クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

 アイリッシュ・ミュージックなどのケルトをはじめ、世界各地のルーツ音楽を愉しむブログです。そうした音楽の国内の音楽家も含みます。加えて主宰者の趣味のグレイトフル・デッド。サイエンス・フィクション、幻想文学などの話もあります。情報やメモ、ゴシップ、ただのおしゃべりなどもあります。リンク・フリーです。

タグ:LP

 まずはアマゾンに予約しておいた Vasily Grossman, The People Immortal が午前中に配達。1942年に赤軍の機関紙『赤い星』に連載された長篇。残されていた原稿から追加してロシア語本文を確定してから英訳している。この小説には実在のモデルがおり、その人物たちについての注記が付録にある。付録にはバルバロッサ作戦でナチス・ドイツがソ連を席捲している最中にソ連軍最高司令部スタヴカが出した命令なども収められている。

The People Immortal (New York Review Books Classics)
Grossman, Vasily
New York Review of Books
2022-09-27



 昼過ぎ、佐川が DHL の荷物を二つもってくる。Mark A. Rodriguez, After All Is Said And Done: Taping the Grateful Dead 1965-95 と Subterranean Press からの Anthony Ryan, To Blackfyre Keep。

 アンソニー・ライアンのは年1冊で出しているノヴェラのシリーズ The Seven Swords の4冊目。全6冊予定。

To Blackfyre Keep (Seven Swords, 4)
Ryan, Anthony
Subterranean Pr
2022-09-30

 

 前者は凄いものであった。今年の Grateful Dead Almanac から跳んだ In And Out Of The Garden の Podcast ページで紹介されていたもの。デッドのテープ文化全体についての厖大な資料集。関係者へのインタヴュー、テーパーズ・コーナー設置の経緯についてのデッドの全社会議の議事録、Audio 誌に掲載されたテーパーズ・コーナー特集記事の複製、テープ・ジャケットのコレクションなどなど。宝の山だがLPサイズの本に細かい活字でぎっしり詰めこまれて、消化するのに時間がかかりそうだ。

After All Is Said and Done: Taping the Grateful Dead; 1965-1995
Rodriguez, Mark A.
Anthology Editions
2022-09-20



 夕方、郵便ポストを確認すると、Robert Byron, The Station が入っていた。22歳の時、友人二人とともギリシャの聖地アトス山を訪ねた旅行記。初版は1928年刊行。買ったのは2011年の再刊。バイロンはこの旅行で東方の土地と文化に惹かれて中央アジアを旅し、9年後1937年に出した The Road To Oxiana で文学史に名を残す。


 

 最後に、夕飯もすんだ7時半、郵便局の配達が大きな航空便を持ってくる。バート・ヤンシュの At The BBC アナログ・ボックス・セット。LPサイズのハードカヴァー。40ページのライナーの内容はバートの BBC ライヴの歴史、共演者・キャスター、そして彼の広報担当の見たバート。このボックスを企画したのはコリン・ハーパーだった。正式発売は4日だが、発送通知は来ていた。アナログ版は4枚組で48曲収録だが、CD8枚組収録の147曲にプラス α のダウンロード権が付いている。1966年から2009年まで、バートが BBC に残した録音を網羅している。らしい。

 こうなるとバート・ヤンシュもあらためて全部通して聴きたくなる。ひー、時間が無いよう。(ゆ)

IMG_0202

 先日は台風24号が近付く雨のなかを、お越しいただき、ありがとうございました。

 アイリッシュ・ミュージックのアナログ録音は1980年代末までで、最近のアナログ・ブームでも、アナログでのリリースはまだまだ少ないです。新しいところもそのうちレーザーターンテーブル+タグチ・スピーカーで聴いてみたいですが、この点では、スコットランドやイングランドの方が進んでいます。スコットランドも良い録音が多いので、チャンスがあれば、と願ってます。

 当日かけた曲目のリストです。

01. Planxty, The Blacksmith from Planxty, 1973
 アンディ・アーヴァインがリード・ヴォーカルをとり、アレンジも中心になっていて、後半は東欧風の曲調になります。もちろん、当時こんなことをしているのは、彼ら以外にはいませんでした。遙か後にアンディはデイヴィ・スピラーンと組んで《East Wind》を作ります。その布石にもなりました。《East Wind》はこれに参加していた Bill Whelan にも刺戟を与え、『リバーダンス』の東欧ダンスの曲に結実します。

 
Planxty
Planxty
Shanachie
1989-12-12




02. Christy Moore, One Last Cold Kiss> Trip To Roscoff from Whatever Tickled Your Fancy, 1975
Christy Moore: vocal, bodhran
Donal Lunny: bouzouki, keyboards, vocal
Jimmy Faulkner: guitars
Kevin Burke: fiddle
Declan McNelis: bass
Robbie Brennan: drums
 2曲のメドレーの1曲目はアメリカのバンド、Mountain のヒット曲。2曲めはトラディショナル。

Christy Moore/Whatever Tickles Your Fancy
Christy Moore
Raven [Australia]
2004-06-01



03. Andy Irvine & Paul Brady, Arthur McBride
 ポール・ブレディとアンディ・アーヴァインが作った名盤中の名盤。プロデュースはドーナル・ラニィで、ドーナル自身、数多いプロデュース作品の中でも最も印象が強いものと言ってました。メンバーは二人とドーナルにここでもケヴィン・バークがフィドルで参加。ただし、この曲はポールが一人でギターを弾き、うたっています。この歌の数多い歌唱のなかでも決定版と言われるもの。ポール自身、何度も唄い、録音しています。Transatlantic Sessions, Vol. 2 での歌唱はお薦め。

Andy Irvine & Paul Brady
Andy Irvine & Paul Brady
Gael Linn



04. Mick Hanley & Micheal O Domhnaill, Biodh Orm Anocht from Celtic Folkweave, 1974
 ボシィ・バンドの要、ミホールがボシィをやる前に、シンガー・ソング・ライターの Michael Hanley と作っていたアルバム。参加メンバーはリアム・オ・フリン、ドーナル・ラニィ、マット・モロイ、トゥリーナ・ニ・ゴゥナル、デクラン・マクニールズに、先ごろ亡くなったトミィ・ピープルズという布陣。プランクシティとボシィ・バンドの混成というのも面白いです。ただし、この曲はほぼ二人だけのヴォーカル。アイルランド語とスコティッシュ・ガーリックは親戚同士の言語ですが、ミホールたちの本拠ドニゴールはスコットランドと関係が深く、言葉も混合しているそうで、この歌はその混合した言葉でうたわれます。


05. Clannad, O bean a'ti, cenbuairt sinort from In Concert
 初期クラナドの1978年のスイスでのライヴ録音。彼ら自身はこの頃をアマチュア時代と呼んでいますが、ぼくらにはこの頃こそが彼ら本来の音楽に聞えます。

06. Na Casaidigh, Fead An Iolair from Fead An Iolair
 ドニゴールはグィドーア出身の Na Casaidigh 兄妹のバンドのセカンドのタイトル曲。
Aongus: bodgran
Fergus: guitar
Seathrun: bouzouki
Fionntan: fiddle
Odhran: uillean pipes
Caitriona: harp

07. Mairead Ni Mhaonaigh & Frankie Kennedy, Thios i dTeach a' Torraimh from Ceol Auaidh, 1983
 同じくドニゴールはグィドーア出身のマレード・ニ・ウィニーがフランキィ・ケネディと作った最初のアルバムから、彼女の無伴奏アイルランド語歌唱。

Ceol Aduaidh
Mairead Ni Mhaonaigh
Traditions (Generic)
2011-09-20



08. The Chieftains, Round The House> Mind The Dresser from Live!, 1977
 演奏能力では絶頂期のチーフテンズのライヴ録音から。この時期のチーフテンズのライヴを見たかった。
Kevin Conneff: bodgran
Michael Tubridy: flute, concertina, whistle
Sean Potts: whistle, bodhran
Paddy Moloney: uillean pipes, whistle
Sean Keane: fiddle
Derek Bell: harp
Martin Fay: fiddle

Chieftains Live!
The Chieftains
Claddagh
2008-04-15



09. De Dannan, Love Will Ye Marry Me> Byrne's Hornpipe from Selected Jigs, Reels & Songs, 1977
Alec Finn: bouzouki
Frankie Gavin: fiddle
Charlie Piggot: banjo
Johnny Ringo McDonagh: bodhran

Johnny Moynihan: vocal

 すみません、これ、順番がわからなくなったので、とりあえず、ここに入れときます。デ・ダナンは何をやってもすばらしいですが、ぼくはホーンパイプをやる時が一番好きです。後には「ヘイ・ジュード」をホーンパイプに仕立てたりもしました。

10. Dolores Keane, The Bantry Girl's Lament from There Was A Maid, 1978
 第二次世界大戦後、現在にいたるまで、アイリッシュ・ミュージック最高のシンガーといえばこの人。その絶頂期の録音。バックのミュージシャンのクレジットがオリジナルのレコードにはありません。

There Was a Maid
Dolores Keane
Claddagh Records
2011-11-29



11. Dolores Keane & John Faulkner, Mouth Music from Broken Hearted I'll Wander, 1981
 こちらはイングランド人ジョン・フォークナーのプロデュースによる口三味線の録音。強烈にアイリッシュしてます。

Broken Hearted I'll Wander
Dolores Keane & John Faulkner
Mulligan
2008-11-24



12. Kevin Burke & Micheal O Domhnaill, Coinleach Ghlas an Fhomhair from Promnade, 1979
 ミホールがボシィ・バンドの同僚ケヴィン・バークと作った、ボシィ・バンドとは対照的に静かな音楽。このコンビの録音はアルバムがもう1枚とライヴ・ビデオがあり、どちらもすばらしいです。

Promenade
Kevin Burke
Green Linnet
1996-06-25



13. The Bothy Band, Music in the Glen from Old Hag, You Have Killed Me, 1976
 静かな音楽を聴くと、やはりボシィ・バンドが聴きたくなるのは不思議。

Old Hag You Have Killed Me
Bothy Band
Green Linnet
1993-01-05



14. 中村大史, July 22nd from Guitarscape, 2017
 わが国を代表するアイリッシュ・ミュージシャンの中村さんのギター・ソロから、かれのオリジナル曲。

guitarscape
Hirofumi Nakamura 中村大史
single tempo / TOKYO IRISH COMPANY
2017-03-26



 歌の歌詞などはまた後日。(ゆ)

 6月末にやりました「アナログ盤でアイリッシュ・ミュージックを聴く」というイベントを今月29日、土曜日の夜に、今度は日本橋三越でやります。必殺の秘密兵器レーザーターンテーブルを使って、アイリッシュ・ミュージックの名盤を聴こうというものです。

日時:9月29日(土)18時スタート
場所:日本橋三越本店 9F 三越カルチャーサロン
料金:3,240円税込
申込:elp (at) elpj.jp までメールでお申し込みください。
1希望人数
2来場予定者のお名前
3連絡先の電話番号
を明記してください。
問合せ:株式会社 エルプ 070-5549-8860 担当/竹内

 前回の模様についてはこちらをご覧ください。

 アナログ盤でアイリッシュ・ミュージックを聴くことの意味、意義についてはこちらをどうぞ。

 レーザーターンテーブルについては、こちらに書いてます。

 アルバムは前回かけたものも持っていきますが、別のトラックを聴くことを計画してます。

 前回、聴いて、これはもう一度、聴いてみたいというのもありますね。デイヴィ・スピラーンのやつとか。なにせ、レーザーターンテーブルでしか聞けない音というのがあるのです。(ゆ)

アイリッシュミュージック いい音楽学

 金曜日には「アイルランド音楽 レコード “いい音” 聴き語り」@秋葉原のイケベックにお越しいただき、ありがとうございました。

 レーザーターンテーブルタグチ・スピーカー F-613 の威力は予想以上で、あらためてたまげてしまいました。これは本当に病みつきになりそうです。まいったなあ。幸いにもお客さまたちにはお楽しみいただけたようで、次回にはもう1回全部聴きたいというご希望もいただいたくらいです。

 次回は 09/29(土)夜に日本橋・三越でやります。もう1回全部聴き直したいのはあたしも同様ですが、それはたとえば1年後ぐらいにして、次回は今回とは違う音源を聴こうと思ってます。

 実はセッティングしたところで、McIntosh のプリアンプが故障していることがわかり、一瞬、焦ったのですが、パワーアンプからの直結で事無きを得ました。このパワーアンプは McAudi M1002 です。これもすばらしい。

 今回聴いた音源です。前半はあたしのアイリッシュ・ミュージックとの出会いを辿る形で聴いていきました。もうあちこちで書いたりしゃべったりしてますが、あたしは初めはアイルランドの音楽とはわからず、ブリティッシュ、ブリテン諸島の音楽の一部として聴いていました。それが、だんだんどうもアイルランドは他とは違うらしいと感じだし、別物との感覚が決定的になり、今度は意識して聴いてゆくという過程です。

 もっとも厳密にそれを辿るのではなく、The Bonnie Light Horseman の二つのメロディの異なるヴァージョンの聞き比べもしてみました。こういうことも伝統音楽の楽しみです。

01. Raggle Taggle Gypsies; Tabhair Dom Do Lamh from Planxty, 1973

02. Ini/on A' Bhaoghailligh from Mairead Ni Mhaonaigh & Frankie Kennedy, Ceol Aduaidh, 1983

03. Mouth Music from Dolores Keane & John Faulkner, Broken Hearted I'll Wander, 1981

04. Ril Mhor from The Chieftains, Live!, 1977

05. Tom Billy's; Ryan's Jig; The Sandmount Reel; The Clogher Reel from *De Danann, Selected Jigs Reels & Songs, 1977

06. Merrily Kiss The Quaker from *Joe Holmes & Len Graham, Chaste Muses, Bards And Sages

07. The Bonnie Light Horseman from *Oisin, Over The Moor To Maggie, 1980

08. The Bonnie Light Horseman from Dolores Keane & John Faulkner, Broken Hearted I'll Wander, 1981


*Dick Gaughan, Coppers & Brass, 1977
 休憩中に小さめの音量で流していました。

 後半は枠をはずして、まず今回おそらく最も録音の良い音源を聴いてみました。そこからイリン・パイプつながりで、レオ・ロウサム、ボシィ・バンドのパディ・キーナンを聴き、うたにもどってポール・ブレディを聴いたところで時間切れ。最後に中村さんのソロから中原直生さんの作品を聴きました。CDではもちろん聴いてましたが、アナログではあらためて感動しました。もう、これからはアナログとダウンロード権だけで、CDは要らないんじゃないかと思えるくらい。

09. Atlantic Bridge from *Davy Spillane, Atlantic Bridge, 1987

10. The Fox Hunting from Leo Rowsome, Ri Na bPiobairi (The King Of The Pipers), 1959

11. Music in The Glen from The Bothy Band, Old Hag You Have Killed Me, 1976

12. Jackson and Jane from Paul Brady, Welcome Here Kind Stranger, 1978

13. Hourglass from 中村大史, Guitarscape, 2017


 ちょっと困ったなと思ったのは、翌日、都内に出かける電車の中でいつものようにDAPでイヤフォンで聴くと、デジタルのせいなのか、音のエッジが立ちすぎてキツく聞えてしかたがありません。録音は悪くないし、楽曲も演奏もすばらしいのですが、とりわけフィドルの響きが耳に刺さるようなのです。2時間ほど聴いただけなのに、アナログの威力はおそろしい。

 ちなみに聴いていたのはこれです。

Orkney-Folk-Fidd-Gath
 

 2015年のライヴ録音集で、必ずしもフィドルばかりではなく、フィドラーにまつわる歌もあったり、スタイルもいろいろで、何より演奏の質も高く、楽曲も良く、聴き応え充分です。お薦め。

 それにしても、ますますアナログ熱が高まりそうです。しかしレーザーターンテーブルを買うカネは無いぞ。(ゆ)

 思い出して、明日の「アナログでアイリッシュ・ミュージックを聴く」イベントにはこれも持って行きます。アニー、中村大史さんのソロ・ファースト《Guitarscape》のアナログ盤。

 
annieGuitarscapeLP1


 わが国アイリッシュ系のミュージシャンの録音としては今のところ唯一のアナログ盤です。

annieGuitarscapeLP2


 実はまだ針を降ろしてません。まっさらの状態。どんな音で聴けるかな。(ゆ)


 今月末、プレミアム・フライデーの29日夜の、アナログでアイリッシュ・ミュージックを聴くイベント「アイルランド音楽レコード“いい音”聴き語り」用に選んだのは以下のアルバムです。アーティストの五十音順。星印 * を付けたのはあたしの知るかぎり、CD化されていないもの。

*Capercaillie, Cascade
Christy Moore, Whatever Tickles Your Fancy
*Clannad, In Concert

clandlive


*Davy Spillane, Atlantic Bridge

dsac


*De Danann, Selected Jigs Reels & Songs

DeDanann2

 *Dick Gaughan, Coppers & Brass
Dolores Keane & John Faulkner, Broken Hearted I'll Wander
Dolores Keane, There Was A Maid
*Irlande 1: Heritage gaelique et traditions du Connemara, Ocora
*Joe Holmes & Len Graham, Chaste Muses, Bards And Sages
Kevin Burke & Micheal O Domhbaill, Promnade
Leo Rowsome, Ri Na bPiobairi (The King Of The Pipers)
Mairead Ni Mhaonaigh & Frankie Kennedy, Ceal Auaidh
*Micheal Hanly & Micheal O Domhnaill, Celtic Folkweave

mh&mod

 
Micho Russell, Traditional Country Music Of County Clare
*Na Cassaidigh, Fead An Iolair
*Oisin, Over The Moor To Maggie

Oisin2

 
Paul Brady, Welcome Here Kind Stranger
Planxty
The Bothy Band, Old Hag You Have Killed Me
The Chieftains, Live!

 これを全部かける時間はたぶん無いので、この中から選んで聴くことになるでしょう。

 プランクシティとかボシィ・バンドとかポール・ブレディとか、マレードとフランキィとか、基本の「き」で、CDでも配信でもネットでも聴けるものもありますが、あえてアナログで聴きます。なぜか。

 CDなどのデジタルで聴けるものをわざわざアナログで聴く必要は無い、とあたしも思ってました。ミュージシャンは Apple Music でそれも iPhone のスピーカーで聴いたりしていて、それもまあ当然だろうと思ってもいました。レーザーターンテーブルで古いアナログ盤を聴いてみて、引っくり返ったのはまずそこのところです。何が違うのか。

 音楽が訴える力が違う。

 録音というテクノロジーの最大の恩恵はタイムマシンが手に入ることです。時間を超えて遡ることができる。録音された当時の音楽、演奏が聴けるのです。死んでしまって、今はもう生では聴けない人の演奏も聴けます。

 たとえばプランクシティのファースト。メンバーは当時30歳前後。アイリッシュ・ミュージックの新たなスタイルを摑んだばかりで、意気軒昂、まさに龍の天に昇ろうと地を蹴ったところ。この演奏を70代も後半になった今のメンバーに演れといってもそれは無理というもの。それにリアム・オ・フリンは亡くなってしまいました。けれどもこのレコードに針を落とせば、じゃなかった、レーザーを当てれば、半世紀近く前の溌剌とした演奏が蘇ります。

 アナログで聴くと、単に音だけではない、その溌剌とした、これだ!というものを摑んだ歓びにはちきれんばかりの輝きがびんびんと伝わってきます。

 デジタルではそれは聴けないのか、と問われれば、残念ながら、と今は答えざるをえない。将来、デジタルでもアナログのこの感覚に匹敵するものを伝えられるようになる可能性はあります。凌駕さえできるかもしれない。

 人間の感覚器官、耳や舌や鼻や皮膚や眼は、デジタル情報を受取るようにはできていません。われわれが受取るのはあくまでアナログ情報なのです。だから、音源がデジタル・データであっても、一度音波というアナログに変換しなければ、音楽としては聞えない。アナログ盤には音溝という物理的情報の形で音楽が記録されています。アナログ盤による音楽再生に、デジタルでは感じられないものが感じられるのはこのせいでしょう。

 体内にチップやセンサーを埋めこんだりして、デジタル情報を直接受取れるようになれば、おそらく話は変わってきます。大昔の映画『バーバレラ』や、フレデリック・ポールの短篇「デイ・ミリオン」の世界ですね。そこではセックスさえもが、実際には肉体を触れあうことなく、しかも肉体の直接接触を遙かに凌駕する快楽として体験されてます。しかし、そういう時代はまだ当分来そうにありません。それまではデジタルはアナログにかなわない。デジタルによって生まれるリアリティは飽くまでもヴァーチャル・リアリティなのでしょう。

 たいていの場合には、それで用は足りてます。いや、デジタル化の恩恵は、デジタル化に伴うそうした「不便」を補って余りあります。あたしのライブラリに入っている音源は、アルバム・タイトルにして1万を超えてますが、掌に乗るサイズのハード・ディスクに収まってます。あの曲は誰が演っていたか、なんてのは、1秒もかからずに検索結果が出てきます。アナログ盤しか無い時代にそれをやろうとすれば、全部カードに録っておかねばなりませんでした。いつでもどこでも聴くこともできます。各々地球の反対側にいるミュージシャンがリアルタイムで共演することもできます。

 普段はそれでいいとして、録音された音楽の真の姿を確認することも時には必要です。いや、必要なんてのは本末転倒で、これを体験すると、また聴きたくなります。デジタルではついぞ体験できない輝きを、エネルギーを感じたくなります。針を使っても可能でしょうが、レーザーターンテーブルはさらに真の姿に迫ることができます。先日も書いたように、音溝の使われていない部分にレーザーを当てて再生することから、レコードがプレスされた当時の音を聴くことができるからです。

 加えて今回はもう一つ、タグチ・スピーカーの最新作 F-613 を使います。

F613


 タグチ・スピーカーは田口和典さんが作られているスピーカーで、その性能は知る人ぞ知るもの。とにかく自然で、これで聴くと録音された音楽を再生しているのではなくて、ミュージシャンがそこにいて演奏していると聞えます。あたしがグレイトフル・デッドのイベントをさせてもらっている下北沢の風知空知にはタグチ・スピーカーが備えられていて、家ではヘッドフォンでも聴いたことのない細部まできれいに聞えて、毎回感激します。しかも誇張とかまるで無い。

 その音の良さから、公共施設にも多数導入されていて、たぶん一番有名なのはブルーノート東京や衆議院本会議場でしょう。

 風知空知のはPA用ではなくて、家庭でも使えると思いますが、F-613 はそのモデルの進化形で最新版。あたしもまだ聴いたことがないので、たいへん楽しみ。

 デジタル化されていないアナログ盤ももちろんたくさんあるわけです。音楽がつまらないとか、録音が悪いとかでデジタル化されていないわけではないものも、たくさんあります。権利を買った人間が握り潰してるなんてのは論外ですが、当初の契約の不備でミュージシャンに権利が無かったり、レコード会社の栄枯盛衰のうちに権利が宙に浮いてしまったり、あるいはマスターテープが行方不明なんてのもよくある話です。デ・ダナンの初期やダーヴィッシュの Brian McDonagh がかつて組んでいた Oisin の諸作はデジタル化が待たれる筆頭ですが、他にも宝石はあります。ドニゴール(ダニゴル、の方が近いらしいですね)はグィドーアの家族バンド Na Cassaidigh のセカンドは、今回そういえばと聴いてみて、あらためて感嘆しました。

 つまり、CDなどで聴きなれた音楽でも、アナログで、レーザーターンテーブルで聴くと、また全然違いますよ、という話です。あたし自身、病みつきになりかけていて、できればアナログでアイリッシュだけでなく、スコティッシュやイングリッシュやウェルシュやブルターニュや、あるいはハンガリー(Kolinda のあの衝撃の最初の2枚!)なんかも聴いてみたい。ので、これを皮切りにこういうイベントを重ねたいと思ってます。

 ということで、今月のプレミアム・フライデーには、秋葉原へどうぞ。(ゆ)

 いきなりですが、アナログ・ディスクつまりLPでアイリッシュ・ミュージックを聴こうというイベントをやります。

アイッシュレコードいい音Live


 きっかけはレーザーターンテーブルに出逢ってしまったことです。レーザーターンテーブルは針の代わりにレーザーでレコード盤の溝をトレースして音を読みとり再生するアナログ・プレーヤー。開発されたのはもうずいぶん前、メーカーによると30年前になるそうですから、そろそろLPからCDへの切替が完成する頃、耳にした記憶があります。その時はそんなことができるのか、半信半疑でした。オーディオにはよく新技術による革新的製品というのが登場します。技術は新しいけれど、それで音が良くなっったか、ようわからんというものもままあります。その頃は「レーザー」といえば光線銃というアタマがありましたから、レーザーを照射したらレコードに穴があくんじゃないの、とか言ってまともに受取りませんでした。

 もちろんレーザーといっても多種多様なので、武器として使われるのはむしろ特殊なケースです。だいたいCDはレーザーを使ってるわけだし、文字通りレーザー・ディスクなんてのもあったわけですが、すでにLPの時代は終っていたこともあり、レーザーターンテーブルのことはすっかり忘れていました。

 それが偶然メーカーの方にお眼にかかったことから、試聴するチャンスをいただきました。レーザーターンテーブルは5本の細いレーザーをレコード盤面に照射するそうです。2本が先導で溝を辿り、もう2本が左右の壁をトレースする。トレースするのは溝の縁から10ミクロン下だそうで、ここは針が接触しないので傷がついていない。針はもっと深い、溝の底に近いところに接触します。もう1本はレーザー・ヘッドとレコードの盤面の距離を測って、ヘッドの高さを一定に保つ。そうして読み取った振動は針で読み取るより遙かに精確になる、というのはまあわかります。 読み取った後は他のアナログ・ターンテーブルと同じで、アンプを通してスピーカーなりヘッドフォンを鳴らします。

 百聞は一見に、じゃなかった、百見は一聴に如かず。とにかく聴いてみようじゃないかと、メーカーの試聴室にでかけました。持っていったのは当然アイリッシュ・ミュージック。その昔、あたしが貧しいシステムで聴いて、その虜になっていった、まあ懐しい盤です。

 聴いて引っくり返りました。アンプはマッキントッシュでスピーカーはJBLという、ある意味ひと時代前のシステムですけど、いや、凄い。こんな音が入っていたのか。そして、こんな音楽をやっていたのか。

 さんざん聴いた音源です。プランクシティのファーストにボシィ・バンドの Old Hag の類。そりゃ、アナログで聴くのは数十年ぶり、とはいえ、若い頃に「すり切れる」まで聴いて、CDでも数えきれない回数聴いて、隅々まで記憶に刻みこまれた録音。と思っていました。それが、まるで昨日スタジオでとれました、というような瑞々しい、新鮮な音楽に聞えます。

 デ・ダナンのセカンド Selected Jigs & Reels は、未だにCD化されてませんから、音源自体聴くのはたぶん四半世紀ぶり。またまた引っくり返りました。こりゃ、凄い。こんな凄いことをかれらはやっていたのか。あたしらはよく「プランクシティ〜ボシィ革命」などと口にしますが、デ・ダナンもちゃんと加えなきゃあかんじゃないか、これじゃ。ダーヴィッシュは絶対にデ・ダナンがお手本だぞ。

 マレード・ニ・ウィニー&フランキィ・ケネディのファースト。CDになったとたんに買いこんで、これまたそれこそCDがすり切れようかという程聴いてます。ここでしか聴けないマレードの無伴奏歌唱のなまめかしさ!

 音楽自体もさることながら、録音がまた良い。メーカーの方も録音の良さに驚かれています。アイリッシュの録音は昔から音は良いのです。とりわけ生楽器の録音には、ロンドンやロサンジェルスが逆立ちしてもかなわないところがあります。アイルランドの人びとは太古の時代から音楽の大好きな人たちだからか、やはり耳がいいんでしょう。ダブリン録音はメジャーやアニソンなどでもよくみかけます。その昔、アイリッシュ・ミュージックが国内盤で盛んに出ていた頃、アイルランドの原盤を聴いた国内メジャー・レーベルのマスタリング・エンジニアが、どうしてウチのスタジオはこういう音が録れないのだと嘆いたという噂を耳にしたこともあります。

 この音と音楽なら、レーザーターンテーブルの宣伝にもなると思われたのでしょう。というのは下司の勘繰りでした。この素晴らしい音楽といい音をアイリッシュ・ミュージック愛好家の方々とシェアしたいと思われたのだそうです。もっともこのT氏もアイリッシュを知らないわけではないらしい。レーザーターンテーブルを使って、アイリッシュ・ミュージックのアナログ・ディスクを聴くというイベントをやりましょうと言われました。あたしはもちろん双手を挙げて賛成しました。

 というわけで上記のイベントです。念のため、もう一度書いておきます。

アイルランド音楽 レコード “いい音” 聴き語り

〜レーザー光で甦る、アイリッシュ・ミュージック名盤・名曲 “いい音”たち

開催日時:2018年6月29日 (金曜日)19時から

東京都千代田区神田佐久間町2-11

TEL. 03-3862-0068 (代)

JR秋葉原駅 昭和通り口から徒歩1分。

参加費 : 1ドリンク付き3,000円(税込)


 かけるのは鋭意セレクションしてますが、上にも書いた、プランクシティのファーストやボシィのセカンド Old Hag You Have Killed Me、デ・ダナンのセカンド、マレードとフランキィのファーストはじめ、往年の名盤たちです。なるべくCD化されていないもの、CDにならなかったので忘れられてしまったとか、隠れた傑作も選ぶつもり。デイヴィ・スピラーンの初期作とか、ミホール・オ・ドーナルとミック・ハンリィの Celtic Folkweave とか。スコットランドやノーサンバーランドも少し混ぜます。ディック・ゴーハンが Topic から出した、ギターによるダンス・チューン集 Coppers & Brass は、なぜかCD化されてないんですよねえ。あるいはカパーケリーのファースト Cascade。これもCD化されていない。この冒頭の G.S. MacLennan 作の The Little Cascade の演奏は鮮烈です。

 良い音で聴くことは良い音楽へのリスペクトだとあたしは思います。それに、良い音で初めてわかる、聞えるものも確かにあります。音楽の全体像が変わることさえある。YouTube や MP3 でいつでもどこでも聴けるのは大きな恩恵ですが、それでこぼれ落ちるものも少なくない。いつでもどこでも常に可能な限り良い音で聴こうとするのは趣味の領域ですが、レコードを作った人びとの意図になるべく近い音で一度は聴いてみるのはライヴの体験に通じるものがあります。

 だいたい2時間の予定なので、マックス20枚20トラックというところでしょう。ほんとは片面全部とか聴きたいですが、そうもいかん。なるべくしゃべりは減らして、音に浸っていただこうと思ってます。この日はいわゆる「プレミアム・フライデー」だそうで、あたしなんぞ縁は無いと思っていたら、こういう形で縁ができそうです。(ゆ)

このページのトップヘ