クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

タグ:ヴォーカル

 石川真奈美+shezoo のデュオ・ユニット、みみたぼのライヴ。今回は北沢直子氏のフルートがゲストで、非常に面白くみる。

 北沢氏は shezoo さんの〈マタイ受難曲〉で初めてその演奏に接し、以後〈マタイ〉と〈ヨハネ受難曲〉のライヴで何度か見聞している。そういう時はアンサンブルの一部だし、とりわけ際立つわけではない。今回はソロも披露して、全体像とまではいかないが、これまでわからなかった面もみえたのは収獲。

 もともとはブラジル方面で活動されていて、この日もブラジルの曲が出る。shezoo さんとの絡みでライヴを見た赤木りえさんもラテン方面がベースだった。

 フルートはアイルランド、スコットランド、ブルターニュでも定番楽器だが、味わいはだいぶ違う。ジャズでもよく使われて、応用範囲の広い楽器だ。各々のジャンルに特有のスタイルがあるわけだ。ウインド楽器の類は人類にとって最も古い楽器のひとつであるわけで、使われ方が広いのもその反映だろう。

 赤木氏との比較でいえば、北沢氏のスタイルはより内向的集中的で、即興もたとえていえばドルフィー志向に聞える。

 北沢氏が加わったせいもあるのだろう、この日は選曲がいつもと違って面白い。ブラジルの〈貧しき人々〉や〈良い風〉をやったり、トリニテの〈ララバイ〉をやったり、陽水が出てきた時にはびっくりした。しかし、これが良い。ラスト前で、フルート中心のインプロから入ってひどくゆっくりしたテンポ、フリーリズムで石川さんがおそろしく丁寧に一語ずつ明瞭に発音する。陽水はあまり好みではないが、これはいい。こうしてうたわれると、〈傘がない〉もいい曲だ。

 石川さんが絶好調で〈ララバイ〉に続いて、〈マタイ〉から、いつもは石川さんの担当ではない〈アウスリーベ〉をやったのはハイライト。うーん、こうして聴かされると、担当を入れ替えた〈マタイ〉も聴きたくなる。

 〈ララバイ〉にも歌詞があったのだった。〈Moons〉に詞があるとわかった時、トリニテのインスト曲にはどれも歌詞があると shezoo さんは言っていたが、こうして実際にうたわれると、曲の様相ががらりと変わる。他の曲も聴きたい。〈ララバイ〉で石川さんは歌う順番を間違えたそうだが、そんなことはわからなかった。

 〈貧しき人々〉は三人三様のインプロを展開するが、石川さんのスキャットがベスト。ラストの〈終りは始まり〉も名演。

 北沢氏はバス・フルートも持ってきている。先日の〈ヨハネ〉でも使っていた。管がくるりと百八十度曲って吹きこみ口と指の距離はそう変わらないが、下にさがる形。この音がよく膨らむ。低音のよく膨らむのは快感だ。北沢氏が普通のフルートでここぞというところに入れてくるビブラートも快感。とりわけ前半ラスト、立原道造の詞に shezoo さんが曲をつけた〈薄明〉でのビブラートにぞくぞくする。

 こうしてみるとフルートはかなり自由が利く。表現の幅が広い。サックスのようにお山の大将にならない。ヴァイオリンの響きは比べると鋭どすぎると感じることがある。このままみみたぼに北沢氏が加わってもいいんじゃないかとも思える。

 それにしてもやはりうたである。人間の声が好きだ。shezoo さんには悪いが、石川さんの調子がよいときのみみたぼは面白い。(ゆ)

みみたぼ
 石川真奈美: vocal
 shezoo: piano

北沢直子: fulte, bass-flute

 松本泰子さんのヴォーカルと shezoo さんのピアノのデュオというユニット、音の旅行社のライヴ。初ライヴらしい。松本さんはこのハコに出るのは初めてだそうだ。この二人がやるからには、ヴォーカルとピアノ伴奏などというのからはほど遠い世界になるのは当然だ。

 shezoo さんもまあいろいろな人といろいろなユニットをやっていて、よくもまああれだけいろいろな名前を思いつくものだと感心する。今回のデュオは発せられた音が旅してゆく案内をしようという趣旨らしい。

 具体的には中田喜直と斎藤徹の二人の作曲家の歌を演奏するためのユニット。この日は様々な詩人の詩に二人が曲をつけた歌が演奏された。その1曲の詩を書いた方もお客として見えていた。後で shezoo さんが自分でも驚いた様子で、今日は自分の曲を1曲も演奏してないんですよ、それってとても珍しい、と言うのを聞いて、そういわれればとあたしも驚いた。むろん『マタイ』や『ヨハネ』のライヴは別であるし、かつてのシニフィアン・シニフィエはクラシックの現代曲とバッハだけのライヴをやっていた。もっともどのライヴを見ても、他人の曲を聞いているという気がしない。

 結論から言えば、この二人の作曲家の他の歌ももちろんだが、他の作曲家と詩人による歌、現代語の詩や詞ばかりでなく、古典の和歌や連歌やなどに曲がつけられた歌も聴いてみたくなる。

 松本さんの声はあたしの好きなタイプで、芯までみっちりと実の詰まった、貫通力の強い声だ。美声とはちょっと違うだろうが、とんでもなく広いどの声域でもどんどん流れこんでくる。きれいに伸びてゆく高い声も魅力だが、あたし個人としてはむしろ低いところの声がどばあっと床の上を這うように広がってくるのがたまらない。打ち寄せる波のように広がってきた声がふわあっと浮きあがってあらってゆく。高い声は遙か頭上を夜の女神が帳を引いてゆくように覆ってゆく。同時に声は流れとしてもやってきて、あたしはそこにどっぷりと浸る。そういう感覚が次から次へとやってくる。その声はあたしのところで止まるわけでもない。あたしを越えてどこまでも広がり進んでゆくようだ。それにしても松本さんはあたしより少し上か、少なくとも同世代のはずで、それであれだけの声をよくまあ出せるものだ。日頃、よほど精進されているのだろう。歌うときは裸足だそうで、それも声に力を注いでいるのかもしれない。

 shezoo さんの即興に対して松本さんも即興をする。その語彙も豊富だ。実に様々な色や肌触りや量の声を使いわける。かなり面白い。shezoo さんの即興はどこまでが即興でどこからがアレンジかわからないが、松本さんの反応でいくらか区別がつけられるように思える。

 前半はアレンジも即興も shezoo 流に奔放そのもので、原曲を知らないあたしでも、徹底的に換骨奪胎して、原型を留めていないことは一聴瞭然。shezoo さんのオリジナルだと言われてもなんの疑問もわかない。野口雨情作詞、中田喜直作曲の〈ねむの木〉も、作られた時代の匂いやカラーはすっかり脱けて、完全に現代の歌になる。作詞と作曲の二人はこれを今この瞬間、ここで作りました、というけしきだ。その次の〈おやすみ〉がまたいい。後半の即興がいい。時空を音で埋めつくそうとするいつもの癖が出ない。

 テーマが提示され、即興で展開し、またテーマに戻る、と書くとジャズに見えるが、ジャズのゆるさがここにはない。張りつめている。今という時代、世界を生きていれば、どうしても張りつめる。危機感と呼んではこぼれおちるものがある。張りつめながらも、余裕を忘れない。こういう音楽があるから、あたしらは生きていける。

 後半は前半と対照的に、ストレートに歌うスタイルが増える。ハイライトは斎藤徹作曲の〈ピルグリメイジ〉とその次の〈ふりかえるまなざし〉(だと思う)。前者では後半の即興にshezoo さんがテーマのメロディを埋め込むのにぞくぞくする。後者では一節を何度もくり返す粘りづよさに打たれる。

 ラストの〈小さい秋〉はストレートにうたわれる。が、その歌い方、中間の即興と再び戻ってうたわれるその様子に背筋が寒くなる。それは感動の戦慄だけではなく、この詞が相当に怖い内容を含んでいることがひしひしと伝わってくるからだ。〈とうりゃんせ〉と同じく、歌い方、歌われ方によって、まったく別の、思いもかけない相貌を見せる。

 アンコールの斎藤作品〈ふなうた〉がまた良かった。低く始まって、広い声域をいっぱいに使う。即興を通じてビートがキープされていて、即興を浮上させる。デッドのインプロでもこの形が一番面白い。

 2200過ぎ、地上に出てくると、金曜夜の中野の街はさあ、これからですよ、という喧騒の世界。いやいやあたしはもうそういう歳ではないよと、昂揚した気分を後生大事に抱えてそこをすり抜け、電車に乗ったのだった。(ゆ)

05月06日・金
 ヴォーカルの高橋美千子とピアノの shezoo のデュオのライヴ。このお2人がやるわけだから、歌とその伴奏などになるわけがないが、それにしても、その対話の愉しいこと、いつもながら、この時間が終らないでほしいと願う。が、一方で、そういう時間が終るということがその時間の価値を高めることにもなる。人間死ぬからこそ生きることが愉しいわけだ。

 このデュオのライヴを見るのは二度めだが、もちろんお2人はもう何度もライヴを重ねているし、高橋さんのたまひびの片割れであるリュートの佐藤亜紀子氏も入れたたまフラでもライヴをされている。呼吸の合い方もすっかり板についている。つまり信頼関係が確立しているので、おたがいに、相手がどう出ようと、どこまで飛びだしていこうと、受け止め、あるいは一緒に飛びだしてゆける。それが音楽にも現れ、こちらにも伝わって、昂揚感が増す。

 前回は作曲家の笠松泰洋氏の作品を演奏するのがメインの趣旨だったが、今回はお2人が演りたいものを演る。するとメインは shezoo さんの曲になる。shezoo さんの曲は、演奏する人、または形態によって様々に様相を変える。たとえば今や代表作となった〈Moons〉は、初め聴いたときはトリニテで、インストゥルメンタルだった。これもその時々でかなり様相が変わっていたけれども、シンガーによって歌われるようになって、位相ががらりと変わった。実は最初から歌詞はついていたのだそうだが、歌われてみると、なるほど、こちらが本来の姿ではあるだろうと納得される。もっともそれでトリニテでの演奏の価値が落ちるわけではないし、また別の形のインストルメンタル、たとえばサックスとかフルート、ギターとか、あるいはそれこそピアノ・ソロで聴いてみたいものだとも思う。その度に、おそらくまた新たな様相を見せてくれるはずだ。

 高橋さんによって歌われる shezoo さんのうたは実に色彩が豊かだ。ひとつには高橋さんのうたい手としての器による。今回あらためて感服したのは、訓練された声の多彩なことと、その多彩な声の自在なコントロールだ。伝統歌謡のうたい手にしても、あるいはジャズやポピュラーのうたい手にしても、それぞれに訓練を積んでいるが、この人たちはめざすところが各々に違う。そこが面白く、メリットであるわけだけれども、訓練の徹底という点ではクラシックがダントツだ。というのも、かれらは独自の基準ではなく、ある統一された基準、1個の理想に向かって訓練するからだ。その理想は決して到達できないのではあるが、目指すことで生まれる副産物は豊冨で充実している。

 高橋さんの声の核心ないし土台になるのは、アンコール1曲目で歌われたバッハの『マタイ』の1曲の声だろう。前回原宿で実感した、実の詰まった、慣性が大きい声である。一方で、オペラのアリアでも歌うような声も出すのは、クラシックのうたい手としては当然だろう。面白いのは、その上で、たとえて言えば場末の落ちぶれた酔いどれシンガーが出すような声、ここでは〈人間が失ったもの〉でのひしゃげた声も使うし、むしろストレートな伝統歌謡のうたい手とも響く声も出す。ただ多彩なだけではない。目隠しされて聴いたらすべてを1人の人間が出しているとはわからないほど多彩なそうした声を完璧にコントロールしている。一小節の中で変えるようなことすらする。そして音量の大小、力の強弱、響かせ方、すべてがいちいち決まってゆく。これは快感だ。そして、それらがその場での即興、二度は繰り返せない一度かぎりの即興として決まってゆく。この快感を何と言おう。

 そう、それはベストの時のグレイトフル・デッドの即興を聴く快感に通じる。〈Black is the colour of my true love> 海を渡る人〉の後で、聞き手には言えない、演奏者同士だけに通じる幸せと言われていたのが、ああ、あのことだなと想像がついたのもデッドを聴いているおかげではあるだろう。かれらもまた必ずしも聴衆に向けて演奏しているわけではない。むしろ、おたがいに対して、またはバンド全体として演奏しているのだが、それをその場で聴いている人間がいて反応することが、またミュージシャンたちの音楽にはね返る。

 そういうこともあって、この2曲のメドレーがまずハイライト。この2曲、どちらも有名な伝統歌で、ごくオーセンティックなものからすっ飛んだものまで、無数のヴァージョンがあるし、名演もまた数多いが、これはあたしの聴いた中ではどちらもベストの一つ。高橋さんはニーナ・シモンを挙げておられたが、あたしはそれに少なくとも匹敵していると思う。〈海を渡る人〉はフランス人作曲家がフランス語版、それも合唱曲に編曲している版がベースの由で、そちらも聴いてみたくなる。

 そこからの shezoo ナンバー・パレードは、これまたデッドのショウの出来の良い第二部を聴く気分。際だっていたのは〈人間が失なったもの〉で即興になり、どこまでも飛んでいってぎりぎりの果てと思えるところから一気に回帰して歌にもどる。ちょうど、つい先日聴いた1977年05月05日コネティカット州ニューヘイヴンでのショウの終り近くの〈St. Stephen〉とまるで同じだったのだ。これも歌の後、ほとんどまったく別世界とも思えるところに飛んでゆき、ひとしきり遊びまわって、これからいったいどうなるのだと感じた瞬間、またテーマの歌にもどるのである。この回帰が言わん方なくカッコいい。それと同じ快感が背筋を駆けぬけた。

 高橋さんのようなうたい手の音楽をデッドの音楽に並べるのは我田引水ではあるだろうが、こういう人がたとえば〈Sugaree〉を歌ったらどうなるだろうと、フォーレの〈秘密〉を聴きながら思ってしまう。〈Sugaree〉もまた「秘密」を歌っているのだと気づかされる。まあ、小林秀雄を借りれば、あたしは今グレイトフル・デッドという事件の渦中にいるから、何でもかんでもデッドに結びついてしまう。

 他の選曲も面白く、ブラジル版バッハとか、レーナルド・アーンの歌曲とか、珍しいものも聴ける。アーンはプルーストの親友として、作中の作曲家のモデルと言われて名前だけ知っていたが、作品を聴くのは初めてだった。この人はちょと面白い。

 ピアノの音がやけに良くて、エアジンの楽器はこんなに音が良かったっけ、と失礼ながら思ってしまうが、あるいは shezoo さんの腕のせいか。前回の原宿は楽器が特殊だからなのかとも思ったが、こうなると、演奏者のせいであることも考えなければいけない。うーん、たまフラは生で見たいぞ。

 それにしても高橋さんはクラシックの声楽家として一家を成しながら、こういう音楽をされているのは実に嬉しいことである。もっとも shezoo さんも元はといえばクラシックの訓練をきっちり受けているわけで、お2人の資質、志向は共鳴しやすいのかもしれない。まあ、クラシックとジャズというのもまた共通するところの大きいものではある。ヨーロッパでは new music と呼ばれてクラシックとジャズの融合する音楽が一つの潮流になっているのも、見ようによっては当然かもしれない。

 高橋さんはふだんはパリにおられて、次の帰国は7月の由。その時にはまた shezoo さんといろいろ企んでいるそうな。それまで生きている目標ができるというものだ。


##本日のグレイトフル・デッド
 05月06日には1967年から1990年まで8本のショウをしている。公式リリースは4本。

1. 1967 Fillmore Auditorium, San Francisco, CA
 土曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。セット・リスト不明。

2. 1970 Kresge Plaza, MIT, Cambridge, MA
 水曜日。前々日ケント州立大学で起きた学生射殺事件への抗議集会の一環として行なわれた屋外のフリー・コンサート。1時間強の演奏。翌日同じ MIT の DuPont Gym でのショウの予告篇になる。ひどく寒かったそうな。

3. 1978 Patrick Gymnasium, University of Vermont, Burlington, VT
 土曜日。開演8時。オープナー〈Sugaree〉が2017年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。この曲がオープナーになるのは珍しい。

4. 1980 Recreation Hall, Pennsylvania State University, University Park, PA
 火曜日。12ドル。開演8時。オープナーの2曲〈Alabama Getaway> Greatest Story Ever Told〉と第一部7曲目〈Far From Me〉を除き、《Road Trips, Vol. 3, No. 4》でリリースされた。

5. 1981 Nassau Veterans Memorial Coliseum, Uniondale, NY
 水曜日。当初、7日に予定されていた。
 全体が《Dick's Picks, Vol. 13》でリリースされた。DeadBase XI ではそのディック・ラトヴァラがレポートしている。
 第二部 Drums 前の〈He's Gone〉は前日にハンガー・ストライキで死亡したノーザン・アイルランドの IRA のメンバー、ボビー・サンズに捧げられている。ラトヴァラによれば、この曲の後半、15分がデッド史上最高の集団即興の一つ。

6. 1984 Silva Hall, Hult Center for the Performing Arts, Eugene, OR
 日曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。18ドル。開演8時。

7. 1989 Frost Amphitheatre, Stanford University, Palo Alto, CA
 土曜日。このヴェニュー2日連続の初日。開演午後2時。レックス財団ベネフィット。

8. 1990 California State University Dominguez Hills, Carson, CA
 日曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。開演午後2時。
 第二部2曲目〈Samson And Delilah〉が2011年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。(ゆ)

1220日・月
 

 Top Floor Taivers のアルバムの前作にあたるソロ。ギター、ピアノ、フィドル、アコーディオンをバックに伝承曲、オリジナルを歌う。

 筋の通った、気品に満ちた声で虚飾を排し、正面から歌う。声域はソプラノよりはやや低いか。発音も明瞭で、スコッツの響きが快い。ディック・ゴーハンあたりだとごつごつした響きが、とんがり具合はそのままに透明感を帯びる。言語学的には英語の方言だが、スコットランドの人びとは独立した言語だと主張する。沖縄のウチナーグチが言語学的には日本語の方言だが、まるで別の言語に聞えるのと似ている。

 歌唱があまりにまっとう過ぎて、芸がないと聞える時もなくはないが、そんな枝葉末節は意に介さず、ひたすら正面突破してゆくと、スコッツの響きとスコットランドのメロディは、ここにしかない引き締まって澄みわたった世界を生みだす。

 それを盛りたてるサポート陣は相当に入念なアレンジで、これまたうるさく飾りたてることはせず、贅肉を削ぎおとしながら、歌の世界をふくらませる。あたしなどはいずれも初見参の人たちだが、皆腕は達者だ。打楽器がいないのも適切。

 録音、ミックス、マスタリングは Stuart Hamilton で、例によって手堅い仕事。



##本日のグレイトフル・デッド

 1220日には1966年から1969年まで3本のショウをしている。公式リリースは完全版1本。


1. 1966 Fillmore Auditorium, San Francisco, CA

 前回1211日から9日ぶりのショウ。メインはオーティス・レディングが3日連続で出演し、それぞれに違うバンドが前座に出る形で、初日がデッド。2日目は Johnny Talbot & De Thangs、3日目がカントリー・ジョー&ザ・フィッシュ。3ドル。開演9時。セット・リスト不明。


2. 1968 Shrine Exhibition Hall, Los Angeles, CA

 このヴェニュー2日連続の1日目。メイン・アトラクションはカントリー・ジョー&ザ・フィッシュで、デッドは前座。サー・ダグラス・クィンテットも出る、とポスターにはある。出演バンドそれぞれが2ステージとこれもポスターにはあるが、判明しているセット・リストは30分ほどのもののみ。


3. 1969 Fillmore Auditorium, San Francisco, CA

 3ドル。開演8時。5本連続の中日。《Dave’s Picks, Vol. 06》で全体がリリースされた。ただし、〈Dark Star〉以下に続くジャムを途切れずに収録するために、CD2CD3に第一部第二部を入れ換えて収録している。

 全体で2時間強。トム・コンスタンティンがキーボードに入ってメンバーは7人。デッド史上最大。このコンスタンティンのオルガンが全篇を貫いてデッドにしては珍しい華やかな味わいを加えている。代わりにガルシアのギターは調子が今一つ。ピグペンも〈Turn On Your Lovelight〉と〈Hard to Handle〉で存在感を示すが、後者の方がいい。〈Lovelight〉では弾丸のような言葉の連発が影を潜める。この二人以外はすばらしい。中でもウィアのヴォーカル、レシュのベースが際立つ。

 11月に《Live/Dead》が出ている。当時、破格の3枚組LPだったが、これがデッドの足許を固めた。それまでの3枚のスタジオ盤はやりたいことが四方八方に飛びちっていて、リスナーはもちろん、当人たちにとっても足掛かりにはなり難かった。この3枚によって、デッドなりのスタジオの使い方が見えてきたとしても、本質的にライヴ・バンドであることを確認することにもなった。その結果がこの年2月のフィルモア・ウェストでのショウから抜粋した《Live/Dead》であり、3枚組に7曲しか入っていない点でも破格のアルバムは、デッドが何者かをリスナーに伝えることに成功して新たなファンを獲得した。

 この演奏はそこからほぼ1年近くを経て、かなりの変化を示している。それまでのピグペンのデッドからガルシアのデッドへの移行期にある。《Live/Dead》を期待してショウに来たリスナーはとまどったかもしれない。一方で《Live/Dead》1枚目の裏表である〈Dark Star> St. Stephen> The Eleven〉という組立ては1969年を象徴するものでもあり、これを生で聴けるのはこの年のデッド体験のコアになっただろう。

 録音はアウズレィ・スタンリィだが、音質は今一つ。ヴォーカルは誰もがクリアだが、楽器は中央にかたまり、ややピントが甘い。(ゆ)


1129日・月

 昨夜 T3-01 で音がおかしい、高域が伸びきらないと聞えたのは、T3-01 をきちんと耳に載せていなかったためらしい。Sound Warrior  SW-HP10LIVE も、音がおかしいと思ったのは、装着の仕方の問題だったようだ。

 イヤフォンでも耳への入れ方でかなり音が変わるが、ヘッドフォンだからといって甘く考えてはいけない、という教訓。


 シンプルな編成の女性ヴォーカル・シリーズ。岩崎宏美 & 国府弘子《Piano Songs》。これはパンデミック以前のさるオーディオ・イベントでデモに使われていたのに圧倒されて即購入したもの。デモに使われていたオープニングの〈Scarborough Fair〉と〈時の過ぎゆくままに〉がやはり圧巻。とりわけ前者は、国府の力演もあって、この歌のベスト・ヴァージョンの一つ。最後の繰返しなど聴くと、一応ラヴソングとして歌っているようだが、しかし、感傷を徹底して排した歌唱もいい。

 念のために記しておけば、このイングランド古謡はラヴソングなどではなく、香草の名を呪文として唱えて悪魔の誘いからかろうじて逃げる、ほとんどホラーと呼んでいい話だ。

 手許のディスクは〈時の過ぎゆくままに〉も含め、数曲が "New Mix Version" になっている。これがどうも疑問。〈Scarborough Fair〉のミックスが "old" とすると、こちらの方が自然に聞える。〈時の過ぎゆくままに〉は歌もピアノもすばらしいが、この "New Mix Version" では、うたい手がピアノの中に立っているように聞えてしかたがない。スピーカーで聴くとまた違うかもしれないが。

Piano Songs
岩崎宏美
テイチクエンタテインメント
2016-08-24



##本日のグレイトフル・デッド

 1129日には1966年から1994年まで6本のショウをしている。公式リリースは1本。


1. 1966 The Matrix, San Francisco, CA

 このヴェニュー4日連続の初日。開演9時、終演午前2時。共演 Jerry Pond。セット・リストはテープによる。全部かどうか不明。また、交換網に出回っているテープはこの日のショウだけのものではなく、4日間の録音から編集したものではないか、という議論もある。テープが出回りだしたのは19971998年の頃で、すでに30年経っている。録音した者、編集した者が誰かも不明。

 Jerry Pond はこの頃デッドと何回か共演というか前座を勤めた。背の高い、人好きのするギタリストでソングライターだった。平和運動に関係する人びとを FBI が追いかけだした時にメキシコに逃れ、シャーマンの弟子となって、かれなりに「悟り」を開いたという。Lost Live Dead の記事のコメントによる。

 この記事自体は、フィルモアのヘッドライナーになろうとしていたこの時期に、デッドがわざわざずっと小さな The Matrix で4日間も演奏したのは、デモ・テープを録音しようとしたためではないか、という推測を語る。


2. 1970 Club Agora, Columbus, OH

 第一部はガルシア入りニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ。第二部は休憩無しの2時間。セット・リストはテープによる。

 ガルシアが常になくノっていて、通常ならドラムスになるところ、ガルシアが演奏を止めないので、少しして他のメンバーも入って〈Good Lovin'〉に突入、モンスターとなる、そうだ。


3. 1979 Cleveland Public Auditorium, Cleveland, OH

 7.50ドル。開演7時。

 セット・リスト以外、他には情報無し。


4. 1980 Alligator Alley Gym, University of Florida, Gainesville, FL

 9ドル。開演8時。第一部3曲目〈Candyman〉が2013年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。


5. 1981 Pittsburgh Civic Arena, Pittsburgh, PA

 9.50ドル。開演7時半。

 セット・リスト以外、他には情報無し。


6. 1994 McNichols Arena, Denver, CO

 開演7時。

 第一部〈El Paso〉でウィアはアコースティック・ギター。(ゆ)


 古い知人からもう何年も放置している Mixi にメッセージが来て、驚いた。中身を見て、一瞬茫然となる。ナンシ・グリフィスの訃報だった。


 ナンシを知ったのは何がきっかけだったか、もう完全に忘却の彼方だが、たぶん1990年前後ではなかったか。リアルタイムで買ったアルバムとして確実に覚えているのは Late Night Grande Hotel, 1991だ。けれどその時にはファーストから一応揃えて聴きくるっていた。あるいは Kate Wolf あたりと何らかのつながりで知ったか。






 あたしはある特定のミュージシャンに入れこむことが無い。もちろん、他より好きな人や人たちはいるけれど、身も世もなく惚れこんで、他に何も見えなくなるということがない。そういうあたしにとって最もアイドルに近い存在がナンシだった。一時はナンシ様だった。


 アイドルは皆そうだろうが、どこがどう良いのだ、とは言えない。彼女の声はおそらく好き嫌いが別れるだろう。個性は結構シャープだけど、一見、際立ったものではない。でも、この人の歌う歌、作る歌、そしてその歌い方は、まさにあたしのために作り、歌ってくれていると感じられてしまう。そういう親密な感覚を覚えたのは、この人だけだった。後追いではあったけれど、ほぼ同世代ということもあっただろう。


 MCA 時代も悪くはなく、中でも Storms, 1989 は Glyn Johns のプロデュースということもあり、佳作だと思う。優秀録音盤としても有名で、後からアナログを買った。とはいえ、やはりデビューからの初期4枚があたしにとってのナンシ様だ。初めは Once In A Very Blue Moon と Last Of The True Believers の2枚だったけど、後になって、ファーストがやたら好きになって、こればかり聴いていた。でも、ナンシの曲を一つ挙げろと言われれば、Once in a very blue moon ではある。


Storms [Analog]
Griffith, Nanci
Mca
1989-08-03




Last of the True Believers
Griffith, Nanci
Philo / Umgd
1990-10-25


There's a Light Beyond These Woods
Griffith, Nanci
Philo / Umgd
2002-01-08



 ナンシのピークはやはり Other Voices, Other Rooms だろう。グラミーも獲ったけど、これはもう歴史に残る。狙った通りにうまく行ったものが、狙いを遙かに跳びこえてしまったほとんど奇蹟のようなアルバム。一方で、あまりに凄すぎて、他のものが全部霞んでしまう。本人もその後足を引っぱられる。それでも、この1枚を作ったことだけで、たとえて言えば、ここにもゲスト参加しているエミルー・ハリスの全キャリアに比肩できる。






 と書いてしまうとけれどこのアルバムの聴きやすさを裏切るだろう。親しみやすく、いつでも聴けるし、BGM にもなれば、思いきり真剣に聴きこむこともできる。そして、いつどこでどんな聴き方をしても、ああ、いい音楽だったと思える。でも、よくよく見直すと凄いアルバムなのだ。アメリカン・ミュージックのオマージュでもあり、一つの総決算でもあり、そう、ここには音楽の神様が降りている。選曲、演奏、録音、プロデュース、アルバムのデザイン、ライナー、まったく隙が無い。隙が無いのに、窮屈でない。音楽とは本来、こうあるべきという理想の姿。この頃のジム・ルーニィは実にいい仕事をしているけれど、かれにとっても頂点の一つではあるだろう。


 ここにも Ralph McTell の名曲 From Clare to Here があるけれど、ナンシはアイルランドが大好きで、カントリー大好きのアイリッシュもナンシが大好きで、ひと頃、1年の半分をダブリンに住んでいたこともある。チーフテンズとツアーもし、ライヴ盤もある。


An Irish Evening
Chieftains
Sbme Special Mkts.
1992-01-28



 今世紀に入ってからはすっかりご無沙汰してしまって、ラスト・アルバムも持っていない。それが2012年。サイトを見ても、コロナの前からライヴもほとんどしておらず、あるいは病気だろうかと思っていた。死因は公表されていない。これを機会に、あらためて、あの声と、テキサス訛にひたってみよう。合掌。(ゆ)



2021-08-17追記
 Irish Times に追悼記事が出ていた。それによると 1996年に乳がん、1998年に甲状腺がんと診断されていた由。さらにドゥプウィートレン攣縮症という徐々に中指と薬指が掌の方へ曲る病気のため、指を自由に動かせなくなっていたそうな。
 

 2月の shezoo さんの『マタイ2021』で登場した4人のシンガーのうち、一番強烈な印象を受けたのが行川さをりさんだった。この時が初見参でもあったけれど、それだけでなく、粘り強く、身の詰まった声には完全にやられた。他の御三方が劣るというわけでは全然無いけれど、行川さんの歌う番になると一人で盛り上がっていた。その行川さんと shezoo さんのピアノ、それに田中邦和氏のサックスというトリオのライヴ。初体験。

 このトリオの名前は shezoo さんオリジナルの1曲からつけられていて、その曲は前半の最後。行川さんの声の粘りが効いている。今回初めてわかって感嘆したのは、大きく張るときだけではなく、小さい声を途切れずに続けるときの粘りだ。冒頭の Butterfly でまずそれにノックアウトされる。それに張り合うようにサックスも小さく、ほとんどブレスだけのようだが、そこにちゃんと音を入れて小さく消えるのがなんとも粋。この曲は先日、エアジンでの夜の音楽でもアンコールでやって、いい曲だけど歌うのはたいへんだろうなあと思っていた。奇しくも今回はこの曲から始まる。奇しくも、というよりこれは shezoo さんの仕掛けか。

 2曲めは行川さんの詞に shezoo さんが曲をつけたチョコレート猫。ここで早速即興になる。夜の音楽では曲目にもよるのか、珍しく即興が少なかったけれど、今回はたっぷり入る。shezoo さんのライヴはこれがないとどうも物足らない。行川さんは声で積極的に即興に参加してゆく。全体にあまり激しくならない。声が細いまま、しっかりとからむ。ここだけでなく、行川さんは即興に必ずからむ。音を伸ばしたり、細かく刻んだり。shezoo さんのアンサンブルにシンガーのいるものは多い、というか、近頃増えているが、ここまで即興にからむ人は他にはいない。声が即興にからむと、ピアノもサックスもそれを中心にするようだ。楽器同士だと対抗するところを、声が相手だと盛りたてる方向に向かうのか。行川さんの声の質のせいもあるか。こういう身の締まり方、みっしりと中身が詰まっている感覚の声は、他にあまり覚えがない。

 後半はバッハから始まる。シンフォニア第13番からメドレーでマタイの中から「アウスリーベン」。あの2月の感動が甦る。これですよ、これ。シンフォニアのスキャットもすばらしい。やはりこれが今日のハイライト。それにしても、やあっぱり、この『マタイ』、もう一度生で聴きたい。2月の公演の2日め、最後の全員での演奏が終った瞬間、全身を駆けぬけたものは、感動とかそんな言葉で表現できるようなところを遙かに超えていた。超越体験、というと違うような気もするが、何か、おそろしく巨大なものに包みこまれて生まれかわったような感覚、といえば最も近いか。

 後半は充実していて、カエターノ・ヴェローゾがアルゼンチンのロック・シンガーの歌をカヴァーしたのもいい。クラプトンの「レイラ」のような、他人の奥さんへのラヴ・ソングで、結局その奥さんを獲ってしまったというのまで同じらしい。いきなり即興から入り、ヴォーカルは口三味線ならぬ口パーカッション。ちょっとずらしたところが、うー、たまりません。

 なつかしや「朧月夜」は、このトリオにしてはストレートな演奏。でも、これもいい。そしてラストは、おなじみ Moons。イントロのピアノがまた変わっている。この曲、やる度に変わる。名曲名演。アンコールは「天上の夢」。この日、サックスが一番よく歌っていた。

 行川さんは出産・育児休暇で、このユニットの生はしばらく無いのはちょと寂しいが、コロナ・ワクチン接種を生きのびれば、また見るチャンスもあろう。まずは行川さんの歌を生で至近距離でたっぷり味わえたのは大満足。この日のライヴは5月のものが延期になったので、あたしにはラッキーだった。場所は東急・東横線が引越したその跡地に引越した Li-Po。街の外観は変わったが、若者の街なのは相変わらず。昔からそうだったけど、こういうライヴでも無ければ、老人に縁は無いのう。(ゆ)

 先日、奈加靖子さんのインストア・ライヴの折りに渋谷タワーで買った Edmar Casteneda の新作《ライヴ・アット・ザ・ジャズ・スタンダード》があまりにすばらしいので、そのカスタネダが参加しているスーザン・マキュオンの《BLACKTHORN》を久しぶりに聴く。

 
Blackthorn: Irish Love Songs
Susan McKeown
World Village USA
2006-03-14


 これはカスタネダの、おそらくデビュー録音だと思うが、冒頭の <Oiche Fa Fheil' Bride = On Brigid's Eve> がまずスーザンのヴォーカルとカスタネダのハープだけで、初めて聴いたときの衝撃は何度聴いても薄れない。というよりも聴くたびに新鮮。スーザンのアイルランド語歌唱のこれは一つの頂点だ。どこにも余計な力の入っていない、しなやかで強靭、すみずみまでよく制御がゆきとどいた歌唱。はじめはおそろしくひねくれたメロディに響くが、聴きこんでゆくとこれ以上ないくらい美しい旋律が聞えてくる。その声にあるいはより沿い、あるいは対峙し、あるいは横合いから茶々を入れ、しかも独自に奔放に飛びまわるハープ。この音楽はまぎれもなくアイルランド語の歌謡伝統のコアを貫きながら、同時により広い文脈を獲得して、今この星の音楽へ離陸している。かつてはありえなかった、離れた文化同士の衝突と格闘と融合が目の前で進行する。

 これがカスタネダのデビューというのは、出た当時、このハープに仰天して、他に録音はないのかと探しまわって結局見つからなかったからだ。その後しばらくして、Artist's Share でソロ・デビューCDのプロジェクトがアナウンスされたと記憶する。もっとも、ジャズ方面で出ていたのがあたしの探し方ではひっかからなかっただけかもしれない。

 久しぶりにそのまま聴いていると、この冒頭の曲の末尾、カスタネダの疾走感あふれるソロからいきなりモダン・アイリッシュ・スタイルのアンサンブルに転換する2曲め<A Maid Going to Comber/ The Red and Black> がまたいい。とりわけ後ろに続くチューンでの Dana Lyn のフィドルの弾みに顔がほころぶ。

 ダナ・リンはヴィオラも弾いて、4曲目 <Maidin Fhomhair (One Morning in Autumn) /Princess Royal> でバロックの通奏低音のように地を這うフレーズを半ばドローンのように付ける。どこか亡霊の動きのようでもある。英語でいう 'haunting' の気分。このうたは聴いているだけで胸を締めつけられるような、アイルランドにしかありえないあのメロディのひとつ。スーザンはアイルランド語と英語を交互にうたう。後半のホーンパイプではテンポを落とし、一つひとつの音をていねいにつないで、リズムよりもメロディを強調する。抒情の極み。

 6曲目のタイトル・トラックでも、スーザンの無伴奏アイルランド語歌唱から始まると、やがて下に入ってくるリンのヴィオラのドローンに、かえってスーザンの声に耳を引きつけられる。

 トラック8 <The Lass of Aughrim> でもこのヴィオラが効いて、雲間から漏れる希望の光を浴びる。緊張感を高めるとみせて、とぼけてもいるようだ。この人、相当に懐が深いぞ。サイトを見てみるとアイリッシュ・プロパーではないが、それにしては [02] でのフィドルはアイリッシュ専門にやってるフィドラーだってなかなか弾けるものではない。カスタネダといい、こういう人を連れてくるところ、スーザンの面目躍如だし、ニューヨークでしかできないことでもあろう。

 このアルバムは涙ばかり流さねばならないわけではなく、<Bean Phaidin (Paudeen’s Woman)> では、口琴とバンジョーの伴奏ににやりとさせられるし、<Deirin De (The Last of the Light)> ではチャラパルタとこれもバスクの打楽器らしき鉦と再びカスタネダがからむ。こちらは童謡だろうか、カスタネダも楽しそうだ。

 カスタネダは 11 <S Ambo Eara (The Man for Me)> で三度フィーチュアされて、本来遊びうたであるメロディとかけ離れたフレーズを繰り出して、ここでも音楽の枠組をぶち破る。独特のスタッカート音をまぶしたソロも存分に披露する。

 うーん、やはりこれはスーザンのこれまでのところベスト録音だ。同時にアイリッシュ・ミュージックの録音としても、オールタイム・ベストでベスト10に入れよう。

 スーザン・マキュオンは幅の広い人で、スコットランドの Johnny Cunningham が曲を担当した Mabou Mines の人形と人間による PETER & WENDY に参加して、みごとな歌唱を披露してもいる。このサウンド・トラックはおよそケルティック・ミュージックの名のもとにリリースされた録音のなかでも最高の一つで、今は亡きジョン・カニンガム畢生のメロディがいくつも入っている。それにしてもこのステージをぜひ一度生で見たいものだ。1997年の初演以来、何度かツアーしているらしいが、音楽は生バンドでやっている。


Susan McKeown
BLACKTHORN: Irish Love Songs = An Draighnea Donn
World Village 468054
2005

Musicians
Susan McKeown: vocals
Xuacu Amieva: trompa, rabel
Cormac Breatnach: low whistle
Edmar Casteneda: harp
Rosi Chambers: vocals
Steve Cooney: guitar
Robbie Harris: percussion
Lindsey Horner: bass
Dana Lyn: fiddle, viola, harmonium
Don Meade: harmonica
Eamon O'Leary: guitar, bouzouki, mandolin, electric guitar, banjo
Igor Oxtoa & Harkaitz Martinez: txalaparta

Tracks
1. Oiche fa Fheil’ Bride (On Brigid’s Eve) 5:32
2. A Maid Going to Comber; The Red and Black 3:50
3. Do In Du (The Things in Your Heart) 3:10
4. Maidin Fhomhair (One Morning in Autumn); Princess Royal 5:27
5. Bean Phaidin (Paudeen’s Woman) 1:54
6. An Draighnean Donn (The Blackthorn Tree) 3:40
7. Caleno Custure Me (I am a Girl from the Suir Side) 2:39
8. The Lass of Aughrim 3:08
9. Deirin De (The Last of the Light) 2:54
10. An Raibh Tu ag an gCarraig? (Were you at Carrick?) 4:15
11. S Ambo Eara (The Man for Me) 3:00
12. An Droighnean Donn (The Blackthorn Tree) 3:56


 
Peter &amp; Wendy (1997 Original Cast Members)
Johnny Cunningham
Alula
1997-10-21


 「ケルティック・クリスマス」にも出演した鈴木亜紀さんが、惚れこんだアルゼンチンのシンガーを呼んで共演もするそうです。

 ふだんアルゼンチンのシンガーは聞きませんが、この人はなかなか面白そうだし、共演者には船戸博史や太田恵資の名前もありますので、紹介しておきます。ぼくはちょっと行けそうにないんですが。

 公式サイトもありますが、鈴木さんからのメールのコメントが面白いので、そのまま転載します。


■Aki suzuki info---------------------------------------------------------
   『あと2週間で,あのリリアナ・エレーロがやって来る!!』

 リリアナ・エレーロ from Argentina
 40才からプロとして歌を歌いはじめ,2006年,初来日!
 現在アルゼンチンでは11枚のCDを発表している,かのメルセデス・ソーサが自らの後継者と呼んだ大歌手。
 9月27日,オーマガトキより国内盤第2弾(来日記念盤)CDリトラル発表。
 現役の国立大学哲学教授でもある彼女の大学講議も予定!
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 みなさま,お久しぶりです。

 今年,この2006年は,『見聞録シリーズ』にとって替わる,私の今までの人生最大のイベントと云っていいと思います,アルゼンチンの『ほろ酔いの哲学者,リリアナ・エレーロ』を仲間と共に自ら招聘し,ツアーを行おう,というもの。
 『結婚より大事!』と公言してきた私です。

 私はかなりモノグサで,自分のことすら一生懸命活動しなかったのに,リリアナの歌を聴いてから,なんだか勝手に体が動いてプロモーションしてしまいます。
 もちろん,これはリリアナをプロモーションする,という単なるファン心理ではありません。彼女の歌を聴いた時,勝手ながら『同じものを見ている』と確信してしまいました。だけど,形はちがう。だからこそひとつのステージを作れたらきっと面白いぞ!と思いました。
 
 リリアナ・エレーロさんは現在58才。アルゼンチンではベテランの歌い手であると共に,現役の国立大学の哲学の教授です。といっても,ぜんぜんムズカシイ感じの人ではありません。お店に入れば,これは誰それに,こっちは誰それに,とたくさんたくさんおみやげを買い込んでしまい,『あ〜もう買わない,買わないったら,買わない!』といいながら店を出て,また買ってしまうような人で,いつも笑顔炸裂です。ワインも良く飲みます。

 その歌は,ものすごいエネルギーに満ちあふれていますが,ドカン,というだけじゃなく,じわじわと静けさを持ってしみ入ってもきます。『これぞ歌!』と知らされます。定規からはものすごくハミ出して野方図,同時に限りなく知的で優しいです。

 ほぼ1年かけて準備してきました,『鈴木亜紀meetsリリアナ・エレーロ』,こんな素晴らしい歌い手を2006年10月,生まれた国,日本にご紹介できること,とても嬉しく思います。記念すべき初来日,ぜひお見逃しなく。
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●スペシャルお知らせ●

その1 ライブご来場の方々もれなく,『風の旅人』誌バックナンバープレゼント!
    エッセイや素晴らしい写真が存分楽しめる,すばらしい雑誌です。

その2 今大人気の洋服ブランド『Garcia Marques gauche』の,くり返し使える
    オリジナルウエットタオル,先着限定にてプレゼント!

その3 来日中,TBSニュース23金曜深夜便にリリアナ登場予定!
    筑紫哲也さんがリリアナの歌を聞いて,ぜひ取材しよう,
    と言ってくれました。詳しくはまた。

その4 リリアナ自身による,大学での講議もあります。しかも入場無料。
    こんなチャンス,多分一生ないでしょう。詳しくは公式ウエブを。

その5 焼津,仙台会場ではスズキアキ写真展も見てくださいね。焼津では
    地元レストラン,センタの出店あり。ここ,おいしいです。
    くろはんぺんも地酒磯自慢も,ぜひ試して!

その6 アルゼンチンから来るサポートメンバーも豪華!(イケメンらしい)
    あ,当然ニッポンのサポートメンバーもステキです,ええそれは。
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■Aki suzuki meets Liliana Herrero ツアー,始まり始まり■
○リリアナ・エレーロ(歌)マティアス・アリアス(ギター)
 マリアーノ・カンテーロ(パーカッション)
鈴木亜紀セットのメンバーは下記参照↓
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●10月6日(金)・千葉 舞浜 Club IKSPIARI
 岡部洋一(パーカッション)
 船戸博史(ウッドベース)

・open 18:30/start 20:00
・前売5,250/当日5,775円(全席自由・オーダー別)
・問合せ:Club IKSPIARI tel.047-305-2525
・取扱い:チケットぴあ、Club IKSPIARI
     オンドマル渋谷オフィス tel.090-3313-0626(高崎)
◇ディズニーランドにあります。東京駅から約20分。中は大人がくつろげる感じ。アルゼンチン的おつまみが注文できます。

●10月8日(日)・岡山 さん太ホール
 岡部洋一(パーカッション)

・open 17:00/start 18:00
・前売4,000/当日4,500円(全席自由)
・問合せ:CHOVE CHUVA tel.06-6225-3003
      嶋岡 tel.090-8652-0205
・取扱い:ローソンチケット、CHOVE CHUVA
     ディスクトランス tel.086-232-0510
◇できたばかりのホールで。まだみんなきっと元気な時でしょう。

●10月9日(月/祝)・大阪サンホール
 岡部洋一(パーカッション)
 船戸博史(ウッドベース)

・open 16:00/start 17:00
・前売3,800/当日4,300円(全席自由・1ドリンク別)
・問合せ:CHOVE CHUVA tel.06-6225-3003
     サンホール tel.06-6213-2954
・取扱い:チケットぴあ、サンホール、CHOVE CHUVA
     プランテーション tel.06-4704-5660
     fish for music 070-334-1820
◇リリアナご一行に関西弁も覚えてもらいましょうね。どや?とか。

●10月12日(木),13日・名古屋 得三
 両日 岡部洋一(パーカッション)
 12日 船戸博史(ウッドベース)
 13日 太田恵資(ヴァイオリン)
・open 18:00/start 19:00
・前売3,800/当日4,300円(全席自由・オーダー別)
・問合せ:得三 052-733-3709
・取扱い:チケットぴあ、得三、
     サンバタウン tel.052-861-0336
◇さ〜て,トクゾー2daysです。佳境のころでしょう。こういう時におこるハプニングは結構楽しいものです。

●10月14日(土)・静岡 焼津市文化センター 小ホール
 岡部洋一(パーカッション)
 船戸博史(ウッドベース)
 太田恵資(ヴァイオリン)

・open 18:00/start 19:00
・前売3,800/当日4,300円(全席自由)
・問合せ・取扱い:焼津市文化センター tel.054-627-3111
・共催:焼津市文化センター
◇リリアナとイケメンたちにも黒ハンペン、食べてもらおうと思います。この日の為に私は暗室に死ぬほどこもって写真を焼きました。フルメンバー勢揃い! 焼津だもん、やっぱ。

●10月16日(月)・東京STAR PINE'S CAFE
 岡部洋一(パーカッション)
 太田恵資(ヴァイオリン)

・open 18:30/start 19:30
・前売4,000/当日4,500円(全席自由・1ドリンク別)
・問合せ:スターパインズカフェ tel.0422-23-2251
・取扱い:チケットぴあ、スターパインズカフェ
     オンドマル渋谷オフィス tel.090-3313-0626(高崎)
◇東京では何を食べてもらいましょうかね。このころになるともうきっとみんな炸裂しています。素敵!

●10月18日(水)・仙台 青年文化センター 交流ホール
 鈴木亜紀はソロで!

・open 18:30/start 19:00
・前売、当日共 3,000円(全席自由・1ドリンク付)
・問合せ:リリアナの歌を聴く会実行委員会 tel.022-234-7682

◇結婚よりも大事なイベントの最終日です。考えると涙腺が。あ,まだ早いぞ。泊まりは和風旅館だそうで,寛いでもらいましょう。

お読み下さり,ありがとう。お待ちしています。
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リリアナ・エレーロ初来日,公式ウエブ
これを見ればツアーのことが全部わかります!
チケットもこちらで。

スズキアキ・ウエブも,見てね。

 京都をベースとする、フィドル・ギター・ヴォーカルのトリオ「みゅーず」が関東、名古屋に遠征するそうです。

 横浜のこの店は初めて知りましたが、新しい店でしょうか。珍しく「キルケニー」がありますな。この「よなよなリアルエール」も一度飲んでみたい。



京都を拠点に活動中のアイリッシュバンドみゅーずです

フィドル 大城敦博  ギター 陳五郎  ヴォーカル 木村陽子 

楽しいダンス曲や しっとりとしたバラッドetc.. 多彩なラインナップでお待ちしておりますので ぜひ遊びにいらして下さい!


07/22 (土)アイリッシュパブ field(京都市中京区) 投げ銭制。
20:00スタート
アイリッシュパブフィールド
地下鉄烏丸線、阪急京都線四条駅下車徒歩3分。

07/27 (木)東京銀座 ロッキートップ 
3ステージ。1st 19:30〜20:10/ 2nd 20:40〜21:20/ 3rd 21:50〜22:30。
チャージ1500円(ドリンク・フード別。別途テーブルチャージ300円が必要)。
要予約 03-3571-1955。ロッキートップ
地下鉄銀座駅下車徒歩5分。

07/28 (金)アイリッシュパブグリーンシープ横浜(横浜市西区)
投げ銭制
20:00スタート
JR横浜駅下車徒歩8分。

07/29 (土)カフェ・カレドニア(春日井市白山町)
15:00より。
チャージ1000円(ドリンク代別途要)。
競演は山田晋吾とマキノリョータ。
JR中央線高蔵寺駅下車徒歩20分。
ライブ後はセッション予定あり!

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