの友人のボブはこの日が誕生日だったが、チケットが無く、入口付近をうろうろしていた。すると頭上から、おまえ、何やってんだ、と声がかかった。見上げると髭面の男が見下ろしていた。事情を述べると、ちょっと待て、と言って、手持ちのマッチブックにさらさらと何か書き、放ってよこした。そいつをステージ横のドアにいる奴に見せろ、と言われた通りにするとボブはたちまち引きずりこまれ、バックステージのパーティーに加わった。するとさっきの髭面の男が羽根のついた帽子をかぶってやってきて、ステージに出てゆき、オルガンとマイクの後ろに座った。この日、ピグペンは絶好調だった。

02. 1973 Memorial Coliseum, Portland, OR
 日曜日。前売4.50ドル、当日5.50ドル。開演7時。中止になった05月03日の代替のショウ。
 全体が《Pacific Northwest》でリリースされた。
 全体としては前日の方が充実しているが、これも良いショウ。前半、〈They Love Each Other〉のアップビートな演奏がすばらしい。〈Looks Like Rain〉も味わいふかい。これは前日よりも良いか。〈Box Of Rain〉のレシュの歌唱は前日よりもずっと良い。ちゃんと歌になっている。〈China> Rider〉も水準が高い。
 ここでのポイントは〈Dark Star〉で、これはかなり良い演奏。とりわけ、歌の前が良い。〈Eyes Of The World〉へのつなぎも良いが、こちらはもう一つ。〈Greatest Story Ever Told > Bertha〉の流れも悪くない。

03. 1976 Tower Theatre, Upper Darby, PA
 木曜日。このヴェニュー4本連続のランの楽日。8.50ドル。開演7時。

04. 1983 Dane County Coliseum, Madison, WI
 金曜日。11.50ドル。開演7時。
 第二部は最初から最後までまったく途切れず。最高のショウの1本。

05. 1984 Saratoga Performing Arts Center, Saratoga Springs, NY
 日曜日。10ドル。開演8時15分。
 ガルシアが喉頭炎で声が出ず、〈China Doll〉ではミドランドが代役。
 第二部2曲目〈Bertha〉でどしゃ降りの雨。演奏は良かったが、天候は最悪。

06. 1985 River Bend Music Center, Cincinnati, OH
 月曜日。13ドル? 開演6時半。
 ショウを間、雨が降っていた。
 第一部6曲目〈My Brother Esau〉が2013年の《30 Days Of Dead》でリリースされた後、《30 Trips Around The Sun》の1本として全体がリリースされた。

07. 1990 Autzen Stadium, University of Oregon, Eugene, OR
 日曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。26ドル。開演正午。雨天決行。リトル・フィート前座。
 この時期のデッドのショウに悪いものは無い。リトル・フィートの出来もすばらしく、計9時間超は人生最高の9時間にもなりえた。

08. 1991 Sandstone Amphitheatre, Bonner Springs, KS
 月曜日。このヴェニュー2日連続の初日。
 オープナーの〈Help on the Way> Slipknot!> Franklin's Tower〉は30分を超える見事な演奏だそうだ。

09. 1994 Sam Boyd Silver Bowl, Las Vegas, NV
 金曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。30ドル。開演6時。トラフィック前座。
 気温摂氏48度超。このヴェニューは砂漠のど真ん中にあるそうだから、無理もないか。踊っている人たちにホースで水がかけられた。ガルシアには大きな扇風機があてがわれていたそうな。

10. 1995 RFK Stadium, Washington, DC
 土曜日。このヴェニュー2日連続の初日。32.50ドル。開演6時。ボブ・ディラン前座。ブルース・ホーンスビィ、ピアノで全篇参加。
 第一部5曲目〈El Paso〉でボブ・ウィア、アコースティック・ギター。
 こんなのはクソだと言う人びとがいる一方で、いやいや、立派なものじゃないか、言われているような状態でなおかつこんな音楽ができるなんて、グレイトフル・デッドは、ジェリィ・ガルシアはやはり特別だ、と言う人びともいる。デッドのショウをこきおろしたくなる気持ちもわからないではない。しかし、デッドは常に前を向いて進んでいた。他の誰もが後退りに未来に向かう時、かれらだけは前を向いていた。そういうかれらをこきおろす資格は誰にも無い。(ゆ)

05月20日・金
 Astell&Kern SE180用交換 DACユニット SEM4着。

Astell&Kern SE180 SEM4 DAC Moon Silver [AK-SE180-SEM4-DAC-MS]
Astell&Kern SE180 SEM4 DAC Moon Silver [AK-SE180-SEM4-DAC-MS]

 楽天の公式ストアで予約したら、発売日の前に届く。早速交換して聴いてみる。聴くのはもちろんグレイトフル・デッドのライヴ音源。
 をを、ガルシアのギターの音が違う。SEM3 や SEM2 ではどこかキンキンする響きが入っていた。あれはやはり ESS のチップのキャラであったのだ。これは AKM で、まろやかな響きが耳に快い。ヴォーカルも滑らかでなまめかしい。ESS はコーラスなどの声の重なりはきれいに出すが、かすかだがやはりぎすぎすする感覚がどうしてもとれない。
 ただ、ドラムスが引込む感じもある。ESS ではかんかんに固まった底からどおんと湧いてくるのが、AKM だと硬い芯の周りをごく薄い空気がふわりととりまいている。ベースも ESS ではびんびんと弾かれるが、AKM では弾いた後の余韻がふくらむように聞える。
 全体としては文句なく AKM で、この SEM4 でようやく真打ち登場と思える。


##本日のグレイトフル・デッド
 05月20日には1967年から1995年まで4本のショウをしている。公式リリースは無し。

1. 1967 Continental Ballroom, Santa Clara, CA
 土曜日。共演 the Real thing、Autumn People。開演12時半。セット・リスト不明。
 共演の二つのバンドは不明。この名前で出てくるのは各々1970年代の別バンド。

2. 1973 Campus Stadium, University Of California, Santa Barbara, CA
 日曜日。当日5ドル。開演正午。ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ前座。三部構成。前座も含めれば8時間のショウ。
 DeadBase XI の Louis Woodbury によれば、〈China Cat Sunflower> I Know You Rider〉のジャムの途中でPAシステムに積んであったスピーカーの1台がガルシアのすぐ近くに落ちた。ガルシアがケーブルを引っぱったらしい。演奏はまったく途切れなかったが、たちまちクルーがわらわらと現れて、システムに異常がないか、点検した。太陽が西に沈んでゆくのに合わせて、〈Eyes Of The World〉が〈Stella Blue〉へと変わっていった。

3. 1992 Cal Expo Amphitheatre, Sacramento, CA
 水曜日。開演6時。このヴェニュー3日連続のランの中日。レックス財団ベネフィット。共演デヴィッド・グリスマン・クインテット、ヒエログリフィクス・アンサンブル、ファラオ・サンダース。
 このショウに股関節形成異常の手術を受けてギプスを嵌められたままの幼ない娘を連れていった人がいる。優先的に入場させてもらえて、施設のスタッフがお嬢さんとお嬢さん用に持ちこんだビーン・バッグ・チェアを運んでくれた。実に行き届いた世話を受けたそうな。

4. 1995 Sam Boyd Silver Bowl, Las Vegas, NV
 土曜日。30ドル。開演2時。The Dave Mathews Band 前座。このヴェニュー3日連続のランの中日。
 前日よりも良いショウの由。(ゆ)

05月11日・水
 iPod の二代目と AAC の導入で、あたしは CD から離れた。AAC にリッピングした音を聴いて、これなら行けると判断し、持っていた CD を片端からリッピングしはじめた。初めは当然 iTunes でリッピングしていた。ライブラリーの大半は今でもその時にリッピングしたままだ。数千枚の CD を全部リッピングしなおすことは考えたくもないし、それでもすでに 3TB に近づいているのだから、全部やりなおせば、容量がいくらあっても足りない。

 その前に移動しながら、つまり散歩しながら音楽を聴くことは CDウォークマンでやっていた。カセットのウォークマンはついに使わなかった。部屋の中に閉じこもらず、スピーカーの前に座らずに、オープンな環境で音楽を聴くことのメリットはだからウォークマンに教えられた。音楽を聴きながら歩くと、目に映る光景も、耳に聞える音楽も、新たな位相を現す。音楽が演奏されている現場では無いところで、まったく別の情景を目にしながらでも鑑賞できるようになったのは、テクノロジーの御利益、我々が人類史上初めて享受しているありがたさだ。つまりこれはまったく新しい体験なのだ。

 あれはいつだったか。もう20年かそこら前かもしれない。ちょうど今ころか、田圃はまだ前年に刈りとられた切株が残っていたから、もう少し前だったろう。その田圃の間の道を散歩していた。晴れて、大きな雲が大山の向こうからせり出してきていた。先端がちょうど頭の真上に来ようとしていた。雲は陽光をいっぱいに受けて輝いていた。何を聴いていたかは覚えていない。とにかく音楽を聴きながら、その雲を見上げた瞬間、たとえようもない幸福感がいきなり湧いてきた。なにか具体的なことが幸福というわけではない。そうしてその場にあること、そこに雲があり、田圃があり、こうしてここに生きてあること、音楽を聴いていること、その全体がただただ幸福だと感じていた。至福、とはああいう感覚だろう。その感覚は覚えている。忘れられようもない。足は自然に止まり、阿呆のように雲を見上げたまま、しばし立ちつくした。

 iPod は CD の枠、アルバムの枠を外してくれた。詰めこめるだけ詰めこんだライブラリーをシャッフルで聴く愉しさを教えてくれた。作られたコンテクストから一度完全に離れた形で聴く音楽は、また別の次元で異なる位相、新鮮な位相を現す。交響曲の1楽章の次にどブルーズが来て、その次は荒井由美、続くのはニック・ジョーンズ、その次はトト・ラ・モンポシーナ、というのはまだどこか因果関係がある。もっとランダムに、デタラメに、えー、ここでこれが来るのかよ、と驚く愉しさは、他にたとえるものもない。こんな曲、入っていたっけ、と驚く愉しさもまた、たとえるものもない。なるべく多彩と思えるものを詰めこむようにしたり、容量が大きいものを求める。

 音楽を録音で聴くことは、生で体験するのとは違う。それはデメリットもあるけれども、一方で、コンテクストから外して、あるいはまったく別のコンテクストに移して聴くことができるメリットはそれを埋め合わせて余りある。iPod はそれを教えてくれた。ウォークマンではなかった。

 iPod は iPhone を生み、音楽の録音を聴く自由度、選択肢の幅、多様性はさらに大きくなった。ソニーがウォークマンにこだわっているのは、つまるところ、オーディオ・メーカーだからだろう。Apple にとってハードウェアはインフラにすぎないが、ソニーはハードウェアを作り、売ることが好きなのだ。だが、もう一度つまるところ、iPod に相当するジャンプをソニーはできていない。ウォークマンなくして iPod は生まれなかったが、今のウォークマンは iPod のコピーだ。ウォークマンで音楽をコンテクストから外し、CD で音楽をデジタル化してパッケージから解放したようなジャンプを、ソニーには期待しよう。


##本日のグレイトフル・デッド
 05月11日には1968年から1991年まで11本のショウをしている。公式リリースは4本。うち完全版2本、準完全版1本。

01. 1968 Virginia Beach Civic Center (aka The Dome), Virginia Beach, VA
 土曜日。2.50、3.00、3.50ドル。7時と10時の2回。共演 The Wild Kingdom。
 チラシには "Direct from San Francisco" とある。会場の音響はひどかったらしい。

02. 1969 Aztec Bowl, San Diego State University, San Diego, CA
 日曜日。開演正午。ワンマンではなく、キャンド・ヒートがヘッドライナーで、デッド、Lee Michaels、サンタナ、Tarantula がポスターには出ている。
 デッドの演目には長いドラム・セットがあり、ここにサンタナと the Grandmasters が参加したと、DeadBase IX にはある。
 Lee Michaels は1945年ロサンゼルス生まれのシンガー、キーボード奏者。ハモンド・オルガンの名手として知られる。1967年 A&M Records と契約、ソロ・アルバムを出す。1971年に〈Do You Know What I Mean〉がトップ10に入る。
 Tarantula は不明。この名前のバンドはたくさんあるが、1960年代にアメリカで活動したものは見当らない。ローカル・バンドか。

03. 1970 Village Gate, New York, NY
 月曜日。ここで行われたティモシー・リアリー弁護費用基金のための資金調達ベネフィット・コンサートにデッドが参加した、という話がある。が、確証が無い。別の証言では出たのはアレン・ギンズバーグ、アラン・ワッツ、ピーター・ヤーロウ、ジミ・ヘンドリックス、ジョニー・ウィンター、ジョン・セバスチャンだった、と言う。

04. 1972 Rotterdam Civic Hall, Rotterdam, Netherland
 木曜日。ヨーロッパ・ツアー15本目。
 第一部6曲目の〈Chinatown Shuffle〉が《So Many Roads》でリリースされた後、全体が《Europe ’72: The Complete Recordings》でリリースされた。
 前日とは様変わりして、冒頭からバンドは走っている。なにせ10分を超える〈Playing In The Band〉でショウを始めるのだから。
 ウィアは声がかすれているが、ショウが進むにつれ、歌っているうちに一度治ったらしい。最後にはまた潰す。ガルシアのヴォーカルは元気いっぱいで、粘り気がある。ピグペンは絶好調。この日はガルシアはギターも最初から飛ばして、ピグペンの曲でもいいギターを弾く。それも低い音域を使うのがいい。第一部10曲目〈It Hurts Me Too〉が、ピグペンのヴォーカルもガルシアのギターもベスト。第一部クローザー前の〈Good Lovin'〉もすばらしい。
 第二部オープナー〈Morning Dew〉を聴くと、会場が前日よりも広いらしいことがわかる。コンセルトヘボウは19世紀末のオープンで定員2,000。ここは1966年にオープンしたモダンなデザインのホールで、定員2,200。定員からすればそう違わないが、こちらは最新の音響設計を施しているそうな。
 第二部3曲目〈The Stranger〉でもガルシアがハーモニクスを駆使して、面白い音を出す。
 このショウはデッドのアーカイヴの初代管理人ディック・ラトヴァラの大のお気に入りだったそうで、それというのも全部で50分近い〈Dark Star〉から〈Turckin'〉にいたる1時間半になんなんとするメドレーのおかげ。ライナーでブレア・ジャクソンがこの〈Dark Star〉を詳細に分析しているのは、デッドの音楽に相対する手法の一つではある。バンド全体での集団即興も面白いが、この日はベースとドラムスの3人とか、ガルシア、ウィア、レシュのトリオとか、少人数で比較的静かにやるのがたまらん。
 ショウを仕舞う〈Uncle John's Band〉でもガルシアが切れ味のいいギターを展開して納得。
 次は1日置いてフランスのリール。

05. 1977 St. Paul Civic Center Arena, St. Paul, MN
 水曜日。全体が《MAY 1977》でリリースされた。
 この前の3本のラン、05月08、09、10日が三部作なら、ここからの3本、翌日と翌々日のシカゴも三部作と見ることもできる。《MAY 1977》のボックス・セットでは、それに15日のセント・ルイスと17日のアリゾナも加えている。
 この日のショウは前3本に比べてしまうと地味に聞えるところもある。一方で、この春のツアーの浮き立つような感覚、このバンドで音楽をやれることの歓びはやはりたっぷりと浸ることができる。
 第一部はきっちりした演奏が続く。特別に離陸することもあまりないけれども、いつもやっている曲をいつもと同じようにやって、なおかつ、まるで初めて聴くように新鮮に聴かせることができる、というのはやはり凄いことだ。中では〈Looks Like Rain〉が一頭地を抜いている。この時期、この曲はウィアとドナのデュエットで、とりわけ2人が即興で歌いあうコーダがたまらん。
 これに限らず、ドナの存在はこの時期の音楽に特別の輝きを与えている。大休止からの復帰後のドナは参加する曲も大幅に増え、また単にコーラスに参加するだけでなく、この曲や〈Cassidy〉のように、デュエットをする場面も多く、長くなる。さらには自作の〈Sunrise〉もレパートリィに入る。女性の声が入るだけでも色合いが変わるし、70年代後半のドナは場面によって様々に歌い方も変えて、デッドの歌の表情がより多彩になる。この日も第二部〈Scarlet Begonias〉の後半、ガルシアのギター・ソロの裏で入れる「泣き」がすばらしい。
 第一部クローザーは〈Sugaree〉で、この春のこの曲はやはり異常なまでに美しい。
 この日はアンサンブルがよく弾む。第二部2曲目〈Brown-Eyed Women〉のような曲でも、こんなに弾んでいいのかと思うくらい元気がいい。
 バンドの全体が元気がよいので、ガルシアが突出することはあまりないが、〈Fire on the Mountain〉後半ではギターを弾くのをやめない。コーダのフレーズに入ってからもその変奏を延々と続け、さらにまたソロになったりする。
 この時期はまだ第二部中間での Drums> Space は確立していない。ここでは〈Uncle John's Band〉のラストがジャムになり、そのまま Space と呼ばれる時間になる。しばらく集団での即興が続くが、やがてガルシアがそれまでの小さな音量からややアグレッシヴな演奏になると、他のメンバーが退いてまったくのソロになる。ここは指が勝手に動く、音が湧いてくる感じ。そしていきなりコードを叩いて〈Wharf Rat〉。ヴォーカルもいいが、Space でカンをとりもどしたか、その後のガルシアのギター・ソロはこの日のベスト。演奏もすばらしく、力を入れるところと、すっと引くところの出し入れの呼吸が絶妙。
 続く〈Around and Around〉がまたすばらしい。ドナのヴォーカルがいよいよ冴えわたり、途中でどんとテンポが上がるといつもより速く、熱が上がる。ラストが決まった後、レシュが Thank you, good night と宣言して、これまではここで終るのだが、この日はアンコールがある。〈Brokedown Palace〉のこれもベスト・ヴァージョンの後、今度はガルシアが最後の挨拶をする。
 終ってみれば、やはりこれも1977年春の輝きに満ちている。

06. 1978 Springfield Civic Arena, Springfield, MA
 木曜日。開演7時。第一部の3曲、第二部でも3曲を除き、《Dick's Picks, Vol.25》でリリースされた。また、第二部オープナーの〈Scarlet Begonias> Fire On The Mountain〉が2013年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 非常に良いショウで、あまりに奔放なので、バンドは全員ヤク漬けになっていたのだ、という噂が飛びかっていた。

07. 1979 Billerica Forum, Billerica, MA
 金曜日。9.50ドル。開演8時。
 ミドランドが体調を崩したのでアンコールはできないとハートが宣言したそうな。

08. 1980 Cumberland County Civic Center, Portland, ME
 日曜日。これまた良いショウの由。

09. 1981 New Haven Coliseum, New Haven, CT
 月曜日。このヴェニュー2日連続の初日。10.50ドル。開演7時半。
 第二部4曲目〈To Lay Me Down〉が2014年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 これも良いショウの由。

10. 1986 Frost Amphitheatre, Stanford University, Palo Alto, CA
 日曜日。16ドル。開演2時。このヴェニュー2日連続の2日目。
 前日ほどではないが、良いショウ。

11. 1991 Shoreline Amphitheatre, Mountain View, CA
 土曜日。このヴェニュー3日連続のランの中日。開演7時。(ゆ)

04月29日・金
 終日、中野サンプラザで仕事のイベント。11時から18時まで、立ったり座ったりを繰返し、そのたびに同じことをしゃべるので、くたくたになる。イベントは楽しいが、老人にはそろそろ辛くなってきた。1700過ぎるとがくんと人が減る。1800過ぎ、撤収して出ようとすると外は吹き降りで、これでは誰も来ないはずだ。


##本日のグレイトフル・デッド
 04月29日には1967年から1989年まで6本のショウをしている。公式リリースは3本。うち完全版1本。

1. 1967 Earl Warren Showgrounds, Santa Barbara, CA
 土曜日。共演ドアーズ、UFO、Captain Speed。デッドは2セットやり、その間にドアーズが演奏した、という証言がある。
 UFO といえば英国のハードロック・バンドだが、あちらの結成は2年後なので、これは別のバンド、おそらくはロサンゼルス、サンタ・バーバラ周辺のローカル・バンドではないか。
 Captain Speed はサンタ・バーバラのローカル・バンドらしい。

2. 1971 Fillmore East, New York, NY
 木曜日。このヴェニュー5日連続のランの楽日。デッドにとってはここでの38本目、最後のショウ。ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ前座。
 第一部5曲目〈Me And My Uncle〉が《Skull & Roses》で、第一部の6曲、第二部の7曲、アンコール3曲のうち後の2曲が《Ladies & Gentlemen…》でリリースされた。時間にして半分強。
 この年のベスト・ショウと言われる。こういう不完全な形でリリースされたショウを救済して完全にするシリーズを検討してもらいたいものだ。

3. 1972 Musikhalle, Hamburg, West Germany
 土曜日。10マルク。開演8時。《Europe ’72: The Complete Recordings》で全体がリリースされた。
 フランクフルトではいわば目一杯カンバスを広げて、どこまでいけるか試してみたとすれば、ここではむしろ的を絞って、どこまで深く掘れるか試してみたと言えるかもしれない。CD ではこのツアーでは久しぶりに3時間を切っている。しかし、開巻劈頭いきなり10分近い〈Playing In The Band〉で始めたのは第二部への布石ないしその予兆ではある。もっともその後の第一部はこのツアーの常道に沿った曲が並び、〈Casey Jones〉をクローザーにして、その前に〈Good Lovin'〉がこのツアーでの定位置ではあるが、オープナー〈Playing In The Band〉と好一対をなしている。
 この日際立つのはピグペンで、とりわけ第一部の〈Big Boss Man〉〈Chinatown Shuffle〉、第二部の〈Next Time You See Me〉、そして、もちろん〈Good Lovin'〉での歌唱は、ライナーでスティーヴ・シルバーマンの言う通り、デッド唯一のフロントマンとしての存在感たっぷりだ。今回、あらためてツアーを通して聴いてみて、ピグペンの存在の大きさが後半にゆくほど大きくなってゆくのに感嘆した。一定の間隔で出てくるかれのリード・ヴォーカルが全体のアクセントとなり、ショウに大きなリズムを与え、芯を通している。第二部の集団即興、ジャムではオルガンがクラシックのバロックでいう通奏低音的な役割を担ってゆく一方で、ガルシアのギターやレシュのベース、あるいはクロイツマンのドラムスに積極的にからむ。
 ガルシアは波が少し引いた感じで、ギターの閃きが冴える場面は少なく、本人としては一番やりたいという他人とりわけピグペンへの伴奏に力が入っている。第二部〈Dark Star〉の長いジャムでようやく目が覚めたようで、その次の〈Sugar Magnolia〉、そしてクローザーの〈One More Saturday Night〉、アンコールの〈Uncle John's Band〉でのギターは、ソロも、歌の裏の伴奏もすばらしい。
 その〈Dark Star> Sugar Magnolia> Caution (Do Not Stop On Tracks)〉の1時間は道なき未踏の地を手探り足探りで進んでゆく。目的地があるわけではなく、この先に何かあるか、行ってみようがデッドの常だから、不安な不協和音に満ちながらも底抜けに楽天的でもある。最悪、何も無かったとしても、そこまで行くプロセス、途中の景観、体験は面白いし、何も無かったということがわかったのも収獲なのだ。困ることがあるとすれば、解決が無い、これで終り、ということがない。いつも宙ぶらりんのまま、次の曲に移るか、あるいはショウが終ることだろう。けれど、ショウはまた次がある。
 このツアーでは〈Dark Star〉と〈The Other One〉を第二部のビッグ・ジャムとしてほぼ交互に演奏している。〈Dark Star〉はどちらかというと「ソフト」なジャムになる。音量も小さめ、どこかで聞いたことのあるフレーズがところどころ顔を出す。ただ、この日はキースがかなり実験的な音を出す。ほとんど電子ピアノのような響きで、プリペアドではないだろうが、何か仕掛けをしているのか。このツアーでのキース・ガチョーは後の時期とは別人の観がある。
 〈Caution (Do Not Stop On Tracks)〉は、生で体験するのと録音で聴くのと、最も差が大きな曲ではある。 1度でも生で体験したかったと最も切実に思う。これは明らかにレシュの好みでもあって、ここでもレシュがリードして始まるし、基本はフォービート。無秩序の中に秩序を探る、あるいは無秩序と秩序の境界を綱渡りする試み。結論などはむろん出るはずもないが、ケリをつけるのはベースだ。
 次は4日置いてパリ、オランピアで2日間。

1975 Ace’s Studio, Mill Valley, CA
 これはショウではなく、スタジオ・リハーサルで、2014年の《30 Days Of Dead》でそのうちの1曲が〈EAC jam〉としてリリースされた。

4. 1977 Palladium, New York, NY
 金曜日。このヴェニュー5本連続の初日。8.50ドル。開演8時。
 第二部2曲目〈Sugaree〉、6・7曲目〈Scarlet Begonias> Goin' Down The Road Feelin' Bad〉が《Download Series, Vol. 01》で、9曲目〈The Wheel〉が2012年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 《Download Series, Vol. 01》の3曲はこのショウでもハイライトと言われる。

5. 1980 Fox Theatre, Atlanta, GA
 火曜日。良いショウの由。

6. 1984 Nassau Veterans Memorial Coliseum, Uniondale, NY
 日曜日。このヴェニュー2日連続の初日。13.50ドル。開演7時。
 〈Terrapin Station〉は20分超で、デッド史上最長らしい。

7. 1989 Irvine Meadows Amphitheatre, Laguna Hills, CA
 土曜日。このヴェニュー3日連続のランの中日。開演7時半。(ゆ)

1103日・水

 原稿の仕上げ。指定に合わせるため、唸りながら、カットカットカット。


 FiiO のサイトの "A Letter to FiiO Fans" は興味深い。アフターサービスを考えたら、公式ストアか公式のディーラーから買ってくれ。それ以外のところから買うのを禁じるわけではないし、非公式チャンネルから買ったもののでもモノを本社まで送ればアフターサービスはするが、それにはカネと時間がかかる。だから、公式チャンネルから買ってくれ、と言うのまでは当然だが、その後に非公式チャンネルを列挙している。それが全部中国国内のオンラインストアだ。HiFiGO も含まれている。こちらは英語で見てるわけだが、この「書簡」は国内向けなのだろう。わざわざこういう書簡を発表するということは、非公式チャンネルで買われたもののアフターサービス要求がそれだけ多いと思われる。中国の企業も自国内の業者の安売りには手を焼いているらしい。それだけ中国の国内市場が大きくなっていることでもあるのだろう。



##本日のグレイトフル・デッド

 11月3日には1966年から1991年まで3本のショウをしている。公式リリースは無し。


0. 1965 Golden Gate Recorders, San Francisco, CA

 《Birth Of The Dead》冒頭に収録された6曲はこの日にスタジオで録音された。


1. 1966 Avalon Ballroom, San Francisco, CA)

 ポスターでは4日5日になっているが、チラシでは3日4日。共演は Oxford Circus。セット・リスト不明。

 Oxford Circus で検索するとサンフランシスコを本拠とするダンス・バンドのサイトが出てくるが、同じものとは思えない。


2. 1984 Berkeley Community Theatre, Berkeley, CA

 6本連続の最終日。前日が凄すぎて目立たなくなっているが、これもすばらしい出来の由。


3. 1991 Polo Field, Golden Gate Park, San Francisco, CA

 "Laughter, Love & Music" と題されたビル・グレアム追悼コンサート。開演11時。ポスターに掲載されたのはダーティ・ダズン・ブラス・バンド、ボビィ・マクファーリン、ジャクソン・ブラウン、アーロン・ネヴィル、イーヴリン・シスネロス、マイケル・スマイン、ジョー・サトリーニ&フレンズ、グレン・ライオンズ、サンタナ、ロス・ロボス、ロビン・ウィリアムス、ジャーニー、トレイシー・チャップマン、CSN&Y、グレイトフル・デッド、ジョン・ポパー、ジョン・フォガティ、ジョーン・バエズ、クリス・クリストファースン。

 デッドはアンコール2曲含めて14曲演奏。半ばでジョン・フォガティが参加して〈 Born On The Bayou; Green River ; Bad Moon Rising ; Proud Mary〉をやった。アンコール1曲目〈Forever Young〉にニール・ヤングが参加。アンコール前ラストの〈Sunshine Daydream〉はグレアム死後最初のショウだった1027日オークランドでのショウのオープナー〈Sugar Magnolia〉の後半をここで閉じた。この歌はグレアムが最も好んだ曲で、毎年末の恒例年越しライヴでは最後に歌ってくれといつもリクエストしていた。

 デッドがサンフランシスコ市内で演奏したのはこれが最後。ベイエリアでやる時にはもっぱらオークランドになる。(ゆ)


6月23日・水曜日
 
 Cayin N6ii-Ti R-2R チタニウム・リミテッドエディション。DAC チップの供給に難があるのを逆手にとったのか、ラダー式を採用。AirPlay は無し。マザーボード交換は面白いんだが、その他にこれというのが無い。I2S はあるけど、つなぐものが無い。FiiO は AirPlay、DSD変換、THXアンプとそろっている。当面、これを凌ぐものはなさそうだ。


 Oさんに教えられた平出隆の本を図書館からあるだけ借りてくる。詩集はあとまわしで、まずは散文。『左手日記例言』が無かったのは残念。『鳥を探しに』は購入以来誰も開いたこともないようなまっさらな本。この厚さ、しかも二段組み。いいなあ。こうこなくっちゃ。この長さだけで、読もうという気がもりもり湧いてくる。

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左手日記例言
平出 隆
白水社
1993-06-01


5月27日・木

 ゼンハイザーの民生部門の Sonova への売却についてのささきさんの ASCII の記事を読んで思う。結局これはヘッドフォン、イヤフォンというものが、従来の「アクセサリー」の範疇から飛びだして、スマホと同じマスプロ、マスセールスの製品になったということの現れだろう。

 ゼンハイザーはあくまでも「オーディオ・アクセサリー」としてのヘッドフォン、イヤフォンを作っていた。だから家族経営でもOKだった。しかし今や、Apple がヘッドフォンまで作るようになった。音楽鑑賞のメインはストリーミングとイヤフォンのルートになり、しかも無線接続がデフォルトだ。そしてイヤフォンの市場は Apple が圧倒的シェアを持ち、これに次ぐのも Anker などの大企業だ。これはオーディオというようなニッチな、趣味が幅を利かせる範疇ではもはや無い。イヤフォンとヘッドフォンは、スピーカーを中心としたオーディオを完全に飛びこして、かつてのテレビやラジオ、今ならスマホやタブレットのレベルの製品群の一角に座を占めたということだ。そして、ゼンハイザーはそのことをいち早く看てとり、もはやつきあってはいられない、と民生部門を切ったのだ。

 スタジオやライヴなどのロの分野では職人芸がまだ生きている、活かせる。プロ用機材のメーカーに大企業はいない。なれない。そこなら家族経営でまだまだやれる。そういう読みと判断ではないか。

 もう遙か昔、まだ iMac にハーマンのスピーカーが付属していた頃、タイムドメインのライセンス製品を出していたメーカーがそのスピーカーを Apple に売りこんだことがある。音質などの条件はクリアしたが、最低で月100万セット納品できるかと言われて、退散したそうだ。その頃ですでにそういう規模だった。ゼンハイザーはそういう世界からは足を洗うと宣言したのだ。

 民生撤退の理由はおそらくもう一つある。Apple が Dolby Atmos に舵を切り、ソニーも360度サウンドを出し、民生用の音楽再生は DSP が必須になった。それも音の出口のところでだ。これまではただ物理的に音を出していればよかったヘッドフォン、イヤフォンにチップが入った。それも無線接続のためのものに限らず、音楽再生の根幹に関わるものがだ。デジタルはハードウェアだけでは役に立たず、ソフトウェア開発もついてまわる。ゼンハイザーはこれを嫌ったのだ。嫌ったというより、対応できないと潔く諦めたのだ。こういう潔さ、フットワークの軽い転身も家族経営ならではだろう。

 ハイエンド・ヘッドフォン、イヤフォンはまだこれからも出るだろう。が、それを担うのは新しい、たとえばゼンハイザーに比べれば「駆け出し」の HiFiMAN のようなメーカーだろうし、あるいはハイエンドだけを狙った新しいブランドだろう。

 ついでに言えば、スピーカーにも DSP が入って、オーディオの常識がひっくりかえっているなあ。Alexa や Home Pod は AirPods ファミリーに相当するものだが、いわゆるオーディオファイル用のジャンルでも Airpulse A80 や KEF LS50 のようなアクティヴ・スピーカー、そしてその先を行く Genelec の SAM システムによる音場補正は、「使いこなし」とか「セッティング」を無意味にしようとしている。

 もちろん、そんなに簡単にできてしまうのはイヤだ、あれこれ試行錯誤するのが愉しいのだ、という人がいなくなることはない。ヘッドフォン、イヤフォンだって、ケーブルを替え、チップやパッドを替え、クローズドにオープン、セミ・オープン、ダイナミックに静電型、平面型など様々なタイプを使いわけるのを愉しむ人がいなくなることはない。ただ、それはますますニッチな趣味の世界へ入ってゆくだろう。本当に趣味の世界は何でもニッチなものではあるが。(ゆ)

4月24日・土

 『《まるい時間》を生きる女、《まっすぐな時間》を生きる男』の訳者あとがきは各種書評からの引用を紹介した、浅倉さんとしては通り一遍のもので、どうやら頼まれ仕事らしい。著者ジェイ・グリフィスについてもこの時はまだあまりよくわかっていなかった。というより、この本となぜか第3作の Anarchipelago が挙げられていて、この2冊を書いた人、というだけの存在。本書も、第2作の Wild も評価は高かったが、センセーショナルな存在ではなかったのだろう。彼女が注目を集めたのは Extinction Rebellion のオクスフォード・サーカス占拠とそれに続く裁判によってらしい。
 F&SF2021-03+04着。Sheree Renee Thomas 編集長最初の号。巻頭に挨拶。文章はいいし、特殊な状況の中で出発することの覚悟と不安がにじみ出ているが、勇ましい宣言もなく、これまで積み重ねられてきたものを受け継いでゆきます。トマスは作家よりは編集者であるらしいから、エドワード・ファーマン以降、ゴードン・ヴァン・ゲルダーを除けばいずれも作家が本業だった歴代編集長に比べれば、続いている雑誌の重みが実感できる、というところか。Akua Lezli Hope の詩を二つ、フィーチュアしたのがまずは新機軸。それと書評の位置がぐんと後ろに下がった。これまでは最初の小説作品の次だったが、巻頭から3分の1ほどのところになった。

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 ヘッドフォン祭オンライン、Shanling N30 はちょと面白い。ようやくこういう形の製品が出てきた。モジュール式にして、ユーザーがモジュールを交換して常に最新式にできる、というのは Cayin N6 が始めた手法で、それを徹底させているのは面白い。ただ、ではその母艦は何が変わらないのかが、よくわからない。今後、どんなモジュールを出すか、母艦の更新の頻度など、もう少し様子を見たいな。それに FiiO 製 DAP の THX アンプは捨てられない。THX の据置きアンプを調達する手もないことはないが、散歩に持って出るから、DAP に内蔵されているメリットは大きい。(ゆ)

4月22日・木

 FiiO M11 Plus LTD が予告される。5月だそうだ。バランスのラインアウトが着いただけでも、こいつは買い。それだけが不満だったから。ただ、サイトには AirPlay 対応が書いていない。ストリーミングを売物にするなら当然対応してるはずだが。本家サイトには次のフラッグシップの M17 も出ている。7月予定。今度は THX-788-PRO を装備しているが、DAC チップが ESS9038PRO なのがなあ。まあ、値段からいっても、M11 Plus 狙いではある。M11 Pro 下取りに出していくらつくか。


 Jenny Sturgeon の Bandcamp の情報から Simon Gall, Jonny Hardie の Clype を All Celtic Music のサイトで購入。ファイルのみ。何の情報もない。このアルバム、Music Scotland には無い。配信のみは扱わないのか。Sound Cloud にページがあり、少し情報がわかる。'clype' とはスコットランド方言で「告げ口」、から「根も葉もない噂」さらに「たわいのない話」という意味。

 All Celtic Music はアイリッシュもうたっているが、メインはスコットランドらしい。


 インターバル速歩は結構効く。帰ってきてしばらくはものの役に立たない。週4回がノルマで今週は消化。週4日以上なので、まだやった方がいいだろう。ゆっくり歩きでも大股をキープするのができてない。速歩の3分の後はへろへろになる。そこをちゃんと歩かなくてはならない。


 サクラクレパスの Ballsign ID 0.5 のブルーブラックを1本使いきる。二度と使う気はない。軸は太く、2ヶ所平坦になっているが、握りにくい。平坦部分を握っても定まらない。全体に軽すぎ。毎回、書きだしてしばらくは字が定まらない。B5のルーズリーフを原稿に使っているが、1枚書きおわる頃、ようやく軽さに慣れて、字が定まってくる。ペン先も細すぎる。初めはかなり紙につっかかった。インクの色はブルーブラックとはいうものの、ブラックに近い。青みがほとんどわからない。これも書いていてつまらない。


 Penguin のニュースレターの特集作家 Jay Griffith が面白そうなので、調べると『《まるい時間》を生きる女、《まっすぐな時間》を生きる男』がなんと浅倉さんの訳で飛鳥新社から出ていた。おそらくデビュー作の Pip Pip, 1999 ではないか。国会図書館のサイトでは原題が出てこない。
 本によってまったくかけ離れたテーマをとりあげていて、このデビュー作は時間感覚、次の Wild は世界中の先住民族の生活と文化、A Love Letter From Stray Moon はフリーダ・カーロの伝記小説、Kith は幼児期体験、Tristimania は躁鬱病。最新作の Why Rebel は Extinction Rebellion を中心としたエッセイ集。2019年の Extinction Rebellion のオクスフォード・サーカスの座り込みに参加して逮捕され、昨年2月の公判ではその被告証言で裁判官を感動させ、有罪宣告をしないわけにはいかないが、まことに気が進まない、あなたたちの運動は成功しなければならない、と言わせた。

 何より文章がいいらしい。まずは浅倉さんの訳が楽しみ。(ゆ)

 皮膚科がようやく開いたので電話する。予想通り、なかなか通じないが、念力で通す。薬だけもらえないかと頼み、それなら今日でもOKというのですぐに支度をして出かける。無事、痒みどめの飲み薬と無くなりかけていた塗り薬をもらえてほっとする。

 慶福楼で昼食をとり、早速に痒みどめを飲んで、上京。ちょうどロマンスカーがあったので乗る。カネはかかるがこの方がソーシャル・ディスタンスがとれる。秋葉原のファイナル・ストアに試聴室の予約を入れておいた。新しく出たシルバーコート・ケーブルの HD600 シリーズ用を聴くためだ。愛用の HD414 で試す。ところが左チャンネルの音が出ない。比較のため持参したブリスオーディオの TOTORI や onso のケーブルでは問題がない。コネクタのきつさも TOTORI と同じくらい。念のため 2.5mm プラグのケーブルでも試すが、同じだ。左右を逆にするとやはり右からしか音が出ない。となると、この個体の左チャンネルのコネクタとケーブルのプラグが合っていないのだろう、とスタッフの熊五郎氏が言われるのは、その通りだろう。むむう、しかし、残念無念。

 試聴室に入ってまず TOTORI で聴いてみたのだが、その音の良さに驚いた。ソースは FiiO M11Pro で、Pure Music モードにして DSD 変換をオンにしてある。林正樹のバンド、間を奏でるのセカンド《Green Chorus》の中の〈櫂〉。録音優秀(MA Recordings の Todd Garfinkle による)、演奏もトップ・クラス、そして曲が面白い。アイリッシュ・ハープ、フィドル、エレキ・ベース、ピアノ、それに多彩なパーカッションという、音量も音の性質もかけ離れた楽器のアンサンブルで、試聴にはちょうどいい。TOTORI は試聴用に借りているもので、ここ数日聴き続けて、常用している onso との違いもわかってきていたが、この試聴室で聴くとまるで別物。これが実力か。防音ということもあるのだろうが、それだけでもない気もする。この試聴室が欲しくなる。これはヤマハ製の「マイルーム」で、家の中に造る形。サイトをみると工事費含めて60万ぐらい。オープン・タイプのヘッドフォンの場合は聴く環境もモノをいう。ヘッドフォンでも部屋は大事なのだ。本気でオーディオ・ルームを造ろうとすれば、ウン百万からかかるわけだが、ヘッドフォンなら数十万でできると考えればやはり安上がりか。

 せっかく来たので、イヤフォン・ケースの2を買って辞去。まっすぐ帰る。帰りも、うまくロマンスカーがあったので乗る。ここ数日、痒みでよく眠れず、ゆったりすわっているとうつらうつらしてあやうく乗り過ごしそうになる。

 FiiO M11Pro の Pure Music モードへの切替方法がどうしてもわからず、やむをえず輸入元のエミライに問い合わせた。どこの画面でもいいから、画面上端からのスワイプで出てくる Android モード切替で切替える。切り換えると FiiO Music のみ立ち上がり、他は一切操作できなくなる。ゲインの切替や DSD 変換のオン・オフを行う「設定」も出てこない。これをやるには Pure Music をオフにしなければならない。

 Pure Music モードへの切替の件は唯一付いているクイックスタート・ガイドにも、公式サイトのFAQにも、どこにも無い。再度エミライに問合せると、M11 のファームウェアの 1.0.6 へのアップデートの記事にある、との答え。見ると確かにあるが、ここにしかないのはいくらなんでも不親切。M11 を経由せず、M11Pro をいきなり買ったあたしのような人間は、旧機種の古いファームウェア・アップデートの注記なんぞ、見るはずがない。M11Pro は THX、Pure Music モード、DSD変換を備えて、現状最強の DAP、THXの無い M15 より上ではないかとすら思うが、とにかくマニュアルが無いのは困る。これの前に買った HiBy R5 もマニュアルがなく、沢山ある設定項目の半分は何を設定して、どうなるのか、まるでわからない。中国製品はモノは良いが、こういう周辺環境がマイナス。輸入元の人手不足か。

 DSD 変換は何でもかんでもこれにすればいいというわけでは無さそうだ。音楽のスタイルと録音の質を選ぶと思う。しかし THX と Pure Music モードはどちらも強力。後者は R5 も備えていると謳っているが、デフォルトで入っているのか、設定するスイッチはこれまたどこにも見当たらない。

 本厚木まで帰ってきて、いつも買うパン屋がすべて夏休みで閉まっているので、最近できた食パン専門店の Pan Pa Pan でパンを買ってみる。甘いのと甘くないのと2種類あるというので、もちろん甘くない方にする。が、こちらはまた味が無い。不味くもないが、旨くもない。見るといろいろ入ってもいる。「本厚木店」とあるから、チェーン店の一つだろう。検索すると「高級食パン専門店」のチェーンがブームになっているらしい。本厚木駅周辺にも二つもできるくらいだ。どちらのも食べてみたが、どちらもパンとは別のもので、これも一過性。(ゆ)

神無月■日
 スコットランドの Shooglenihty のフィドラー、Angus Grant 死去。ジョン・マカスカーやエイダン・オルーク、ダンカン・チザムと並んで、前世紀末からスコティッシュ・ミュージックを盛り上げたフィドラーの一人ではある。バンド自体はそれほど好きというわけではないが、この人のフィドルは結構好きだった。公式 Facebook ではずっとそれに関連する記事ばかり。来年の Celtic Connection では追悼する日が設けられるとも発表された。


神無月●日
 昔の日本のデッド・ヘッドは「デッド教徒」だったという話。デッド以外聴こうともしない。デッドの音楽以外のものに関心がなかった、という。しかし、それではデッドの音楽をどこまで味わえたのだろう。アメリカにいればデッドと共有する文化は普通にあり、デッドの音楽の土台は否応なく入ってきただろう。

 しかし、そこから遙か遠いこの国では、意識して探索しなければ、そういう音楽と深いところではつながるが、一見関係のない知識を採り入れることはまったく不可能とは言わぬまでも、ひどく難しかっただろう。と、アイリッシュをはじめとするヨーロッパの伝統音楽を「食べて」いた身としては想像がつく。そして、そうした音楽以外の文化の知識は、デッドがやっていることを、その現場から遠く離れたところで適確に聞き取るのに不可欠だったはずだ、とも想像がつく。

 デッドの音楽を生み出しているものへの関心が無かったのだろうか。ガルシアは映画狂で、狂に近い読書家だった。それもコミックスから哲学書まで、幅広く読んでいた。サイエンス・フィクションも大量に読んでいた。そしてかれはなによりも画家でもあった。他のメンバーにしても、音楽だけでなく、幅広い対象に旺盛な好奇心を燃やしていた。というような話は、当時は入ってこなかったのか。

 あなたのような音楽をやりたいと思ってあなたの音楽をコピーしていると言ったファンに、ディランは答えた。
 「ちがう、ちがう、それじゃだめだ。俺のようになりたかったら、俺が真似した連中を真似することだ」

 この話がどこまで本当かは知らないが、真実は突いている。デッドのような、多様な要素が複雑にからみあっている音楽の核心を掴もうと思ったら、デッドだけ聴いていてはできない。デッドのルーツまで降りて、あるいは遡って、たどりなおさなくてはならない。

 そしてこのことは、わが国でアイリッシュ・ミュージックをやっている人びとにも当てはまる。


神無月*日
 吉行淳之介『夢の車輪』読了。出たときに買ったまま積読となり、さらに山の底に埋もれていた。クレーの絵に触発された夢の話。絵と話は直接のつながりはない。その距離のある話と絵の共振がつくる雰囲気がいい。個々の話は短篇というよりはスケッチであり、文字通り、夢を書きとめたものでもある。未完成な、生の素材のままごろりと放りだされている。この素材、コトバと絵とのふたつの素材をどう料理するかは読者にまかされる。巻末の解題までも夢のなかでのことに思える。クレーそのものも夢。この世は夢。

 JOM でジャズ・ギターの Louis Stewart の追悼記事。ジョージ・シアリングとのトリオがどうやら一番有名らしい。アイルランドのジャズ・ミュージシャンとして、初めて名を成した人の由。シアリングのトリオの音源は1970年代後半、ドイツで出たもので、後に《The MPS Trio Sessions》として未発表のものも含めて復刻されている。聴いてみるとなるほどなかなか面白い。アイルランドにはなぜかジャズで抜きんでた人がいない、と思っていたが、なるほどこういう人がいたのか。演奏に特にアイルランド的なものが聞えるわけではないが、優れたミュージシャンではある。この人の後を追って、アイルランド人ジャズ・ミュージシャンが何人も国際的舞台で活躍していると、自身ベーシストである、この記事の著者は言う。スーザン・マキュオンのパートナーのベーシスト Lindsey Horner もアイルランド人だった。ちょいと気をつけてみよう。


神無月※日
 マン島のMec Lir のサイトで CD を注文。ケープ・ブレトンで聴いたトムのフィドルは良かった。

 やってきた CD でフィドルのトムの姓が Collister であるのを見てようやく思い出した。クリスティン・コリスターがいたではないか。普通のアルトよりもさらに低い声は、イングランドやアイルランドのフォーク・シンガーには珍しくないのだが、クリスティンの声の艶かしさは、他ではほとんど聴いたことがない。その声を生んでいたものの、少なくとも一部、それも重要な一部はマン島の風土だったはずだ。その艶はリンダ・トンプソンのものに近いようでもあるが、クリスティンには不思議な明るさがある。翳りも含んだその明るさが、どこまでも昏いクライヴ・グレグスンのうたとギターと戯れあうところに、グレグスン&コリスターというデュオの魅力があった。ファーストではぴったりと合っていた二人の間がだんだんに離れてゆき、最後の5作目では正反対の方向を向いて拮抗している。その変化もまたなんとも興味深い。公式サイトを見ると元気なようだ。また、聴いてみよう。

 Claddagh に CD を注文。Neillidh Boyle の集成が出ていたのには興奮した。20世紀初めのフィドラーの中では一番好きな人。といってもコンピレーションに入っている1、2曲を聴いているだけなので、まとめて聴けるのは嬉しい。とにかく型破りの人だが、他の録音はどうか。下北沢 B&B でやっているアイリッシュの楽器講座のフィドルの回にも紹介できるだろう。他の注文はうたものが中心でフランク・ハートの遺作(?)、ラサリーナ・ニ・ホニーラ久しぶりの新作とクリスティ・ムーアの新作、Saileog Ni Cheannabhain の2枚など。

 HMV にディランのブートレグ・シリーズ 11 Complete Basement Tapes を注文。出ていたのを見逃していた。ついでに Fay Hield9Bachキャスリン・ティッケルの新作も。そろそろ今年のベスト10を数える時期だが、このあたりは入ってくるはず。入選確実はスナーキー・パピーの《2015 WORLD TOUR BOX》と グレイトフル・デッドへの巨大なトリビュート《DAY OF THE DEAD》。日本勢は沢山出て、まだジョンジョンフェスティバルの新作など控えていて、選ぶのに苦労しそうだ。


神無月△日
 スリープから復帰すると、アプリの切替にひどく時間がかかる。どうやら Hey Siri で Siri を起動する設定にしたところがあやしいのでアクセシビリティの該当項目をオフにする。これだけではメニューバーのアクセシビリティが消えず、レインボウ・カーソルがくるくる廻るだけなので再起動。やはり MacBook 12inch では非力のようだ。


神無月□日
 Tor.com の短篇配信。Margaret Killjoy は genderqueer ということで、写真を見ると男性だが、ジェンダーを明らかにしないスタンス。こういう人物の人称代名詞は they で受ける。なるほどジェンダーの無い三人称代名詞はこれしかない。将来 they の単数形ができるだろうか。しかし新しくできる語彙は名詞、動詞、形容詞、感嘆詞などで、代名詞や前置詞はまだ無い。できたならば、言語としては大革命かもしれない。

 ひるがえって日本語ではどうだろう。「この人」「あの人」でOKか。人称代名詞を使わないことも可能だし、その方が自然にもなる。つまり日本語は英語よりもジェンダーの別をつけない、ということか。しかし一人称や二人称では英語よりも語彙が豊冨になる。英語の一人称、二人称にはジェンダーの別は無い。日本語においてジェンダーを明らかにしなければならないのは、目の前にいる相手に対してであって、第三者に対してはどちらでもかまわない。すると、日本語において、目の前にいる相手に対して、ジェンダーを明らかにしないようにするにはどうすればいいのか。


神無月◯日
 久しぶりに神保町に行く。書泉のブックマートが靴屋になっている。ショック。その一方で小学館が本社ビルを建てかえて、完成間近。旧社屋は『オバケのQ太郎』の大ヒットのおかげで建てたと言われて「オバQビル」と呼ばれた。今度は何なのだろう。そういえば角川も飯田橋にいくつもビルを建てていた。本郷のビルは放置しているらしいのは余裕か。

 と思ったら、角川、じゃない KADOKAWA は、全ての機能を所沢に集めようとしていると聞く。編集とか営業とかも遠隔操作でやるのだろうか。


神無月×日
 カナダに持っていった BiC ReAction Gel を羽田から家までのどこかで落としたらしく、廃番になっているので、あちこち探しまわるが、見つからない。と思っていたら2本買ってあったらしく、もう1本出てきてほっとする。この太さがいい。こういう太いものは国産では無い。かつてトンボが Zoom シリーズで出した Oceano がやはり太くて、書きやすく、マット仕上げの表面がつるつるになるまでシャープペンシルを使いこんだ。ビックのリアクションは、内部のスプリングによって紙面からの反発を軽減し、疲労を軽くする、というのだが、それだけでなく、太い軸は長時間集中しても疲れがない。カナダからの帰り際、トロントの空港での待ち時間に3日分の日記を3時間くらいで一気に書いたときも、手はまったくくたびれなかった。もう一つ、先端のキャップが金属製なのもグッド。

 ビックのサイトを見ると、Select というシリーズの 3 Grip がまた太くて具合が良さそうなのだが、ヨーロッパだけで売っているようだ。ビック・ジャパンが国内で売っているのは、ビックの筆記具の中でもごく一部だ。販売地域がアジアとなっているものでも扱っていない。

 ビックの Global サイトにはかなりの種類の筆記具があり、眺めているとコレクションしたくなってくる。一つひとつは安いが、完璧に揃えるのは結構たいへんそうだ。

 最近の筆記具のヒットは何といっても ロディア スクリプト シャープペン。新宿のハンズで見つけて、メタリック・オレンジの色合いの良さと金属製の姿に惹かれて買ってみたが、実に気持ち良く書ける。細身に見えるが、細すぎず、重くも軽くもなくて、まず手にしっくりくる。これで0.7ミリがあればとは思うが、まあ文句はない。筆記具専門メーカーではないから、ちょっと驚いた。


神無月&日
 こないだ Claddagh にCDを注文したばかりだが、またあれこれ出す。今度は12月のアイリッシュ・ハープ講座のための資料。まあ、泥縄だ。知らない、聴いたことのない人のものばかり選んだが、それでも10枚ほどになる。ハープもフルートと同じで、演奏者が増えているようだ。昔デュオの録音を楽しく聴いたアン=マリー・オファレルとコーマック・デ・バラは、各々のソロ、デュオともたくさん出ているが、今回はパス。


神無月▽日
 Apple 謹製の Lightning > ミニ・プラグ・アダプタは結構音が良い。と思っていたら、ささきさんが突っ込んだ記事を書いてくれた。

 理屈はこういうことだが、この音が千円でお釣りが来る「投資」で得られるのは嬉しい。ヘッドフォン祭でも iPhone のヘッドフォン・ジャックをソースにして試聴する人は意外に多いが、これをかますだけでもオーディオ・ライフは楽しくなる。デジタルとはこういう風に使えるもんなのだのう。あとはCDをちゃんとリッピングして、音のいいプレーヤー・アプリを使えば、モバイル・オーディオを本格的に楽しむためのソースとしての土台はできる。

 もっとも、それよりもネット上の音源、YouTube や SoundCloud などで音楽を聴くという、圧倒的に多いだろうリスナーにはありがたいものになる。そういう意味でも、やっぱり iPad 用だよなあ。(ゆ)

 ニール・ヤング、えらい!

 正直、危惧していたところもあったんです。かれがやっているのははっきり言って爆音で、なん十年もあんな音でやっていたら耳がいかれてもおかしくはない。実際、補聴器のお世話になっているロック・ミュージシャンも少なくないと聞きます。

 しかし、これを聞くかぎり、ニールの耳はまっとうです。やっぱり、ちゃんと気をつけて、十分休めたり、メンテをしたりしていたんでしょう。アコースティックのセットを入れるのも、そういう要素もあるのかもしれません。

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 ぼくがこれに飛びついたのは、ニールのファンであることや新しもの好きは別としても、これがミュージシャンが企画し、音決めの中心になっているという点で、ひじょうに稀な、ひょっとすると史上初めてのオーディオ装置だ、ということがありました。音楽もやるエンジニアが造ったものやミュージシャンが協力したものはあったでしょうが、ミュージシャン自身がゼロから企画して製品化したプレーヤーは、少なくともコンシューマ・レベルではほとんどないんじゃないか。

 一番近いものとしては、ヘッドフォンにおける Beats でしょう。ミュージシャン自身が、わたしの、おれの音楽はこれで聴いてくれ、というツール。

 まだ使いだして数時間ですが、当面メインのリスニング環境になるでしょう。音が良いとか、音質の良し悪しということよりも、聴いていてとにかく気持ちがいい。どんどん音楽を聴きたくなります。ぼくにはこれがどんなものよりも確実な基準なのです。

 試聴して、凄い音だなあ、と感心はしても、ずっと聴きつづけたいとは思わない音を聴かせる装置は少なくありません。というよりも、そういうハードの方が多い。こりゃすげえ、と一目惚れして買いこんでも、しばらくは夢中になっているが、いつの間にか使う頻度が減っている、という体験を何度もしています。

 別の言い方をすると、PonoPlayer はとても「楽な音」を聴かせてくれます。録音されている音が、ひとつ残らず、しかも無理なく、耳に入ってきます。気を張って、さあ聴くぞ、と神経を集中させるなんてことをしなくても、音楽の各要素が、それぞれ適切なバランスで、ありありと立体的に聞こえてきます。そして、全体として、音楽を聴くことがとても楽しい。快感です。ほんのちょっとしたデターユに、背筋に戦慄が走ります。今は試しとして、聞き慣れた曲を聴いているわけですが、さんざんいろいろなハードで聴いた曲で、ああ、ここでこの楽器がこんなことをやっていたのか、とあらためて教えられます。それも、さあどうだ、こいつを聴けえ、という押しつけがましさは皆無。さりげなく、ごくあたりまえのこととして、さらりと奏でられる。発見しながら、あっと驚くのではなく、するりと納得してしまっています。

 そういう意味では音が変わることを喜ぶオーディオ・ファンにはあまりお好みではないでしょう。音よりも音楽を聴きたい、それもなるべく良い音で聴きたいリスナーが適当なDAPを探しているのなら、第一候補になると思います。

 192/24までのサポートというのも、スペックを良くすることよりも、ミュージシャンが聴かせたい音楽を聴いてもらうにはこれが必要ということなのでしょう。

 本体のメモリにはニール・ヤングの《ハーヴェスト》のタイトル曲が入っています。これはハープも含めたフルオケをバックにニールがうたう形ですが、こんな曲だったのか、とこれには驚きました。このうたのバックとしてフルオケがふさわしいと判断したその意味がようやくわかりました。それはおまえが鈍感だからだと言われればその通りですが、そういう鈍感なぼくでも否が応なくわかってしまうくらい、この音には説得力があります。

 ならばCDレベルやMP3では全然話にならないのかといえば、むろんそんなことはありません。それまでダメだった音が192/24になったとたん、いきなり良い音になるなんてことはありえません。どんなタイプのファイルでも、気持ちよく、楽に、デターユに満ち、生き生きとした音楽を楽しめます。ただ、レゾリューションが上がれば、デターユを描く精度が上がり、立体感がより鮮明になり、音に込められたエネルギーがより大きくなります。

 イヤフォンは音茶楽の Flat-4 粋、FitEar、ヘッドフォンは Yuin G1a です。ちょっと心配していた、敏感なイヤフォンでのノイズもありません。

 対応インピーダンスは見当りませんが、Yuin G1a はインピーダンスが150オームで、まったく問題ありません。Pono のフォーラムではベイヤーの DT990 Pro で Momentum を圧倒する音が聴けたという報告があります。これは250オームです。Oppo PM1 を試した人もいました。音質の好みはともかく、ドライブには直刺しで問題なかったようです。

 タッチパネルの反応は上々で、これまでのDAPで最もきびきびした動きです。敏感すぎることもありません。

 断面が二等辺直角三角形になる角柱は案外手になじみます。また、テーブルなどに置いた場合も安定し、かつ、ぺたっと寝た形よりも場所をとらない気もします。

 重さははじめ見かけよりも軽く感じますが、持っていると適度な重みがあります。

 メモリは内蔵が64GB。マイクロSDカードは128GBまでサポート。Grateful Dead 限定版には64GBのカードが付属し、これに《WORKINGMAN'S DEAD》全曲と《TERRAPIN STAITON SUITE》というタイトルで6曲入ったアルバムが収録されています。ともに192/24のflacファイルです。上記のニール・ヤングの〈ハーヴェスト〉は内蔵メモリに入っています。

Pono display 縦
 

 バッテリーは4時間でフル充電、とマニュアルにあります。持続時間は書いてありません。まだわかりませんが、かなり長そうです。スリープ状態では1週間保つそうです。

 ファイル・タイプとしては主なところはOKです。cue sheet はわからないので、質問を投げています。


 それにしても、シングルエンドでこの音とすると、バランス化したらどうなるのか。実に楽しみになってきました。(ゆ)

 Winds Cafe 215 「メランコリーの妙薬」が来週日曜日にあります。

 会場は三軒茶屋の「レンタルスペースSF」です。
くわしくはこちらをどうぞ。


 準備は順調に遅れております。目星をつけた音源をひたすら聴いているんですが、なかなかこれと思うものにぶちあたりません。プログラムを組むためにリサーチを始める前は、もっと簡単に組めると楽観していたんですが、なかなかどうして、敵もさるもの、やはりたやすい相手ではありません。

 一聴してこれは「陰々滅々」だ、これを聴かせれば、一発でノックアウト、という曲は実はごく少ないのです。表面では明るく、朗らかに、あっけらかんとうたっているようで、よくよく聴くと根が昏いものが多い。イングランド人はやはり一筋縄ではいきません。その点ではスコットランド人やオーストラリア人の方が単純であります。アイルランド人は今回はたぶん多くはありません。一人か二人でしょう。クリスティ・ムーアなどは昏い時と明るい時がはっきりしていて、その昏い時の代表を入れようかと思うとります。

 当日は15曲、というのは前回のチーフテンズの時と同じ曲数です。はたして時間通りにいくかどうか。

 なお、上のウエブ・サイトでの案内では、終演後にパーティーとなっていますが、聴く間も飲んだり食べたりしていただいてかまいません。アルコールが入ると「陰々滅々」がもっと嵩じて、ほんとうに這い上がれなくなる場合もありますので、飲みながら聴かれるのも一興かと。アルコールがダメな方はお好きなものでどうぞ。

 ただ、あたしはタバコの匂いだけでも苦手なので、室内は禁煙でお願いいたします。パイプと葉巻はよいかも。あれは強烈というので、パイプ禁止の喫茶店なんかもありますが、あたしはむしろ紙巻よりはまだよいです。


 準備をしながら片方で Blair Jackson のジェリィ・ガルシアの伝記をこつこつと読んでおります。これはガルシアの死の直後に書かれているので、「陰」の部分はもちろん出ていませんが、一方で同時代、同じ空気を吸った人間にしか出せない味、ちょうどデッドやジェリィ・ガルシア・バンドのライヴが醸し出す独特の「ゆるさ」とリズムがあって、そこにはまるとずるずると読み続けてしまいます。

Garcia: An American Life
Blair Jackson
Penguin Books
2000-08-01



 その中で1971年のライヴ・アルバム GRATEFUL DEAD 通称 "Skull & Roses" のくだり、このアルバムのタイトルを SKULLFUCK とするとバンドが主張して、レコード会社のワーナー・ブラザースの社長がひっくり返るところは椅子からころげおちそうに笑ってしまいましたが、この補遺として著者がウエブ・サイトに載せている文章がまた輪をかけて面白い。デッドが LA のハリウッド・パラディアムでショウをした際に、バンドとワーナー幹部がこの件でもった会合の話をジェファーソン・エアプレインとニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジのドラマーだったスペンサー・ドライデンが回想しています。一番下の方の "Page 217, bottom; more on the "Skullfuck" episode:"。

 その最後の一節。今だったら別だろうが、1971年にそんなタイトルをつけられるわけがない。しかしそこにデッド側の「関係者」として同席していたドライデンも含めた数十人は、その主張が通ると信じていた。
「それがグレイトフル・デッドなんだ。連中は世間からはいつも少しズレていた。もちろんだからこそかれらは凄いわけだけどね」

 一言補足すれば、グレイトフル・デッドは世間からズレるために、そうしようと意識してズレていたわけではない、ということでもあります。かれらにとってまったく当然と思えることが、結果としてズレていることになる。さらに加えて、たとえそうすればズレることになるとわかっていても、ズレないように自分たちのふるまいを軌道修正することはしないし、またできない。もちろん、ズレていることでイタイ目に会うことは避けられません。例えばこの話のすぐ後、デッドはワーナーから離れて自分たちのレコード会社を立ち上げて大失敗します。しかし長い眼で見れば、グレイトフル・デッドはまさに他に類例のない独自の現象として顕現しつづけています。その音楽に親しみ、入れ込む人間の数は増えつづけています。

 イングランドやスコットランドの「陰々滅々」音楽というのもまた世間からはズレているものでしょう。それを看板にした「ブラックホーク」の戦略もまた、世間とのズレを逆手にとったものでした。松平さんにとっては、グレイトフル・デッドよりは意識的な行動ではあったかもしれませんが、やはりどうしようもなくズレてしまう自分の資質に忠実であろうとした結果だったのでしょう。

 とはいえ、こちらとしては世間からズレているかどうか、どれくらいズレているかどうか、ということはどうでもいいことなので、ひたすら「陰々滅々」で「心地良い」音楽を選んでおります。一聴忘れがたいということもほとんど無い、むしろ喉の小骨のように引っかかってくれるかもしれない曲であり、うたい手であります。



 何で聴いているのかって?

 ふふふ、AK120に音源を入れて、GloveAudio A1 にはめ込み、ヘッドフォンはゼンハイザー HD414 に HD650用のバランスケーブル CH650S を付け、ALO Audio の4ピンXLRから角型4ピン・ミニバランス・ジャックへのアダプタをかませてます。HD 414 の真の実力がようやく発揮されてます。この組合せで聴くと、昔リッピングした AAC ファイルでも、ほとんどハイレゾ、ですね。

A1+414-3A1+414-1A1+414-2


 GloveAudio A1 のお求めはこちらでどうぞ。今なら発売記念特典付きです。
 というわけで、GloveAudio A1 の宣伝でした。


 では、Winds Cafe 215 でお眼にかかりましょう。(ゆ)

 例によって一日遅れで、月初めの情報号は明日配信します。

 しかしまあ、iPhone は騒がれすぎじゃないかなあ。あたしみたいな新しもの好きやマック・フリークが騒ぐのはわかるけど、一般紙までがあんなでかでかと取りあげるようなことでもないとおもふ。ただでさえ、活字のサイズを大きくして、情報量が減っているんだから、何を載せるか、もっと厳しく判断すべし。

 いや、新聞にはしっかり生き残ってもらいたいのです。(ゆ)

 梅雨の晴れ間の散歩から帰ってきてみたら、Mac お宝鑑定団のブログでソフトバンクが発表というニュースが流れていた。

 ドコモはどうもアップルとは合わないんじゃないかと思っていたから、まあ、おちつくべきところにおちついたと言うべきではあろう。

 とはいうものの、待たされすぎて、当初の意欲が半減していることは確か。iPod touch で、あのインターフェイスも味わえてしまったし、ケータイを持たねばならない必要もあまり感じない。むしろ、やはりできるだけ手元にたくさん曲を持っていたいから、大容量のクラシックに惹かれたりもする。

 しかし、別の見方をすれば、むしろ、かつてのニュートンや一時期の Palm のような使い方、つまり PDA として本格的に使えるとおもしろいかもしれないMandal-Artが対応してくれると、楽しくなってくる。iPod 機能で音楽を聴きながら、Mandal-Art で原稿を書く、というのは想像するとわくわくしてくる。

 まあ、Mandal-Art とまでいかなくとも、iPhone 向けのテキスト・エディタあるいは高機能なメモ帳、Mori とか DEVONThink とか Yojimbo、あるいは Tree でもいいが、ああいうタイプのアプリが使えるようになると期待する。

 ウォークマンと iPod で音楽は「書斎」から解放された。変わってゆく風景の中で聞くことで音楽も変化するのは新しい体験だったから、今度は原稿を書くことが「書斎」から解放されるかもしれないと思うと期待もふくらむ。当然、生まれてくる文章も変わるはずだ。

 iPod touch でもやろうと思えば不可能ではないが、あのメモ帳だけでは文章を書こうという意欲が湧いてこない。iPhone だからプログラマは様々なアプリを開発しようという意欲が湧くのだろうし、こちらもそうして開発されたアプリを使う意欲が湧いてくる。実際には同じことなのかもしれないが、touch はどうも「iPhone もどき」という感じは否めない。

 と妄想をふくらませておいて、さて、いくらだろうか。

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