本日のお題はロバート・グラスパー・エクスペリメントの新譜が出たのに合わせて、グラスパーとその周辺。グラスパーの人気はたいしたもので、休日前の夜ということはあったにせよ、いーぐるが満席。若い人が多い。
もっとも、この人たちが「ジャズ」としてグラスパーを聴いているのか、となると確かではない。あたしなどもこの頃そうだが、何のジャンルだから聴く、ということがどんどん少なくなっている。たまたま面白いミュージシャン、音楽がジャズから出てきている、というだけのことで、それがジャズだろうがナンジャモンジャだろうが、まるで気にしない。という風でもある。
昨夜聴けた音楽はジャズから生まれていることは確かだし、やっている方もある程度ジャズをやっている意識はあるらしい。自分たちの音楽が誰のどんな音楽にそのバックボーンを支えられているかという認識とそうしたミュージシャン、音楽へのリスペクトはあるようだ。
とはいえ、だからこういうフォーマットにおさまっていなければならない、とか、ある規範を守らなければいけない、という意識はまるで無いように思う。このあたりは、アイリッシュはじめ、ヨーロッパのルーツ・ミュージックの連中がそれぞれベースとする伝統に対するのと同じ姿勢、態度だろう。
まずはディスク・ユニオン新宿ジャズ館の羽根さんの紹介。昨夜紹介された5枚はどれもこれも面白く、カネさえ許せば全部買いたかった。実際後藤マスターは全部買われていた。
最初はプロデューサーの Jason McGuiness の仕事を集めたオムニバスで、日本企画盤。いずれも7インチ・シングルや配信のみでリリースされた音源だそうだ。かかったのはカマシ・ワシントンの参加したトラックで、ヴォーカルも入る。〈Papa Was A Rolling Stone〉というタイトルからして、リスペクトとおちょくりが等分に同居している楽しい音楽。
次の Ben Wendel はやられました。《WHAT WE BRING》はこれまで自分が影響を受けたミュージシャンへのトリビュート集だそうで、かかったのは〈Solar〉。マイルスへのオマージュ。なんともすばらしく、Snarky Puppy にも通じる。
プエルト・リコ出身のトランペッター、Mario Castro の《ESTRELLA DE MAR》は通常のジャズ・コンボにストリングスを合わせ、ゲストが入るという豪華盤。聴いたのはロバート・グラスパー・エクスペリメントのケイシー・ベンジャミンがヴォコーダーで参加した〈Shmerls〉。これまた変幻自在、ジャズになったり、クラシックになったり、ヒップホップになったり、ちょっとめまぐるしいが、面白いことは無類。もっとも付録のない、スッピンのバンドでも聴いてみたい。
Steve Lehman《SLEBEYONE》のタイトルはセネガルのウォルフ語のようで、その言語でラップをやる人も参加している。かつてスティーヴ・コールマンがやっていたことの後継と言われるとなるほどと思う。ラッパーは英語とウォルフ語の二人が交互にやる。それを縫うようにリーマンの超絶アルト・サックスが炸裂し、やがて主役を奪う。それはそれは面白いのだが、1曲ならともかく、アルバム1枚このテンションでやられては、こちらの身が保ちそうにない。
その点、Donny McCaslin にはなんとかこちらもついていけそうだ。デヴィッド・ボウィの遺作への参加で一躍注目を浴びたそうだが、かれ自身、ボウィから受けた影響は深く、その成果がこれというわけ。確かに同じ21世紀ジャズでも、一回りスケールの大きいところを感じる。その雄大さが聴く方にも余裕をもたらし、どっしりと受け止めることを可能にする。これはいいよ。
ということで、Ben Wendel と Donny McCaslin を購入しました。
後半はユニバーサルの斉藤さんの担当で、まずは本日のメーンエベント、ロバート・グラスパー・エクスペリメントの新作《ARTSCIENCE》から、なんと4曲紹介するという大盤振る舞い。この人、確かに面白いし、新境地を開拓しようとする意欲も買う。別に文句をつけるつもりはないが、これは好きなことをできるようになった才能豊かな人たちが好きなようにやった、というもので、抑制素子が無い。だからといって即破綻するわけではないが、誰も気づかないままやりすぎている風情だ。リスナーもやりすぎとは思わないだろう。それがわかるとすれば、何年か経って、振り返ってみたときだ。
この人は才人だし、その才能を鼻にかけてもいないのは快い。ただ、端的にいってこの音楽はあざといのだ。才人だというのは、そのあざとさがそのまま魅力になっているからだ。おそろしくトンガったところと、大文字のコマーシャリズムが対等に同居している。これはごく稀なことではある。この人もまた、音楽をやること、やれることが楽しくてしかたがないのだろう。つまり自意識が無いところがうまく作用しているのだ、きっと。そこでこれだけあざとくなるとなると、次はどうなるか、ちょいと楽しみになってくる。いろいろな意味で。
次の Derrick Hodge はエクスペリメントのメンバーで、《THE SECOND》というセカンド・ソロを出した。エクスペリメントではベース担当だが、ここではほとんどの楽器を自分で演奏し、ヴォーカルもとる。トム・ウェイツに近い。しかし、これはロックの文脈からは絶対に出てこないだろう。売れることが良い方に作用した幸せな例だ。
売れることの御威光は今回斉藤さんが紹介した5枚に通じる。ただ、売れることのマイナス面も当然あるわけで、どこか箍がゆるんでもいる。映画『マトリクス』の続篇のようなものだ。あれは確信犯でもあったが、音楽の場合、なかなかそういうことは難しい。ミュージシャンはハリウッド映画の監督ほどしたたかになれない。
最後のフランスのジャズ・ミュージシャンたちによるチェット・ベイカーへのトリビュート盤は、ベイカーの伝記映画の公開に合わせたものらしい。かけられたのはホセ・ジェイムズがヴォーカルをとる1曲で、バックが面白い。こういうのをエスプリが効いているというのか。暖いミニマリズムとでもいいたくなる。皮はぱりっと硬いが中はほかほかといううまいフランス・パンのような音楽。
今回もたいへん楽しく、ためになりました。若いお客さんたちが終ってもなかなか帰らないのも見ていて嬉しくなってくる。
次回は10/16(水)、ノラ・ジョーンズの新作が出るそうで、シンガーの特集。その日は『絵のない絵本』のライヴがあるので欠席。今年の皆勤賞を狙ったのだが、残念。(ゆ)