クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

タグ:LGBT

 『本の雑誌』新年号恒例の今年のジャンル別ベスト10で、鏡明氏が『茶匠と探偵』をなんとSFの1位に推してくださった。なんともありがたいことである。鏡氏には面識がないので、この場を借りて御礼申し上げる。


本の雑誌451号2021年1月号
本の雑誌社
2020-12-11


 鏡氏がそこにつけた「今年にかぎっていえば」という条件もうなずける。なに、ヒューゴーやネビュラの受賞作にしても、後から振り返れば、最終候補の他の作品の方がふさわしいと思えるケースはままある。それでも受賞した、という事実は残るわけだ。「1位」というのはやはり特別なものだ。

 それに10年までスパンを広げればベスト20ぐらいにはなるというのだから、それだって立派なものだ。ヒューゴーやネビュラの最終候補に残るのは、それだけで大したものなのだ。マーティンが「ヒューゴー落選パーティー」をやっているのは伊達ではない。原則毎年5本だから、10年でベスト作品は50本。その中でも半分より上になるわけだ。

 一方で、『茶匠と探偵』に実現している「今年」の要素も適確に読みとっていただいていて、さすがというか、これまたありがたいことである。もちろんこの「今年」の要素、「多様性」をキーワードとする流れは今年で終るわけではなく、少なくとも次の10年、おそらくは今世紀前半を特徴づけるものになるだろう。SFWA の今年のグランド・マスターにナロ・ホプキンソンが選ばれたり、F&SFの新編集長にシェニー・レネ・トーマスが就任したり、鏡氏自身、今年のベストに女性作家が多いことにあらためて驚かれたりしているのは、その一端に過ぎない。

 『茶匠と探偵』は翻訳だけでなく、作品選択から関ったので、入れ込みも一入だから、この評価は単純に嬉しい。編集担当Mさんから教えられて、早速本屋に駆けつけてふだん買わない雑誌をいそいそと買い込んできた。

 『本の雑誌』に限らず、日本語の雑誌を買わなくなって久しい。もともとあたしは雑誌読みではなく、本読みなので、雑誌も表紙から裏表紙まで舐めるような読み方をする。日本語の雑誌ではこの読み方は正直しんどい。昔はSFMや幻想と怪奇や奇想天外など、そういう読み方でも読める雑誌もいくつかあった。SFMもいつの頃からか、細切れの記事が増えて、アンソロジーのようには読めなくなった。結局今定期購読しているのは F&SF と Asimov's、Interzone のような、アンソロジー形式の雑誌だけだ。

 もっとも『茶匠と探偵』の作品選定はあとがきにも書いたように、受賞作や年刊ベストに収録されたものを優先したから、そう苦労したわけでもない。表題作は入れることを決めた時点ではまだネビュラ受賞は決まっていなかったが、質量ともに抜きんでてもいたし、その時点で最新作でもあったから、これまたほとんど自動的だった。あとがきにも書いたけれど、唯一、あたしの趣味で入れたのは「形見」の1篇である。このシュヤのシリーズで後世、最も評価が高くなるのは、実はこれではないか、とさえ思う。それにしてはアメリカでの評価が今一つなのは、これがヴェトナムとアメリカの関係を下敷にして、しかもヴェトナム側から描いていることが明瞭で、そこがヴェトナム戦争に反対賛成とは関係なく、アメリカの読者には居心地がよくないからではないかと勘繰っている。

 鏡氏が中国SFよりも中国的に感じられた、というのも興味深い。一つには、固有名詞などをなるべく漢字にしたせいもあるかもしれない。一方で、著者のルーツであるヴェトナムの文化にはかなり中国的な要素も入っていることもあるだろう。ヴェトナムと中国との関係は日本と中国との関係に似ている。朝鮮半島はもう半歩、中国に近い。影響の強弱、距離感など、ヴェトナムと日本がほぼ同じと思う。だから、その中の中国的要素は我々の中の中国的要素と共鳴するところが多いのではないか。そして我々が中国的と思うものは、今の中国SFに現れる中国的なものとはまた別のものなのではないか。

 そう言えば著者のアリエット・ド・ボダールは『紅楼夢』を繰返し読んで溺れこんでいるそうだ。シュヤ・シリーズ中最も長い、ほとんど長篇の長さのノヴェラ On A Red Station, Drifting は『紅楼夢』の圧倒的影響下に書いたと自分で言っている。著者にとっての中国は18世紀清朝のイメージがメインなのかもしれない。この話も、アクションはほとんど無い、むしろ心理小説なのに、息をつめて一気に読まされてしまう傑作。そう、このシュヤのシリーズはどれも、いざ読みだすと、息をつめて一気に読まされてしまう。他の作品、シリーズ以外の独立の諸篇や、著者のもう一つのシリーズ Dominion of the Fallen のシリーズの作品とは、その点、味わいが異なる。無駄な描写や叙述が無く、骨太な物語を細やかに描いてゆく、凛としてすがすがしい文章はどれにも共通するけれど、シュヤの諸篇はそこにもう一つ、読む者をからめとって引きこみ、物語に集中させる、英語でいう "intensive" な側面があるように思う。

 とまれ、これをきっかけに本が売れてくれればさらに嬉しい。あたしのおまんまに影響するのはもちろんだが、残りの作品も早く訳せという鏡氏の要請にもより早く応えられる。実際、『茶匠と探偵』の内容を決めた時点で「第2集」の内容もほぼ決めていた。『茶匠と探偵』に収めたのは2018年までの作品だが、昨年、今年と1本ずつシュヤものは発表していて、どちらも入れたい。とりわけ今年のノヴェラ Seven Of Infinities は傑作で、ノヴェラ「茶匠と探偵」のゆるい続篇、つまり有魂船と人間のペアが殺人事件の謎に挑む形。あちらはホームズものがベースだったわけだが、今回はアルセーヌ・ルパンものがベース。有魂船がルパンだ。タイトルはルパンものの短篇「ハートの7」を下敷にしたもので、麻雀の牌、おそらく萬子の七をさす。内容は『奇巖城』の換骨奪胎。たぶん。というのも『奇巖城』を読んだのはウン十年前で、ラスト以外もう忘れている。こういう話を読むと、ルパンものをまたまとめて読みたくなりますね。あたしは新潮文庫の堀口大學訳で、『バーネット探偵社』が好きだった。ルパンが私立探偵になるやつ。ビートルズかストーンズか、にならってホームズかルパンかと言われれば、あたしは躊躇なくルパンです。今度は偕成社版で読んでみるかな。

Seven of Infinities
Bodard, Aliette De
Subterranean Pr
2020-10-31



 こういう時、あー、フランス語やっときゃなあ、と思う。そうすれば、バルザックもデュマもルブランも、うまくすればプルーストも、原書で読めたのにい。

 ということで、皆様、2020年日本語によるSFでベスト1に輝く『茶匠と探偵』をどうぞ、買うてくだされ。もう買うてくださった方は宣伝してくだされ。ひらに、ひらに。(ゆ)


茶匠と探偵
ド・ボダール,アリエット
竹書房
2019-11-28

アマゾン

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 コンプトン・クルック賞はボルティモア・サイエンス・フィクション・ソサエティ(BSFS)が1983年から毎年選定する賞で、過去2年間に刊行された作品を対象とする新人賞。5月末の Balticon 50 で発表。コンプトン・クルック(1908-1981)は Towson State College の生物学・生態学教授で、Stephen Tall のペンネームで小説も書いていた。主な作品は宇宙探検船 Stardust 号のシリーズ。このシリーズは発表雑誌が Worlds of Tomorrow, If, Galaxy, F&SF とバラけているのが珍しい。F&SF掲載の中篇 "Mushroom World" は面白かった記憶がある。BSFS の中心メンバーの一人でもあり、新人発掘に熱心だった。

 カーネギー・メダルは児童文学の分野で世界で最も権威のある賞の一つで創設は1933年。グリーナウェイ・メダルはイラストに与えられる。翻訳児童書の表紙や箱に金色のメダルが付けられているのはよく目にする。『ローカス』がSFF関連作品のリストを挙げている。最終候補が3月15日発表。受賞作発表は6月20日。

 オーリアリス賞はディトマーと並ぶオーストラリアの賞。両者の違いはディトマーはヒューゴー、オーリアリスはネビュラといえば当たらずといえども遠からずか。オーストラリアには SFWA に相当する組織はなく、この賞はもともとは雑誌 Aurealis を発行していた Chimera Publications が1995年に始めた。ディトマーとオーストラリア児童書評議会賞を補完するものという位置づけ。現在は Western Australian Science Fiction Foundation がキメラ社の代理として運営している。選考は選考委員会による。今年はホラー長篇部門の候補が出ていない。今年から SARA DOUGLASS BOOK SERIES AWARD が加わった。これは複数巻にわたるシリーズを全体として表彰しようというもので、WASFF による試験的な設置。第1回は2011年から2014年の間に完結したシリーズが対象。サラ・ダグラス(1957-2011)はサウス・オーストラリア州出身の歴史学者でオーストラリアを代表するファンタジィ作家の由。オーリアリスも数回受賞している。発表は3月25日 Natcon 会場。

 シリーズを全体として顕彰しようというのはもっともだ。ヒューゴーでもロバート・ジョーダンの『時の車輪』全巻が候補になったこともある。

 当然といえば当然だが、どの賞もほとんどと言っていいほど、候補作が重ならない。とりわけ、カーネギーとローカス推薦リストの Young Adult 部門の作品がまるで違うのは面白い。
 
 また SFWA は32人めのデーモン・ナイト記念グランド・マスターにC・J・チェリィを選んだ。5月中旬のネビュラ賞発表式で同時に表彰される。
 
 チェリィは今年74歳。1976年に長篇 GATE OF IVREL でデビュー。1977年にジョン・W・キャンベル記念新人賞を受賞。1978年の第4作 FEDED SUN: Kesrith がヒューゴー、ネビュラにノミネートされて注目される。『ダウンビロウ・ステーション』1981『サイティーン』1988それに「カサンドラ」1978でヒューゴーを得ている。しかしネビュラには縁が無い。もう永年、ノミネートすらされていない。とはいえ、彼女の作品を敬愛する作家は少なくないようだ。ジョー・ウォルトンによる Tor.com での再読連載を読めば、チェリィの全作品を読みたくなるが、長篇は2015年末現在で74冊。約半分は Union-Alliance 宇宙と呼ばれる未来史シリーズで、邦訳のある『色褪せた太陽』三部作や『ダウンビロウ・ステーション』『サイティーン』『リムランナーズ』はいずれもこれに属する。わが国でよく知られた未来史シリーズはハインライン、アシモフ、コードウェイナー・スミス、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア、ポール・アンダースンなどなど、いずれも主に中短編で構成されるものが多い。チェリィの「連合・同盟シリーズ」はそれを長篇でやっている。一つひとつは独立した話だが、背景を共通とし、キャラクターも重複する。それもある話ではほんのちょい役だけのキャラが別の話では主役を張るというように、様々なつながりをする。だから、そうしたつながりを知った上で再読すると、また別の楽しみができる。こちらの最新作は『サイティーン』の続篇にあたる REGENESIS, 2009 だ(これについては Chris Moriarty の F&SF 掲載の書評を参照)。最近力を注いでいるのは Foreigner 宇宙で、異星に漂着した地球人を視点にして現在16冊。

 チェリィはまたゲイであることを公表している。今年のスーパーボウルのハーフタイム・ショウではレインボウ・カラーが会場を彩っていた。会場のあるサンフランシスコへ敬意を表したのかもしれないが、どちらかといえば保守的とされるフットボールの世界でもそういう演出がされるのは、アメリカ社会での LGBT の位置を示しているのかもしれない。今年、チェリィがグランド・マスターに選出されたのも、大統領選挙があることを考えると同様の意味があるとするのは深読みがすぎるか。とはいえ、ローカス推薦リストにあげられた中短編を読んでいると LGBT やジェンダーの在り方を問うものが目につく。

 なお、これまでのグランドマスターでチェリィより後にデビューしているのは2012年のコニー・ウィリス。女性ではアンドレ・ノートン (1984)、ルグィン (2003)、アン・マキャフリィ (2005)、ウィリスと来て、チェリィは5人目。
(ゆ)

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