*《Transatlantic Session 4》のジェイムズ・テイラーが実にいい。ああいう「功成り、名遂げた」人が、こういう何の飾りも誇張もないセッティングにぴたりと溶けこんでいるのを見るのはまことに心地良く、もともとこういう人だったのか、と今さらながらに納得。《IRISH HEARTBEAT》のジャケットで、まったくチーフテンズの一員になりおおせてみせたヴァン・モリソンにも匹敵しよう。
それにしても、アリィ・ベインのフィドルを伴に、せつせつとうたうテイラーの姿を松平さんに見てもらいたかった。
*山本ひろ子『大荒神頌』の末尾近くに登場する「衣那荒神」はおもしろい。
胎児の頭上にあって胎児の生育を覆護する衣那の神とは「宇浮神」であったのです。出産後七歳までは「立増神」「居増神」となり、子供の頭頂に居て日夜大切に衛護するという。「立増」は「造立」、「増進」の義であるとの解釈があることから、子供が発育するために必要な滋養やエネルギーを与え続ける神かもしれません。そして八歳以後は、家の神「守宅神」となり、没後は「霊鬼」となって亡骸を守り、さらに亡骸が朽ち果ててしまったあとは、「塚の神」となって子孫を守るという。
211pp.
こういう「神」はもう独立の「意志」とか「意識」とか呼べるものは持たないだろう。もともとそういうものは人間特有のもので、「神」には無縁、という議論もあろうが、擬人化することでかろうじて「神」を感じ考えてきたわれわれ人間にとっては、この「衣那荒神」のような「在り方」は、およそ「神」らしくない。個人を超え、生きものを超えた存在ではあろうが、いや、「存在」とも呼べないのではないか。むしろ、1個の生命が生まれることによって生じる渦動のようなもの、にもみえる。生命にはどんな小さなものであっても、そうした渦動のような現象が付随して生じ、その生命を守るように働く(ひょっとすると、生命の方が、その現象に付随した副産物なのかもしれない。あるいは共生的な関係かもしれない)。そしてその作用は原因となった個体が死滅したあとも残る。とすれば、どうだろう。
そうした渦動にも似た現象が、無数の生命のそれぞれについて生じ、存続するとすれば、それらが集積し、共鳴・共振して、巨大な作用をおよぼすようになるだろう。「神」とは、その巨大な作用を、人間の無意識、あるいは「第六感」が感知する姿なのかもしれない。
そうした渦動のような、生命に付随して生じる現象が、「暗黒エネルギー」ないし「暗黒物質」となんらかの関りがある。というのは、実に魅力的な妄想ではある。
*ぽかりと時間があいて、久しぶりに書店の文庫棚の前に立つ。岩波に『千字文』があるのを見つけ、思い立って購入。無論、文字と言葉の勉強のため。なにせ「漢字学習の幼学書」(429pp.)として千年からの歴史のある本だ。中国から列島に将来された最初の書物として『論語』とともにあげられているくらいの本でもある。それが事実かどうかはともかく、千年前にすでにシンボルになっていたことが大事。
その昔、営業にいた頃、地方のさる書店の外商販売員との同行販売で旧家を訪ねた折り、応対された刀自が、ご自分の書作品だと言われて千字文を見せてくれたことがある。縦長のそれほど大きくはない紙に小さめの楷書で書かれた文字に見入るうちに、中に吸いこまれるように感じて、背筋がそそけだった。何かの展示会で入賞した作品とのことだったが、書の奥深さを垣間見た想いだった。
注解者の一人、木田章義氏による文庫のための解説に、もう一人の注解者、小川環樹のことを書いて、
「一流の学者というものがどういうものであるかを自分の目で見、感じることができたことは望外の幸運だった」(442pp.)
と述懐している。
念のために記しておけば、小川環樹の兄に貝塚茂樹と湯川秀樹がいる。父・小川琢治は近代日本の地質学の草分け。司馬遼太郎『坂の上の雲』にちらりと出る。
学者かどうかは別として、「一流」の人物を、自分の目で見、感じることができるチャンスに出逢うのは、やはり「望外の幸運」ではある。
この文庫版、1997年初版、精興社の美しい活字と字組みで嬉しい。書体だけでなく、行間隔が絶妙。岩波はなぜ、これを捨てたのか。
*人間集団にとってディアスポラがプラスであるように、個人にとってもディアスポラはいい。というより、今や必要になってきた。
たとえば様々なデータ、メールや住所録や、テキストや写真やスクラップや音楽、動画などなどの、自分用にたくわえたデータを長く保存しようとしたら、ディアスポラが一番「安全」だ。
ハード・ディスクは吹っ飛ぶものだし、CD、DVDなどのディスクに入れておいたって、津波が来れば全部流される。燃えてしまうこともある。放射能で汚染されれば、さわれない。
デジタル・データはクラウド化するのがベストだ。それも、コピーをあちこちに「離散」して置いておく。Apple だっていつ潰れるかわからない。Google だって永続するわけはない。リスク対処の第一歩は分散化だ。データに関して第二歩は重複(冗長)化だ。
地球が潰滅することもありえる。だから、火星にコピーを置く。
そうだ、大きくみれば、文明にとっても「ディアスポラ」は必要だ。地球はあまりに貴重すぎる。コピーを他に作って、リスクを分散しなければならない。だから、宇宙開発は「贅沢」などではありえない。人類存続にとって何より優先すべきものなのだ。月よりも火星探査を優先した ESA も、そこがわかっているのだろう。
*InerBEE で Hook Up が発表した Thunderbolt 対応のオーディオ・インターフェイス Apollo が気になる。これを単なるDAC/ヘッドフォン・アンプとして使うのは贅沢ではあるが、ヘタなオーディオ機器を買うよりずっと安くて、信頼性が高い。当然バランス対応で、性能も音もよさそうだし、Thunderbolt は可能性が大きくて未開拓だからもっと良くなるだろう。サイズもいわゆるラック・サイズで、ひらぺったいから、裸で置いてもそんなに邪魔じゃない。新しもの好きがうずく。