1212日・日

 ウチが米を買っている農家からのニュースレターに、トラクター、コンバインなど農機具の価格が高騰し、壊れても買換えができないので廃業する農家が急増している、という話。農地に資産価値はなく、廃業しても農地は残る。これを近隣の大規模農園経営を志向する農家がタダ同然で借りて、従来考えられなかった大きな面積の農地での経営をしようとしている。この状況がここ数年で急激に進んでいる。しかし、大規模農園を運営するには大規模な農機具導入が欠かせず、それには億単位のカネがかかるので、うまくいかないことも多い。

 この辺りでも水田はどんどん減っていて、ここ数年、2010年代後半から減り方が加速している感じがある。もっともこの辺は土地が広くないので、大規模になるところはまず無い。野菜を栽培する畑になるところが半分くらい。中には田圃1枚全部キャベツ畑になっているところもあるが、ほとんどはいろいろな作物を少しずつやっているから自家用と思われる。一方、あとの半分くらいは放置されて雑草ばかりになっている。中には田植はしたのに、その後放置されて雑草が生い茂り、稲刈りもされないままになっている田圃さえあった。主が病気になったか、あるいは死んだのかもしれない。

 しかしこの状況はK氏も言うとおり、プレーヤーが交替することでパラダイム・シフトが起き、農業が刷新される可能性もある。



##本日のグレイトフル・デッド

 1212日には1969年から1994年まで11本のショウをしている。公式リリース2本。うち完全版1本。


01. 1969 Thelma Theater, Los Angeles, CA

 このヴェニュー3日連続最終日。《Dave's Picks, Vol. 10》で全体がリリースされた。


02. 1970 Sonoma County Fairgrounds, Santa Rosa, CA

 ニュー・ライダーズ・オヴ・パープル・セイジ前座。開場7時半。

 現存しているテープに基くセット・リストでは頭の方が切れている可能性がある。


03. 1972 Winterland Arena, San Francisco, CA

 3日連続の最終日。クローザーの〈Goin' Down The Road Feeling Bad> One More Saturday Night〉の前にウィアがニューヨークの街頭で1万匹の蜜蜂を箱に詰めこんで持っている男に遭う話をする。箱はぶんぶん唸っていた。

 前座は Rowan Brothers。かれらもデッドもともに Nudie スーツ、カントリーのシンガーたちのきんきらきんのアレを着てステージに上がった由。DeadBase XI  Mike Dolgushkin のレポートによる。

 映画『忍冬の花のように』でウィリー・ネルソンたちのバンドがグレン・キャンベルがモデルと言われる共演のカントリー・シンガーのヌーディー・スーツに対抗して、全員がスコットランド・ハイランドのキルトの衣裳に身を固めて出るシーンを思い出す。


04. 1973 The Omni, Atlanta, GA

 6ドル。開演7時。

 DeadBase XI Ross Warner によると、この日のサウンドチェックのテープが出回っていたそうな。


05. 1978 Jai-Alai Fronton, Miami, FL

 ハイアライ jai-alai というのはスカッシュに似たスポーツで、fronton はその競技場をさす。スペイン、ラテン・アメリカで盛んで、フロリダでも行われている。ここはそのための施設として建てられたものをコンサート、カジノにも使っていて、現在は Casino Miami と呼ばれる。収容人数は6,500。デッドはここで3回演奏している。マイアミのこのヴェニューではオールマン、サンタナ、フランク・シナトラ、ブルース・スプリングスティーンなどもやっている。


06. 1980 Swing Auditorium, San Bernardino, CA

 会場は1949年に建てられた屋内アリーナで収容人数は1万。名前はカリフォルニア選出の上院議員にちなむ。プレスリーが好んで、13年連続でここでコンサートをした。1960年代に改装されて、西海岸有数のロック・コンサート会場となる。1964年ローリング・ストーンズ最初のアメリカ・ツアーの出発点。1981年9月、双発セスナ機が突込んで建物が大破し、解体された。

 デッドは1969年からこの年まで計4回、ショウをしている。うち1969年とこの80年は12月。197778年は各々の年の最初のショウ。1977年のショウは《Dave's Picks, Vol. 29》でリリースされた。


07. 1981 Fiesta Hal, San Mateo County Fairgrounds, San Mateo, CA

 Dance for Disarmament と題されたイベント。第一部はジョーン・バエズが参加し、ミドランド抜きのアコースティック・セット。第二部オープナー〈New Minglewood Blues> Little Red Rooster〉とクローザー前の〈Around And Around〉に Matthew Kelly が参加。アンコール〈It's All Over Now, Baby Blue〉にジョーン・バエズが参加してヴォーカルをとる。

 バエズはデッドがジャムをするのを好まず、バック・バンドに徹してもらいたかったらしい。とはいえ、全体の出来は良かった由。DeadBase XI  Mike Dolgushkin のレポートによる。


08. 1990 McNichols Arena, Denver, CO

 このヴェニュー3日連続の初日。21.45ドル。開演7時。


09. 1992 Oakland-Alameda County Coliseum Arena, Oakland, CA

 このヴェニュー5本連続の2本目。開演7時。第二部4曲目〈Dark Star〉が昨年の《30 Days Of Dead》でリリースされた。


10. 1993 San Diego International Sports Arena, San Diego, CA

 このヴェニュー2日連続の初日。26ドル。開演7時。


11. 1994 Oakland-Alameda County Coliseum Arena, Oakland, CA

 このヴェニュー4本連続の最終日。27.50ドル。開演7時。

 第一部3・4曲目〈Me and My Uncle〉〈Maggie's Farm〉でウィアはアコースティック・ギター。Drums Sikiru Adepoju が参加。

 アデポジュは1950年生まれのナイジェリア出身のパーカッショニスト。幼なくして兄弟とともに父親からトーキング・ドラムを伝授される。1985年に Nigerian All-Stars の一員として渡米。その後、Babatunde Olatunji に会い、かれを通じてミッキー・ハートと知り合う。デッドのショウの Drums に参加する他、ハートのプロジェクトに多数参加している。(ゆ)