あなたが死んだらどうなるという質問をよく受けるというところに大笑い。そう訊く人は大抵大藤さんより年上。人より先にご自分の心配をなさった方が、とは言えない。
試聴
あなたが死んだらどうなるという質問をよく受けるというところに大笑い。そう訊く人は大抵大藤さんより年上。人より先にご自分の心配をなさった方が、とは言えない。
03月12日・土
それにしても Bluemini R2R + HE-R9 で聴く Tidal や YouTube の音がすばらしい。今のところ MQA 対応の DAC よりも良く、決定版になっている。MacBook Pro との Bluetooth 接続だが、まったく不満が無い。Zen Stream と Bluemini R2R をつなぐのはやってみてもいいかもしれない。
HiFiMAN Japan に HE-R9 は国内販売しないのかと問い合わせたら、個別に取り寄せはできて、Bluemini R2R を付け、保証もするというので注文した。バランス・ケーブルは付かなかったが、それは別に調達できる。Bluemini R2R の方がこうなるとありがたい。しかし、個別対応するということは、国内で大々的に売るつもりは無いのかもしれない。
##本日のグレイトフル・デッド
03月12日には1966年から1992年まで6本のショウをしている。公式リリース1本。
1. 1966 Danish Center, Los Angeles, CA
土曜日。セット・リストの全体像が判明している最も初期のショウ。期日・場所が判明している録音としても最も初期のもの。これより古い演奏で公式リリースされている録音は期日が不明だったり、場所が不明だったり、両方不明だったりする。なお、今のところ、この次に古いのはこの年07月03日のフィルモア・オーディトリアムで、《30 Trips Around The Sun》の1本としてリリースされた。
この日のセット・リストはDavid Lemiuex が提供したもので、当日の SBD に基く。ピコ・アシッド・テストと言われるが、場所がよくわからない。Pico Blvd はロサンゼルスを東西に貫く大きな通りの1本だが、長いこの通りのどこだったかがわからない。クローザーの〈Hey Little One〉〈I'm A King Bee > Caution〉が《Rare Cuts & Oddities 1966》でリリースされた。
この日のセット・リストにあるほとんどの曲にとってこの日が記録上の初演となる。
Cream Puff War
Sittin' On Top Of The World
New Minglewood Blues
Cold Rain And Snow
Tastebud
Silver Threads And Golden Needles
It's All Over Now, Baby Blue
Good Lovin’
You Don't Have To Ask
On The Road Again
Next Time You See Me
I Know You Rider
Hey Little One
Stealin’
この頃の録音によくある形で、左にヴォーカル、中央にドラムス、右にそれ以外の楽器が固まる。ガルシアのギターも右。録音そのものはクリア。おそらくアウズレィ・スタンリィによるものだろう。
〈Hey Little One〉はガルシアのヴォーカルの、スロー・ブルーズ。ガルシアはもともとスローな曲をさらにゆっくりと歌う。熱唱。
〈I'm A King Bee > Caution〉はピグペンのヴォーカルとハーモニカ。貫禄たっぷりのピグペンの声と歌を聴くと、ガルシアが熱唱するのもわかる気がする。おれだってこれくらいは歌えるぞ。ガルシアはピグペンが大好きだったようだが、自分は一歩退いてかれを立てるということはしなかったろう。しかし、むしろガルシアが熱唱するだけ、ピグペンの存在感の大きさがわかる。そして、そのことはガルシア自身わかっていたのではないか。だからこその熱唱でもあろう。
ガルシアのギターは〈Hey Little One〉よりも〈I'm A King Bee〉の方がブルーズ・ギターの王道に近い。ではあるが、ブルーズ・ギターそのものではない。トンガった、いいギターだ。
〈Caution〉は他のメンバーは "All you need" を叫ばない。この曲は一定の歌詞と形はあるが、半分以上即興から成る。これまで聴いた中では、おそらくは最も原型に近いこのヴァージョンがベスト。
〈Caution〉の後、しばらく空白をおいて短かいリハーサルらしい録音が入っている。これが〈Stealin'〉だろうか。〈Caution〉の最後ではビル・グレアムがグレイトフル・デッドとピグペンに拍手を求めていて、この時の演奏はここで終っていることは明らか。
2. 1967 Whisky-A-Go-Go, San Francisco, CA
日曜日。このヴェニュー7日連続の3日目。
3. 1969 Fillmore West, San Francisco, CA
水曜日。サンフランシスコ州立大スト委員会のための資金集め。
4. 1981 Boston Garden, Boston, MA
木曜日。水準の出来の由。
5. 1985 Berkeley Community Theatre, Berkeley, CA
火曜日。開演7時半。このヴェニュー4本連続の3本目。
6. 1992 Nassau Veterans Memorial Coliseum, Uniondale, NY
木曜日。開演7時半。このヴェニュー3日連続の中日。ブルース・ホーンスビィ参加。第二部が良い由。(ゆ)
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02月16日・水
Tidal の Master 音源がどう聞えるか、各種設定でチェック。
イ。AirPlay で M11Pro に飛ばし、DSD変換で聴く。
ロ。有線で DenAmp。
ハ。有線で hip-dac。
ニ。Bluemini R2R で無線。
Bluemini R2R を試すためもあり、ヘッドフォンは当然 HE-R9。有線は3.5mm のシングルエンド。
結果はこの順番の逆に音がいい。MQA レンダラーを備えた hip-dac の音がいいのは当然だが、Bluemini R2R は正直驚いた。しかも単に音がいいだけでなく、愉しく聴かせる。有線に比べると、人工的に作っている感覚が、ごくわずかながら滲む。プラシーボかもしれないが、無いことにはできない。しかし、それが気にならない。むしろ、実にうまく演出している。final の ZE3000 が、無線にするためにアンプを備えていることで、上流の条件に左右されない音質を保っていることが指摘されていた。そのことにも通じる。つまり、最終的な音は Bluemini R2R で作られていて、それが直接ヘッドフォンに入る。音の鮮度が高い。そして、そこで理想とされている音の素姓がいい。まっとうな、生演奏をベストとし、それに近づける努力がなされた音だ。うーん、HiFiMAN、恐るべし。Edition XS にこれが使えるとはどこにも書いてないのだが、こうなると、Bluemini R2R が使えることは、HiFiMAN のヘッドフォンの場合、必須になってくる。
一方、Himalaya DAC を備えた外付の、汎用の DAC/amp も気になる。
##本日のグレイトフル・デッド
02月16日には1982年と88年の2本のショウをしている。公式リリースは無し。
1. 1982 Warfield Theatre, San Francisco, CA
このヴェニュー2日連続の初日。この年最初のショウ。25ドル。開演8時。ここから21日までサンディエゴ、ロサンゼルスと回る。
1982年のショウは計61本とやや減り、レパートリィは110曲。新曲としてはまず〈Touch of Grey〉。5年後、《In The Dark》に収録、シングルカットされて、デッドにとって最初で最後のトップ10ヒットとなる曲だが、ニコラス・メリウェザーによれば、元来ガルシアのつもりではコカインから覚めた後の宿酔の感覚を歌ったもの。歌詞はデッド演奏のものと、ハンター演奏のもので複数のヴァージョンがある。
ハンター&ガルシアは〈West L. A. Fadeaway〉〈Keep Your Day Job〉も投げ入れる。後者はデッドヘッドの反発でレパートリィからとりさげられた。
バーロゥ&ウィアは〈Throwing Stone〉を披露し、以後、定番となる。
2. 1988 Henry J. Kaiser Convention Center, Oakland, CA
このヴェニュー7本連続の3本目。ドクター・ジョン前座。開演7時。
この年、デッドは働いている。4回のツアーで全米を回り、20の州で80本のショウを行う。チケット販売数は130万枚。2,860万ドルを稼いで、アメリカで4位となる。レパートリィは131曲。新曲で最も目立つのはウィアが Gerrit Graham と共作した〈Victim or the Crime〉。後に荘厳な曲となって、最後まで演奏された。
ハンター&ガルシアは〈Foolish Heart〉〈Believe It Or Not〉〈Built To Last〉を発表するが、最初のものを除いて、早々にレパートリィから落ちる。
ミドランドはバーロゥと組んで〈Blow Away〉〈Gentlemen, Start Your Engines〉を書き、単独で娘のための子守唄〈I Will Take You Home〉を書く。ミドランドの在生中はどれも定期的に演奏された。
歌の話題としては09月03日、メリーランド州ランドーヴァーで突如7年ぶり、そして最後に〈Ripple〉が演奏された。1970年にデビューし、誰もが認める名曲にもかかわらず、わずか41回しか演奏されず、デッドヘッドたちが最も生で聴きたい曲の一つになっていた。この時の演奏は、病で死の床にあったデッドヘッドからのリクエストによる。(ゆ)
02月05日・土
人間の耳は正直なもので、本質的に必要でないものは無くてもちゃんと聞きとることができる。空間オーディオなるものも、一時的に夢中になったり、中毒したりすることはあっても、人間の聴覚体験を一新することは無い。
2日ぶりにインターバル速歩散歩すると、えらく気持ちがよい。やらないと調子が悪いところまではまだだが、やると気分爽快、体が軽くなったように感じるまでになってきた。
夕方、試すと Tidal は問題なく使える。サブスクリプションが切れてるぞと出たあれは何だったのか。
久しぶりに denAmp/Phone を使ってみる。バスパワーで CS-R1 で聴いて、いや、すばらしい。hip-dac に劣らない。MQA のマスター音源ではさすがに違いがあるが、比べなければ、全然問題ない。HiFi と Master の違いもしっかり出す。この二つがあれば、もう他に USB-DAC は要らない。denAmp は販売休止中だが、春には再開するらしい。
T60RP でも試す。音量ノブはさすがに正午まで上げるが、しかし、がっちりと鳴らす。バスパワーのくせに、何がどうなっているのか。中身は何かは明かしていないし、開ける気もないが、このサイズだから DACチップにオペアンプのはずだ。DAC チップは Cirrus だろうか。
伝聴研の傳田さんは、あれだけ見事な自然音録音ができる人だから、耳は抜群だし、自分自身ミュージシャンで、生音も十分知っている。おかしなものは作るはずがない。あそこのものはどれも音がいいが、それにしても、denAmp は凄い。ヘッドフォン祭で一度、これを外付にして DAP と組み合わせている人を見たことがある。これは音がいいですよね、と盛り上がった。
溜まっていたリスニング候補の音源を Tidal でざっと聴く。アルバムの各々冒頭のトラック。
Marcin Wasilewski Trio, ECM
Ayumi Tanaka, Subaqueous Silence, ECM
Tim Berne & Gregg Belisle-Chi, Mars
Undercurrent Orchestra, Everything Seems Different
Jorge Rossy, Robert Landfermann, Jeff Ballard – Puerta, ECM
Maria-Christian Harper, Gluten Free
Chien Chien Lu, The Path
Banquet Of Boxes: a Celebration of the English Melodeon
Elton Dean Quartet, They All Be On This Old Road
どれも一通り聴く価値がある。
Maria-Christian Harper は面白い。名前の通り、ハーパーで、良い意味でアヴァンギャルド。ヴィブラフォンの Chien Chien Lu も良い。Badi Assad、Arooj Aftab は文句無い。Thea Gilmore はもう少し聽いてみる。Saadet Turkoz & Beat Keller はウイグル族の危難に反応した録音。伝統かつ前衛。とりあえず聴かねばならない。
Saul Rose を Tidal で検索したら、 Banquet Of Boxes: a Celebration of the English Melodeon というアルバムがヒット。思わず顔がほころぶ。 オリジナル録音のオムニバスかな。これは CD を探そう。
エルトン・ジョンの芸名のもとになった Elton Dean のカルテットも面白い。キース・ティペットが大活躍。こういう音はイングランドでしか出ないだろう。
##本日のグレイトフル・デッド
02月05日には1966年から1989年まで5本のショウをしている。公式リリースは2本。
1. 1966 The Questing Beast, Berkeley, CA%
テープが残っているので、各種サイトではショウとしてリストアップしているが、内容はリハーサル。〈Viola Lee Blues〉を何度もやっている由。
2. 1969 Soldier's And Sailors Memorial Hall, Kansas City, KS
アイアン・バタフライの前座として1時間強の演奏。セット・リストはこの年の典型。
3. 1970 Fillmore West, San Francisco, CA
3ドル。4日連続のランの初日。共演タジ・マハル。こういう組合せでコンサートを企画するのがビル・グレアムの面白いところ。
この4日間はいずれも一本勝負のショウ。オープナーの〈Seasons Of My Heart〉と〈The Race Is On〉でガルシアはペダルスティールを弾いている。
3曲目〈Big Boss Man〉が《History Of The Grateful Dead, Vol. 1 (Bear's Choice)》でリリースされた。ピグペンの声はまだまだ衰えてはいない。
4. 1978 Uni-Dome, University of North Iowa, Cedar Falls, IA
オープナー〈Bertha> Good Lovin'〉とクローザー〈Deal〉を含む第一部の5曲と第二部8曲全部が《Dick's Picks, Vol. 18》でリリースされた。計1時間半。
3日のショウに並ぶすばらしい出来。全体としてのレベルは3日の方が若干上かとも思うが、こちらの第二部も強力。〈Scarlet Begonias> Fire On The Mountain〉がまずはハイライト。特に〈Scarlet Begonias〉後半のガルシアのギターを核としてバンド全体が集団即興になるところは、デッド体験の醍醐味の一つ。そして〈Truckin'> The Other One> Wharf Rat> Around and Around〉と続くメドレーを聴くのは、この世の幸せ。〈Wharf Rat〉はいつもの囁きかけるような、どちらかというとウェットなスタイルとはがらりと変わり、言葉をほおり出すようなドライな態度をとる。喉の調子がよくなく、囁き声が出せなかったせいかもしれないが、怪我の功名で、3つのパートでどん底から天空に飛翔するこの歌、とりわけパート3にはまことにふさわしい。ガルシアはギターから錆ついた響きをたたき出し、明るいマイナー調のフレーズを聴かせる。〈Around and Around〉でもガルシアが延々とギターを弾いているので、ウィアがなかなか歌いだせない。この歌は1976年06月の大休止からの復帰後、はじめゆったりと入り、途中でポンとテンポを上げる形になる。ここではその前半のゆったりパートのタメの取り方の念が入っているのと、後半、ウィアとドナの声が小さくなるのが早いのとで、その後の爆発のインパクトが大きい。実に実にカッコいい。
DeadBase XI での Andy Preston のレポートによれば、〈Truckin'〉の前の音は、ステージ両側に駐車したセミトラックに仕掛けられた爆竹のようなもので、バックファイヤのつもりらしい。続いてエンジン音が大きくなるとともに、バンドは演奏に突入した。
会場は屋内フットボール場で、片方の50ヤード・ラインにステージが設けられ、残り150ヤードが椅子もなく、解放されていて、聴衆は自由に踊れた。音がよく響き、バンドを迎えた歓声の大きさに、レシュが「実際の人数以上の音だね」とコメントした。
第二部オープナーの〈Samson And Delilah〉で、ウィアのヴォーカル・マイクが入らず、マイクを交換する間、バンドは即興を続けた。ガルシアは苛立って、ギター・ソロが獰猛になった。マイクの面倒をみていたクルーがガルシアを見て、お手上げというように両手を挙げたので、ガルシアはギターでクルーの心臓を狙い、機関銃の音を立ててみせた。その後、マイクはきちんと作動して、歌は続いた。
さらに機器のトラブルがあり、ウィアがかつての「黄色い犬の話」に匹敵する「木樵の話」をして、時間を稼いだ。もっともその冗談はいささか混みいっていて、聴衆の反応は鈍かった。
この年、アイオワは百年に一度の寒い冬。
5. 1989 Henry J. Kaiser Convention Center, Oakland, CA
開演7時。このヴェニュー3日連続の初日。この年最初のショウ。春節記念。この3日間に続いて、ロサンゼルスで3日連続をした後、1ヶ月休んで3月下旬、アトランタから春のツアーに出る。
バーロゥ&ミドランドの〈We Can Run〉とハンター&ガルシアの〈Standing On The Moon〉の初演。
〈We Can Run〉は1990年07月10日まで計22回演奏。スタジオ版は《Built To Last》に収録。
〈Standing On The Moon〉も同じく《Built To Last》所収で、1995年06月30日まで、計75回演奏。これについてハンターは、いきなり頭に浮かんだのをとにかく書き留めたので、何の修正も改訂もしていない、と言っている。ガルシアはブレア・ジャクソンのインタヴューに答えて、理屈ではなく、とにかくこの歌が好きで、この歌が自分の口から出てゆくのが歓びなのだ、それはできるだけそのまま出るにまかせて、余計なことはしたくない、と言う。(ゆ)
9月28日・火
FiiO の K9Pro、THX-AAA アンプ、AK4499採用で直販9万を切る DAC/amp。4pinXLR、4.4、3.5のヘッドフォン・アウト、3pinXLR x 2 のラインアウト。Bluetooth はあるが、WiFi は無し。惜しいのう。音は聴いてみたいが。
watchOS 8.0 になってから、登った階段の階数の数え方が鈍い。まあ、最近、階段の数字は気にしていないからいいようなものだが、気にならないわけでもない。
今日はつくつく法師をついに聞かない。今年の蝉も終ったか。
##9月28日のグレイトフル・デッド
1972年から1994年まで5本のショウをしている。うち公式リリースは2本。
1. 1972 Stanley Theatre, Jersey City, NJ
3日連続最終日。料金5.50ドル。出来としては前夜以上という声もある。冒頭、1、2曲、マイクの不調で声が聞えなかったらしく、そのために公式リリースが見送られたのだろうという説あり。
2. 1975 Golden Gate Park, San Francisco
ライヴ活動休止中のこの年行った4本のライヴの最後のもの。《30 Trips Around The Sun》の1本としてリリースされた。
ゴールデンゲイト公園はサンフランシスコ市の北端に近く、短かい西端を太平洋に面し、真東に細長く延びたほぼ長方形の市立公園。ニューヨークのセントラル・パークとよく比較されるが、こちらの方が2割ほど大きい。1860年代から構想され、元々は砂浜と砂丘だったところに大量の植林をして19世紀末にかけて整備される。この公園での音楽イベントとしては、2001年に始まった Hardly Strictly Bluegrass が有名。またポロフィールドでは後にビル・グレアムとガルシア各々の追悼コンサートが開かれた。
リンドレー・メドウ Lindley Meadows は中心からやや西寄り、ポロフィールドの北にある、東西に細長い一角。ここでのデッドのショウは記録ではこれ以外には 1967-08-28 のみ。この時は Big Brother & the Holding Company との "Party For Chocolate George" と称された Chcolate George なる人物の追悼イベントで月曜午後1時という時刻だった。Deadlist では2曲だけ演奏したようだ。
60年代にデッドが気が向くとフリー・コンサートを屢々行なったのは、ゴールデンゲイト公園の本体から東へ延びる The Panhandle と呼ばれる部分で、このすぐ南がハイト・アシュベリーになる。
この公園についてガルシアは JERRY ON JERRY, 2015 のインタヴューの中で、様々な植生がシームレスに変化しながら、気がつくとまったく別の世界になっている様に驚嘆し、これを大変好んでいることを語っている。デッドがショウの後半で曲をシームレスにつないでゆくのは、これをエミュレートしているとも言う。デッド発祥の地サンフランシスコの中でも揺籃時代のデッドを育てた公園とも言える。一方で、ガルシアはここでマリファナ所持の廉で逮捕されてもいる。公園内に駐車した車の中にいたのだが、この車の車検が切れていることに気がついた警官に尋問された。
このコンサートは San Francisco Unity Fair の一環。1975年9月27〜28日に開催され、45のNPOが参加し、デッドとジェファーソン・スターシップの無料コンサートがあり、他にもパフォーマンスが多数あって、4〜5万人が集まったと言われる。このイベントの成功から翌年 Unity Foundation が設立され、現在に至っている。
冒頭〈Help on the Way> Slipknot!〉と来て、不定形のジャムから〈Help on the Way〉のモチーフが出て演奏が中断する。ウィアがちょっとトラブルがある、と言い、レシュが医者はいないか、バックステージで赤ん坊が生まれそうだ、と続ける。ガルシアがギターの弦を切ったこともあるようだ。次に〈Franklin's Tower〉ではなく、〈The Music Never Stopped〉になり、しばらくすると「サウンド・ミキサーの後ろに担架をもってきてくれ」と言う声が聞える。なお、この曲から入るハーモニカは Matthew Kelly とされている。
さらに〈They Love Each Other〉〈Beat It On Down the Line〉とやって、その次に〈Franklin's Tower〉にもどる。
〈They Love Each Other〉はここから姿ががらりと変わる。1973-02-09初演で、73年中はかなりの回数演奏されるが、74年には1回だけ。次がこの日の演奏で、ブリッジがなくなり、テンポもぐんと遅くなり、鍵盤のソロが加わる。以後は定番となり、1994-09-27まで、計227回演奏。回数順では59位。
休憩無しの1本通しだったらしい。後半はすべてつながっている。CDでは全体で100分強。
こういうフリー・コンサートの場合、デッドが出ると発表されないことも多かったらしい。問い合わせても、曖昧な返事しかもらえなかったそうな。
3. 1976 Onondaga County War Memorial, Syracuse, NY
《Dick’s Picks, Vol. 20》で2曲を除き、リリースされた。このアルバムはCD4枚組で、9月25日と28日のショウのカップリング。
後半は〈Playing in the Band〉で全体がはさまれる形。PITB が終らずに〈The Wheel〉に続き、後半をやって〈Dancing in the Street〉から PITB にもどって大団円。アンコールに〈Johnny B. Goode〉。こんな風に、時には翌日、さらには数日かそれ以上間が空いてから戻るのは、この曲だけではある。そういうことが可能な曲がこれだけ、ということではあろう。
〈Samson and Delilah〉の後の無名のジャムと、〈Eyes of the World〉の後、〈Orange Tango Jam〉とCDではトラック名がついているジャムがすばらしい。前の曲との明瞭なつながりは無いのだが、どこか底の方ではつながっている。ジャズのソロがテーマとはほとんど無縁の展開をするのとはまた違う。ここではピアノ、ドラムス、ウィアのリズム・セクションの土台の上でガルシアのギターとレシュのベースがあるいはからみ合い、またつき離して不定形な、しかし快いソロを展開する。ポリフォニーとはまた別のデッド流ジャムの真髄。
この会場でデッドは1971年から1982年まで6回演奏している。現在は Upstate Medical University Arena at Onondaga County War Memorial という名称の多目的アリーナで収容人数は7,000。1951年オープンで、2度改修されて現役。国定史跡。コンサート会場としても頻繁に使われ、プレスリー、クィーン、キッス、ブルース・スプリングスティーン、エアロスミスなどの他、ディランの1965年エレクトリック・ツアーの一環でもあった。ちなみに COVID-19 の検査、ワクチン接種会場にも使われた。
4. 1993 Boston Garden, Boston, MA
6本連続の4本目。ほとんど70年代前半と見まごうばかりのセット・リスト。
5. 1994 Boston Garden, Boston, MA
6本連続の2本目。30ドル、7時半開演のチケットはもぎられた形跡がない。
会場はニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン三代目の「支店」として1928年にオープンしたアリーナで、本家は代替わりしたが、こちらは1995年9月まで存続した。1998年3月に取り壊された。収容人数はコンサートで16,000弱。デッドは1973年に初めてここで演奏し、1982年までは単発だが、1991年、1993年、1994年と三度、6本連続のレジデンス公演を行った。計24回演奏している。うち、1974年、1991年、1994年のショウから1本ずつの完全版が出ている。
1995年9月にも6本連続のショウが予定されていて、千秋楽19日のチケットには〈Samson & Delilah〉の歌詞から "lets tear this old building down" が引用されていた、と Wikipedia にある。(ゆ)
9月16日・木
ARCAM 再上陸はまあ朗報。選択肢が増えるのはいいことだ。どこか NAIM も入れてくれ。あそこの Uniti Atom Headphone Edition は聴いてみたい。これぞネットワーク・プレーヤー本来の姿。
イヤフォンよりヘッドフォン向け、というのは Focal と同じ親会社の傘下で、Focal のサイトにも Focal 向けに作ったとニュースにあげてるくらいだから、当然ではあろう。Focal の輸入元のラックスマンが NAIM もやればいい、と素人は思う。一緒に売れるだろ。
Mytek Brooklyn Bridge も II で AirPlay に対応したから、これでもいい。Brooklyn Bridge 初代の値下げは在庫をはいて、Brooklyn Bridget II を投入するためと邪推する。
##本日のグレイトフル・デッド
9月16日は1966年から1994年まで9本のショウをしている。うち公式リリースがあるのは4本。
1. 1966 Avalon Ballroom, San Francisco, CA
このショウのためのポスターに初めてケリィ&マウスの「薔薇と骸骨」のイメージが使われた。後に1971年の通称《Skull & Roses》アルバムのジャケットとなったもの。
かつて《Vintage Dead》《Historic Dead》という「非公式」LPが Sunflower Records という MGM の子会社から出ていて、そこに一部が収録されたそうな。「非公式」というのは、バンドはこの音源のリリースについてレーベルと全面的に合意していたわけではない、ということらしい。収録されたショウについても翌09-17と09-11との混同もあるようだ。また、このLPからのテープも出回っている由。

2. 1972 Boston Music Hall, Boston, MA
同じヴェニューの2日目。前半最後の〈Playing in the Band〉が2014年と2020年の《30 Days of Dead》で、後半6曲目〈Dark Star > Brokendown Palace〉のメドレーが2016年の《30 Days of Dead》でリリースされた。《30 Days of Dead》でのリリースが将来のより正式な形でのリリースを約束するわけではないが、これは期待できそうだ、となんとなく感じる。
3. 1978 Sphinx Theatre, Giza, Egypt
ピラミッドの下、スフィンクスに見守られての3日間の最終日。《Rocking The Cradle》本体に8割、ボーナス・ディスクも含めれば2曲を除いて収められた。3日間の中ではベストのショウだったことは間違いない。ビデオも収録され、CD本体と一緒に入っている。
全体におおらかでゆったりとしたテンポなのは、エジプトのご利益か。演奏はかなり良い。ヴォーカルには芯があるし、演奏も気合いが入っている。これならば当時であっても十分ライヴ・アルバムとして出せたと思うけど、ガルシアは何が気に入らなかったのか。
初日、2日目から恢復したとすれば、さすがのデッドもスフィンクスに睨まれて平常心を取り戻すのに3日かかったということか。
聴衆のほとんどはバンドを追ってアメリカやヨーロッパから飛んでいった、あるいはたまたま近隣にいたデッドヘッドだったようだが、中にはカイロで英語を習っていた教師たちに連れられて見に行った12歳のエジプト人もいた。わずかにいたエジプト人たちも踊りまくっていたそうだ。
4. 1987 Madison Square Garden, NY
5本連続の2本め。前半6曲め〈High Time〉が2019年の、その次の前半最後〈Let It Grow> Don’t Ease Mi In〉が2013年の、後半6曲めの〈He’s Gone〉が2020年の《30 Days of Dead》で、それぞれリリースされた。
〈Touch of Grey〉に続いて〈Scarlet Begonias〉単独というオープナー。
5. 1988 Madison Square Garden, New York , NY
9本連続の3本め。ようやくエンジンがかかってきたらしい。あるいは意図的にスロースタートしたか。デッドといえども、同じ場所で11日間に9本やるのはたいへんだったろう。
6. 1990 Madison Square Garden, NY
6本連続の3本め。《Dick’s Picks, Vol. 09》として全体がリリースされた。
7. 1991 Madison Square Garden, New York, NY
9本連続の7本め。この MSG 9本連続は90年代のピークの一つらしい。
8. 1993 Madison Square Garden, New York , NY
6本連続の初日。この日は土砂降りで、そのためオープナーはビートルズの〈Rain〉。
9. 1994 Shoreline Amphitheatre, Mountain View, CA
3本連続の初日。良いショウらしい。
このヴェニューは屋外のアンフィシアターで、ビル・グレアムが設計し、真上から見るとデッドのロゴ、中が真ん丸い頭蓋骨をかたどっている。1986年にオープンし、柿落しはデッドの予定だったが、ガルシアの昏睡で吹飛んだ。(ゆ)

9月15日・水
TEAC のネットワーク・プレーヤー NT-505-X は中途半端。まず WiFi が無い。したがって AirPlay も無し。無線は Bluetooth のみじゃあ、ネットワーク・プレーヤーとは言えんでしょう。これならやはり M11Pro の方がいいわな。デスクトップのオーディオには、むしろ、Bluetooth なんぞ切るくらいのガッツが欲しい。Bluetooth でスマホやイヤフォンを使ってる人間が、こんなデスクトップを使うか。音質優先なら Bluetooth はありえないのだから、媚でしかない。USBメモリ再生を付けるなら、SDカード・スロットをなぜ付けない? そちらの方がユーザは多いはず。もう一つ、ヘッドフォン端子が3.5mm4極というのも、意図不明。同時発表の UD-505-X には4.4mmバランスがあるのにさ。こういう文句をつけるのは、期待してるからですよ。せめて WiFi で AirPlay に対応してくれれば、選択肢に入ってくるのに。TEAC はオープンリール・デッキの頃からの憧れなんだけどねえ。一時はカセット・デッキの Drogan を愛用してました。また TEAC 使いたいよ。
バトラー、Parable 二部作へのN・K・ジェミシンの2018年の序文を訳す。序文なのに、思いっきりネタバレで、たぶん巻末に入れることになるだろうけど、ネタバレを恐れていては、ほんとに大事なことは書けない。でも、いや、いい文章だ。こういう文章にあたると、ジェミシン読むべし、と思う。
##本日のグレイトフル・デッド
9月15日には1967年から1990年まで9本のショウをしている。公式リリースは2本。
1. 1967 Hollywood Bowl, Hollywood, CA
ビル・グレアムが企画した "The San Francisco Scene in Los Angeles" と題された公演で、ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーとジェファーソン・エアプレインが共演。ジェファーソン・エアプレインがトリ。ポスターの写真もジェファーソン・エアプレイン。
8曲のセット・リストがある。
2. 1972 Boston Music Hall, Boston, MA
秋の東部ツアー初日で2日連続同じヴェニューの初日。
3. 1973 Providence Civic Center, Providence, RI
ここで2日連続の予定だったが、前日がキャンセルされた。料金5.50ドル。後半の一部でトランペットのジョー・エリスとサックスのマーティン・フィエロが参加。この時も前座がダグ・ザーム・バンドで、2人はそのメンバー。また《Wake Of The Flood》にも参加している。
4. 1978 Sphinx Theatre, Giza, Egypt
スフィンクスとピラミッドのもとでの2日め。うち前半最後と後半冒頭の2曲が《Rocking The Cradle》に収録。ボーナス・ディスクまで含めれば後半からもう4曲収録。ボーナス・ディスクは持っておらん。この日もアンコール無し。
〈Stagger Lee〉はガルシアのヴォーカルは、ここぞというところでいきむのがいい。左のウィアのギターはアコースティックのように聞える。コーダがわざとらしい。休憩の宣言なし。聴衆の声がよく聞える。
〈Jack Straw〉はいつもよりわずかに遅いテンポで丁寧に始まる。ドナがコーラスの真ん中を担当するのが新鮮。ガルシアのソロが終始コード・ストロークなのも珍しく、新鮮。
5. 1982 Capital Centre, Landover , MD
料金12.50ドル。〈Touch of Grey〉初演。レコードになって、チャートのベスト10に入り、デッド唯一最大のヒットとなるのは5年後。〈Playing In The Band〉のオープナーは珍しい。
6. 1985 Devore Field, Southwestern College, Chula Vista, CA
夏のツアーの千秋楽。料金15.00ドル。屋外フットボール・フィールドでの公演で開演午後2時。
後半4曲目〈She Belongs To Me〉がデッドのディランをカヴァーしたライヴ音源集 《Postcards Of The Hanging》に収録。ガルシアのヴォーカル。ガルシアの声がやけに若く聞える。ガルシアのソロも含め、演奏は全体にしっとりして、抒情味が勝っている。ガルシア自身の曲の抒情性とは違うどこか乾いた味。良いねえ。
この曲はこの年4月から11月まで9回演奏されたのみ。04-28, Frost Amphitheatre, Stanford University, Palo Alto, CA の演奏が《Garcia Plays Dylan》に、11-01, the Richmond Coliseum, Richmond, VA の演奏が《Dick's Picks, Vol. 21》に収録されている。
1976年の復帰以降、デッドはディラン・ナンバーを頻繁にとりあげるようになる。全体としてかなり良い演奏で、ショウのハイライトになることも多い。ディランもデッドのカヴァーは好きで、それが1989年のツアーにつながる。ディランは他人のカヴァーはやらないが、ハンター&ガルシアの曲をどれか歌うのを一度くらいは聴いてみたくもある。
7. 1987 Madison Square Garden, New York, NY
MSG 5本連続公演の初日。料金18.50ドル。珍しくもミドランドのリード・ヴォーカルで開幕。ディランのカヴァーが3曲。後半冒頭から China> Rider> Estimated> Eyes と並ぶ。
8. 1988 Madison Square Garden, New York , NY
9本連続の2日め。あまり良くなかったらしい。後半冒頭にレシュが「息子が rock'n'roll と初めて言ったぜ」とアナウンス。
9. 1990 Madison Square Garden, New York , NY
6本連続の2日め。ブルース・ホーンスビィが初めて参加。グランド・ピアノを弾く。


本製品はヘッドフォンとアンプで構成されており下記の組合せがあります。ヘッドフォンは Beyerdynamic 社の T5p(32Ω)とT1(600Ω)を用意いたしました。それぞれに専用のバランスドライブができるよう改造を施し特性の4ピンXLRの高信頼性コネクタを装備しました。さらにオプションとしてクライオ処理を施した交換ケーブルも用意いたしました。ヘッドフォンアンプ “BDR-HPA-02” は JABEN の要求により本ヘッドフォン用にオーロラサウンが特別にチューニングしたもので4ピンXLRジャックによるバランス駆動、また標準フォーンプラグによるノーマル駆動ができるようになっています。また T5p と T1 というインピーダンスや感度が異なるヘッドフォンも適正な音量で駆動できるようにゲイン切り変えスイッチを(High/Low)を備えています。BDR-HPA02 仕様入力 RCA アンバランスラインレベル信号出力 4pinXLRバランスジャック x1 標準フォ-ンジャック x1周波数特性 5Hz -80kHz全高調波歪率THD+N 0.0046%最大出力 1500mW x2 @45Ω負荷 Highゲイン時ドライブ可能ヘッドフォン 16Ω - 600Ω High/Low ゲイン入り変え電源 AC100V 50-60Hz大きさ W230mm x D180mm x H80mm 突起物含まず

