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R.I.P. 田川建三さん
イエスという男 [ 田川 建三 ]
Sonoma と AquaSKK
2023-09-30追記
ドックの「最近使ったアプリ」はやはりダメで、Mac を一度眠らせたりすると、再起動しないと正常に動作しない。
小林昌樹『調べる技術:国会図書館秘伝のレファレンス・チップス』
正直なところ、大部分はあたしにはそこまでの必要はありません、というレベルの話である。これはやはりレファレンスを仕事とする人が最も重宝する、ありがたさを実感する本だろう。
『250話で語るアイルランド史』脱稿
本書にはオーディオ・ブックもありますが、放送されたものをそのまま使っているので、そちらは240話までで終っています。単なる朗読ではないので、聞いて面白いですが、その点はご注意を。

macOS Ventura と AquaSKK
図書館から借りた本
薄れる国境
山村修の本
縦書き
去年、何冊読んだ?
01月15日・土
Washington Post Book Club のニュースレターで昨年アメリカの成人は平均して年12冊強の本を読んだ、というギャラップの調査結果をとりあげている。この数字は1990年以降で最低。1冊も本を読まなかった人は17%で変わらず。ただし、多読の人の数が激減して、全体の数が減少した。年10冊以上読む人の割合は27%で、2016年以来8%の減少。それ以前に比べても4%以上減っている。この減少は大学院生やそれ以上の年齡でとりわけ顕著。つまり、自由な時間の使い方として、読書の人気は落ちている。というのがギャラップの結論。
一方で、電子本、オーディオ本、デジタル雑誌を1年で100万回以上貸出した公共図書館の数は記録的な増加をしている。そうだ。
わが国ではどうかとちょと検索してみると、2015年4月の調査で月平均2.8冊という数字が出てきた。ということは年33冊以上。3倍だ。が、1冊も読まなかったのは3分の1。こちらも倍である。この調査では月10冊以上が8.2%。21冊以上は出ていないが、こちらも3分の1。つまり、日本語では本を読む人間はたくさん読むが、読まない人間が多い。アメリカでは、英語とは限らないが、本を読む人間の数そのものは多いが、一人あたり数は読まない。
それに、ここでは本の中身まではわからない。マンガも入れているのか。回答者によって入れたり入れなかったりかもしれない。アメリカでの調査には comics は入っていないと見ていい。もっともこちらもそれ以上の中身まではわからない。
引きこもりで読書量は増えたと言われるけれど、日本語ネイティヴは本を読むのが好きでない、というより習慣にない人が多い気がする。というのは上の数字からも当たっていそうだ。新聞、雑誌は読んでも、本は読まないという人たちだ。もともと江戸時代までは読書はほんの一部のものだった。とすれば、明治以降でここまで増えた、とみるべきか。
日本語ではマンガがほとんど遺伝子に組みこまれている。『源氏物語』にも早くから『絵巻』が作られた。物語を絵で語る技術をわれわれは磨いてきている。漢字かな混じり文がその原型だろうし、そもそも漢字かな混じり文を発明したのは、言語からの要請だけでなく、絵に対する感受性が鋭いこともあったのだろう。その感受性がどこから来ているのかはわからないが。マンガは絵が漢字、ネームがかなに相当する。
だから、文字だけで物語を語ることも読むこともあまり得意ではない。文字を読んでイメージを思い描くのが苦手なのではないか。日本語では大長編は例外だ。饒舌よりも簡潔が尊ばれる。量はある閾値を超えると質に転換することに、あたしらはようやく気がつきはじめたところだ。本はもちろん小説や物語ばかりではないが。
あたしはといえば、昨年は54冊。うちマンガは3冊。英語33冊。日本語21冊。頁合計12,294。1冊平均227頁。一番厚い本は Michelle West, The Sacred Hunt Duology, 858頁。日本語で一番厚かったのは平出隆『鳥を探しに』660頁。
##本日のグレイトフル・デッド
01月15日には1966年から1979年まで4本のショウをしている。公式リリースは無し。
1. 1966 Beaver Hall, Portland, OR または The Matrix, San Francisco, CA
どちらのショウだったか、定まっていない。後者はポスターがあり、ほぼ確定か。前者は元旦に行われたとの推測もある。
2. 1967 Fillmore Auditorium, San Francisco, CA
2ドル。子どもは無料。開演午後2時。前2日の追加公演だろう。ジュニア・ウェルズ・シカゴ・ブルーズ・バンド、ドアーズというラインナップ。セット・リスト不明。
3. 1978 Selland Arena, Fresno, CA
前売6.50ドル。当日7.50ドル。開演7時半。ガルシアははじめ声が出なかったが、だんだん良くなった。第二部の〈Playing In The Band〉はこの時期としては珍しく30分近い演奏。
この曲は演奏回数610回で第2位だが、トップは〈Me and My Uncle〉なので、デッドのオリジナルとしてはこれがトップになる。これだけの回数演奏したのは、この曲を演奏するのがそれだけ愉しかったのだろう。これが5分で終る(デッドとしては)ごくありきたりの曲から30分を超えるモンスターに成長し、さらに他の曲をはさんだり、時には日をまたいではさんだりするようになってゆく様は、何とも興趣が尽きない。しかも、そのどれ一つとして同じことの繰返しが無い。こういう現象もデッド宇宙ならでは。
4. 1979 Springfield Civic Center Arena, Springfield, MA
8.50ドル。開演7時半。第一部と第二部の出来の差が大きいらしい。ここでも〈Playing In The Band〉がスピリチュアルだったそうな。デッドの音楽はめくるめく集団即興になって聴く者を巻きこんでもみくちゃにもすれば、深閑としたスピリチュアルな時空を現出して吸いこんで解き放ちもする。(ゆ)
みみたぼ @ In F、大泉学園
みみたぼはシンガーの石川真奈美さんとピアノの shezoo さんのデュオ。あたしは初体験だが、もう4年やっているのだそうだ。「みみたぼ」って何だろうと思ったら、「みみたぶ」と同じ、と辞書にある。どういう訛かわからないが、みみたぶではユニットの名前にはならないか。
歌とピアノは対等に会話するが、ピアノが歌を乗せてゆくこともある。逆はどうだろう。やはり難しいか。一方で、ピアノが歌に反応することはありそうだし、実際そう聞える瞬間もある。そういう瞬間を追いかけるのも愉しそうだ。次はそうしてみよう。今回2人のからみが一番良かったのは、後半最初のリチャード・ロジャースの〈Blue Moon〉。
歌は石川さんのオリジナル、shezoo さんのオリジナル、ジャズのスタンダード、バッハ、歌謡曲。この振幅の大きさがいい。
中でもやはりバッハはめだつ。石川さんも参加した2月の『マタイ』で歌われた曲。あの時の日曜日の方を収録した DVD がもうすぐ出るそうだ。いや、愉しみだ。あれは生涯最高の音楽体験だった。生涯最高の音楽体験はいくつかあるけれど、その中でも最高だ。今、ここで、『マタイ』をやることの切実さに体が慄えた。その音楽を共有できることにも深く歓んだ。DVD を見ることで、あの体験が蘓えるのが愉しみなのだ。石川さんもあれから何度か、いろいろな形でこの歌を歌われてきた、その蓄積は明らかだ。それはまた次の『マタイ』公演に生きるだろう。
バッハの凄さは、どんな形であれ、その歌が歌われている時、その時空はバッハの時空になることだ。クラシックの訓練を受けているかどうかは関係ない。何らかの形で一級の水準に達している人が歌い、演奏すれば、そこにバッハの時空が現出する。
その次のおなじみ〈Moons〉が良かった。石川さんはもちろん声を張って歌うときもすばらしいが、この日はラストに小さく消えてゆく、その消え方が良かった。消えそうで消えずに延ばしてゆく。『マタイ』の前のエリントンもそうだし、この〈Moons〉、そしてホーギー・カーマイケルの〈Skylark〉。
ここでは封印していた?インプロが出る。でも、いつものように激しくはならない。音数が少なく、むしろ美しい。
shezoo 流インプロが噴出したのは後半2曲目〈Blue Moon〉の次の〈砂漠の狐〉。これが今回のハイライト。いつもよりゆっくりと、丁寧に歌われる。グレイトフル・デッドもテンポが遅めの時は調子が良いけれど、こういうゆったりしたテンポでかつ緊張感を保つのは簡単ではないだろう。ラスト、ピアノが最低域に沈んでゆくのにぞくぞくする。
エミリー・ディキンスンの詩におふたり各々が曲をつけたのも面白かったが、ラストの立原道造の〈のちの想いに〉に shezoo さんが曲をつけたものが、とりわけ良かった。声がかすれ気味なのが歌にぴったり合っていた。
アンコールの歌謡曲〈星影の小道〉が良かったので、終演後、服部良一の〈昔のあなた〉をリクエストする。雪村いづみがキャラメル・ママをバックに歌った《スーパージェネレーション》で一番好きな曲。歌詞もメロディも雪村の歌唱も、そしてバックも完璧。〈胸の振子〉もいいけれど、このデュオには〈昔のあなた〉の方がなんとなく合う気がする。
このアンコール、ア・カペラで歌いだし、ピアノに替わり、そしてピアノとうたが重なる、そのアレンジに感じ入る。
shezoo さんは以前はインストルメンタルが多かったけれど、ここ数年はシンガーとつるむことが多くなっているのは嬉しい。いいうたい手を紹介してもらえるのもありがたい。願わくは、もっと録音を出してくれますように。配信だけでも。(ゆ)
panpanya と宮田珠巳
10月12日・火
久しぶりに中野に徃き、時間があったのでタコシェに入る。panpanya の単行本が揃っているのに嬉しくなる。そうだ、この人がいたのだ。『楽園』編集長の飯田からデビュー作『蟹に誘われて』を教えられて、面白かった。その頃、東急・田園都市線沿線に住んでいたから、妙にねじれたリアリティもあった。久しぶりの再会で、最新刊『おむすびの転がる町』を買う。それと気になる絵のついたハードカヴァーを平積みしてある。イラスト原画の展示もしている。ついつい買ってしまう。宮田珠巳『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』。絵は網代幸介。版元、大福書林は聞き慣れない。後でサイトを見ると、なるほど変わった本を出している。ここもマイクロ版元で、買切りでやっているのか、カヴァーはない。
##本日のグレイトフル・デッド
10月12日は1968年から1989年まで6本のショウをしている。公式リリースは2本、うち完全版1本。
1. 1968 Avalon Ballroom, San Francisco, CA
3本連続の中日。前半3曲目の〈St. Stephen〉が2015年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。
この時期、ウィアとピグペンをメンバーから外す話がレシュから出ていて、このアヴァロン・ボールルームの3日間にピグペンは不在。しかしこのショウは初期デッドのベストの1本と言われる。
2. 1977 Manor Downs, Austin, TX
予約5ドル、当日6ドル。午後5時開場、午後7時開演。雨天決行。このチケットは珍しく開場時間が書いてある。
ジョニー・ウィンターが前座で、デッドのステージにも殘り、ガルシアとソロをやりあった由。
3. 1981 Olympia Halle, Munich, West Germany
1年に2度めのヨーロッパ・ツアー。25マルク。良いショウだった由。
4. 1983 Madison Square Garden, New York , NY
前日に続く2日目。さらに良かったそうだ。
5. 1984 Augusta Civic Center, Augusta, ME
このヴェニュー2日連続の2日目。どちらも良いショウだったそうだが、こちらの方が《30 Trips Around The Sun》の1本としてリリースされた。12.50ドル。午後8時開演。
この年、デッドは64本のコンサートを行い、125曲を演奏した。主なツアーは3つ。春の中西部、東部、南部(14日間)。夏の西部、中西部、カナダ、西部(22日間)。秋の北東部(17日間)。新曲はいずれもミドランドの〈Don't Need Love〉と〈Tons Of Steel〉。またミドランドがトラフィックの〈Dear Mr Fantasy〉をとりあげ、以後、ショウのハイライトのひとつになる。
ビジネス面では2つ、動きがあった。1つは Rex Foundation の設立。もう1つは Taper's Section の設置。
前者はダニィ・リフキンの発案による自前のチャリティ財団で、バンド・メンバー、東西のプロモーターのビル・グレアムとジョン・シェール、著名なデッドヘッドでプロ・バスケットボールのスター、ビル・ウォルトンなどが評議員となり、コンサートの収益から5,000から10,000ドルを様々な団体、個人に寄付する。間に入るものを省くことで、相手に確実にカネが渡るようにした。
後者は10月27日、Berkeley Community Theatre でのショウから導入された。音響コントロール、サウンドボード席の直後にテーパー用の席を設けた。サウンドボードの前にテーパーたちのマイクが林立してエンジニアの視界を遮ることを防ぐことと、他の客たちとの軋轢を防ぐため。
どちらもデッドが創始したイノベーションではある。こうした決定は全社会議と呼ばれる、バンド・メンバー、クルー、スタッフが集まる会議で決定される。議長はふつうレシュが勤めた。
人事面でもひとつ動きがあった。ロック・スカリーが過度の飲酒でクビになった。かれはメディア担当も兼ねていたので、その不在は人気が高まっていたデッドのメディアとの関係に悪影響をおよぼすことがスタッフから指摘され、ガルシアの推薦で Dennis McNally が専任として加わった。マクナリーはここから始まるパブリシストとしての体験をも大いに組み込んで後に初の信頼できるバンドの伝記を書くことになる。
この年、レーガンが大統領に再選されたことは、デッドとその世界にとっては悪いニュースだった。レーガンはあらゆる点でデッドの対極にいたからだ。しかしそのことがデッドの人気を高めるひとつの要因にもなった。ショウの中は外部世界からの避難所としての役割を増した。デッドとは無関係にレーガンの標榜するアメリカに反発する人は多く、その一部がデッドを「発見」してゆく。デッド世界への圧力はそれまでより高まった。バンドへのプレッシャーは内外から大きくなる。その大部分はガルシアにかかることになる。それに耐えるため、ドラッグの使用量が増える。しかし、音楽面では同じプレッシャーは演奏をドライブし、エネルギーを与え、この年秋のツアーは70年代後半以来のベストとも言われた。
この会場では1979年秋とこの84年秋の合計3回演奏している。公式リリースは今回が初めて。ここは多目的ホールを中心とした複合施設で、メイン・ホールの収容人数は6,777。地元の大学、高校のスポーツをはじめとする競技会が主な使用目的。コンサートにもよく使われているようで、1977年春、プレスリーも公演している。同じ年の夏、ここでの再演が予定されていた前日に死去が発表された。1996年秋、シカゴ・ブルズのスター、デニス・ロドマンがパール・ジャムのコンサートに来てクライマックスでステージにあがり、リード・シンガーのエディー・ヴェダーをおんぶしてステージを歩きまわった。ヴェダーはロドマンの背中でうたい続けた。
メイン州オーガスタは州の南部、大西洋に近い人口2万弱の街。17世紀前半からヨーロッパ人が入植した。北緯42度線より緯度にして2度北。ボストンの北北東250キロ、インターステイト95号線沿いにある。こういうあまり人がいなさそうなところでコンサートがよく行われるのも面白い。
実際、すばらしい出来で、まず選曲が異常。こういう通常のパターンからは外れた選曲の時は、ショウの出来も良いことが多い、とニコラス・メリウェザーは言う。演奏をやめたくない、という気持ちがひしひしと伝わってくる。デッドはとにかく演奏したかったのだ。とりわけこうしてノった時、「オンになった時」はそうだ。前半ラストの〈The Music Never Stopped〉も凄いが、後半2・3曲目〈Lost Sailor> Saint Of Circumstance〉の各々後半のジャムの高揚感には持っていかれる。
〈Space〉はまずガルシアが入り、2つ3つの音を叩くようにしてドラムス、打楽器とからむ。だんだん他のメンバーが入ってきてのジャムがいい。やや軽みのある、蕪村のようなジャム。そして〈Playing In The Band〉 はやはりなかなか本番へ移らない。そしてアカペラ・コーラスの後、また延々とジャムが続き、いつの間にか〈Uncle John's Band〉 に移っている。切れ目なく、〈Morning Dew〉へと突入する。ガルシアのヴォーカルがいつになく良い。声がよく伸びる。この日はこれまでになくいきむが、それも様になっている。ギターも絶好調。この時期、サウンド・エンジニアの Dan Healy はヴォーカルにリヴァーヴをよくかける。この日はウィアが声を嗄らしていて、それをカヴァーする意味もあるのか、少なくとも3分の1は何らかの形でかけている。それが最も効果的なのもこの〈Dew〉。
6. 1989 Meadowlands Arena, East Rutherford , NJ
午後7時半開演。これも良いショウだったそうだ。この頃になるとチケットの贋物問題が大きくなり、印刷にも様々な工夫がされるようになる。
ビショップ『時の他に敵なし』に思うこと
DAP 新作、部厚い二段組の本
ベッシー・スミスの伝記
Jackie Kay という人は現在スコットランドの桂冠詩人で、ベッシー・スミスのこの伝記は1997年初版の再刊。スコットランド人の母、ナイジェリア人の父に1961年に生まれ、誕生と同時にスコットランド人夫婦の養子となる。2歳上の兄も同じ夫婦の養子になっていて、グラスゴーの、周りに自分たち兄妹以外に黒人がまったくいない環境で育つ。12歳の時、父がプレゼントしてくれた2枚組 Any Woman's Blues でスミスの歌に出逢い、生涯の友となる。この出逢いから話は始まる。スミスは別格だった。14歳の時、カウント・ベイシーとともにやってきたエラ・フィッツジェラルドを生で聞いたが、エラの声は娘らしく、くすくす笑っていた。スミスの剥出しの生の声は、それまで存在すら知らなかった場所に引きずりこむ(13pp.)。ジャケットのスミスの写真を見て、自分と同じ色をしていることで黒人としての自覚が目覚める。本人も差別を受けている。
『茶匠と探偵』が『本の雑誌』2020年のSFベスト1位!
わが思い出のSFマガジン
アンディ・アーヴァイン詩集
アウラ @ ハクジュホール、渋谷・富ケ谷、東京
岡大介 第11回木馬亭独演会、浅草
彩 @ ホメリ、四谷三丁目
『アイルランド史』上野格・盛ありさ・勝田俊輔編
いやあ、めでたい。ようやく出てくれました。ほんとはちゃんと全部読んでからレヴューすべきでしょうが、嬉しくて、とにかく紹介だけしときます。安い本ではないけれど、いやしくもアイルランドに関心があるならば、一家に1冊。せめて、地元の図書館には購入希望を出しましょう。
『100年のジャズを聴く』後藤雅洋×村井康司×柳樂光隆
ラルの娘のマリィ Marry Waterson も、母の衣鉢を継ぐうたを作り、うたっていて、嬉しいですが、これは余談。
岡大介独演会@木馬亭、浅草
奈加靖子@楽屋、中目黒
縦書きの重力
とはいえ、少し真剣に文章を書こうとする、たとえばブログの記事を書こうとするとやはり mi を起動する。ふだんボールペンで書いていて、仕事には万年筆を使う。というのに似ていなくもない。しかし一冊の本の翻訳のような長い文章ではなくても、レコードのライナーや雑誌の記事など、4,000字またはそれ以下の文章でも、仕事となるとエディタを使うのは、我ながら何故だろう。
普通に日本語の文章を書くかぎり、文章の入力、編集能力では、DevonTHINK と mi はそれほどの違いはない。カーソル移動もグローバルで設定できる。画面の気分の問題か。
一番の違いはエディタでは縦書きができることだろうか。たとえ最終形態が横組であっても、書くときは縦書きが一番おちつくし、書きやすい。ことばもよく出てくる。文章の不備、改善が必要なところもよくわかる。もう何十年も日本語でも横組の文章を読み、また書いてもきているのだが、とりわけリニアな文章は縦書き、縦組でないとおちつかない。これはもう、個人的な体験というよりは、生まれてこの方、千年にわたって、縦に書かれてきた言語に備わる慣性、重みではないか。もっとも小説家の若い知人は、下書きは横書きで書き、最後に原稿にするときだけ縦にすると言っていたから、縦書きに磁力・重力を感じるのは、やはり字を書く初めが縦だったという世代的なものだろうか。
昔、角川で横組で小説を出したことがあったが、全く売れなかった。今なら商売として成立するだろうか。たとえば村上春樹を横組で出せば、一気に小説も横組に転換するのかもしれない。紙の本は今のSP盤のようなものになるか。
しかし、手で書くときは、縦に書く方が圧倒的に書きやすいように日本語はできている。これが漢字ばかりならば横でもほとんど変わらないだろう。実際中国では新聞も横組だ。ハングルも確か横組主流ではなかったか。漢字やハングルは縦にも横にもできるから横になる。それが、カナ漢字混じり文では、縦の方が楽に書ける。かなの字体がそうできている。縦に書く点で日本語は世界で唯一の言語だろう。
もっとも少なくとも2種類、カタカナを含めれば3種類、さらにアルファベットも数えれば4種類の文字を日常的に使用する点ではまちがいなく世界で唯一つだ。
日本語が大文明を造れなかった理由の一つかもしれない。
文字を書くのが初めから横書きという世代、さらには手で書くことがほとんどなくなる世代にとって、縦書きは我々にとっての候文や擬古文のようなものになるのかもしれない。しかし、我々が年を経るにしたがい、候文や擬古文に郷愁を感じ、あるいは江戸以前の古典、漢文に魅力を感じるように、若い新しい世代も年齡を重ねると縦書きの良さを認めるかもしれない。
外に出ると、スマホの画面で文章を打ちこんでいる姿を圧倒的に多く眼にするにしても、手で何やら書いている人も結構頻繁に見る気もする。文具店の筆記具売り場は相変わらず大きいし、新製品も活発に出ている。必ずしも学生向けだけではない。シャープペンシルもビジネス向きの「高級感」のある製品が必ず出ているようだ。
メモや手帖への書き込み、アイデアの覚書など、パーソナルな筆記にあっても横書きの方が何かと使い勝手が良いことは否めない。しかし、たまに手紙などで縦書きをするときの安堵感、おちつき、しっくりなじむ感覚は、そうした便利さを補って余りある。考えるために書くときは、さらに縦書きが威力を発揮する、ように思われる。
そう、こういう日記も、たまにはエディタで縦書きで書いてみよう。
日本のラテン@いーぐる、四谷
松田美緒『クレオール・ニッポン』リリース記念ライヴ
*2014/12/04(木)19:00開演(18:30開場)*会場:sonorium(ソノリウム・井の頭線永福町駅から徒歩7分)*出演:松田美緒(vo)、鶴来正基(p)、渡辺亮(per)、沢田穣治(b)*料金:前売3500円、当日4000円(全自由席)*チケットご予約:メール(infoアットマークartespublishing.com)または電話(アルテスパブリッシング 03-6805-2886)でご予約のうえ、当日会場でご精算。*チケットご購入:Peatix、イープラスで前売チケットをご購入いただけます。



































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