クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

タグ:講演

 下北沢の本屋 B&B で不定期に開催しているトシバウロンとの伝統音楽講座で、これまでとはちょっと違うことをやります。

 ずっとアイルランドの伝統音楽について、いろいろな楽器をレンズにして、プレーヤーを招いて見てきました。今回はお隣り、スコットランドを見てみます。


「スコットランド音楽入門」
英国王立スコットランド音楽院同窓生
トーク&フィドル・ハープ・ライヴ

11月10日(日)11:00〜13:00(10:30開場)
場所:本屋B&B
   世田谷区北沢 2-5-2 BIG BEN B1F
入場料:前売2500円+500円(共に税別)

出演:キャメロン・ニュエル(フィドル)、松岡莉子(ハープ)
   トシバウロン(バウロン)、おおしまゆたか(翻訳・音楽評論)

予約はこちら


 スコットランドの伝統楽器といえば、ハープとフィドル、これに尽きます。

 もちろんバグパイプがあるわけですが、これはそれだけで一つの独自の伝統をつくっているので、ひとまず、脇に置きましょう。

 そうすると、スコットランドではハープとフィドルが圧倒的な存在です。

 ハープはいわゆるケルト諸国ではどこでも伝統の中心にあって、ハープが盛んなことがケルトの定義にもなるくらいですが、最も盛んなのはウェールズ、その次がスコットランド、3番目がアイルランドでしょう。

 アイルランドの音楽伝統にあってはハープはスコットランドのハイランド・パイプに似た位置にあります。すなわち、伝統音楽の本体からはややずれた脇にあって独自の伝統をつくっています。1970年代以降、ハープでもダンス・チューンが演奏されるようになり、またクラシックなど他の伝統とのコラボレーションもされるようになって、ハープ音楽の幅も多様性も広がってきました。これまたハイランド・パイプの動きと軌を一にします。

 クラルサッハとも呼ばれるスコットランドのハープはアイルランドのような伝統からは一度切れたために、より自由で進取の気性に富んだ発展をしてきました。シーリスのようなユニットが早くから活躍していますし、エレクトリック・ハープの導入もためらいません。1970年代にモイア・ニ・カハシー Maire Ni Chathasaigh がハープによるダンス・チューンの演奏に果敢に挑戦してアイリッシュ・ハープの突破口を開いていったのも、スコットランドでの活動でした。

 フィドルはヨーロッパではどこの伝統音楽でも圧倒的に多数のプレーヤーを擁しています。スコットランドも例外ではありませんが、リールはスコットランド起源と言われ、フィドルはリールを演奏するのに最適の楽器でもある、となると、フィドルはスコットランド音楽のため、とも思えてきます。さらに、19世紀後半に James Scott Skinner (1843-1927) が現れて、奏法とレパートリィを一新します。スキナーのやったことには批判もありますが、かれの革新によってスコットランドでのフィドルの人気がさらに高まったことは否めません。

 今回、興味深いのはゲストにお招きしたのが、英国王立スコットランド音楽院 Royal Conservatoire of Scotland、通称 RSC の同窓生であることです。しかも、ハープは日本人初の卒業生。松岡莉子さんは、昨年、新たに設けられたハープの国際コンテストで初代グランプリを獲得され、ヨーロッパのハープ界の第一線に躍りでています。

 フィドルのキャメロン・ニュエル氏はスコットランドの北のオークニー諸島の出身。フィドルではさらに北のシェトランドの方が有名になりましたが、オークニーにも独自の伝統があります。

 近頃ではアイルランドのコークやリムリック大学の伝統音楽コースに留学する日本人も増えていますが、スコットランドでも伝統音楽の教育は盛んです。エディンバラ大学の School of Scottish Studies(今は Celtic & Scottish Studies)は、音楽だけでなく、伝統文化全体を調査研究、教育する機関としてすでに70年近い歴史があります。

 RSC は名前のとおり、伝統音楽専門ではなく、パフォーマンス芸術全体を対象とした機関です。前身を Royal Scottish Academy of Music and Drama (RSAMD) といい、音楽、演劇、映画、ダンスの実践やプロダクションまでカヴァーしています。設立は1847年ですから、芸大より古いですね。RSC に改称したのは2011年で、RSAMD として知っている方も多いでしょう。

 フィンランドのシベリウス・アカデミー、ノルウェイのグリーク・アカデミー、デンマークのニールセン・アカデミーなど、音楽大学で伝統音楽も教えるのはむしろ当然になってきました。わが芸大にも伝統邦楽コースがあります。

 こういう専門教育の留学は、一般的な学問の留学とはいろいろと異なるものであるのは当然です。入学試験はどういうものか、学費はいくらかかるのか、実際の授業はどういう形か、あるいはまた学食のメシの味、下宿の状況、などなど、経験者にたずねるのが一番です。

 今回は楽器や音楽の話もさることながら、ヨーロッパの芸術系の高等教育機関に(クラシック対象ではなく)留学することの実際についても、いろいろお話をうかがいたいと思います。

 質問は事前でもかまいません。メール、Twitter のメッセージ、またはこの記事へのコメントでお願いします。(ゆ)

 ふだんはアイルランド在住の村上淳志さんが一時帰国してワークショップなどやられていて、その仕上げとして、主にクラシック・ハープの演奏者向けにアイリッシュ・ハープについて解説する講座をやるので遊びに来ませんかと誘われた。村上さんの話ならきっと面白いにちがいないと、ほいほいとでかける。

 場所は六本木ヒルズの向かいのビルの上。正面全面ガラス張りのセミナールーム。40人ほどだろうか。クラシック向けといいながら、結構アイリッシュ方面の人たちもいたようだ。ワークショップに参加された方もいたのだろう。

 アイリッシュ・ハープとは何ぞや、がテーマではある。ということはアイリッシュ・ミュージックをハープを通じて語ることになる。ルーツ・ミュージックでは楽器と音楽の結びつきが強い。アイリッシュ・ミュージックとは何ぞやを語ろうとすれば、歌は別として、どれかの楽器に即して語るしかない。抽象的なアイリッシュ・ミュージックというものは存在しない。

 村上さんはよく整理されていて、まずセッション、次に装飾音、そして楽器としての特性を解説する。その各々に話が面白いのは、やはり現地で日々、実際に音楽伝統に触れているからだ。

 セッションはユニゾンだ、というのはあたしらには常識だが、それが横につながる感覚だ、というのはミミウロコだ。ハーモニーは縦に重なる感覚になる。アイリッシュ・ミュージックはユニゾンだからつまらないと言ったクラシック音楽関係者がいたらしいが、心底そう信じているのなら、その人間はクラシック音楽そのものもわかっていない。ユニゾンとハーモニーはクラシック音楽の両輪ではないか。

 むろんハーモニーの快感とユニゾンの快感は質が異なる。ただ、ユニゾンの快感の方がより原初的、人間存在の核心に近い感じがする。

 それにユニゾンは単純でない。ユニゾンが快感になるには、ただ同じメロディを同じテンポで演奏すればいいわけではない。表面、簡単に見えながら、内実では繊細で微妙で複雑な調整をしている。それに装飾音だ。

 この装飾音の説明が面白い。カットとかランとか passing note とか、さらにハープが得意とするトリプレットや finger slide や、ハープ流ダブル・ストップを実演しながら紹介する。これは強力だ。入れる時と入れない時を交互に演って比べるのは、まさにメウロコだ。ダブル・ストップというのは村上さんがそう呼んでいるのだそうで、どこにでも通じるものではないらしいが、フィンガー・スライドとともに、近頃巷で流行っている由。

 そしてハーパーにはお待ちかね、ハープ奏法のテクニック。これは主に左手の使い方。10度の多用、つまり10度離れた二つの音を同時に弾くもので、マイケル・ルーニィの影響というのは以前、ハープ講座の時に聞いた。

 ハープ特有のシンコペーションとか、レバー式のハープなればこそ可能になるキーチェンジとか、かなり高度なテクニックではないかと思われる話がぽんぽん出てくる。クラシックのグランド・ハープはペダルで全部の弦の音程を一斉に上下できる。レバー式は1本ずつ手で上げ下げしなければならない、と思いきや、アイリッシュ・ミュージックの曲では五音音階が多いから、オクターヴの1番上は使わないことが多い。するとそこの弦のレバーは動かさずにキーが転換できてしまう。と書いても、実はあたしはよくわかっていない。とにかく、動かすレバーと動かさないレバーの組合せで、グランド・ハープには不可能な技ができてしまう。右手と左手の音階を別々にしたりすらできる。

 これはクラシックのハーパーにはちょっとしたショックではなかろうか。

 そうそう、主な対象はクラシックの演奏者だから、ちゃんと楽譜がレジュメに入っていて、装飾音もきっちり書いてある。

 後半は曲種の紹介。今回は、ジグ、リール、ホーンパイプ、ポルカ、エア、ハープ・チューン、その他という分類。ハープ・チューンはカロランやらその仲間たちの曲。その他にはバーンダンス、フリン、マーチ、ワルツ、マズルカ、セット・ダンスなどが含まれる。

 もちろん各々に実演する。どれもさすがの演奏だが、最後に演奏したその他の曲種、スロー・エア〈黄色い門の町〉から〈Sally Gally〉のメドレーがすばらしい。アレンジもきっちりしていて、これを聞けただけでも、来た甲斐があった。

 最後はお薦めのCDの紹介。村上さんがえらいのは、ハープだけではなく、他の楽器のCDも薦めるところだ。中には自分が演奏する楽器の録音しか聞かないという人もいるが、それではその演奏している楽器も上達しないことを、村上さんはちゃんとわかっている。アイリッシュ・ミュージックを体に染みこませるには、いろいろな楽器の演奏も聞かねばならない。

 ここであたしにご指名があって、20枚ほどあがっているCDで、1枚だけと言われたらどれを選ぶか、と訊ねられる。あたしが選んだのは Brian McNamara《A Piper's Dream》。クラシックではハープはどちらかというと日陰の存在だが、アイリッシュ・ミュージックではハープは女王さま。ただし、臣下がいない。ハープの後を継いだ王様がイリン・パイプ。他の楽器はパイプをエミュレートしようとする。だから、アイリッシュ・ミュージックのCDを何か1枚ならば、まずパイプを聴いてください。

 マクナマラのこのCDはかれのソロ・デビュー作で、タイトル通り、パイパーにとって会心の、これぞ理想の音楽ができた、と言える傑作だ。音楽の新鮮さ、パイプの響きの美しさ、演奏の質の高さ、選曲と組合せの巧さ、まあ、これ以上のものは無いでしょう。

A Piper's Dream
Brian Mcnamara
Claddagh



 村上さんは冒頭でアイリッシュ・ミュージックの性格として、千差万別であり、変化し続ける音楽だ、と言ってのけた。かれは一見華奢で、線が細そうに見えるが、実はこういう根源的なことをさらりと言える大胆不敵な人物なのだ。

 梅雨の晴れ間とまではいかないが、とにかく雨は降りそうもない日曜日。ヒルズやミドタウンの喧騒もどこか遠い世界のように感じる。浮世離れしているといえば、これほど浮世から離れたものもないようなアイリッシュ・ハープの話ではある。が、それ故に、浮世に風穴をひとつひょうと穿けたような、村上さんの話であり、ハープ演奏だった。(ゆ)

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