クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

タグ:レコード

 スコットランド音楽の「ナショナル」・レーベル Greentrax Records の創設者 Ian D. Green が今月10日に亡くなったそうです。1934年にスコットランド北東部インヴァネスの東の Forres に生まれて、享年90歳でした。死因は公表されていません。



 こんにちのスコットランド音楽の隆盛の少なくとも半分、実質的にはその大部分をグリーンの活動に負うと言って言い過ぎではありません。Greentrax Records が無ければシューグルニフティもピートボッグ・フェアリーズもデビューはずっと遅れたか、あるいはそもそも世に出られたかどうか、あやしいところがあります。Simon Thoumire が Hands Up Trad の追悼記事で書いているように、新人発掘にグリーンは特異な才能を発揮しました。才能ある新人を拾いあげるだけでなく、レコードを出すこととそのプロモーションを通じて確実にかれらの音楽の価値を広めました。ECM のように、Greentrax から出るものならば買って聴く価値があると認められました。

 Greentrax Records からのリリースにもお世話になりましたが、個人的にはグリーンが Greentrax を設立する前からやっていた Discount Folk Records の存在がありがたかったです。スコットランドの伝統音楽やフォーク・ミュージック、フォーク・ロックのレコードを買えるところとして頼りにしていました。むろんネットなどまだ無い頃で、初めの頃はファックスでやりとりしていたと思います。一番最初、1980年代半ばはたぶん手紙だったでしょう。

 一方 Greentrax がリリースするタイトルの幅はひじょうに広く、スコットランド音楽の最先端から、エディンバラ大学スコットランド研究所が出していたアーカイヴ録音のシリーズや、ハイランド・パイプの芸術音楽 piobaireachd ピブロックの名手たちの貴重な音源まで出していました。ケープ・ブレトンはじめ北米のスコットランド系ミュージシャンもいます。グリーンの懐の深さがしのばれます。

 グリーンの職業はエディンバラ警察の警察官でした。1960年代に Edinburgh Police Folk Club を作ったというのもいかにもスコットランドらしいです。さらに Edinburgh Folk Club の創設メンバーであり、スコットランド音楽の雑誌 Sandy Bell’s Broadsheet の編集にも関りました。The Living Tradition はこの雑誌の後継者でありました。ちなみに Sandy Bell はエディンバラの有名な音楽パブで、ここでのライヴを集めたオムニバスも出ています。

 グリーン本人はミュージシャンではなかったそうですが、その貢献はどんなミュージシャンよりも大きいものがあります。スコットランドの音楽を教えてくれた師匠の一人として、感謝をこめて、ご冥福をお祈りします。合掌。(ゆ)

 新興の版元カンパニー社から『新版 ECM の真実』が出て、その記念のイベントがあり、著者の稲岡邦彌氏とバラカンさんが出るというので、行ってみた。なかなかに面白い。

 あたしにとって ECM とは、ジャズ的に面白くルーツ・ミュージックを料理した音楽を聴かせてくれるレーベル、である。だから、そこから一枚選ぶとすれば、Anouar Brahem, Barzakh, 1990 になる。 これであたしは ECM を「発見」するからだ。つまり、そこからの新譜をチェックする対象のひとつに ECM が入ったわけだ。

Barzakh
Brahem, Anouar
Ecm Records
2000-04-11



 なので昨日のイベントでバラカンさんが選んだ一枚としてブラヒムの Thimar からかかったのは、我が意を得たりというところだった。バラカンさんは、リスナーからずばりと当てられて、がっくりされてたけれど。

Thimar
Brahem, Anouar
Ecm Records
2000-01-25

 

 ブラヒムに続いて、1994年、Lena Willemark & Ale Moller の Nordan が登場し、ますます ECM は身近になった。これ以後、Agram, 1996, Frifot, 1999 と続く。Nordan、Agram はそれぞれに北国の冬と夏を描いて、かれらのアルバムとしてもピークとなったし、およそヨーロッパのルーツ・ミュージックでくくられる音楽の録音としてもベストに数えられるものではある。

Nordan
ECM Records
1994-09-19



Agram
ECM Records
1996-09-16




Frifot
ECM Records
2017-08-01


 実を言えばノルウェイの Agnes Buen Garnas がヤン・ガルバレクと作った Rosensfole が1989年に出ているのだが、これは後追いだった。ガルバレクは1993年の Twelve Moon でもガルナスと、サーミ出身のマリ・ボイネを起用する。

Rosensfole
Garbarek, Jan
Ecm Import
2000-08-01

 
トウェルヴ・ムーン
ヤン・ガルバレク・グループ
ユニバーサル ミュージック クラシック
2004-02-21



 北欧勢では Groupa の Mats Eden の MILVUS が1999年。

Milvus
Mats Eden
Ecm Import
2008-11-18



 Terje Rypdal がいるじゃないかという向きもあろうが、あたしから見るとかれはジャズの人で、ルーツ=フォーク・ミュージックの人ではない。ガルバレクも同じ。もともとルーツ=フォークをやっていた人の録音が ECM から出るのが面白いのである。

 Jon Balke を知るのはもう少し後で、Amina Alaoui の入った2009年の Siwan からだ。知ってからはバルケの Siwan は追っかけの対象である。

Siwan (Ocrd)
Balke, Jon
Ecm Records
2009-06-30


 アミナにはもう一枚 Arco Iris もある。

Arco Iris
Alaoui Ensemble, Amina
Ecm Records
2011-06-28


 
 さらにフィンランド ノルウェイの Sinikka Langeland が2007年の Starflowers から ECM で出しはじめる。

Starflowers (Ocrd)
Langeland, Sinikka
Ecm Records
2007-08-21



 フィンランドでは Markku Ounaskari, Samuli Mikkonen, Per Jorgensen の Kuara が2010年。

KUARA-PSALMS & FOLK SO
OUNASKARI, MARKKU
ECM
2018-10-05



 この流れでの最新作は先日出た Anders Jormin, Lena Willemark, Karin Nakagawa, Jon Falt による Pasado En Claro, ECM2761だ。2015年 Trees Of Light 以来のこのユニットの新作。

Pasado En Claro
Anders Jormin
Ecm Records
2023-03-03



Trees of Light
Lena Wille
Ecm Records
2015-05-26



 南に目を転じると Savina Yannatou の TERRA NOSTRA が2003年だが、これは2001年のギリシャ盤の再発で、ECMオリジナルは2008年の Songs Of An Other から。あたしなんぞは ECM で TERRA NOSTRA を知った口だから、この再発はもちろんありがたい。

Songs of an Other (Ocrd)
Yannatou, Savina
Ecm Records
2008-09-09

 

 同じギリシャから Charles Lloyd & Maria Farantouri の Athens Concert が2011年。

アテネ・コンサート
マリア・ファランドゥーリ
ユニバーサル ミュージック クラシック
2011-09-07



 サルディニアの Paolo Fresu, A Filetta & Daniele di Bonaventura の Mistico Mediterraneo も2011年。

Mistico Mediterraneo
Fresu, Paolo
Ecm Records
2011-02-22



 アルバニアの Elina Duni のカルテット名義の MATANE MALIT: Beyond The Mountain が2012年。

Matane Malit
Duni, Elina -Quartet-
Ecm Records
2012-10-16



 イラン系ドイツ人の Cymin Samawatie & Cyminology, As Ney が2009年。

As Ney (Ocrd)
Cyminology
Ecm Records
2009-03-09



 こういう人たちは ECM で教えられたので、まったく ECM様々である。

 という具合ではあるが、それにしても、June Tabor, Iain Bellamy & Huw Warren, QUERCUS が2013年に出たときは驚いた。

Quercus
Quercus
Ecm Records
2013-06-04



 が、それよりもっと驚いたのは Robin Williamson が2002年に Skirting The River Road を出していたのを後から知った時だった。ウィリアムスンはさらに2006年 The Iron Stone、2014年 Trusting In The Rising Light と出している。ウィリアムスンはたぶん ECM の全カタログの中でも珍品と言っていいんじゃなかろうか。このあたり、ECM 中でも「メインストリーム」のリスナーはどう評価するのだろう。その前に、アイヒャーがこういう音楽のどこに価値を見出したのか、訊いてみたくなる。いや、文句をつけてるわけじゃない。ただ、ウィリアムスンのこういう音楽は、聴くのがつらくないといえば嘘になる。ウィリアムスンはハーパーとしてすばらしいアルバムもあるし、アメリカで出した Merry Band とのアルバムは好きだ。が、インクレディブル・ストリング・バンドがあたしはどうしてもわからないのである。ECM での音楽は、かつて ISB でやろうとしてできなかったことを、思う存分、やりたい放題にやったように聞えて、そこがつらい。ISB が大好きという人もいるわけだから、聴く価値がないなどとは言わないが、なんとも居心地がよくないのだ。

Skirting the River Road
Williamson, Robin
Ecm Import
2003-08-12

 
American Stonehenge
Robin Williamson
Criminal
1978T


 あたしにとってこういう音楽を聴かせてくれるのが ECM である。そりゃ、キース・ジャレットは聴きますよ。ラルフ・タウナーも好きだ。パット・メセーニ(ほんとは「メシーニー」が近い)、それにもちろんガルバレク、リピダルはじめ北欧のジャズの人たちもいい。ECM としてはこのあたりが主流になるんだろうけど、ただ、それはあたしにとってはサイド・ディッシュなのである。というよりデザートかもしれない。スイーツという味わいではないけれど、あたしの中の位置としてはそれが一番近い。

 上に挙げたようなルーツ系の ECM は一方で、ここでしか聴けない音楽、各々のミュージシャンの、他ではなかなかに聴けない音楽を聴かせてくれる。ふだん出すようなレコードとはまったく違うアプローチの音楽だ。中にはヴィッレマルク&メッレルのように、ベストと言いきってもいいようなものすらある。ルーツ系 ECM のレコードは、主食としてもたいそう美味しく、そして珍しい味なのだ。

 昨日のイベントでは、このあたりの話も出るかなとほのかに期待していたが、そこまで行かなかった。『新版 ECM の真実』でも、1990年代から顕著になるこのあたりの動きは、あっさり飛ばされている。ECM のファンでも ECM をジャズのレーベルと認識している大半の人にとっては、ワケわからん世界なのだろう。ウィリアムスンのように、あたしでさえワケわからんものすらあるので、無理もないといえば無理もない。ただ、ヨーロッパの伝統音楽のファンは聴かない手はない。北欧しか聴きませんという向きも、ECM の北欧系ルーツ・ミュージックは聴く価値がある。

 稲岡氏の話でまず面白かったのは、ECM が当初クラシックのリスナーを購買層に想定していたというところ。わが国でジャズのリスナーとクラシックのリスナーの数を比べれば1対10ぐらいだろう。ヨーロッパではこの差は何倍にもなる。アイヒャーがめざしたのは、ジャズのミュージシャンを起用するが、クラシックのリスナーにも抵抗感の小さな音楽だった、というのだ。ピアノ・ソロなどはその典型で、クラシック・ファンはピアノ・ソナタなどで、ピアノ・ソロには慣れている。グレン・グールドやフリードリッヒ・グルダのような人もいる。加えて、クラシック・ファンは音楽に金を使う。レコードを買うのもシングル単位ではなく、アルバム単位だ。

 なるほど、チーフテンズがアイリッシュ・ミュージックをクラシック・ファンに売りこもうとしたのも戦略としては同じだ。いずれにしても、各々の音楽の従来のリスナー以外の人たちに聴かせようとした。どちらもそれぞれの名前をブランドにしようと努めた。今では ECM から出るものなら、未知のミュージシャンでも音楽の質は保証されると信頼されるようになっている。チーフテンズも、そのコンサートやレコードに失望されることはないという信頼感があった。

 稲岡氏の話でもう一つ、ECM のあのサウンド、アンビエントやリヴァーブ成分が多いとされるあのサウンドは、教会の響きなのだ、という話。これまた言われてみれば、そりゃそうだとうなずいてしまう。だから、小さい頃から教会の響きには慣れているヨーロッパのリスナーにしてみれば、ごく自然な響きになる。アメリカの、ブルー・ノートの音はなるほど、狭いクラブでの響きだ。もっとも、ルーツ系のアルバムでは、いわゆるECMサウンドはあまり強くない。むしろ、楽器や声のそのままの響きを大切にしている。

 一方、バラカンさんから出た、ECM が出てからジャズがまったく別のものになった、というのにも、膝を叩いてしまった。コルトレーンが死んだところにひょいと出てきたリターン・トゥ・フォーエヴァーは ECM だったのだ。昨日のイベントで流された、1971年ドイツでのライヴという、マイルス・デイヴィスのバンドで、大はしゃぎで電子ピアノを弾きまくっているキース・ジャレットの姿はもう一つの象徴に見えた。『ビッチェズ・ブリュー』50周年記念のトリビュートとしてロンドン・ベースのミュージシャンたちが作った London Brew などは、エレクトリック・マイルスのお父さん、ECMのお母さんから生まれた子どものように、あたしには聞える。

London Brew
London Brew
Concord Records
2023-03-31



 会場で買った『新版 ECM の真実』を読みながら帰る。ぱらぱらやっていると、本文よりも、今回増補されたインタヴューや対談、それと『ユリイカ』と『カイエ』表4(裏表紙)に「連載」されたエッセイ広告に読みふけってしまう。(ゆ)

05月13日・金
 Massdrop 改め Drop からのニュースレターで Massdrop 時代以来のベストセラー Sennheiser HD6xx を誘ってくるのでサイトで値段をあらためると240ドル。送料15ドル。船便か、と思いながらも安さに惹かれてポチ。HD650は新仕様になったとかで、この春にがんと値上がりし、今、安いところで6.5万。定価は7万。これも民生部門売却の影響か。今さら650でもあるまいと思っていたが、諸般の事情で必要になってきた。

 Proper Records からのニュースレターを見て、Ye Vagabonds の新作、Bryony Griffith & Alice Jones のデビュー作など5枚注文。アイルランド1枚、イングランド4枚。


##本日のグレイトフル・デッド
 05月13日には1972年から1983年まで7本のショウをしている。公式リリースは4本、うち完全版2本。

1. 1972 Lille Fairgrounds, Lille, France
 土曜日。ヨーロッパ・ツアー16本目。
 《Europe ’72: The Complete Recordings》で全体がリリースされた。
 リールはパリの北150キロほどの街。このショウにはいわくがある。もともとは05月04日のパリ公演の直後に予定されていた。ところがトラブルが起きる。狂信的なファンの1人がデッドはフリー・コンサートをすべきだとパリのショウが終ったところでねじ込んできた。クロイツマンに言わせれば、タダ券が欲しかっただけということになるが、とにかくこの男はホテルにまでつきまとい、とうとうクルーの1人に追いはらわれる。逆恨みした男は機材を積んだトラックのガソリン・タンクに砂糖ないしアイスクリームをぶちこんだ。おかげで翌日、トラックは動かなくなる。一足先にリールに入っていたバンドは、待てど暮らせど機材が来ないので、どうすることもできない。さらに悪いことにリールは労働運動が盛んで、人びとはおとなしくない。ショウが行われず、プロモーターは払い戻しに応じないので、騒ぎだす。ウィアとレシュが説得しようとしたが、たどたどしいフランス語で通じるはずもない。とうとう身の危険を感じて、バンドはバラ1本を楽屋の窓際に残してほうほうの態で逃げだした。そのバラに託した約束を守り、リベンジとして行なわれたフリー・コンサートがすなわちこのショウである。街の遊園地の一角に即席のステージを造ってたっぷり3時間演奏した。見ていたのは、たまたま通りかかった人びと、週末の散歩に出てきた家族連れ、アベック、学生、その他。途中で雨が降ってきて中断。止むと再開した。レシュに言わせると、辺りはフランス印象派の絵そのものの世界だった。有名なスーラの「グランド・ジャッドの日曜日の午後」というところか。ああいうところで、たとえばツェッペリンとかストーンズとかがやるのはまるで場違いだが、デッドは妙に合うような気もする。
 演奏は最高とは言わないが、このツアーらしい、きっちりしたもの。この経緯もいかにもデッドならではだが、こういうフリーの、まじめに聴いている人間がいるのかいないのかわからないような街頭の演奏でも、音楽がまったく変わらないのもデッドだ。観客がまったく皆無というのは、ミュージシャンにとってかえって解放されるところがあることは、篠田昌巳と西村卓也の1987年前橋での街頭ライヴ録音(《Duo》off note, 1996)にも明らかだが、そこはジャズとロックの違いだろうか。
DUO
篠田昌巳・西村卓也
オフノート
1996-07-21


 もっともデッドもまた、演奏する第一の目的は自分たちが愉しむためだ。たとえ誰一人観客がいなくても、期待すらできなくても、やはり同じように質の高い演奏をしただろう。ただ、デッドは聴衆との交流を好む。その反応を糧とする。その意味ではデッドにとって、聴衆は不可欠だ。たとえ、自分たちの音楽に接するのが初めてで、とりわけ関心があるわけではない相手であってもだ。そしてデッドの音楽には、そういう人間をも釣りあげる、不思議な魅力がある。このショウから40年近く経って、あたしが釣りあげられたように。
 次は3日後、ルクセンブルク。長いツアーも終盤である。

2. 1973 Iowa State Fairgrounds, Des Moines, IA
 日曜日。前売5ドル、当日6ドル。開演1時。三部制。
 第二部クローザーの〈Playing In The Band〉が2010年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 全部で4時間半。出来はそこそこ、らしい。

3. 1977 Auditorium Theatre, Chicago, IL
 金曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。
 全体が《May 1977》でリリースされた。なお、テープ損傷のため、クローザーの2曲〈Goin' Down The Road Feeling Bad> One More Saturday Night〉はこの年の少し後のショウのものと差し替えられている。前者は06-08ウィンターランド、後者は05-28ハートフォードのもの。どちらも先に公式に完全版がリリースされている。どちらも本来のこの日の演奏よりも若干長い。その後のアンコール〈U.S. Blues〉はこの日のもの。
 第一部8曲目で〈Jack-A-Roe〉がデビュー。伝統歌で、1995-06-25まで117回演奏。ガルシアの持ち歌で、ソロ・プロジェクトでも演奏している。ブリテンでの最古の文献は1800年前後まで遡り、そこでは〈Jack Munro〉と呼ばれている。セシル・シャープがアパラチア南部で多数のヴァージョンを収集している。ここで歌われているのもアパラチアのヴァージョンの一つだろう。もっとも全体の演奏はほとんどカウボーイ・ソングのノリ。ジェリィ・ガルシア・バンドではもう少しフォーク調になるようだ。初演のせいか、終始ガルシアだけが歌う。
 05-08の〈Morning Dew〉のような、それだけで世界をひっくり返すようなものは無いかもしれないが、どの曲も、聴くとこれはベスト・ヴァージョンと言いたくなる。たとえば〈Cassidy〉のガルシアのソロ。〈Friend of the Devil〉の鍵盤、あるいは第一部クローザーの〈Scarlet Begonias> Fire On The Mountain〉。この時期は全体にそうだが、この最後のペアはとりわけテンポが最適で、ガルシアのヴォーカルもギターも絶好調。SB の歌が終ってからガルシアはソロをとらず、ドナがセンスのいいスキャットを入れ、ベースがリードしてどんと FOTM へ転換するところ、いつもと違うのもカッコいい。そしてこの FOTM でのガルシアのギターを聴くのは無上の歓び。
 ガルシアのギターは第二部でもますます冴えて、オープナー〈Samson and Delilah〉では、定型のフレーズを変奏してゆく、その一つひとつが面白い。一方〈Estimated Prophet〉でのギターはメロディからはずれた発展形、ジャズの手法で、このソロはこの春のツアー全体でもベストの一つ。同様に美味しい 〈Drums> The Other One〉を経て、次の〈Stella Blue〉がハイライト。ガルシアのヴォーカルの力の入り方は一瞬、スピーカーが壊れるかと思うほどだし、ギターもそれにふさわしい。
 その後はテープがダメだと正直に言って、入れなくてもよかったんじゃないかという声もあり、それも一理ある。とはいえ、1本のショウとして聴く分にはあってもそれでぶち壊しというわけでもない。このつなぎは実に巧妙で、デジタル技術はまったく何でもできるとあらためて関心する。
 ツアーの次のショウは中1日置いてセント・ルイス。

4. 1978 The Spectrum, Philadelphia, PA
 土曜日。8ドル。開演7時。
 第一部クローザー〈The Music Never Stopped〉が2017年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 このショウが初体験だったデッドヘッドが、これから7、8年後、というから1980年代半ば、ジョー・ストラマーがデッドと同じホテルに泊まっていて、パーティーをしていたと証言している。ストラマーは1972年のビッカーショウ・フェスティヴァル、エルヴィス・コステロも見ていた同じショウを見ていたそうだが、当初パンクのファンはアンチ・デッドの先頭に立っていたことからすれば、なかなか面白い話ではある。

5. 1979 Cumberland County Civic Center, Portland, ME
 日曜日。春のツアーの千秋楽。この年は01月05日にフィラデルフィアで始動し、01月02月とツアーして、02月17日に打ち上げ。ガチョー夫妻が脱けて、ブレント・ミドランドが加わり、04月22日にサンノゼで初舞台。その次が05月03日からここまで短い春のツアー。春はいつも良いが、メンバー交替で心機一転、この5月は良いランだったようだ。

6. 1981 Providence Civic Center, Providence, RI
 水曜日。9.50ドル。開演7時半。良いショウの由。

7. 1983 Greek Theatre, University of California, Berkeley, CA
 金曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。開演7時。
 第一部4曲目で〈Hell In A Bucket〉がデビュー。バーロゥ&ウィアの曲。このコンビの曲としては〈My Brother Esau〉とともにこの年2曲目。〈Picasso Moon〉に次いで最も遅い曲。1995-06-30まで215回演奏。演奏回数順では66位。スタジオ盤は《In The Dark》収録。〈Throwing Stone〉と並んで、この遅いデビューの割に演奏回数の多い曲。オープナーになることも多い。
 会場は有名なところで、定員8,500。デッドのここでの初演は1967年10月01日だが、この時はチャールズ・ロイド、ボラ・セテとの対バン。ここでワンマンで演るようになるのは1981年09月からで、1989年08月19日まで計26本のショウをしている。(ゆ)

04月20日・水
 グレイトフル・デッドのメール・ニュース、今週土曜日のレコードストア・デイ用に1972年ヨーロッパ・ツアー2日目04-08のロンドンがアナログ5枚組で出る、とある。1万セット限定。これまでの例からして、少数ながら入ってくるだろうが、この円安だ、一体いくらになるか。アナログ5枚なら1.5万くらいか。2万近いこともありえる。日本のサイトには情報が無い。うーむ、新宿まで出て探しまわる価値があるか。


##本日のグレイトフル・デッド
 04月20日には1968年から1984年まで4本のショウをしている。公式リリースは2本、うち完全版1本。

1. 1968 Thee Image, Miami, FL
 土曜日。このヴェニュー3日連続のランの中日。セット・リスト不明。このヴェニューにはトリップ用の部屋、赤外線照明の部屋、それに絨緞を敷きつめた音楽を聴くための部屋があったそうだ。

2. 1969 Clark University, Worcester, MA
 日曜日。ラサーン・ローランド・カークが前座。2時間弱の一本勝負。4曲目22分の〈Dark Star〉が2015年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 一度に何本もの管楽器を演奏するカークの方が印象が強かったようだ。

3. 1983 Providence Civic Center, Providence, RI
 水曜日。開演8時。非常に良いショウの由。特に第二部後半。

4. 1984 Philadelphia Civic Center, Philadelphia, PA
 金曜日。このヴェニュー3日連続のランの中日。13.50ドル。開演7時半。《Dave's Picks, Vol. 35》で全体がリリースされた。(ゆ)

 なかなか花が散らなかった家の前の染井吉野が散りだした。それでも、午後になってもまだかなり残っている。八重桜が開きだした。

 《Live/Dead》は50周年盤を出さなかったから、同様に完全版が出ている《Europe '72》も出さないのだろうと思っていた。
 ツアー最後のロンドン Lyceum での4本のショウのアナログ・ボックスだけでなく、オリジナルのアルバムのアナログ盤もリマスターして出し、Dead.net オンリーでカラー・ディスク盤、さらにオリジナルのハイレゾ・ファイル版もある。最終日のCDも再発、となるとどこかなりふりかまわず、とも見える。とにかくカネが要るのか。今回、新たにプラスされたものといえば、Lyceum のアナログ・ボックスに付くニコラス・メリウェザーの50ページ超のライナーぐらいだ。
 Lyceum 4本のハイレゾ・ファイル版でビット・レートを公表していないのは意図的だろう。なぜか、がわからない。出てしまえばわかるわけだが、予約だけで、リリース以後は販売をやめるつもりか。FLAC の方が値段が高いから、こちらを注文しておくのが得策か。
 それに、この時期にこんなに高いものを出すのは、今年はビッグ・ボックスは出さない予定か。といろいろ下司の勘繰りをしてしまう。


##本日のグレイトフル・デッド
 04月10日には1970年から1987年まで5本のショウをしている。公式リリースは1本。

1. 1970 Fillmore West, San Francisco, CA
 金曜日。このヴェニュー4日連続の2日目。マイルス・デイヴィス・クィンテット・ウィズ・アイアート・モレイラ前座。《Black Beauty》はこの日の録音。ストーン・ザ・クロウズ、クラウズ共演。デッドがトリらしい。
 エレクトリックで7曲やり、アコースティックで6曲、またエレクトリックで6曲というセット・リスト。休憩無しの一本勝負。

ブラック・ビューティー
マイルス・デイビス
SMJ
2014-09-24

 

2. 1971 East Hall, Franklin & Marshall College, Lancaster, PA
 土曜日。学生4.50ドル、一般5.50ドル。開演8時。ランカスターはフィラデルフィアの西100キロほどの人口約6万の街。近くにアーミッシュ最大の集落があることで知られる(アーミッシュはデッドを聴くのだろうか。オーディオ装置なんて持たないか。デッドヘッドの宗派別の構成はどうなっているのだろう)。大学は私立のリベラルアーツ大学。現在教職員175名、学生数2,400名。元はベンジャミン・フランクリンが出した寄付金を元に1787年に作られた Franklin College と1836年に創設された Marshall College が1849年に合併したもの。ドイツ系移民の子弟が多く、フランクリン大学は当初英語、ドイツ語のバイリンガル外蕕され、また男女共学でもあった。ただ、共学はすぐに廃止され、再開されるのは182年後、このショウの2年前の1969年。デッドのここでの演奏はこの時のみ。

3. 1978 Fox Theatre, Atlanta, GA
 月曜日。このヴェニュー2日連続の初日。開演8時。

4. 1983 Coliseum, West Virginia University, Morgantown, WV
 日曜日。9ドル。開演8時。第一部クローザーの〈My Brother Esau; Might As Well〉が2017年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
 この〈My Brother Esau〉のイントロは他と違う、という人がいる。この曲はこの年03月05日が初演で、この日の演奏が8回目。まだ、スタイルが固まっていないのだろう。もう少し後になると、ガルシアのスライド・ギターがイントロになる。じっくり聴いてみると、なかなか面白い曲で、もう少し成長するのを聴いてみたかった。

5. 1987 UIC Pavilion, University of Illinois, Chicago, IL
 金曜日。このヴェニュー3日連続のランの中日。(ゆ)

0204日・金

 歯医者に行った帰り、交差点の横断歩道を渡っていて、軽のバンにあやうく轢かれそうになる。停まりそうにないと気づいて、あわてて前に飛びのく。当ってくると思った瞬間、後ろの右の方で急ブレーキの音。飛びのく前、一瞬、目に入ったところでは、運転手は脇見していた。右側でおばあさんが「まあ」と言う声が聞えた。ふり返ってみるが、運転席は暗くて見えず。

 運転している人間がまともだという前提は危険だ。運転している人間は基本的に危険であると思わなくてはいけない。運転している車がプロのものであってもだ。

 それに神奈川では救急医療が崩壊しているから、事故にあってはいられない。


 Bandcamp Friday につき、CD7枚注文。しかし、送料が高い。やはり、今回はどこも上がっている。困ったことである。CD の作り方にもミュージシャンの性格が出る。モノは作り手の性格を否が応なく出してしまう。デジタル・データは作り手の性格を隠す。



##本日のグレイトフル・デッド

 0204日には1968年から1979年まで5本のショウをしている。公式リリースは2本。


1. 1968 Gym, South Oregon College, Ashland, OR

 クィックシルヴァーとの北西部ツアー。前売2.50、当日3.00ドル。8時から12時まで。セット・リスト不明。


2. 1969 The Music Box, Omaha, NB

 テープからすると、1時間半強の一本勝負らしい。

 The Liberation Blues Band というローカルのブルーズ・ロック・バンドが前座を勤めた。1968年から1年ほど続いたバンドで録音は無いようだ。


3. 1970 Family Dog at the Great Highway, San Francisco, CA

 全体が《Download Series: Family Dog at the Great Highway》でリリースされた。

 1時間半弱、全部で9曲。短かいが、かっちりとコンパクトにまとまったショウ。とりわけ突出したパフォーマンスはないが、全体としてエネルギーが漲っている。

 このショウは撮影され、オープナーの〈Hard To Handle〉と、前半クローザーの〈China Cat Sunflower> I Know You Rider〉が "San Francisco Rock: A Night at the Family Dog" というテレビ番組の一部に使われた。YouTube に上がっている。当時の雰囲気がよくわかる。ステージの下でも上でも女性たちが踊っている。レシュとウィアとクロイツマンはきれいに髭をあたっている。映像で見ると別の感動がある。


 この番組ではデッドの他、ジェファーソン・エアプレインとサンタナの映像も使われた。最後に3つのバンドからのメンバーが参加したジャムが行われた。参加したのは、デッドからはガルシアとハート、エアプレインからはポール・カントナー、ヨウマ・カウコネン、ジャック・キャサディ、グレイス・スリック、サンタナからカルロス・サンタナ、マイケル・カラベッジョ、マイケル・シュリーヴ。


4. 1978 Milwaukee Auditorium, Milwaukee, WI

 全体で18曲のうち、以下の4曲が公式リリースされた。

第一部

05. Row Jimmy 9:13 30 Days of Dead 2014

07. Candyman 6:55 30 Days of Dead 2012

08. It's All Over Now 7:39 Dick's Picks, Vol.  18

第二部

11. Dupree's Diamond Blues 4:37 Dick's Picks, Vol.  18

 前日、翌日と並んでこの日もとても調子が良い、とわかる。どの曲でもガルシアは面白く、味わいのあるギターを聴かせる。また、ドラムスが叩きだす、バネの効いたビートがすばらしい。〈Row Jimmy〉ではレゲエをとりいれながら、レゲエのビートになりきらないところが愉しい。〈Dupree's Diamond Blues〉は前年10月に8年ぶりに復活しているが、60年代のものとはまったく見違えるほどユーモラスな良い演奏で、この歌に適切な演奏スタイルのキモをようやく摑んでいる。その手応えがあったからこそ復活したのだろう。ある曲を長く間があいて復活させる時は、デッドは周到な準備をしている。何らかの形で、残りのトラックもリリースしてほしい。


5. 1979 Dane County Coliseum, Madison, WI

 7.50ドル。開演7時。第二部が良い由。(ゆ)


0202日・水

 ドラマーの福盛進也は生まれつき片耳しか聞えない、というのに驚く。なので自身設立したレーベルから出す録音はすべてモノーラルなのだそうだ。それであれだけの音楽ができるのだから、片耳であることはハンディキャップではない。あるいはハンディキャップではないように努力しているということか。


 もっとも、もちろん、両耳の聞え方がまったく同じ、というのもありえないだろう。誰しも誤差があり、それも年齡を重ねるとともに大きくなったりする。ヴァイオリン奏者は年をとるにつれて左耳の聞こえが違ってくるはずだ。

 「良い音」というのは、そういう誤差や障碍を越えて音楽の真髄を屆けられる音、という定義もできそうだ。

 それに良い音はステレオかモノーラルかも関係ない、ということになる。ステレオもまた本質的に必要なものではない。となると空間オーディオも本質的に必要なものではない。ホンモノの音楽、ホンモノの良い音はモノーラルでも十分伝わる。空間オーディオを必要とするのは、そういう装飾をしなければ鑑賞に耐えられないものと邪推もしたくなる。あれは、新たな地平を開くというよりはむしろ、技術的に可能だからやってみました、が本当のところなのだ。それはそれで別にまずいことではないが、本質的に必要なものではないことはわきまえておいた方がいい。


 『みすず』2022・1+2月号、読書アンケート特集号。毎年、これだけは買っている。しかし、ここに書いている人たちは、いったいいつ本を読んでいるのか。どうやって時間をとっているのか。ここに挙げている本の数倍、数十倍の本を読み、それ以外にも雑誌やウエブ・サイトやメールも読んでいるだろう。その上で自分の仕事もし、生活もしている。ほとんど、人間業とは思えなくなってくる。



##本日のグレイトフル・デッド

 0202日には1968年から1970年まで、3本のショウをしている。公式リリースは2本。


1. 1968 Crystal Ballroom, Portland, OR

 5曲目〈Clementine〉が《So Many Roads》で、7曲目〈Dark Star〉が《Road Trips, Vol. 2, No. 2》でリリースされた。

 〈Clementine〉はトータル5回しか演奏されていない。これはその3回目。演奏は悪くないが、曲がよくわからない。メロディが記憶に残らない。

 〈Dark Star〉は記録の上では10回目の演奏で、シングルに近い速いテンポで短かい。少し展開が始まっている。公式リリースでは今のところ最も早い時期のもの。日付と場所が確実な録音としてもおそらく最も早い。これ以前とされる録音は日付が不確定だったり、どちらも不明だったりする。

 《Road Trips, Vol. 2, No. 2》にはこの日のものと、この次の次の演奏である0214日ポートランドでのものと、二つの〈Dark Star〉が収録されている。


2. 1969 Labor Temple, Minneapolis, MN

 開演8時。終演12時。1時間半強の一本勝負。セット・リストからしても典型的な「原始デッド」。

 1969年前半のデッドが "Primordial Dead" と呼ばれるのは、これがここまでのデッドの音楽の完成形と言えるからではないか。《Live/Dead》の姿だ。1969年後半になると《Workingman's Dead》で明らかになる次の位相が現れはじめ、1970年に年が変わると別のバンドといってもいい姿をとるようになる。《Live/Dead》では、それまでのデッドがやってきた音楽が融合されている。完成することは一種の袋小路でもある。このままではこれ以上、どこにも行けない。デッドはできあがったものを続けることに関心がない。やって愉しいことだけを追いもとめる。それは常に変わってゆくことだ。そこでデッドがとった戦略が原点回帰だった。

 グレイトフル・デッドとして出発した時、ガルシアはそれまでやってきた音楽を一度捨てている。ピグペンと出逢うことでエレクトリックのバンドを始めることにして、当初はブルーズ・ロックないしR&Bロック・バンドを目指す。ケン・キージィ&メリー・プランクスターズと出逢い、アシッド・テストに参加することで、超現実的超越的な即興音楽がそこに加わる。さらにフィル・レシュのクラシックの素養も流れこんで、「原始デッド」の姿が整う。それが1968年前半までの段階で、1968年後半から1969年初めにかけて「原始デッド」が完成されてゆき、《Live/Dead》に結実する。

 その次を探った時、かつてやっていたカントリー、ブルーグラス、オールドタイムなどのアメリカのルーツ・ミュージック、いわゆるアメリカーナに、もう一度源泉を仰ごうとした。ガルシアがデッドを組む前にどっぷりと漬かっていた音楽である。この戦略のイニチアティヴをとったのは当然ガルシアだろう。それ以前の、「原始デッド」路線の採用と完成にガルシアが関わっていなかったとか、傍観者だったというわけではない。デッドのプライム・ムーヴァーは最初から最後までガルシアだった。ただ、「原始デッド」で主導権をとっていたのはピグペンであり、レシュだった。二人を前面に立てて、自分は後からフォローアップする立場を、ガルシアはとっていた。意識してか、無意識にかはわからない。半ば意識的、半ば無意識的だったかもしれない。1969年のどこかで、自ら主導権をとって次の路線をめざすことを、ガルシアは選ぶ。これまた意識的か無意識的かはわからない。「自然にそうなった」のかもしれない。

 とまれ、196901月から02月にかけてのデッドは、結成以来、最初のピークにある。

 これを例えばジェファーソン・エアプレインやクィックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスなどの同時期のバンドと比べてみると、その歩みはかなり遅い。デッドがヒットを狙うよりも、バンドとして演奏することを最優先にしたことが大きな要素ではないかと思われる。一方で歩みが遅いことで、バンドとしての基礎体力すなわち演奏能力、アレンジ能力、そしてメンバーだけでなくクルー、スタッフも含めてツアーを続ける能力を確立することもできただろう。

 もっとも、そうして時間をかけていても、変身は簡単なことではなく、スムーズに行われたわけでもない。そうした変身、路線転換には当然様々な摩擦がつきものだ。この年後半に表面化する、ピグペンとウィアをバンドから外す動きもその摩擦の一つだろう。意地の悪い見方をすれば、この動きは主導権を失いそうになったレシュが、それを守ろうとした試みとも見える。


3. 1970 Fox Theater, St. Louis, MO

 全体が《Dave's Picks, Vol. 6》でリリースされた。

 CDでは1時間40分の一本勝負。実際には2時間ほどだろう。

 半ばの〈Dark Star〉はすでに20分を超えるまでに成長し、中間は後の space のようなフリーで空間の大きな、音の隙間の多い即興になってから、さらに一定のビートはあるが、メロディは不定形のジャムへと移る。安定かつ不安定、秩序と混沌が同居するデッドの音楽の特徴の一つで、これが出る時は調子が良いし、デッドを聴く愉しみでもある。このジャムは特定のムードをもつフレーズを核として展開されることもあり、後に〈Spanish jam〉とか〈Mind and body jam〉などと名前をつけて呼ばれるようになる。

 歌に戻った後、続けて〈St. Stephen〉に移るが、「ウィリアム・テル・ブリッジ」は省き、再び不定形ジャムになる。その後は前年のように〈The Eleven〉には行かない。終り近く、〈Turn On Your Lovelight〉の途中でバンドは〈Not Fade Away〉に移ってワンコーラスやり、また〈Turn On Your Lovelight〉に戻ってコーダ。

 「原始デッド」から、1970年代前半、大休止までのデッドへの変身過程にあって、新旧の要素が入り混じる。このショウの場合、新旧の要素がたがいに相手を刺激しあって、相乗効果を生んでいる。

 70年代前半の「アメリカーナ・デッド」への変身が完成するのは、これまた時間をかけて、1972年春のヨーロッパ・ツアーというのがあたしの見立てだ。1973年、74年は「アメリカーナ・デッド」の次の位相を求めて試行錯誤を続け、ついに再び行き詰まって、ツアーを休止する。197606月に復帰した時には、また別のバンドになっている。(ゆ)


 かなりのショックでありました。再生のシステムが違えば音も変わり、したがって、そこから受ける体験の質も変わるのは当然ですが、いざ実際に体験してみると、そのあまりの違いの大きさにいささか茫然としてしまいました。

 ことに、最後にかけた1990-03-29 の、ブランフォード・マルサリスの入った〈Bird Song〉のすさまじさは、まったく初めて聴くものでした。このトラックはもう何十回となく、それもヘッドフォンやイヤフォンだけでなく、「いーぐる」のシステムでも聴いていますが、こんなに体ごともっていかれたことはありませんでした。これはもうまず劇場用PAスピーカーとそしてレーザーターンテーブルの組合せのおかげでありましょう。

 この日はもともとはレーザーターンテーブルの試聴会で、お客さんが持ちこまれたアナログ盤をレーザーターンテーブルで再生し、ホール備えつけのPAスピーカーで聴くという趣旨の企画で、もう何度もここでやっているそうです。あたしは途中で入ったので、聴けたのは3枚3曲ほどでしたが、どれもすばらしい音と音楽で、システムの素性の良さはよくわかりました。とりわけ、エゴラッピンの3枚めからの曲はあらためてこのユニットの音楽を聴こうという気にさせてくれました。

 どれも実に新鮮な響きがするのは、レーザーターンテーブルのメリットでしょう。洗われたように、いわば獲れたての新鮮さです。レコード盤の溝の中の、針が削っていない部分を読み取るからではないかと思われます。

 イベントの最後の1時間ほど、グレイトフル・デッドのライヴ音源をアナログ盤でかけてみたのは、ひとつには11/23に、同じこの場所で、こちらはデッドのライヴ音源ばかり、アナログ盤で聴くというイベントを予定しており、そのいわば公開リハーサルとしてでした。どんな具合になるのか、やってみようというわけ。

 お客さんの中にはデッドを聴くのも初めてという方もおられたので、簡単に説明しましたが、デッドは普通のロック・バンドではなく、同じライヴは二度しなかったので、スタジオ盤で判断せずにライヴ録音、それもできれば1本のショウをまるまる収めたものを聴いてください、ということを強調しました。「できれば」1本だけではなく、何本か、聴いてから判断してくれ、と言いたいです。「いーぐる」の後藤マスターは、まず黙って100枚聴いてからジャズが好きか嫌いか判断しろ、と言われてますが、デッドも100本とはいいませんが、少なくとも10本は聴いてから判断してほしい。

 この日かけたのは以下の録音です。

1. 1972-08-27, Veneta, OR: Sunshine Daydream
The Promised Land

2. 1966-07-29, P.N.E. Garden Aud., Vancouver, Canada
Cream Puff War

3. 1969-02-28, Fillmore West, San Francisco, CA
IV-5. Death Don't Have No Mercy (Reverend Gary Davis)

4. 1980-10-09, The Warfield, San Francisco, CA
Cassidy

5. 1987-12-31, Oakland-Alameda County Coliseum Arena, Oakland, CA
The Music Never Stopped

6. 1990-03-29, Nassau Coliseum, Uniondale, NY
Bird Song

 以下、各トラックについて、簡単に。

1. 1972-08-27, Veneta, OR: Sunshine Daydream
The Promised Land

 同時に撮られた映像があるので、音はアナログから再生して同期できないか、という試みでした。映像と音を別々に再生し、せーので再生ボタンを押すという、はなはだ原始的、アナログ的な方法で、何度かの試行ののち、少しズレたものの、まあ楽しめる程度におさまる形になりました。

 この1972年はデッドのピークの一つで、春には2ヶ月、22個所にわたるヨーロッパ・ツアーを成功させています。この時の全録音がリリースされています。個々のショウの録音も入手可能です。あたしはこの22本を聴いてゆくことでデッドにハマりこみました。

 08-27のショウは、デッドの友人の1人である作家のケン・キージィの親族が経営する酪農場救済のためのチャリティ・ショウで、真夏の屋外での昼間のショウです。このライヴは全篇録画もされ、ここから Sunshine Daydream というタイトルのテレビ用映画が作られました。公式リリースにはこの映画を収めたDVDまたはブルーレイも同梱されました。映画の画像は後半、バンドの演奏からは離れて、客席や周囲の様子、さらに当時の流行にしたがってサイケ調の抽象映像になってゆきますが、なかなか面白いものではあります。


2. 1966-07-29, P.N.E. Garden Aud., Vancouver, Canada
Cream Puff War

 一昨年に出たデッドのデビュー・アルバム50周年記念デラックス盤に同梱された録音。デッドの最初の海外公演でした。ちなみに最後の海外公演もカナダでした。曲はガルシアの単独作品です。なお、この頃の録音の通例でリード・ヴォーカルはすべて左に寄っています。

 これはまた、1本のショウ全体またはそれに近い録音が残っている最も初期のものの一つです。録音したのは当時デッドのサウンド・エンジニアだったアウズレィ・スタンリィ。「ベア」の通称で呼ばれていたこの男は、デッドが関係するイベントでのLSDの供給者として有名ですが、一方優秀なサウンド・エンジニアでもあり、後に巨大な「ウォール・オヴ・サウンド」に発展するデッドのライヴ・サウンドの改善に大きく貢献しています。また、ショウ全体の録音を始めたのもスタンリィで、初期の録音はほとんどが彼の手になります。

3. 1969-02-28, Fillmore West, San Francisco, CA
Death Don't Have No Mercy (Reverend Gary Davis)

 デッドがベイエリアのローカル・バンドから飛躍したアルバムがこの年に出た最初のライヴ・アルバム《Live/Dead》で、その元になったのは2月末から3月初めにフィルモア・ウェストに出たときの録音です。その4日間の全録音が2005年に出ました。

 これはブルーズ・ナンバーですが、珍しくピグペンではなく、ジェリィ・ガルシアがリード・ヴォーカルをとり、しかも結構真剣に唄っています。ガルシアはある時期から自分の歌唱スタイルを決めて、そこからはずれなくなりますが、この頃はまだちゃんと唄おうとしています。


4. 1980-10-09, The Warfield, San Francisco, CA
Cassidy

 1980年の秋にサンフランシスコの The Warfield Theatre とニューヨークの Radio City Music Hall でレジデンス公演を行います。この時には第一部を全員アコースティック楽器を使い、二部と三部はいつものエレクトリックでの演奏をしました。ここからはアコースティックの演奏を集めた《Reckoning》とエレクトリックの演奏を集めた《Dead Set》の二つのライヴ・アルバムが出ています。そのうち、10-09 と 10-10 のアコースティック・セットを完全収録したアナログとCD各2枚組が、今年のレコードストア・ディ向けにリリースされました。そのうち10-09の分から選びました。

 アコースティック楽器ですが、後半いつものデッド流ジャムを繰り広げていて、とてもスリリングです。アコースティックでの演奏をもっとやってもらいたかったと、こういうものを聴くと思わざるをえません。


5. 1987-12-31, Oakland-Alameda County Coliseum Arena, Oakland, CA
The Music Never Stopped

 デッドにとって最も重要な関係にあったプロモーターのビル・グレアムは年越しライヴが大好きで、かれが生きている間は毎年、デッドはベイエリアで年越しライヴを行っています。その一つからの選曲。

 デッドのショウはたいていが二部構成で、この曲は第一部の最後や第二部の冒頭に演奏されることが多く、これは第一部のラスト。最後のウィアのMCによれば、この後、新年へのカウントダウンがあった模様。


6. 1990-03-29, Nassau Coliseum, Uniondale, NY
Bird Song

 1990年春のツアーはデッドの最大のピークの一つです。それを象徴するのがこの日のショウで、フィル・レシュの友人が自分の友人であるブランフォード・マルサリスをこの前日03/28に連れて来ます。楽屋に挨拶に来たブランフォードに、ガルシアは翌日、楽器をもって遊びにこないかと誘います。誘いにのってやって来たブランフォードが、リハーサルもなにも無しにいきなりステージに現れて演奏したのがこのトラック。前半はこれだけでしたが、後半はアンコールまでほぼ出突っ張り。この時のツアーは二つのボックス・セットでリリースされていますが、この日のショウの録音だけは Wake Up And Find Out というタイトルで独立に売られています。

 ブランフォードはスティングの《Bring On The Night》での演奏も有名ですが、本人としても、全体としても、デッドとの共演の方が遙かに良いと、あたしなどは思います。

 ここではガルシアとマルサリスが、まるで昔からずっとやっていたかのようなすばらしい掛合いを展開し、バンドもこれに反応して盛り立てます。その様子が、レーザーターンテーブルとPAスピーカーのシステムで、まさにその現場に居合わせたように再現されたのでした。

 11-23には、レーザーターンテーブルでアナログ盤でデッドのライヴ録音を聴いてゆきます。映像とのアナログ的同期ももう少しうまくいくようにします。(ゆ)

 8月9日はジェリィ・ガルシアの命日ですが、その翌日、アナログでデッドのライヴ音源を聴いてみる試みをします。公式のイベントというよりは、公開リハーサルなんですが、こういうホールで爆音で聴けるチャンスは滅多にないでしょう。

 当日かける音源はすべてアナログ・レコードで、これをレーザーターンテーブルでかけます。レーザーターンテーブルについては、こちらをどうぞ。

 こういう記事も書いてます。

 かける音源は昔出ていたアナログとは別に後から出ているアーカイヴからのライヴ音源のアナログ盤です。

 イベントの概要はこんな感じです。

来週8/10の土曜の午後3時頃から、「おおしま ゆたか」さんと、さいたま芸術劇場「映像ホール」で「Grateful Deadレコード」の試聴会を行います。これは、この秋11/23に企画している【R & R レコード感謝の日】の公開音出しリハーサルです。
おおしまさんの解説と共に、デッドのレコード音楽をレーザーターンテーブルとフランス製スピーカー「Nexo」のシステムを使ってシアター空間でイイ音を響かせます。
参加は無料。

ガルシアさん24回目の命日の翌日、Grateful Deadの素晴らしいレコード音楽に多くの人に会いに来て欲しいです!

◯8月10日 土曜日  15時頃から 約90分の「Grateful Deadレコード」音出しリハーサル
会場 : さいたま芸術劇場  映像ホール  …さいたま市中央区上峰(うえみね)3-15-1
        JR埼京線与野本町駅(西口)下車 徒歩7分  …新宿から快速で27分
参加費 : 無料
お問合せ : 070-5549-8860

 会場のサイトはこちら

 映像ホールについてはこちら


 あたしも「説明」するよりも聴きたいので、おしゃべりは最低限にします。リクエストもどうぞ。(ゆ)

 1969年。クラシックに狂っていた中学3年。神様はカール・ベーム、ジョージ・セル、ブルーノ・ワルター。マーラーの1番、ブルックナーの4番、ベートーヴェンの7番、モーツァルトの40番、サン・サーンスの3番、シェヘラザード、ダブ・コン、弦打チェ、ハーリ・ヤーノシュ、ペール・ギュント、フランス山人のうたによる交響曲、ラフマニノフのピアノ協奏曲2番、ボレロ、展覧会の絵、フランス組曲、ブランデンブルク5番。このあたりは今でも時々聴く。

 1969年に出たレコードで今聴いているものをざっとあげてみる。

Clouds
Basket Of Light
Bitches Brew
Deja Vu
Five Leaves Left
Great Speckled Bird
Hot Rats
Jo-Ann Kelly
Let It Bleed
Liege & Lief
Live/Dead
Maria Del Mar Bonet
Nashville Skyline
The Chieftains 2
The Lonesome Boatman
The Star Above The Garter
The Tracks Of Sweeny
Townes Van Zandt
Trout Mask Replica

 北部ヨーロッパのルーツ・ミュージックは目覚めてはいるが、まだ本格的に始動はしていない。それでも、クリスティ・ムーアのデビュー・アルバムとチーフテンズのバンドとしての活動開始がこの年なのは、おそらく偶然ではない。《バスケット・オヴ・ライト》と《リージ&リーフ》が同じ年、というのも、あらためて面白い。(ゆ)

 あっという間にあと1週間になってしまいました。標題のイベントの準備に文字通り忙殺されています。ほんと、もう死にそう。

 いや、準備作業そのものは、デッドのライヴ音源をひたすら聴いてゆくので、こんなに愉しいことはありません。ただ、他のことがまったくできない。それでも、先週末は別の仕事のビッグ・イベントがあって、その準備もせねばならず、イベントそのものは朝から晩までで、くたくたになり、そこからの回復もままならないのに、後始末にも追われ、他に書かねばならぬ原稿もあれば、読まねばならぬ本、聴かねばならぬ音楽も次から次へと出てきます。

 そう言えば、来年の Dave's Picks 2019 の年間予約受付も始まっています。今年は毎回18,000セットの販売でしたが、2本めの Vol. 26 あたりからやけに供給が逼迫して、年間予約以外の販売の売切れが早くなりました。発売の知らせを見て、Dead.net を見にゆくと売切れているのがここ2回。ついには、発売の1週間前に、いついつ何時に受注開始を知らせるメールが来るようになりました。

 ちなみに Dave's Picks は12,000セットで2012年にスタート。翌年13,000。さらに翌年14,000に増え、2015年、一気に16,500に増えます。ここで2017年まで足踏みして、今年18,000に増加。来年はついに2万の大台に乗ります。

 あたしは2年めの2013年からずっと年間予約をしてきて、来年ももちろんしました。スタート当初の3本を買い逃しているのを悔やんでます。今ではこのあたり、ebay に出たりすると、100ドルを軽く超える値段がついてます。Dave's Picks の前のシリーズ、Road Trips までは配信でも音源は入手できますが、Dave's Picks そのものの公式音源は、CDしかありません。もちろん、探せば、音源そのものは聴けますが、公式リリースのライナーはなかなか読ませますし、何といっても音がいいんですよねえ。

 なお、来年トップの Vol. 29 は 1977-02-26, Swing Auditorium, San Bernardino, CA。ピークの年、1977年最初のショウ。

 今年最後の Vol. 28 は出荷通知が来ていて、現物が着くのを待ってるところです。収録されているのは 1976-06-17, Capitol Theatre, Passaic, NJ。休止から復帰して7本めのショウ。6月3日、オレゴン州ポートランドで復帰してから、ボストン、ニューヨークとやってきて、パセイクのこのヴェニューでの3連チャンの初日。6日当日までに着いたら、とりあえず、対象の曲だけ聴いて、採用するかもしれません。

 今回のお題は「デッドの真髄に迫る!」。これまで4回やってきても、「これを聴かなきゃ、デッドを聴いたことにならん」という曲がたくさん残ってます。そのうちの、やはり一部になるでしょうが、聴いてみよう、というわけ。

 アルテスパブリッシングのニュースレターにも候補にしてる曲が挙がってますが、〈Eyes Of The World〉と〈スカベゴ〉はまず聴かねばなりますまい。〈スカベゴ〉はもちろん FOM とのメドレーが定番ですが、FOM と組み合わされる前の単独にも良い演奏があり、迷ってます。まあ、最終的にはバラカンさんの判断。

 この二つがとにかく長いので、他のメドレーものは落とすことになるでしょう。〈スカベゴ > FOM〉はこれに終らず、さらに〈Good Lovin'〉が続くというメドレーも結構ありますし、〈Estimated Prophet〉に続くのもあって、こういうのも聴きたくなりますが、そうすると40分を超えたりするので、こういうイベントでは無理ですね。ほんと、デッドは組曲が好き。

 では、また準備作業にもどります。11/06(火)、風知空知@下北沢でお眼にかかりましょう。(ゆ)

 6月末にやりました「アナログ盤でアイリッシュ・ミュージックを聴く」というイベントを今月29日、土曜日の夜に、今度は日本橋三越でやります。必殺の秘密兵器レーザーターンテーブルを使って、アイリッシュ・ミュージックの名盤を聴こうというものです。

日時:9月29日(土)18時スタート
場所:日本橋三越本店 9F 三越カルチャーサロン
料金:3,240円税込
申込:elp (at) elpj.jp までメールでお申し込みください。
1希望人数
2来場予定者のお名前
3連絡先の電話番号
を明記してください。
問合せ:株式会社 エルプ 070-5549-8860 担当/竹内

 前回の模様についてはこちらをご覧ください。

 アナログ盤でアイリッシュ・ミュージックを聴くことの意味、意義についてはこちらをどうぞ。

 レーザーターンテーブルについては、こちらに書いてます。

 アルバムは前回かけたものも持っていきますが、別のトラックを聴くことを計画してます。

 前回、聴いて、これはもう一度、聴いてみたいというのもありますね。デイヴィ・スピラーンのやつとか。なにせ、レーザーターンテーブルでしか聞けない音というのがあるのです。(ゆ)

アイリッシュミュージック いい音楽学

 金曜日には「アイルランド音楽 レコード “いい音” 聴き語り」@秋葉原のイケベックにお越しいただき、ありがとうございました。

 レーザーターンテーブルタグチ・スピーカー F-613 の威力は予想以上で、あらためてたまげてしまいました。これは本当に病みつきになりそうです。まいったなあ。幸いにもお客さまたちにはお楽しみいただけたようで、次回にはもう1回全部聴きたいというご希望もいただいたくらいです。

 次回は 09/29(土)夜に日本橋・三越でやります。もう1回全部聴き直したいのはあたしも同様ですが、それはたとえば1年後ぐらいにして、次回は今回とは違う音源を聴こうと思ってます。

 実はセッティングしたところで、McIntosh のプリアンプが故障していることがわかり、一瞬、焦ったのですが、パワーアンプからの直結で事無きを得ました。このパワーアンプは McAudi M1002 です。これもすばらしい。

 今回聴いた音源です。前半はあたしのアイリッシュ・ミュージックとの出会いを辿る形で聴いていきました。もうあちこちで書いたりしゃべったりしてますが、あたしは初めはアイルランドの音楽とはわからず、ブリティッシュ、ブリテン諸島の音楽の一部として聴いていました。それが、だんだんどうもアイルランドは他とは違うらしいと感じだし、別物との感覚が決定的になり、今度は意識して聴いてゆくという過程です。

 もっとも厳密にそれを辿るのではなく、The Bonnie Light Horseman の二つのメロディの異なるヴァージョンの聞き比べもしてみました。こういうことも伝統音楽の楽しみです。

01. Raggle Taggle Gypsies; Tabhair Dom Do Lamh from Planxty, 1973

02. Ini/on A' Bhaoghailligh from Mairead Ni Mhaonaigh & Frankie Kennedy, Ceol Aduaidh, 1983

03. Mouth Music from Dolores Keane & John Faulkner, Broken Hearted I'll Wander, 1981

04. Ril Mhor from The Chieftains, Live!, 1977

05. Tom Billy's; Ryan's Jig; The Sandmount Reel; The Clogher Reel from *De Danann, Selected Jigs Reels & Songs, 1977

06. Merrily Kiss The Quaker from *Joe Holmes & Len Graham, Chaste Muses, Bards And Sages

07. The Bonnie Light Horseman from *Oisin, Over The Moor To Maggie, 1980

08. The Bonnie Light Horseman from Dolores Keane & John Faulkner, Broken Hearted I'll Wander, 1981


*Dick Gaughan, Coppers & Brass, 1977
 休憩中に小さめの音量で流していました。

 後半は枠をはずして、まず今回おそらく最も録音の良い音源を聴いてみました。そこからイリン・パイプつながりで、レオ・ロウサム、ボシィ・バンドのパディ・キーナンを聴き、うたにもどってポール・ブレディを聴いたところで時間切れ。最後に中村さんのソロから中原直生さんの作品を聴きました。CDではもちろん聴いてましたが、アナログではあらためて感動しました。もう、これからはアナログとダウンロード権だけで、CDは要らないんじゃないかと思えるくらい。

09. Atlantic Bridge from *Davy Spillane, Atlantic Bridge, 1987

10. The Fox Hunting from Leo Rowsome, Ri Na bPiobairi (The King Of The Pipers), 1959

11. Music in The Glen from The Bothy Band, Old Hag You Have Killed Me, 1976

12. Jackson and Jane from Paul Brady, Welcome Here Kind Stranger, 1978

13. Hourglass from 中村大史, Guitarscape, 2017


 ちょっと困ったなと思ったのは、翌日、都内に出かける電車の中でいつものようにDAPでイヤフォンで聴くと、デジタルのせいなのか、音のエッジが立ちすぎてキツく聞えてしかたがありません。録音は悪くないし、楽曲も演奏もすばらしいのですが、とりわけフィドルの響きが耳に刺さるようなのです。2時間ほど聴いただけなのに、アナログの威力はおそろしい。

 ちなみに聴いていたのはこれです。

Orkney-Folk-Fidd-Gath
 

 2015年のライヴ録音集で、必ずしもフィドルばかりではなく、フィドラーにまつわる歌もあったり、スタイルもいろいろで、何より演奏の質も高く、楽曲も良く、聴き応え充分です。お薦め。

 それにしても、ますますアナログ熱が高まりそうです。しかしレーザーターンテーブルを買うカネは無いぞ。(ゆ)

 思い出して、明日の「アナログでアイリッシュ・ミュージックを聴く」イベントにはこれも持って行きます。アニー、中村大史さんのソロ・ファースト《Guitarscape》のアナログ盤。

 
annieGuitarscapeLP1


 わが国アイリッシュ系のミュージシャンの録音としては今のところ唯一のアナログ盤です。

annieGuitarscapeLP2


 実はまだ針を降ろしてません。まっさらの状態。どんな音で聴けるかな。(ゆ)

 昨日は梅雨の中休み、というよりはもう真夏の1日に、下北沢は風知空知での「21世紀をサヴァイヴするためのグレイトフル・デッド入門第4回」にお運びいただき、まことにありがとうございました。テーマが地味で、よりコアだったのですが、一応楽しんでいただけたようで、ほっとしております。聴いた楽曲、音源は以下の通りです。

Dark Star
18:56 1969-05-23, Hollywood Seminole Indian Reservation, West Hollywood, FL
ROAD TRIPS, Volume 4 Number 1

The Eleven
15:13 1969-02-28, Fillmore West, San Francisco, CA
Fillmore West 1969: The Complete Recordings

Dire Wolf
4:56, 1970-05-02, Harpur College, Binghamton, NY
Dick's Picks, Vol. 8

New Speedway Boogie
6:26, 1970-05-15, Fillmore East, New York, NY
Road Trips: Vol 3, No 3

Friend Of The Devil
3:42, 1970-06-07, Fillmore West, San Francisco, CA
30 Days Of Dead 2017

Ripple
5:35, 1971-04-29, Fillmore East, New York, NY
Ladies And Gentlemen...The Grateful Dead

Brokedown Palace
5:51, 1971-11-15, Austin Memorial Auditorium, Austin, TX
ROAD TRIPS, Vol. 3 No. 2

Greatest Story Ever Told
4:22, 1971-02-19, Capitol Theater, Port Chester, NY
Three From The Vault

Wharf Rat
9:08, 1971-12-14, Hill Auditorium, Ann Arbor, MI
Dave's Picks Bonus Disc 2018


 風知空知はテラス側が屋根も開けられるので、昨日は大きく開いて、気持ちのよい風が入っていました。夏にはなかなかいいものですね。

 演奏もアコースティックが多かったのですが、デッドの曲の良さを堪能できて、あたしは幸せでありました。デッドは実に多様な確度からアプローチできるのが、また楽しいものです。

 1969年と1971年の〈Dark Star〉の違いは面白かったと思います。バラカンさんも、《Live/Dead》のものが頭に焼きついているとのことでしたが、今回、いろいろのヴァージョンを聞き比べられて、あらためて面白くなったそうです。

 このイベンドですが、一応次回で区切りをつけることになりました。本が出た後で、あらためてまた何回かできればと思っております。その時にはアナログ盤大会もできるといいなと希望を抱いております。

 なので、次回はまだ聴いていない名曲の数々、いや、デッドのレパートリィは300〜500曲はあって、頻繁に演奏され、また人気もある名曲もまた数多くて、4回かけても聴いていないものはたくさんあります。そういう名曲の名演を選んで、ライヴ音源で聴いてみようということになりました。といっても、やはり1曲が長いので、マックスでも12曲、おそらくは10曲ぐらいになるでしょう。時期はまだ未定ですが、8月後半ないし9月前半になろうかと思います。

 さあて、いよいよ、本を作らねばなりません。今年じゅうにはたして出るか。(ゆ)


 今月末、プレミアム・フライデーの29日夜の、アナログでアイリッシュ・ミュージックを聴くイベント「アイルランド音楽レコード“いい音”聴き語り」用に選んだのは以下のアルバムです。アーティストの五十音順。星印 * を付けたのはあたしの知るかぎり、CD化されていないもの。

*Capercaillie, Cascade
Christy Moore, Whatever Tickles Your Fancy
*Clannad, In Concert

clandlive


*Davy Spillane, Atlantic Bridge

dsac


*De Danann, Selected Jigs Reels & Songs

DeDanann2

 *Dick Gaughan, Coppers & Brass
Dolores Keane & John Faulkner, Broken Hearted I'll Wander
Dolores Keane, There Was A Maid
*Irlande 1: Heritage gaelique et traditions du Connemara, Ocora
*Joe Holmes & Len Graham, Chaste Muses, Bards And Sages
Kevin Burke & Micheal O Domhbaill, Promnade
Leo Rowsome, Ri Na bPiobairi (The King Of The Pipers)
Mairead Ni Mhaonaigh & Frankie Kennedy, Ceal Auaidh
*Micheal Hanly & Micheal O Domhnaill, Celtic Folkweave

mh&mod

 
Micho Russell, Traditional Country Music Of County Clare
*Na Cassaidigh, Fead An Iolair
*Oisin, Over The Moor To Maggie

Oisin2

 
Paul Brady, Welcome Here Kind Stranger
Planxty
The Bothy Band, Old Hag You Have Killed Me
The Chieftains, Live!

 これを全部かける時間はたぶん無いので、この中から選んで聴くことになるでしょう。

 プランクシティとかボシィ・バンドとかポール・ブレディとか、マレードとフランキィとか、基本の「き」で、CDでも配信でもネットでも聴けるものもありますが、あえてアナログで聴きます。なぜか。

 CDなどのデジタルで聴けるものをわざわざアナログで聴く必要は無い、とあたしも思ってました。ミュージシャンは Apple Music でそれも iPhone のスピーカーで聴いたりしていて、それもまあ当然だろうと思ってもいました。レーザーターンテーブルで古いアナログ盤を聴いてみて、引っくり返ったのはまずそこのところです。何が違うのか。

 音楽が訴える力が違う。

 録音というテクノロジーの最大の恩恵はタイムマシンが手に入ることです。時間を超えて遡ることができる。録音された当時の音楽、演奏が聴けるのです。死んでしまって、今はもう生では聴けない人の演奏も聴けます。

 たとえばプランクシティのファースト。メンバーは当時30歳前後。アイリッシュ・ミュージックの新たなスタイルを摑んだばかりで、意気軒昂、まさに龍の天に昇ろうと地を蹴ったところ。この演奏を70代も後半になった今のメンバーに演れといってもそれは無理というもの。それにリアム・オ・フリンは亡くなってしまいました。けれどもこのレコードに針を落とせば、じゃなかった、レーザーを当てれば、半世紀近く前の溌剌とした演奏が蘇ります。

 アナログで聴くと、単に音だけではない、その溌剌とした、これだ!というものを摑んだ歓びにはちきれんばかりの輝きがびんびんと伝わってきます。

 デジタルではそれは聴けないのか、と問われれば、残念ながら、と今は答えざるをえない。将来、デジタルでもアナログのこの感覚に匹敵するものを伝えられるようになる可能性はあります。凌駕さえできるかもしれない。

 人間の感覚器官、耳や舌や鼻や皮膚や眼は、デジタル情報を受取るようにはできていません。われわれが受取るのはあくまでアナログ情報なのです。だから、音源がデジタル・データであっても、一度音波というアナログに変換しなければ、音楽としては聞えない。アナログ盤には音溝という物理的情報の形で音楽が記録されています。アナログ盤による音楽再生に、デジタルでは感じられないものが感じられるのはこのせいでしょう。

 体内にチップやセンサーを埋めこんだりして、デジタル情報を直接受取れるようになれば、おそらく話は変わってきます。大昔の映画『バーバレラ』や、フレデリック・ポールの短篇「デイ・ミリオン」の世界ですね。そこではセックスさえもが、実際には肉体を触れあうことなく、しかも肉体の直接接触を遙かに凌駕する快楽として体験されてます。しかし、そういう時代はまだ当分来そうにありません。それまではデジタルはアナログにかなわない。デジタルによって生まれるリアリティは飽くまでもヴァーチャル・リアリティなのでしょう。

 たいていの場合には、それで用は足りてます。いや、デジタル化の恩恵は、デジタル化に伴うそうした「不便」を補って余りあります。あたしのライブラリに入っている音源は、アルバム・タイトルにして1万を超えてますが、掌に乗るサイズのハード・ディスクに収まってます。あの曲は誰が演っていたか、なんてのは、1秒もかからずに検索結果が出てきます。アナログ盤しか無い時代にそれをやろうとすれば、全部カードに録っておかねばなりませんでした。いつでもどこでも聴くこともできます。各々地球の反対側にいるミュージシャンがリアルタイムで共演することもできます。

 普段はそれでいいとして、録音された音楽の真の姿を確認することも時には必要です。いや、必要なんてのは本末転倒で、これを体験すると、また聴きたくなります。デジタルではついぞ体験できない輝きを、エネルギーを感じたくなります。針を使っても可能でしょうが、レーザーターンテーブルはさらに真の姿に迫ることができます。先日も書いたように、音溝の使われていない部分にレーザーを当てて再生することから、レコードがプレスされた当時の音を聴くことができるからです。

 加えて今回はもう一つ、タグチ・スピーカーの最新作 F-613 を使います。

F613


 タグチ・スピーカーは田口和典さんが作られているスピーカーで、その性能は知る人ぞ知るもの。とにかく自然で、これで聴くと録音された音楽を再生しているのではなくて、ミュージシャンがそこにいて演奏していると聞えます。あたしがグレイトフル・デッドのイベントをさせてもらっている下北沢の風知空知にはタグチ・スピーカーが備えられていて、家ではヘッドフォンでも聴いたことのない細部まできれいに聞えて、毎回感激します。しかも誇張とかまるで無い。

 その音の良さから、公共施設にも多数導入されていて、たぶん一番有名なのはブルーノート東京や衆議院本会議場でしょう。

 風知空知のはPA用ではなくて、家庭でも使えると思いますが、F-613 はそのモデルの進化形で最新版。あたしもまだ聴いたことがないので、たいへん楽しみ。

 デジタル化されていないアナログ盤ももちろんたくさんあるわけです。音楽がつまらないとか、録音が悪いとかでデジタル化されていないわけではないものも、たくさんあります。権利を買った人間が握り潰してるなんてのは論外ですが、当初の契約の不備でミュージシャンに権利が無かったり、レコード会社の栄枯盛衰のうちに権利が宙に浮いてしまったり、あるいはマスターテープが行方不明なんてのもよくある話です。デ・ダナンの初期やダーヴィッシュの Brian McDonagh がかつて組んでいた Oisin の諸作はデジタル化が待たれる筆頭ですが、他にも宝石はあります。ドニゴール(ダニゴル、の方が近いらしいですね)はグィドーアの家族バンド Na Cassaidigh のセカンドは、今回そういえばと聴いてみて、あらためて感嘆しました。

 つまり、CDなどで聴きなれた音楽でも、アナログで、レーザーターンテーブルで聴くと、また全然違いますよ、という話です。あたし自身、病みつきになりかけていて、できればアナログでアイリッシュだけでなく、スコティッシュやイングリッシュやウェルシュやブルターニュや、あるいはハンガリー(Kolinda のあの衝撃の最初の2枚!)なんかも聴いてみたい。ので、これを皮切りにこういうイベントを重ねたいと思ってます。

 ということで、今月のプレミアム・フライデーには、秋葉原へどうぞ。(ゆ)

 いきなりですが、アナログ・ディスクつまりLPでアイリッシュ・ミュージックを聴こうというイベントをやります。

アイッシュレコードいい音Live


 きっかけはレーザーターンテーブルに出逢ってしまったことです。レーザーターンテーブルは針の代わりにレーザーでレコード盤の溝をトレースして音を読みとり再生するアナログ・プレーヤー。開発されたのはもうずいぶん前、メーカーによると30年前になるそうですから、そろそろLPからCDへの切替が完成する頃、耳にした記憶があります。その時はそんなことができるのか、半信半疑でした。オーディオにはよく新技術による革新的製品というのが登場します。技術は新しいけれど、それで音が良くなっったか、ようわからんというものもままあります。その頃は「レーザー」といえば光線銃というアタマがありましたから、レーザーを照射したらレコードに穴があくんじゃないの、とか言ってまともに受取りませんでした。

 もちろんレーザーといっても多種多様なので、武器として使われるのはむしろ特殊なケースです。だいたいCDはレーザーを使ってるわけだし、文字通りレーザー・ディスクなんてのもあったわけですが、すでにLPの時代は終っていたこともあり、レーザーターンテーブルのことはすっかり忘れていました。

 それが偶然メーカーの方にお眼にかかったことから、試聴するチャンスをいただきました。レーザーターンテーブルは5本の細いレーザーをレコード盤面に照射するそうです。2本が先導で溝を辿り、もう2本が左右の壁をトレースする。トレースするのは溝の縁から10ミクロン下だそうで、ここは針が接触しないので傷がついていない。針はもっと深い、溝の底に近いところに接触します。もう1本はレーザー・ヘッドとレコードの盤面の距離を測って、ヘッドの高さを一定に保つ。そうして読み取った振動は針で読み取るより遙かに精確になる、というのはまあわかります。 読み取った後は他のアナログ・ターンテーブルと同じで、アンプを通してスピーカーなりヘッドフォンを鳴らします。

 百聞は一見に、じゃなかった、百見は一聴に如かず。とにかく聴いてみようじゃないかと、メーカーの試聴室にでかけました。持っていったのは当然アイリッシュ・ミュージック。その昔、あたしが貧しいシステムで聴いて、その虜になっていった、まあ懐しい盤です。

 聴いて引っくり返りました。アンプはマッキントッシュでスピーカーはJBLという、ある意味ひと時代前のシステムですけど、いや、凄い。こんな音が入っていたのか。そして、こんな音楽をやっていたのか。

 さんざん聴いた音源です。プランクシティのファーストにボシィ・バンドの Old Hag の類。そりゃ、アナログで聴くのは数十年ぶり、とはいえ、若い頃に「すり切れる」まで聴いて、CDでも数えきれない回数聴いて、隅々まで記憶に刻みこまれた録音。と思っていました。それが、まるで昨日スタジオでとれました、というような瑞々しい、新鮮な音楽に聞えます。

 デ・ダナンのセカンド Selected Jigs & Reels は、未だにCD化されてませんから、音源自体聴くのはたぶん四半世紀ぶり。またまた引っくり返りました。こりゃ、凄い。こんな凄いことをかれらはやっていたのか。あたしらはよく「プランクシティ〜ボシィ革命」などと口にしますが、デ・ダナンもちゃんと加えなきゃあかんじゃないか、これじゃ。ダーヴィッシュは絶対にデ・ダナンがお手本だぞ。

 マレード・ニ・ウィニー&フランキィ・ケネディのファースト。CDになったとたんに買いこんで、これまたそれこそCDがすり切れようかという程聴いてます。ここでしか聴けないマレードの無伴奏歌唱のなまめかしさ!

 音楽自体もさることながら、録音がまた良い。メーカーの方も録音の良さに驚かれています。アイリッシュの録音は昔から音は良いのです。とりわけ生楽器の録音には、ロンドンやロサンジェルスが逆立ちしてもかなわないところがあります。アイルランドの人びとは太古の時代から音楽の大好きな人たちだからか、やはり耳がいいんでしょう。ダブリン録音はメジャーやアニソンなどでもよくみかけます。その昔、アイリッシュ・ミュージックが国内盤で盛んに出ていた頃、アイルランドの原盤を聴いた国内メジャー・レーベルのマスタリング・エンジニアが、どうしてウチのスタジオはこういう音が録れないのだと嘆いたという噂を耳にしたこともあります。

 この音と音楽なら、レーザーターンテーブルの宣伝にもなると思われたのでしょう。というのは下司の勘繰りでした。この素晴らしい音楽といい音をアイリッシュ・ミュージック愛好家の方々とシェアしたいと思われたのだそうです。もっともこのT氏もアイリッシュを知らないわけではないらしい。レーザーターンテーブルを使って、アイリッシュ・ミュージックのアナログ・ディスクを聴くというイベントをやりましょうと言われました。あたしはもちろん双手を挙げて賛成しました。

 というわけで上記のイベントです。念のため、もう一度書いておきます。

アイルランド音楽 レコード “いい音” 聴き語り

〜レーザー光で甦る、アイリッシュ・ミュージック名盤・名曲 “いい音”たち

開催日時:2018年6月29日 (金曜日)19時から

東京都千代田区神田佐久間町2-11

TEL. 03-3862-0068 (代)

JR秋葉原駅 昭和通り口から徒歩1分。

参加費 : 1ドリンク付き3,000円(税込)


 かけるのは鋭意セレクションしてますが、上にも書いた、プランクシティのファーストやボシィのセカンド Old Hag You Have Killed Me、デ・ダナンのセカンド、マレードとフランキィのファーストはじめ、往年の名盤たちです。なるべくCD化されていないもの、CDにならなかったので忘れられてしまったとか、隠れた傑作も選ぶつもり。デイヴィ・スピラーンの初期作とか、ミホール・オ・ドーナルとミック・ハンリィの Celtic Folkweave とか。スコットランドやノーサンバーランドも少し混ぜます。ディック・ゴーハンが Topic から出した、ギターによるダンス・チューン集 Coppers & Brass は、なぜかCD化されてないんですよねえ。あるいはカパーケリーのファースト Cascade。これもCD化されていない。この冒頭の G.S. MacLennan 作の The Little Cascade の演奏は鮮烈です。

 良い音で聴くことは良い音楽へのリスペクトだとあたしは思います。それに、良い音で初めてわかる、聞えるものも確かにあります。音楽の全体像が変わることさえある。YouTube や MP3 でいつでもどこでも聴けるのは大きな恩恵ですが、それでこぼれ落ちるものも少なくない。いつでもどこでも常に可能な限り良い音で聴こうとするのは趣味の領域ですが、レコードを作った人びとの意図になるべく近い音で一度は聴いてみるのはライヴの体験に通じるものがあります。

 だいたい2時間の予定なので、マックス20枚20トラックというところでしょう。ほんとは片面全部とか聴きたいですが、そうもいかん。なるべくしゃべりは減らして、音に浸っていただこうと思ってます。この日はいわゆる「プレミアム・フライデー」だそうで、あたしなんぞ縁は無いと思っていたら、こういう形で縁ができそうです。(ゆ)

 本日のお題はロバート・グラスパー・エクスペリメントの新譜が出たのに合わせて、グラスパーとその周辺。グラスパーの人気はたいしたもので、休日前の夜ということはあったにせよ、いーぐるが満席。若い人が多い。

 もっとも、この人たちが「ジャズ」としてグラスパーを聴いているのか、となると確かではない。あたしなどもこの頃そうだが、何のジャンルだから聴く、ということがどんどん少なくなっている。たまたま面白いミュージシャン、音楽がジャズから出てきている、というだけのことで、それがジャズだろうがナンジャモンジャだろうが、まるで気にしない。という風でもある。

 昨夜聴けた音楽はジャズから生まれていることは確かだし、やっている方もある程度ジャズをやっている意識はあるらしい。自分たちの音楽が誰のどんな音楽にそのバックボーンを支えられているかという認識とそうしたミュージシャン、音楽へのリスペクトはあるようだ。

 とはいえ、だからこういうフォーマットにおさまっていなければならない、とか、ある規範を守らなければいけない、という意識はまるで無いように思う。このあたりは、アイリッシュはじめ、ヨーロッパのルーツ・ミュージックの連中がそれぞれベースとする伝統に対するのと同じ姿勢、態度だろう。

 まずはディスク・ユニオン新宿ジャズ館の羽根さんの紹介。昨夜紹介された5枚はどれもこれも面白く、カネさえ許せば全部買いたかった。実際後藤マスターは全部買われていた。

 最初はプロデューサーの Jason McGuiness の仕事を集めたオムニバスで、日本企画盤。いずれも7インチ・シングルや配信のみでリリースされた音源だそうだ。かかったのはカマシ・ワシントンの参加したトラックで、ヴォーカルも入る。〈Papa Was A Rolling Stone〉というタイトルからして、リスペクトとおちょくりが等分に同居している楽しい音楽。

 次の Ben Wendel はやられました。《WHAT WE BRING》はこれまで自分が影響を受けたミュージシャンへのトリビュート集だそうで、かかったのは〈Solar〉。マイルスへのオマージュ。なんともすばらしく、Snarky Puppy にも通じる。

 プエルト・リコ出身のトランペッター、Mario Castro の《ESTRELLA DE MAR》は通常のジャズ・コンボにストリングスを合わせ、ゲストが入るという豪華盤。聴いたのはロバート・グラスパー・エクスペリメントのケイシー・ベンジャミンがヴォコーダーで参加した〈Shmerls〉。これまた変幻自在、ジャズになったり、クラシックになったり、ヒップホップになったり、ちょっとめまぐるしいが、面白いことは無類。もっとも付録のない、スッピンのバンドでも聴いてみたい。

 Steve Lehman《SLEBEYONE》のタイトルはセネガルのウォルフ語のようで、その言語でラップをやる人も参加している。かつてスティーヴ・コールマンがやっていたことの後継と言われるとなるほどと思う。ラッパーは英語とウォルフ語の二人が交互にやる。それを縫うようにリーマンの超絶アルト・サックスが炸裂し、やがて主役を奪う。それはそれは面白いのだが、1曲ならともかく、アルバム1枚このテンションでやられては、こちらの身が保ちそうにない。

 その点、Donny McCaslin にはなんとかこちらもついていけそうだ。デヴィッド・ボウィの遺作への参加で一躍注目を浴びたそうだが、かれ自身、ボウィから受けた影響は深く、その成果がこれというわけ。確かに同じ21世紀ジャズでも、一回りスケールの大きいところを感じる。その雄大さが聴く方にも余裕をもたらし、どっしりと受け止めることを可能にする。これはいいよ。

 ということで、Ben Wendel と Donny McCaslin を購入しました。


 後半はユニバーサルの斉藤さんの担当で、まずは本日のメーンエベント、ロバート・グラスパー・エクスペリメントの新作《ARTSCIENCE》から、なんと4曲紹介するという大盤振る舞い。この人、確かに面白いし、新境地を開拓しようとする意欲も買う。別に文句をつけるつもりはないが、これは好きなことをできるようになった才能豊かな人たちが好きなようにやった、というもので、抑制素子が無い。だからといって即破綻するわけではないが、誰も気づかないままやりすぎている風情だ。リスナーもやりすぎとは思わないだろう。それがわかるとすれば、何年か経って、振り返ってみたときだ。

 この人は才人だし、その才能を鼻にかけてもいないのは快い。ただ、端的にいってこの音楽はあざといのだ。才人だというのは、そのあざとさがそのまま魅力になっているからだ。おそろしくトンガったところと、大文字のコマーシャリズムが対等に同居している。これはごく稀なことではある。この人もまた、音楽をやること、やれることが楽しくてしかたがないのだろう。つまり自意識が無いところがうまく作用しているのだ、きっと。そこでこれだけあざとくなるとなると、次はどうなるか、ちょいと楽しみになってくる。いろいろな意味で。

 次の Derrick Hodge はエクスペリメントのメンバーで、《THE SECOND》というセカンド・ソロを出した。エクスペリメントではベース担当だが、ここではほとんどの楽器を自分で演奏し、ヴォーカルもとる。トム・ウェイツに近い。しかし、これはロックの文脈からは絶対に出てこないだろう。売れることが良い方に作用した幸せな例だ。

 売れることの御威光は今回斉藤さんが紹介した5枚に通じる。ただ、売れることのマイナス面も当然あるわけで、どこか箍がゆるんでもいる。映画『マトリクス』の続篇のようなものだ。あれは確信犯でもあったが、音楽の場合、なかなかそういうことは難しい。ミュージシャンはハリウッド映画の監督ほどしたたかになれない。

 最後のフランスのジャズ・ミュージシャンたちによるチェット・ベイカーへのトリビュート盤は、ベイカーの伝記映画の公開に合わせたものらしい。かけられたのはホセ・ジェイムズがヴォーカルをとる1曲で、バックが面白い。こういうのをエスプリが効いているというのか。暖いミニマリズムとでもいいたくなる。皮はぱりっと硬いが中はほかほかといううまいフランス・パンのような音楽。


 今回もたいへん楽しく、ためになりました。若いお客さんたちが終ってもなかなか帰らないのも見ていて嬉しくなってくる。

 次回は10/16(水)、ノラ・ジョーンズの新作が出るそうで、シンガーの特集。その日は『絵のない絵本』のライヴがあるので欠席。今年の皆勤賞を狙ったのだが、残念。(ゆ)

悪天候と放射能にもめげず、店内がほぼ満席になったことにブラック・ホークと松平さんが伝えた音楽の力をあらためて認識させられた。
    
    それにしてもジャズ喫茶時代、レゲエ喫茶時代のブラック・ホークではなく、ロック喫茶時代の音楽だけが語り伝えられているのは不思議でもある。
    
    レゲエ時代については石田昌隆さんがどこかで書かれていたかと思う。ジャズ喫茶時代にしても、「DIG」や「ジニアス」はジャズ喫茶としての名を残しているが、その DIG の支店だったにもかかわらず、後にジニアスを開く鈴木氏や松平さんが「お皿回し」をされていたにもかかわらず、ジャズ喫茶としてのブラック・ホークの名前はほとんど聞かない。ブラック・ホークといえばロック喫茶だ。
    
    今回は常連として先輩になる方々もいらしてくれたのはありがたかった。そこでわかったことは、時代によってかかる音楽は少しずつだが変わっていたこと。たとえば「ハード・ロック封印の儀式」というのがあった。ある日、ツェッペリンとか、パープルとか、フリーなど、いわゆるハード・ロックと呼ばれるレコードが終日かかっていたのだが、それが終わるとそこの棚にテープで封印がされたそうなのだ。以後、ブラック・ホークでハード・ロックがかかることはなく、たまに事情を知らない客がパープルをリクエストすると「ありません」という返事が返ってきて仰天することになる。
    
    それだけでなく、ブラック・ホークの守備範囲の中でも内実は少しずつ変わっていて、「ブリティッシュ・トラッド」が入ってきたり、アイリッシュが入ってきたり、シンガー・ソング・ライターが増えたり、カナダのトラッド系が入ってきたり、という具合だったのだろう。ぼくが接したのはそのひとつの「完成形」または「最後の姿」だった。
    
    そして「トラッド」、つまり今でいうアイリッシュやスコティッシュやイングリッシュ、あるいはブルターニュ、ハンガリーなどの伝統音楽の現在形を求めて通ううちに、アメリカのシンガー・ソング・ライターたち、ローカルなミュージシャンたち、ニューオーリンズの音楽などにもピンとくるものを発見してゆく。なにせ、ブラック・ホークにあってさえ「トラッド」はごくマイナーな存在であって、「アメリカもの」がかかっている時間の方が圧倒的に多かったからだ。
    
    ぼくの音楽鑑賞力、評価基準はそうしてブラック・ホークで鍛えられ、刷りこまれた。今はブラック・ホークでかかっていたものとは比べものにならないほど幅広い音楽に親しんでいるが、ハード・ロックやその派生物であるヘヴィメタルの系統をあまり面白いと思わないのは、出発時点での刷りこみのせいだろう。同時に、そうした音楽には「ルーツ系」とは根本的に相容れないものがあるのかもしれない。
    
    それは松平維秋という人の美意識を通じて初めて見えるものかもしれない。しかし松平さんの音楽選択の基準がいまだに影響力を増やしこそすれ、衰えをみせないことを見れば、そこには普遍的な要素もあるはずだ。ハード・ロック〜ヘヴィメタルの系統には、後に松平さんが店を去るきっかけとなった「シティ・ミュージック」と共通するところがあるように思う。
    
    ブラック・ホークは「ロック喫茶」を標榜していたわけだけれど、「ロック」と総称される音楽には当然のことながら様々な流れが混在、同居していた。大きくみて「作られたもの」と「生まれたもの」に分けてみる。すると松平さんは「作られたもの」の価値はほとんど認めなかった。少なくともブラック・ホークの中では。
    
    生まれる音楽の典型であるジャズに比べてロックが作られたものであることとは次元が別の話である。ロックのなかには売るために作られたものがあった。ロック以前の音楽産業のありかたの中で作る部分、ティン・パン・アレィに代表される、作詞、作曲、編曲、演奏いずれも専門家が担当する形の応用でもある。その構造を突き崩すのがビートルズだったわけだが、音楽産業は作る部分は讓りわたしても売る部分は守った。それが突き崩されるのは音楽配信の登場による。
    
    1970年代まではまだ「生まれる」音楽としてのロックがメジャーからリリースされていた。80年代になるとほとんど無くなる。その変化の先駆けが「シティ・ミュージック」だったと言えるだろう。「生まれる」音楽はマイナー・レーベル、後には自主レーベルからしか出なくなる。
    
    1970年代末の音楽産業のその変化に、ブラック・ホークはついていけなかった。ブラック・ホークもまた音楽産業の末端にぶらさがっていたからだ。ブラック・ホークにとってみれば「売るもの」がなくなってしまった形だ。
    
    音楽産業はこうして「成功」する。LPからCDへの切替需要でさらに大儲けする。そしてそのCDが解き放ったデジタル化によって、今度は音楽産業を支えていたはずの外部構造が崩壊する。後に残ったのは「生まれる」音楽だけだ。つまり、音楽は本来の姿をとりもどした。20世紀の音楽は産業によって歪んだものにされていたわけだ。
    
    しかし、それはブラック・ホークには関係のないことでもある。松平さんにとっても果たして関係があったかどうか。ブラック・ホークを離れて以降、音楽について積極的に発言することをぴたりと止めたのはなぜか。あらためて気になってくる。書き手としての松平さんの潔さであったのかもしれない。しかし、それだけなのか。
    
    一方でブラック・ホークで音楽の聴き方を教えられ、価値判断の基準を植えつけられたぼくは、「生まれる」音楽の極北であるブリテン群島の伝統音楽の世界に引きずりこまれ、以来そこをさまよいつづけている。世界はブリテンからヨーロッパ大陸、さらにはアフリカ、ユーラシア、アメリカ、オセアニアと拡がってはいるが、あいかわらず自分がどこにいるのか、どこへ向かっているのかもわからない。導き手もいない。
    
    不安が募ってどうにもならなくなると、出発点を探す。幸い、録音というテクノロジーのおかげで、出発点を確認するのは比較的容易だ。それがブラック・ホークで聴いていた音楽であり、松平さんが良しとされた音楽である。
    
    ひょっとするとパイオニアとはいつもそうなのかもしれない。ある動きを、あるいは流れを起こした後は、消えてしまう。残るのは「伝説」であり、記憶である。それが次第に、雪だるまのように影響力を増してゆく。音楽産業の虚妄から目覚めた音楽ファン、ファッションや一種の「資格」としてではなく、生きてゆくうえに不可欠の要素として音楽を楽しむ人びとにとって、今や「99選」に象徴されるブラック・ホークと松平維秋の指ししめした音楽は頼れる指針の一つになっている。さらにはそこからのスピンアウトとして、たとえばアイリッシュ・ミュージックの浸透という現象もある。元はといえば、東京の片隅にあった小さな店の「商品」にすぎなかったものなのなのに。
    
    ブラック・ホークはその音楽を除けば、店としての魅力は皆無、というよりマイナス評価しかできないところだった。オーディオは当時の平均的音楽ファンのものより上とはいえ、良い音とはとうてい言えないものだった。コーヒーは常連の間では「泥水」と呼ばれた。初めの2、3回はともかく、定期的に通うような人たちは絶対に注文しなかった。椅子の座り心地は悪く、30分も座っていれば尻が痛くなった。今だったらまず半年で潰れるだろう。
    
    しかし、ここでしか聴けない音楽を求める人間にとっては、そういうマイナス面は何の苦にもならなかった。またここでかかる音楽のレコードは、いざ買おうとするとなかなか手に入らなかった。国内に入っている数は多く見積もって50枚というところではなかったか。英国の伝統音楽ものはさらに少なかった。おそらく二桁届くか届かないかではなかったか。
    
    その英国の伝統音楽、当時「トラッド」と呼ばれた音楽、こんにちのアイリッシュ・ミュージックもその一部に含む音楽は、やはり松平さんの個人的「趣味」から導入されたものだったろう。「生まれる」音楽の極致として、ブルーズと同じ地平にありながら、その対極にある音楽。ブラック・ホークの客にとっても「異質」で「異様」な音楽。
    
    今回かけた中で意外な好評を受けたのが A. L. Lloyd だった。バート・ロイドは英国伝統音楽復興、つまりフォーク・リヴァイヴァルを担った巨人の一人だが、うたい手としてのわが国での評価はあまり高くない。しかし、無心に聴けば、やはりその歌唱は第一級のものなのだ、とあらためて思い知らされた。
    
    そのロイドがかかると、かつてのブラック・ホークでは客が一斉に立って店を出ていった、と当時を知る人は言う。松平さんも書いている。そして「喜楽」や「ムルギー」で腹を満たし、また店にもどってきた。その頃にはロイドのLPは終わっている。
    
    しかしこれもまた時間の経過のなかで徐々に愛好者を増やし、アイリッシュ・ミュージックの世界的爆発もあって、こんにちでは「異質」さや「異様」さはよほど薄れている。「トラッド」はファッションのなかだけの言葉ではなくなっている。むしろ「ブラック・ホーク文化」の一部として市民権を得ているように見える。それどころか、ブラック・ホークは「トラッド」の店だったという誤解すらあるようだ。
    
    だからこういう試みにもたぶん意義はあるのだろう。ぼくにとっては出発点の確認だし、ノスタルジーでもあることは否定できないが、それでもブラックホークをリアルタイムで体験しなかった人びとへの一つの提示としてだ。そして音楽はつまるところ「生まれる」ものが大事で、良きものであるのだ、という主張の一環としてである。
    
    個人的には今回かけたなかで最も感激したのはしかし「トラッド」ものではなかった。ジェリィ・ゴフィンの〈It's not the spot light〉だった。このうたは好きではあるものの、こんなに心打たれたことはなかった。聴いていて涙腺がゆるむのを感じた。そこには「外」で、優れたシステムで、大音量で聴いて初めてわかるものがあるのかもしれない。それともそれ以外の要素もあるのか。もう少し試みを続けるなかで見えてくるかもしれない。
    
    このチャンスを与えてくれたいーぐるの後藤マスターに、あらためて御礼申し上げる。(ゆ)

中村とうよう氏よりも松平さんの影響を受けてしまったので、結局中村氏はほぼ完全にスルーだった。そういう観点から見ると、中村氏の自殺という結末はどこか納得のゆくものではある。つまるところ中村氏はレコード産業の滅亡に殉じたのだ。
    
    外野というよりも場外から見えた中村氏はレコード産業に奉仕しながら、そうではないポーズを取ることをスタイルとしていた。売れることと音楽の価値は重ならないことを一応の前提にしながらも、商品にならないものは相手にしない。商品となった時点で初めてそれは論評に値するものとなる。裏返せばレコードにならない音楽は存在しない。
    
    中村氏にとって録音パッケージの衰退、さらにはその滅亡は己れの立つ基盤が崩れてゆくように思われたのではないか。YouTube や iPhone/ iPod で聞く音楽など、音楽では無いと感じられたのではないか。
    
    そうした意味で、中村氏の自殺は一つの時代の終焉を何よりも明らかに示すものではある。レコード産業の自殺もまさに進行している。個人とは違い、その自殺には時間がかかり、波及効果も大きい。中村氏の死もまた、そのあおりを喰った結果でもある。
    
    逆に言えば、自殺を選ぶほどに、中村氏はレコード音楽と深く絡みあっていたのだ。月並な表現を使えば、中村氏はレコード音楽と結婚していたのだ。江藤淳が夫人の死に耐えられずに自殺したように、中村氏は生涯の伴侶たるレコード音楽の死に耐えられなかったのだろう。
    
    
    松平さんの姿勢は全く違っていた。松平さんの課題はブラック・ホークという閉鎖空間をどう埋めるか、だった。一つの雑誌を影響力を持てるだけの数を売る、という中村氏の課題とは根本的に異なる。松平さんにとって、流行を追いかける必要はない。むしろ、差別化を考えれば追わないことが戦術として有効になりうる。実際、流行に背を向ける戦術は功を奏し、ブラック・ホークは『ニュー・ミュージック・マガジン』とは別の次元で影響力を持った。
    
    ただし、レコード産業が資本の論理にしたがい、レコード音楽が流行に覆いつくされてしまうと、松平さんの戦術は基盤を失うことになる。
    
    レコード音楽が流行に覆いつくされたと見えたのが表面的な現象であって、実際にはその裏や底では流行から距離を置いた動きや流れが脈打っていたとわかるのは、それから10年も経ってからのことだ。今ならばリアルタイムでそうした動きや流れは見えるだろうが、インターネットはおろか、Mac や PC すら影も無かった当時、情報の伝達は細く、遅かった。レコード産業以外に存在形態があることなど、まったく思いもよらなかった。
    
    流行に背を向ける戦術は背を向ける流行を必要とする。また、背を向けた音楽を必要とする。しかも流行から完全にかけ離れてはいない音楽でなくてはならない。だから「ブリティシュ・トラッド」ではこの戦術は支えられない。やはりアメリカの、少なくとも一部では知名度のある音楽が無ければならない。
    
    ここで強調しておかねばならないのは、「ブリティシュ・トラッド」と当時呼ばれていたアイルランドやブリテンをはじめとするヨーロッパの伝統音楽の愛好者は、ブラック・ホークという閉鎖空間の中でも少数派だったことだ。「ブリティシュ・トラッド愛好会」は一方でそうした音楽のファンを集め、交流をはかることを意図しながら、もう一方でそうしたファンをブラック・ホークの「主流」からまとめて排除することも目的としていた。そうすることでブラック・ホークは、いわば安心してレゲエを聞かせる店への方向転換ができたのだ。
    
    して見ると、全く逆の方向をめざしたように見えながら、中村とうようと松平維秋は同じ流れに棹差していたのだ。ブラック・ホークを離れて以降、松平さんが音楽についてほとんど書かなくなった理由もわかる気がしてくる。松平さんにとって、音楽を聴き、選ぶことと、それについて書くことはまるで別のことだったのだろう。
    
    ただ、文章家、いや詩人といった方がより正確だろう松平さんの文才を想うとき、もっと新しい音楽、今の音楽について書かれたものを読みたかったと、哀惜の想いを新たにする。松平維秋を今の音楽について書かざるをえない場に置いてみたかった、と痛切に想う。
    
    だが、おそらくは松平さんはそうなってもなお沈黙を選んだのではないか、とも思う。録音技術の登場によって音楽は変わった。録音された音楽の流通手段の革命によって、今ふたたび音楽は変わりつつある。中村氏の言説と同じく、松平さんの文章もまた、今過ぎさろうとしている音楽を対象とする時、実をつけるものだった。
    
    そして、この今生まれようとしている新たな音楽は、おそらく中村とうようも松平維秋も必要とはしない。
    
    こう書いてきてみて、中村氏の死に際して、ようやく松平さんの死を実感している。今年の命日に予定している、四谷・いーぐるでの「ブラック・ホークの99選を聴く会」は、少なくともぼくにとっては、松平さんを送る作業に一時期を画すものになるのだろう。(ゆ)

    われわれのような貧乏人はバブル崩壊からこちらずーっと不況で、ゼロ金利でカネを吸いあげられ、税源の地方移譲の形で増税され、健康保険料は毎年上がり、これでもっと買い物をしろ、カネを使えといわれたって、もう絞られつくして鼻血も出ないよ。だいたい、景気回復したところで、潤うのは大企業や天下り官僚ばかりで、そこの社員も含めて、まっとうな暮らしをしようとしている人間には恩恵はまったくないことは、この10年で身にしみたからねえ。景気なんて回復しなくていいから、貧乏でもいいから、もっとのんびりと暮らしたいもんだ。
   
    だからいくら不況だと言われても、それでダメージを受けるのは金持ち連中と大企業や天下り官僚も含めてそこにたかってるやつらだけで、こちとらカンケーネーと思っていたら、今月号の fRoots だ。わざわざ1ページ使って、助けてくれと訴えている。先日の PASTE の「救済キャンペーン」にも驚いたが、こっちはもっとびっくりした。こうなってくると確かに不況は他人事ではない。
   
    fRoots は広告への依存が比較的少なく、読者層も強固だから、今すぐどうこうなるという状態ではないと書いてるし、イアン・アンダースン編集長の口調もいつもの軽妙なものだが、こういう訴えをせざるをえなくなっていること自体、かなりの危機感を抱いていることのあらわれだろう。これまでと同じ調子では早晩本物の危機がやってくると踏んでいる。
   
    そもそもこの雑誌は世の流行を追いかけることはせず、自分たちがおもしろいと信じた音楽を追いかけてきた。レコード会社とのタイアップなんてやったことはないし、ライヴやソフトの評価にしても、中味のないものを持ち上げたこともない。だから、誰も知らない音楽や音楽家をとりあげて驚かせても、ぼくらはかれらのセレクトを信じる。ここで最初にとりあげられたものが、後で流行することはよくある。
   
    この雑誌で良いと書かれていれば、評価しているやつは本気で良いと思っている。誰かに頼まれたからと、思ってもいないこと、感じていないことを書くことはない。そういう信頼があるから、われわれはこの雑誌に書かれていることを信用する。たとえ自分の評価とは違っても、書いている人間の誠実さを疑うことはしない。
   
    読者の年間CD購入数の平均が50枚を超えるというのも、そういう信頼の上に築かれてきたのだ。
   
    この数字はたぶん世界一ではないか。どこの国のどの音楽雑誌の編集者、発行人でも、うらやましく思わない人間はいまい。
   
    その雑誌に広告を出さなくなっている、というのはいかにレコード会社が苦しいか。ここに広告を出しているのは、メジャーは少なく、ほとんどは各地のインディーズだ。ここに出すかわりにどこか他の媒体に打つというのも考えられない。広告といっても、ミュージシャン名、アルバム・タイトル、ジャケ写をならべるくらいで、むしろ「こんなん出てます」という告知に近い。
   
    fRoots の場合、まだ救いがあるというのは、ライヴに足を運ぶ人の数は減っていないのだそうだ。あちらはこれからフェスティヴァル・シーズンだが、各フェスの前売券の売れ行きも好調で、対前年比10%増というフェスもあるらしい。海外へバカンスに行っていた人たちが、フェスに回っているのかもしれないが、まずはめでたいことではある。
   
    あちらのフェスティヴァルは、ごく限られた年齢層が集まるわが国のものとはちがって、家族ぐるみで遊びに行ける。それこそ生まれたての赤ちゃんから、じじばばまで、楽しめる。
   
    もちろん、そこには、どの車もタダである高速道路とか、広くて使いやすい公園とかのインフラがあり、さらにはこうしたイベントに様々なかたちで便宜をはかり、カネをつぎこむ地方自治体がある。造るときだけカネをかけるハコモノとはちがって、フェスティヴァルは数万から数十万の人間が毎年集まる。そこで生みだされる音楽(だけとはかぎらない)がまず財産だが、その場でこの人たちがつかうカネだって相当なものになるはずだ。
   
    だが地元はそれでよいとして、ぼくらのような遠くにいる人間には、CDであれ、LPであれ、レコードのリリースが減ったり、インディーズ・レーベルが倒れるのは困る。ひじょうに困る。ネット上でアクセスできる音源は、iTunes や ネット・ラジオはじめ多々あるにしても、まだパッケージに完全に置きかわるものでもない。ネットでリリースするのは、それなりに結構カネがかかるものらしく、メジャーはともかく、ぼくらが聞いているようなルーツ系のインディーズはまだまだ圧倒的にCD依存の世界だ。CDはとにかく製造・流通コストが安い。こんにちのルーツ・ミュージックの隆盛は、パッケージの主流がCDになったことが大きな要因であるのだ。
   
    不況を引き起こした経済活動の恩恵をまるで受けていないのに、不況の被害は直接・間接に受ける、それもひとつの方向からだけではなく、多方面から受ける、というのはまったく理不尽だ。不条理だ。詐欺だ。責任者出てこい。責任をとれ。腹を切れ。
   
    責任者に腹を切らせたからって、状況が良くなるもんでもないが、少くともけじめにはなる。けじめになるということは、気持ちが切り替えられる。あらためて取り組みなおす気分になれるのだ。

 恒例の東京・新宿は Hartford Cafe での「ブリティッシュ・トラッド&フォーク・ロック」ナイトの今月の日程は 今晩2日と、9日、16日、23日の各日曜だそうです。

 LP、CDなどの持ち込みも歓迎とのことであります。

開店16:00
閉店23:00

 足のトラブルもあって、ついにいまだに行けていません。今月こそは、いざ行かん。(ゆ)

ブログネタ
初めて買ったCD・レコードは何ですか? に参加中!
というのは、ミュージシャンにインタヴューするチャンスがあると、最後に必ずする質問で、毎回かなり面白い答えが聞けます。同時に、その人の本質の一端もわかる。

 一方で、自分のことにあてはめてみると、あたらずといえども遠からず、でもありますな。わたくしが自分のカネで初めて買ったのは、たしか『サウンド・オブ・ミュージック』のサントラでありました。

 と思っていたのだが、よくみると映画は1965年公開なので、まだ小学生だから、LPなんか自分のカネで買えたはずがない。おそらく親が買ってくれたのでありましょう。

 とすると自分のカネで買った最初のレコードはホルストの『惑星』か、『2001年宇宙の旅』のサントラのどちらかになります。これはどちらもSFの洗礼を受けた後に買っているはずなので、1970年秋以降の話。『惑星』の存在を知ったのも『SFマガジン』の読者投稿欄に載った投書のひとつだったので、調べればより正確な時期はわかるかもしれません。たぶん『惑星』のほうが先だったんじゃないかな。

 今でこそ超人気曲ですが、手元のものはサー・エードリアン・ボールト指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団で、当時はこれを含めて二つしか録音はなかったと記憶します。とにかくよく聞きました。なので、筆者にとってはこれが標準的演奏。

 買った店はたぶん秋葉原・石丸電気のレコード・センター。高校生だったはずの筆者はすぐ隣に住んでいた母親の従弟にあたる兄さんに連れていってもらいました。あの頃はたぶんレコード店としての石丸の最盛期で、ビルひとつまるまるレコード店だったのに圧倒されたものです。

 西欧クラシックは今でも聞かないことはないけれど、あれからずいぶん遠くまで来たものだ、と思わずにはいられません。これまで聞いたミュージシャンたちのレコードにしても、後のキャリアの源としてなるほどと納得したのは例外でした。(ゆ)

 東京は新宿3丁目と言うか、もう御苑前に近いあたりにある、知る人ぞ知る店 Hartford Cafe では、来月から毎週日曜日の夜、ブリテイッシュ・トラッド&フォークのアナログ盤を中心にかけるそうです。特にイベントというのではなく、店の中でかける音楽をそちらにすると言うことらしい。自分のコレクションの持込もOK。CDもかまわないとのことですが、家で眠っているアナログを持ちこむのが、趣旨には合うでしょうね。

 開店が夕方の4時。トラッド・タイムは5時から夜の10時まで。閉店は11時。

 8月は3日・10日・17日・31日の4日間。毎月の日程は公式サイトの掲示板やミクシのコミュに出るそうです。

 この店は「亜米利加的音楽処」の看板を掲げてますが、マスターが「ブラックホーク」OBなので、その流れも汲んでいるようです。実はまだ筆者も行ったことがないので、これをきっかけに行ってみますかね。誰か、一緒に行きませんか?(ゆ)

 かつて東京・渋谷のロック喫茶「ブラックホーク」を根城にした「ブリティッシュ・トラッド愛好会」の創設メンバーで、わが国有数のハイランド・パイパーであり、特に「ピブロック」については第一人者でもある森能文さんが、その愛好会結成以前の「ブラックホーク」での「トラッド」体験について、ブログと掲示板を始められています。

ブログ「パイパー森・My Roots Music
経過について
専用掲示板


 この時期はわが国にブリテンのルーツ/フォーク・ミュージックが紹介され初めた頃で、「ブラックホーク」の「お皿回し」だった故松平維秋氏がその仕掛け人だったわけですが、かれの仕掛けに応えて、これを支えたのが森さんなどの少数の熱心なファンでした。それが本国での盛上りに感応する形で1977年の「愛好会」結成として実を結びます。そのあたりのことやそれ以前のわが国での「トラッド」をめぐる状況、ご本人の思い入れなどが、語られています。

 その頃はミュージシャンの来日など考えられもせず、一にも二にもレコードを聞くことしかできませんでしたから、ブログも当然、様々なレコードを中心に書かれています。

 2007年のスウェーデン・グラミー賞、フォーク部門でノミネートされたアーティストが発表されてます。

 半分は知らないので、これを機会に聞いてみたいところ。

 ところで、日本ではグラミーに相当する賞はないようで、めでたいことではあります。


HOVEN DROVEN
JUMPING AT THE CEDAR
HOME RECORDS

LENA WILLEMARK
ALVDALENS ELEKTRISKA
AMIGO MUSIK

NARA
OM
CAPRICE

ORSA SPELMAN
ORSA NASTA!
SONET

RANARIM
MORGONSTJARNA
DRONE

SANGENSEMBLEN AMANDA
TRES
FOOTPRINT RECORDS


Thanks! > やまだまさよさん

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