クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

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05月29日・日
 合間を見て、Folk Radio のニュースレターで紹介されているビデオを視聴する。AirPods Pro は便利だ。

 まずはこのカナダはブリティッシュ・コロンビアの夫婦デュオ。新譜が Folkways から出るそうで、昨年秋、ブリティッシュ・コロンビアの本拠で撮ったビデオ2本。オールドタイムをベースにしているが、そこはカナダ、一味違う。旦那は使うバンジョーに名前をつけているらしく、歌の伴奏は「クララ」、インストルメンタルは「バーディー」。それにしても夫婦の声の重なりの美しさに陶然となる。新譜は買いだが、Bandcamp で買うと Folkways は FedEx で送ってくるから、送料の方が本体より高くなる。他をあたろう。

Pharis & Jason Romero - Cannot Change It All (Live in Horsefly, BC)



Pharis & Jason Romero - Old Bill's Tune (Live in Horsefly, BC)




 次に良かったのがこれ。
Lewis Wood - Kick Down The Door; Kairos (ft. Toby Bennett)



 イングランドのトリオ Granny's Attic のフィドラーのソロ・アルバムから。踊っているのはクロッグ・ダンシングのダンサー。クロッグは底が木製の靴で踊るステップ・ダンスでウェールズや北イングランドの石板鉱山の労働者たちが、休憩時間のときなどに、石板の上で踊るのを競ったのが起源と言われる。クロッグは1920年代まで、この地方の民衆が履いていたそうな。今、こういうダンサーが履いているのはそれ用だろうけれど。
 もうすぐ出るウッドの新譜からのトラックで、場所はアルバム用にダンスの録音が実際に行われたサウサンプトンの The Brook の由。
 ウッドはダンサーに敬意を表してか、裸足でいるのもいい感じ。
 Granny's Attic のアルバムはどれも良い。

Kathryn Williams - Moon Karaoke



 曲と演奏はともかく、ビデオが Marry Waterson というので見てみる。ラル・ウォータースンの娘。この人、母親の衣鉢を継ぐ特異なシンガー・ソング・ライターだが、こういうこともしてるんだ。このビデオはなかなか良いと思う。こういう動画はたいてい音楽から注意を逸らしてしまうものだが、これは楽曲がちゃんと聞えてくる。
 その楽曲の方はまずまず。フル・アルバム1枚聴いてみてどうか。


Tamsin Elliott - Lullaby // I Dreamed I was an Eagle



 ハープ、シターン、ヴィオラのトリオ。曲はハーパーのオリジナル。2曲目はまずまず。これもアルバム1枚聴いてみてどうかだな。

 今日はここまでで時間切れ。


%本日のグレイトフル・デッド
 05月29日には1966年から1995年まで7本のショウをしている。公式リリースは無し。

1. 1966 California Hall, San Francisco, CA
 日曜日。「マリファナ禁止を終らせよう」運動ベネフィット・ボールと題されたイベント。シャーラタンズ共演。2ドル。開演9時。セット・リスト不明。

2. 1967 Napa County Fairgrounds, Napa, CA
 月曜日。DeadBase XI 記載。Project Hope 共演、とある。セット・リスト不明。
 Project Hope は不明。

3. 1969 Robertson Gym, University Of California, Santa Barbara, CA
 木曜日。"Memorial Day Ball" と題されたイベント。Lee Michaels & The Young Bloods 共演。開演8時。
 テープでは70分強の一本勝負。クローザー前の〈Alligator〉の後、1人ないしそれ以上の打楽器奏者が加わって打楽器のジャムをしている。ガルシア以外のギタリストがその初めにギターの弦を叩いて打楽器として参加している。途中ではガルシアが打楽器奏者全体と集団即興している。また〈Turn On Your Lovelight〉でも、身許不明のシンガーが参加しているように聞える。内容からして、この録音は05-11のものである可能性もあるらしい。
 内容はともかく、どちらもポスターが残っているので、どちらも実際に行われとことはほぼ確実。

4. 1971 Winterland Arena, San Francisco, CA
 土曜日。2ドル。ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ前座。
 4曲目で〈The Promised Land〉がデビュー。1979-07-09まで434回演奏。演奏回数順で11位。オープナー、クローザー、アンコール、第一部、第二部、どこにでも現れる万能選手。記録に残るものではこれが初演だが、The Warlocks 時代にも演奏されたものと思われる。原曲はチャック・ベリーの作詞作曲で1964年12月にシングルでリリースされた。キャッシュボックスで最高35位。1974年02月、エルヴィス・プレスリーがリリースしたシングルはビルボードで最高14位。The Band がカヴァー集《Moondog Matinee》に入れている。ジェリー・リー・ルイスが2014年になってカヴァー録音をリリースしている。その他、カヴァーは無数。

5. 1980 Des Moines Civic Center, Des Moines, IA
 木曜日。14ドル。開演7時。

6. 1992 Sam Boyd Silver Bowl, Las Vegas, NV
 金曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。23.50ドル。開演2時。
 第二部3曲目〈Looks Like Rain〉が異常に長く、終る頃、本当に雨が降ってきた。非常に良いショウの由。数えた人によれば、この5月、7本のショウで97曲の違う曲を演奏している。このショウだけでも、それ以前の6本では演奏しなかった曲を8曲やっている。ショウ全体では Drums, Space を入れて19曲。ニコラス・メリウェザーによればこの年のレパートリィは134曲。デッドはステージの上でその場で演る曲を決めている。つまり、いつでもその場でほいとできる曲が134曲だった。

7. 1995 Portland Meadows, Portland, OR
 月曜日。28ドル。開演2時。このヴェニュー2日連続の2日目。チャック・ベリー共演。前日よりも良いショウの由。(ゆ)

05月28日・土
 乾燥機の騒音対策でもっと良いものがあった。AirPods Pro があったのだ。これでノイキャンをオンにすれば格段の差だ。耳の穴に無理矢理突込む必要もない。ついでに溜まっていた Bandcamp と YouTube をチェックする。GroundUp Music のニュースレターに載っていた動画も。どれもなかなか面白い。


Natalie Cressman & Ian Faquini - Cant Find My Way Home (Live Performance Video)
Live at The Ruins in Hood River, Oregon on March 25, 2022 4:38
 クレスマンは歌とトロンボーン。どちらも一級。


Becca Stevens & Attacca Quartet - Reminder (Live Performance Video)
From 'Becca Stevens | Attacca Quartet' (GroundUP Music, April 2022) 5:19
 弦楽カルテットのアレンジが面白い。


 London Jazz News から拾ったミュージシャンの音源を Bandcamp で試聴。やはりどれも面白い。Bright Dog Red はニューヨーク州オルバニーがベースとあるが、スナーキー・パピーと同じタイプに聞える。こちらは基本カルテットで、ヴォーカルがゲストに入る。サックスの Trish Clowes も良い。このあたりの新しいジャズは面白い。もっと時間があれば突込むところだが、まずはデッドに集中しなければならない。





##本日のグレイトフル・デッド
 05月28日には1966年から1995年まで、5本のショウをしている。公式リリースは完全版が1本。

1. 1966 Avalon Ballroom, San Francisco, CA
 土曜日。開演9時。"Hay Fever Dance(花粉症ダンス・パーティー)" と題されたイベント。The Family Dog が主催したイベントにデッドが出た初め。共演 The Leaves、Grass Roots。セット・リスト不明。
 The Leaves は1964年にサン・フェルナンド・ヴァレーで結成されたバンド。〈Hey Joe〉を最初に録音したアクトの一つで、この録音は1966年にヒットしている。
 The Grass Roots は1965年にロサンゼルスで結成されたバンドで、1975年まで頻繁にヒットを放った。ゴールド・ディスク2枚、ビルボード Hot 100 にチャート・インすること21回。

2. 1969 Winterland Arena, San Francisco, CA
 水曜日。3ドル。開演6時。終演2時。バークリーの The People's Park 活動の保釈資金集めのためのベネフィット・コンサート。Aum、クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル、Bangor Flying Circus、エルヴィン・ビショップ・グループ、ジェファーソン・エアプレイン、サンタナ共演。
 デッドは3曲演奏。〈Smokestack Lightnin; That's It For The Other One> Turn On Your Love Light〉。
 Bangor Flying Circus はシカゴ出身のプログレ・ロック・トリオ。1967年半ばに結成、1969年解散。メンバーはこれ以前も以後も様々なバンドで活動。
 The People's Park はバークリーに1960年代末の市民の活動で生まれた公園。元はカリフォルニア大学の所有地だったが、大学が資金不足から開発途中で放置したため、一帯は荒廃していた。1969年に地域住民の中からここを公園にしようという動きが起き、多数の住民が自主的に参加して公園が造られた。大学当局にはこれを認める態度も見られたが、州知事ロナルド・レーガンは強硬姿勢に出て、バークリーの共和党市長はこれに従い、1969年5月15日早朝、警察部隊を送り、できていた公園を破壊し、金網フェンスで囲った。この日の正午、カリフォルニア大学バークリーで開かれた集会が公園の警察による占拠に対する抗議集会となり、約3,000人が公園の敷地に向かい、警備の警官たちと衝突した。レーガンの首席補佐官がこの抗議活動に対して警官隊を集め、警官隊はショットガンを使用し、警官隊と対峙していた群衆のみならず、見物人たちにも発砲した。負傷者多数に加えて、見物人から死者が出る。この時発砲した警官の多数がヴェトナム戦争からの復員軍人出身で、デモ隊をヴェトコンと見ていたことが後に判明する。レーガン州知事はさらに州兵部隊を派遣する。この後も抗議活動は続き、05月22日には250人が逮捕され、保釈金は800ドルとされた。この日のコンサートはこの保釈金を集めるためのものと思われる。
 大学の教授会は05月23日、環境デザイン学部から出されていた、この公園を地域主体のデザインの実験の中核とする案を圧倒的多数で承認。また UCバークリーの学生も独自の全学投票を行い、学生の半数以上が投票して、公園をそのままにする案を圧倒的多数で承認する。
 バークリー市全人口の3割が参加した非暴力抗議デモの後も、大学当局は敷地を金網フェンスで囲ったままにしていた。一度はここを駐車場付きのサッカー場にすることを決定する。1971年03月、その工事が始まりそうなのを受けて、あらたに抗議行動が起きる。1972年05月、大統領リチャード・ニクソンが北ヴェトナムの主要港湾に機雷を設置すると表明すると、怒りくるった群衆が囲っていた金網フェンスを取り払った。同年09月、バークリー市議会は敷地を大学から借り受けることを決議。地域住民がボランティアと寄付によって公園を再建した。公園は主に地域の低所得層とホームレスの避難所となっており、ホームレス支援団体による支援の拠点でもある。むろん、地域住民の憩の場でもあり、ガーデニング、音楽活動、映画上映なども行われる。公園の管理運営は The People's Park Commitee(民衆公園委員会)による。

3. 1977 Hartford Civic Center, Hartford, CT
 土曜日。7.50ドル。開演7時半。春のツアーの千秋楽。
 《To Terrapin: Hartford '77》で全体がリリースされた。
 このショウでは皆、肩の力が脱けている。リラックスして、良い意味で気楽に、余裕をもってやっている。これを聴くとここまでのツアーでは緊張感がある。いうならば、「アウェイ」でやっている感覚だ。ずっとアメリカの東半分を回っていたことはやはりそういう感覚を生んだのだろう。たとえばヴェルヴェット・アンダーグラウンドがフィルモア・ウェストに出る時には同様な感覚を持ったのではないか。ニューヨークはデッドにとってサンフランシスコに次ぐ、第2のホームと言ってもいいところだが、それはやはりニューヨークという特定の都市に限られるので、同じ東部でもボストンやフィラデルフィアではまた違うし、南部やフロリダはまた全く異なる環境にいる感覚ではなかったか。
 その緊張感はこのツアーでは良い方に作用し、バートン・ホールを初めとする名演を生んでいる。このツアーの打ち上げのショウ、千秋楽のショウでは、これで終りという気分は当然生まれるだろう。それがまた良い方に作用して、うまい具合に肩の力を脱いたのではないか。これまでのショウに比べると、全体に明るく、楽しんでやっている。このツアー全体がもともと明るく、ゆったりとしているのが、明るさの色調が柔かい。
 オープニング〈Bertha> Good Lovin'> Sugaree〉の畳みかけは、おそらくこれだけは演る前に決めていたとも思える。まあ、オープナーに何をやるか、その後、2、3曲については、常に事前に決めていただろう。〈Sugaree〉はこのツアーを象徴する曲で、この演奏はその中でも1、2を争う出来。というよりも、このショウではこの曲のベスト・ヴァージョンと思えるものばかりが並ぶ。
 肩の力が脱けているとわかるのは次の〈Jack Straw〉のウィアのヴォーカル。のびのびとしている。力む時に素直に力む。声もよく伸びる。次の彼の持ち歌〈New Minglewood Blues〉のヴォーカルもいい。第一部クローザーの〈The Promised Land〉も同様。ここまで来ると、テンポもまさにぴったりで、ガルシアのギターも明るく軽やかだし、キースのソロもいつものしゃちこばった感じが無い。
 ガルシアも絶好調で、ギター・ソロはどれもこれも面白く、〈Row Jimmy〉もまるで雰囲気が変わっている。第一部のハイライトの一つは〈Candyman〉のガルシアの歌唱で、これを聴いて、ようやくこの歌の良さがわかった。第二部〈Tennessee Jed〉のギター・ソロのユーモアにはさらに磨きがかかる。
 これが〈Estimated Prophet〉になると、ユーモラスなのはそのままだが、茶化しが入る。とぼける。ひっぱずす。脇に回って、隙を伺う。とことんシリアスであると同時に、これ以上ないほど不真面目。これこそはデッドの本質、基本のキとも思える。デッドがわが国でまっとうに受け止められないのも、この態度、真面目と不真面目が同居しているからかもしれない。日本語ネイティヴはマジメが3度のメシより好きなのだ。人生は楽しんではいけない。笑って過ごしてはいけない。額の汗を捩り鉢巻きで防ぎながら、眉間に皺を寄せて、苦労しなければならない。少なくとも苦労しているフリをしなければならない。デッドのように、「ヘラヘラ笑いながら」真剣に音楽をすることなど、もっての外なのだ。
 このツアーでは出番の少なかった〈Playing In The Band〉がここで爆発する。ここでも人もあろうにキースが、ほとんどチェンバロのような音を出す。この人、こんなお茶目なところがあったのか。おそらく本人はそのつもりではないだろうが、そのチープな音は今聴くとキャンプそのもので、ひどく現代的、21世紀的だ。
 この日の余裕は NFA でも明瞭だ。普段ならビートに乗って、ノリで持ってゆく曲だが、ここではひどくゆっくりと、のんびりと演奏していて、歌が入るのは CD でトラックが始まって4:30も経ってからだ。そしてここでもガルシアのギターはユーモラスであると同時にシリアスで、時にブラック・ユーモアに踏みこむ。そこから最後は集団即興になって、まるで別の曲。しかものんびりとシリアスなたままなのだ。
 そこから遷移する〈Wharf Rat〉はあらためて聴くと、コーラス、ハーモニーのつけ方がおそろしく細かい。実はデッドはこういう細やかに神経を使うことも得意、おおまかにやっているようで、実は徹底的に緻密だったりする。そうしながら、ぽかりと歌詞を忘れたり、入りそこなったりするのもデッドだ。しかも、この日、この歌でのガルシアのギターは荘厳ですらある。
 一度きちんと終りながら、間髪いれずカウントして〈One More Saturday Night〉。これまたゆったりと余裕のある歌いまわしと演奏。ああ、いい湯だ。アンコールの〈U. S. Blues〉もゆったりと、ツアーの終りを惜しむように演奏される。
 かくて、デッド史上最高のツアー、1977年春のツアーはめでたく打ち上げ。一行は06月02日まで東部に滞在して、03日にロサンゼルスに移動。04日にロサンゼルス国際空港(LAX)のすぐ東隣のイングルウッドでショウをした後、07日から3日間ウィンターランドに出る。ビル・グレアムが長いショウを終えた「ご褒美」にブッキングしたものだ。そしてこちらはまさに「ホーム・ゲーム」。春のツアーに勝るとも劣らない極上の音楽を演奏している。

4. 1982 Moscone Convention Center, San Francisco, CA
 金曜日。17.76ドル。開演7時。ヴェトナム復員軍人会のためのベネフィット・コンサート。ジェファーソン・スターシップ、ボズ・スキャグス、カントリー・ジョー・マクドナルド共演。
 第二部が短かく、ボズ・スキャグスが参加。この第二部後半の〈Turn On Your Lovelight> Johnny B. Goode〉にジェファーソンのピート・シアーズが参加。ステージはカントリー・ジョー・マクドナルド、ジェファーソン・スターシップ、デッド。ボズ・スキャグスはデッドをバック・バンドとしてリード・ヴォーカルをとる。上記2曲ではウィアとダブル・リード・ヴォーカル。
 演奏は良い由。
 この第二部オープナーで〈Walkin' Blues〉がデビュー。1995-07-02まで計135回演奏。ロバート・ジョンソンが有名にした曲。

5. 1995 Portland Meadows, Portland, OR
 日曜日。28ドル。開演2時。チャック・ベリー共演。
 第一部5曲目〈When I Paint My Masterpiece〉でウィア、アコースティック・ギター。
 屋外で客席では40度近かった。第一部が同様に熱かった由。(ゆ)

ザ・チーフタンズ/ウォーター・フロム・ザ・ウェル~我が心のアイルランド [DVD]    東京医科歯科大・芸術 10/19 の講義の補足説明。9曲目はチーフテンズを中心としたセッションです。

The Chieftains《WATER FROM THE WELL》08, 1999

    少々、間があいてしまって申しわけありません。どうもチーフテンズのこととなると、心が千々に乱れて、というと大袈裟ですが、すなおに筆が進みません。別に嫌いとか、苦手というわけではありませんが、他のミュージシャンのように無心にその音楽に聞きほれることが難しい。いろいろなことが浮かんできてしまう。

    たとえば、あれは何度目の来日だったか、九段会館のステージで、パディ・モローニが居眠りしていたのを、隣のショーン・キーンがフィドルの弓で頭をちょんとやって起こした情景なんかが浮かんでくるわけです。むろんその間も演奏は続いていて、音だけ聞いている分にはそんなことが起きているなんてことはわからなかったでしょうし、実際にステージを見ていても気がついた人がどれくらいいいたか。
   
    そう、チーフテンズというよりはパディ・モローニに対するわだかまりなんでしょう。かれはチーフテンズ=アイリッシュ・ミュージックというイメージを、アイリッシュ・ミュージックの外の世界に植えつけることに成功した。アイリッシュ・ミュージックの今日の知名度の高さ、隆盛の一端を、それによって担っていることは否定できません。しかしそれによって失われたもの、あるいは誤解もまた得たものと同じくらい大きい。今となっては、あるいはマイナス面の方が大きいのではないか。
   
    チーフテンズの功罪を問うのはまた別の機会もありましょうが、今ひとつだけ言えるとすれば、チーフテンズの成功の原因は同じことの反復にあります。チーフテンズの音楽はデビュー以来、というよりお手本にした先輩バンド、キョールトリ・クーラン以来、まったく変わっていません。表面的には変化が大きく見えますが、それは共演している相手を変えているためで、チーフテンズ自体のやっていることは、毎回毎回、ほとんど一字一句変えずに同じことを繰り返しています。
   
    同じことを繰り返すのは、プロパガンダとして最も有効であることはすでに何度も証明されていますが、パディ・モローニもまたそうした「宣伝の天才」の一人に、後世数えられるかもしれません。
   
    なお、チーフテンズは世間一般では「チーフタンズ」と表記されます。が、筆者は30年来「チーフテンズ」と呼び、また書いてきましたし、パディ・モローニ自身の発音も、何度聞いても「チーフテンズ」としか聞こえないので、この表記で通させていただきます。
   
    さて、このビデオはチーフテンズが久しぶりに故郷アイルランドにもどり、各地のミュージシャンと共演する、という設定です。メンバー各自がそれぞれの音楽のルーツを語り、確認し、そのシチュエーションで演奏する形です。
   
    そう、チーフテンズの個々のメンバーはアイルランドの伝統音楽に年少の頃から親しみ、自然に吸収して育っています。その点ではプロとしてやっているアイリッシュ・ミュージシャンたちのほとんどと同じです。各メンバーのソロ・アルバムでは、そうして身につけた、いわば「なま」のアイリッシュ・ミュージックをやっています。これはチーフテンズというバンドとしてやっているものとはまったく別の音楽です。
   
    つまり、このビデオではバンドとしての音楽よりも、個々のメンバーの音楽に比重が置かれています。今回紹介したセッションのシーンも、バンドの全員が参加してはいますが、チーフテンズとしての音楽ではなく、個々のメンバーはそれぞれにこうしたセッションに参加していたことを示しています。
   
    ここでセッションというのは、ジャズやロックなどでいうセッションあるいはジャム・セッションとは異なります。アイリッシュ・ミュージックのセッションとは、ある場所、近年はパブが普通ですが、路上でもかまいません、ある場所に集まって、ダンス・チューンの合奏をすることです。特徴的なのは、参加する際に、基本的に演奏能力のレベルは問われないことです。つまり、アイリッシュ・ミュージックのセッションでは、うまい人も下手な人も一緒に演奏します。当然、ハーモニーではなくユニゾンです。参加する人は、それぞれのレベルに応じ、できる曲には参加し、できない曲の時は休むか、その曲を覚えようとします。ビデオの中でマーティン・フェイやショーン・キーン、パディ・モローニが、曲を学ぶ、と言っていたのはそのことをさします。
   
    レベルは問われない、といっても、昨日初めてフィドルで音が出ましたという人が参加するのは無理でしょう。ですが、セッションの楽しみは上手に、カッコよく演奏して喝采を受けることにあるのではなく、アイリッシュ・ミュージックが好きという同好の士と同じ曲を演奏することそのものにあります。セッションは人に聞かせるのではなく、ミュージシャンたち自身の演奏の楽しみのために行われます。聴衆が拒否されるわけではありませんが、「神様」としてもてなされることはありません。当然、PAなどはありませんし、ステージすらありません。
   
    『聴いて学ぶアイルランド音楽』冒頭には、アイルランド西部のあるパブでの日曜夜のセッションの様子が描かれます。ここでは演奏するメンバーもほぼ決まっていますが、毎回違うゲストが参加する場合もあります。
   
    こうしたセッションは今ではパブで行なわれることが多いので、パブ・セッションと呼ばれたりしますが、これは比較的新しい現象です。いつ頃からというのははっきりしませんが、「フラア・キョール」と呼ばれるアイリッシュ・ミュージックの全国的フェスティヴァルが開かれるようになった、1950年代後半以降というのが大方の意見です。こうしたフェスティヴァルには、アイルランド全土や、お隣ブリテン、ヨーロッパ大陸、さらにはアメリカからもミュージシャンが集まります。この人たちが一緒にセッションしようとすると、開催されている町のパブが一番ふさわしく、やりやすかったのでしょう。路上で行われることも多いのですが、アイルランドの天候はよく変わります。さっきまで晴れていたのが、急に雨が降ってくることはごく普通です。雨は楽器にとっては大敵ですから、なるべく屋内でやりたいのが人情。といって、故郷でやっていたように、誰かの家に行くわけにもいかない。そこでパブというわけです。
   
    ですから、アイルランドに行けばどこのパブでもセッションがおこなわれているわけではありません。むしろ、そうしたパブは少数派です。アイルランドであっても、がちゃがちゃうるさい音楽より、大画面TVでサッカーやハーリングの中継を見たいという人の方がはるかに多いのです。中には、パブ・セッションの存在そのものを疑う、あれは観光客用の客寄せにすぎないと信じている人間がやっているパブもあります。ですから経済的に余裕があるミュージシャンたち、たとえばアルタンやダーヴィッシュのメンバー、あるいはチーフテンズのマット・モロイといった人たちは、その気になればいつでもセッションできるようにと、自前のパブを持とうとします。
   
    こうしたセッションは、アイリッシュ・ミュージックが個々のローカルな共同体、つまりは村などの内部で主におこなわれていた時代には、誰かの家で開かれていました。『聴いて学ぶアイルランド音楽』ではコンサティーナ奏者のメアリ・マクナマラが、幼ない頃の体験を生き生きと語っています。セッションがパブで行われるようになったことのマイナス面がここにあります。つまり、子どもたちが参加できないわけです。アイリッシュ・ミュージックの生演奏に接しようとするとアルコールとタバコの煙がつきものというのは、いささか困ったことです。今はパブ内部も禁煙になりましたが、幼ない子どもが気軽に行ける場所でないことは変わりません。
   
    とはいえ、パブに入ることに抵抗がないミュージシャンにとっては、セッションは大きな楽しみです。アイリッシュ・ミュージックの日常的な活動はセッションにある、という人もいます。たいていは決まったパブで、ある決まった日の、だいたい決まっている時刻から行われます。常連がいて、場をとりしきるのが普通ですが、運営の方法はそれぞれです。「ぬし」や「奉行」役がいて万事指示するところもあれば、居合わせた人間が自由にやっているところもあります。また、フェスティヴァルやサマー・スクールなどの会場となった町や村のパブで、たまたま会ったミュージシャンが意気投合し、自然発生的におこなわれる場合もあります。
   
    今回紹介したビデオのセッションは、典型的というのからは多少はずれているところもあります。チーフテンズのメンバー全員を参加させるためでしょうが、ハープがセッションに入ることはごく稀です。また、あんな大人数なのに、あれだけレベルが高いミュージシャンが揃うのも、まず滅多にないはず。これは、視聴者を楽しませるというビデオの性格から来ているのでしょう。
   
    セッションはミュージシャンたちがあくまでも自分たちの楽しみのためにやるのですが、では傍で見ていてちっとも面白くないか、というとそうでもありません。むろん、面白くないセッションもあるでしょうが、ミュージシャンたちが本当に楽しんでいるセッションならば、ただ見て、聞いているだけでも、十分面白いのです。その面白さはあきらかにステージでくりひろげられる、ショウとして組み立てられたものの面白さとは違います。アイリッシュ・ミュージックの本質はここにある、といわれるのも無理はない、と共感もします。(ゆ)

Geantrai: Live Session...    東京医科歯科大・芸術? 10/19 の講義の補足説明。8曲目はイルン・パイプの演奏。

Gay McKeon〈Bean Dubh a' Ghleanna> The ace and duece of pipering〉
from《GEANTRAI》, 12, 3:05

    なお、左の写真はCDです。そうそう、今回紹介しているDVDはすべてPAL方式です。リージョンはフリー。アイリッシュ・ミュージックのDVDは原則としてPALのリージョン・フリーです。PAL は国産のDVD専用プレーヤーでは再生できませんが、Mac などのパソコンはごく普通に再生再生してくれます。また、PALもNTSCも両方再生できる海外産DVDプレーヤーも、1万円以下で売られています。

    イルン・パイプの原語は uillean pipes で、このスペルに引っ張られて「イリアン・パイプス」と読む人が、アイルランド人でもいます。日本人が難読漢字を勝手に読んでいるようなものでしょうか。"uillean" はアイルランド語で「肘」の意味で、「イリアン」と発音することはありません。ぼくはリアム・オ・フリン  Liam O Flynn が「これは "irun" と発音する」と言っているのと、かれの実際の発音を聞いて、「イルン・パイプ」と表記しています。アイルランド最高のパイパーの一人で、研究者でもあるリアムの言葉は従うに値すると思います。
   
    古くは "union pipes" と呼ばれたりもしましたが、今はまず使われません。むしろ最近は "Irish pipes" と書かれているのを2、3、眼にしました。ただし、アイルランドでもスコットランドのハイランド・パイプも演奏されています。
   
    イルン・パイプはバグパイプの一種です。つまり、バッグに一度溜めた空気をリードを収めた管に送って音を出す一群の楽器のひとつです。バッグに空気をためるのはリードから出る音を切らないため、すなわち持続音への欲求から生まれた楽器です。
   
    牧畜を行うところにはどこにでもある楽器で、ヨーロッパ全土から、北アフリカ、西アジアに広く分布します。持続音への欲求に強弱があるようで、バグパイプが盛んなところとそうでないところがあり、ヨーロッパでも英仏海峡の両岸ではパイプ伝統は一度途絶えています。現在演奏されているのは、1970年代以降復元されたもの。スウェーデンでも事情は同じで、北欧では他には海豹の皮を使うエストニアぐらいです。一般に地中海に近い方で盛んですが、北部ヨーロッパでの例外がアイルランド、スコットランド、ノーサンバーランド、それにブルターニュのケルト圏です。
   
    バグパイプのほとんどはバッグに空気を送りこむのに口から息を吹きこみます。例外がアイルランドのイルン・パイプ、スコットランドのロウランド・パイプまたはスモール・パイプ、そしてノーサンバーランドのスモール・パイプです。これらのタイプでは鞴を使ってバッグに空気を送りこみます。
   
    鞴式パイプの特徴は、音域が広いことと、音量が小さめであることがあげられます。他のパイプの音域は1オクターヴからせいぜい1オクターヴ半ですが、イルン・パイプとノーサンブリアン・パイプは2オクターヴ出ます。その秘密はリードにあります。この二つのパイプのメロディ管、チャンターのリードは非常に繊細です。そのため、オーヴァーブロウによって1オクターヴ上の音が出せます。オーヴァーブロウは通常は強く空気を送りこむことですが、本当に重要なのは空気の量ではなく、速度だそうです。
   
    ですが、このリードはあまりに薄いため、人間の息を通すことで湿らされると、乾くときに反ってしまいます。つまり、呼気では一度しか使えません。そこで鞴によって乾いた空気を送ってやるのです。
   
    リードが繊細なこともあり、音量は大きくはありません。鞴式は基本的に室内用の楽器です。そのためでしょうか、特殊な発達をしています。ノーサンブリアン・パイプでは音の出る各管の末端が閉じています。そのために柔らかく、かつキレの良い音が出ます。
   
    イルン・パイプはバグパイプの中で最も複雑な発達をしています。チャンター、3本のドローン管(通常は倍音を鳴りっぱなしにする)に加えて、レギュレイターと呼ばれる管が3本ついています。レギュレイターには弁があり、これを押すことでコードを出すことができます。
   
    パイパーは利き腕の脇にかかえた鞴で反対側の脇の下に抱えたバッグに空気を送りこみ、バッグを肘で押して調節しながらチャンター、ドローン、レギュレイターに空気を送りこみます。両手でチャンターの穴を押えてメロディをかなでながら、必要に応じて、または感興の赴くままに、利き手の外側、小指の下にあたる掌の側面でレギュレイターのキーを押してコード演奏をします。チャンターには表に六つ穴、裏に親指用の穴があり、利き手で下半分を押さえ、逆の手で上半分を押さえます。これ一式あれば、メロディとリズムとドローンが演奏できるわけです。
   
    音を出すだけでこれだけ難しい楽器はあまり他にはないでしょうが、一時期アイルランドでもイルン・パイプ演奏が衰退したのも無理はないと思えてきます。もっとも楽器そのものの価格も、伝統音楽用楽器としては例外的に高価であることも、要因のひとつであったと思われます。
   
    鞴とバッグとチャンターだけのセットは「プラクティス・チャンター」と呼ばれ、入門者はまずこれから使いはじめます。これにドローンがついたものが「ハーフ・セット」、レギュレイターまで付いて「フル・セット」です。フル・セットは量産ができません。すべて手作りです。また、楽器の魂であるリードも量産はききません。なお、チャンターはダブル・リード、その他はシングルです。
   
    1960年代には存続も危ぶまれたイルン・パイプですが、プランクシティのリアム・オ・フリン、ボシィ・バンドのパディ・キーナンの登場をきっかけに復興しはじめ、近年、『リバーダンス』や映画『タイタニック』でフィーチュアされるにいたって爆発的人気となりました。世界中でパイパーは増加しており、最近になって、日本人メーカーも出現しました。
   
    今回紹介したゲイ・マキュオンは、まだ若いながら実力者で、21世紀のパイプ界を背負ってゆく人と思います。このDVDは、ゴールウェイにあるアイルランド語テレビ局 TG4 の音楽番組からのセレクションです。番組タイトルは「楽しみ」という意味のアイルランド語。音楽の要素に、泣かせる、楽しませる、眠らせると三つあるうちのひとつ。音楽で有名なパブを各地に訪ね、ゆかりのあるミュージシャンの生演奏を収録するという趣旨。ゲイの演奏しているパブはダブリンにあり、パイプの演奏、特にレギュレイターの使い方がよくわかる映像です。
   
    演奏している曲も、後半はイルン・パイプの難度の高い技巧がふんだんに盛りこまれた、いわばパイプのショウケース・ピース、腕前披露のための曲です。ですが、技巧をひけらかさず、曲そのものの面白さ、味わいを聞かせるゲイの演奏は一枚次元が上のものでしょう。この曲は聞くだけでも十分面白いですが、演奏するとおそらくもっと面白いのでしょう、パイプ以外の楽器でもよく演奏されます。
   
    アイリッシュ・ミュージックの楽器ではハープが象徴的位置にありますが、ハープは一度伝統が途絶えたこともあり、音楽伝統の中心にあるとは言いがたいところがあります。現在のアイリッシュ・ミュージック、少なくとも19世紀以降続いている伝統音楽の中心にある楽器というとイルン・パイプです。他の楽器、親戚であるホイッスルやフルートはもちろん、フィドルやアコーディオンなども、装飾音の入れ方や音色などで、イルン・パイプをお手本として仰いでいるところがみえます。
   
    また、バグパイプは笛以上に土着性を強く感じさせるところがあります。例えば、スコットランドのハイランド・パイプは、ブルターニュやスペイン北部でもまったく同じ楽器が使われますが、音色やテクスチュアは微妙にしかも明瞭に異なります。イルン・パイプも特徴的なサウンドはアイルランドらしさを強烈にうちだすところがあります。近年はブルーズやロックンロール、ジャズなどの演奏にも使われますが、濃い土着性から生まれる効果が面白いです。音域が広いのでハイランド・パイプなどよりも柔軟性があり、これからもイルン・パイプの活躍の場は拡大すると思われます。(ゆ)

Come West Along the Road [DVD] [Import]    東京医科歯科大・芸術? 10/19 の講義の補足説明、7曲目はホイッスルの演奏。

Dennis O'Brien〈Ni ar Chnoc no ar Isleacht> Finbar Dwyer's〉
from《COME WEST ALONG THE ROAD 1》, 38, 1981-05, 4:00

    ホイッスルは、かつてアイリッシュ・ミュージックが知れわたらない時代には「呼子」と紹介されたこともあります。確かにスペルも同じですが、こちらは6穴の縦笛です。リコーダーと違い、裏の親指用の穴はありません。吹きこむ息のスピードを調節すると1オクターブ半出ます。半音は基本的に出せませんので、キーになる音の違うものが出ています。アイリッシュで最も多く使われるのはD管です。材質はブリキ、木、プラスティックなど。ブリキの管にプラスティックの口が付いたものが一番普及しています。
   
    値段も安く、比較的演奏が簡単なので、ここから器楽を始める人もたくさんいます。一方、シンプルな楽器の通例に漏れず、奥が深くて、名手の手にかかると変身します。今回紹介した人も、他に録音や録画を知りませんが、天才と呼んでかまわないでしょう。スロー・エアの味わい深い演奏、下半身付随にもかかわらず、ダンス・チューンのみごとな躍動感には、何度見ても感動します。楽器を使いこんでいることは、穴の周囲がすり減っていることでもわかります。
   
    曲はスロー・エアからリールのメドレー。アイリッシュ・ミュージックでは1曲ずつは短かい曲を数曲メドレーで演奏するのが普通です。アイルランド人はあまりたくさんの曲はつかわず、同じ曲を何度も繰り返すことを好みます。また、ジグやリールのようにテンポが変わるのも好まないようです。本来は聞かせる曲であるスロー・エアからダンス・チューンにつなげるのは、その中では例外的に多いケースです。同じケルトでもこれがスコットランドになると、5、6曲かそれ以上につなげるのも好きですし、マーチ>ストラスペイ>リールとテンポを上げてゆく組合せが定番になります。

    アイリッシュ・ミュージックで現在よく使われている楽器の中でアイルランド特産と言えるのは、このホイッスルとハープだけです。おそらくはかつては他にも様々な楽器が使われていたのでしょうが、現代にまで生き残っているのはこの二つです。バウロンも特産と言えますが、楽器として使われはじめたのは1960年代なので、ちょっと同列にはできない。アイルランドで出土した最も古い楽器遺物としては、ダブリンから出た笛があり、6世紀のものと推定されています。これがホイッスルの祖先とされています。ハープの方は11世紀、ブライアン・ボリューのハープと呼ばれるものがトリニティ・カレッジ・ダブリンに保管されています。
   
    笛は世界中どこにでもありますが、また各々にその土地に特有の音を持っているようでもあります。アイリッシュ・ミュージックが世界的に有名になるにつれて、アイルランド特産の楽器がアイリッシュ・ミュージック以外に使われる例も増えてきました。ホイッスルもその例で、今やいろいろな場面で使われています。ですが、一度ホイッスルが鳴りだすと、どんな場面で使われていても、どこかアイルランドの風景が二重映しに浮かんできます。(ゆ)

ダブリン在住のハーパー、村上淳志さんの動画。





この他にも〈Star above the Garter> Lonesome Jig〉もやっています。〈Take 5〉やマイケル・ナイマンのピアノ曲もやっていて、かなり意欲的。こういう挑戦はもっとどんどんやっていただきたい。


いやしかし、こういう人もいるんですね。(ゆ)


Thanx! > miyasun

   昨日は本誌今月号の配信日でしたが、諸般の事情により、遅れます。23日配信をめざしてます。別に連休だからと休んでいるわけではありません、念のため。
   
   
    お待ちになる間、アンディ・アーヴァインのうたう〈Viva Zapata〉をどうぞ。(ゆ)




   
Thanx! > IrishArtsCenter@New York

    リズ・キャロルとジョン・ドイルのデュオが今年の聖パトリック・デイに、オバマ大統領の晩餐会に招かれて、大統領やアイルランド首相など、お偉方の前で1セット披露した件。

    そういえば、リズの故郷シカゴはオバマ大統領にとっても本拠地でした。(ゆ)





Thanx! > IrishArtsCenter@NY

    RTE One という番組でのライヴが YouTube に2曲あがっています。つい最近のものらしい。さすが、カメラ・ワークもこなれたものです。
〈The blacksmith〉
〈The plains of Kildare〉

    ほんとに年をとるにつれて良くなっていて、ふたりとも元気いっぱい。アンディのうたの間合のとりかたには脱帽するしかありません。〈The blacksmith〉後半のインスト部分のアレンジもまた変わっている。
   
    横にいるのはマレード・ニ・ウィニーですね。たぶん司会かなにかなんでしょう。
   
    なお、ネタ元はこちら

    やはり YouTube にある1977年のプランクシティのライヴとの比較です。(ゆ)

Come West Along the Road [DVD] [Import]    ジャズ喫茶で聞くアイリッシュ・ミュージック、「アイルランド音楽をつくった名盤たち、映像篇」に多数ご来場いただきまして、まことにありがとうございました。
   
    前回を教訓に、今回は紹介映像を絞ったうえ、おしゃべりをなるべく簡潔にしたので、なんとか時間内におさまりました。
   
    後での質疑応答でも、自分の思いこみを正していただく質問があいついで、なるほど質疑応答とは応える側の収穫が大きいと納得した次第です。重ねて御礼申しあげます。
   
    内容については楽器の説明の代わりに用意した教則ビデオがまずは狙い通りの効果で、これは今後も使えますね。イルン・パイプ(イリアン・パイプ)のように、われわれにとって実物にお目にかかるのが容易でない楽器は、教則ビデオはありがたい存在です。
   
    また、Dennis O'Brien のホイッスル演奏(COME WEST ALONG THE ROAD 所収)も、ひじょうに好評で、紹介者冥利につきます。実際、このトラックを見るためだけでも、この DVD は買う価値があると思います。ここにはアイリッシュ・ミュージックの真髄が凝縮されています。
   
    ダンスについて、『リバーダンス』以前のダンスと『リバーダンス』と並べてご覧いただいたのも、成功だったようです。ケイリ・ダンスやシャン・ノース・ダンスの実例もご覧いただくとさらに興味深かったと思いますが、今回は時間の都合上あえて割愛させていただきました。次の機会にはぜひとおもっています。
   
    マスターの後藤さんからはシリーズ化を考えてくれとの願ってもないお言葉もいただき、感謝にたえません。ジャズ喫茶という「場」は、肩の力が脱ける一方で、新しいものの見方ができる貴重な場です。どこまでいけるかわかりませんが、できるかぎりご期待に応えたいと思います。
   
    まずは、ご報告と御礼まで。(ゆ)

    ということで、いよいよ明日、15:30から東京・四谷のジャズ喫茶「いーぐる」で「特別講演」をします。
   
    動画は YouTube のおかげでいくらでも見られる時代になり、珍しいもののありがたみはあまりないかもしれませんが、背景などの説明付きで見ると、また違った味わい、発見があるのではと期待しています。
   
    タイトルはこうですが、名盤にちなむ動画はほとんどなく、むしろアイリッシュ・ミュージックの様々な要素がよくわかる、なおかつ観ておもしろいものを選んだつもりです。
   
    皆さま、お誘いあわせのうえ、ご来場たまわりますよう。(ゆ)

    今年のヴァレンタイン・デーに東京・四谷のジャズ喫茶「いーぐる」でやらせていただいたイベントの続篇が、今度の土曜日にせまってきました。

    今回は「映像篇」ということで、各種の動画でアイリッシュ・ミュージックの魅力に触れていただこうという趣向です。
   
    ほとんどは市販のものでありますが、ふたつ、みっつ、「お宝」映像も出す予定。そんなに珍しいものではないでしょうが、見て損はないとおもいます。
   
    ひとつの試みとして、イルン・パイプとバウロンの教則ビデオを見る予定ですが、しゃべっている内容の大意を資料にのせるつもりです。うまくいけば、結構おもしろいものになるかもと期待しています。
   
    予報では天気がいまひとつですし、新型インフルもありますが、熱の出ていない方はどうぞ、お運びください。(ゆ)

 10月情報号を今日の正午指定で配信しました。着かない方や文字化けがあった方はご一報ください。

 カリフォルニア在住のイラン人シンガー、ママク・カデム Mamak Khadem の公式サイトに彼女が主催するペルシア音楽のワークショップの動画があります。これがちょっと面白いのは、生徒さんたちがハープ、フィドル、フルート、コンサティーナといった面々で、どうやらふだんはアイリッシュ・ミュージックをやっている人たちらしい。動画の後の方では、ここで練習したものをステージで披露するシーンがありますが、ペルシア音楽とアイリッシュ・ミュージックを融合させてるのがわかります。かなり面白いので、ぜひ、次のアルバムでは入れてもらいたいところ。

 なお、ママクのソロ・デビュー・アルバム《Jostojoo (= Forever Seeking)》は今月号の『CDジャーナル』で紹介しましたが、こちらで買えます。

 アマゾンで検索すると『バトルスター・ギャラクティカ』や『バフィー 〜恋する十字架〜』のサントラが出てきますが、同じ人です。これまではこういう映画やTVの仕事が多かったそうですが、このソロ・アルバムをきっかけに、自らの音楽を前面に出してゆくようです。めでたい。(ゆ)

 もう来日まで1週間をきったフリーフォート動画が、もう一つ追加されてます。

 3人によるポルスカの演奏ですが、
もう1曲よりも遙かにリズムの変化が大きく、もうたまりません。
いや、三拍子であることは変わらないので、
これは何が変化する、というべきか。
これぞ、ビート?>洲崎さん

 パートが変わるところで確かに「伸びたり縮んだり」してるんですが、
しかし、よくもまあ、こんなにうまくそろうもんだ。
これは打合わせとか、そういうレベルでは無く、
どこかとんでもなく深いところで3人の波長が合っているんでしょう。
飛び抜けた力量のミュージシャンが、おたがい相性が良く、
しかも永年やっていることで到達する境地、でしょうか。

 それにしても気持がいい。
このうねり。
このグルーヴ。
特にマンドーラをある時はかき鳴らし、ある時はメロディを追いかける
アレ・メッレル(一番手前)の体の動き。

 こういううねるリズムないしビート、グルーヴは、
ケルト系ではちょっと味わえません。
ロックン・ロールとかレゲエとか、ドラムスが入るポピュラー音楽でもダメ。
いま話題のトランス系でもまず無い。
東欧であるかな。
偶数拍子だと難しいんじゃないですか。
三拍子とか五拍子とか、奇数でないと。
アラブ音楽にはありそうですね。
それにしても、こういうゆったりとうねる感じは、
スカンディナヴィアならではだと思う。
ポルスカの快感というのは、これなんだな、きっと。

 同じうねりは、
こちらももうすぐ来る、じゃない、もう来てるヴェーセンにも、
ラーナリムにも、
ハウゴー&ホイロップにもあります。
マリ・ボイネや先日来たアイヴォールのような
シンガーにもある気がします。

 さあ、明後日はヴェーセンだ。(ゆ)

 いよいよ来日の迫ったフリーフォートの動画が追加されています。
 いずれも前のと同じ、一昨年の来日の時の「ミート・ザ・バンド」の模様。

 ひとつはアレ・メッレルの角笛。女性が声でやるところを、男性はこの角笛を使って、山の上の放牧地で連絡をしたり、家畜を集めたりした由。

 しかしこれがアレの手にかかると、立派な楽器として妙なる音楽を奏でてしまいます。

 もう一つは、アレのハーモニカとペール・グドムンドスンのフィドル。ハーモニカはやはりアコーディオンの代わりとして使われていたようです。ブルース・ハープはハーモニカの中の特定の種類を指すそうですが、これはどうかな。


 しかし、まあ、アレはなんでもうまいなあ。最初のソロはワン・マン・バンドで、すべての楽器を一人でやってましたが。


Thanx! > やまだまさん@音楽を聞く仲間の会

 これはすばらしい。

 もうすぐやってくるフリーフォートのリード・シンガー、レーナ・ヴィッレマルクがお得意の牛飼い唱法を披露しているムービー

 前回、一昨年の来日の時、神戸のライヴの前にファンとの交流会「ミート・ザ・バンド」で披露したクゥーラの映像です。

 クゥーラというのは、元々はスカンディナヴィアの山岳地帯で、牛や羊の番をしていた女たちが、その牛や羊を呼びあつめる時にうたったもの。動物とのコミュニケーションだけでなく、牛飼い、羊飼い同士の通信にも使われたらしい。いわばアナログ版のケータイですな。

 今回は東京でも「ミード・ザ・バンド」があります。ワークショップもあるのかな。そのうち、また、こういう方法が必要になるかもしれないし。(ゆ)

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