*MacBook Pro を Luxa のノート用冷却台にのせていて、どうも脚がすべったり、こたつの天板に傷がついたりする。ハンズへ行ってみたら、ハネナイトシートというのがある。ノーソレックスゴムという、普通のゴムよりも振動を吸収する材質を使った丸くて平たく黒いモノ。オーディオ機器などの下に貼りつけて、本体が動かなくするためのもの。ためしに脚の下に敷いてみると、がっちりと安定して使いやすくなった。
驚いたのは MacBook で再生する音の解像感と明瞭感がツーランクぐらいアップしたこと。ケーブルを換えるとか、DACを換えるとかよりも、はるかに効果が大きい。Audirvana Plus + DRAGONFLY + Porta Tube+ + TH900の真価を初めて見る。なるほど、よけいな振動をおさえると音が良くなるのはこういうことかと納得。
*『ヘッドフォンブック2013』を眺めていると、ヘッドフォンの新製品にオープン・タイプが少ない。普及価格帯には皆無。安いのは KOSS PortaPro KTC くらいで、これは旧製品にリモート/マイクを付けただけ。本体は変わっていない。新製品はみなアッパーからハイエンドばかり。これから出るとアナウンスされているものも、オンキョーもADLもクローズド。昨年の Shure のモニター・ヘッドフォンが特異にみえる。
そりゃ、ヘッドフォンはもともとの目的からするとクローズドが基本だが、選択肢が狭くなるのはなんだかなあ。このムックには「オープン型ヘッドフォンの魅力」という記事もあるが、ここにあげられているのも、どれも安くはない。単純に安いオープン型に良いものがないのか。
それに、どれもでかいんだよね。気軽に持ってでかけて、散歩のお伴というわけにはどうもいかない。その意味では同じ記事の最後にある HD414 現代版を、という声には双手を挙げて賛成。
ちなみに 414 は低域が出ない、とここにも書かれているが、どうもみんな低域低域と言いすぎるような気もする。録音ではない生の音楽で、そんなに低域がドンドン出ているかね。ピアノの最低音だって27.5Hzだよ。これでダブル・ベースの最低音より低いんだぜ。それに「重低音」は別として、普通に聴くには十分な低域は出ているし、ヘタなクローズドよりよほどタイトだ。まあ、「重低音」というのは実際の周波数ではなくて、量とトーンなんだろうけど。
それよりも 414 は何よりも聴いていて楽しい。言い換えれば、中域が充実しているとか、バランスがいいとかいうことになるのだろうが、とにかくこれで音楽を聴いていると楽しくなってくる。いつまでも聴きつづけていたくなる。良い音楽、良い演奏、良い録音はさらに良くなるし、それほどでもないものでも、あれこんなに良かったっけと思わされる。
そして、あのカジュアルさ。気軽にひょいとかけてお散歩に出られるし、はずして首にかけても邪魔じゃない。唯一ちょと邪魔なのは3メートルのケーブル。短かいのが欲しい。って、他のゼンハイザー用のは使えるのかしらん。
という悩みも含めて、現代版 414 は欲しい。音とかは変える必要はないし、デザインもそのまま。リモコンも付けなくていい。ケーブル着脱もそのままに、端子だけは今のやつ。それで1.5万ぐらい。頼むよ、ゼンハイザー。
*娘がアメリカに二週間でかけて、本を数冊買ってきた。もちろん英語の本だ。本は好きな娘だが、英語の本なんぞ買ったことはこれまでなかった。それもおみやげだけじゃない、自分用にも買ってきた。
本屋のアルバイトも嬉々としてやっている本好きではあるから、向こうでも本屋があれば覗きたくなったらしい。そこでならんでいる本、紙の本を見て、手にとり、買う気になった。
これはたぶんモノの威力だ。たとえばデジタルの、タイトルだけがならんでいて、そこでダウンロードできます、というような店がたとえあったとしても、おそらく買う気にはならなかっただろう。文字を印刷した紙を束ねた本というモノだけが人に買わせるオーラをまとう。本はたしかに読んでナンボだが、まるで読めなくても持っていたいと思わせる本はある。その昔、アレクサンドル・グリーンを初めて知ったとき、ロシア語原書を求めて神保町のナウカまででかけたこともあった。
消えた太陽
もうひとつはモノがたくさんあること、というより、モノに囲まれている環境の力。これが他のモノにまじって、数点ならんでいただけならば、はたして買う気になったかどうか。状況によってはなったかもしれないが、本屋に入って、本に囲まれると、なんとなくなんぞ買おうかという気になる。このあたりは、ミニマルなインテリアにもうしわけのように商品がおいてあるブティックなどとは違うだろう。男性という条件付けもあるのか、あたしはああいう店では買う気は起きない。やはり「ドンキ」式に、モノがわっとある、はきちれそうな状態の方がわくわくする。図書館や古本屋で本に囲まれると、ようし、いっちょ読みましょうか、という気分にもなるのと同じ。とはいうものの、だからというか、「ヴィレッジヴァンガード」はちょと違う。
これはやはりモノに囲まれて育った環境に適応している、ということか。生まれたときからモノといえば画面のあるものだけで、読むのも聴くのも見るのもデジタルという環境で育てば、反応はまた違うのかもしれない。(ゆ)