クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

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 昨年11月ひと月かけてリリースされたグレイトフル・デッドの《30 Days Of Dead》を年代を遡る旅も終着点です。17日リリースの 〈Mindbender (Confusion's Prince)〉02:37は 1966-02-06, Northridge Unitarian Church, Los Angeles, CA からのセレクション。この録音は昨年の《30 Days Of Dead》で最も古い日付のものであるだけでなく、知られるかぎり、デッドのショウの録音として最も古いものです。この日のセット・リストとして残っているのは次の通り。

1. Early in the Morning(?)
2. Mindbender 2:37 30 Days 2022
3. See That My Grave Is Kept Clean
4. Beat It On Down The Line
5. The Only Time Is Now (?)

 録音は2013年02月第一週に Dead.net の Jam Of The Week で流されたそうです。

 〈Mindbender (Confusion's Prince)〉はガルシアとレシュの共作とされ、前年11月に録音されたデモが《Birth Of The Dead》に収録されました。記録では1966-01-07に初演。この02-06が2回目、最後は11-29で計4回の演奏。これが全部ではない可能性はありますが、翌年にはすでにレパートリーから落ちていたようでもあります。録音は知られている限りこれが唯一。今後も出てきそうにはありません。

 このショウは Northridge Acid Test と呼ばれます。ヴェニューの教会の Paul Swayer 牧師がデッドを招いたそうです。

 1966年はもちろんデッドが本格的に活動を始めた年。ショウの合計は現在わかっているところで107本。ただし、思いつくとハイト・アシュベリーの家からゴールデン・ゲイト・パークの「パンハンドル」にでかけておこなっていたというフリー・コンサートの大半はこの数には入っていません。ショウのほとんどはカリフォルニア州内、それもサンフランシスコ周辺ですが、7月末から8月初めにかけて初の「海外」公演をヴァンクーヴァーで行っています。また、アシッド・テストのように、コンサート形式ではないものもあります。10月には創業間もない The North Face がサンフランシスコ市内に初めて出したリアル店舗のオープニング・パーティーで「余興」として演奏しています。ノース・フェイス公式サイトの会社の歴史のページに、演奏している髭を剃ったガルシアとウィアの写真があります。

 レパートリィは60曲。ほとんどはカヴァーで、オリジナルは〈Mindbender (Confusion's Prince)〉の他、〈Caution〉と〈Cream Puff War〉。前者はピグペンの作詞、バンドの作曲のクレジット。後者はガルシアの作詞作曲。ピグペンは〈Tastebud〉〈You See A Broken Heart〉も作っていますが、前者は3回、後者は1回演奏されたのみ。オリジナルが花開くには、1968年のロバート・ハンターの参加を待たねばなりません。

 一方、この年にレパートリィに入ったカヴァー曲では〈I Know You Rider〉〈New Minglewood Blues〉〈Cold Rain And Snow〉〈Beat It On Down The Line〉〈Don't Ease Me In〉〈Dancing In The Street〉〈Me And My Uncle〉〈Morning Dew〉が定番として数多く演奏されます。中でも〈Me And My Uncle〉は演奏回数624回で、回数順では第一位です。

 ただ、この年の個々のショウのデータは不明のものが多いです。日付と場所だけはわかっているが、何を演奏したかの記録が無いものが大半です。ショウの録音は例外的で、人びとはまだショウのセット・リストを記録する習慣がありません。レパートリィはですから、これもまた今のところ、わかっているかぎりという条件がつきます。

 この歌はいかにも60年代半ばのヒット狙いの典型に聞こえます。デッドにもこういう曲を作り、演っていた時期があった、というのは時代の趨勢の持つ力の強さの証明でしようか。ここからいかにして脱皮してゆくかが、この時期のデッドを聴く焦点の一つです。

 この録音が面白いのは、当時の習いとして、片方、ここでは左チャンネルにインスト、右にヴォーカルを集めて始まり、コーラスもしていますが、途中からインストと声の片方をセンターにして、ハーモニーが別れて聞こえるようにしているところ。その意図はよくわかりませんが、現場ではこう聞こえていたのか。ステレオとしてはこの方が自然になることはもちろんです。

 なお、センターの声はガルシア、右はレシュに聞こえます。

 昨年の《30 Days Of Dead》を遡る旅も、今年のが始まる前に何とか終えることができて、ほっとしています。むろん、こんなに時間をかけるつもりはなかったので、せいぜいふた月ぐらいでさらっと終わるはずでした。

 長くなったのは、それぞれの曲が含まれるショウの全体の録音を聴きだしたのが大きいです。しかし、実際に全体を聴くと、やはり世界が広がって、格段に面白くなってしまいました。公式で出ておらず、まず出せないと思われるショウにも聴く価値のあるものがあることも改めてわかりました。全体の録音が残っているショウは少なくとも1,000本からありますから、前途遼遠ですが、できる限り聴こうと思っているところです。

 来月11月は《30 Days Of Dead》の月。おそらく今年もやるでしょう。これを道案内に新たな旅に出ることにします。デッドの世界はそういう旅を無数にできるところです。(ゆ)

  昨年11月ひと月かけてリリースされたグレイトフル・デッドの《30 Days Of Dead》を年代を遡りながら聴いています。今回は05日リリースの 1969-10-25, Winterland Arena, San Francisco, CA から〈Dark Star〉22:11。

 この日のショウは同じヴェニュー3日連続の2日目。ジェファーソン・エアプレイン、サンズ・オヴ・シャンプリンとの三本立。三つのバンドのメンバーの顔を散らしたポスターと3ドル50セントのチケットが残っています。初日はエアプレインがトリ、この日はデッドがトリ、3日目もエアプレインがトリだったようです。なお、ポスターには24、25日しか記載がなく、26日日曜日のギグは急遽追加されたらしい。当時のビル・グレアムの興行ではよくあったそうな。

 デッドの演奏として〈Dark Star > St. Stephen > The Eleven > Turn On Your Lovelight〉の60分強のテープが残っています。テープは2本あり、1本では冒頭に〈High Time〉の断片が入っています。〈Dark Star〉以下の4曲のメドレーはこの年の定番で、ほとんど組曲のように何度も演奏されています。

 1969年は60年代デッド、いわゆる原始デッドが頂点に達した年です。146本のショウは30年間の最高記録。レパートリィは97曲。うち3分の2の63曲が初登場。オリジナルは11曲。

Dupree's Diamond Blues; Robert Hunter+Jerry Garcia, 1969, Aoxomoxoa, 78
Doin' That Rag; Robert Hunter+Jerry Garcia, 1969, Aoxomoxoa, 38
Dire Wolf; Robert Hunter+Jerry Garcia, 1970, Workingman’s Dead, 227
High Time; Robert Hunter+Jerry Garcia, 1970, Workingman’s Dead, 133
Casey Jones; Robert Hunter+Jerry Garcia, 1970, Workingman’s Dead, 318
Easy Wind; Robert Hunter+Robert Hunter+1970, Workingman’s Dead, 45
Uncle John's Band; Robert Hunter+Jerry Garcia, 1970, Workingman’s Dead, 335
Cumberland Blues; Robert Hunter+Jerry Garcia & Phil Lesh, 1970, Workingman’s Dead, 226
Black Peter; Robert Hunter+Jerry Garcia, 1970, Workingman’s Dead, 346
Mason's Children; Robert Hunter+Jerry Garcia, Phil Lesh & Bob Weir, (none), 19
New Speedway Boogie; Robert Hunter+Jerry Garcia, 1970, Workingman’s Dead, 55

 カヴァー曲では以下の三つが定番になります。

Mama Tried; Merle Haggard, 307
El Paso; Marty Robbins, 396
Johnny B. Goode; Chuck Berry, 285

 いずれもウィアの持ち歌。

 この年の出来事としては8月のウッドストックと12月のオルタモントが音楽界としては大きいわけですが、どちらもデッドの世界ではほとんど脚注扱いされています。オルタモントでは会場には一度入ったものの、結局演奏はしませんでした。ウッドストックでは、デッドの常として、フェスティバル形式では実力が発揮できず、不本意な出来で、映画にも録音にも収録をことわりました。先年出たウッドストック全公演の録音ボックスに初めて収められました。

 デッドにとっては6月の《Aoxomoxoa》、そして11月の《Live/Dead》のリリースの方が大きい。とりわけ後者で、LP2枚組にわずか7曲という破格の形と、さらに破格のその音楽は、グレイトフル・デッドの音楽を強烈にアピールし、セールスの上でもベストセラーとなり、バンドにとって最初のブレイクとなりました。なお、ここに選ばれた02月27日から03月02日の4日間のフィルモア・ウェストでのショウの完全版が2005年11月に《Fillmore West 1969: The Complete Recordings》としてリリースされています。

 〈Dark Star〉は原始デッドのみならず、デッド全体の象徴のような曲であります。この曲を演奏することでデッドはデッドになっていった、バンドとして独自の性格を育てていった、ということもできましょう。ところがこの曲もライヴ盤以外のアルバム収録がありません。スタジオ・ヴァージョンとしてはシングルのみ。また、「大休止」から復帰後の70年代後半から80年代にかけて演奏回数が極端に少なかったため、全体の演奏回数は235回と、代表曲の割に多くありません。

 ここでの演奏が面白いのは、最初の歌の後のジャムで、二つの曲が同寺に演奏されているように聞えるところ。ガルシアは〈Dark Star〉のソロを弾いているつもりのようで、ウィアとレシュが演っているのは別の曲のようです。それも1曲ではなく、どんどんと変わっていきます。最後には後の〈Eyes Of The World〉のリフを連想させるものまで出てきます。結局ガルシアもそちらに乗り、ジャムは〈Dark Star〉から完全に離れます。こういうところがデッドの面白いところ。しばしジャムを続けてからガルシアがふっと曲の初めにやっていたようなソロにもどり、レシュが追いかけて冒頭のモチーフが出ます。そこからテンポを徐々に落としていって最後に2番の歌詞をガルシアが歌ってコーダ。切れ目無しに〈St. Stephen〉。この頃は通称 "William Tell Bridge" と呼ばれるクラシカルなメロディと雰囲気を持つパートもしっかり歌っていますが、この部分はすでに次の〈The Eleven〉の一部でもあるようです。あるいは、この2曲をつなぐブリッジという位置付けか。実際、後の〈St. Stephen〉では後に〈The Eleven〉が続かず、このブリッジは演奏されなくなります。

 〈The Eleven〉はレシュの曲でもあり、いつもベースが一番元気な曲です。ここでもソロをとり、奔放にあばれ回ります。ガルシアはソロをとっても短く、むしろ決まったフレーズにもどって、フロントはレシュに譲っているけしきです。

 やはりベースの主導で切れ目なく〈Turn On Your Lovelight〉。ここにはスティーヴン・スティルスが参加して、いつもより少しひき締まった演奏になっています。とはいえ、これはじっと耳を傾けるよりは踊るための音楽。もっともデッドは基本的にダンス・バンドではあります。

 なお、Internet Archive に上がっている音源のうち、再生回数のぐんと少ない Charlie Miller ミックスの版の方が音は遙かに良いです。(ゆ)

  昨年11月ひと月かけてリリースされたグレイトフル・デッドの《30 Days Of Dead》を年代を遡りながら聴いています。1970年の2本目、26日リリースの1970-02-28, Family Dog at the Great Highway, San Francisco, CA。

 02月28日のショウからは〈Little Sadie; Black Peter〉12:12 がリリースされました。28日は〈Turn On Your Lovelight〉で始め、〈Me and My Uncle〉〈Cumberland Blues〉までやったところで、楽器をアコースティックに切替え、〈Monkey and The Engineer〉〈Little Sadie; Black Peter〉とやって、〈China Cat Sunflower> I Know You Rider〉からまたエレクトリックにもどります。

 この年は《Workingmans Dead》と《American Beauty》をたて続けに出して、路線転換をやってのけますが、ライヴでは1969年までのピグペン・バンドのレパートリィと1970年以降のガルシア・バンドのレパートリィが混在しています。さらに、スタジオ盤でのアコースティック・サウンドをライヴに持ちこむ試みもしていたわけです。

 なお、このショウの録音として Internet Archive に上がっているものは SBD 1本だけです。セット・リストでは〈Big Boss Man〉の次に〈Casey Jones〉をやりかけ、またアンコールとして〈Uncle John's Band〉が演奏されたとされていますが、ともにテープには入っていません。

 この時期は60年代のいわゆる「原始デッド」、ピグペンをフロントとし、レシュが仕切る形のバンドと、70年代のガルシアとウィアを核とするバンドが混在しますが、このショウは前半と後半がはっきりと二つのバンドに別れます。まるで、別々のバンドが対バンでもしているようです。

 オープナーこそ〈Turn On Your Lovelight〉ですが、ここでもかつてのようにピグペンがそのヴォーカルとおしゃべりで圧倒するというよりもガルシアのソロが目立ちます。ガルシアはこの頃から多様なフレーズをくり出すようになり、ガルシア一流のギター・ソロを展開しはじめます。ロックのリード・ギターというよりもジャズのインプロに近い、けれども徹底して流動性を求める点で完全にジャズと言い切れない演奏です。デッドの音楽はフリーであることからも自由であろうとします。ここではガルシアのスイッチが「オン」になったまま切れなくなってしまったようでもあり、いつまでもギターを弾きつづけ、ついにピグペンが根負けします。

 このガルシアのギターのスイッチは次の〈Me and My Uncle〉でも〈Cumberland Blues〉でも落ちません。

 そしてその後は〈Dire Wolf〉まで《Workingmans Dead》以降のレパートリィと演奏が続きます。そして今回リリースされたアコースティックの演奏まで試みます。このアコースティック3曲は事実上、ガルシアとウィアのデュオでの演奏です。この3曲は10年後のサンフランシスコとニューヨークでのレジデンス公演でのアコースティック・パートでも演奏されます。〈Black Peter〉は歌唱では翌日のエレクトリック・ヴァージョンよりもパワフルですが、全体としてピーターはずっと弱気で、一人で奮闘しています。

 ガルシアがエレクトリックに戻るよと宣言して始まる〈China Cat Sunflower> I Know You Rider〉でも、ガルシアのギターが切れに切れます。〈High Time〉では一転してじっくりと歌を聴かせ、〈Dire Wolf〉ではさらにシリアスから一転しておとぼけに徹する。ここまでガルシアの持ち歌が続きます。

 そして、ここでもう一度一転して今度はピグペンの持ち歌を続け、空気はすっかり原始デッドで終りまで突っ走ります。この転換はあっさりとごくあたりまえに行われるので、一瞬、何が起きたのかわからなくなります。ガルシアのギターもすっかり60年代のスタイルにもどります。

 〈Good Lovin'〉と〈The Other One〉の前にドラムスのソロが各々あります。前者はクロイツマン中心、後者はハート中心に聞えます。

 〈The Other One〉はこの日は前後の〈Cryptical Envelopment〉が省略されます。翌日はまた戻るので、あるいはショウの流れとして〈Alligator〉の後に〈Cryptical Envelopment〉をもってくる気分になれなかっただけかもしれません。いきなりのせいか、この〈The Other One〉はむしろゆっくりとガルシアが独りでぽつんぽつんと始めて、ベースは後から加わります。進むにつれてだんだん熱が入ってきて、スピードも出て、歌の2番に突入。終ったとたんに〈Mason's Children〉。この歌の最後の演奏です。こうして今聴くと、これがレパートリィから落ちるのもむべなるかなと思えてきます。終始コーラスで唄われますが、60年代のコーラスで、CSN&Y の衝撃を消化した70年代のコーラスはやはり一線を画しています。ここでのガルシアのソロはどちらかというと70年代的。切れ目なく〈Turn On Your Lovelight〉ですが、こちらは曲の後半。後に〈Playing In The Band〉がやはり曲のコーダに回帰するフレーズの前で他の曲に移り、時にはショウの第二部全体をはさみこんでから回帰する形になっていきますが、その原型をここでやっていたわけです。

 このショウの後半、ピグペンはおそらくステージ中央に仁王立ちで、場内を支配していたのでしょう。ただ、音として聴くかぎりは衰えは聴きのがせません。あるいはこうしたピグペンのパフォーマーとしての衰えも、バンドの変身を促した要因の一つとも思えてきます。

 こうして見ると、この年のデッドは二つのバンドを同時に抱えていたので、休む間もなくショウを続けていたのも、その二つのせめぎあいに駆りたてられていたのかもしれません。(ゆ)

  昨年11月ひと月かけてリリースされたグレイトフル・デッドの《30 Days Of Dead》を年代を遡りながら聴いています。今回は1970年ですが、この年は2本のショウから選曲されています。同じヴェニューでの三連荘の2日目と3日目、26日リリースの1970-02-28と30日、最終日リリースの 03-01。場所は Family Dog at the Great Highway, San Francisco, CA。

 02月28日のショウからは〈Little Sadie; Black Peter〉12:12、03月01日のショウからは〈That's It For The Other One> Black Peter〉34:08。

 この金土日の3日間は Commander Cody & His Lost Planet Airmen が前座。料金は3ドル50セント。仰向けに寝ている骸骨に若い女性がまたがった図柄のポスターが残っています。娘の姿は透けているようでもあります。

 まずこのヴェニューが面白い。Family Dog はチェット・ヘルムズが率いたグループで、デッドなどの当時のサンフランシスコ・ロックにのせて踊るイベントを企画していました。当初はアヴァロン・ボールルームをベースにしていましたが、そこの賃貸契約が切れたために、海岸沿いにあった遊園地の中のこの建物を借りて "Family Dog at the Great Highway" と名付けます。建物自体は1880年代に建てられて、かなり老朽化していたようです。1969-06-13にジェファーソン・エアプレインで柿落し。1970年07月に閉じます。デッドはここで12回演奏しています。

 この頃のショウは後の二部構成ではなく、一本勝負で、アンコールが複数で長くなることもありました。28日、01日はどちらも2時間前後のテープが残っています。

 01日は〈New Speedway Boogie〉のテーマでジャムを始め、〈Casey Jones〉でスタートして7曲目の〈That's It For The Other One> Black Peter〉は最初のヤマです。34:08はこの年の《30 Days Of Dead》2番目の長さ。

 〈That's It For The Other One〉は1967-10-22初演で、〈Cryptical Envelopment〉をイントロとし、drums のブレイクが入って〈The Other One〉に展開、再び〈Cryptical Envelopment〉にもどる組曲です。真ん中の〈The Other One〉だけでなく、後ろの〈Cryptical Envelopment〉でもジャムになることがよくあります。ここでの演奏もその形。演奏回数を重ねるにつれて、イントロの〈Cryptical Envelopment〉が省略されるようになり、さらに後ろも消えて、1971-04-28から〈The Other One〉のみ独立します。

 なお03-01はアンコールの1曲目〈Uncle John's Band〉が2014年の《30 Days Of Dead》でリリースされています。

 1970年のショウの数は計142本。前年1969年に次ぐ2番目。正月2日にニューヨークのフィルモアで始動してから大晦日のウィンターランドまで、ほとんど休みらしい休みもなく、働いています。レパートリィは119曲。初登場の曲は28、うちオリジナルは12。

Dark Hollow;Trad. / Bill Browning, (none), 34
Friend Of The Devil; Robert Hunter, Jerry Garcia & John Dawson, 1970b, American Beauty, 311
Candyman; Robert Hunter & Jerry Garcia, 1970b, American Beauty, 281
It's A Man's, Man's, Man's World; James Brown & Betty Newsome, (none), 11
Roberta; Trad. / Leadbelly, (none), 2
Flood; unknown, (none), 1
Walk Down The Street; unknown, (none), 1
She's Mine; Lightnin' Hopkins, (none), 3
Cold Jordan; Trad., (none), 13
The Frozen Logger; James Stevens & Ivar Haglund, (none), 8
Attics Of My Life; Robert Hunter & Jerry Garcia, 1970b, American Beauty, 53
Nobody's Fault But Mine; , Trad., (none), 35
A Voice From On High; Bill Monroe & Bessie Lee Mauldin, (none), 4
Sugar Magnolia; Robert Hunter & Bob Weir, 1970b, American Beauty, 601
Big Railroad Blues; Noah Lewis, (1971, Grateful Dead=Skull & Roses), 175
Rosalie McFall; Charlie Monroe, (none), 18
To Lay Me Down; Robert Hunter & Jerry Garcia, 1972, Garcia (JG), 64
Truckin'; Robert Hunter, Jerry Garcia, Phil Lesh & Bob Weir, 1970b, American Beauty, 527
Brokedown Palace; Robert Hunter & Jerry Garcia, 1970b, American Beauty, 220
Ripple; Robert Hunter & Jerry Garcia, 1970b, American Beauty, 41
Operator; Ron McKernan, 1970b, American Beauty, 4
Box Of Rain; Robert Hunter & Phil Lesh, 1970b, American Beauty, 160
Till The Morning Comes; Robert Hunter & Jerry Garcia, 1970b, American Beauty, 6
Goin’ Down The Road Feeling Bad; Trad., (none), 298
Me And Bobby McGee; Kris Kristofferson & Fred Foster, (none), 118
Around And Around; Chuck Berry, (none), 420
La Bamba; Trad., (none), 5
Bertha; Robert Hunter & Jerry Garcia, (1971, Grateful Dead=Skull & Roses), 403
Bird Song; Robert Hunter & Jerry Garcia, Garcia (1972), 300

 オリジナルのほとんどはハンター&ガルシアの曲ですが、ハンターとレシュ、ウィア、そしてハンターの詞にガルシア、レシュ、ウィアが曲のクレジットに名を連ねたものが1曲ずつあります。ハンター&レシュの〈Box of Rain〉はハンターの詩集のタイトルにも採用されました。レシュの持ち歌として、一時レパートリィから落ちますが、後復活し、最後まで演奏されます。ハンター&ウィアの〈Sugar Magnolia〉は定番中の定番として、演奏回数は600回超。ハンターと3人の作になる〈Truckin'〉も500回を超える演奏回数です。

 1970年は以後のバンドの方向性を決める重要なできごとがいくつも起きた年です。1960年代を大いなる助走として、ここから本格的な活動に入ったと見ることもできましょう。

 まずは人事面。オルタモントの悲劇の後、その責任を負わされる形でローリング・ストーンズのロード・マネージャーをクビになった Sam Cutler をデッドはロード・マネージャーとして雇います。カトラーは優秀で、ショウからの収入をしっかり確保して、財政を大いにうるおします。1972年のヨーロッパ・ツアー実現にはイングランド人であるカトラーの尽力が大きい。最初のロンドン公演の録音冒頭でバンドを紹介するカトラーの声は疲れきっています。

 もう一つのできごとは弁護士のハル・カントと契約したこと。カントも優秀な弁護士で、また音楽面でのクライアントをデッドだけに限りました。デッドはカントに窮地を何度も救われることになります。

 また、この年、デッドの楽曲の著作権管理のため Ice Nine Publishing を設立します。

 プラスもあればマイナスもあります。03月、マネージャーだったレニー・ハートが巨額の使いこみをした挙句、大金をもって逐電します。このことでレニーの息子のミッキーは当然ながらたいへんなショックを受け、落ちこみ、翌年02月18日にバンドを離れる羽目に追いこまれました。

 バンド・メンバーにはまだ変化があります。01月30日のニューオーリンズでのショウを最後にトム・コンスタンティンがバンドを離れました。コンスタンティン自身はミュージシャンとして優れていたようですが、デッドの音楽にはついに完全に溶けこむことができませんでした。もっとも、DeadBase にかれが寄稿した記事は、当時のバンドの様子、とりわけツアー中の舞台裏やホテルでの生態を活き活きと伝えています。

 4月に《Workingmans Dead》を録音して、5月にリリース。8〜9月に《American Beauty》を録音して11月にリリースします。

 5月には初めて海を渡り、イングランドでショウをおこないます。後のヨーロッパ・ツアーへの布石の一つになりました。

 とはいえ、音楽面でこの年最も重要で、後々のバンドに長く影響を与えたできごとは、6月末から7月初めに参加した Trans Continental Pop Festival、通称 Festival Express です。これについてはドキュメンタリーの DVD も出ており、様々なところでとりあげられています。デッドに関して言えば、ひとつにはジャムに対する考え方を広げたと思われます。もう一つは〈Goin' Down the Road Feeling Bad〉をデラニー・ボニーから習ったこと。この曲は以後定番として最後まで300回近く演奏されました。

 しかし、この列車の仲間でもあったジャニス・ジョプリンは10月04日に世を去ります。その晩デッドはジェファーソン・エアプレインとの対バンをウィンターランドでしていました。ハンター&ガルシアはジャニスを悼み、〈Bird Song〉を作りました。〈Bertha〉と共に、12月15日にデヴィッド・クロスビー、ガルシア、レシュ、ハートのメンバーで The Matrix で行ったショウでデビューします。

 03月01日のショウのテープでは、まず〈New Speedway Boogie〉のテーマで遊んでいるバンドが捉えられています。Internet Archive にある SBD でも、これと正式なオープナーの〈Casey Jones〉は AUD で、客席でもステージを見ながら皆笑っています。3曲目の〈Big Boy Pete〉のイントロの途中で SBD に切り替わります。

 この〈Casey Jones〉はこういう位置で演奏されるのにふさわしく、まだテンポが段々速くなりません。リピートの部分でも終始同じテンポで、繰返しの回数も多くありません。とはいえ、力の籠もった演奏です。デビューしたての頃のある曲の演奏は後の形に比べると通常よりシンプルですが、だからといってつまらないわけではなく、その時期なりの聴きごたえがあります。そのことは〈Playing In The Band〉のように極端に形が変わる曲でもあてはまります。この曲は当初、5分ほどで終り、ガルシアのソロもほとんどありませんが、それでもその形でやはり聴いて面白いのです。

 ドン&デューイがオリジナルの〈Big Boy Pete〉はリード・ヴォーカルはピグペンですが、むしろコーラスの方が目立つ曲。ここを始め、後の〈I Know You Rider〉や〈Uncle John's Band〉でも、コーラスのハーモニーが決まっています。

 続く〈Morning Dew〉も初期形で、ガルシアはあまりソロを弾かず、むしろヴォーカルで聴かせます。デッドをやる以前のフォーク・シンガーの谺が聞えます。ガルシアがかなりシリアスに唄うのを受けてピグペンが一転、とぼけた味を効かせるのが〈Hard to Handle〉。ピグペンもむしろこういうとぼけた、真面目なのか、不真面目なのか、よくわからない、あるいは両方半々ずつ入っているような歌唱が身上でしょう。続いてウィアが〈Me And My Uncle〉をていねいに歌います。とりわけテンポがゆっくりなわけではありませんが、歌に余裕があります。ガルシアも良いソロを聴かせていい調子ですが、コーダでいきなりテープがちょん切れます。

 そして今回の〈That's It for the Other One〉。これもどちらかというとゆったりした入り。とはいえ、イントロとして〈Cryptical Envelopment〉に続いてドラムス二人の演奏のうちにじわじわと緊張感が高まってきて、駆けあがるベースとともに〈The Other One〉が爆発すると、これは原始デッド真只中。全力疾走するガルシアのギターにレシュのベースが執拗にからみつき、螺旋を描く二人に他のメンバーも負けじと追いすがる。やがて、ガルシアとレシュの美しいデュエットに収斂したと思うと、再び走りだす。ひとしきり走ってメインのモチーフが出て、ウィアが2番を歌い、おさめたところでガルシアが〈Cryptical Envelopment〉を歌いだして、そのままジャム。ここはほとんどフォービートに聞えるところもあり、ガルシアのギターもジャズに踏みこんでます。後に〈The Other One〉だけ独立すると、この部分が落ちてしまうのは惜しい。ジャムがゆっくりと終るのと間髪を入れずに〈Black Peter〉。

 これもいいヴァージョンですねえ。ガルシアのヴォーカルは粘りに粘り、このピーターはとても死にそうにありません。

 〈Beat It On Down The Line〉の冒頭は12発。初めの頃は2、3回のあっさりしたものでしたが、かなり増えてきました。ウィアの歌い方はいい具合にルーズですが、こういう力の抜け方がOKなのもデッドならではと言えそうです。〈Dire Wolf〉もとぼけた歌のとぼけた演奏で、歌詞だけ見ると、「殺さないでくれよ」と懇願していますが、実際の演奏にはそんな深刻さはありません。もっともそのそらとぼけたところに、生々しい恐怖感が隠されてもいるようです。

 〈Good Lovin'〉が始まった途端、時代は60年代、原始デッドの瑞々しさと禍々しさが同居した世界に突入します。ギターとベースのユニゾンがその呼び水。それが〈Cumberland Blues〉でまたフォーク調にもどり、〈I'm a King Bee〉でさらに再びピグペンの支配するブルーズの世界に返る、というこの大きな振幅こそはこの時期の醍醐味です。そして締め括りは〈China Cat Sunflower> I Know You Rider〉。ガルシアは歌もギターも尻上がりに良くなっています。

 アンコール1曲目、UJB はこの歌の最も遅いヴァージョン。あるいはいろいろなテンポで演奏してみて、最適なものを探していたのかもしれません。ここでは前半はドラムレスでギロを使い、ギターもアコースティックな響きで終始します。ハーモニー・コーラスも決まっています。その背後には CSN&Y の大成功があるわけですが、かれらほど声の質が合ってはいなかったデッドでも、ライヴでしっかり決めていたことがわかります。"Take Children home" のあとのリフからインストルメンタルになり、ドラムスとベースも加わり、ガルシアもギターを展開。このセミ・アコースティックからエレクトリックへの移行は試行錯誤の一環かもしれませんが、カッコいい。これも名演ですが、このメロディでダメな演奏ができるのかとも思ってしまいます。最近もジョン・スコフィールドがギター、ベース、ドラムスのトリオでカヴァーしてます。おまけにこの2枚組新作CDのタイトルにこの曲を選んでました。

  アンコールの後ろの2曲は SBD がなく、AUD になります。〈Dancing In The Street〉では途中テープがよれていますし、最後の〈It's All Over Now, Baby Blue〉は末尾で録音がちょん切れます。それでも前者でのガルシアのギターは出色で、この歌のソロとしてはベストの一つ。音質は落ちますが、聴く価値はあります。後者でもガルシアのヴォーカルが聞き物で、この時期、うたい手としてはガルシアに一日の長があります。(ゆ)

 昨年11月ひと月かけてリリースされたグレイトフル・デッドの《30 Days Of Dead》を年代を遡りながら聴いています。今回は07日リリースの 1972-10-24, Performing Arts Center, Milwaukee, WI から〈The Other One> He's Gone> The Other One〉。36:50はこの年の《30 Days Of Dead》最長トラック。

 第二部もクライマックス、〈Truckin'〉から  Drums を経て切れ目なしにこのメドレーに入り、ここで一度終り。〈Casey Jones〉〈Johnny B. Goode 〉で締めて、アンコール無し。〈The Other One〉の直後、機器トラブルにみまわれたとウィアが宣言しているので、アンコール無しはそのせいかもしれません。

 1972年は春のヨーロッパ・ツアーを筆頭に、デッドにとって最初のピークの年。1965年の結成以来右肩上がりに昇ってきたその頂点を極めた年です。春だけでなく、1年を通して絶好調を維持しています。

 このショウは同じヴェニュー2日連続の2日目。夜7時半開演のポスターが2種残っています。ひとつは全員完全に骸骨のバンドが踊っているもの。もうひとつは両側に蓬髪を垂らした頭蓋骨がこちらを睨んでいるもの。どちらもなかなかおどろおどろしくもあり、ユーモラスでもあり。

 この秋は働きづめで、08月27日、カリフォルニア州ヴェネタでの有名なショウ、09月03日コロラド州ボゥルダーでのショウの後、09日からツアーに出て10月02日に打上げ。09日にウィンターランドに出て、17日からセント・ルイスのフォックス・シアターでの三連荘から30日までツアー。11月13日から26日までまたツアーしています。春のヨーロッパ・ツアーのせいでしょう、夏に長いツアーをしていない埋合せでしょうか。

 年間のショウは計86本。1971年以降では最多。レパートリィは88曲。新曲は以下の13曲。

Black-Throated Wind; John Perry Barlow & Bob Weir
Looks Like Rain; John Perry Barlow & Bob Weir
The Stranger (Two Souls In Communion); Ron McKernan
How Sweet It Is (To Be Loved By You); Brian Holland, Lamont Dozier & Eddie Holland
Sidewalks Of New York; Charles B. Lawlor & James W. Blake
Who Do You Love; Ellas McDaniel (Bo Diddley)
He's Gone; Robert Hunter & Jerry Garcia
Hey Bo Diddley; Ellas McDaniel (Bo Diddley)
Rockin' Pneumonia and The Boogie Woogie Flu; Huey Smith / Johnny Vincent
Stella Blue; Robert Hunter & Jerry Garcia
Mississippi Half-Step Uptown Toodeloo; Robert Hunter & Jerry Garcia
Weather Report Suite Prelude; Bob Weir
Tomorrow Is Forever; Dolly Parton & Porter Wagoner

 カヴァー曲はいずれも単発ないし、数回の演奏でした。うち〈How Sweet It Is (To Be Loved By You)〉はデッドでは1回だけの演奏ですが、ジェリィ・ガルシア・バンドのレパートリィとして定着します。

 一方、オリジナル曲はピグペンの曲を除き、いずれも定番となります。

 デッドはステージではMCをしないために、ピグペンの曲はファンの間では長いこと〈Two Souls In Communion〉と呼ばれていました。《The Golden Road》に収録された際に〈The Stranger〉とされました。この年の03月12日から05月26日まで、13回演奏。

 ピグペンは前年末に復帰しますが、ヨーロッパ・ツアーで決定的に健康を損ない、06月17日を最後のステージとしてバンドから離れます。

 一方、前年大晦日に初ステージを踏んだドナ・ジーン・ガチョーはヨーロッパ・ツアーを経て完全にバンドに溶けこみ、1970年代の最も幸福な時期どデッドの音楽をより複雑多彩で豊饒なものにするのに貢献します。同時にデッドはピグペンのバンドから完全に離陸します。

 楽曲にもどって、〈He's Gone〉はバンドの金を使いこんで逃げた前マネージャーのレニー・ハートの一件を歌った曲。3月にかれは横領の罪で懲役6ヶ月を言い渡され、服役しました。横領した金の一部も返したようです。バンドは結局、損害賠償請求の訴訟も起こしませんでした。替わりに作ったこの歌は後に挽歌の性格を強め、関係者やバンドと親しい人間が死ぬと追悼に演奏されるようになります。

 バーロゥ&ウィアの2曲はこの年5月にリリースされたウィアの初のソロ《Ace》のために書かれた曲。《Ace》はバック・バンドがデッドそのままですし、プロデュースにはガルシアもかなり「口を出し」ています。そのためデッドのアルバムとして数える向きもありますが、デニス・マクナリーのバンドの公式伝記 A LONG STRANGE TRIP によれば、この録音を主導したのはあくまでもウィアで、どこからどう見てもこれはウィアのソロ・プロジェクトであるそうです。

 さらにこの年、バンドは自前のレコード会社として Grateful Dead Records、Round Records を設立します。ロック・ミュージシャンが自前のレコード会社を設立することはビートルズの Apple Records 以来珍しくありませんが、配給・販売まで自前でやろうとしたところはいかにもデッドらしい。そして見事に失敗するところはさらにデッドらしい。

 デッドは他人なら絶対にやらないようなことをあっさりとやってしまいます。そしていつもものの見事に失敗して、危機に陥ります。そうした危機を、かれらは音楽に集中し、より良い演奏をめざし、質の高いショウを重ねることで乗り越えていきました。それが可能だったのは、それらの失敗が後向きのものではなく、前向きのものだったからでしょう。

 10月24日のこのショウの SBD は第二部の後半のみ残っているようです。ショウ全体の録音は AUD があります。

 AUD はモノーラル録音、ステージからはやや遠いようで、細部は聴きとれませんが、ヴォーカルやギター、ドラムスの一部は明瞭です。ベースはどうしても落ちますけれども、一部わかるところもあります。

 演奏はさすがにピークの年、気合いの入ったもの。〈Truckin'〉でのガルシアのギターがなんともすばらしい。ウィアの歌の裏で弾いているのも、ソロになってからも、絶好調の時の、意表をつくフレーズがどんどんとあふれてきます。ここでの Drums は元来は〈The Other One〉の元になった組曲の一部で、単独時代でもこの年のクロイツマンはレシュが「鬼神」と呼んだのもよくわかる大活躍。それに引き出された〈The Other One〉はデッドの真骨頂。ベース・ソロもいいし、ガルシアのアヴァンギャルドなギターが縦横に駆けめぐります。こういう抽象的、不定形な即興が聴いていて面白いと感じられるのがデッドのデッドたるところ。メンバー各自の音楽的素養の深さと広さに支えられたものでしょう。

 その最中にガルシアがいきなりリフを始めて〈He's Gone〉。ここでもガルシアのギターがメイン・メロディの変奏からどんどん外れてゆき、しかも楽曲の大枠からははずれない、絶妙のバランスをとって流れてゆきます。それに他のメンバーがからみ、対抗して展開する集団即興の面白さには身もだえしてしまいます。この歌のベスト・ヴァージョンの一つ。

 そして今度はベースが音頭をとって〈The Other One〉にもどり、ウィアが2番を歌っておさめます。ここで一度終るので、〈Casey Jones〉と間をおかずに続ける〈Johnny B. Goode〉がアンコールに聞えなくもありません。(ゆ)

 28日リリースの〈Feel Like A Stranger; Stagger Lee〉。1993-03-10, Rosemont Horizon Arena, Rosemont, IL のオープナーです。

 春のツアー2日目。初日はエンジンがかからなかったようですが、この日はうって変わって最高のショウになった、とファンは口を揃えます。

 1993年のショウは計81本。180万枚のチケットを売り、4,650万ドルを稼いで、この年のコンサート収入の全米トップになりました。新譜もなく、ラジオでかかることもまずなく、チケット1枚あたりの金額は同クラスの他のアクトの3分の1、4分の1で1位になっています。

 一方でこれはデッドが巨大なビジネスになっていたことも意味し、それがバンドの行動を縛る結果にもなりました。この頃、ガルシアが1974年の時のようなツアー休止を全社会議に提案した時、マイナス面が大きすぎるとして、却下されています。

 この時期のデッドのショウでは、大物のアーティストが前座を勤めることがありますが、この年には1月にサンタナ、5月、6月にはスティング、8月にはインディゴ・ガールズが出ています。

 ガルシアとともにステージ裏にいた当時上院外交小委員会委員長だった民主党上院議員パトリック・レーヒィのところにホワイトハウスから電話が入ったのは、6月のワシントン、D.C.は RFKスタジアムでのショウの前座にスティングが出ていたときでしょう。レーヒィ議員は有名なデッドヘッドで、議員としてのオフィスにもテープのコレクションを置いていたそうです。

 この年のレパートリィは143曲。そのうち「新曲」としてロビー・ロバートソンの〈Broken Arrow〉、ビートルズの〈Lucy in the Sky with Diamonds〉、Bobby Fuller Four の〈I Fought the Law〉のカヴァーとハンター&ガルシアの3曲に加えて、ボブ・ウィアがロブ・ワッサーマンとウィリー・ディクソンと作った〈Eternity〉と、ボブ・ブララヴ、ワッサーマン、ヴィンス・ウェルニクとの共作〈Easy Answers〉があります。

 この2曲はワッサーマンのアルバム《Trio》の企画から生まれたもので、後者はニール・ヤングとウィアとワッサーマンのトラックのためでした。これはライヴで演奏されるうちにかなり形が変わり、またウィアはデッド以外でも後々にいたるまで演奏しつづけます。ただ、あたしにはデッドでの演奏はついに満足なレヴェルには届かなかったと聞えます。

 対照的に〈Eternity〉はこの年ガルシアがハンターと作った3曲とともに、デッド末期を飾る佳曲でしょう。

 《30 Days Of Dead》にもどって、これはすばらしいオープニング。ガルシアの好調は明らかで、こうなれば鬼に金棒。2曲目の〈Stager Lee〉のヴォーカルも声に力があり、茶目っ気がこぼれます。この後の〈Ramble on Rose〉も同じ系統で、こういう歌をうたわせたら、ガルシアの右に出る者はいません。ガルシアより歌の巧い人はいくらでもいますが、このユーモアの味、どこかとぼけた、しかし芯はちゃんと通っている歌唱ができる人はまず見当らない。あからさまなユーモア・ソング、お笑いのウケ狙いではなく、でも時には思わず吹きだしてしまうようなおかしみをたたえた歌。こういう歌もデッドを聴く愉しみの一つです。
 この第一部はきっちりウィアとガルシアが交替でリードをとり、それぞれの持ち味を十分に出して、対照的です。「双極の原理」はデッドを貫く筋の一本ですが、それがよく回って、カラフルな風光を巡らせてくれます。第一部クローザーの〈Let It Grow〉はこの曲でも指折りの名演。聴いていると拳を握ってしまいます。(ゆ)

0402日・土

 床屋。いつものように眉毛以外全部剃ってもらう。前回よりさらに剃り残しが減った。あたしの頭に慣れてきたのだろう。

 EFDSS Vaughn Williams Memorial Library の最近の収納品の中に Sounding The Century: Bill Leader & Co: 1 – Glimpses of Far Off Things: 1855-1956 という本がある。調べてみると、ビル・リーダーの生涯を辿る形で、現在90代のリーダーの生きてきた時代の、フォーク・ミュージックをレンズとして見たブリテンの文化・社会史を描くもの。全10冊予定の第1巻。とりあえずアマゾンで注文。

 ビル・リーダーは1929年生。生まれたのはニュー・ジャージーというのは意外。両親はイングランド人でリーダーがまだ幼ない時にイングランドに戻る。1955年、26歳でロンドンに出る。Bert Jansch, the Watersons, Anne Briggs, Nic Jones, Connollys Billy, Riognach を最初に録音する一方、Jeannie Robertson, Fred Jordan,  Walter Pardon を最後に録音した人物でもある。Paul Simon, Brendan Behan, Pink Floyd, Christy Moore も録音している。

 著者 Mike Butler 1958年生まれのあたしと同世代。13歳でプログレから入るというのもあたしとほぼ同じ。かれの場合、マハヴィシュヌ・オーケストラからマイルスを通してジャズに行く。ずっとジャズ畑で仕事をしてきている。2009年からリーダーを狂言回しにしたブリテンの文化・社会史を調査・研究している。





##本日のグレイトフル・デッド

 0402日には、1973年から1995年まで7本のショウを行っている。公式リリースは4本。うち完全版3本。


1. 1973 Boston Garden, Boston, MA

 春のツアーの千秋楽。全体が《Dave's Picks, Vol. 21》でリリースされた。New Riders Of The Purple Sage が前座。全体では5時間を超え、アンコールの前に、終電を逃したくない人は帰ってくれとアナウンスがあった。


2. 1982 Cameron Indoor Stadium, Duke University, Durham, NC

 金曜日。10.50ドルと9.50ドル。開演8時。レシュとガルシアがステージ上の位置を交換した。


3. 1987 The Centrum, Worcester, MA

 木曜日。このヴェニュー3日連続のランの初日。開演7時半。


4. 1989 Pittsburgh Civic Arena, Pittsburgh, PA

 日曜日。このヴェニュー2日連続の初日。前売18.75ドル、当日19.75ドル。開演7時半。全体が《Download Series, Vol. 09》でリリースされた。

 この2日間はこの年の春のツアーで最も東のヴェニューで、満員御礼だったが、チケットを持たなくても会場に行けば何とかなると思った人間が大勢やって来て、大きなガラス窓を割り、中になだれ込んだ。そのため、警察が大挙して出動した。

 その場にいた人間の証言によれば、ドアの外で数十人の人間と一緒に踊っていた。音楽はよく聞えた。そこへ、中からイカれたやつが一人、外へ出ようと走ってきた。ドアが厳重に警備されているのを見て、脇の1番下の窓ガラスに野球のすべり込みをやって割り、外へ脱けだした。警備員がそちらに気をとられている間に、中で踊っていた人間の一人がドアを開け、外にいた連中があっという間に中に吸いこまれた。


5. 1990 The Omni, Atlanta, GA

 月曜日。このヴェニュー3日連続のランの中日。18.50ドル(テーパー)。開演7時半。全体が《Spring 1990》でリリースされた。

 このアトランタの3日間で演奏された曲はどれもそれぞれのベスト・ヴァージョンと思える出来だが、ここではとりわけ第一部クローザーの〈Let It Grow〉と第二部オープナーの〈Foolish Heart〉がすばらしい。前者ではラストに、演奏をやめたくないというように、だんだん音を小さくしてゆき、静かに終る。何とも粋である。

 3人のシンガーが声を合わせるところがますます良く、〈He's Gone〉のコーダのリピートと歌いかわし、〈The Weight〉や〈Death Don't Have No Mercy〉の受け渡しに聴きほれる。〈The Last Time〉は終始3人のコーラス。こういうことができたのはこの時期だけだ。

 第一部はゆったりと入るが、3曲目にガルシアがいきなり〈The Weight〉を始めるのに意表を突かれる。こういういつもとは違う選曲をするのは、調子が良い証拠でもある。マルサリスの後の4本では、いつもよりも冒険精神が旺盛になった、とガルシアは言っている。第二部は緊張感が漲り、全体にやや速いテンポで進む。ツアー当初の感覚が少しもどったようだ。アンコールでは再び対照的に〈Black Muddy River〉を、いつもよりさらにテンポを落として、ガルシアが歌詞を噛みしめるように歌う。これまたベスト・ヴァージョン。

 確かにマルサリス以後の4本は、何も言わず、ただただ浸っていたくなる。本当に良い音楽は聞き手を黙らせる。


6. 1993 Nassau Veterans Memorial Coliseum, Uniondale, NY

 金曜日。このヴェニュー5本連続の3本目。開演7時半。

7. 1995 The Pyramid, Memphis, TN

 日曜日。このヴェニュー2日連続の2日目。26.50ドル。開演7時半。第二部2曲目〈Eternity〉が《Ready Or Not》でリリースされた。(ゆ)


0125日・火

 クーキー・マレンコが紹介している Ampex によるテープ・レコーダー開発の話は面白い。

 もともとテープに録音する技術はドイツが1930年代半ばに開発していた。その機械は Magnetphon と呼ばれ、これによる録音はヒトラーも利用したし、放送局でも使われた。この機械が生と区別がつかないほど音質の良い録音ができたのは、HFバイアスをかけると音が驚異的に良くなることを偶然発見したためだった。連合軍側はドイツが格段に優れた録音技術をもっていることは突き止めていたが、その実態はわからなかった。

 第二次世界大戦直後、John Mullin というエンジニアがドイツ製 Magnetophon の古いユニットを2台とそれ用のリール・テープにフランクフルト付近で遭遇し、「戦利品」として持ち帰り、独自に調整したものをハリウッドでデモする。戦時中、ドイツと日本の特許は無効とアメリカ政府が宣言していたので、Ampex はマグネトフォンを研究し、改良する。マリンはこのプロトタイプをビング・クロスビーに見せる。クロスビーはテープ録音技術に興奮し、開発中の Ampex 200A 20台予約する。Ampex にとってはまことにありがたい投資だった。マグネトフォンは持ち運びができたが、200A は巨大な据置型で、4分の1インチ・テープを使い、3015KHz 0.5dB以内の誤差で録音できた。194710月、最初のプロトタイプがハリウッドのラジオ・センターでデモされる。そこでの反応から Ampex は量産にはいる。1948年4月、最初の2台が完成し、第27回ビング・クロスビー・ショーの録音に使用された。クロスビーが録音を喜んだのは、それまでは異なる時間帯の地域ごとに同じショーを毎回何度も生放送でくり返さねばならなかったためだ。200A は当時4,000ドル。家が一軒買えた。が、数週間後、ABC 12台の200A を注文し、他の放送局も続いた。200A はしかしトータル112台しか造られなかった。1,500ドルの Model 300 が続いたためだ。が、テープ録音はすでにゲームを変えていた。

 Ampex は創設者 Alexander M. Pontiaoff のイニシャルに excellence ex を付けたもので、200A の成功で会社の基礎を築く。

 つまるところ、ビング・クロスビーはカネの使い方を知っていたわけだ。



##本日のグレイトフル・デッド

 0125日には1969年と1993年の2本のショウをしている。公式リリースは1本。


1. 1969 Avalon Bollroom, San Francisco, CA

 このヴェニュー3日連続の中日。第二部3曲目〈Cosmic Charlie〉が《The Golden Road》所収の《Aoxomoxoa》のボーナス・トラックでリリースされ、第二部オープナーの〈Dupree's Diamond Blues〉が2010年の《30 Days Of Dead》でリリースされた後、これを含み、〈Cosmic Charlie〉を除く第二部全体が《Aoxomoxoa50周年記念版でリリースされた。つまり、第二部全部がリリースされている。

 演奏はこの時期の典型で、今にも崩れそうで崩れない緊張感が気持ち良い。ラストの〈And We Bid You Goodnight〉はなんとフェイドアウト。


2. 1993 Oakland-Alameda County Coliseum Arena

 23.50ドル。開演7時。春節祝賀ショウ2日目。これも総じて良いショウの由。(ゆ)


1202日・木

 四谷いーぐるが選ぶ『ジャズ喫茶のジャズ』を聴く。「演奏旅行」という言葉がなつかしい。
 ざっと聴いてまずチャーリー・パーカーからの3曲。パーカーを聴く足掛かりがようやくできた。モンクの面白さ、その外れたところがわかった。確かにこれは面白い。モンクそのものもだが、一方で、ここでフロントを任されて、かなりいい演奏をしていると聞えるサド・ジョーンズとチャーリー・ラウズがモンク抜きだとどうなるのかも興味が湧く。そして、ドルフィーのフルート。昔、一度、聴こうとした時も、サックスよりもフルートの方に惹かれた覚えがある。ここは、フルートを集中的に聴いてみよう。


 後藤さんは「選曲術」と呼ぶ。DJがやっていることも同じだ、という。あたしはキュレーションと呼びたい。キュレーションは普通、展覧会などで、展示物を選び、それらを展示する順番、配置を考えることをさす。常設展示でも、同様なことはされている。人間、一度に複数の作品を同時に鑑賞することはできない。とすれば、何をどういう順番で見るか、聴くか、は大事だ。ただ、行き当たりばったりに見たり聴いたりしても、本当の魅力は見えても、聞えてもこない。だから、凡人にはこういうものをこういう順番で見たり聴いたりしてはいかが、という案内人が要る。案内してもらうことで、行き当たりばったりでは見えない、聞えないところが見え、聞えてくる。

 このオムニバスでもだからライナーが重要だ。この曲をジャズ喫茶ではなぜかけるのか、を後藤さんが書いている。その要諦は表面に聞える音楽の奥に潜むものが聞えるように仕向けることだ。それを読んで聴くと、そこに耳がゆく。
 モンクは《5・モンク・バイ・5》から〈Jackie-ing〉。

 「“ハード・バップ”はジャズの合理的演奏形式でもあるので、そのフォーマットに慣れてしまえば、かえってその中での各ミュージシャンの個性が見えやすいのです。この演奏も典型的2管ハード・バップなので、モンクの楽曲のユニークさ、モンクのピアノの特異性が浮き彫りになるという寸法です」

 聴いてみると、なるほど、他の4人は他でもよく聴くような音楽をやっている。しかし、まずメロディがヘンだ。音がおちつくべきところから外れているところに落ちているように聞える。そしてピアノの音がもっとヘンだ。他の4人の出している音とまるでかけ離れたことをやっているように聞える。全然合っていないように聞える。

 ところが、それが面白いと感じられる。気持ちよいと感じられる。ははあ、これがモンクの音楽の面白さなのか、と腑に落ちる。

 ドルフィーは《ファー・クライ》から〈Left Alone〉。

 「マル・ウォルドロンがビリー・ホリディに捧げた極め付き名曲〈レフト・アローン〉を、ドルフィーは原曲に忠実に吹くのですが、それでもパーカーのところで触れたように、ドルフィーならではの個性・存在感が際立っているのですね。これを聴けば、嫌でも彼の残された数少ない名盤に興味が向うこと請け合いです」

 確かにメロディをまったく変えずに吹いてゆくけれど、まずそのフルートの音に惹きつけられる。吸いこまれるようになる。そして、そのメロディから即興がごく自然に湧きたってくる。さあ、メロディはやったで、ここからあとは俺っちが勝手にやるんだぜい、おめーら、聞きやがれ、というジャズのお定まりのような、とってつけた感じがまるで無い。まるでそこも元々原曲の一部であるように聞える。それに、フルートという楽器の音が、こんなに胸の奥にざくざくと切りこんできて、しかもそれが快感になるなどということがあっただろうか。いや、参りました、ドルフィー、聴きましょう。

 パーカーは「ヴァーヴ時代の隠れ名盤」《フィエスタ》から〈エストレリータ〉。

 「音も良くメロディを素直に歌わせても圧倒的存在感を示す(中略)聴き所は、哀愁に満ちたラテン名曲を切々と歌い上げるパーカーならではの魅力がジャズ初心者にもわかりやすいところですね」

 パーカーはキモだと後藤さんに散々言われて、ようしと図書館にあったアンソロジーを借りてきて聴いてみても、どこが面白いのかさっぱりわからなかった。他で散々聴いているからSPの音が悪いとは思わないけれど、やっぱり後藤さんみたいに、深夜、とにかくごりごりと面白くもないこれを聴き続けなければならないのか、と敬して遠ざけていた。でもこのパーカーはいい。なるほど、凄い。これは入口になる。


 今年夏頃に発見してキュレーションの威力を感じているものがジャズでもう一つある。イングランドはブリストル在住のジャーナリストが書いている "52 for 2021" だ。パンデミックでライヴが止まった、その代わりに週に1曲、思い入れのあるトラックを紹介する。


 表面的には個人的に好きな、これまでウン十年ジャズを生で録音で聴いてきて、思い入れのあるトラックを紹介する形であるのだが、これが絶妙なキュレーションの賜物なのだ。

 書き手がイングランド人だから、わが国では名前を聞いたこともないイングランドのローカルな人(例えば Tony Coe)も登場する。聴いてみると、これが実に良かったりする。有名な人でも、あまり目立たない、名盤選などにはまず絶対に乗ってこないもの(たとえばアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの《The Album Of The Year》)が出てくる。つまり、まったく無名、いや本国では名は知られてるけれど、他ではあまり知られていない、優れてより広く聴かれる価値のある音楽や、誰でも知ってる人や音盤のすぐ脇にあって、その人たちの隠れた魅力を照らしだすような音楽を、さりげない口調で紹介してくれる。そしてその有名無名の混ぜあわせが工夫されている。ジャズに詳しい人はたぶんにやりとするだろうし、初心者は聴けば面白い音楽によってジャズの多様性と広がりを、その大きさに圧倒されずに実感できる。

 基本的にすべての音源をネット上で聴くことが可能だ。あたしは Tidal でまず探し、無ければ Apple Music で探し、それでも無ければ、YouTube か Spotify で聴いている。きちんと聴きたくなってCDを買ったものも何枚かある。


 『ジャズ喫茶のジャズ』にもどれば、これは「第1回:ジャズ喫茶が選ぶジャズ・ジャイアンツの名演」とあり、後藤さんがジャズ・ジャイアンツをどう料理するのかにまず興味があった。ビル・エヴァンスを出すのはやむをえないとしても、《Waltz For Debby》ではなく、いわばそのB面になる《Sunday At The Village Vanguard》を選んでいるのを見て、さーすがあ、こりゃあ、イケる、と思ったのだが、上記パーカーからの3曲は、期待を大きく上回ってくれました。第2回以降も楽しみになってきた。



##本日のグレイトフル・デッド

 1202日には1966年から1992年まで5本のショウをしている。公式リリースは1本。


1. 1966 Pauley Ballroom; University of California, Berkeley, CA

 Danse Macabre(死の舞踏)と題された金曜夜のダンス・パーティー。2ドル。開演9時。共演カントリー・ジョー&ザ・フィッシュ。ポスターとチケットが残っている。San Francisco Chronicle 19661201日付けにも予告記事がある。が、このギグが実際に開催された、という明確な証拠は無いらしい。セット・リスト不明。

 その記事ではこのバンドは結成されて16ヶ月で、ベイ・エリアで最も人気のある組織2つのうちの片方、とある。とすると、結成は1965年8月。もう片方が何かは書いていないようだ。


2. 1971 Boston Music Hall, Boston, MA

 第二部が短かいが、第一部は良いショウとのこと。


3. 1973 Boston Music Hall, Boston, MA

 このヴェニュー3日連続の3日目。前々日と同じく曲数で6割強、時間にして8割強が《Dick’s Picks, Vol. 14》でリリースされた。こちらは第一部がオープナーとクローザーを含んで7曲。第二部がクローザーの〈Sugar Magnolia〉以外全部。それにアンコールの〈Morning Dew〉。つまりこの3日間は〈Morning Dew〉に始まり、〈Morning Dew〉に終る。

 DeadBase XI Dick Latvala John W. Scott は口をそろえて、第二部のジャムを誉めたたえている。このショウを公式リリースした《Dick’s Picks, Vol. 14》はラトヴァラの最後の仕事のはずで、そのすばらしい第二部をほぼ全部収録したわけだ。


4. 1981 Assembly Hall, University Of Illinois, Champaign-Urbana, IL

 開演7時半。セット・リスト以外の他の情報無し。


5. 1992 McNichols Arena, Denver, CO

 25.85ドル。開演7時。セット・リスト以外の他の情報無し。(ゆ)


6月16日・水

 Grimdark Magazine の オリジナル・アンソロジー The King Must Fall を Kickstarter でプレッジ。Anthony Ryan がノヴェラで参加しているので買わないわけにはいかない。Kameron Hurley や Anna Smith Spark もいるし、エイドリアン・チャイコフスキーもいるしで、かなり美味しそうだ。

 この雑誌はイギリスだと思っていたら、オーストラリアだった。

 Kickstarter の出版も増えたなあ。翻訳出版もできるだろうか。


 Cookie Marenco の Cookie's Corner #90 How DID we record during the pandemic? は面白い。仲間の録音エンジニアたちとパンデミック中の録音について話す中で、皆さん防音完備のスタジオではなく、自宅など臨時の環境で録音せざるをえなくなり、当然、色々と外界の音が入ってくる。クーキーはそういうのに慣れていて、むしろ自然発生的なそういう音楽がスタジオ環境でのものよりずっとすばらしいことも体験として知っている。ところが他の、いわば完璧主義者のはずのエンジニアたちも、最高の演奏を録っている最中にどこかでケータイが鳴るというのが、実はそれほど悪いことではない、むしろその方が音楽の良さが引き立つこともあるとわかったと言う。これからはもっと「ライヴ」な環境で録りたい、録るつもりだ、と口をそろえる。これで録音された音楽に情熱がもどってくるかもしれない、というクーキーの期待は共有できる。


 寒中お見舞い申し上げます。今年はいつも以上にのらりくらりとなるでありましょう。どうぞ、よしなに。

 オンラインになった『ラティーナ』の昨年のベストアルバムに参加しました。以下にリンクを張りました。来週火曜日19日までは無料で誰でも見られます。それ以後は定期購読者のみ、閲覧できます。

[2021.01]Best Albums 2020-1

[2021.01]Best Albums 2020-2

 あたしのはここにあります。
[2021.01]Best Albums 2020-3

 各アルバムには Spotify のリンクを編集部がつけてます。聴いてみて気に入ったら、ぜひ音源も購入しましょう。少しでもミュージシャンたちを支援しましょう。

 Grateful Dead の Dave's Picks, Volume 35 は試聴のリンクがありません。これは限定発売で、本家 Dead.net でも発売後は試聴できません。ふだんはこのシリーズはベストアルバムには選ばないんですが、収録された1984年4月のフィラデルフィアでのショウがあまりにすばらしく、Dave's Picks のみならず、デッドのアーカイヴ・ライヴ音源の公式リリース全体の中でも屈指の出来栄えなので選びました。こういうものも出ているというお知らせの意味もあります。

 あたしの選んだものは、デッド以外の海外タイトルはほとんどが Bandcamp で買えます。あそこで買うとミュージシャンへの見返りも他より大きいので、できるだけ Bandcamp を利用するようお願いします。CDを購入すると、すぐにファイルをダウンロードして聴くこともできます。時にはハイレゾ・ファイルが来ることもあります。

 昨年はスタジオでの録音も大きく制限されたでしょうから、今年は新譜の数は減ると予想されます。ライヴ配信、ライヴ音源の販売は増えるでしょうが、さて、どうなりますか。(ゆ)

 デッドのスタジオ盤リリース50周年記念シリーズとして《American Beauty》が10月30日発売と発表になってます。CD3枚組でオリジナルのリマスターと 1971-02-18, Capitol Theater, Port Chester, NY のショウが完全収録されます。 

 CDの他に限定カラー・ディスク・アナログ盤とその他記念商品が Dead.netオンリーで出ています。いずれも予約可能。

 収録される1971年2月18日のニューヨーク州ポート・チェスターのキャピトル・シアター公演は、24日まで6夜連続のショウの初日。この日は一気に5曲もの新曲が披露されたことでも有名です。初披露の新曲は

Bertha(オープニング)
Loser(前半4曲め)
Greatest Story Ever Told(前半5曲め)
Wharf Rat(前半10曲め。〈Dark Star〉にはさまれる形)
Playing in the Band(後半2曲め)

 このうち、〈Bertha〉は前年末12月15日にサンフランシスコの The Matrix での演奏記録があり、これが公に演奏された初めと思われます。が、この時は Grateful Dead としてではなく、Jerry Garcia & Friends の名義、メンバーはデヴィッド・クロスビーとガルシア、レシュ、ハート。会場はデッドも草創期に演奏したことがある、「30人も入れば一杯の」小さなハコです。DeadBase 50 によれば定員104。

 この5曲はいずれもその後デッドのレパートリィの定番中の定番になりますが、グレイトフル・デッドとしてのスタジオ盤には収録されていません。〈Bertha〉と〈Wharf Rat〉は1971年の《Skull & Roses》が公式リリースとしては初出。つまりこの2曲にはスタジオ版が存在しません。〈Greatest Story Ever Told〉と〈Playing in the Band〉は1972年のボブ・ウィアの初のソロ《Ace》、〈Loser〉はジェリィ・ガルシアの初のソロ《Garcia》1972年に、それぞれ収録されます。

 ウィアの《Ace》については、参加メンバーが実質デッドなので、これをデッドのアルバムに含める向きもありますが、デニス・マクナリーのバンド公式伝記 A Long And Strange Trip によれば、録音の主導権は完全にウィアがとっているので、アルバムとしてはデッドのものとは別物とみるべきでしょう。

 このショウでは Ned Lagin がキーボードを担当しました。

 ここから始まる6本のキャピトル・シアターの連続公演(22日は休み)はデッドのショウの中でもベストのランつまり一連の連続公演の一つとしても名高いものです。これまでに2日め19日のショウが《Three From The Vault》2007として、4日目21日のショウがつい先日出た《Workingman's Dead》50th Anniversary Deluxe Edition に公式リリースされています。また最終日24日のショウのうち3曲が2010、2012、2013と2014年の《30 Days Of Dead》でリリースされています。4回で3曲というのは2012年と2013年が同じ曲のため。今回出る18日も2016年に〈Loser〉、2017年に〈Bertha〉がそれぞれ《30 Days Of Dead》でリリースされています。このランは《Skull & Roses》用にマルチトラック録音されているそうなので、他の3本もいずれ何らかの形で出るでしょう。

Three From the Vault (Dig)
Grateful Dead
Rhino / Wea
2007-07-17


Workingman's.. -Deluxe-
Grateful Dead
Rhino
2020-07-10



 《Skull & Roses》には結局この2月の録音は使われず、その後の4月のフィルモア・イーストでの録音が主に収録されました。ひょっとすると来年《Skull & Roses》50周年記念盤としてこれらの完全版が出るかもと期待しましょう。

 この連続公演はまたブルックリンの  Dream Laboratory に協力してテレパシーの実験が行われたことでも知られます。ステージ後方のスクリーンに映し出された図形を聴衆はテレパシーで Dream Laboratory に送るよう努めることを要請されました。実験の結果はテレパシーが成立したとされています。

 会場のあるポート・チェスターはマンハッタンから北東にロング・アイランド海峡沿いに約70キロほど行ったコネティカット州との境のすぐ前にある町。キャピトル・シアターは1926年に建てられた1,800人収容のコンサート会場です。当初は映画館として造られ、1970年代にコンサート会場に改修されました。今世紀初頭は使われる頻度が減りましたが、2011年に大改修されて、再び盛んにライヴが行われています。

 デッド以外にもジャニス・ジョプリン、パーラメント-ファンカデリック、トラフィック、デヴィッド・ボウイ、ストーンズ、フィッシュなどがここでライヴをしています。2011年の改修後の柿落しはディランでした。

 デッドはここで1970年3月20日から1971年にかけて計13日18本のショウをしています。その最後がこの6本です。

 1971-02-18のショウはまた、ミッキー・ハートがこれを最後に3年半、バンドから離れたものでもあります。

 デッドのマネージャーをしていたミッキーの父親の Lenny Hart (1919-1975) は、1970年3月、多額のバンドの金を持って失踪します。レニーは独自の教会の牧師もしていて、デッドが稼いだカネをそちらに流用していたのがバレ、責任を追求される直前に高飛びしたのでした。翌年6月サン・ディエゴで発見され、裁判で有罪とされて半年の懲役刑に服します。バンドは民事訴訟することはせず、代わりにハンター&ガルシアが〈He's Gone〉を作りました。この歌はレパートリィの定番となり、とりわけ、周囲の誰かが亡くなると追悼として演奏されました。

 この事件は当然ミッキーには大変なショックでした。もともと父親をマネージャーに薦めたのはミッキーでもありました。他のバンド・メンバーやクルー、スタッフがミッキーを責めることは一切ありませんでしたが、自責の念からショウに出ることもままならなくなります。1971年2月のツアーにも同行し、超能力実験をやった心理学者が催眠術をかけて、18日の初日にはステージに何とか上がりますが、終演後、ハートの状態を危ぶんだ心理学者はかれをロング・アイランドの実家に連れていきました。復帰するのは1974年10月20日、ウィンターランドでの、デッドがライヴ活動を休止する最後のショウでした。

 《American Beauty》は《Workingman's Dead》とともに、デッドのスタジオ盤としてはダントツに評価が高く、また実際、質も高いものであります。かの「ブラックホーク」にもこの2枚はありましたし、あたしがデッドにハマる前に聴いていたのもこの2枚だけでした。この2枚はまたピグペンのバンドからガルシアのバンドへというデッドの方向転換の軌跡でもあり、これを促進したものでもあります。

 この次のスタジオ盤は1973年の《Wake Of The Flood》になるので、50周年記念盤もしばらくは出ませんね。もっとも、デヴィッド・レミューの口振りでは、今年はもう一つ、隠し玉があるかもしれません。(ゆ)

 今年のビッグ・ボックス《June 1976》が発表されました。

 リリースは3月20日。5本のショウを完全収録。CD15枚組。限定12,000セット。価格は 149.98USD。日本までの送料は12.99USD。

 例年よりずっと早い。David Lemiuex が Seaside Chat でも認めていますが、後半にもう1つ、あるいはもっとでかいのを出すらしい。今年は《Workingman's Dead》と《American Beauty》の50周年記念盤が出るはず。それが従来より大きなものになるのでしょうか。そう言えば《Live/Dead》の50周年記念盤は出ませんでした。もっとも、あれはもう出すものがあるとも思えません。

 このボックスは復帰して最初のツアーの前半で、これまで出ていなかった日のショウを収めます。1976年6月3日、1974年10月20日以来の1年半におよぶ休止に終止符を打ち、デッドはライヴ活動を再開します。3日と翌4日はオレゴン州ポートランドでショウを行ない、9日から東部へのツアーに出ます。

 このツアーは以下の通り。前半はこれまでにも単発で完全版の公式リリースが出ていて、今回のボックスで06/19まではほぼ全部出ることになります。06/12が半分、06/18の1曲が出ていませんが、このリリースの形からすると、テープ損傷などで出せないのかもしれません。録音はベティ・カンター=ジャクソン。いわゆる「ベティ・ボード」の一環で、一昨年、デッドの The Vault にめでたく収められたテープの一部。Dave's Picks, Vol. 28 と Download Sereies, Vol. 4 はやはりベティ・カンター=ジャクソンの録音。記述が無い Road Trips, Vol. 4 No. 5 も録音の質からして、おそらく同じ。

1976-06-09, Boston Music Hall, Boston, MA; Road Trips, 4-5
1976-06-10, Boston Music Hall, Boston, MA; June 1976 Box
1976-06-11, Boston Music Hall, Boston, MA; June 1976 Box
1976-06-12, Boston Music Hall, Boston, MA; Road Trips, 4-5, 30 Days 2013, 2014, 2019
1976-06-14, Beacon Theatre, New York, NY; June 1976 Box
1976-06-15, Beacon Theatre, New York, NY; June 1976 Box
1976-06-17, Capital Theater, Passaic, NJ; Dave's, 28
1976-06-18, Capitol Theatre, Passaic, NJ; Download, 04
1976-06-19, Capitol Theatre, Passaic, NJ; June 1976 Box
1976-06-21, Tower Theatre, Upper Darby, PA; Download, 04
1976-06-22, Tower Theatre, Upper Darby, PA; Download, 04
1976-06-23, Tower Theatre, Upper Darby, PA; Dave's, 28
1976-06-24, Tower Theatre, Upper Darby, PA
1976-06-26, Auditorium Theatre, Chicago, IL
1976-06-27, Auditorium Theatre, Chicago, IL
1976-06-28, Auditorium Theatre, Chicago, IL; Download, 04; Dave's, 28
1976-06-29, Auditorium Theatre, Chicago, IL; So Many Roads

 このツアーは休止前の Wall of Sound が設営可能な大規模な会場は避け、収容人数4,000以下の比較的小さなヴェニューを選んでいます。デッドとしてはこの規模の会場が最も肌身に合っていたようです。1980年代後半以降の巨大スタジアムは大きすぎました。各会場の収容人数、そこでの演奏回数、最初と最後はこうなります。

Boston Music Hall, Boston, MA = 2,700, 15=1971-04-07/ 1978-11-14
Beacon Theatre, New York = NY, 2,894, 2 この時のみ
Capital Theater, Passaic, NJ = 3,200、10=1976-06-17/ 1980-04-01
Tower Theatre, Upper Darby, PA = 3,119, 4 この時のみ
Auditorium Theatre, Chicago, IL = 3,875, 10=1971-08-23/ 1977-05-13

 いずれも当時、ロックのコンサート会場として人気がありました。もっともボストン・ミュージック・ホールは当初クラシック専門のホールとして建てられています。ニューヨークのビーコン・シアターはオールマン・ブラザーズ・バンドが根城にしたことで有名です。

 このツアーでは、史上初めて、通販でチケットを販売しました。今ではあまりにもあたり前なチケットを通販で売ることはデッドの発明になり、その後、バンドを支える太い柱に成長します。

 これはデッドにとっては第2の黄金期の始まりです。1年半の休養はバンドをほとんど一新させます。ミッキー・ハートが完全復帰し、レミューも上記 Seaside Chat で指摘しているように、ドナ・ジーン・ガチョーのコーラスがすばらしい。ライヴを休んでいる間に作って出した《Blues For Allah》からのレパートリィが加わります。面白いことに、このアルバムは収録曲がまっ二つに別れます。〈The Music Never Stops〉〈Crazy Fingers〉そして〈Help on the Way> Spilknot!> Franklin's Tower〉はレパートリィに定着しますが、それ以外の曲はほとんど、または全くライヴでは演奏されません。

 《Mars Hotel》からの曲も新たな展開を見せはじめます。〈Scarlet Begonias〉がまだ単独で、そしてそれだけで十分に展開されるのはこの時期の愉しみの一つです。

 発売までひと月ありますが、その間は1976年の復習と、もうすぐやって来る Dave's Picks, Vol. 33: 1977-10-29, Evans Field House @ Northern Illinois University, DeKalb, IL のディグで過すといたしましょう。(ゆ)

 今年春の ICF のプログラムが発表になっています。

 あたしが担当するのは初日03/11午前中、10:00〜11:50の「アイリッシュを知るクラス〜意外と知らないアイリッシュ音楽の過去〜」です。

 副題としては「録音でたどるアイリッシュ・ミュージックの歩み〜蝋管録音から現在まで」を考えてます。今回は歌は脇にとって置き、主に器楽演奏の話です。両方やる時間は無いので。とはいえ、いくつか歌は否応なく入ってきますけど。

 以下は今考えている筋書きです。これから音源を再度聴いて検討するので、まだ中身は流動的です。聴く音源も変わるかもしれません。また、公式サイトの紹介では前半、後半に別れてますが、あたしとしては連続の話としてするつもりです。むろん、片方だけ参加されても問題はありません。ただ、きっちり予定どおり行くことはまず無いので、今のところアルタン以降を後半にするつもりですが、実際には進行状況によって前後したり、すっ飛ばしたり、ということもありえることは念頭に置いてください。


〇録音以前をざっくりと
神話
歴史文献
ハープ伝統

〇蝋管録音
Patsy Touhey
1901, The Sword In Hand - Reel, from "The Piping Of Patsy Touhey"

〇SP録音
コールマン、モリスン、キロランたち
1920-30s, from "Past Masters Of Irish Fiddle Music"

〇LP録音
1959, Paddy Canny, P. J. Hayes, Peadar O'Loughlin & Bridie Lafferty
from "All-Ireland Champions - Violin"

〇ショーン・オ・リアダ
1962, Sean O Riada & Ceoltoiri Chualann
from "Reacaireacht An Riadaigh"

〇プランクシティ、ボシィ・バンド、デ・ダナン
1973, Planxty
Raggle Taggle Gypsy> Tabhair Dom Do Lamh, 1st or the live track

1975, The Bothy Band,
from "The Old Hag You Have Killed Me"

1975, De Danann,
from "The Best Of"


〇アルタン
1983, Mairead Ni Mhaonaigh & Frankie Kennedy,
from "Ceol Aduaidh"


〇ケルティック・タイガーに乗って
1990, Patrick Street
Music for Found Harmonium from Irish Times

1994, Sharon Shannon,
from "Out The Gap"

1995, Riverdance
初演キャストのビデオ冒頭, 7:30


〇ダーヴィッシュとルナサ
1993, Dervish
from "HARMONY HILL"

1998, Lunasa
1st or the live track


〇前衛と伝統
2018, The Gloaming
from "Live At NCH"

2018, Shane Mulchrone
from "Solid Ground"

 最後に質疑応答の時間はとる予定です。まあ、午後のクラスで見たいものもあるし、その辺をうろうろしてるでしょうから、つかまえてくれてもかまいません。事前に質問・要望などを送られるのも歓迎です。

 それと、ICF は大学生主体のイベントですが、参加資格に制限は無いそうです。有料ではありますがね。(ゆ)


2020/01/26追記
 参考文献としてはあたしが書いた本があります。これを読んで、あげてある音源を聴けば、ここでしゃべることは最新の部分を除いて、ほぼほぼカヴァーできます。



 四谷の「いーぐる」が日曜日営業を始めて、音がいいよと後藤マスターが言うので、行ってみた。ほんとに音がいい。すんごく気持ちいい。いい音かどうかの前に、聞いてて気持ちいい。あるいはいい音というのは聞いてて気持ちいい音なんだろう。Kamasi Washington も、Andrew Hill も、Charlie Haden も、みんなすばらしくて、みんな大好きになる。

 CDもだけど、「いーぐる・オーディオ主任」渡辺さんの作られた、裸の Denon カートリッジがまたすばらしい。たまたま他にお客さんがいなくなったんで、後藤さんがオリジナルのカートリッジとの聴き比べをしてくれたのだが、明らかに、最初の音が出たところでわかる。裸の方が音が新鮮で活き活きしている。オリジナルにすると、どこか霞がかかったような、ソフトな音になる。

 たまたま渡辺さんもいらしていて、いろいろお話を伺えたのも面白かった。カートリッジを裸にしてみたのは、そういうことをやっている動画を YouTube で見たからだそうだ。もっともその前から情報はあったらしい。ハイエンドのモデルには最初から裸のものもあるそうな。Denon のやつは裸にした時の変化がことに大きいそうだ。

 パワーアンプも一時的にクレルに代わっているから、日曜日の電源とクレルのどちらがより効果が大きいかは簡単には言えないが、電源は結構大きいのではないかと、素人ながら思う。

 こうやって聴くと、カマシ・ワシントンのやってることが少し見えてくる。メジャーから出たものしか聴いていないけれど、かれの録音はどれも多数のメンバーによる多彩な音が重ねられている。アコースティック楽器もあれば電気楽器もあるし、多人数の合唱やストリングスもある。打ち込みなどの電子音もある。今の音楽に使われる素材、音源は全部使われているのではないかと思えるくらいだ。しかもそれらの録音のしかたも違う。アコースティック楽器は従来どおり、できるかぎり生音に近い音で聞えるように録っている。一方でドラムスや電気楽器の一部はいわゆるロウファイに録っている。合唱の録り方も、クラシック的なスタイルにもかかわらず、なるべく綺麗に聞えるように録るクラシックの録り方ではなく、あえていえばノイジーに録っている。

 さらに、こういう録り方の使いわけは、楽器のタイプや演奏のスタイルによって決めているわけでもない。たとえばドラム・キットでもクリアに録る時と、ノイジーに録る時とがある。おそらく何らかの方針はあるのだろうが、数回聴いただけではわからない。ひょっとすると方針は決めないという方針かもしれない。

 こういう各々に異なるレベルの録り方をした音を重ね、組み立てて、一つの楽曲を作る。

 この手法もたぶんヒップホップから来ているのだろうが、こういう作られ方をした音楽を聞くには、聞く側にもそれにふさわしいアプローチが必要だろう。ワシントンはエンタテイナーとして優れているから、ただ漫然と聞いてもそれなりに愉しめるようにも作っているけれど、そこにはいくつもの層があって、掘ってゆくと新たな層が顕われる。それが聞えると、さらに愉しくなるように作っているのではないかとも思える。

 これはクラシックの交響曲などの聞き方に通じるところもあるが、そちらの場合は各々の要素は全体に奉仕していて、あくまでも全体を1個の統一された作品として提示しようとしている。

 ワシントンの場合、必ずしも個々の要素が全体に従属し、その一部として機能しているとは限らないようにも聞える。中には、ほんとうにこの楽曲の一部なのか、よくわからないものすらある。偶然まぎれこんでしまったか、意図して入れたものの、想定した役割を果たしていないとか。なんで入れたのか、ワシントン自身にもわからないものすらありそうだ。

 あるいはこれはかなりラディカルな手法かもしれない。音楽の聴き方を根本的に変えることを求めているのかもしれない。そうすることで、今の、21世紀最初の四半世紀にふさわしい音楽の聴き方、愉しみ方を見つけることを要請しているのかもしれない。

 それができたとして、そこで培われた、または鍛えられた聴き方を、他の音楽、従来の形で作られ、録音された音楽に応用することで、また新たな位相が現れる可能性もある。

 というようなことが、日曜日のいーぐるの気持ちよい音でカマシ・ワシントンやアンドリュー・ヒルやチャーリー・ヘイデンを聞きながら、浮かんできたのだった。(ゆ)

 「今日は1日ケルト音楽三昧」に放送前にいただいていたリクエストのうち、用意しながらかけられなかったものの一部について書いておきます。
#zanmai 


 まず、Mick Hanly, Farewell Dearest Nancy。

 1976年のソロ・ファースト《A Kiss In The Morning Early》冒頭のトラックですが、CD化されてません。これに限らず、Mulligan の初期はCD化されていないのは残念であります。アナログ自体も手許にはありませんでした。

 リクエストでは「Mick Hanlyでなく、おすすめのアーティストでも可」ということで、オーストラリアのバンド Trouble In The Kitchen が《When The World Was Wide…》(2003) でとりあげています。演奏自体はたぶんハンリィのものをお手本にしてます。こちらのシンガーは女性。

 あらためて聴いてみると、これはどちらも名曲名演で、どうしてもっと唄われないのか、不思議なくらい。

 ミック・ハンリィはリムリック出身。クリスティ・ムーアやドーナル・ラニィと同世代のシンガー・ソング・ライターで、Moving Hearts でムーアの後継者としてリード・シンガーを務めました。ソングライターとしては、ジミィ・マカーシィ、ノエル・ブラジル、ドナ・ロングなどと並んで、今やアイルランドを代表する一人です。

 歌の代表としては〈Past the Point of Rescue〉があります。1988年にメアリ・ブラックがカヴァーしてアイルランドでヒット。1992年にはアメリカのハル・ケチャムが唄って、カントリー・チャートでゴールド・ディスクを獲得する大ヒットになりました。この曲のハンリィ自身の録音は《All I Remember》(1989) 収録。今でも元気で、最近はドーナルとツアーしています。この人の経歴と歌はなかなか面白いので、いずれあらためて。


 以下は楽曲のみで、ミュージシャンの指定が無かったもの。

〈Hector the Hero〉
 スコットランドの James Scott Skinner の曲。スキナー (1843-1927) はスコットランド特有のビートであるストラスペイの名曲を多数作り、The King of Strathpey と呼ばれ、またスコットランドのフィドル奏法を一新したと言われる人ですが、この曲はストラスペイではなく、ゆったりとした名曲。

 John Cunningham が Celtic Fiddle Festival の《Encore》(1998) でギターと二人だけで演奏しているのも捨てがたかったのですが、ティム・エディがソロ・アルバムで Charlie McKerron と二人で演っているのがとびきりの名演です。ここではエディはギターだけでなくアコーディオンも聞かせます。


〈Road to Lisdoonvarna〉
 有名なアイリッシュ・リールで、名演がたくさんあります。選んでいたのは
わが国のハマー・ダルシマー、ギター、バゥロンのトリオ Hammerites がデビュー作《Hammerism》(2017) でやっているもので、〈Butterfly> Road To Lisdoonvarna> Swallowtail〉というメドレー。

Hammrism ハマーリズム
Hammerites ハマーライツ
ロイシンダフプロダクション
2017-03-12



〈The coming of spring〉
 アイリッシュのジグで、選んでいたのは Dave Flynn が《Draiocht(魔法)》(2006) で〈Drowsy Maggie> The Coming of Spring〉のメドレーでやっているトラック。フリンは昨年正月に来日しているアイルランドのギタリスト。その時のレポートはこちら。伝統音楽からジャズ、クラシックまでカヴァーする幅の広い人です。この録音はギター・ソロで、アイルランドではこういうことをしている人は他にはほとんどいません。

Draocht
Dave Flynn
2007-09-25



〈Jolly Tinker〉
 これも有名なアイリッシュ・リールで、たくさん録音があります。選んでいたのは、Michael McGoldrick が《Wired》(2006) に収めているもの。例によってすっとんだ演奏。これも後にメドレーで続きますが、今、CDが手許になく、すみません、これも後日。

Wired
Michael Mcgoldrick
Compass Records
2006-01-31



 放送中にいただいたリクエストは NHK でリストアップしてますが、多すぎて、もう少し時間がかかりそうです。(ゆ)

 Folk Radio UK の Folk Show の最新版 40, 2018-09-28 が出ていたので、聴いてみる。

 選曲、原コメントは Alex Gallacher

00:00:00 June Tabor & Martin Simpson – Strange Affair
 1980年の《A Cut Above》から。久しぶりに聴くと、こんなに手の込んだことをやっていたのか、と驚く。当時シンプソンはまだアルバム1枚出したくらいで、このアルバムでギタリストとしての評価を確立したと記憶する。あの頃は情報も少なく、テイバーとシンプソンの組合せには驚いたものだ。後のテイバーの傑作《Abyssinians》の布石でもある。このトンプソンのカヴァーもいいが、掉尾を飾る Bill Caddick 畢生の名曲〈Unicorns〉は衝撃だった。


A Cut Above
June Tabor & Martin Simpson
Topic
2009-08-12


Abyssinians
June Tabor
Topic
2009-08-12




00:05:35 Fairport Convention – Days Of 49
 フェアポートのディラン・カヴァー集《A Tree With Roots: Fairport Convention And The Songs Of Bob Dylan》から。このヴォーカルはニコルだね。トンプソンのギターもばっちりだし、すばらしい。ディランをカヴァーするとみんなディランになると言うが、それはたぶんアメリカ人の話で、イギリス人はやはり別ではある。

A Tree With Roots: Fairport Co
Fairport Convention
Universal
2018-08-03




00:11:50 Karan Casey – Hollis Brown
 11/02リリース予定の新作《Hieroglyphs That Tell The Tale》から。このカランもディランじゃないねえ。すばらしいじゃないですか。

00:16:17 Stevie Dunne – The Yellow Wattle / The Maids at the Spinning Wheel / The Meelick Team
 アイリッシュ・バンジョーの名手。こりゃあ、ええ。こりゃあ、ええでよ。バゥロンすげえなと思ったら、ジョン・ジョーじゃないですか。その他もほとんど鉄壁の布陣。買いました。

00:21:43 Shooglenifty & Dhun Dhora – Jog Yer Bones
 11/09リリース予定の新作から。Dhun Dora はラジャスタンのグループだそうだが、ショウ・オヴ・ハンズとも共演していて、面白い連中。これもシューグルニフティと波長がぴったりで、実に面白い。この曲は Roshan Khan がシューグルニフティのメンバーの Ewan MacPherson の iPhone に吹きこんだ唄をベースにしていて、それと Laura Jane Wilkie のペンになる〈Jump Yer Bone〉をカップリングしている由。各種パーカッションを凄く細かく使っているのも楽しい。

00:26:31 Ushers Island – The Half Century Set
 昨年のデビュー・アルバムから。まあ、文句のつけようもない。念のため、メンバーは Andy Irvine, Donal Lunny, Paddy Glackin, Mike McGoldrick, John Doyle。これで悪いものができるはずがない。

Usher's Island
Usher's Island
Vertical
2017-06-15




00:32:12 LAU – Far from Portland
 3作め、《Race The Loser》(2012) から。ま、良くも悪しくもラウーですな。

Race the Loser
Lau
Imports
2012-10-09




00:39:56 Breabach – Birds of Passage
 10-26リリース予定の《Frenzy Of The Meeting》から。スコットランドの5人組。プロデュースは Eamon Doorley なら信用できる。この唄はいい。曲はギターの Ewan Robertson と Michael Farrell の共作。
Bandcamp


00:43:49 Hannah Rarity – Wander Through This Land
 もう一昨年になるのか、Cherish The Ladies と来日したスコットランドのシンガーで、昨年の BBC Scotland Young Tradition Award 受賞者の初のフル・アルバム《Neath The Gloaming Star》から。昨年出したミニ・アルバムよりもぐっと落着いた歌唱。また1枚剥けたらしい。この人の声はゴージャスですなあ。
Bandcamp

00:47:50 Chris Stout & Catriona McKay – Seeker Reaper
 デュオの昨年のアルバム《Bare Knuckle》から。凄いなと思うのはクリス・スタウトのフィドルで、この人も思えばずいぶん遠くまで来たもんだ。

Bare Knuckle
Chris Stout
Imports
2017-12-01




00:53:53 Rachel Newton – Once I Had A True Love
 最新作、出たばかりの《West》から。これは文字通り、一人だけで作ってます。曲は有名な伝統歌。一切の虚飾を排した演奏。緊張感が快い。
Bandcamp


00:57:05 Steve Tilston & Maggie Boyle – Then You Remember
 今回はテイバー&シンプソンはじめ、懐しい録音がいくつもあるけど、これもその一つ。1992年の《From Of Moor And Mesa》から。どちらもソロとしてもすばらしいけど、コンビを組むと魔法を生む。選曲者も言ってるように、探すに値するアルバム。

Of Moor and Mesa
Steve Tilston & Maggie Boyle




01:00:15 Thom Ashworth – Crispin’s Day
 この人はあたしは初めて。《Hollow EP》から。イングランドのシンガー。いいですねえ。顔に似合わず声は若い。ギターはじめ、楽器も全部一人でやってるそうな。歌詞はT・S・エリオットの『四つの四重奏』の一つ「バーント・ノートン」のアジャンクールの戦いをほのめかしたところからとっている由。その戦いは聖クリスピンの日に戦われた。
Bandcamp


01:03:47 Kelly Oliver – The Bramble Briar
 この人も初めて。3作め《Botany Bay》から。前2作と違い、全曲トラディショナルで、故郷の一帯から、Lucy Broadwood が蒐集したものをメインとしている由。これも確かに有名な曲。最近の若い人はまず伝統歌を唄い、それから自作に向かうが、この人は逆をやったわけだ。ジャケットの写真は3枚のなかで一番ひどいが、唄はいい。
Bandcamp


01:07:48 Fairport Convention – Percy’s Song
 ああ、サンディの声は聴けばわかる。うーん、この声とこの唄は、やっぱり他にはいないねえ。すげえなあ。これも前記フェアポートのディランのカヴァー集から。なるほど、こういうのも入れてるのか。原盤は《Unhalfbricking》(1969) ですね。しかし、全然古くないねえ。まるで昨日録音したみたい。とてもディラン・ナンバーに聞えん。イングランドの伝統歌だ。

アンハーフブリッキング+2(紙ジャケット仕様)
フェアポート・コンヴェンション
ユニバーサル インターナショナル
2003-11-05




01:13:10 Steeleye Span – Sheep-Crook And Black Dog
 これも全然古くない。1972年の《Below The Salt》から。マディ・プライアに言わせれば、この前の3枚はハッチングスの作品で、ここからがスティーライ本来の姿だ、ということにになるのかもしれない。しかしこの頃のプライアの声はまさに魔女、異界からの声だ。

Below the Salt
Steeleye Span
Shanachie
1989-08-08




01:17:49 Nic Jones – Billy Don’t You Weep For Me
 例の交通事故で音楽家生命を断たれる前のニック・ジョーンズの未発表録音、大部分はライヴを集めた《Game Set Match》(Topic Records) から。こういうのを聴くにつけ、彼が順調に成熟していっていたなら、どんな凄いことになっていたのか、悔やしさがぶくぶくと湧いてきて、だから、あまり聴く気になれない。演奏がすばらしいのはわかってたけど、こんなに録音が良かったんだ。

Game Set Match
Nick Jones
Topic
2009-08-12





01:22:39 Dick Gaughan – Crooked Jack
 ゴーハンの4作め《Gaughan》(1978)から。この歌は Dominic Behan の作品で、ゴーハンは Al O'Donnell から習った。アル・オドンネルはアイルランドのシンガー、ギタリストで、ゴーハンにとってはヒーロー、だけでなく、広い影響を与えている。1970年代にLPを2枚出していて、どちらもすばらしい。2015年に亡くなっていたとは知らなんだ。《RAMBLE AWAY》(2008) が最後の録音になるのか。ゴーハンはアコースティック・ギターは神様クラスだが、エレクトリックはほんとダメだねえ。この曲はまだマシな方。こうなるともう相性が合う合わない以前で、「持ってはいけない」クラスなんだが、本人はたぶん憧れてるんだよなあ。

Gaughan
Dick Gaughan
Topic
2009-08-12


Ramble Away
Al O'Donnell
Iml
2013-01-07



01:27:42 Jarlath Henderson – The Two Brothers
 この人も初めてお眼に、いやお耳にかかる。はじめ、シンプルなギター伴奏のシンガーだが、妙に力が抜けた唄い方がポスト・モダンだけど、しっかり歌をキープして悪くない、と思っていると、途中からがらりと変わる。このイリン・パイプは凄い。しかもこれがデビュー作だと。BBC Young Folk Musician Award 最年少受賞はダテじゃない。こいつは買わねば。

Hearts Broken, Heads Turned
Jarlath Henderson
Imports
2016-06-10




01:32:35 Martin Carthy and Dave Swarbrick – Polly on the Shore
 懐しいものの一つ。選曲者がこれのソースの《Prince Heathen》(1969) は Martin Carthy & Dave Swarbrick の second album と言ってるのは、何か勘違いしてるので、実際には5作め、第一期の最後。このアルバムはカーシィとしても一つの究極で、どれもいいが、何といっても有名なバラッド〈Little Musgrave and Lady Bernard〉(フェアポートの〈Matty Groves〉の原曲)の9分を超える無伴奏歌唱が圧巻。その昔、初めてこれを聴いた時、スピーカーから風圧、音圧じゃないよ、風圧を感じた。

Prince Heathen [LP]
Martin Carthy and Dave Swarbrick
Topic
2018-08-27




01:36:19 Duncan Chisholm – Caoineadh Johnny Sheain Jeaic / The Hill of the High Byre (Live)
 をー、この録音が出てたのは知らなんだ。買わねば。《Live At Celtic Connections》(2013) から。今、いっちゃん好きなスコットランドのフィドラー。このライヴは20人編成のストリングスとブラス・セクションまで参加してるそうだ。

Live at Celtic Connections
Duncan Chisholm
Imports
2013-11-12




 MacBook Pro 13-inch 2016 で Mojave の Safari で FRUK のサイトで再生してるけど、純正の USB-C アダプタから iFi iDefender3 経由で Mojo > LadderCraft 7製ミニ・ペンタコン変換ケーブル> マス工房 428 で AudioQuest NightOwl に onso のケーブルつけてバランス駆動で聴くと桃源郷にいる気分。(ゆ)

 先日は台風24号が近付く雨のなかを、お越しいただき、ありがとうございました。

 アイリッシュ・ミュージックのアナログ録音は1980年代末までで、最近のアナログ・ブームでも、アナログでのリリースはまだまだ少ないです。新しいところもそのうちレーザーターンテーブル+タグチ・スピーカーで聴いてみたいですが、この点では、スコットランドやイングランドの方が進んでいます。スコットランドも良い録音が多いので、チャンスがあれば、と願ってます。

 当日かけた曲目のリストです。

01. Planxty, The Blacksmith from Planxty, 1973
 アンディ・アーヴァインがリード・ヴォーカルをとり、アレンジも中心になっていて、後半は東欧風の曲調になります。もちろん、当時こんなことをしているのは、彼ら以外にはいませんでした。遙か後にアンディはデイヴィ・スピラーンと組んで《East Wind》を作ります。その布石にもなりました。《East Wind》はこれに参加していた Bill Whelan にも刺戟を与え、『リバーダンス』の東欧ダンスの曲に結実します。

 
Planxty
Planxty
Shanachie
1989-12-12




02. Christy Moore, One Last Cold Kiss> Trip To Roscoff from Whatever Tickled Your Fancy, 1975
Christy Moore: vocal, bodhran
Donal Lunny: bouzouki, keyboards, vocal
Jimmy Faulkner: guitars
Kevin Burke: fiddle
Declan McNelis: bass
Robbie Brennan: drums
 2曲のメドレーの1曲目はアメリカのバンド、Mountain のヒット曲。2曲めはトラディショナル。

Christy Moore/Whatever Tickles Your Fancy
Christy Moore
Raven [Australia]
2004-06-01



03. Andy Irvine & Paul Brady, Arthur McBride
 ポール・ブレディとアンディ・アーヴァインが作った名盤中の名盤。プロデュースはドーナル・ラニィで、ドーナル自身、数多いプロデュース作品の中でも最も印象が強いものと言ってました。メンバーは二人とドーナルにここでもケヴィン・バークがフィドルで参加。ただし、この曲はポールが一人でギターを弾き、うたっています。この歌の数多い歌唱のなかでも決定版と言われるもの。ポール自身、何度も唄い、録音しています。Transatlantic Sessions, Vol. 2 での歌唱はお薦め。

Andy Irvine & Paul Brady
Andy Irvine & Paul Brady
Gael Linn



04. Mick Hanley & Micheal O Domhnaill, Biodh Orm Anocht from Celtic Folkweave, 1974
 ボシィ・バンドの要、ミホールがボシィをやる前に、シンガー・ソング・ライターの Michael Hanley と作っていたアルバム。参加メンバーはリアム・オ・フリン、ドーナル・ラニィ、マット・モロイ、トゥリーナ・ニ・ゴゥナル、デクラン・マクニールズに、先ごろ亡くなったトミィ・ピープルズという布陣。プランクシティとボシィ・バンドの混成というのも面白いです。ただし、この曲はほぼ二人だけのヴォーカル。アイルランド語とスコティッシュ・ガーリックは親戚同士の言語ですが、ミホールたちの本拠ドニゴールはスコットランドと関係が深く、言葉も混合しているそうで、この歌はその混合した言葉でうたわれます。


05. Clannad, O bean a'ti, cenbuairt sinort from In Concert
 初期クラナドの1978年のスイスでのライヴ録音。彼ら自身はこの頃をアマチュア時代と呼んでいますが、ぼくらにはこの頃こそが彼ら本来の音楽に聞えます。

06. Na Casaidigh, Fead An Iolair from Fead An Iolair
 ドニゴールはグィドーア出身の Na Casaidigh 兄妹のバンドのセカンドのタイトル曲。
Aongus: bodgran
Fergus: guitar
Seathrun: bouzouki
Fionntan: fiddle
Odhran: uillean pipes
Caitriona: harp

07. Mairead Ni Mhaonaigh & Frankie Kennedy, Thios i dTeach a' Torraimh from Ceol Auaidh, 1983
 同じくドニゴールはグィドーア出身のマレード・ニ・ウィニーがフランキィ・ケネディと作った最初のアルバムから、彼女の無伴奏アイルランド語歌唱。

Ceol Aduaidh
Mairead Ni Mhaonaigh
Traditions (Generic)
2011-09-20



08. The Chieftains, Round The House> Mind The Dresser from Live!, 1977
 演奏能力では絶頂期のチーフテンズのライヴ録音から。この時期のチーフテンズのライヴを見たかった。
Kevin Conneff: bodgran
Michael Tubridy: flute, concertina, whistle
Sean Potts: whistle, bodhran
Paddy Moloney: uillean pipes, whistle
Sean Keane: fiddle
Derek Bell: harp
Martin Fay: fiddle

Chieftains Live!
The Chieftains
Claddagh
2008-04-15



09. De Dannan, Love Will Ye Marry Me> Byrne's Hornpipe from Selected Jigs, Reels & Songs, 1977
Alec Finn: bouzouki
Frankie Gavin: fiddle
Charlie Piggot: banjo
Johnny Ringo McDonagh: bodhran

Johnny Moynihan: vocal

 すみません、これ、順番がわからなくなったので、とりあえず、ここに入れときます。デ・ダナンは何をやってもすばらしいですが、ぼくはホーンパイプをやる時が一番好きです。後には「ヘイ・ジュード」をホーンパイプに仕立てたりもしました。

10. Dolores Keane, The Bantry Girl's Lament from There Was A Maid, 1978
 第二次世界大戦後、現在にいたるまで、アイリッシュ・ミュージック最高のシンガーといえばこの人。その絶頂期の録音。バックのミュージシャンのクレジットがオリジナルのレコードにはありません。

There Was a Maid
Dolores Keane
Claddagh Records
2011-11-29



11. Dolores Keane & John Faulkner, Mouth Music from Broken Hearted I'll Wander, 1981
 こちらはイングランド人ジョン・フォークナーのプロデュースによる口三味線の録音。強烈にアイリッシュしてます。

Broken Hearted I'll Wander
Dolores Keane & John Faulkner
Mulligan
2008-11-24



12. Kevin Burke & Micheal O Domhnaill, Coinleach Ghlas an Fhomhair from Promnade, 1979
 ミホールがボシィ・バンドの同僚ケヴィン・バークと作った、ボシィ・バンドとは対照的に静かな音楽。このコンビの録音はアルバムがもう1枚とライヴ・ビデオがあり、どちらもすばらしいです。

Promenade
Kevin Burke
Green Linnet
1996-06-25



13. The Bothy Band, Music in the Glen from Old Hag, You Have Killed Me, 1976
 静かな音楽を聴くと、やはりボシィ・バンドが聴きたくなるのは不思議。

Old Hag You Have Killed Me
Bothy Band
Green Linnet
1993-01-05



14. 中村大史, July 22nd from Guitarscape, 2017
 わが国を代表するアイリッシュ・ミュージシャンの中村さんのギター・ソロから、かれのオリジナル曲。

guitarscape
Hirofumi Nakamura 中村大史
single tempo / TOKYO IRISH COMPANY
2017-03-26



 歌の歌詞などはまた後日。(ゆ)

Thousands of Flowers
須貝知世
TOKYO IRISH COMPANY
2018-09-02


 聴いて即気に入り、ずっとそればかり聴いていると、やがて飽きてしまい、ある日ぱたりと聴かなくなる。そういうアルバムはわかっていながら、聴くのをやめられない。というのをラズウェル細木が『ときめきJazzタイム』で書いていた。その反対に、初めはいいのか、悪いのか、よくわからず、しかし気になって繰り返し聴くうちにだんだん良くなってゆき、ついには定期的に舐めるように聴くようになる録音もある。いわゆるするめ盤だ。あたしにとってこれの典型はヴァン・モリソンの《Veedon Fleece》であり、ペンタングルの諸作だ。どちらも自力では良さがわからず、それぞれに友人が惚れこんでいるのを知ってあらためて聴きだした。しかし、自分にとってもかけがえのないものになるまでは、時間がかかった。

 須貝さんのこのソロも、初め聴いたときには、よくわからなかった。悪いものであるはずがない、という想いはあった。実際手応えは充分以上だった。ただ、ではどこがどう良いのか、と問われると、さっぱりわからない。衆に優れたものかどうかもわからない。

 一つにはフルートの演奏の良し悪しの判断があたしには難しいことがある。フルートは他の楽器に比べると、巧いのか下手なのか、よくわからない。というよりも、みんな、ひどく巧いように聞える。

 須貝さんも巧い。むしろ、これが標準で、だからどうした、てなものである。巧い他に何があるのか。何が彼女を多数の優れたフルート吹きから際立たせているのか。それが摑めない。

 そこでとにかく毎日一度聴きだした。いろいろなもので聴く。DAPにイヤフォンを挿し、歩きながら聴く。Poly+Mojo から音友の真空管ハーモナイザー経由でデスクトップのヘッドフォン・アンプにつなぎ、STAX のヘッドフォンで聴く。手持ちのヘッドフォンやイヤフォンをとっかえひっかえしながら聴く。

 繰り返し聴き、ときにはサポートの方に耳を向けてもみる。すると、靄がかかってぼんやりしていたものが、だんだん晴れてくる。右側のアニーのギターがだんだんはっきりしてくる。左で梅田さんのハープが何をやっているのか、少しずつ見えてくる。この録音はサポートの二人の音量が抑えられていて、それはもちろん主役のフルートを際立たせるためだろうが、それにしても抑制が効きすぎて、時には[07]後半のバンジョーのように、いるのかいないのか、よくわからないものさえある。そりゃ、バンジョーが鳴っていて、ユニゾンでメロディを弾いているのはわかるが、それ以上細かいところはわからない。

 須貝さんはすでに na ba na の《はじまりの花》があるし、Toyota Ceili Band のメンバーとして録音にも参加している。とはいえ、後者ではアンサンブルの一員として個別の音はまったくわからない。前者でも3人の絡みは複雑精妙で、個々の個性よりも、ユニットとしてのサウンドが聞える。それらには無い、このソロでの特徴は何だろう。

 一つこれかなと思えてきたのは、低域と高域の往復が頻繁で、その切替えが鮮やかなことだ。典型的なのは[06]のジグ。前半のトラディショナルでも低い音からぱっと高い音にジャンプするのが快感だ。後半の自作曲ではAパートでやはり低域から高域へメロディが駆けあがるが、Bパートではずっと高いところで終始する。フルートで高域がこれだけ綺麗に聴けるのは、聴いた覚えがない。

 フルートはどちらかというと音域が低い、少なくともそう聞える楽器だ。ホィッスルと比べてみれば、一聴瞭然だろう。そしてその低域から中域へかけての音をいかに膨らませるかが、演奏者としての快感を決めているように思える。フルート吹きは高域に音が行かない曲を好むらしい。

 須貝さんは高域を恐れない、と見えるほどに高い音を綺麗に出す。低域から駆け上がって、一瞬高く飛んでまた低く潜るのも得意らしい。

 そしてサポートの二人も、そこを把握し、押し出すような演奏をしている。ギターとピアノは終始、低域だ。ビートを刻んで煽ることは一切しない。むしろ音を置きながら、後からついてゆく。ハープは右手でユニゾンをするが、左手のベースがよく効いている。そして、左手の方がわずかながら音量が大きく聞える。

 アイリッシュ・フルートの伝統的範疇からはみ出ているように見えるのは選曲にもよる。例えば[03]のホーンパイプからストラスペイにつなぐところ。最近ではスコットランドでも優れたフルート奏者が出ているし、アイルランド出身でも多彩な曲をとりあげる Nuala Kennedy もいるけれど、フルートでストラスペイを演奏するのは、あまり聴いたことがない。アイルランド人はまずやらない。ストラスペイをフルートで演るのはまず息継ぎが難しそうだ。スコッチ・スナップと呼ばれる独特のビートをフルートで出すのは至難の技だろう。須貝さんもそこは明瞭でない。とはいえ、ホーンパイプからストラスペイをはさんでリールという組合せは、フルートという条件を引いても新鮮だ。

 ご母堂に捧げた〈母の子守唄〉も、シンプルで美しい。これをマイケル・ルーニィの曲と組み合わせたセンスは見事だ。これも原曲はハープのためのもので、必ずしもフルート向きとはいえまい。

 初め、よくわからなかったのは、これがするすると聴けてしまうからでもあった。ことさらに難易度の高くない、少し精進すれば、これくらいは誰でも吹けるだろうと思われる曲を、技をひけらかすでもなく、思い入れたっぷりにでもなく、ごく普通のことをごく普通にやりました、という態度で提示してみせる。それにみごとに騙されたのだった。

 そうでない、というわけではおそらくないだろう。須貝さんとしては、特別なことを気合いを入れてやりましたというわけでは、おそらくない。ふだんからこういう曲をこういう風に演奏しているのだろう。そうでなければ、ここまで一見無造作に、何の抵抗もなくさらりと聴けてしまえるようには演奏できないはずである。

 とはいうものの、こうして繰り返し聴き込んでゆくと、かなり掟破りなことに挑戦し、難易度C以上の技を連発し、いわばフルートの楽器としての限界を押し広げようとしているのではないかと思われてくる。

 難しいことを気合いも入れずさらりとやってしまうのは、やはりたいへんなことである。もう一度しかし、難しいことをやることが音楽家の目的なのでもおそらく無い。いかに気持ちよくフルートを吹くか。まずそれが第一であり、第二であろう。そして三、四はなくて、ずっと離れて、聴く人にも気持ちよい想いを抱いてもらうことが来よう。難しいことを乗り越えるのはそれに付随している副産物にすぎない。

 ここにいたってようやくこの録音の凄さの片鱗が見えたような気がする。来月下旬に予定されているレコ発のライヴを見れば、また別の面が現れるのではないか、と期待する。ひと月ばかり、ほぼ毎日聴いてきてまったく飽きない。おそらくは、やがてぱたりと聴かなくなる類ではなく、折りに触れては聞き返す、するめ盤になるだろう。(ゆ)

[Musicians]
須貝知世: flute
中村大史: guitar, piano, mandolin, banjo
梅田千晶: harp

[Tracks]
01. Deer's March 5:13
01a. The Deer's March
01b. Cuz Teahan's {Cuz Teahan}
02. Bluebells Are Blooming 3:50
02a. Cape Breton
02b. Bluebells Are Blooming ​{Michael Dwyer} (​Jigs)
03. The Caucus 4:52
03a. Eleanor Neary's {Eleanor Neary} (Hornpipe)
03b. Jimmy Lyon's (Strathspey)
03c. The Caucus (Reel)
04. Dawn Chorus 3:31
04a. Brennan's
04b. The Dawn Chorus ​{Charlie Lennon} (​Jigs)
05. Mother's Lullaby 5:58
05a. Mother's Lullaby {須貝知世}
05b. I gCuimhne Feilim {Michael Rooney}
06. Bird's Tiara 3:50
06a. Gan Ainm
06b. Bird's Tiara {須貝知世} (Jigs)
07. The Rookery 3:58
07a. The Rookery {Vincent Broderick}
07b. Kevin Henry's
07c. Edenderrry (Reels)
08. Sliabh Geal gCua 3:43
09. Rolling Waves 3:54
09a. The Rolling Waves
09b. The Rolling Waves(Jigs)

All music are traditional except otherwise noted.


[Staff]
Produced by 須貝知世/ Tokyo Irish Company
Recorded, Mixed & Mastered by 笹倉慎介 @ guzuri recording house

あかまつさん
チェルシーズ
DANCING PIG
2013-07-14


 リリースから5年経つ。この5年はグレイトフル・デッドにあれよあれよとのめりこんでいった時期なのだが、一方で、その5年間に聴いた回数からいえば、このアルバムが最も多いだろう。いつも念頭にあるわけではない。しかし、折りに触れて、このタイトルがふいと顔を出すと聴かずにはいられない。聴きだすと、40分もない長さのせいもあり、最後まで聴いてしまう。聴きだすと、他に何があろうと、終るまで聴きとおす。

 これはコンセプト・アルバムとか首尾一貫アルバムというわけではない。各々の曲は自立し、完結している。にもかかわらず、あたしにとって、これは1本のまとまった映画というか長篇というか、いや音楽なのだ。この九つの曲がこの順番で出てくる、この順番で聴くのが快感なのである。そうしてラストのタイトル曲のイントロが聞えてくると、いつも戦慄が背筋を駆けぬける。悦びなのか、哀しみなのか、単なる感動なのか。それはもうどうでもいいことで、気がつけば、あかまつさんのコーラスに力一杯声を合わせている。8回ぐらいのリピートでは短かすぎると思いながら。

 チェルシーズはまりりんとラミ犬のデュオだ。まりりんがピアニカ、トイ・ピアノ、ホィッスルを担当し、ラミ犬がギター、ベース、ウクレレ、フルート。二人とも様々なパーカッションを操り、そしてもちろんうたう。どちらもリードがとれるし、ハーモニーもできる。ここで言えば01, 02, 04, 06, 07, 09 がまりりん、それ以外がラミ犬のリード・ヴォーカル。リードをとらない方はたいてい何らかの形でハーモニーを合わせる。スキャットしたり、コーラスを唄ったり。どちらも遜色はないが、声の性質からか、ラミ犬のリードにまりりんが合わせるハーモニーはよくはまる。

 まずはこの声だ。まりりんの声はいわゆる幼女声でしかもわずかに巻き舌。アニメの声なら天真爛漫な幼児のくせに肝心なところで舞台をさらうキャラクター。一方で、そういうキャラにはよくあるように、妙に成熟したところもある。幼生成熟と言えなくもないかと思ったりもする。その眼は醒めて、人やモノの本質を見抜く存在の声だ。

 ラミ犬の声も年齡不相応に響く。あるいは年齡不詳か。声域は高めでかすかにかすれる。

 二人ともどこから声が出ているのかわからない。どこにも力が入っていない。張りあげることも、高く澄むことも、低く沈みこむことも、まったくない。クルーナーでもないし、囁くスタイルでもない。しかしふにゃふにゃにはならない。明瞭な発音と相俟って、確かな説得力をもって聴く者に浸透する。浸透力は並外れている。ということはまず唄が巧い。そして声には芯が1本通っているのだ。

 この声で湛々と唄われるうたは、シュールリアリスティック(〈バナナの木〉〈つらら〉)だったり、飾りも衒いもないストレートなもの(〈上司想いの部下のうた〉〈あかまつさん〉)だったりする。時に何を唄っているのか、よくわからなかったり(〈ひるねのにおい〉)もする。一聴、わかりやすいと思うが、よく聴いてみると実はもっと深いところまで掘りさげているのではないかと思えたりするもの(〈ぐるぐる〉)もある。夏が来て、秋に移り、そして冬に凍てつくうたもある。いずれにしても一筋縄ではいかないし、何度聴いても面白い。

 歌詞が乗るメロディとリズムも一見あるいは一聴、とりわけ特徴的なものがあるわけではない。いわばごくありきたりなポップス。現代日本語のうたの範疇のうちだ。ありふれた、といえばこれほどありふれたものもない。どちらかというと歌詞が先に出てきて、楽曲はそれに合わせる形で生まれたように聞える。どれもうたわれている詞にどんぴしゃだ。とりわけあたしのお気に入りは〈眠れぬ夜のかたつむり〉。力の抜けたこのアルバムの中でも、飛び抜けて力が抜けている。

 こうしたうたを、二人はほとんどがギターと、せいぜいがピアニカの伴奏だけのシンプルな組立てでうたう。ドラム・キットを使わず、パーカッションをめだたないように、要所をはずさず、アクセントをつけて使う。〈おはよう〉の手拍子。〈眠れぬ夜〉の終り近く「あくびをすると」で入る鉦。すると、楽曲は立体的に立ち上がってくる。シンプルだが一つひとつのディテールが綿密に練りこまれている。聴きこんでゆけばゆくほど、複雑な絡みが聞えてくる。聴くたびに発見がある。つい先日も、〈眠れぬ夜のかたつむり〉の間奏のギターの後ろでカラカラカラと金属の打楽器を鳴らしていることに初めて気がついた。

 唄も巧いが、楽器の技倆も確かだ。とりわけ難しいことをやっているようにもみえないが、シンプルなことをみごとにこなす。〈うろこ雲〉のピアニカ・ソロ。〈つらら〉コーダの口笛。〈上司想いの部下のうた〉のギター。ギターは時に電気も通し、多彩な奏法を聴かせるが、どれも適切的確。派手なことは何もやらないが、相当に巧い部類だ。そして〈あかまつさん〉のイントロのギターはあたしにはひどく郷愁を起こさせる。こういうギターの響きに誘われて、音楽の深みに惹きこまれていったのだ。

 加えてやたらに録音がいい。練りこまれたディテールが隅々まできちんととらえられている。システムの質が上がってくると、そうしたディテールがあらためて姿を現わす。録音がいいことが何回も聴く要因の一つではある。何か新しい機材を手に入れたり、エージングが進んで音が良くなったりしてくると、それで《あかまつさん》を聴いてみたくなる。そして聴きだせば、最後まで聴いてしまう。

 ことさらに録音がいいからと薦められた、いわゆるオーディオファイル向けのリリースには、録音は良いかもしれないが、肝心の音楽がさっぱり面白くないものが多い。そういう中ではミッキー・ハートの《Dafos》やブラジルの Jose Neto の《MOUNTAINS AND THE SEA》は音楽もすばらしく、録音も優秀な例外だが、あたしとしてはむしろ音楽が面白いものがたまたま録音も良いのが理想だ。Lena Willemark & Ale Moller のECM盤や英珠の《Cinema》はその代表だが、《あかまつさん》もそういう音楽録音共に優秀なものの一つではある。最近は《tricolorBIGBAND》やさいとうともこさんのソロなど、音楽も録音もすばらしいものが増えているのは嬉しい。ついでに言えば、アイルランドの録音はだいたいにおいて水準以上だし、ダブリンは Windmill Lane Studio を根城にする Brian Masterson の録音はどれも優秀だ。

 それにしても、タイトル曲にうたわれる人も、数は多くないかもしれないが、どこの集団、場所にも一人はいるはずだ。その皆が皆、あかまつさんのように、少なくとも一人は好んでつきあってくれる相手がいるとは限るまい。むしろ、邪魔者扱いされたり、あるいは差別の対象にされたりすることもあろう。チョコレートの虫ではなく、本物の虫をロッカーに入れられることの方が多そうだ。そしてそれはそのまま、この国の表象にもなる。あかまつさんという名には赤塚の『おそ松くん』の谺も響いているかもしれない。あそこには出てこないこの名前を選んだのだろうか。

 この歌の語り手もまたあかまつさんの同類とされている。そのあかまつさんが急にいなくなる。そのやるせなさ、これからどうすればいいのかという不安が、あかまつさんと繰り返し呼びかけるコーラスに響く。ユーモアにくるんで悲痛な想いを唄うことでかろうじて自分を支える。そのコーラスに声を合わせてしまうのは、これを聴いている自分もまた、あかまつさんであるとわかっているからだ。

 ラミ犬はソウル・フラワー・ユニオンのサポート・サイトを主宰していた。チェルシーズはつい先日、台風直撃の中、10周年記念ライヴを無事やり了せたようだ。まりりんが東京に転居とのことで、ひょっとするとこちらでチェルシーズのライヴを見られるかもしれない。(ゆ)


[Musicians]
まりりん: vocals, pianica, toy piano, tin whistle, percussions
ラミ犬: vocals, guitar, bass, ukulele, flute, pandeiro, percussions

Recorded, Mixed & Mastered by 西沢和弥(のんき楽園

[Tracks]
01. バナナの木 02:47
02. ひるねのにおい 04:24
03. おはよう(また夏が来たみたい) 03:22
04. 眠れぬ夜のかたつむり 06:11
05. うろこ雲 03:01
06. つらら 03:27
07. 上司想いの部下のうた 03:49
08. ぐるぐる 03:37
09. あかまつさん 05:32

lob














 クレア出身のコンサティーナ奏者 Liam O'Brien のデビュー録音。高橋創さんがギターで全面的にバックアップし、プロデュースも共同でしている。

https://www.liamobrienconcertina.com

 基本的には Stephen Heffernan のピアノと高橋さんのギターが伴奏につく。無伴奏もある。ラストのトラックは兄弟姉妹が加わる一家団欒篇。

 ノエル・ヒルの弟子とのことで、Niall Vallely のようなアグレッシヴなスタイルではなく、表面柔かな、おちついた演奏。つるりくるりと廻る装飾音が楽しい。

 コンサティーナほど演奏者によって変化の大きい楽器もあまり無い。アングロとイングリッシュでは当然変わるが、それぞれにあっても音色、音量、スピード、さらには使用法まで恐しくヴァラエティに富む。

 かつては女性専用の趣もあったが、今では男性でも名手はたくさんいる。Padraig Rynne や Raelach Records の主宰者 Jack Talty のような新世代も現れている。

 リアム・オブライエンは伝統の継承を目指しているようで、奇抜なことはやらないし、テクニックを前面に出すこともない。つつましく、というと小さく収まってしまうように聞えるが、コンサティーナには、どちらかというと目立たないところで独り、好きな曲を弾くのを愉しむところがある。大勢で演るのを宗とするアイリッシュ・ミュージックの中では、偏屈と言われかねない隠遁志向を持つように見える。別に世の中を嫌っているのではなく、一緒に演るのがいやだというのでもないだろうが、楽器と音楽を通してみんなと会話するというよりも、演奏者は楽器と対話する、あるいは楽器を通して現れる自分と対話しているようでもある。つまり内省的だ。

 オブライエンの演奏は、一方で、明るいきに内面から照らしだされる。装飾音はハイランド・パイプのチャンターの指孔に指を打ちつけるテクニックに似ているが、むろん、響きは対照的に柔かいから、滑らかな丸石が流れに転がってゆくようだ。スロー・エアでも昏く沈むよりは、静かな水面の上を波をたてずに滑ってゆく。[06]は巧妙にアクセントをつけるサポートも合わせて名演。

 これにはテンポ設定が適切なこともある。基本的に突っ走らない。と思うと、[09]のホーンパイプは当初速すぎると聞えるのだが、聴いてゆくと、ちょうどよいテンポであるとわかる。うーん、この〈Rights Of Man〉はこの曲のベストの演奏の一つだ。

 ピアノとギターはおおらかに、ゆったりと主人公を支える。ピアノがベースを敷き、ギターは主人公がその上を軽やかに渡れるように、ジャンピング・ボードを足許に打ちこんでゆく。大地へ打ち込む力が大きく聞えるが、それで主人公を押えつけたり、引きずり下ろすのではなく、かえって前へ進ませるドライヴが生まれる。

 こういうアルバムを聴くとコンサティーナのイメージが変わる。楽器のイメージを変える力のある演奏なのだ。イングリッシュ・コンサティーナでは、これも最近、ノーサンバーランドの Alistair Anderson の新作がある。イングリッシュのあたしの印象は、これを自ら弾きながら唄う一群の優れたイングランドのうたい手たちに結びついていた。Louis Killen、Peter Bellamy、Bernard Wrigley、Tony Rose、Steve Turner といった人びとで、そう、John Kirkpatrick も加えていいだろう。アンダースンもその流れを汲むうたい手の一人と思っていたら、この新作では孫のような若者たちとともに実に達者な演奏を聴かせているのに驚かされた。

 アングロ・コンサティーナはこれまで正面から聴いたことがなかった。Noel Hill や 守安雅子の存在はあったし、Niall Vallely、Mary McNamara、あるいは Padraig Rynne のような人たちは各々に凄いと思いはしても、楽器そのものにはあまり関心が惹かれなかった。同じ蛇腹ならアコーディオンの方が面白かった。

 リアム・オブライエンがコンサティーナの革新的奏法を編み出しているわけではない。それよりもこの楽器の本質を提示しているように思える。それも剥き出しに腑分けするのではなく、つつましく、控え目に、しかしきっぱりと提示している。その本質とは何か。と問われて、これですと答えられれば、音楽を演奏する必要はない。オブライエンの演奏に、音楽に、コンサティーナ、アングロ・コンサティーナの本質が現れているので、少なくともあたしにはそう見える。そしてその本質は実に魅力的なのだ。オブライエンの演奏に顕著な、つるりくるりとした装飾音の手触りは、他の楽器では出せない。本質とはそういうものである。その楽器にしかできないこと。おそらくイングリッシュ・コンサティーナでも出せないのではないか。イングリッシュの本質、魅力はたぶん別にある。

 おそらく、そういうことなのだ。これまでコンサティーナに特段の関心をもてなかったのは、コンサティーナにしかできないことが見えなかったのだ。ノエル・ヒルやナイアル・ヴァレリィやポォドリグ・リンが、コンサティーナの本質とは違うことをやっているわけではない。あたしに見える、聞える形では提示してくれなかっただけだ。オブライエンの演奏はたまたまあたしと波長が合ったのだ。こうしてたとえぼんやりとでも一度見えてみれば、あらためてかれらの演奏にコンサティーナの本質が聞えるだろう。もちろん表現型は異なるはずだが。

 リアム・オブライエンが見せてくれたこの本質は生で聴いてみたい。折りしも、オブライエンは来日中で、この日曜日に都内でライヴがある。それも教会だ。教会は響きがいい。行ってみるしかない。


 ジャケットがいい。上記 Raelach Records の諸作もそうだが、アイリッシュ・ミュージックの録音のジャケット・デザインはずいぶんと洗練されてきた。ジャケットと中身の音楽の質は反比例すると言われたのはもう昔の話で、様変わりしている。


Liam O'Brien: concertina
高橋創: guitar
Stephen Heffernan: keyboards
Brid O'Donohue: flute
Michael Perigoe: vocal
Sean O'Brien: flute
Eibhlis O'Brien: flute
Deirdre O'Brien: harp
Sinead O'Brien: viola, fiddle

Tracks
01. Bonnie Blue Eyed Nancy 4:07
02a. Frieze Brithches
02b. Ed Reavy's 3:54
03a. The Stone of Destiny
03b. Liffey Banks 2:51
04a. The Garden of Daisies
04b. Chief O'Neills 2:58
05a. Boys of the Town
05b. My Former wife 3:27
06. An Buachallin Donn 3:58
07a. The Knotted Chord
07b. Joe O'Dowd's
07c. Strawberry Blossom 4:13
08a. The Walls of Liscarroll
08b. John Kimmell's
08c. An Seanduine 3:27
09a. Nellie Your Favour I'll No Longer Gain
09b. The Rights of Man 3:03
10. Lament to Willie Clancy 4:05
11a. Lizzie in the Low Ground
11b. Micho Russell's
11c. Jack Coughlan's 4:35
12a. An Coileach ag Fogairt an Laez
12b. Repeal the Union
12c. The Maid on the Green 3:59
13a. Mary Brennan's
13b. Fowler on the Moor 2:44
14. Cisse Crehan's Wicked Gander 3:21

Produced by Liam O'Brien & 高橋創
Recorded by Martin O'Malley @ Malbay Studio, Caherogan, Miltown Malbay, Co. Clare
Mixed by Martin O'Malley
Mastered by Martin O'Malley
Designed by Aoife Kelly

 イベントのお知らせです。

 朝日カルチャーセンターの東京・新宿教室で1回だけのアイリッシュ・ミュージック入門講座をやります。9月8日(土)の夜です。

https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/23bd4144-13a1-acd6-ec5d-5adf1d1846a4 

 全体でブリテン諸島の音楽という3回のシリーズになっていて、アイルランドがあたしの担当です。イングランドは宮廷音楽、スコットランドはダンスが中心になるらしい。アイルランドはあたしがやるので、伝統音楽ですね。今回、エンヤとかヴァン・モリソンとかU2とかコアーズとかポーグスとかメアリ・ブラックとかは出てきません。ヴァン・モリソンは入れるかなあ、と考えてはいますが、たぶん入らないんじゃないかな。クラシックも、アイルランド人が大好きなカントリーも無し。

 アイリッシュ・ミュージックの真髄、というのを標題に掲げました。この「真髄」とは何か。あたしは「キモ」と呼んでます。まさかね、これが「キモ」ですよと差出せるものなんかあるはずが無い。あったらキモチ悪いです。

 そうではなくて、アイリッシュ・ミュージックを聴いていて、背筋にゾゾゾと戦慄が走って、涙腺がゆるんで、同時にわけもなく嬉しくなってくる。わめきだしたいような、でもじっとこの感じを抱きしめたいような、何ともいえない幸福感がじわじわと湧いてくる。呆けた笑いが顔が浮かんでくるのをどうしようもない。そういう一瞬があるものです。もうね、そういう一瞬を体験すると病みつきになっちまうわけですが、そういう時、アイリッシュ・ミュージックのキモに触れているのだ、とあたしには思えるのです。

 何よりもスリルを感じるそういう一瞬は、昨日聴きだして、今日ぱっとすぐ味わえるもんじゃない。少なくともあたしはそんなことはありませんでした。その頃は、他に手引きもなく、もちろんネットなんてものもなく、わけもわからず、ただ、どうにも気になってしかたがなくて聴いていた。聴きつづけていると、ある日、ゾゾゾと背筋に戦慄がはしった。今のは何だ、ってんで、また聴く。そうやってだんだん深みにはまっていったわけです。その自分の体験の実例を示せば、ひょっとすると、何かの参考になるかもしれない。少なくとも手掛りのひとつにはなるんじゃないか。

 あたしらが聴きだした頃、というのは1970年代半ばですが、その頃は、音源も少ないし、情報もほとんど無いしでワケがわからなかったんですけど、一方で、少しずつ入ってきたから、その都度消化できた。自分の消化能力に見あった接触、吸収が可能でした。アイリッシュ・ミュージックのレコード、当時はもちろんLPですけど、リリースされる数もごく少なかったから、全部買って何度も聴くことができました。ミュージシャンの来日なんて、もうまるで考えられないことで、レコードだけが頼りでしたしね。

 今はアイリッシュ・ミュージックだって、いざ入ろうとしてみたら、いきなりどーんとでっかいものが聳えている感じでしょう。音源や映像はいくらでも山のようにあるし、情報も無限で、どれが宝石でどれがガセネタかの見分けもつかない。昔、数少ない仲間内での話で、アイリッシュ・ミュージックのレコードのジャケットと中身の質は反比例する、買うかどうかの判断に迷ったら、ジャケットのダサいやつを買え、というのがありました。半ば冗談、半ば本気でしたけど、今はこういうことすら言えない。

 そこでカルチャーセンターでの講座も頼まれるわけですが、だからって、これがキモに触れられる瞬間ですと教えられるものでもない。ここにキモを感じてください、ってのも不可能。だって、アイリッシュ・ミュージックのどこにキモを感じるかは人それぞれ、まったく同じ音楽を聴いても、キモを感じる人もいれば感じない人もいる。

 あたしが今回示そうと思ってるのは、つまりはあたしにとってのキモと思えるものの実例です。これまで半世紀近くアイリッシュ・ミュージックを聴いてきて、ああキモに触れたと思えたその代表例をいくつか提示してみます。それは例えばプランクシティのファースト・アルバム冒頭のトラックの、リアム・オ・フリンのパイプが高まる瞬間であったり、ダラク・オ・カハーンの、一見まったく平凡な声が平凡にうたう唄がやたら胸に沁みてくる時であったりするわけです。そういう音源や映像をいくつか聴いたり見たりしていただいて、そのよってきたるところをいくらか説明する。こういう例は何度聴いても当初のスリルが擦りきれることがありません。そこがまたキモのキモたる由縁です。

 それと、アイリッシュ・ミュージック全体としてこういうことは言えると考えていることも話せるでしょう。例えば、アイリッシュ・ミュージックというのは生活のための音楽である。庶民の日々の暮しを支えて、いろいろ辛い、苦しいこともあるけれど、なんとか明日も生きていこうという気にさせてくれる、そのための音楽である。

 音楽はみなそうだ、と言われればそれまでですが、アイリッシュ・ミュージックはとりわけそういう性格が濃い。それは庶民の、庶民による、庶民のための音楽です。名手、名人はいます。とびぬけたミュージシャンもいます。でも、そういう人たちは特別の存在じゃない。スターではないんです。ある晩、この世のものとも思えない演奏をしていた人も、翌朝会うとなんということはない普通の人です。カネと手間暇をかけて念入りに作られたエンタテインメントでもありません。プロが作る映画やショー、ステージとはまったく別のものです。

 一方で、ミュージシャン自身が内部に持っているものの表現でもありません。シンガー・ソング・ライターやパンク・バンド、あるいはヒップホップ、またはジャズ畑の音楽家、クラシックの作曲家といった人たちが生み出す音楽とは、成立ちが異なります。アイリッシュ・ミュージックのミュージシャンたち、シンガーたちも、まず自分が楽しむために演奏したり、唄ったりしますが、自分だけのためにはしません。アイリッシュ・ミュージックの根底には、一緒にやるのが一番楽しい、ということがあります。「一緒にやる」のには、聴くことも含まれます。

 アイリッシュ・ミュージックのミュージシャンたちはパブとか誰かの家に集まってセッションと呼ばれる合奏をよくやります。多い時には数十人にもなって、みんなで同じ曲をユニゾンでやるわけですけど、そういう中に楽器をもって演奏するふりをしているだけで、実は全然音を出していない、出せないつまり演奏できない人が混じっていたが、その場の誰もあやしまなかったという話があります。本当かどうか、わかりませんが、そういう話を聞いても、不思議はないね、さもありなん、と思えてしまうのがアイリッシュ・ミュージックです。実際にそういう人がいて、実はその場の他の全員が気がついていても、許してしまう、誰もその人を指さして批難して追い出すなんてことはしない。一緒に楽しんで場を盛り上げている人間が一人増えるんだから、そういう人がいたって全然いいじゃないかと考えるのがアイリッシュ・ミュージックです。

 これまでアイリッシュ・ミュージックについて公の場やパーソナルな機会に話して、一番よく訊ねられる質問があります。

 「どうしてアイリッシュ・ミュージックを聴くようになったんですか」

 なんでそういうことを訊くんだろうとはじめは思いましたが、気がつくと自分でも同じ質問をしたりしてるんですよね。とすれば、これは案外ものごとの急所を突いているのかもしれないと思えてきます。

 この質問に正面から答えようとすると回りくどくなるので、今回は簡潔に、あたしはアイリッシュ・ミュージックのこういうところに引っぱられてここまできました、という話にもなるでしょう。

 具体的に何を聴いたり見たりするかは、大枠はほぼ固まってますが、細かい点はこれからおいおい考えます。カルチャーセンターは初めてなんで、どんな人が来られるのか、いやその前に、だいたい人が来るのか、楽しみでもあり、コワくもあり。(ゆ)

 さいとうさんの初のソロはフィドルのソロ・アルバムだ。オーヴァー・ダブなども無い。1本のフィドルの音だけ。

 アイリッシュ・ミュージックに伴奏は不要、ということは『アイリッシュ・ミュージック・セッション・ガイド』にも言明されている。実際、フィドルをソロで、1本だけで弾くのは、演奏の現場では珍しいことではないだろう。とはいうものの、こと録音となると、実に珍しいものになる。SP録音の時代から、フィドルには伴奏がついていた。マイケル・コールマンやジェイムズ・モリソンがいつもピアノ伴奏で弾いていたとは思えないが、販売するための録音としては伴奏が必要だとレコード会社、あるいはプロデューサーという者が当時いたとして、そういう人間が判断したわけだ。フィールド録音ではフィドル1本もあるが、それは記録や研究を意図しているので、鑑賞用とは一応別である。

 パイプやハープは、独りでメロディとコードを演奏できるから、それらのソロ録音では、伴奏がつかないのが普通だ。フルートや蛇腹ではやはり無伴奏はごく稀である。一部のトラックは無伴奏でも、アルバム丸々1枚そっくり無伴奏というのは、思い出せない。フランキィ・ケネディ追悼のオムニバスが無伴奏のフルート・ソロを集めているが、あれはちょっと意味合いが異なる。

 演る方にしてみても、アルバム1枚無伴奏で通すのは、なかなか度胸の要ることではなかろうか。エクボだけでなく、アバタも顕わになる。隠そうとして化粧すれば、それとわかってしまう。ミスを勢いでごまかすわけにもいかない。

 もちろん、伴奏者がいたとしても、マイナスの面をカヴァーしてもらおうというのは甘えだろう。伴奏はそうではなく、対話を通じて音楽を単独では到達できないところへ浮上させるためのもののはずだ。それがいないということは、独りだけで目指すところへ登ってゆくことになる。迷っても音楽の上で迷いをぶつける相手はいない。

 あらためて見てみると、無伴奏のフィドルのソロ録音はかなり敷居が高いものに思える。ところが、だ。さいとうさんの演奏には高い敷居を超えようという意識がまるで無いのだ。

 というよりも、演奏している、フィドルを弾いている、それを録音しているという意識すら感じられない。音楽がただただ湧きでて、流れてくる。広大厖大な音楽がどこかを流れていて、その流れがさいとうともこという存在をひとつのきっかけ、泉のひとつとして、実際の音、メロディとして形をとっている。本人はいわば音楽の憑代であって、演奏者としてはもちろん、人間としての姿も消えている。

 譬えはあまりよくないかもしれないが、オーディオの理想は機器が消えることである。スピーカーとか、プレーヤーとかは消えて、ただひたすら音楽が聞えてくる。それが最高のオーディオ・システムだ。

 実際はどうか、わからない。実はひどく悩み、迷い、ああしまったと思いながら弾いているのかもしれない。しかし、そんなことはカケラも見えないし、聞えない。いい音楽が、最高のとか天上のとか、そんなんではない、シンプルにいい音楽が、ぴったりのテンポで、どんぴしゃの装飾音と音色の変化を伴い、聴く者を包む。その流れのなかにどっぷりと漬かって、ただひたすら気持ち良い。こちらも音楽を聴くという意識が消えてゆく。ただただ流れに運ばれて、曲が、トラックが終るとふと我に返り、次のトラックが始まるとまた運ばれて、1枚が終るとどこか別のところにいる。別の自分になったようだ。

 演奏されているのは確かにアイリッシュ・ミュージックであり、演奏のスタイルも手法もその伝統に則っている。アイリッシュ・ミュージックの伝統から生まれたものにはちがいない。伝統というものはこのような作用もするものなのだ。

 ここでもう一度、あらためて振り返ってみれば、この音楽を生んえでいるのはやはり一個の人間である。音楽の憑代になりうる人間。その存在を消して、音楽そのものを流しだすことのできる人間。そこで存在は消えても、この音楽をカタチにしているのはさいとうともこという、宇宙でただ一人の人間だ。さいとうともこがいなければ、この音楽は存在しない。

 これを名盤とか傑作とか呼びたくはない。今年のベスト・ワンは決まったとか、そういう騒ぎもしたくない。黙って、今日もこれを聴く。昨日も聴いた。明日も聴くだろう。普段着の、お気に入りのシャツ。ついつい袖を通してしまい、毎日洗濯しては着ているシャツ。それに身を包まれていると、安らかで、動きやすくて、生きていることが楽しくなる。

 こういう音楽はアイリッシュ・ミュージックからしか生まれない。と言っては傲慢であろう。とはいえ、アイリッシュ・ミュージックを聴いてきて心底良かった、と思えることも否定しない。

 ジャケットではアイリッシュ・パブのカウンターに腰をかけ、和服にベレー帽といういでたちで、眼をつむり、フィドルを弾いている。粋と艷のきわみだ。(ゆ)


さいとうともこ《Re:start》
Chicola Music Laboratory CCLB-0001

さいとうともこ: fiddle

Tracks
01. Eleanor Plunkett {Turlough O'Carolan}
02a. Maids of Selma
02b. Up in the air
02c. Buttermilk Mary
03a. Roscommon
03b. Three scones of Boxty
03c. Killavil
04a. Newmarket
04b. Ballydesmond #3
04c. Rattlin' Bog
05. Da Slockit Light {Tom Anderson}
06a. Rolling waves
06b. Cliffs of Moher
07a. Tuttle's
07b. House of Hamil
07c. Curlew
08a. Father O'Flynn
08b. Out on the ocean
08c. Mouse in the kitchen
09a. Lord Inchiquin {Turlough O'Carolan}
09b. Give me your hand
10a. Down by the Salley gardens
10b. Paddy's trip to Scotland
10c. Mother's delight
10d. Reconciliation

Recorded by いとう・ゆたか (bus-terminal Record)
Designed by よしお・あやこ
Photo by いしかわ・こうへい
http://tomokosaito.net/news

 下北沢の風知空知でピーター・バラカンさんとやらせていただいているグレイトフル・デッドを聴くイベントの3回め。04/10(火)です。今回から整理番号付きの予約になったそうです。


 第1回はイントロとして、グレイトフル・デッドの全体像を示そうと試みました。

 第2回はカヴァー集。カヴァー曲のほとんどはスタジオ録音には収録されておらず、ライヴ音源でしか聴けません。今回の一連のイベントの趣旨は、デッドのライヴ音源を聴こうというもので、カヴァーはまさにその趣旨にぴったりでした。

 とはいえ、これはいわば搦め手からのアプローチです。

 そこで第3回は正面から、デッドのレパートリィの根幹をライヴ音源で聴くことにしました。

 デッドのレパートリィの何が最も重要かは、モノサシを換えていかようにも設定できます。とはいえ、最も客観的なのは数字でしょう。すなわち、演奏回数の最も多いものという基準で選曲をしてみます。

 この数字は Deadlists のものをベースにしています。ここで曲名で検索すると、いつどこでやったか、リストがずらっと出てきます。その本数が基準です。

 最多は〈Me And My Uncle〉。2位が〈Playing In The Band〉。3位が〈The Other One〉(〈That's It For The Other One〉時代も含む)。4位〈Sugar Magnolia〉。ここまでが600回以上。

 500回以上は〈Not Fade Away〉〈China Cat Sunflower〉〈I Know You Rider〉〈Truckin'〉と続きます。このうち〈Not Fade Away〉は前回聴いているので、今回は対象からはずします。〈China Cat Sunflower〉〈I Know You Rider〉はともに550回を超えますが、今回は1曲として演奏されたものを対象とします。それでも533回で5位。

 400回以上になるといきなり増えて10曲あります。このうち〈Around And Around〉と〈Bertha〉は既に聴いたので、これらも今回ははずします。

 500回以上は残りの6曲全部、400回以上は残り8曲から選んで聴いてみます。ご覧の通り軒並み「大曲」です。10分超えはざらで、20分超えも少なくありません。また、長くできる曲は長ければ長いほど演奏が良くなる傾向があります。したがって、多くて12、3曲。おそらくは10曲ぐらいが限界となるでしょう。

 また、〈Playing In The Band〉〈The Other One〉〈Truckin'〉などは、途中で別の曲に途切れずに転換し、後でまた戻るという、サンドイッチ構成になることもよくあります。これはまた大変に面白いのですが、今回は個々の曲にまず集中することにして、1曲で完結している演奏から選んでいます。

 なお300回台は24曲、200回台は26曲あります。いずれ、これらも各々聴いてみたいものです。ちなみに〈Scarlet Begonias〉は単独で314回、〈Fire On The Mountain〉とのペアでは230回、演奏されています。「スカベゴ・ファイア」は「チャイナ・ライダー」と並ぶ組曲の傑作ですが、組まれたのは比較的遅く、1977年3月から。それ以前に「スカベゴ」単独で100回近く演奏されており、こちらにも捨てがたい名演がいくつもあります。


 4回め以降のテーマについてはまだまったく白紙ですが、アイデアだけはいろいろ出ています。30 TRIPS AROUND THE SUN のボックスセットをネタにしたもの。あのセットからは各年から代表曲1曲ずつを選んで編んだベスト集が一般発売されていますが、それとは別の曲ばかりで裏ベストないしワースト集を編む。2回ないし3回に分けることになるでしょう。あるいは、逆にある年、例えば大いなる転換の年1970年に集中して聴く。人名をタイトルに含む曲を集める。「水」をモチーフとした曲を集める。各々にかなり沢山あります。前者では〈Althea〉がマイブーム。後者は何てったって〈Wharf Rat〉。メンバー一人ひとりに焦点を当てて、各々の特色がよくわかるような曲を集める。人によっては結構難しいかも。ガルシアのスロー・バラードばかり聴いてみる。これは相当にコアなファン向けですかね。等々。

 とまれ、風知空知のオーディオ・システムはほんとうに素晴らしいので、何を聴くにしても新鮮で、楽しいです。

 ということで、04/10(火)、下北沢でお目にかかりましょう。(ゆ)


03/02追記
 当初、イベントの日付として 04/10 と 04/11 が混在していました。どうも、すみません。04/10(火)が正しい日付です。どうぞ、よしなに。

 音楽について書くことの参考になればという下心から読んだのだが、期待した以上に面白い。この本にはいろいろな版があるが、読んだのは市立図書館にあった双葉文庫版。この版の後に The Cellar Door Sessions も出ていて、あたしはこれが一番好きなので、これについて著者が何を言っているかはちと気になる。

 マイルスは一通りは聴いた。これも市立図書館に、幸いなことに初期からめぼしいものは揃っていて、最後は Dark Magus。パンゲアとアガルタは買ってもっている。この二つは出た当時、ミュージック・ライフにもでかでかと広告が出ていたのが印象に残っている。当初は「パンゲアの刻印」「アガルタの凱歌」というタイトルで、広告の中では「刻印」「凱歌」の方が遙かに活字が大きかった。いつのまにか、この二つが落ちてしまったのは惜しい気もする。ニフティサーブの会議室で教えられて、プラグド・ニッケルのボックスも、ちゃんと輸入盤を買っていた。

 聴いたなかで好きなのは上記セラー・ドアとダーク・メイガス。そしてスペインの印象。復帰後はまったく聴いておらず、本書を読んで、やはり一度は聴かなあかんなあ、と思いだした。

 マイルスは一通りは聴いたものの、ザッパやデッドのように、はまりこむまではいっていない。アコースティック時代はプラグド・ニッケルも含めて、ピンとこなかった。セラー・ドアでも一番気に入っているのはキース・ジャレットとジャック・ディジョネット。ジャレットはこんな演奏はこの時でしか聴けないし、ディジョネットはスペシャル・エディションも好きだけれど、このバンドでの演奏はやはりピークだ。

 ダーク・メイガスはなぜかアガ・パンの後と思いこんでいたのだが、本書によると前になる。やはり、この昏さがアガ・パンよりも胸に響いた。終盤、失速するようにぼくには聞えるアガ・パンよりも、最後まで疾走しつづけるところもよい。

 マイルスのトランペットの音も、印象に残っていない。うまいと思ったこともないのは、「ジャズ耳」がぼくには無いということか。ぼくにとってのマイルスは優れたプレーヤーというよりも、バンド・リーダー、ミュージック・メイカーで、むしろクインシー・ジョーンズに近い。ジョーンズよりは現場で、自ら引っぱってゆくのが違う。

 ということで読みだして、いや、蒙を啓かれました。著者はぼくに近いところからマイルスを聴きはじめて、アコースティック時代の勘所もちゃんと聞き取っている。ロックも幅広く聴いている。ルーツ・ミュージックはそれほどでもないようだが、こういう広い耳を養いたい。器用というのではない、それぞれの勘所をちゃんと聞き取る柔軟性と、その上で取捨選択をする度胸を兼ね備えたい。後者はおのれの感性への信頼と言い換えてもいい。

 とはいえ、著者やぼくのように、ジャズよりもロックを先に聴いていて、そちらが青春という人間の耳には、エレクトリック時代の方がピンとくるのだろう。ジャム・セッションが嫌いと言い切る著者の耳は、ジャズが青春だった人びとの耳とは異なる。

 ジャズの定型のソロまわしは、ぼくも嫌いだ。回す楽器の順番まで決まっているのもヘンだ。あれをやられると、どんなに良いソロを演っていても、耳がそっぽを向く。似たことはブルーグラスでもあって、ブルーグラスが苦手なのはそのせいもある。そうすると、あのソロの廻しはアメリカの産物、極限までいっている個人主義の現れとも見える。ジャズのスモール・コンボは、ビッグバンドが経済的に合わなくなって生まれた、とものの本には出ているが、それだけではないだろう。オレがオレがの人間が増えたのだ。同時にそれを面白いと思う人間も増えたのだ。アンサンブルよりも、個人芸を聴きたいという人間が増えたのだ。クラシックでも第二次世界大戦後、指揮者がクローズアップされるようになる。オーディオ、はじめはハイファイと呼ばれた一群の商品の発達も、同じ傾向の現れとみえる。

 その点ではグレイトフル・デッド、それにおそらくはデューク・エリントン楽団は、集団芸であるのは面白い。エリントンを好む人たちのことは知らないが、デッドヘッドは自分だけが楽しむのでは面白くない人たちでもあった。

 マイルスはオレがオレがの人だったことは、本書にも繰り返し出てくる。面白いのは、オレを通そうとして、集団芸にいたるところだ。ザッパの場合、集団芸から出発して、最終的に個人芸を極める。後期になるほど、そのバンドは、ジョージ・セルにとってのクリーヴランド、バーンスタインにとってのニューヨーク、ワルターにとってのコロンビアに似てくる。マイルスとバンドとの関係は、それとは異なる。と本書を読んでいると思えてくる。

 マイルス本人の意識としては集団芸を追求しているつもりはたぶん無かったであろう。しかし、その方法は、自分はバンドの上に立って指揮統率し、一個の楽器としてこれを操って目指す音楽を実現しようとする、というよりは、自分もメンバーとなったバンド全体から生まれる音楽がどうなるか、試しつづけた、と本書を読むと思える。

 マイルスとしては、いろいろなメンバーで、あれこれ試す、ライヴをやったり、スタジオに入ったりして、試してみるのが何よりも面白い。それを商品に仕立てるのはどうでもいい、とまでは思っていなかったとしても、めんどくさい、テオ、おまえに任せた、とは思っていただろう。

 ザッパは商品に仕立てるところまで自分でやらないと気がすまなかった。デッドはマイルス同様、商品を作るのはめんどくさいが、しぶしぶやっていた。他人に任せても思わしい結果が出ない。つまり、デッドはテオ・マセロに恵まれなかったし、そういう人間は寄りつかなかった。それにとにかく演奏することを好んだ。

 マイルスもライヴは好きだっただろう。ただ、スタジオで、好きなように中断したり、やりなおしたり、組合せを変えてみたり、という実験も同じくらい好きだった。ライヴで試してみることと、スタジオで試してみることはそれぞれにメリット、デメリットがあり、出てくるものも異なる。その両方をマイルスは利用した。

 そのことはどうやら最初期から変わっていない。パーカーのバンドのメンバーとして臨んだ時から、モー・ビーとのセッションまで、一巻している。

 デッドは幸か不幸か、サード、Aoxomoxoa を作った体験がトラウマになったのではないか。そのために、それ以前から備えていたライヴ志向が格段に強化され、ライヴ演奏にのめり込んでいったようにみえる。

 それにしても著者の断言は快感だ。のっけからマイルス以外聴く必要はないと断言されると、あたしなどはたちまちへへーと平伏してしまう。もちろん、そんなことはない。ザッパもエリントンも聴かねばならない(ジャズを聴くんだったらモンクとミンガスも聴かねばなるまい)。デッドはもっと聴かねばならない。しかし、一度断言することもまた必要だ。そこで生まれる快感から、人の感性は動きだすからだ。

 そしてとにかくまず聴いてナンボだということ。本書全体がマイルスを聴かせるための仕掛けなのだが、その前に著者がまず徹底的に聴いている。ここに書いてあることに膝を叩いて喜ぶにせよ、拳を振り上げるにせよ、著者がマイルスをとことん聴いていることは否定できない。たぶん、著者は何よりもその報告をしたかった。聴いてみたことの記録を残したかったのだ。ここまで聴いて初めて、何かを聴きましたと言えるのだ、と言いたかったのだ。モノを言うのは聴いてからにしろ。タイトルは『聴け!』だが、内実は『聴いたぞ!』だ。『おまえは聴いたのか?』だ。

 もちろん、いつ何時でもそんな風に聴かねばならないわけではない。ユーロピアン・ジャズ・トリオの代わりに、In A Silent Way を日曜のブランチのBGMにしたっていい。オン・ザ・コーナーをイヤフォンで聴きながら、原宿を散歩したっていい。ただ、本書のような聴き方をすることが、マイルスの音楽には可能であることは、頭の隅に置いておくことだ。そうすれば、マイルスの音楽はそれぞれのシチュエーションにより合うように、その体験をより楽しめるようになるはずだ。

 これはマイルスの音楽の聴き方であって、同じ聴き方がザッパやエリントンやデッドにもあてはまるわけではない。何よりも音楽の成り立ち方が異なる。それぞれにふさわしい聴き方を編み出してゆく必要がある。というよりも、それを見つけることこそが、音楽を聴くということなのだ。バッハとモーツァルトでは聴き方を変えねばならない。ビートルズとストーンズでは聴き方は違う。ふさわしい聴き方を見つけるためにはとにかくとことん聴かねばならない。そもそもマイルスの音楽が自分に合うかどうかすら、聴いてみなければわからない。

 「ついでにいえば、ぼくはこうしたムチャクチャな商売のやりかた、2度買い3度買いさせて反省の色もない業界の強引なやりかたこそがファン激減の最大要因と考えている」(11pp.)

 音楽を真剣に聴く人間が激減している最大要因もそこにあるとあたしも考える。その背後には著作権への勘違いないし濫用がある。とはいえ、悪いのは「業界」ばかりではない。

 「つけ加えれば、ジャケットが紙になろうが、オトが良くなろうが、音楽を最深部で捉えていれば、“感動”の大きさに変化はないとうことを知るべし」(12pp.)

 つまり、そのことを知らない人間、音楽を聴くのではなく、所有することで満足する人間が多すぎる。ジャケットが紙になったから、オトが少し良くなったからと、同じ音源を2度買い3度買いする人間がいるから、業界もそれを商売のネタにする。できる。

 音楽はそれが入っている媒体を所有するだけでは、文字どおりの死蔵なのだ。紙の本は所有するだけで読まなくても、そこから滲みでるものがある。音楽は、レコードやファイルをいくら所有しても、何も滲みでてはこない。紙の本を読むためには、そのためのハードウェアは要らない。しかし、音楽を聴くには、演奏してもらう場合のミュージシャンも含めて、そのためのハードウェアがいる。楽譜を読めたとしても、聴くのとは異なるし、すべての音楽が楽譜にできるわけでもない。

 そう見るとデジタル本をいくら持っていても、滲みでてくるものは無いなあ。

 漱石全集のように断簡零墨まで集めた全集を読破することで読書力は飛躍的に高まる。骨董品の鑑定力を身につけるためには、良いもの、ホンモノをできるだけ多く見るしかない。音楽もまた、一個の偉大なアーティストを徹底的に聴くことで、聴く力が養われる。音楽をとことん聴くこと、聴いたことを表現することにおいて、これは一つの到達点だ。ここをめざすつもりはないが、この姿勢は見習いたい。(ゆ)

 註文からほぼちょうど3ヶ月で、待望のボックスセットがやってきた。早速開封。





 しかし凝りに凝ったパッケージではある。こんなにでかくする必要があるのか、と思えるくらいだ。CDの収められた三つ折が四枚あって、その下に同じサイズのブックレット。これにはデヴィッド・レミューとニコラス・メリウェザーがそれぞれエッセイを書いている。それにトラック・リストとクレジット。写真がたくさん。

 さらにその下にスペーサーにはさまれてハードカヴァーが1冊。このボックスに合わせてコーネル大学出版局から出た、バートン・ホール・コンサートをめぐる1冊。ただ1本のライヴをめぐって1冊の本が書かれるというのもデッドらしい。著者 David Conners は10代でデッドヘッドになった回想録 GROWING UP DEAD, 1988 の著者でもある。なお、この本はボックスセットとは独立に刊行されていて、普通に買うことができる。





 Deadlist にある曲目と照合してみると、ボックスセットはこの4本のショウを完全収録している。少なくとも楽曲は収録している。

 この頃のデッドのショウの会場は収容人数1万を若干超えるくらいのヴェニューだ。コーネル大学バートン・ホールは例外で、5,000弱。なぜ、ここがツアーに組込まれたかも興味深いところだ。この4ヶ所ではボストン・ガーデンが最大で15,000までの収容能力を持つ。ニューヘイヴンとバッファローの会場は老朽化などで解体されて現在は存在しない。

 ピーター・コナーズは上記 CORNELL '77 のイントロで、1980年代に「遅れてきた」デッドヘッドとして、先輩たちの自慢たらたらの回想をいかにうらやましく聞き、嫉妬と焦燥に身悶えしたかを書いている。それと同じことを、今、あたしはコナーズに対して感じる。なにはともあれ、かれはデッドのショウを身をもって体験している。その音楽とデッドヘッドのコミュニティにどっぷり漬かって育っている。1980年代後半のバンドのピークを生で聴いているのだ。

 80年代にデッドの音楽にはまっていたとしても、それを追いかけてアメリカにまで行っていたか。たぶん、あたしは行かなかっただろう。松平さんではないが、あたしも思想というより性格が保守的で、自分から動くということをしない。住居を移したことは片手ではきかないし、旅行もずいぶんしたが、いつも外からの作用で必要に迫られたり、誘われたりして初めて動いた。

 いや、やはりあの時にデッドにはまることは、たとえテープを聴いていたとしても、起こらなかっただろう。一周忌になる星川師匠の導きで、世界音楽に耳と眼を開かれていたし、アイルランドやスコットランドやヨーロッパの他の地域の音楽も新たな段階に入っていた。デッドが80年代後半、ガルシアが昏睡から恢復した後、ミドランドの死までピークを作ってゆくのは、偶然ではないし、孤立した現象でもなかったはずだ。行ったとすればやはりヨーロッパで、アメリカではなかっただろう。

 出会うのは時が満ちたからだ。50歳を過ぎてデッドにはまり、今、こうして40年前のショウの録音に接するのも、それにふさわしい時が来たのだ。30代、40代にこれらの録音を聴いたとしても、良いとは思ったかもしれないが、ハマるところまではいかなかったにちがいない。

 それにしても、ボックスセットの最初のショウ、1977-05-05のニューヘイヴンを聴くと、1977年はデッド最高の年というコナーズの評価に双手を挙げて賛成する。以前、四谷のいーぐるでデッドの特集をやらせてもらった時、そこでかける1本まるまるのショウとして選んだのは、当時リリースされて間もない MAY 1977 のボックスセットからの1本05-11セント・ポールだった。今回のボックスセットのすぐ次の5本を収録したものだ。あの時も1977年が驚異の年だと実感した。

 しかしこのニューヘイヴンはまた何か別に思える。オープニングのロックンロールの調子の良さに浮かれていると、2曲めにとんでもないものが控えていた。〈Sugaree〉がこんなになるのか。難しいことは誰もやっていない。一番複雑なことをやっているのはたぶんベースだが、技術的に難しいことは何もない。ギターやピアノは、シンプルな音を坦々と刻んでゆくだけだ。それが絡み合い、よじれあってゆくうちに、緊張感が増してくる。ガルシアのうたも力を入れるべきところで入り、抜くところはさらりと抜く。盛り上がり、さらに盛り上がり、しかしあくまでも冷静で、コントロールが効き、しかもどこまでも盛り上がる。こんなものを生で聴いたら、どうかならない方がおかしい。

 ボブ・ウィアが、コナーズに訊ねられて、コーネルのライヴについて覚えていることは何もない、と答えた由だが、それもむべなるかな。演っている方は、演っている間はおそろしく気持ち良かったにちがいない。そして終ればきれいさっぱり忘れてしまったこともまた想像がつく。失敗はいつまでも記憶に残るが、本当にノって演ったことは記憶には残らないのだ。

 コナーズはコーネルより、翌日のバッファローの方が良いという。あるいは、コーネルとバッファローはひと続きのショウで、バッファローはコーネルの第三、第四のセットだという人もいる。ネット上にはコーネルの録音が17種類あり、総計180万回再生されているそうだ。今度の公式録音で2時間40分ある録音がだ。これまでにコピーされたテープの数は誰にもわからない。デッドの2300回を超えるショウで、最も数多く聴かれたショウであることは、動くまい。

 そのコーネルに向けて、さあ、次は1977-05-07のボストンだ。(ゆ)

 FMの地方ネットワーク JFN に "A・O・R" という番組があります。毎晩19:00〜21:00の2時間枠で、その後半が曜日変わりの特集で木曜日がワールド・ミュージック。

 この番組はローカルなFM局で聞ける他、radiko などのネット経由でも聞けるそうです。

 しばらく前からこの番組のワールド・ミュージックの特集でコメントと音源の提供をしているんですが、昨日は明日放送予定の「スウェーデンの音楽」のコメント収録してきました。

 今回はあたしよりも適任者がいると言って推薦したんですが、諸般の事情からやっぱりあたしがやることになった次第。といっても最近の状況については真暗なので、あわてて泥縄で話を伺い、音源も拝借する始末。おかげでなんとかこなしました。

 久しぶりにスウェーデンの音楽をまとめて聴きなおしましたが、やっぱりええのう。番組の中でもコメントしましたけど、伝統と革新のバランスがうまくとれてる点ではダントツじゃないかと思います。

 聴きなおしてみてあらためて感嘆したのは Groupa。リアルタイムで聴いていた頃はどうも目立たない印象でしたが、うーん、マッツ・イーデン偉い! スウェーデンの大物は誰もかれもトンガってますが、トンガる方向がひょっとすると一番ラディカルかもしれない。サイト行ってみると、まだバンドとして現役じゃないですか。

 それとやっぱりあたしにとってスウェーデン音楽の原点フォルク・オク・ラッカレは、いいんですよねえ。カリン・シェルマンのヴォーカルは、その後リエナやウリカやを聴いても、やっぱり最高だあーと思う。この凛とした気品は伝統音楽の本流からはあるいははずれるかもしれないけれど、彼女のうたを聴くだけで心洗われて、別の人間になっていく気がします。その点では、世界にディーヴァもたくさんいる中で、この人の右に出るうたい手はいない。最近再編したそうですが、一度は生で聴きたいですなあ。

 スウェーデンは音楽的には「大国」で、これは1回ではすみそうもないですね、という話にもなりましたので、たぶんまたやることになるでしょう。まあ、知っている人には特に目新しい話はありません。この番組自体は浅く広くの方なので、これから聴こうとか、スウェーデンに音楽があるのかという向きは、流し聞きしてみてください。(ゆ)

 星川京児さんの告別式は無宗教の簡素なものだった。焼香はもちろん献花もない。正面に遺影と一升瓶などが飾られた祭壇の前に、頭を先にして蓋の開けられたままの棺が置かれている。その周囲と、正面の壁沿いに花が飾られている。

 まず司会者の合図で全員で黙祷。献奏として星川さんが2004年南インドの音楽寺を夫人と訪問された際にデンスケで録音した音楽の一部が流される。昨夜の通夜では生演奏がされた由。友人代表として皆川厚一氏と早稲田の同窓代表で宮原氏が思い出を話される。早稲田に入学した時に自己紹介で座れば一升飲むと豪語していたそうな。再び献奏として、イラン北部のトルコ系住民によるアーシクの日本でのスタジオ録音が流される中、親族より順番に棺の両脇に近づき、それぞれにお祈りをする。すませた者は脇の部屋で待つ。ここには上記南インドの音楽寺や海岸での写真が展示されている。一度会場が閉じられ、再び開けられて、親族から入ってお花を棺に入れる。入れてからまた脇の部屋に下がるが、その通路入口に康江夫人が立って参会者に挨拶されていた。棺が花で埋まるまでの間、紋付袴の正装で一噌幸弘氏が別れの笛を吹きつづけられた。棺が花で埋まると、親族の手で棺に蓋が置かれる。出棺を見送って帰途についた。香典は小児がん専門治療施設チャイルドケモハウスに寄附されるという。

 星川さんに初めて会ったのが、どこか、まるで記憶がない。いつかはだいたい覚えている。当時高尾にいた通販レコード・ショップ「田圃鈴」の船津さんが、その扱う音楽を対象とした雑誌『包』(「パオ」と読む)を立ち上げたのだが、第2号から編集長はこの人と紹介されたときだったはずだ。1980年代半ばのことだ。

 『包』創刊号は北米のシンガー・ソング・ライター、フォーク・ミュージシャンとヨーロッパの伝統音楽を対象としていて、あたしも頼まれるままに嬉々として執筆者として参加した。2号めからは星川さんが主な守備範囲とする世界各地のルーツ・ミュージックを対象として、シンガー・ソング・ライター方面は薄くなったのだが、当時はまだ「ブリティッシュ・トラッド」と呼ばれていたアイルランド、ブリテンの伝統音楽や、ヨーロッパの伝統音楽は引き続きとりあげるということで喜んだのも束の間、星川さんはそう甘くはない。それだけを書いているわけにはいかなかった。

 その頃、赤坂、というより当時まだ竜土町にあった防衛庁の裏あたりにあたる得体のしれないマンションの一室に、星川さんはオフィス「包」の看板を掲げていた。雑誌とは無関係に、それよりずっと前からやっているとのことだった。誘われて茂木健とここを訪ね、当時まだ東京では入手の難しかった黒糖焼酎「朝日」の一升瓶を空にしながら渡されたのが、タジキスタンの音楽のメロディア盤だった。むろんLPである。

 ソ連はその構成各共和国の独自文化推進を政策として掲げていて、国営レーベルのメロディアでも各共和国別に伝統音楽の録音を出していた。タジキスタンはその1枚で、星川編集長はこれを紹介する原稿を書けとおっしゃる。強制も脅迫もしないが、しかし、その要請は断われるものではない。初めて飲む黒糖焼酎の酔いも手伝っていただろう。ほいほいと引き受けてしまった。それが転機だった。

 ぼくがそれまで頑なに守っていた、ブリテン、アイルランドとヨーロッパの一部、ブルターニュ、フランス北部、ハンガリーの伝統音楽という殻を、星川さんは一発で砕いてしまった。いやそれは結局泡のように頼りなくはかないもので、星川さんがやわらかくつつくとぱっと消えてしまった、というべきだろう。

 中央アジア、インド亜大陸、ペルシャ、中東、マグレブ。あるいはインドネシア、ヴェトナム。そして日本。星川さんには導いたつもりなどないだろう。あたしが勝手にかれの落とすもの、指すものを拾っていっただけだ。世界中どこでも音楽は豊かにあることを、その気になればいくらでも聴くことができることを、星川さんはその行動によって示してくれた。具体的にはにこにこしながら酒を飲んでは、ときどきぽろっとミュージシャンや地域や楽器やスタイルなどをその口からこぼす。その断片が後で、宿酔からようやく覚めたころになにかの拍子に頭にぽっかりと浮かんでくる。それを追いかけるわけだ。

 これを要するに、星川さんはあたしにとっては松平維秋さんに続く音楽での二人目の師匠だった。今あたしが聴いている音楽の9割はこの2人によって決定されている。

 『包』はおもしろかった。書くのも読むのも面白かった。自分の書いたもの以外は表紙から裏表紙まで毎号舐めるように読んだ。売行も悪くなかったはずだ。創刊間もない頃、その頃ある出版社の営業で都内近郊の大型書店を担当していたあたしは、そのいくつかに個人的に頼みこんで販売してもらった。直販取引の手筈だけつけたのだ。後できくと、毎回ほとんど完売だった。『包』は二度潰れて、二度目は立ち上がれなかったが、雑誌の売行が悪かったせいではない。どちらも発行母体が別の理由で潰れた、あるいは潰れかけたせいだ。

 書くほうではずいぶん勝手をさせてもらった。アイルランドやブリテンの伝統音楽がまだ「爆発」する前で、他にそういう音楽を紹介できる媒体は無かったせいもある。この手の音楽を本当はどう思っていたか、星川さんに確認した覚えはない。ペンタングルは好きだったから、まったく相手にしないわけではなかっただろう。しかし、星川さんはそういう確認の必要性を感じさせない人だった。どんなものでも受け入れてくれる、大海のような人だった。

 勝手をさせてもらったということではキング・レコードでやったユーロ・トラッド・コレクションが一番だ。あれの裏の仕掛人は星川さんで、あれをきっかけに当時キングにいた野崎さんともつながるわけだから、こんにちのわが国アイリッシュ・ミュージックの演奏者、リスナーにとっても星川さんは恩人である。

 告別式の挨拶で康江夫人が、京児さんは怒ったことがなかった、と言われた。宮原氏の話で、他人の悪口を言うときでも聞いている方が不快にならなかったと言われた。星川さんはとにかく器が大きかった。中村とうよう氏には嫌われていると言って酒の肴にしたこともあるが、これも中村氏の「片想い」だったと思う。星川さんほど嫉妬から縁遠い人をあたしは知らない。いや内心では嫉妬に身を焦がしていたのかもしれないが、表に出たのは少なくともあたしの狭いつきあいの中では無かった。

 最後に会ったのは、2012年9月、マーティン・ヘイズ&デニス・カヒルのトッパンホールでのライヴの時だった。茂木さんもきていて、がん仲間がこうして会えることを喜びあった。

 昨年の今ごろ、久しぶりにメールのやりとりをして、近いうちに会いましょう、ということになった。その直後から急に暑くなったり、あれこれ忙しくなったり、で気がつくと寒さに震える季節になっていた。手術を受けてからは寒さには極端に弱い。星川さんも厳しいだろう。暖かくなったら連絡しよう。そう思いながら、ぐずぐずしているうちに今日を迎えてしまった。痛恨。申し訳なくて、康江夫人の前に立っても何も申しあげられなかった。

 死去の知らせを聞いてから、オレゴンの録音を聴いている。むろんコリン・ウォルコット在世中のものだ。星川さんが一番好きと公言されていたバンドだ。肉体から解放されて、星川さんはさらに気ままに音楽と酒を求めてうろついているだろう。ウォルコットとも酒を飲んでいるかもしれない。

 宮原氏が紹介された、人間の文明は音楽から始まった、という星川説にあたしも双手をあげて同意する。人間を人間たらしめているのは音楽だけだ。人間以外の生物もコトバを話すし、戦争もする。しかし音楽をやるのは人間だけだ。そう、これもまた星川さんが落としたものだ。

 さらば、師匠。元気に行きたまえ。いつか、またどこかで、めぐりあわん。(ゆ)

 毎月1回、ユニバーサル・ジャズとディスク・ユニオン新宿ジャズ館の主催で行われる新譜紹介イベント。今月のお題は「鍵盤ジャズ」。

 ユニバーサルが紹介したのはまずチック・コリアと小曽根真のピアノ・デュオ・アルバム。これまでの二人の録音にバラバラに収録されていたデュオのトラックを集め、未発表の即興演奏の録音を加えたもの。初めての二人だけの日本全国ツアーに合わせたものだそうな。ピアノ2台というのはほとんど初体験だけど、悪くない。このあたりはあたしはまだぜんぜん未開拓なので、結構面白いではないですか。

 その次のケニー・バロンのトリオは、うーん、「おジャズ」という感じであたしはパス。BGMになっちゃうのよね。

 面白かったのはその次の2枚、Snarky Puppy の鍵盤奏者二人それぞれのソロ。Bill Laurence《AFTERSUN》はトリオプラス1形式で、ベースとドラムスもスナーキー・パピーのメンバーなので、たぶんSPの音楽をやるのにどこまで編成を小さくできるか、やってみましたというけしきでしょうか。

 Cory Henry の方はこの人の原点にもどって、教会でハモンド B3 を弾きまくったライヴ《THE REVIVAL》。パーカッションが入るトラックもあるそうだが、聴いたのはソロによるゴスペル。いや、楽しい。ハモンドって、音程によって音色が変わるようで、その効果を知り尽くして即興をやる。1台のはずなのに、何台もの違う鍵盤を操っているように聞える。根柢ではビートをしっかりきざんでいて、うーん、こんなのを生で聴かされたら、イスラームのアザーンではないけれど、一緒になって "O Lord!" とか叫んでしまいそうだ。

 Snarky Puppy というバンドは面白い。ジャズ、ロック、ポップスなどなどポピュラー音楽のあらゆるジャンルを横断する音楽をやっているようだ。公式サイトにあるビデオ〈I Asked〉は、ヴェーセンとベッカ・スティーヴンスを組み合わせてすばらしい音楽を作っている。

 これは《FAMILY DINNER 2》の中の1曲で、即注文。

 ヘッドフォン・マニアとしては、このビデオではミュージシャンはもちろん、聴衆も全員ヘッドフォンをつけているのは見逃せない。教会の中で、しかもミュージシャン同士が向かい合って録音するため、PAを使わないようにしたからなのだろうが、あたしも体験してみたい。ヘッドフォンがオーディオ・テクニカ製というのは、何かトクベツの理由があるのか。ATH-M50xBL ですね。こうなると、このモデル、聴いてみたいぞ。BL は限定版ですでに生産完了。まあ、音は変わらないんだろうけど、でもこのブルーとブラウンは綺麗。映像では映えますな。ん、ひょっとして見映えから選んだのか。それにしても、聴衆まで全員かぶらせるとなるとハンパではない台数が必要なはずで、アメリカのオーディオ・テクニカが協力したのかしらんと勘繰ってしまう。

 ユニバーサルからのもう1枚は菊池雅章のラスト・コンサート、2012年10月、上野の文化会館小ホールでのノーPAのソロの ECM からのライヴ盤《BLACK ORPHEUS》。何も申し上げることはございません。へへー。

 ユニオンからはまずアルメニアのティグラン・ハマシアンの先輩ピアニスト、Vardan Ovsepian がブラジルの Tatiana Parra とのユニット Fractal Limit で作った録音《HAND IN HAND》。悪くないです。そのうちアルメニア・ジャズの特集とかできるようになるといいなあ。

 次はイギリスの Greg Foat という鍵盤奏者のバンドの《CITYSCAPE/LANDSCAPE》。Go Go Penguins もそうだけど、このあたりの英国ジャズも面白い。まとめて聴いてみたいな。

 喜んで即購入してしまったのはその次の2枚で、まずスイスの Stefan Rusconi のトリオにフレッド・フリスが参加した《LIVE IN EUROPE》。ピアノ・トリオはフリスに似合う器量で、フリスも大喜びというところ。アヴァンギャルドの比率がちょうどいい。整った部分とすっ飛んでいる部分がきっちり別れていないで、混じり合っている、その具合がちょうどいい。

 もう1枚はスペインの Naima  の《BYE》で、Enrique Ruis を核としたトリオ。Rafael Ramos のドラムスの切れ味がいいのと、Louis Torregrosa のベースが凄い。チェロを通りこしてほとんどヴィオラか。Afrodisian Orchestra とか Jorge Pardo とかのスペイン風味はあまりというかほとんどないけど、これだけ面白ければ文句はないです。

 もう1枚は Jamie Saft 率いる New Zion Trio にブラジルの Cyro Baptista と Saft の奥さんが参加した《SUNSHINE SEAS》。レゲエ/ダブとジャズとの融合、だそうですが、あたしにははずれ。

 今回も面白かったです。ユニバーサル、ユニオンの皆様、ご苦労様でした。ありがとうございます。また来月も楽しみです。来月は 06/08、お題は「ECM とその周辺、その2」。なんでも世界初お目見え先行披露音源があるそうな。(ゆ)

 気がついたらあと1ヶ月を切っていました。来月4月16日(土)に、四谷のいーぐる「イスラームの音楽、その2」というイベントをやります。


 昨年8月にやらせていただいた「イスラームの音楽」の続篇です。昨年の報告についてはこちらをどうぞ。

 「イスラーム」というのは口実で、いわゆるイスラーム圏、イスラーム世界とされている地域の、おもに伝統音楽を、様々なスタイル、編成で聴いてみようという企画です。

 さて、そろそろ本腰を入れて準備しなきゃ。 (ゆ)

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