1009日・土

 shezoo さんが猛烈に誘うので「音楽×空間 第3回公演」に、原宿に出かける。いやもう、確かにこれは聴けたのはありがたい。また一人、追っかける対象が増えた。

 この企画は作曲家の笠松泰洋氏が高橋、shezoo デュオのライヴを見て、自分の曲も歌ってほしいともちかけて始まった由。笠松氏もオーボエ始め、各種リード楽器で参加する。細かいフレーズは吹かず、ドローンや、ゆったりしてシンプルなメロディを奏でる。曲によっては即興もされていたようだ。shezoo さんの〈Moons〉ではピアノのイントロの後、メロディを吹いた。

 とにかく何といっても高橋さんの声である。みっちりと身の詰まった、空間を穿ちながら、同時に満たしてくる声。一方で、小さく細く延ばすときでさえ、倍音が響き、そしてサステイン、という言葉を人間の声に使ってもかまわなければ、サステインがおそろしく長い。音域も広く、音量の幅も大きく、会場一杯に朗々と響きわたるものから、聞えるか聞えないかの囁き声まで、自由自在に操る。その声で歌われると、〈Moons〉のような聞き慣れた曲がまるで別の様相を現す。

 専門はバロック、古楽の歌とのことで、オープニングはヒルデガルド・フォン・ビンゲンの曲から shezoo さんの〈Dies irae〉の一つ(どれかはすぐにはわからん)、そして笠松氏の〈Lacrimosa dies illa〉をメドレーで続ける。というのは、説明され、プログラムにあるので、ああ、そうなのかと思うが、後はもうまったく夢の世界。歌とピアノ、それにご自分では「ヘタ」と言われる割には確かな笠松氏のリードが織りなす音楽に聴きほれる。

 shezoo さんのピアノの音がまた尋常ではない。あそこのピアノは古いタイプの復元で、弾きやすいものではないそうだが、音のふくらみが聴いたことのない類。高橋さんの声に拮抗できるだけの実を備えている。ピアノもまた朗々と歌っている。ピアノ自身が天然の増幅装置になって大きな音はまさに怒りの日のごとく、小さな音はどこまでも可憐にささやく。

 会場にも来ておられた岩切正一郎氏の詩に笠松氏が曲をつけた3曲、しかも1曲は世界初演というプログラムとこれに続く〈Moons〉が後半のハイライト。岩切氏の詩は気になる。全体を読んでみたい。日本語の現代詩、口語の詩は、韻文としては圧倒的に不利だが、歌にうたわれることで、別の命を獲得することは体験している。そのもう一つの実例になるだろう。

 〈Moons〉のイントロはまた変わっている。訊いたら、先日のエアジンでの10人のシンガーとの共演の際、全員がこの歌をうたい、そのため、全てのイントロを各々に変えたのだそうだ。ちょっと凄い。この歌だけで1枚、アルバムをぜひ作って欲しい。一つの歌を10人の別々のシンガーが歌うなんて、まず他にはできないだろう。スタジオに入るのが無理なら、ライヴ録音はいかが。今のエアジンの体制なら可能ではないか。

 しかし、本当に夢のような時間。人間の声の魅力をあらためて思い知らされる。歌にはパワーがある。ありがたや、ありがたや。

 今日の14時から音降りそそぐ 武蔵ホール(西武池袋線武蔵藤沢駅前)で、同じ公演がある。


 徃きのバス、電車の中で借りてきたばかりのヤコブ・ヴェゲリウス『曲芸師ハリドン』を一気に読む。このタイトルはしかし、原著の意図を裏切る。話はシンプルだが、奥はなかなか深い。それに、海の匂いと乾いた文章は魅力的。そしてハリドンがやはりあたりまえの存在ではないことが最後にはっきりするところはスリリング。これなら他も愉しみだ。
 

曲芸師ハリドン
ヤコブ ヴェゲリウス
あすなろ書房
2007-08T


 帰り、ロマンスカーの中でデッドを聴くが、A4000の音が良い。すんばらしく良い。ヴォーカルが前面に出て、生々しい。をを、ガルシアがウィアがそこに立って歌っている。全体にクリアで見通しが良く、にじみもない。聴いていてわくわくしてくる。音楽を心底愉しめると同時に、ああ、いい音で聴いてるなあ、という実感がわく。ここは A8000と同じだ。うーむ、エージング恐るべし。

 それにしても、FiiO FD7 は「ピュア・ベリリウム・ドライバー」、A8000は「トゥルー・ベリリウム・ドライバー」。どう違うのだ。というより、それが音の違いにどう出ているのか。もちろん、音は素材だけでは決まらないが、うー、聞き比べたくなってくる。それもこの場合、店頭試聴ではだめだ。両方買って、がっちりエージングをかけて、自分の音源で確かめなければならない。


 Linda C. Cain, Susan Rosenbaum,  Blast Off 着。Leo & Diane Dillon が絵を描いている、というだけで買った絵本。宇宙飛行士になる夢をずっと持っている黒人の女の子が、友だちにあざけられ、空地にあったガラクタでロケットを作って宇宙へ飛びだす。友だちは夢と笑うが、もう動じない。初版1973年。この時期に黒人の女の子が主人公で、なおかつ、その子が宇宙飛行士になるという話は先駆的。ということで、New York Review of Books が再刊。

Blast Off (New York Review Children's Collection)
Rosenbaum, Susan
NYR Children's Collection
2021-09-21


##本日のグレイトフル・デッド

 1009日は1966年から1994年まで、11本のショウをしている。公式リリースは3本。うち完全版2本。


01. 1966 Fillmore Auditorium, San Francisco, CA

 午後2時から7時までで、ポール・バターフィールド・ブルーズ・バンド、ジェファーソン・エアプレインとの共演。セット・リスト無し。


02. 1968 The Matrix, San Francisco, CA

 前日と同じでウィアとピグペン抜き。


03. 1972 Winterland Arena, San Francisco, CA

 後半冒頭、グレース・スリックがブルーズ・ジャムに参加して、即興の歌をうたった。どうやら酔っぱらっていたらしい。テープが残っていて、「あのビッチをステージから連れだせ」とどなっているビル・グレアムの声が聞えるそうな。彼女がデッドのステージに一緒に出たのはこの時だけ。


04. 1976 Oakland Coliseum Stadium, Oakland, CA

 The Who との共演2日間の1日目。ショウ全体が《Dick's Picks, Vol. 33》でリリースされた。

 Philip Garris とい人のポスターがすばらしい。2日間のコンサートのためだけにこういうポスターを作っていたのはエライものだ。

 演奏はデッドが先。11時開演。前座というわけではなく、普段のショウをきっちりやっている。後半は最初から最後まで切れ目無しにつながった一本勝負。

 この頃はまだ聴衆録音は公認されておらず、録音しているところを見つかると機材やテープが没収されることもあった。


05. 1977 McNichols Arena, Denver, CO

 8.25ドル。7時半開演。良いショウらしい。


06. 1980 Warfield Theatre, San Francisco, CA

 15本連続のレジデンス公演の11本目。この日と翌日の第一部アコースティック・セット全体が、2019年のレコードストア・ディのためのタイトルとしてアナログとCDでリリースされた。また第三部の2曲目〈Greatest Story Ever Told〉が《Dead Set》でリリースされた。

 このアコースティック・セットの全体像を聴くと、他も全部出してくれ、とやはり思う。


07. 1982 Frost Amphitheatre, Stanford University, Palo Alto, CA

 12ドル。屋外で午後2時開演。この年のベストの一つ、と言われる。


08. 1983 Greensboro Coliseum, Greensboro, NC

 後半 Drums の後、2曲しかやらず、最短記録かもしれない。演奏そのものは良かったそうだ。


09. 1984 The Centrum, Worcester, MA

 2日連続の2日目。ジョン・レノンの誕生日で、アンコールは〈Revolution〉。

 良いショウらしい。


10. 1989 Hampton Coliseum, Hampton, VA

 前日に続き、"Formerly the Warlocks" として行われたショウ。《Formerly The Warlocks》ボックス・セットで全体がリリースされた。その前に、オープナーの〈Feel Like A Stranger〉が1990年に出たライヴ音源集《Without A Net》に収録されていた。

 このサプライズ・ショウの試みはバンドにとっても刺激になり、新しいことをやろうという気になったらしい。ブレア・ジャクソンのライナーによれば、しばらくやったことのなかったこと、つまり事前のリハーサルをした。しばらくレパートリーから外れていた曲がいくつも復活したのはそのためもあった。

 2日間ではこちらの方がいいという声が多い。あたしもそう思う。前日は自分たちの勢いに呑まれているところがなきにしもあらず。この日はうまく乗れている。MIDI による音色の変化もハマっている。

 この日のサプライズは〈Dark Star〉。1984-07-13以来の復活で、この後は比較的コンスタントに演奏された。最後の演奏は1994-03-30。演奏回数は235回。演奏回数順では56位。5年ぶり、それにデッドのシンボルともいえる曲の復活とあって、聴衆の歓声は前日にも増して大きく長かったことは録音でもわかる。さらにアンコールの〈Attics Of My Life〉は1976-05-28以来、13年ぶり。

 まだネットも携帯もないこの晩、深夜、明け方にもかかわらず、全米のデッドヘッドたちはおたがいに電話をかけまくった。


11. 1994 USAir Arena, Landover, MD

 3日連続の初日。35ドル。午後7時半開演。レックス財団のための資金集めのショウ。そこそこの出来とのこと。(ゆ)