クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

タグ:DJ

 来週火曜日になってしまいました。場所はいつもと同じ、下北沢の風知空知です。タグチ・スピーカーがすばらしいサウンドで鳴ってます。

 田口さんは最近はもっぱら平面型のユニットを使ったスピーカーを作られていて、その意味では風知空知のスピーカーはより古いユニットを使ったものですが、さすがにタグチ・スピーカーの名に恥じない、すばらしいサウンドです。

 今回のテーマは「《LIVE/DEAD》と《Skull & Roses》の間」にしてみました。前者の録音が1969年1月末〜3月2日のサンフランシスコ。後者の録音が1971年4月のニューヨーク。この約2年の間はグレイトフル・デッドの経歴の中でも最も重要かつ興味深い変化の時期である、というのがあたしの見立てで、それを実際の音源で確認してみようというわけです。

 《LIVE/DEAD》は1969年11月のリリースで、デッドとしては4作めで初のライヴ・アルバム。デッドにとっては《AOXOMOXOA》の製作で負った多額の借金返済のためのものでありましたが、評価もセールスも良く、バンドとしての地位を確立します。バラカンさん始め、これによってデッドのファンになった人も多い。あたしも図書館からCDを借りてファーストから順番に聴いていった時、これはイケると思ったのはこのアルバムでした。

 《Skull & Roses》は1971年9月のリリースで7作めにあたり、2本めのライヴ・アルバムです。これは何よりもバラに飾られた骸骨のジャケット・イラストと「デッドヘッドへの呼び掛け」によって、デッド史を画するものになります。前者のイマージュからこのアルバムは正式タイトルの《GRATEFUL DEAD》よりも《Skull & Roses》と呼ばれてきました。当初、バンドとしては《SKULLFUCK》というタイトルにしたいと言い出して、ワーナーがパニックになったというのはデッド世界では有名な話です。後者は名前と住所を送ってくれという "Dead Freaks Unite!" と題された呼び掛けがジャケットに印刷され、これによって Dead Heads と呼ばれる巨大かつ強固なファン・ベースができることになります。この呼び掛けに欧米はもとより、当時の共産圏や、台湾、日本からも手紙が集まりました。

 《LIVE/DEAD》に現れたのはそれまでのグレイトフル・デッドです。一方でピグペンをフロントとしたブルーズ・ロック・バンドであり、他方、アシッド・テストのハウス・バンドを出発点として培ってきたサイケデリックなジャム・バンドでありました。加えて、フィル・レシュがその理論を試す実験音楽のバンドという側面もあります。

 《Skull & Roses》でのデッドは、ブルーズ色が後退し、フォークとジャズをベースにした独自のロックンロールとそこからの集団即興を追求するバンドとなり、以後、1995年の解散まで、性格は変わりません。

 そこにはピグペンの健康問題、それに伴うトム・コンスタンティン、そしてキース・ガチョーの参加、Festival Express といった外面的条件も働いていたでしょう。1969年はもちろんウッドストックとオルタモントの年でもあり、デッドはどちらにも関わります。もっともデッドにとっては、翌年のジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリンの相次ぐ死去の方が直接間接に影響は大きかったようでもあります。オタモントからは〈New Speedway Boogie〉、ジャニスの死からは〈Bird Song〉が生まれました。

 オルタモントについては、別の角度からですが、デッドにとって大いにプラスの結果を生むことになります。これでローリング・ストーンズのロード・マネージャーをクビになった Sam Cutler をデッドは雇い、カトラーの手腕のおかげでツアーからの収入が大幅に増えたからです。72年のヨーロッパ・ツアーもイングランド人のカトラーがいたから実現したとも言えます。

 こうした変化を音で聴こうというわけですが、言うは易し、行うは難しで、掲げてはみたものの、実際どうすればいいのか、しばらくは途方にくれていました。とにかくこの時期のライヴ音源を聴いてみて、ひょっとするとこれでいけるかという方向性がようやく見えてきました。

 ひとつは〈Dark Star〉の聞き比べ。これまでの3回ではこの曲は聴いていません。故意に避けたわけではありません、めぐりあわせでそうなったんですが、この曲はやはりデッドを象徴し、またこの曲を演奏することでデッドがデッドになっていったとも言えるものではあります。これの1969年版と1971年版を比べてみるのが一つ。

 もう一つは、69、70、71の各々の年を代表するような曲を聴いてみる。69年にしか演奏されなかった曲とか、70年にデビューしてずっと演奏されつづけた曲とかです。この時期はオリジナルやカヴァーのデビューが大量におこなわれた年です。ニコラス・メリウェザーによれば1969年のレパートリィ97曲のうち、実に63曲が初登場しています。つまりここからレパートリィががらりと入れ替わっているわけです。

 これまでの3回で聴いた曲は避けたので、こんな曲を聴こうということになりました。やや地味かもしれませんが、よりディープとも言えそうです。

The Eleven, 1968-01-17
St. Stephen, 1968-06-14
Dire Wolf, 1969-06-07
New Speedway Boogie, 1969-12-20
Friend Of The Devil, 1970-03-20
Attics Of My Life, 1970-05-14
Ripple, 1970-08-18
Brokedown Palace, 1970-08-18
Greatest Story Ever Told, 1971-02-18
Wharf Rat, 1971-02-18
One More Saturday Night, 1971-09-28

 日付はデビューの日。

 それにしても1969年という年は面白い。ビートルズが Abbey Road、ローリング・ストーンズは Let It Breed、ジョニ・ミッチェルは Clouds、キンクスは Arthur を出し、レッド・ツェッペリン、ニール・ヤング、サンタナ、そしてマリア・デル・マール・ボネット各々のデビュー・アルバムが出ています。CSN&Yの Deja Vu、ザ・バンドの The Band、ペンタングルの Basket Of Light、フランク・ザッパの Hot Rats、キャプテン・ビーフハートの Trout Mask Replica もこの年です。一方、ボブ・ディランが Nashville Skyline を出せば、フェアポート・コンヴェンションは Liege & Lief を出す。そして留めにマイルス・デイヴィスの Bitches Brew が出ます。

 やはり一種の分水嶺の年であると見えます。グレイトフル・デッドもまた、そうした時代の流れを作るとともに、独自の道を歩みはじめる。その様がうまく聞えるかどうか。さても、お立会い。(ゆ)


Live/Dead
Grateful Dead 
Rhino
2003-03-03



The Grateful Dead (Skull & Roses)
Grateful Dead
Rhino
2003-03-22


 とんでもないものを聴いてしまった。この声は、唄は、世界を変える。聴く前と後では、同じではいられない。たとえ、同じだと当初思ったとしても、時間が経つにつれて、同じではいられなくなっていることがわかってくる。

 宮古島の歌には多少の心組みもあった。つもりだった。しかし、この與那城美和氏の唄はこれまで聴いた琉球弧の伝統歌のどれとも違う。もっと古い感じがある。実際、三線の導入で宮古の古い歌が変わってしまったと言われる。

 三線は中国大陸からやって来たもので、歌がそれ以前から唄われていたことは確かだろう。三線は当然その歌とは別の伝統から生まれているので、宮古の古い歌がそれを伴奏にすることで変化したのもうなずける。もっともこのことはどんな伝統楽器でもありえるので、アイリッシュ・ミュージックにしてからが、現在そこで伝統楽器とされているものは、ホィッスル以外はすべて外来の楽器なので、各々の楽器によってアイリッシュ・ミュージックが変化している。とはいえ、それ以前の音楽がどういうもので、どう変化しているのかは今となってはもう解明する術はまず無い。

 宮古の場合にはそれができたらしい。共演のダブル・ベースの松永誠剛氏によれば、與那城氏は古い版と三線以後の版を唄い分けることができるそうだ。そしてこの日、與那城氏が唄われたのはその古い歌だったのだろう。

 あたしの体験内で最も近い音楽をあげれば、まずアイルランドのシャン・ノース歌謡だ。あるいはこの日、「前座」のDJでバラカンさんがアナログでかけたブルガリアはピリン地方の女性のアカペラ歌唱。はたまた、中央アジアの草原に棲む人びとの、それぞれの集団を代表する女性のうたい手たちが唄う伝統歌。歌の伝統の根源にまで降りたち、そこで唄ううたい手。音楽の、最も原初に近い、つまりはわれわれの存在そのものの根源に最も近い唄。

 與那城氏の声はとても強い。強靭な芯を強靭な肉が包み、すべてを貫いて聴く者の中に流れこむ。さして力を籠めているとも見えない。本人にとってはごく自然に、唄えばこういう声になるとでもいうようだ。粗方、客も帰った後で、なにかホールの響きについて話していたのか、その響きを確認するようにいきなり声を出されたが、それはさっき唄っていたのと全く同じ声だった。

 声域はメゾソプラノぐらいか。高い方はどこまでも澄む。低い方はたっぷりと膨らむ。そして、強いだけでなく、あえかに消えてゆく時の美しさ。声のコントロールということになるのかもしれないが、これまたごく自然に消えてゆく。

 ぴーんと延びてゆくかと思えば、絶妙なコブシをまわす。いつどこでコブシを入れるかは、決まっているようでもあり、即興のようでもある。

 傍らのダブル・ベースはまるで耳に入らないようでもあり、見えない糸で結ばれているようでもある。

 歌詞はもとよりわからない。英語以上にわからない。これまたアイルランド語のシャン・ノースと同じだ。しかし、歌に備わる感情はひしひしと伝わってくる。というよりも、これまたシャン・ノースと同じく、感情は聴く者の中から呼び起こされ、点火される。その感情に名はない。つけようもない。哀しいとか嬉しいとか、そんな単純なものではない。もっと深い、感情の元になるもの。

 宮古の言葉がどういうものか、宮古の言葉で宮古の紹介をしゃべる一幕もあった。沖縄本島はもとより、石垣島でも通じないそうだ。宮古の島の中でも少しずつ違うらしい。言葉だけでなく、顔もまたローカルな特徴があり、與那城氏はまったく初対面の老婦人に、出身地を最も狭い単位まで言い当てられたこともあるそうだ。アイルランドのドニゴールで、マレード・ニ・ウィニーとモイア・ブレナンの各々出身の村はごく近いが、言葉が微妙に違うという話を思い出す。

 松永誠剛氏のダブル・ベースも単純にリズムを刻むのには程遠い。冒頭、いきなりアルコでヴァイオリンのような高音を出す。全体でも指で弾くのとアルコは半々ぐらい。伴奏をつけるというよりは、與那城氏の唄に触発された即興をあるいはぶつけ、あるいは支え、あるいは展開する。唄にぴったり寄り添うかと思えば、遠く飛び離れる。唄の邪魔をしているように聞える次の瞬間、唄とベースが一個の音楽に融合する。こんなデュオは聴いたことがない。

 もちろんノーPAだ。会場はそう広くないが、相当に広いホールでも、おそらくPA無しで問題ないだろうと思われる。音圧という用語があるが、それよりも声の存在感、声が世界を変えてしまうその有様は、おそらく生でしかわからない。会場で販売されていたお二人のCDは買ってきたが、是非また生で体験したい。

 松永氏は結構おしゃべりで、話が音楽と同じくらいの時間だが、むしろそれくらいがちょうどいい。しゃべりも快い。與那城氏と彼女が体現する宮古の伝統にぞっこん惚れこんでいるからだ。

 ライヴに先立って、1時間、ピーター・バラカンさんがDJをされる。松永氏は songlines ということを考えていて、各地の歌は見えない線でつながっているというものらしいが、バラカンさんなりの songlines を見出すような選曲。そのリストはバラカンさんの Facebook ページに上がっている。

 さすがの選曲で実に面白かった。あたしにとっての発見はアフリカ系ペルー人という Susana Baca の唄。およそラテンらしくない、すっきりとさわやかな音楽で、一発で好きになる。

 対照的にサリフ・ケイタの Soro からの曲は、時代を感じてしまったのは、後でバラカンさんご自身も認めていた。ケイタの唄や女性コーラスはいいのだが、あの80年代のチープなシンセの音がほとんどぶち壊しなのである。これはケイタにとって不幸なことだし、おそらくあの時期に世に出た、「ワールド・ミュージック」の録音全体にとって不幸なことだ。もちろんどの時代の録音にも、時代に限られる部分と時代を超える部分があるものだが、あのシンセの音にはその超えてゆくところをもひきずり下ろすものがある。

 バラカンさんの時は、この安養院瑠璃講堂備えつけのタグチ・スピーカーが大活躍していた。システムはゼロから田口氏が設計・製作されたもので、正面と背面の他に、頭上の鴨居の部分にあたるところに据えつけた特殊な形のものに加えて、高い天上から吊り下げたユニットまであって、良い録音ではまさに音楽に包まれる。上述のスザーナ・バカの録音などはその代表だった。田口氏ご自身も見えていて、終演後、背後の正面のものよりは小さめのスピーカーのカバーをとって説明してくださる。全て平面型の小さなユニットを縦に連ねて、その脇にリボン・トゥイータをやはり縦に連ね、下に二発、ウーハーにあたる平面型のやや大きめのユニットがある。ちょうど昔のマッキントッシュのスピーカー・システムに似ている。

 備品のラックスマンのターンテーブルを使って、バラカンさんも2曲、アナログをかけたが、ここでデッドのアナログ大会をやってみたい、それも客として聴きたいものではある。

 安養院瑠璃講堂は音楽を聴くには最高の施設の一つだが、困るのは周辺に食べ物屋が無いことで、ここに来るといつも夕飯を食べそこなう。この次は環七沿いのドライブイン・レストランを試してみるか。(ゆ)


 今週末、土曜日に四谷のジャズ喫茶「いーぐる」で、「イスラームの音楽その2」をやります。

 直前になってまた気が変わるかもしれませんが、今のところかけようと思っているのはこういう人たちです。順番はまだ固めていませんが、ウンム・クルスームから始めてヌスラト・ファテ・アリ・ハーンで締めるのはほぼ確定。

Oum Koulthoum, Egypt
Ghalia Benali, Tunisia
Anouar Brahem, Tunisia
Munir Bashir & Omar Bashir, Iraq
Lydia Daher & Tatafull, Algeria/ Germany
Amina Alaoui, Morocco
Mariem Hassan, West Sahara
Sahra Halgan, Somalia
Moneim Adwan, Palestine, 
Nishtiman, Kurdistan
Kayhan Kalhor, Iran
Mohammad Reza Shadjarian, Iran
Mahsa Vahdat, Iran
Taksim Trio, Turkey
Ria Soemardjo, Indonesia: Java/ Australia
Nusrat Fateh Ali Khan, Pakistan

 という舌の根も乾かぬうちですが、実はヌスラトにするか、ジャーファル・フセインにするか、まだ迷ってます。両方というのも一瞬考えましたが、やはりそれは却下しました。

 ヌゥバもなんとかかけようとしたんですが、最低でも6時間かかるものを圧縮なり、つまみ食いなりでうまく紹介する方法をついに思いつかず。スペインのパニワグワがヌゥバの一つを30分でやっている録音もあって、それ自体は悪くないんですが、これをヌゥバの例として紹介するのはためらいがあります。

 ヌゥバを始めとする、いわゆるアラブ・アンダルース音楽については、マグレブ各地でそれぞれに独自の発展をしていることもあり、チャンスがあれば、そうしたものをまとめ、ヨーロッパへの影響まで含めて聞き比べてみる方が実りは多いかもしれません。それにはあたしなどよりも専門の方がおられると思います。

 なるべく前回とは趣向を変えているつもりですが、なにせあたしは好きなものを好きなように聴いてきただけなので、同じようなものになりましたら乞う御容赦。

 では、明後日、四谷でお目にかかりましょう。(ゆ)

 ありそうでなかったバラカンさんの公式ブログが立ちあがりました。

 『魂(ソウル)のゆくえ』の版元、アルテスパブリッシングの運営によるもの。バラカンさんがかかわるイベントや関連記事が載る予定。ご本人の日記などは今のところ予定無し。

 このブログ立上げのきっかけになったのはアルテスが仕掛け人の「出前ジュークボックス」というイベントは、かなり面白そう。いわばバラカンさんのラジオやDJをライヴで体験できるもの。リクエストも受けつけてますが、こういうのはバラカンさんが何を聞かせてくれるか、が楽しいです。

 『魂(ソウル)のゆくえ』は、アメリカのポピュラー音楽文化の歩みを「黒人音楽」という切口で鮮やかに見せてくれる快著。R&Bやソウルなどにほとんど全く無知な当ブログでさえ、これは聞いてみたいと思わせる話術が全開。「陽」の部分だけでなく、人種差別やサム・クックの殺害のような「陰」の部分も隠していません。それも、肩肘張らず、あくまでも一人の音楽ファンとしての節度を守るところがいい。一方で、自分の趣味に凝り固まらず、広く公平な目配りも怠らない。この辺のバランス感覚がバラカンさんの魅力です。(ゆ)


Thanx! > 鈴木さん@アルテスパブリッシング

  今度の日曜日に迫った Winds Cafe 134
でかける曲の選曲をほぼ完了。
ミュージシャンとうたについてのコメント、
歌詞の大意をまとめて、
相棒予定の川村恭子嬢と主催者の川村龍俊氏に
点検のため送付。
ちなみにお二人は血縁ではない。

  今回は川村嬢にも選曲を手伝ってもらい、
自分だけではまず出てこない曲が選ばれたので
おもしろくなったと思う。
あたしがひとりで選ぶと
無伴奏歌唱が延々と続くことになり、
聞かせているほうは得意満面、
聞かされているほうは気息奄々、
ということになりかねない。

  一昨日、マーティン・ヘイズ&デニス・カヒルのライヴで
ピーター・バラカンさんと一緒になったら、
《THE IMAGINED VILLAGE》
を注文されたそうだし、
今年はじめの fRoots 誌のサンプラーに入っていた
Bella Hardy はたいそうお気に召されたようだ。
もちろん、彼女のものはかけるが、
イングランドの盛り上りはやはりホンモノである
とあらためて確認。(ゆ)

 かつて吉祥寺、今年から三軒茶屋に会場をうつして続いている月刊イベント
Winds Cafe の来年の年間予定が出ています。

 基本的に毎月の第二ないし第三日曜日の午後。

 場所や時間のくわしいことはこちらにどうぞ。

 ほんと、毎月行きたいです。
とりあえず、10月の後藤さんは必見。
1月は、今年の1月に行って、大好評だった続篇。
長門さん秘蔵の映像、音源が惜しげもなく出されます。
3月の笙も、前回見逃してるんで、今度こそは行きたい。


01月20日(日)
WINDS CAFE 133 in 三軒茶屋
【魔法を信じるかい? 洋楽と邦楽、ロックの蜜月 Vol.2】
 長門芳郎+川村恭子(ディスクジョッキー)

02月17日(日)
WINDS CAFE 134 in 三軒茶屋
【エキゾティック・イングランド――遅れてきたワールド・ミュージック】
 おおしまゆたか(ディスク・ジョッキー)

03月16日(日)
WINDS CAFE 135 in 三軒茶屋
【響の海へ】
 田島和枝(笙、う[たけかんむり+于])

04月20日(日)
WINDS CAFE 136 in 三軒茶屋
【アメリカン・コンテンポラリー】
 西村正秀(ギター)

05月18日(日)
WINDS CAFE 137 in 三軒茶屋
【voyage en solitaire】
 橋本晋哉(テューバ、セルパン)

06月22日(日)
WINDS CAFE 138 in 三軒茶屋
【自作楽器の世界】
 尾上祐一(発明自作楽器演奏家)

07月27日(日)
WINDS CAFE 139 in 三軒茶屋
【Invinsible solid 2】
 舩橋陽(サックス、チェロ)

08月31日(日)
WINDS CAFE 140 in 三軒茶屋
【mongoloid'z again】
 田口浩一郎・石垣直・高橋裕一・平野宗(演劇)

09月28日(日)
WINDS CAFE 141 in 三軒茶屋
【声のための作品集】
 松平敬(バリトン)

10月19日(日) 
WINDS CAFE 142 in 三軒茶屋
【琵琶弾き語り】
 後藤幸浩(薩摩琵琶)

11月16日(日)
WINDS CAFE 143 in 三軒茶屋
【コンテンポラリー鍵盤ハーモニカ】
 野村誠(作曲家)

12月14日(日)
WINDS CAFE 144 in 三軒茶屋
【洋梨】
 松本智勇(スライドショー)

 昔吉祥寺、今年正月から世田谷・三軒茶屋に
舞台を移して続いているユニークな月刊イベント、
ウィンズ・カフェにまた出させていただくことになりました。

 今度は来年2月17日(日)。
 13:30開場、14:00スタートです。

 何をやるかといえば、例によってレコードをかけ、
今回は映像も少しごらんいただけると思いますが、
要するにディスク・ジョッキーです。

 テーマはイングランド!
 今のところのタイトルはまだ仮題なんですが

「エキゾティック・イングランド

――遅れてきたワールド・ミュージック」

 21世紀に入って、イングランドの伝統音楽が盛りあがってきています。

 アイリッシュ・ミュージックをはじめとする
ケルト系伝統音楽の盛上りに影響されてのことですが、
一方で、それは1970年代以降の、
イングリッシュ・カントリー・ダンス・リヴァイヴァルの流れを引継いだものでもあります。

 かつて植民地として支配したアイルランドやスコットランド、ウェールズなどが、
イングランドによる政治的経済的支配をくぐり抜けて受けついできた独自の文化をテコに、
世界的な存在感を飛躍的に大きくしているのと対照的に、
政治や経済では支配していたはずのイングランド自身が、
自分たちの文化を、
自分たちは何者なのかを、
見失っていたのでした。

 ケルト系伝統音楽の隆盛を見て、
そのことに気づかされたイングランドの人びとは、
あらためて自分たちの足下の音楽を見直しはじめました。
見直してみれば、
そこには1950年代以来のフォーク・リヴァイヴァルの流れがあり、
すぐれた音楽家がすばらしい音楽を展開していたのでした。

 とりわけ1970年代前半に始まった、
イングリッシュ・カントリー・ダンス・リヴァイヴァルは、
ケルト系とは違う、
モリス・ダンスをベースとした独自のダンスとその音楽を掘り起し、
展開してきています。
かつて、20世紀初めには消滅寸前にまで行ったモリス・ダンスは、
いまやイングランド全土でごく普通に踊られるようになりました。

 イングランドのもうひとつの伝統はうたです。
そしてこの方面でも、
ウォータースン:カーシィ一族に代表されるシンガーたちが、
やはり独自の展開をしてきていました。

 このふたつの流れは、
あるいは合流し、あるいは離れながら、
いまや、かつてない活発な動きを見せています。
ベテランにならんで、ごく若い世代の人びとが、
伝統音楽の世界に飛びこみ、すぐれた成果を挙げています。

 英国のワールド・ミュージック雑誌 “fRoots” は、
世界一エキゾティックなワールド・ミュージックは
いまやイングランド音楽だと宣言しました。
彼らにとって、いわば最後に、
遅れてやってきたワールド・ミュージックが、
イングリッシュ・ミュージックだったのです。

 では、そのイングランドの伝統音楽はいまどうなっているのか。
かつて渋谷百軒店のロック喫茶「ブラック・ホーク」で
「ブリティッシュ・トラッド」として発信された
1970年代のイングランド音楽から現在まで駆け足で概観した後、
いまの、沸騰するイングランド音楽を聴き、見ていただこうと思います。

 ということで、
来年2月は、東京は三軒茶屋の「ウインズ・カフェ」で、
現在最先端のイングランド音楽にひたろう。\\(^^)//(ゆ)

 東京・吉祥寺でのユニークな「月刊」イベント Winds Cafe が諸般の事情により、今年から三軒茶屋に会場を移動します。

 今度の会場は、東急新玉川線三軒茶屋の駅から歩いてすぐのところだそうです。

 その「こけら落とし」が今月21日日曜日に開かれます。ゲストは長門芳郎氏と川村恭子氏。川村恭子さんは編集部(ゆ)が Winds Cafe に出たときにも「共演」していただいていますが、このお二人なら楽しいことになるのはまちがいなし。(ゆ)も出かけるつもりであります。

   *   *   *   *   *

 1997年1月にスタートした WINDS CAFE も、2007年には、ついに11周年目を迎えることになりました。これも、ご来場いただいた皆様、そして企画してくださった方々のおかげです。2007年からは吉祥寺から三軒茶屋へと場所を変更いたしますが、主旨に変更はございません。素敵な企画をたくさんご用意してお待ちしておりますので、どうぞお誘い合わせの上、お運びください。


            ● WINDS CAFE 121 in 三軒茶屋 ●

            【魔法を信じるかい? 日本のロックと洋楽の蜜月70's】

                長門芳郎(音楽愛好家) 
                川村恭子(カモノハシストな音楽愛好家その2)

              2007年1月21日(日) 午後1時30分開場

    レンタルスペースSF 東京都世田谷区太子堂2-12-10 TEL 03-3419-5449

入場無料(投げ銭方式)/パーティー用の差し入れよろしく!(主にお酒や食べ物)

13:30 開場
14:00 漠然と開始、同時に飲食OK
17:00 終了予定(予定は未定)、その後オークション


▼川村からひとこと

 川村恭子さんは、1999年 WINDS CAFE 27【ケルト音楽の正体――その浸透と拡散】で大島豊/おおしま・ゆたかさんを、2001年 WINDS CAFE 53【アメリカン・オールドタイム&フォークミュージック・コンソシウム】で山田裕康さんと松澤秀文さんをフィーチャーしてくださり、また同年 WINDS CAFE 56では内容が内容だけに覆面で「かものはしすと」として【「こんなん、出ちゃいました〜。」from late 60's to early 70's 日本語のふぉーくとロック、レア音源大会】を企画進行してくださいました。

 今回は、恭子さんにとって、最も原点に近い方、あの長門芳郎氏をお迎えしてのコアな時間を企画してくださいました! いやあ、これは大変だ。「できれば、みんな飲み食いしながらダラダラやろー。サロンみたいな感じでね! っつうわけで、食い物、飲み物、持ち込みよろしくです」との伝言も仰せつかっております故、どうぞ自分の分、他の方にシェアする分の飲み物・食べ物をお持ちの上、遊びにいらしてください。


▼川村恭子さんからの手紙

 川村龍俊さんからお話があって(ヤヤコシイですが、同じ川村ですが親戚じゃないよー/笑)、栄えある移転第一回の WINDS CAFE、こけら落としをさせていただくことになりました。

 以前には大島豊さんらをご紹介させていただき、今回はまたもや音楽の賢人である長門芳郎さんをご紹介させていただきたいと思います。

 長門さんは、日本の良質なロックシーンと洋楽との架け橋になるようなすてきな仕事をされております。

 WINDS CAFE にいらしている方の中には、かつて骨董通りにあった輸入盤店、パイドパイパー・ハウスに通われた方もいらっしゃるかと思いますが、パイドパイパー・ハウスのオーナー店主でもありました。

 日本では、細野晴臣さんのティン・パン・アレー時代のマネージメントやシュガー・ベイブのマネージメントをし、その間に作り出された音楽は今も日本のロック史に欠かすことのできない名盤としてあげられています。

 また、ジョン・サイモンやハース・マルティネスなどのアルバム制作、アルゾ・フォンテの日本でのリリース、ベアズヴィル・ボックスを世に送り出すなど、ほんとうに良質の音楽を愛情と信念をもって、紹介されている方です。

 そして、なんとおそるべきことに、いつでもお会いするたびに長門さんのカバンの中からはほんとに貴重ですてきな音楽や映像が、そしてその資料がスルスルと飛び出してくるのです! 見たことのない映像、知ってるはずの音楽なのに聞いたことのないヴァージョン、「魔法を信じるかい?」まさしく、魔法のようです。

 アメリカと日本の不思議で楽しい音楽の関わりを、あまりうまくまとめられませんが、楽しんでいただければうれしいです。

 あ。そうだ。堅苦しくなる必要はありません。長門さんも私も相当なダジャレ好きです。ヒドイもんです(笑)。お気軽に音の静かなシンガーソングライターものをかけてるロック喫茶に立ち寄ったと思って、お気に入りのお茶やお菓子、お酒、食べ物などを手に、足を運んでください。


▼プロフィール

長門芳郎(ながと・よしろう):音楽愛好家。音楽プロデューサー、音楽ライター。70年代初期から後期にかけ、シュガー・ベイブ(山下達郎/大貫妙子ほか)、ティン・パン・アレー(細野晴臣/鈴木茂/林立夫)のマネージャーとして、コンサート/レコード制作に携わる。70年代末〜80年代末には、南青山の輸入レコード店パイド・パイパー・ハウスの店長/オーナーを続けながら、ピチカート・ファイヴのマネージメント、海外アーティストのコンサートをプロデュース。ヴァン・ダイク・パークス、ドクター・ジョン、リチャード・トンプソン、フィービ・スノウ、ダン・ヒックス、ジョン・サイモン、ローラ・ニーロ、ピーター・ゴールウェイ、NRBQ、ハース・マルティネス、MFQほか多数の来日ツアーを手がける。80年代末にヴィレッジ・グリーン・レーベル(ポニーキャニオン)をスタートさせ、海外アーティストのレコード制作に携わる。98年からは、ドリームズヴィル・レーベルのレーベル・プロデューサーとして、数多くのアルバム制作を行なっている。以上の仕事の傍ら、70年代から現在まで、数多くの洋楽アルバム/CDのリイシュー企画監修、アート・ディレクションを行い、その総数は800タイトル以上。現在音楽番組「ようこそ夢街名曲堂へ!」にレギュラー出演中。 著書に「魔法のBEAT」(MF WORKS)がある。

●川村恭子(かわむら・きょうこ):謎のかものはしすとってことで(苦笑)、音楽を中心とする文筆業。リアルタイムで数多くのアーティストのステージを体験している事もあり、60年代以降の日本のロック/フォーク・シーンの造詣の深さでは一目置かれる存在。19歳〜20歳、学生ながらNHK-FM『サウンド・ストリート』では坂本龍一、佐野元春らと共にDJを担当。後、糸井重里、細野晴臣ら協力の下ペンギン・カフェ・オーケストラ初来日時のパンフレット制作を機に本格的に文筆業の世界に入る。1995年には70年代に大阪で行われていたあの伝説のイベント「春一番コンサート」復活の立役者の一人としてプロデューサーである福岡風太のアシストをつとめる。また poetry reading の日本初の野外イベント「UENO poetrycan jam」の主催チームに参加、1500人を動員。WOWOW、NHK-BSなどの70年代の音楽を特集した番組のリサーチ、企画、構成なども手がける。So-net 会員向けストリーミング番組、 wonderjuke では長門芳郎氏とともにショーボート・レーベルのナビゲート中でもある。編著書に『THE BOOM 海を渡る唄』、『イカ天年鑑』、『Fの時代』、『風都市伝説―1970年代の街とロックの記憶から』など。また「春一番72年10枚組」BOX再発、朝日新聞社AERA別冊「AERA in FOLK」、世界で初めてのドラマーのコンピレーション盤、林立夫『NON VINTAGE』選曲に関わる。一昨年から始まった狭山でのハイド・パーク・ミュージック・フェスティバルの音楽制作部門のスタッフでもある。

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▼以下は WINDS CAFE 公式サイトでご確認ください。

 会場地図
 オークションについて
 予告編
 過去の企画

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 WINDS CAFE とは、1997年1月から、川村龍俊が、音楽を中心に美術演劇映画などさまざまなジャンルの方々に企画していただきながら続けている、イベント+パーティーです。

 いわゆる「オフ会」ではありません。

 基本的に入場料は無料、出入り自由で、パーティーでの飲食は参加者のみなさまからの差し入れを期待しております。

 ご来場にあたって予約は必要ありません。

 WINDS CAFE のコンセプトは、「好きなことやものを楽しんでいる人と一緒にいるのはなんて楽しいことだろう」です。出演を依頼するときには、このコンセプトを共有していただけることが条件になっています。

 第1回から第120回までは、現代陶芸家の板橋廣美氏の私邸である、東京吉祥寺の空中庭園 WINDS GALLERY を会場として行ってきましたが、2007年1月の第121回からは、建築家の藤村貞夫氏の私邸である住宅街の隠れ家「レンタルスペースSF」にて開催します。

 それでは2007年1月21日(日)に三軒茶屋でお目にかかりましょう。



川村龍俊+幸子

 東京・吉祥寺のユニークな月刊イベント WINDS CAFE の今月は「バトルDJ」だそうです。

 いつもより開始時刻が早いのでご注意。

 それと、オークションは熱くなりそうですね。百円玉をたくさん用意するとよろしいかも。



                    ● WINDS CAFE 115 ●

                【バトルDJ 〜 レコードを使って遊ぶ IV】

  ホスト:上原敦郎
  ゲスト:音楽ファンS氏、音楽ファンK氏、音楽ファンJ氏、音楽ファンP氏

                2006年7月23日(日) 午後0時半開場

WINDS GALLERY 東京都武蔵野市吉祥寺本町3-4-11 7F *電話はありません

入場無料/パーティー用の差し入れよろしく!(主にお酒・飲み物や食べ物)

12:30 開場(今回は開場と同時に飲食可とします。ラウンジなイメージ?)
13:00 第一部
15:00 幕間
15:30 第二部
17:30 オークション


▼川村からひとこと

 上原敦郎君とは1983年4月からの付き合いですから23年を越えました。人生の半分以上を過ごした彼とは、教えられたり教え……られたりの仲です。お互い、本やレコードのコレクターである哀しみを持つ、つまり、家の中はそうしたアイテムで足の踏み場もなく、よそに倉庫やアパートを借りたりなんて、奥さん泣かせの悪亭主どうしということですが、いっしょに遊べば楽しさ二乗の仲なのです。過去の WINDS CAFE では02、11、15、47、63と企画を担当してもらいましたが、今回もどうなることやら。ふはははは。

 ところで、とうとう上原君、コレクションの音源を放出する気になったようです。今回のオークションは大荒れの気配? 財布に余裕を持ってお越しくださいね。私も出そうかなっと。


▼上原敦郎君からの手紙

 すべてはその日の流れ次第。
 あなたのご来場がすべてを変えるかも知れません。

 複数のメンバーが、
  お互いの出方を見ながら、
   その場の気分によって、
    曲を選ぶ。

 たったそれだけのことによって、

 突然ある曲が心に響いたり、
  好きではなかった曲が気に入ったり、
   その時、その場所で聴いた音がずっと記憶に残ったり、
    といった現象が起こります。

 ご来場の皆様と一緒に、この日この場所でしか生まれないだろう選曲による音楽
体験を楽しみたいと思います。

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 今回ゲストとして4人の方をお招きしています。

 お互いの趣味をかなり知っている20年来、30年来の旧友2名。
 この1年くらいの間に音楽系SNSで知り合った方2名。
 ゲスト同士は、他にどんなゲストが参加するのか当日まで知らされていません。

 ホスト役の私がゲストのお一人ずつと順番に、2人でDJをしていきます。
 事前打ち合わせは特になし。ただお互いに、前もって一つだけ、相手に対してリクエストを出しています。このリクエストを参考にしつつ、それぞれが音源を持ってきて、相手の出方を見ながら選曲していきます。

 30分のセッションを一区切りとして、ゲスト4人で4セッション。
 これを2回行いますので全部で8セッション。

 途中でご来場の皆さんからのリクエストも受け付けます。出演者が持参している盤から選んでも、来場者の方が持参された音源でも構いません。会場からのリクエストは、ホスト、ゲストのその後の選曲にも影響を与えることでしょう。

 さて、この日会場で、もっとも心に響くことになるのはどんな曲か?
 私にもまったく予想がつかないのです。


▼プロフィール

 上原敦郎(うえはら・あつお):市井の一音楽愛好家。レコードを買い始めてから30年経ってしまいました。ここ数年は、今まで聴く機会がなかったアーティストをまとめて聴いてみたり、インディーズCDを色々漁ってみたり、投げ売り中古をどかどか漁ってみたりしています。30年経った今、買い始めた頃の20倍近いペースで日々レコード買ってるような気がします。馬鹿です。最近は、レコード業界がいよいよ崩壊しそうな予感を覚えつつ、これからの4半世紀をどう過ごそうかといろいろ考えています。

MAL Antenna
MAL Antenna - recommuni version
(ゲストの皆さんのプロフィールについては、終演後にお配りしたいと思います)

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▼以下は WINDS CAFE 公式サイトでご確認ください

 会場地図
 オークションについて
 予告編
 過去の企画

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 WINDS CAFE とは、1997年1月から、川村龍俊が、現代陶芸家の板橋廣美氏の私邸である、東京吉祥寺の空中庭園 WINDS GALLERY を私費で借り上げて、音楽を中心に美術演劇映画などさまざまなジャンルの方々に企画していただきながら続けている、イベント+パーティーです。いわゆる「オフ会」ではありません。

 基本的に入場料は無料、出入り自由で、パーティーでの飲食は参加者のみなさまからの差し入れを期待しております。

 ご来場にあたって予約は必要ありません。

 WINDS CAFE のコンセプトは、「好きなことやものを楽しんでいる人と一緒にいるのはなんて楽しいことだろう」です。出演を依頼するときには、このコンセプトを共有していただけることが条件になっています。

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◆次回予告◆

2006年08月20日(日) WINDS CAFE 116
【mongoloi'z ヴォルフ・シャンツェ】
 プロデュース/傾斜空間
 作/田口浩一郎
 演出/石垣直
 出演/石垣直、高橋裕一、田口浩一郎、平野宗

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