クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

タグ:筆記具

 一家揃って妹の墓参り。ちょうど染井吉野が満開で、「桜の里」という名前の通りの花盛り。よく晴れて墓参りにはちょうどよい。町田駅にもどり、息子推薦の魚定食屋・魚恵に行く。なるほど旨い。



 食べて解散。ロフトを覗き、ジェットストリーム・ライト・タッチ、ブルーブラックの単色ボールペンと先日銀座で長蛇の列のレジに恐れをなして買わなかった Kreid の小さめのノートを買う。ブルーブラックの替芯のケースは空っぽ。念のため訊ねてみるが、在庫無し。


 ブルーブラックのおかげで、今まで見向きもしなかったジェットストリームに俄に関心がわく。油性ボールペンでブルーブラックのインクは初めてかもと検索してみると、ジェットストリームは過去に出していた。この記事によれば2010年頃まではブルーブラックは出ていた。


 パイロットは30年以上前に出したことがある。



 油性ボールペンにブルーブラックが無い理由について、このパイロットの課長は黒との判別が難しいことをあげているが、これではゲルインクにはあって、油性には無いことが説明できない。

 真の理由を勘繰ると、インク原料の性質から、安定した製造が難しいのではないか。ロット毎に色が変わってしまうのでは、レギュラーにできない。1回に作った分だけ売りきる限定版にせざるをえない。

 とはいえジェットストリーム発売当初にはカラーインクとして4、5年の間レギュラー販売していたわけだから、安定製造がまったく不可能なわけでもないだろう。とするとやはり売れなかったのか。

 15年前にはブルーブラックは人気が無かったことはありえる。今世紀に入って四半世紀経つ中で、2010年というのは1つの区切りのような気がしている。そこまではまだ20世紀を引きずっていた。2011年の東日本大震災がきっかけかもしれないが、わが国だけのことでもないような気もする。その2010年以降、ブルーブラックへの嗜好が広がってきたのではないか。サクラクレパスがブルーブラックはじめ、各種の「黒」の使い分けを提唱したボールサイン iD を出すのが2021年。これが定着しているのをみても、ブルーブラックのような「黒系」の色を好む人は増えていると見える。万年筆用インクではブルーブラックは定番で、インク・ブームからブルーブラックへの嗜好が広がったことはありえるだろう。


 町田のロフトではシャープペンシルの棚は軒並現物は無く、製品カードを持っていってレジでの渡しになっている。なっておらず、現物が棚にあるのはファーバーカステルのバリオ。これは銘機なのに人気が無いのか。


 サウンドジュリアの動画で知ったカーラ・ボノフの〈The water is wide〉をあらためて Tidal で聴いてみると、かなり良い。間奏のアコーディオンがちょとやり過ぎだが、後半の男声コーラスにゾクゾクする。セカンド《Restless Nights》のクローザー。

 調べるとこの曲のコーラスはジェイムズ・テイラーとJ. D. サウザーとあるが、後ろのはおそらくサウザーだろう。アコーディオンはガース・ハドソン。バンドから離れてはしゃいだのか。

 アルバムは1979年、ラス・カンケル、リック・マロッタ、ワディ・ワクテル、アンドリュー・ゴールド、ダニー・クーチマーなど、有名どころがずらり。リンドレーまでいる。ボノフの声はわずかに粗さがあり、プロデュースのケニィ・エドワーズはかっちりしたロックの体裁を採用してその声を活かし、シティ・ポップにしていない。70年代の良心を留めた1枚。(ゆ)

 台湾の文具メーカー HAPPYMT の万年筆とインクのセットをクラウドファンディングで支援。もう万年筆はやめようと思っていたのだが、あと1人でプロジェクトが成立になっていたので、これも縁というものだろう、という動機。それに真鍮製ボディというのは気にはなる。


 ここが出してる封蝋のセットはちょと面白い。封蝋の蝋を溶かす仕掛けに趣がある。


##本日のグレイトフル・デッド
 04月09日には1967年から1991年まで9本のショウをしている。公式リリースは無し。

1. 1967 Panhandle, Golden Gate Park, San Francisco, CA
 日曜日。デッドは暇さえあると、ここでフリー・コンサートをしていたと言われるが、なぜ、この日だけ DeadBase XI が掲載されているのかはわからない。昼間はここでやり、夜は次のイベントに出たのだろうか。セット・リスト不明。

2. 1967 Longshoreman's Hall, San Francisco, CA
 日曜日。"Week of the Angry Arts-West Mobilization" "Spring to end the war in Vietnam" を掲げたコンサート。共演 Sopwith Camel、クィックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィス、ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニー、カントリー・ジョー&ザ・フィッシュ。セット・リスト不明。
 Sopwith Camel は1965年、サンフランシスコで結成された5人組バンド。サンフランシスコ出身のバンドでメジャー・レーベルと契約した2番目で、トップ40・ヒットをとばした最初のバンド。バンド名は第一次世界大戦で英空軍が使用した複葉戦闘機の機種名から。スヌーピーが犬小屋の屋根で操縦しているつもりになっている機種で、アメリカ人にはそちらの方で有名ではないか。

3. 1970 Fillmore West, San Francisco, CA
 木曜日。このヴェニュー4日連続の初日。3ドル。この4日間はマイルス・デイヴィスが1時間の演奏をした。マイルスは1ヶ月前にフィルモア・イーストに初出演。フィルモア・ウェストはこれが初登場。Stone The Crows、Clouds 共演。
 デッドは2時間近い一本勝負。後半〈Good Lovin'〉の後、ウィアのアンプが故障し、修理されている間、客席で、ラリった表情の男が立ち上がり、ジューズ・ハープを演奏しながら歌った。その場での即興のように聞えた。終ると警備員が外に連れだした。テープでは〈Cowboy Song〉とされている。
 〈It's A Man's, Man's, Man's World〉が3曲目でデビュー。この年09月18日、フィルモア・イーストまで11回演奏。ジェイムズ・ブラウンの曲。
 Stone The Crows は1969年グラスゴーでマギー・ベルと Les & Alexander Harvey の兄弟を中心に結成されたブルーズ・ロック・バンド。仕掛人はレッド・ツェッペリンのマネージャー Peter Grant。リード・ギタリストのレズ・ハーヴェイが1972年5月のコンサートの折り、ステージ上で感電死したことで知られる。兄のアレクサンダーは後に The Sensational Alex Harvey Band を作る。
 Clouds は1964年にスタートしたスコットランドのトリオらしい。初め The Premiers と名乗り、1-2-3 に改名、さらに Clouds となった。1969年に最初のシングルとアルバムを出した。

4. 1982 Community War Memorial Auditorium, Rochester, NY
 金曜日。9.50ドル。開演8時。

5. 1983 Hampton Coliseum, Hampton, VA
 土曜日。9.50ドル。開演7時半。春のツアーのスタート。良いスタートの由。この年は3月下旬、いきなりアリゾナ、ネヴァダで始め、サンフランシスコで三連荘のあと、1週間余り置いて、ここから04月26日フィラデルフィアまで、南部、東部を回る。

6. 1987 UIC Pavilion, University of Illinois, Chicago, IL
 木曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。開演7時半。

7. 1988 The Centrum, Worcester, MA
 土曜日。このヴェニュー3日連続のランの楽日。開演7時半。WCUW で FM放送された。

8. 1989 Freedom Hall, Louisville, KY
 日曜日。開演7時半。この街にちなんで〈Louie Louie〉をミドランドが "Louie-ville Louie-ville" と歌って、客席が湧いた。

9. 1991 Orlando Arena, Orlando, FL
 火曜日。このヴェニュー3日連続の楽日。21.50ドル。開演7時半。ブルース・ホーンスビィ参加。(ゆ)

1115日・月

 ハイタイドのオンラインストアでふと目についた HMM Pencil を注文。こういう、良さげなシャープペンシルを見ると、むらむらと買ってしまう。こないだ、Kickstarter Wingback のものを手に入れて、気に入っていて、もうこれで打ち止め、と思ったのだが、やはりダメ。これが 0.5 だったら買わないところだが、おあつらえ向きに 0.7 なのだった。やはりハイタイドが出しているドラフト・ペンシルにも惹かれるが、0.5 だったので買わずにすむ。

 これも台湾製。台湾製の文房具が目につくなあ。
 


##本日のグレイトフル・デッド

 1115日には1969年から1987年まで4本のショウをしている。公式リリースは2本。


1. 1969 Lanai Theater, Crockett, CA

 Moratorium Day として知られるこの日のワシントン、D..でのベトナム反対大規模デモのための資金集め。休憩無しに2時間超演奏している。

 会場は685席の元映画館。1913年にオープン、1951年にラナイ劇場と改称。少なくとも1958年まで映画館として使用され、後、ライブハウスとなった。ここではこの1回のみ。

 クロケットはサンフランシスコ湾の北のサンパブロ湾東岸、オークランドからバークリー、リッチモンドと北上して、サンパブロ湾から東に伸びるカルキネス海峡の南側。


2. 1971 Austin Memorial Auditorium, Austin, TX

 開演午後8時。ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ前座。

 《Road Trips, Vol. 3, No. 2》で全体がリリースされた。後半ラスト〈Not Fade Away> Goin' Down The Road Feeling Bad> Not Fade Away〉のシークエンスが聞きどころ。71年版から72年版へ移ってゆくのが面白い、と言われる。

 《Road Trips》のシリーズは一連の複数のショウのハイライトを収録して、ランと呼ばれる一群のショウ全体像を提示しようという試みだったが、評判は悪く、売行もよくなかった。デッドヘッドはテープで1本のショウ全体を聴くのを好んだし、この前の《Dick's Picks》のシリーズは1本のショウ全体をリリースする方針だったから、失望されたのだろう。結局、1本のショウ全体をリリースする形になってゆく。


3. 1972 Oklahoma City Music Hall, Oklahoma City, OK

 後半5曲目〈Playing In The Band〉、8曲目〈Wharf Rat〉、10〜ラスト〈Not Fade Away> Goin' Down The Road Feeling Bad> Not Fade Away〉が《Dave’s Picks, Vol. 11》で、後半4曲目〈Brokedown Palace〉が昨年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。〈Wharf Rat〉は今年の《30 Days Of Dead》でもリリースされている。計6曲リリースされたことになる。

 30分を超える〈Playing In The Band〉がまずハイライト。30分間、バンド全員が一瞬たりともダレた音を出さない。緊張と弛緩の同居する集団即興が続く。ベスト・ヴァージョンの1本。最後にウィアが Thank you. Wharf Rat〉も、その後もすばらしい。まるでジャズの〈Not Fade Away〉から、だんだんスピードが速くなるロックンロール〈Goin' Down The Road Feeling Bad〉がコーダでぴたりと収まって、レシュのベース一発で〈Not Fade Away〉にぱっと戻る。今度はウィアがコーラスを繰返す。そこにガルシアがギターをかぶせて、エンディング。このエンディングだけで1分近くやる。

 こういうショウを連日やっていたこの年はやはりピークだ。全体を出さないのはテープの損傷か。せめて後半だけでも、全体の公式リリースが欲しい。録音はアウズレィ・スタンリィで、クリアそのもの。


4. 1987 Long Beach Arena, Long Beach, CA

 開演6時。日曜日のせいか、珍しく早い。

 この年ベストのショウの一つ、らしい。アンコールのハンター&ガルシアの後期の傑作〈Black Mudyy River〉は、デビューからちょうど1年経ち、最初の決定的演奏のようだ。(ゆ)


4月22日・木

 FiiO M11 Plus LTD が予告される。5月だそうだ。バランスのラインアウトが着いただけでも、こいつは買い。それだけが不満だったから。ただ、サイトには AirPlay 対応が書いていない。ストリーミングを売物にするなら当然対応してるはずだが。本家サイトには次のフラッグシップの M17 も出ている。7月予定。今度は THX-788-PRO を装備しているが、DAC チップが ESS9038PRO なのがなあ。まあ、値段からいっても、M11 Plus 狙いではある。M11 Pro 下取りに出していくらつくか。


 Jenny Sturgeon の Bandcamp の情報から Simon Gall, Jonny Hardie の Clype を All Celtic Music のサイトで購入。ファイルのみ。何の情報もない。このアルバム、Music Scotland には無い。配信のみは扱わないのか。Sound Cloud にページがあり、少し情報がわかる。'clype' とはスコットランド方言で「告げ口」、から「根も葉もない噂」さらに「たわいのない話」という意味。

 All Celtic Music はアイリッシュもうたっているが、メインはスコットランドらしい。


 インターバル速歩は結構効く。帰ってきてしばらくはものの役に立たない。週4回がノルマで今週は消化。週4日以上なので、まだやった方がいいだろう。ゆっくり歩きでも大股をキープするのができてない。速歩の3分の後はへろへろになる。そこをちゃんと歩かなくてはならない。


 サクラクレパスの Ballsign ID 0.5 のブルーブラックを1本使いきる。二度と使う気はない。軸は太く、2ヶ所平坦になっているが、握りにくい。平坦部分を握っても定まらない。全体に軽すぎ。毎回、書きだしてしばらくは字が定まらない。B5のルーズリーフを原稿に使っているが、1枚書きおわる頃、ようやく軽さに慣れて、字が定まってくる。ペン先も細すぎる。初めはかなり紙につっかかった。インクの色はブルーブラックとはいうものの、ブラックに近い。青みがほとんどわからない。これも書いていてつまらない。


 Penguin のニュースレターの特集作家 Jay Griffith が面白そうなので、調べると『《まるい時間》を生きる女、《まっすぐな時間》を生きる男』がなんと浅倉さんの訳で飛鳥新社から出ていた。おそらくデビュー作の Pip Pip, 1999 ではないか。国会図書館のサイトでは原題が出てこない。
 本によってまったくかけ離れたテーマをとりあげていて、このデビュー作は時間感覚、次の Wild は世界中の先住民族の生活と文化、A Love Letter From Stray Moon はフリーダ・カーロの伝記小説、Kith は幼児期体験、Tristimania は躁鬱病。最新作の Why Rebel は Extinction Rebellion を中心としたエッセイ集。2019年の Extinction Rebellion のオクスフォード・サーカスの座り込みに参加して逮捕され、昨年2月の公判ではその被告証言で裁判官を感動させ、有罪宣告をしないわけにはいかないが、まことに気が進まない、あなたたちの運動は成功しなければならない、と言わせた。

 何より文章がいいらしい。まずは浅倉さんの訳が楽しみ。(ゆ)



 消せるボールペンが嫌いだ。ボールペンは消せないところがよいのだ。書いた文字が消えてしまってはボールペンでは無い。

 それ以外の筆記具は好きだ。万年筆、つけペン、鉛筆、シャープ、芯ホルダー、クレヨン、筆、チョーク、木炭。ボールペンだって、消せないものは嫌いではない。ゲルインクもいい。ガラスペンはまだ試したことがない。

 日本語は手書きがベストだ。3種類の文字を使い、その混合の仕方も、一定の原則はあるとはいえ、事実上、規則は無い。すべての文字をひらがなだけで書いても、カタカナとひらがなを1字ずつ交互に書いても、あるいは万葉仮名のように漢字だけで書いてもかまわない。こういうテキストを書くのに、AIがどんなに発達しようが、予測は不器用すぎる。勝手気儘に、勝手きままに、かって気儘に書く書き手の気まぐれの予測は不可能だ。

 この文章は Mac 上のテキスト・エディタ miAquaSKK のインプット・メソッドで書いている。AquaSKK は SKK の macos 版だ。SKK は予測をしない。漢字とかなの区別は書き手が意図的に指定する。shift キーを押しながらアルファベットを押すと、そこから始まる文字は漢字になる。漢字の終りすなわち送り仮名の開始も同様に指定できる。後は同音異義語の候補を選択するだけだ。辞書への登録もその場で、別ウィンドウなどは開かず、テキストの上でしてしまう。日本語インプット・メソッドの中では手書きに最も近い使用感を備える。

 それでも手書きにはかなわない。書くスピードも手書きにはかなわない。デジタル・テキストが手書きに優るのは、書いたものを編集する時だ。書きなおし、改訂、順序の入替えなどについては、手書きはデジタルの敵ではない。だから、書く時は手書きでも、仕上げはデジタルになる。

 アリエット・ド・ボダール『茶匠と探偵』邦訳の初稿は手書きで書いた。もともと、翻訳の初稿は手書きが多い。紙はなんでもいい。そこらにあるものを使う。原稿用紙、チラシの裏、前の本のゲラの裏、とにかく空白で、書ける紙ならば何でもいい。筆記具もその時々の気分で選ぶ。今日は万年筆、明日はシャープペンシル、明後日はゲルインク。章が変わると書く道具も変えてみる。時には1枚の紙ごとに変えてみる。

 それでも贔屓はあって、シャープペンシルを偏愛している。それも芯径0.7mmのもの。舶来の製品にはこの芯径が多い。国産は0.5mmがほとんどだ。ペンテルの Smash は銘機として名高いが、0.7mm は廃番になってしまった。『茶匠と探偵』でも、初めはいろいろ使っていたのだが、だんだんシャープペンシルが多くなり、最後は1機種に絞られた。無印良品の「ABS樹脂最後の1mmまで書けるシャープペン」だ。ツラが気に入って、つまり外観に惹かれて買った。これで 0.7mm があれば最強、他のものはもう要らないレベル。手にぴったりとなじみ、いくら書いても疲れない。良い筆記具は書く文字も綺麗に見える。このシャープペンシルで書く文字は、自分史上最高に美しい。そして、できてくる翻訳文も良くなってくるように思われる。『東京人』の特集で川崎和男は「手の起電力が脳から発想を引き出す」という。手で書くことで、脳が動きだすことは実感する。もう1つ、脳がよく動くのは歩くことだが、歩きながら翻訳はあたしにはできない。数ある翻訳者の中には、歩きながら原文を読み、口述翻訳して録音する人もいるかもしれない。あたしはせいぜい、手で書くことで脳を活性化する。

 だけではたぶん無い。翻訳は脳だけでやるわけではない。全身を使う作業だ。肉体労働なのだ。翻訳の前の本を読むことからして、肉体労働、全身を使う作業だ。翻訳はこれに手書きが加わる。手で文字を綴ることは、眼と手だけの作業ではない。

 筆記具は水物だ。イヤフォン以上に水物だ。イヤフォンは音が出るだけで、こちらから何か働きかけるわけではない。筆記具はそれだけではタダのモノだ。こちらが握り、何かを書きだして初めて筆記具となる。だから、同じ筆記具を使っても、人によって使用感が異なる。同じペンをある人は銘機といい、別の人はゴミというだけではない。同じ人間が、時と場合によって筆記具の使用感が変わる。昨日、最高に書きやすかった筆記具が、今日はどうやってもうまく書けないこともある。かつてプラチナの製図用 Pro-Use、短かい方だ、あれの0.7に惚れこんだ。もう夢中になっていくらでも書けた。それが、何かの事情でしばらく使わずにいて、ある日、手にとるとダメなのである。どうやってもあのフィット感がもどってこない。それでも、他のものに比べれば書きやすいことは確かだが、まるで自分の手の延長に思えた感覚は消えていた。今度の無印良品ABS樹脂のシャープペンシルではその感覚だった。並べてみると長さもほぼ同じ。重さはABS自死とアルミでだいぶ違う。

 『茶匠と探偵』初稿を手書きで書こうと決めたのは、著者が万年筆マニアであることが理由の1つだ。著者は原稿は手書きではないという。本職はソフトウェア・エンジニアだし、手書きよりもキーボードを打つ方がはるかに楽だろう。それでも、原稿になる前のアイデア出しとメモ、ブレーンストーミングでは万年筆とインクを使っているそうだ。


 ケイト・ウィルヘルムはリング・ノートにボールペンで書いている写真がある。

kw+note+pen

 サミュエル・ディレーニィの自宅の朝食のテーブルにはノートとボールペンが載っていた。

20180907 A writer's kitchen table in a septembre morning

 Paul Park は1983年にマンハッタンのアパートと職を捨ててアジアへの旅に出た。ヒマラヤをトレッキングし、インド、ビルマ、ネパール、それに東南アジアを回った。最初の長篇 "Soldiers Of Paradise" (1987) はその旅の途中、ラジャスタンから黄金の三角地帯にいたる、あるいはマンダレーからジョクジャカルタまでの、安ホテルや借り部屋で、ノートやメモの切れ端に書かれた。当然手書きだ。宇野千代は『東京人』の特集でも宣伝されている三菱鉛筆の uni で書いた。初めは2Bを使っていたのが、年をとるに連れて濃く柔かくなり、最後は6Bだったそうだ。名著『森のイングランド』を川崎寿彦は鉛筆で書いた。
 『東京人』の特集で林真理子は文学賞に応募してくる作品が長くなる傾向を認めている。不要な描写が多いと言うが、手書きでは節約しなければならない体力も、キーボードを叩くためには浪費できるのは事実だ。もっとも、漢文あるいは漢字かな混じり文を書くのと、アルファベットだけを書くのとでは、同じ手書きでも必要なエネルギーが異なるのか。ギボンもディケンズもバルザックもドストエフスキィもトルストイも、プルーストですら手書きであの厖大な著作を残した。日本語で2,000枚は超大作だが、英語圏のエンタテインメント、とりわけエピック・ファンタジィではほぼ同じ分量である20万語が今やデフォルトの長さといっていい。しかしそこに「不要な」描写、叙述は無い。異質な世界、現実にはありえない世界を、十分なリアリティをもって構築するには、微に入り、細を穿った描写、記述が必要なのだ。

 『茶匠と探偵』はそんなに長くない。9本合計で75,700語。邦訳原稿は580枚弱になった。良質の短篇集は数冊の長篇に匹敵する、とは筒井康隆の名言だが、この本にまさにあてはまる。手書きで書いた初稿を改訂しながら、Mac に打込む。Mac でも縦組みで書き、編集印刷するのは簡単になった。今回は復活した ezword Universal を使った。インプット・メソッドはむろん AquaSKK だ。打込んだものをプリント・アウトしてさらに改訂し、それに従ってデジタル・テキストを修正する。そういう作業を繰返して原稿を完成する。もちろん、編集者や校正者とのやりとりで、さらに改訂することになるわけだが、それをやるにしても、まずは土台を固めておかねばならない。もうこれ以上改訂しても良くはならないところまで持っていっておかなくてはならない。より正確に言えば、これ以上改訂しても、良くなったのか、変わらないのか、悪くなったのか、判断できなくなるところまで持っていっておかねばならない。

 改訂の作業は面白くない。翻訳で一番面白いのは、やはり最初の、まずヨコのものをタテにしてゆくところだ。そして、ここは手書きでやるのが一番面白い。鉛筆やシャープペンシルを使うときでも、消しゴムは使わない。どんどん線で消し、その横に新たに書きこみ、さらに別のところに書いた文章をそこに線ではめ込み、それが重なって、どこからどこへどうつながるのか、わからなくなることもある。1段落全体に×をつけて、新たにやりだすこともたまにある。

 『東京人』の特集を眺めながら、やはり手書きは基本、文章を書くことの一番下の土台だと思いなおす。これからも翻訳の初稿は手書きでやろう。筆記具は新しいものが続々と出る。気に入らないものの方が多いが、時々、ピンとくるものがある。三菱 uni EMOTT には久しぶりにときめいた。『東京人』を本屋で買って、昼飯を食べながら眼を通し、帰りに文房具屋で、とりあえずブルーとレッドを買った。(ゆ)

茶匠と探偵
アリエット・ド・ボダール
竹書房
2019-11-28


神無月■日
 スコットランドの Shooglenihty のフィドラー、Angus Grant 死去。ジョン・マカスカーやエイダン・オルーク、ダンカン・チザムと並んで、前世紀末からスコティッシュ・ミュージックを盛り上げたフィドラーの一人ではある。バンド自体はそれほど好きというわけではないが、この人のフィドルは結構好きだった。公式 Facebook ではずっとそれに関連する記事ばかり。来年の Celtic Connection では追悼する日が設けられるとも発表された。


神無月●日
 昔の日本のデッド・ヘッドは「デッド教徒」だったという話。デッド以外聴こうともしない。デッドの音楽以外のものに関心がなかった、という。しかし、それではデッドの音楽をどこまで味わえたのだろう。アメリカにいればデッドと共有する文化は普通にあり、デッドの音楽の土台は否応なく入ってきただろう。

 しかし、そこから遙か遠いこの国では、意識して探索しなければ、そういう音楽と深いところではつながるが、一見関係のない知識を採り入れることはまったく不可能とは言わぬまでも、ひどく難しかっただろう。と、アイリッシュをはじめとするヨーロッパの伝統音楽を「食べて」いた身としては想像がつく。そして、そうした音楽以外の文化の知識は、デッドがやっていることを、その現場から遠く離れたところで適確に聞き取るのに不可欠だったはずだ、とも想像がつく。

 デッドの音楽を生み出しているものへの関心が無かったのだろうか。ガルシアは映画狂で、狂に近い読書家だった。それもコミックスから哲学書まで、幅広く読んでいた。サイエンス・フィクションも大量に読んでいた。そしてかれはなによりも画家でもあった。他のメンバーにしても、音楽だけでなく、幅広い対象に旺盛な好奇心を燃やしていた。というような話は、当時は入ってこなかったのか。

 あなたのような音楽をやりたいと思ってあなたの音楽をコピーしていると言ったファンに、ディランは答えた。
 「ちがう、ちがう、それじゃだめだ。俺のようになりたかったら、俺が真似した連中を真似することだ」

 この話がどこまで本当かは知らないが、真実は突いている。デッドのような、多様な要素が複雑にからみあっている音楽の核心を掴もうと思ったら、デッドだけ聴いていてはできない。デッドのルーツまで降りて、あるいは遡って、たどりなおさなくてはならない。

 そしてこのことは、わが国でアイリッシュ・ミュージックをやっている人びとにも当てはまる。


神無月*日
 吉行淳之介『夢の車輪』読了。出たときに買ったまま積読となり、さらに山の底に埋もれていた。クレーの絵に触発された夢の話。絵と話は直接のつながりはない。その距離のある話と絵の共振がつくる雰囲気がいい。個々の話は短篇というよりはスケッチであり、文字通り、夢を書きとめたものでもある。未完成な、生の素材のままごろりと放りだされている。この素材、コトバと絵とのふたつの素材をどう料理するかは読者にまかされる。巻末の解題までも夢のなかでのことに思える。クレーそのものも夢。この世は夢。

 JOM でジャズ・ギターの Louis Stewart の追悼記事。ジョージ・シアリングとのトリオがどうやら一番有名らしい。アイルランドのジャズ・ミュージシャンとして、初めて名を成した人の由。シアリングのトリオの音源は1970年代後半、ドイツで出たもので、後に《The MPS Trio Sessions》として未発表のものも含めて復刻されている。聴いてみるとなるほどなかなか面白い。アイルランドにはなぜかジャズで抜きんでた人がいない、と思っていたが、なるほどこういう人がいたのか。演奏に特にアイルランド的なものが聞えるわけではないが、優れたミュージシャンではある。この人の後を追って、アイルランド人ジャズ・ミュージシャンが何人も国際的舞台で活躍していると、自身ベーシストである、この記事の著者は言う。スーザン・マキュオンのパートナーのベーシスト Lindsey Horner もアイルランド人だった。ちょいと気をつけてみよう。


神無月※日
 マン島のMec Lir のサイトで CD を注文。ケープ・ブレトンで聴いたトムのフィドルは良かった。

 やってきた CD でフィドルのトムの姓が Collister であるのを見てようやく思い出した。クリスティン・コリスターがいたではないか。普通のアルトよりもさらに低い声は、イングランドやアイルランドのフォーク・シンガーには珍しくないのだが、クリスティンの声の艶かしさは、他ではほとんど聴いたことがない。その声を生んでいたものの、少なくとも一部、それも重要な一部はマン島の風土だったはずだ。その艶はリンダ・トンプソンのものに近いようでもあるが、クリスティンには不思議な明るさがある。翳りも含んだその明るさが、どこまでも昏いクライヴ・グレグスンのうたとギターと戯れあうところに、グレグスン&コリスターというデュオの魅力があった。ファーストではぴったりと合っていた二人の間がだんだんに離れてゆき、最後の5作目では正反対の方向を向いて拮抗している。その変化もまたなんとも興味深い。公式サイトを見ると元気なようだ。また、聴いてみよう。

 Claddagh に CD を注文。Neillidh Boyle の集成が出ていたのには興奮した。20世紀初めのフィドラーの中では一番好きな人。といってもコンピレーションに入っている1、2曲を聴いているだけなので、まとめて聴けるのは嬉しい。とにかく型破りの人だが、他の録音はどうか。下北沢 B&B でやっているアイリッシュの楽器講座のフィドルの回にも紹介できるだろう。他の注文はうたものが中心でフランク・ハートの遺作(?)、ラサリーナ・ニ・ホニーラ久しぶりの新作とクリスティ・ムーアの新作、Saileog Ni Cheannabhain の2枚など。

 HMV にディランのブートレグ・シリーズ 11 Complete Basement Tapes を注文。出ていたのを見逃していた。ついでに Fay Hield9Bachキャスリン・ティッケルの新作も。そろそろ今年のベスト10を数える時期だが、このあたりは入ってくるはず。入選確実はスナーキー・パピーの《2015 WORLD TOUR BOX》と グレイトフル・デッドへの巨大なトリビュート《DAY OF THE DEAD》。日本勢は沢山出て、まだジョンジョンフェスティバルの新作など控えていて、選ぶのに苦労しそうだ。


神無月△日
 スリープから復帰すると、アプリの切替にひどく時間がかかる。どうやら Hey Siri で Siri を起動する設定にしたところがあやしいのでアクセシビリティの該当項目をオフにする。これだけではメニューバーのアクセシビリティが消えず、レインボウ・カーソルがくるくる廻るだけなので再起動。やはり MacBook 12inch では非力のようだ。


神無月□日
 Tor.com の短篇配信。Margaret Killjoy は genderqueer ということで、写真を見ると男性だが、ジェンダーを明らかにしないスタンス。こういう人物の人称代名詞は they で受ける。なるほどジェンダーの無い三人称代名詞はこれしかない。将来 they の単数形ができるだろうか。しかし新しくできる語彙は名詞、動詞、形容詞、感嘆詞などで、代名詞や前置詞はまだ無い。できたならば、言語としては大革命かもしれない。

 ひるがえって日本語ではどうだろう。「この人」「あの人」でOKか。人称代名詞を使わないことも可能だし、その方が自然にもなる。つまり日本語は英語よりもジェンダーの別をつけない、ということか。しかし一人称や二人称では英語よりも語彙が豊冨になる。英語の一人称、二人称にはジェンダーの別は無い。日本語においてジェンダーを明らかにしなければならないのは、目の前にいる相手に対してであって、第三者に対してはどちらでもかまわない。すると、日本語において、目の前にいる相手に対して、ジェンダーを明らかにしないようにするにはどうすればいいのか。


神無月◯日
 久しぶりに神保町に行く。書泉のブックマートが靴屋になっている。ショック。その一方で小学館が本社ビルを建てかえて、完成間近。旧社屋は『オバケのQ太郎』の大ヒットのおかげで建てたと言われて「オバQビル」と呼ばれた。今度は何なのだろう。そういえば角川も飯田橋にいくつもビルを建てていた。本郷のビルは放置しているらしいのは余裕か。

 と思ったら、角川、じゃない KADOKAWA は、全ての機能を所沢に集めようとしていると聞く。編集とか営業とかも遠隔操作でやるのだろうか。


神無月×日
 カナダに持っていった BiC ReAction Gel を羽田から家までのどこかで落としたらしく、廃番になっているので、あちこち探しまわるが、見つからない。と思っていたら2本買ってあったらしく、もう1本出てきてほっとする。この太さがいい。こういう太いものは国産では無い。かつてトンボが Zoom シリーズで出した Oceano がやはり太くて、書きやすく、マット仕上げの表面がつるつるになるまでシャープペンシルを使いこんだ。ビックのリアクションは、内部のスプリングによって紙面からの反発を軽減し、疲労を軽くする、というのだが、それだけでなく、太い軸は長時間集中しても疲れがない。カナダからの帰り際、トロントの空港での待ち時間に3日分の日記を3時間くらいで一気に書いたときも、手はまったくくたびれなかった。もう一つ、先端のキャップが金属製なのもグッド。

 ビックのサイトを見ると、Select というシリーズの 3 Grip がまた太くて具合が良さそうなのだが、ヨーロッパだけで売っているようだ。ビック・ジャパンが国内で売っているのは、ビックの筆記具の中でもごく一部だ。販売地域がアジアとなっているものでも扱っていない。

 ビックの Global サイトにはかなりの種類の筆記具があり、眺めているとコレクションしたくなってくる。一つひとつは安いが、完璧に揃えるのは結構たいへんそうだ。

 最近の筆記具のヒットは何といっても ロディア スクリプト シャープペン。新宿のハンズで見つけて、メタリック・オレンジの色合いの良さと金属製の姿に惹かれて買ってみたが、実に気持ち良く書ける。細身に見えるが、細すぎず、重くも軽くもなくて、まず手にしっくりくる。これで0.7ミリがあればとは思うが、まあ文句はない。筆記具専門メーカーではないから、ちょっと驚いた。


神無月&日
 こないだ Claddagh にCDを注文したばかりだが、またあれこれ出す。今度は12月のアイリッシュ・ハープ講座のための資料。まあ、泥縄だ。知らない、聴いたことのない人のものばかり選んだが、それでも10枚ほどになる。ハープもフルートと同じで、演奏者が増えているようだ。昔デュオの録音を楽しく聴いたアン=マリー・オファレルとコーマック・デ・バラは、各々のソロ、デュオともたくさん出ているが、今回はパス。


神無月▽日
 Apple 謹製の Lightning > ミニ・プラグ・アダプタは結構音が良い。と思っていたら、ささきさんが突っ込んだ記事を書いてくれた。

 理屈はこういうことだが、この音が千円でお釣りが来る「投資」で得られるのは嬉しい。ヘッドフォン祭でも iPhone のヘッドフォン・ジャックをソースにして試聴する人は意外に多いが、これをかますだけでもオーディオ・ライフは楽しくなる。デジタルとはこういう風に使えるもんなのだのう。あとはCDをちゃんとリッピングして、音のいいプレーヤー・アプリを使えば、モバイル・オーディオを本格的に楽しむためのソースとしての土台はできる。

 もっとも、それよりもネット上の音源、YouTube や SoundCloud などで音楽を聴くという、圧倒的に多いだろうリスナーにはありがたいものになる。そういう意味でも、やっぱり iPad 用だよなあ。(ゆ)

    本日は本誌4月通常号の配信日ですが、諸般の事情により、1日遅れます。乞うご容赦。


    ちょっと余談。
   
    もう10年前でしょうか。ダイヤルQ2という電話サーヴィスがありました。インターネット前夜だったかな。どういうサーヴィスかももう忘れてますが、今でいう出会い系が大挙進出して、多額の電話代を請求するというのでポシャったのではなかったか。と思ったら、無くなったわけではないらしいですね。
   
    その出会い系のひとつ Valentine Call という名前の入った黄色いボールペンが手元にあります。数本手に入ったうちの最後の一本。どこでもらったのかはすでに歴史の霧の彼方ですが、これが今にいたるも残っていたのは、なんとも書き味が良いためです。それはもう、ヘタな高級ボールペンもかないません。握りとペン先の滑かさとのバランスがすばらしい。ひょっとすると、たまたま一本もらって、あまりの書き味の良さに、さらに数本、ねだった可能性もあります。この宣伝用ボールペンの書き味の良さは作家の笹本祐一氏も認めていて、ずいぶん前ですが、ふたりで盛りあがったことがありました。
   
    当然、既製品に名入れしたもののはずですが、元の製品がわかりませんでした。国産ではなかろうとは思われました。キャップのデザインといい、キャップをはずして現われる部分の細工のスマートさといい、ヨーロッパのものであることはまずまちがいありません。軸の名入れの一角には MALAYSIA の文字がありますから、名入れ自体はそこでやったのでしょうが、ボールペン本体の製造はともかく、設計はマレーシアのものとも思えません。
   
    今よく見ると、キャップの縁に白鳥のマークがレリーフになっています。これは削りでもしなければとれませんから、そのままになったのでしょう。それにしても、このマークにはつい先ほどまで、まったく気がつきませんでした。
   
    それでですね、先日、新宿の東急ハンズでボールペンを物色していて、スタビロのコーナーをなにげなく見たときです。をを、あれはひょっとして……まちがいない!
   
    スタビロの一番安い80円のボールペン Liner 808 だったのです。キャップの白鳥は Schwann-Stabilo の「スワン」でした。軸の材質も同じ。色が違うだけ。ブルーを買いましたが、紺に近いシックな色。対して配布物のほうは、まさに広告主の性格を正確に反映した品のないイエロー。
   
    いやもう、長年の謎が解けて、爽快な気分です。
   
    それにしても、スタビロはマーカー、ハイライターのメーカーと思ってましたが、こんなすばらしい製品も出していたのですね。これは他のボールペン製品も気になってきます。土曜日は近くまでいったので、ニコタマのエトランジェ・ディ・コスタリカに行って、スタビロの CULT pureCULTジェルローラーボールpointViscoColor Gel などを買ってきました。さて、これらの使い心地はどうでしょうか。(ゆ)

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